7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「ふぎゃっ!?」
喜び勇んで『ライト』の呪文を唱えたルイズは、自分の起こした爆風をもろに食らって吹っ飛ばされた。
彼女は自分のすぐ近くに明かりを灯すつもりだったのだ。
「だ、大丈夫?」
慌ててリリーが駆け寄り、彼女を介抱する。
「今のは、いつものあなたがやってるのと同じね」
「失敗の爆発」
「……そ、そんなはずがないわ!」
すぐに意識を取り戻して立ち上がったルイズは、立て続けにコモン・マジックを詠唱した。
先ほどと同じ『ライト』に、『念力』、『ディテクト・マジック』。
その度に、ボカンバカンと派手な爆発が起こる。
「もうやめときなさいよ。あんたのせいで中庭が滅茶苦茶になってるわよ」
「そうね、後で修理代とか請求されそうだし」
「人に見られている」
気が付けば、中庭から響く爆音に、なんだなんだと他の宿泊客や店の従業員が集まってきていた。
いつの間にやら戻ってきていたらしいワルドも、その中に混じっている。
「君は変わらないな。相変わらず練習熱心だね」
にこやかな笑みを浮かべるワルドを見て、かあっと顔を赤らめると、ルイズはそそくさと杖をしまった。
「……へ、部屋に戻るわよ、ミズル! 明日は早いんだから、もう休まないと!」
「はいはい」
「おかえりなさい、ワルド。あなたも、早めに休んだほうがいいわ」
「ああ。おやすみ、僕のルイズ」
リリーを伴い、半ば逃げるようにして中庭から去っていくルイズに、キュルケが苦笑して肩をすくめた。
「あたしたちも戻りましょうか、明日は遠出をするみたいだし」
「睡眠は十分に取っておいたほうがいい」
彼女らも、二人の後を追うように中庭から出ていく。
集まった野次馬たちも、なにやら派手な魔法の練習でもしていたものらしいと納得して解散していった。
ぶつぶつとぼやきながら中庭の後片付けをする従業員をよそに、ワルドがほくそ笑む。
(本当に変わらないな。相変わらず、無益な努力を続けているというわけだ)
それでいい。
魔法を使えるようになりたいという彼女の執着が強ければ強いほど、自分と共に来るように説きやすくなるというものだ。
あんな練習などをいくら続けても無駄なことだし、使い魔も級友も、何の役にも立ちはしない。
自分の示す道以外には、その望みを叶える術はないのだから。
(……とはいえ、邪魔者どもには早々に立ち去ってもらうに越したことはないがな)
それについても、抜かりはない。
そのための手筈は、既に整えてある……。
・
・
・
時刻は既に夜、瞬く星の海の中で赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つだけになった月が青白く輝いている。
その光が窓から差し込む、宿の部屋の中で。
「……なんで、『虚無』を習得できたのに、コモン・マジックは成功しないのよ……」
ルイズはベッドに腰かけ、顔をしかめて、不貞腐れたようにそう呟いた。
それから、タバサの方に目を向ける。
「あなたがコモン・マジックのことを言い出したのは、こうなることを予想してたからじゃないの。原因に心当たりがあるんでしょう」
「いくつかの要素から見て、あるいはと思っただけ。当て推量に近い」
「要素って、なによ」
タバサは説明をしていった。
「まず、伝説の『虚無』にしては、あまりにもあっけなく開発できたこと。それから、呪文の強力さや長さが、伝説の内容と矛盾すること」
伝説によれば、始祖ブリミルの『虚無』の呪文は、万軍をも打ちひしぐほどに強力なものだったという。
言い伝えられているうちに内容が過大になっていった可能性はあるが、少なくとも他系統のスクウェア・スペルを凌駕するものであると見てまず間違いないだろう。
そして、その強力さに比例して詠唱も長く、発動するまで主の身を守るために、『ガンダールヴ』のような使い魔がいたのだとも伝えられる。
「さっきの呪文は、詠唱の長さも威力も、他系統のドット・スペルと大差ない。確かに発動はしているけど、あれが伝説の呪文だとは思えない。だから、コモン・マジックを唱えて確認するように言った」
「でも、あれはいつもの失敗じゃないわ。どう考えても魔法よ。仮に『虚無』じゃないとしても魔法を成功したのは確かなのに、どうして……」
「ここから先は、さらに推測が重なる。あくまでも、一つの仮説として聞いてほしい」
ルイズの疑問に、タバサがそう前置きをして答える。
「わたしは、あれはやはり『失敗』なのだと思う。ただし、自分に合わない系統の呪文を試みたことによる失敗ではなく、正しい呪文を魔力がリズムをもって体を巡り始めるまでは唱え、最後までは唱えなかったことによる失敗だという点が、これまでとは違っている」
それゆえ、同じ失敗といってもこれまでのものと比べると格段に制御が効いていて、あたかも成功したかのような印象を与えたのではないか……というのが、タバサの見解だった。
「……最後まで唱えなかった呪文が、たとえ失敗にしても発動するなんてことがあるの?」
「普通はない。だけど、そもそも普通のメイジは呪文を失敗しても、単に何も起きないだけで爆発はしない。あなた自身の特殊性と、『虚無』の未知の性質とを考えれば、ありえないことだとは言い切れない」
「あたしは、それについては何とも言えないけど……」
脇で話を聞いていたキュルケが、少し首を傾げながら割って入る。
「自分の系統の呪文を正しく最後まで唱えたら、体の中で呪文のリズムが最高潮に達したのを感じるものよ。魔法書の説明なんて読まなくたって、今こそ発動のときだってことがはっきりとわかるわ」
そういう感覚はあったかと尋ねられて、ルイズは困ったように考え込んだ。
「ええと、魔法のリズムが、体の中で回り始めた感じはあったけど……」
「それは詠唱の初期段階ね。それが発動の前に最高潮にまで高まったっていう、はっきりとした感覚は?」
「はっきりとしたっていうか……。リズムが巡り始めたのを感じて、二単語目まで完成したっていうのがわかって。そこで杖を下ろそうとしたんだけど、なんかリズムが消えなくて。もしかして、これを解き放てばいいのかなって」
「聞いた限りでは、始めての呪文の完成にしては弱いっていうか、曖昧でぼんやりした感じね。なら、タバサの推理が正しいのかもしれないわ」
「……うーっ……」
優秀なメイジである識者二人の意見が一致したことに、ルイズが顔をしかめて唸った。
ついに成功したと思ったのにぬか喜びだった悔しさや、この先はどうしたらいいのかという思いなどから、俯いて難しい顔になる。
そこへ、リリーが明るい声で口を挟んだ。
「つまり、まだ完成ではなかったけど、正しい道には辿り着いているということね。なら、次にすることはその仮説が正しいかを確認するために、続きがあるかどうかを調べること。つまり、今日やったのとまったく同じ作業を続ければいいってだけよ」
そう言って、笑みを浮かべる。
「最初は何年かかるかもわからないみたいな話だったのに、すごくいいペースなんじゃないかな?」
「ま、そうよね。他系統のドット・スペルなら、もう完成してるくらいの早さだし」
「初日にして大きく前進した、そのことに間違いはない」
とはいえ、事がそう楽観的なものではなくなったことにも、タバサは気付いていた。
二単語目まで完成した現在の時点で、杖を振れば爆発現象を起こせるような状態になっている。
ということは、今後は詠唱を試みる度に、実際に発動可能な状態にまでもっていった呪文、またはその失敗による爆発分の精神力を消費するということだ。
ルイズの精神力量がどの程度のもので、あの爆発でどれだけ消費しているのかまではわからないが、いずれにせよ彼女がいかに高い集中力をもっていても、今日のように短期間にぶっ続けで試行することは難しくなるだろう。
その上、発見しようとしているのは、伝説にも語り残されるほどに長いとされる『虚無』の詠唱なのだ。
完成がいつになるか、見通しは決して明るくない。
「むう……」
当の本人であるルイズもまた、そのことに気が付いていたようで、表情が曇っている。
そんな彼女の内心を読んだかのように、リリーが言葉を続けた。
「なにも焦ることはないわ。とにかく、進んでいる方向としては正しいのなら、このままがんばっていけばいいんだから」
「でも、あんたは早めに故郷に帰りたいんでしょ。思ったより長い間、付き合わせることになるかもしれないわ」
「もちろん、早く帰れるに越したことはないけどね。長引くようならその間にここで成功して利益を上げて、故郷に錦を飾れるようにしておくまでよ」
そう言って、ルイズの鼻先を指でつつく。
「それに、今のところ帰るためのはっきりしたあてはないしね。むしろルイズが呪文を使いこなせるようになることで、私が帰還することや商売の成功にもつながるかもしれないわ」
「え? どういうこと?」
「だって、私をここに召喚したのはルイズなんだから。うまく『虚無』だかを使いこなせるようになれば、私を元の場所に送り返したり、またこっちに来させたりするようなこともできるようになるかもしれないじゃない?」
この世界にそんな魔法があるのかどうかは知らないが、地球からこっちへ来させることができるなら、逆にこっちから向こうへ送り返したり、行き来したりすることもできそうなものである。
地球のゲームとか小説とかで見るファンタジーやメルヘンな世界には、そういう送還だか次元間移動だかの魔法もよく見かけるし。
帰るのが優先ではあるが、できることなら行き来できるようになれば、それに越したことはない。
二つの世界の間で世界の品物をやり取りをできたら大儲け間違いなしだし、帰ったらそれきりこちらの親しい友人たちに会えなくなるというのも寂しいものがあるから。
そう説明されたルイズは、困ったような顔になった。
「そ、そんなの、本当にできるかどうかもわからないんだし。できたとしても、それこそいつになるか……」
「いつになったら完成するかまではわからないけど、道が正しくて『向かおうとする意志』さえあるなら、いつかは完成するわ。向かおうとしているんだからね。そうでしょう?」
どこまでも楽観的に笑ってそう言ったリリーを、ルイズはなにか眩しいものでも見るような目で見つめた。
「……そう。そうね。がんばらないと」
この使い魔には、奇妙な二面性があるというか。
普段はがめついくせに、時々高貴な『黄金の精神』を持っているかのように輝いて見えることがある。
「その意気よ。でも、焦っちゃだめよ。今は任務中だから、それが終わってからね」
「もちろんよ。そのためにも、絶対に成功させて、無事に帰らないと」
そんな二人を、キュルケは横合いから微笑ましげに、興味深そうに眺めた。
「本当に、ベストパートナーって感じね」
強がってはいるけれど、これまでずっと失敗続きゆえに心の奥底では自分はできないと思っていて、ともすれば弱音を吐きそうになるルイズ。
リリーはそんな彼女のことを、彼女自身よりも信頼している。
決して、商売上手で口先だけならなんとでも言えるというようなものではあるまい。
ルイズの成否には故郷への帰還とかいった、彼女自身の将来を左右するような問題が関わっているのだから。
そんな立場にある彼女からの信頼だからこそ、ルイズも奮起してそれに応えようと思うのだろう。
主人を信じて守り支えるのが使い魔の役目であるのなら、彼女はまさにルイズにとって理想的な伴侶だといえるのではないか?
「あなたも、そう思わないかしら?」
いつものように本を開こうとするでもなく、じっとリリーの方を見つめていたタバサに、そう話を振る。
「知らない」
素っ気ないその言い方には、少し拗ねたような棘がある気がした。
ややあって、付け加える。
「……彼女のほうが格好いいことは、間違いない」
「え、何? 誰と比べて?」
「ヒゲ」
そんな他愛ない話をしていたとき。
急に、部屋の中が暗くなったような気がした。
「あれ……?」
リリーは怪訝に思ったが、すぐに窓から差し込む月の光が弱くなったのだと気付いた。
分厚い雲の影にでも隠れたのだろうか。
今日は晴れていたはずだが。
怪訝に思いながら窓の方に目をやると、月明かりを背負って、巨大な影の輪郭が外に立っているのが見える……。
「……!」
「わ、わわっ!?」
咄嗟にルイズを抱えて、窓から離れるように飛び退いた。
ほぼ同時にタバサとキュルケも事態に気が付き、同じように窓から離れながら杖を抜く。
「あ、あれは……」
少し遅れて、ルイズも巨大な人影に気が付いた。
それが岩のゴーレムであることと、その肩に誰かが腰掛けて、長い髪を風にたなびかせている事にも。
「……フーケっ!」
「あら、覚えていてくれたみたいね。感激だわ」
フーケが立ち上がりながら、嬉しそうに答える。
「親切な人が、わたしみたいな美人はもっと世の中のために役に立つべきだからって、牢屋から出してくれたものでね。まずはこうして、素敵なバカンスを進呈してくれたお礼に、……っ!」
長口上の最中に、キュルケとタバサが放った火球と氷の矢がフーケを襲う。
しかし、それらはいずれも突風の防壁によって逸らされた。
暗くて見にくいが、フーケの隣には黒いマントを着て白い仮面で顔を隠した長身のメイジが立っていて、そいつが呪文を使ったようだ。
自分たちの攻撃を苦も無くいなしたその手並みから見て、トライアングルからそれ以上のクラスのメイジだと二人は見積もった。
「……ふん、おしゃべりは嫌い? 上等じゃないか!」
フーケは目を吊り上がらせて狂的な笑みを浮かべると、巨大ゴーレムに拳を振るわせた。
既に部屋の奥にまで飛び退いていた少女らに直接は届かないが、岩の拳は同じく岩でできたベランダの硬い手すりを砕き、破片を飛び散らせる。
「このっ!」
リリーは自分たちの方に飛んできた岩片をデルフリンガーで切り払い、タバサも風を起こして、自分とキュルケの被弾を防いだ。
その合間にフーケに向けて投げナイフを放つが、それはゴーレムの肩から瞬間的に生えるようにせり上がった岩の防壁によって防がれてしまった。
「ふん。正面からの投げナイフなんて、メイジには当たりゃしないよ」
フーケはリリーに向けて、にやりと微笑んだ。
「あんたにはこの間、危ないところを助けてもらったけどね。その後には痛い目に遭わされたり金を取られたり、牢に放り込まれたりもしたから、貸し借りはなしさ。覚悟するんだね」
「『覚悟』ってのは、暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことよ。安易に諦めたり考えるのをやめたりするのは、覚悟とはいわないわ」
そういうリリーの後ろで、ルイズが杖を振るい、まだ半端ながら先ほど習得したばかりの呪文を唱える。
「エオルー・スーヌ!」
それは聞き慣れない詠唱だったが、フーケは咄嗟にまた岩壁を立てた。
あの詠唱の長さならせいぜいドット・レベルの呪文、何が飛んでこようと、この壁の強度なら防ぎきれるはずだ。
あの小娘の呪文は爆発するらしいが、爆風だって防げる。
だが、ルイズの杖の先から何かが飛んでくることはなく、壁に遮られないフーケの足元のあたりが正確に弾けた。
「ぎゃぶっ!?」
爆発自体は小規模で、致命傷を与えられるほどのものではない。
だが、至近距離の足元を突然爆破されたことで、フーケは体勢を崩してゴーレムの肩から半ば吹き飛ばされるように転げ落ちた。
「……!」
それを見た白仮面の男も、彼女の後を追うようにさっと飛び降りて姿を消す。
おそらくは彼女の救助に向かったのだろう。
結果、ゴーレムだけがその場に残った。
「わたしたちも、下へ向かうわよ!」
階下の方からも、なにやら騒々しい戦いの物音のようなものが聞こえてきている。
おそらくは、フーケらが連れてきた傭兵か何かが侵入してきたのだろう。
まだ下にいるはずのワルドや、他の客や店員たちの身が心配だ。
「先に行っててちょうだい。私は邪魔の入らなくなった今のうちに、このゴーレムをぶっ壊しておくから」
リリーはそう言うと、キャラバンの袋の中から『小型対戦車バズーカ砲』を取り出した。
「……なにそれ」
「大砲みたいなものよ。行かないで見てるんだったら、後ろには立たないでね」
他の少女らの見守る前で、そいつを肩にかけ、照準をゴーレムの胸のあたりに合わせる。
「あと、岩片が飛び散ってくるかもしれないから。いちおう、魔法でこっちの身を守ってくれるとありがたいわ」
そう言うと、トリガーを押した。
しゅぼっという音がして、ロケット弾が白煙を引きながらゴーレムに吸い込まれていく。
弾頭が岩の体にめり込み、そこで信管を作動させて爆発する。
耳をつんざくような爆音が響き、ゴーレムの上半身がばらばらに飛び散った。
咄嗟にタバサが風の防壁を張り、飛散する岩片から全員の身を守る。
「ひゃぁあっ!?」
「な、なななな……?」
「……!」
目を見開いた少女たちの前で、下半身だけになったゴーレムが腰の部分から崩れ落ち、倒れて崩壊した。
落ちていったフーケと仮面の男がどうなったのかは、ここからではわからない。
「お、一発で終わったわね。じゃあ、下に向かいましょう」
リリーの言葉ではっと我に返った少女らは、ワルドと合流するべく部屋を出て、一階に向かった。
・
・
・
階下の酒場でも、戦いが起こっていた。
傭兵と思われる武装した一隊が侵入して、酒場の客たちを襲ったらしい。
「ワルド! 大丈夫?」
「あ、ああ。ルイズ。君も無事だったか。上の方で大きな音がしたから、心配していたんだが……」
彼は床と一体化した岩製の机の脚を折り、それを立てて盾のようにして、傭兵たちに応戦していたようだ。
他の客たちはみな、カウンターの下で震えている。
太った店の主人が腕に矢を食らったらしく、脂汗を浮かべながら床をのたうち回っていた。
とはいえ、少女らが下りてきた時点で、既に戦いの大勢は決していた。
メイジとの戦いに慣れた傭兵たちは暗闇を背にしたうえで安全な間合いから弓を射掛けており、しかも相手側には反撃してくる戦力らしい戦力はワルド一人だけという、優位な状況を築いていたのだが。
先ほどのバズーカ砲の轟音と振動、それに続く雇い主の巨大ゴーレムが目の前で崩れ落ちる光景は、彼らの士気を大きく挫いた。
それをやったと思しきメイジの少女らが上階から降りてきて反撃に加わると、彼らは浮足立って、我先に逃げ散り始める。
外の方で仮面のメイジやフーケが叱咤激励や脅迫でもしているのか、及び腰で戻ってきて戦いを継続する者もいるが、店内へ戻るや手を上げて降伏し、雇い主から逃れるために裏口へ走っていこうとする者のほうが多い。
「おのれ、逃がすか!」
血気に逸ったのか、ワルドはそんな連中にも容赦なく呪文を放とうとするが、少女らはいい顔をしなかった。
「やめなさいよ。戦意を無くした相手を撃つだなんて」
「ルイズ。ここで倒さねば、彼らはまた襲ってくるかもしれないんだぞ」
「明日にはアルビオンへ渡るんでしょ。その後はもう追ってこられないんだし、ただの雇われなんて放っておいてもいいんじゃない?」
「精神力の無駄遣い」
口々に諭されて、ワルドは不承不承杖を下ろす。
「降伏するなら、このお店と私達への迷惑料として、武器ともらったお金くらいは置いていきなさいよね」
リリーはそう言うと、まだ敵の攻撃があるようなら対処してくれるように他の面々に頼みつつ、矢をくらった店主の手当てに向かった。
「大丈夫よ、すぐ楽になるからね」
痛み止めと傷薬、包帯でてきぱきと応急手当をし、波紋を流す。
普段なら治療費は宿泊代をチャラにしてくれればいいからとでも言うところだが、この宿が襲われたのは明らかに自分たちがここに泊まったせいなので、対価の請求は差し控えておいた。
まあ、請求しなくてもそのくらいのことは向こうから申し出てくれそうだし、その場合はありがたく受け入れる気ではいるが。
手当てを終えたリリーは、店主の感謝の言葉を流しながら、仲間たちのもとへ戻った。
「襲撃は終わった……かな」
「フーケやあの仮面の男は、おそらくまだ死んでいないはず。このままここにいれば、体勢を立て直しての再襲撃の可能性もある」
「そうね。交代で見張りを立てながら、朝を待ちましょう」
「まって。あたしたちへの襲撃が失敗したとなったら、連中は今度は船を狙うかもしれないわよ」
ラ・ロシェールからの物資輸送は貴族派にとっても重要なはずなので、さすがに出られる船をすべて台無しにするとか、船員を皆殺しにするとか、そこまでの無茶はやらないとは思うが。
何かしらの破壊工作や、刺客による待ち伏せなどの可能性はあろう。
「うむ……。なんとか交渉して、今すぐに船を出させよう」
「でも、交渉した船員がもう敵側に買収されていて、とんでもないところに連れて行かれるとかの心配はないですか?」
「万が一の場合は、シルフィードで逃れる」
「ま、無理なら朝まで待って、他の客と同じ船に乗るほうが安全ではあるでしょうけど。とにかく船になにか細工をされないか、桟橋まで行って交代で見張っといたほうがいいんじゃない?」
「そうね。ないとは思うけど、さっき裏口から逃げていった連中が降参するふりをして船の方に行ったとかの可能性も、ゼロじゃあないしね」
そんなふうに相談がまとまって、一行は速やかに荷物をまとめ、桟橋へ向かう運びとなった。
・
・
・
「ええい、役に立たん腰抜けどもが!」
店から少し離れた場所に退避していた仮面の男は、さっさと逃げ散っていく傭兵共に悪態をついた。
爆風や岩の飛散によって少なからず負傷したフーケは、そんな彼に苦笑する。
「仕方ないさ。いくら気前よく払われたところで、あいつらは命のほうが大事だろうし。わたしの巨大ゴーレムをあっけなくぶっ壊すような連中が相手だっていうんじゃね」
それは、こちらも同じこと。
こちらに恥をかかせて痛い目に遭わせてくれた連中へのお礼は当然したいに決まっているし、向こうには向こうの利害があってのことだろうとはいえ、牢から助け出してくれた恩義にも報いたいが。
こちとら、貴族の名などはとうの昔に無くした身。
生きて帰らなければならない理由もあることだし、せっかく助かった命のほうが大事だ。
「……何をしたかは知らんが、『土くれ』自慢のゴーレムを粉砕するとはな」
仮面の男は、少し皮肉っぽい調子を込めてそう呟く。
内心では、一体誰がやったのかと考えていた。
(順当に考えれば、ルイズか。『虚無』の片鱗であるところのあの爆発が、失敗なりに、今ではあれほどの威力にまでなっていたということか)
でなければ、ルイズの級友だというあの学生メイジどもが、予想以上の使い手であったか。
そういえば内の一人は、風竜を使い魔にしているようだった。
まだ随分と若いようだが、スクウェア・クラスということもありえなくはない。
あの『ガンダールヴ』は何かと小賢しい細工をするが、所詮は武器で戦う者、先の戦いではゴーレムに歯が立たなかったとも聞いているし、あんなことまではできまい。
一方でフーケの方も、同じように、誰が自分のゴーレムをやったのだろうと考えていたが。
仮面の男とは、推測した相手が大きく違っていた。
(あの使い魔の女の仕業ってのが、一番ありそうな線だね)
何かと妙な武器を持っているようだったし、おかしな力も持っているようだったし。
自分のゴーレムに歯が立たなかったのは他の連中と同じだが、まだなにか手を隠していたとしても不思議ではないと思える。
まあ、所詮は特に根拠のないただの憶測に過ぎないので、わざわざ横の男に伝えたりはしないが。
「……で、どうするの。わたしは負傷もしたし、そんなすぐには動けないよ」
仮面の男は、彼女の方を見もせずに答えた。
「俺が追う。合流は、例の酒場で」