7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第四十九話 覚悟

 

(ええい、不甲斐ない。所詮は金目当ての、卑しい傭兵どもだとはいえ……!)

 

 桟橋に向かうための準備を整えながら、ワルドは胸中で先の傭兵たちに対して少なからず怒りを覚えていた。

 あれだけ雁首を揃えてもたかが女学生の一人も倒せないどころか、彼女らを分断させることさえ満足にできないとは。

 

 当初の予定では、彼女らが傭兵どもの襲撃に手こずっているときに『このような任務では、半数が目的地にたどり着けば成功とされる』とでも言って、同行者の半数ほどを囮役として置いていくことを提案するつもりだったのだ。

 少なくとも、彼にとっては単に邪魔なだけでどうでもいいキュルケとタバサ、理想的には『ガンダールヴ』であるリリーも置いていければ、それに越したことはなかった。

 その後は生きようが死のうが知ったことではないが、まあ傭兵どもが連中を後腐れなく完全にリタイアさせられるのなら、なおさら結構なことだ。

 なのに、蓋を開けてみれば誰一人として削れず、我先に逃げ散っていく有様。

 ゴーレムがやられたことで、こちらより向こうの方が強いと見たか。

 アルビオンでも、王党派に雇われておきながら、そちらの旗色が悪いと見るやさっさと見捨てて逃げ帰ってきた連中らしいが。

 平民の傭兵には過分なほどの金貨を弾んでやったというのに、まるきり職業倫理も、『覚悟』もない連中だ。

 

 もっとも、仮にワルドが当初予定していたような展開になっていたとしたなら、その時はその時で『この任務に無関係なのについてきてくれているタバサやキュルケを囮になんてできるか』『大切なパートナーである使い魔を置いていけるか』とルイズから猛反発されていたのは間違いないところだろう。

 他の同行者は全員女性かつ学生でワルドだけが男性で正規の軍人というこの状況で、しかも自分から出した提案なのに本人はこの場に残らないなどと言ったら、その時点で間違いなく全員の反感を買うだろうし。

 当のワルド自身には、そういった認識はないようだが。

 

(……まあ、いいさ)

 

 連中がそういうつもりだというのなら、こちらにも考えがある。

 

(無理にでも、少しは役に立ってもらうからな)

 

 本当に『覚悟』をもってやるというのがどういうことか、あの連中にわからせてやろうではないか。

 

 

「……ひっ! ひィィィーーー!?」

「か、勘弁してくれェェ!」

 

 フーケと別れた白仮面は、逃げ去ろうとしていた傭兵どもの一団の前に姿をあらわすと、まずは問答無用で一人の胸を貫いた。

 その光景に怯え切った連中が、手を上げて慈悲を求める。

 

「雇う時に言ったはずだな。俺は甘っちょろいアルビオンの王とは違う、逃げれば殺すと」

「お、おお、お許しを!」

「あっ、あんたも見てただろう!? 馬鹿でかいゴーレムがやられたんだ! 俺たちの手には負えねえ!」

「関係ない」

 

 仮面の男は冷ややかにそう言った。

 

「そもそも、安全で楽な仕事に傭兵を雇うわけがなかろう。貴様らに払った金貨は、危険手当も込みだ。降りるというなら返してもらおう」

「有り金は全部、迷惑料としてあいつらに取られたんだ!」

「自分たちから降伏して、言われるままに差し出しただけだろうが。敵に渡させるために、貴様らに金をやったわけではない」

「お、俺たちだって、必死に……」

「『必死』だと?」

 

 仮面の男は目にもとまらぬ閃光のような速さで細剣状の杖を突き出し、その男の顔を貫いた。

 残った傭兵どもが真っ青になって、がたがたと震える。

 

「ひ、ひぃぃええぇぇ……!」

「『必死』とはこのようなことを言うのだ」

 

 仮面の男はそう吐き捨てると、杖を引き抜き、振って血を払った。

 

「選べ。今すぐに俺に殺されるか、殺される『かもしれない』が、もう一度あの連中と戦うかだ」

「で、でも、俺たちは、武器も置いてきちまったんだよ!」

 

 一人の男が、悲鳴のような、泣きそうなような声を上げる。

 彼らは迷惑料の一部として、また、もう襲撃をしないという保証の意味で、降伏を認めてもらう代わりに手持ちの武器を没収されてしまったのだ。

 残っているのは、せいぜい懐やブーツに納められるような、予備の武器や隠し武器くらいである。

 これでまたメイジの一団を襲撃しろというのは、自殺しろというようなものではないか。

 

「お、置いてきた武器は、きっとまだあの店にあるよ。あんたがそれを回収してくれるのなら……」

 

 仮面の男は容赦なく、その男の横面を杖で殴った。

 

「ぶげぁ!?」

 

 男は派手に地面に転がる。

 

「なぜ、俺が指図されて、貴様らが自分で捨てた武器の回収をしてやらねばならんのだ。甚だ図々しい、身の程をわきまえろ」

「さ、指図だなんて、そんなつもりは……」

「なあ、あんただって、あいつらを襲うのに少しでも戦力が必要だろ? これ以上……」

 

 仮面の男は風のような速さで、なおも抗議した、いちおうはこの烏合の衆のリーダー格であるらしい男の腹に杖をめり込ませた。

 

「う、ぅが……っ!」

「『戦力』を名乗るのなら、このくらいはかわすんだな。武器の有無と身のこなしには、何の関係もなかろうが」

 

 そう言うと、もはや声を上げる勇気もなくなって縮こまる傭兵どもを、冷ややかに見下す。

 この連中はどの道使い捨てだ、武器などはあってもなくても大差ない。

 そうでなくても、武器の回収などをしている時間はないのだ。

 さっさと追撃をかけなければ、一行はアルビオンへ向けて発ってしまうだろう。

 

「もう一度言う。関係ない。すぐに行くんだ。『覚悟』のない連中などは、生かしておいたところでなんの役にも立たん」

 

 

「もう、誰もいないみたい……」

「あの連中は、すっかり撤退したようね」

「油断は禁物」

「そうね。ここから桟橋までの道中で、待ち伏せがあるかもしれないわ」

 

 身支度を整えた一行は夜のラ・ロシェールの街へ出ると、周囲を警戒しながら桟橋へ向かうことにした。

 傭兵どもが置いていった迷惑料の分配など、店側とのやり取りも、既に済ませてある。

 狼藉者どもを追い払い、傷の手当てをして迷惑料もきっちりと取り立ててくれたことにいたく感謝した店主は、宿泊料はただにするし朝までの護衛も手配するからと言って、泊まっていくように勧めてくれたが。

 この旅の襲撃はもしかすると自分たちを狙ったものかもしれない、これ以上この店に迷惑をかけたくないし急ぎなのだと説明すると、別れを惜しみながらも出立前に口添えの手紙を書いてくれた。

 

「ご無事を祈っております。お急ぎのようでしたら、『女神の杵』亭の店主からだと言ってこの手紙を見せれば、何とか都合をつけて船を出してくれることでしょう」

 

 一行は店主の好意に感謝して、その手紙を受け取った。

 このような急ぎの任務の最中には、実にありがたい援助だ。

 

「諸君、桟橋はこっちだ」

 

 ワルドが先導し、その後ろにルイズ、タバサ、キュルケと続く。

 白兵戦のできるリリーが、しんがりを受け持った。

 

「使い魔君、後ろから何かくるようなら、しっかりとルイズを守ってくれよ」

「ええ、がんばります」

 

 ワルドがわざわざそんなことを言ってきたので、リリーは頷いて返事を返した。

 一行は先ほどの騒ぎが嘘のように静まり返った街中を、月の光に照らされながら進んでいく。

 桟橋へは街中を散策した際に下見に立ち寄っていたし、大きな月の光のおかげで明るいので迷うことはない。

 建物の間を進んで桟橋がある丘の上に続く階段を目指していたとき、タバサがぽつりと呟いた。

 

「いる」

 

 そう言って、後続のキュルケに杖を動かして、位置を指し示す。

 

「おいでなすったってわけね」

 

 キュルケは落ち着いて、杖を掲げた。

 その先から花火のように小さな炎の球が何個も打ちあがり、タバサの指示したあたりを真昼のように照らす。

 光の中に、周囲の建物の間に隠れ潜んで襲撃の機をうかがっていた傭兵たちの姿が見えた。

 

(ほう……)

 

 そんな彼女らの手並みに、先行していたワルドは軽く感嘆する。

 

(微細な風の動きから、隠れ潜んだ連中の存在を察知したか。もう一人の方も、学生にしては場慣れしているようだな。呪文のキレからすると、ランクはトライアングルか)

 

 とはいえ、自分の敵ではないという確固たる自信はあるが。

 今回のような制限の多い襲撃においては、仕留め損なう可能性もあるだろう。

 それにこいつらは、所詮は後々までルイズについてくることなどはまずない、ただの学友に過ぎないのだ。

 ここはやはり、あのうっとおしい『ガンダールヴ』がまず脱落してくれたほうがありがたいと、ワルドは考えた。

 

「ひっ!?」

「……ち、ちくしょうッ!」

 

 奇襲に望みをかけていた傭兵どもは、見つかったと知って呻きながら飛び出してきた。

 仮面の男は見つけた連中をつかまえては脅迫して襲撃部隊を再編成させたが、彼に捕まらずに逃げおおせた者や脅迫の過程で殺された者も多い。

 それでもまだ、三十名近い数が残っていた。

 

「やるしかねぇんだ、いくぞ!」

「うぉおおっ!」

 

 彼らは叫びながら、強力な呪文によって一網打尽にされないよう、散開して向かっていく。

 逃げても、あの仮面の男に殺される。

 こうなったらもう、数を頼みに戦うしかない。

 たとえメイジが相手であっても、ろくな武器がなくても、的を絞らせないよう様々な方向から襲い掛かって懐に飛び込めさえすれば、まだ望みはあるはずだ。

 

「こいつら、さっきは降伏するって言ったくせに! こうやって、後で裏切るつもりだったのね!」

「……そうは思えないけど」

 

 一も二もなく目尻を吊り上げて怒りを滲ませるルイズに対して、リリーは冷静に相手を観察した上で、そう独り言ちた。

 こいつらはその辺で拾ったとしか思えないような棒切れだの、サブウェポンだとしか思えないような小剣や短剣だのといった貧相な武装しかしていない。

 最初からそのつもりだったのなら、店の外に再襲撃用の武器を隠しておくか何かするだろう。

 それに、どいつもこいつもひどく怯えたような様子だし、中には殴られでもしたような青あざが顔についている者もいるようだ。

 

(雇い主に脅迫されて、やらざるを得なくなった……ってところかな)

 

 エジプトツアーの時に一時共闘したホル・ホースも、報酬は魅力的だが、それよりなにより裏切れば殺されるのだからDIOには従わざるを得ない、というようなことを言っていた。

 大方、似たような事情だろう。

 気の毒なことだが、そもそもが金のためになんの恨みもないこっちの命を取ろうとしてきた上に無関係な宿の人たちまで巻き込んだ連中なので、まあ自業自得であろう。

 自分ならいくらもらっても、そんな仕事はお断りだ。

 

「迎え撃つぞッ!」

 

 もはや戦って活路を開くしかなくなった傭兵たちは、まだ勝ち目はあるはずだと自分たちに言い聞かせて、一縷の望みをかけた一斉攻撃に打って出た。

 メイジたちも散開して、もはやろくな飛び道具もなくただ必死に向かってくる傭兵たちを魔法で迎撃していく。

 

 リリーの方にも、四人ほどの傭兵が突っ込んできた。

 あまり気は進まないが、降りかかる火の粉は払いのけるしかないだろう。

 彼女は軽く溜息を吐くと、キャラバンの袋からつばの部分に刃が仕込まれた帽子を取り出した。

 

「くらえ、スピードワゴン直伝! 『ブーメランハット』ッ!」

 

 ギュルギュルと回転する帽子が軽く弧を描くような軌道で飛んでいき、向かってくる傭兵たちのうち二人の足を切り裂いた。

 

「うぎゃぁあ!」

「ゲェッ!」

 

 いくら死に物狂いでも、足の腱を切られてはどうにもならない。

 転倒して無力化する。

 それでも、残る二人は小剣と棒切れを手に、死に物狂いで突っ込んできた。

 

「おおぉぉっ!」

 

 リリーは最初に突きかかってきた男の小剣を、デルフリンガーの一振りで大きく横に打ち払う。

 体勢を崩してよろめく男の腹へ、すれ違いざまに柄打ちを叩き付けた。

 

「う、うご、ぉ……」

 

 波紋入りの強烈な一撃をみぞおちに叩き込まれた傭兵は、そのまま目を剥いて崩れ落ちる。

 

「きぃぇえええぇえっ!!」

 

 半ば悲鳴のような声を上げながら、残る一人が力任せに棒切れを振り下ろす。

 リリーはデルフリンガーでその棒を斬り払うと、男に小声で囁いた。

 

「命が惜しいなら、ほとぼりが冷めるまで死んだふりをしときなさい。それから、他のお仲間の手当てや後片付けをよろしく」

 

 はっとしたような顔になった男の頭に、峰打ちを食らわせる。

 

「がふっ……」

 

 本当に気絶したのか、あるいはそのふりをしたのか、男が崩れ落ちて動かなくなった。

 それと、ほぼ同時に。

 

「っ!?」

 

 建物の陰から矢のように飛び出してきた人影が、やや散開するように陣取っていたためにできた隙間を縫うようにしてルイズに近付き、彼女を捕まえた。

 口を押さえ、呪文の詠唱をできないようにして連れ去ろうとする。

 あの、仮面の男だった。

 

(! 伏兵!?)

 

 一瞬遅れてそれに気が付いたタバサは、しまったと歯噛みをする。

 おそらくあの男は風のメイジ、それもかなりの手練れ。

 先の宿での襲撃の際に時にそのことに気が付いていたのだから、当然警戒しておいてしかるべきだった。

 風の流れを熟知したあの男は、自分の気配を悟られないように注意しながら陰に潜み続け、こうして仕掛ける機をうかがっていたのだ。

 

「……! ルイズっ!」

 

 リリーは事態に気付くと、すぐさま仮面の男に向かっていく。

 他の面々は気付くのが遅れたり、まだ自分に向かってきた相手を片付けきれていなかったり、ルイズが対峙していた傭兵たちに阻まれたりで、すぐには動けない。

 ルイズが抜けたために多方面から傭兵に襲われることになるキュルケらの身が心配だったので、キャラバンにはそちらについているように頼んでおいた。

 ルイズを抱えたままでは追いつかれると思ったのか、仮面の男はそのまま遠くまで逃げようとはせず、一旦向き直ってリリーと対峙する。

 

「ぐっ……」

 

 リリーはデルフリンガーを構えながら、顔をしかめた。

 仮面の男は勝つために手段を選ばない性格なのか、ルイズの体を盾にするようにして前に押し出している。

 これでは迂闊に斬りかかったり、銃で撃ったりするのは彼女の身が危険だ。

 キャラバンがいれば、彼に頼んで側面なりから叩いてもらえば簡単だったのだが。

 

「む、むーっ!!」

 

 仮面の男に片腕で抑え込まれているルイズは、顔を真っ赤にしてもがいた。

 だが、男の体格は、ワルドと同じくらいだ。

 力に差がありすぎてびくともしない。

 男は黒塗りの杖を引き抜くと、リリーに向けて呪文を唱え始めた。

 このまま、手をこまねいていてはまずい。

 

(ええい、ままよッ!)

 

 リリーは先ほどと同じ『ブーメランハット』を取り出すと、ルイズの体でガードされていない仮面の男の頭部を狙って放った。

 呪文の詠唱を阻害するなり、ルイズの体を離させるなりの妨害になれば。

 しかし、男はルイズをしっかりと掴んだまま、軽く体を捻るようにして難なく避けつつ、詠唱を続ける。

 

(一体、なんの呪文が来るの?)

 

 仮面の男の詠唱は聞き取れないが、杖の動かし方や詠唱の長さからすると、先の手合わせでワルドが使ってきたような風の刃や空気の槌ではなさそうだ。

 男に押さえ込まれているルイズには詠唱が聞こえて呪文の正体がわかったのか、青ざめた顔になって、一層強くもがき始める。

 デルフリンガーを手に身構えていると、周囲の空気が冷えてきたのを感じた。

 一瞬、冷気の嵐か何かを放つ呪文かと思ったが。

 ひんやりとした空気に肌を刺されて、リリーははっとする。

 

(まさか、これはッ!)

 

 かつてのエジプトツアーにおいて、『スパーク』という人魂型スタンドと戦った際に、何度か同じような現象を体験したことがある。

 冷気を操るスタンドである『フリーズ』や『ホルス神』とも戦ったが、それらのスタンドによる攻撃とは感じが違う。

 これは、雷撃が放たれる予兆ッ!

 

「ふんっ!」

 

 リリーはそう断じると、咄嗟にデルフリンガーを仮面の男と自分との間の地面に突き刺し、飛び退いてそこから距離を離した。

 来るのが電撃なら、表面の大部分が錆びているとはいえ金属製である彼を手に持っているのは自殺行為。

 避雷針にして攻撃を地面に流させ、距離を離して側撃雷を避けるのが、適切な対処法だろう。

 

「お、おい、相棒?」

 

 彼女の意図がつかめず、デルフリンガーが困惑する。

 そのとき、仮面の男の呪文が完成した。

 空気が震えてばちんと弾け、男の周辺からリリーに向かって、幾条もの稲妻が伸びる。

 

「『ライトニング・クラウド』かッ!」

 

 呪文の正体に気付いたデルフリンガーが叫んだ。

 

「きゃあぁあっ!?」

 

 風の上位魔法『ライトニング』は強力だがコントロールが効かず、自分自身に落雷する可能性さえある危険な魔法だ。

 そのため、通常は『ライトニング・クラウド』の形で雷雲を遠距離に発生させ、それによって電撃の軌道を制御する。

 ただの稲妻ならリリーの狙い通りに無効化出来ていただろうが、魔法によって軌道を制御されているために、完全には避雷できなかったのだ。

 

 稲妻の多くはリリーの意図したとおり、デルフリンガーに落雷し、地面に流されて無効化された。

 だが、『ライトニング・クラウド』の稲妻は杖の先から一直線に放たれるものではなく、術者の周囲の空間から放たれるもの。

 そのため角度の関係でデルフリンガーから比較的離れた場所を通った稲妻は、雷雲による制御もあって彼に引き寄せられてしまうことなく、そのままリリーに向かっていったのだ。

 稲妻は、さらに念を入れてシャボン玉を放つことで電撃をそちらに誘導しようと構えかけていたリリーの左腕を直撃し、彼女は焼けつくような痛みに、その腕を庇って苦鳴を上げた。

 

 ルイズはそんなパートナーの痛々しい姿に目を見開き、顔を歪める。

 

(わ……わたしが捕まったせいで、ミズルが! こんな……)

 

 思わず涙が滲んできて、視界がぼやけそうになる。

 だが、そんなとき、ふとリリーと目が合って、ルイズははっとした。

 彼女の目の、力強い光。

 

(ち……違うわ。ミズルのあの目は、ただ苦しんでのたうち回っているっていう目じゃあない!)

 

 あれは、吸血鬼と戦った時と同じ。

 自分たちを庇って傷付いた彼女を心配して駆け寄ろうとしたら、あんな目をした彼女に怒られた。

 

『こんなかすり傷を気にして私の方を見てるんじゃあないわよっ、ルイズ! それよりも……』

 

(……いま、わたしのやるべきことをやれって、そう言われたわよね)

 

 今回も、何かあるというのか。

 なら、自分も泣いている場合じゃない。

 それを考えて、機を逃さないようにしなくては。

 

(浅知恵もここまでのようだな、『ガンダールヴ』!)

 

 一方、そんな彼女らの胸中など知る由もない仮面の男は、傷付いて苦しむリリーの姿を見て勝利を確信した。

 呪文を雷撃と見切り、咄嗟に金属に電撃を誘導させてかわそうとした機転はなかなかのものだが、所詮は平民の悲しさか。

 最強たる風の系統の、その上位呪文の詳しい性質などは、知る由もなかったようだ。

 電撃の大半を地面に流されてしまったからまだ致命傷にはなっていないかもしれないが、通電した苦痛と筋肉の痙攣でまともに動けまい。

 手酷い火傷を負ってもはや戦力外だろうが、手ぬるい真似はしない。

 

(後腐れなく、この場で片付けてやろうッ!)

 

 会心の笑みを浮かべて、杖を振り上げようとした、ところで。

 

 ドッギャアァ!!

 

「!? ぐ、ぐぉおぉおッ!」

 

 突然、背後から肩口のあたりに食い込む激しい苦痛を感じて、仮面の男は思わず悲鳴を上げた。

 先ほどリリーが投げた『ブーメランハット』が、弧を描いて戻ってきたのだ。

 最初から、正面から投げつけて当たるなどとは思っていない。

 投げた後で男の注意を引き付けておき、ルイズを盾として正面に構えたままこれで安心と油断しきっているところを背後から奇襲しようというのが、リリーの狙いだった。

 

 刃が骨にまで達し、バキバキと音を立てる。

 あまりの苦痛に、ルイズを拘束する男の腕の力が緩んだ。

 

「……っ」

 

 機を見計らっていたルイズは、すかさず男の腕から逃れると、躊躇うことなく彼に杖を向けて呪文を唱えた。

 習得したばかりの準成功の爆破呪文ではなく、最短の詠唱で放てるコモン・ルーンによる失敗魔法を。

 無論、制御の効かない魔法の爆風に自分も巻き込まれることになるが、そんなことなどは当然、『覚悟』の上だ。

 

「がっ!」

「ぎゃっ!」

 

 爆音が響き、男とルイズの悲鳴が同時に上がって、彼らが吹き飛ばされる。

 

「く……!」

 

 それでも、どうにか掴んだままでいた杖を手に立ち上がろうとした男の腕を、立て続けに発砲された二発の銃弾が貫いた。

 

「ぐあああ!?」

「チェックメイトよ。悪あがきはやめなさい」

 

 既に立ち上がっていたリリーが、冷ややかに男を見下ろした。

 元より左腕の負傷など、波紋使いでありエジプトツアーでの激戦も潜り抜けてきたリリーにとっては、そこまで大したものではない。

 背後からの奇襲が成功するか、男が油断するかした隙を見計らって撃ち込むため、苦痛にのたうち回っていると見せかけながら『デリンジャー』を左手の掌の中に隠し持って、機会を見計らっていたのだ。

 

「あなたには、いろいろと話してもらうことがあるのよ。素直に教えてくれれば命の保証はするし、手当てくらいは……?」

 

 そう話しかけながら男の仮面を外そうと油断なく近づいていったリリーの前で、奇妙なことが起こった。

 男の姿が、まるで一陣の風の中に溶け込むように掻き消えて、無くなってしまったのだ。

 

「……こ、これは一体……」

「風の『偏在』」

 

 どうにか傭兵たちを片付け終わって駆けつけてきたタバサが、そう説明した。

 

「スクウェア・クラスのメイジだけが使うことのできる呪文。術者とまったく同じように見えて、一つ一つが意思と力を持っている分身を作り出す」

「はあ……。そんなすごい呪文もあるのね」

 

 もう勝ち目はなくなったし今後のことを考えれば顔を見られない方が都合がいいから、分身を消したということか。

 やっぱ魔法ってすげーわ、とか思いながら、リリーは大きく息を吐いて、まずは吹き飛ばされたルイズの様子を確かめようとする。

 だが、彼女は駆けつけてきたワルドによって、既に介抱されていた。

 

「大丈夫か、ルイズ!」

「ええ……平気よ。ありがとう、ワルド」

 

 ルイズは頷くと、よろよろと身を起こして服装を整えながら、リリーの方を見た。

 キュルケが、心配そうに彼女の様子を確かめている。

 自分も傍に行って、負傷の具合を確認した。

 

「ミズル、腕は大丈夫?」

「まあ、火傷はしてるでしょうけど、そこまでひどくはないと思う」

「……そうみたいね。よかったわ」

 

 リリーはルイズに波紋か回復薬で手当てをするつもりだったが、ワルドがもう水の治癒呪文を施しているようだったので、出しゃばるのはやめて念のため後で様子を聞こうと思い直す。

 とりあえず今は、自分の傷の様子をざっと確かめて医薬品と包帯で手当てをし、波紋の呼吸をしておいた。

 まあ、じきに治るだろう。

 

「行きましょう。まだフーケが残っているはずだし、気を付けながらね」

 

 そう言いながら、丘の上を見上げた。

 そこにある信じられないほど巨大な樹の枝々には、まるで果実のように飛行船がぶら下がっている。

 自分たちはこれからそれに乗って、空の上の国、アルビオンへ行くのだ。

 

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