7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「おー。なんだか、大学の講義室みたいね?」
教室をざっと見渡して、リリーはそんな感想を漏らした。
石造りなことを除けば、実際構造はよく似ている。
魔法使いの先生が使うのであろう教卓が前方最下段の中央に位置し、生徒用であろう座席が周りに階段状に並んでいるのだ。
多くの生徒らが自分たちの方を見てくすくす笑っているのが少し気になったが、彼らの連れている使い魔たちの姿を見て得心がいった。
フクロウや大蛇、カラスに猫といった、地球にもいるごく普通の動物に加えて、いわゆるファンタジーやメルヘンの世界でよく見かけそうな生物の姿もある。
ゲームでいうとドラクエとかFFとかに出てきそうなやつだ。
(花京院が見たら、なんて言うかしらね)
承太郎なら、生物学的な興味を示しそうだが。
しかし、自分のように周囲の生徒と違う服を着ている者はいないところから見て、人間の使い魔というのはやはり存在しないようだった。
珍妙だから注目されて、軽薄な学生たちの物笑いの種になっているということだろう。
(あのキュルケとかいう子も、そんなようなことを言ってルイズをからかってたしねえ)
そのキュルケはというと、見れば教室の一角で男子生徒たちに取り巻かれて、女王のように祭り上げられている。
あまり他の同級生が寄ってこず、自分から近づこうともしないルイズとは、性格的にも外見的にもちょうど正反対のようだった。
どっちも美人には違いないのだが。
「同級生だったのね。あの子の方が年上に見えたけど」
ルイズにそう話しかけると、実際キュルケの方が自分よりも年上だと教えてくれた。
どうやら、この学院は何歳で入学と一律で決まっているわけではなく、同学年でも年齢に幅があるらしい。
「キュルケは十八歳よ、確か」
「あなたは?」
「十六」
リリーとしては、ルイズはもう少し下、中学二、三年生くらいの年齢かと思っていたのだが。
わざわざそんなことを口に出したりはせず、わかったといって頷いた。
それから、彼女が席に着いたのを見て、自分も横に座っていいかと尋ねる。
「ここはメイジの席よ、使い魔は座っちゃダメ」
「せっかくだし、私もここで勉強させてもらいたいんだけど……」
荷物の中から、大学で使っているノートや筆記用具などを取り出しつつ、困ったような顔で首を傾げた。
「平民が勉強をしたって、魔法を使えるようにはならないわよ?」
「知識を増やすだけでも価値はあるでしょ。私は、こっちのことも魔法のことも、まだぜんぜんよく知らないしね」
本物のファンタジーやメルヘンな世界で魔法のお勉強ができるだなんて、なんともわくわくするような話ではないか。
この世界で今後しばらく暮らすとなれば、基本的なことは早く知っておかねばならないし、帰還の手がかりをつかむこともできるかもしれない。
自分のスタンドで生み出せる物品の幅を増やす機会だって、あるかもしれない。
ここは少々粘ってでも、ルイズらと同じように学ぶ許可を取り付けておきたかった。
「……まあ、いいでしょ」
リリーが取り出した見慣れない勉強道具に不思議そうな目を向けていたルイズは、少し考えてからそう言って頷いた。
床に座ったのでは机が邪魔になって、前がよく見えないだろうから。
別に席はたくさん空いているし、勉強をしたいというのは感心なことではある。
そうこうしているうちに扉が開いて、先生らしき人物が入ってきた。
紫色のローブに身を包み、いかにも魔女っぽい帽子を被った、ふくよかで穏やかそうな雰囲気の、中年の女性である。
彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。素敵そうな子ばかりで、なによりです。このシュヴルーズ、毎年こうして春の新学期に様々な使い魔たちを見るのが、とても楽しみなのですよ」
ルイズがわずかに顔をしかめる。
シュヴルーズは、そんな彼女の隣にいるリリーの姿に気が付いて、おや、と目をしばたたかせた。
「あら。どうしたのですか、水兵服など着て。あなたは、制服を忘れてきたのですか?」
シュヴルーズのとぼけた言葉に、どっと笑い声が巻き起こる。
ルイズは俯き、リリーはまたかとうんざりしたような気分になった。
(この格好って、こっちじゃそんなにおかしいのかしら?)
いっそ、上に『ミンクのコート』でも着込んでくればよかったか。
もう手遅れだが。
そんな彼女をよそに、シュブルーズはなにかを思い出したようで、ああ、と声を上げた。
「失礼しました。ミス・ヴァリエールの使い魔だったのですね。ミスタ・コルベールから、話は伺っていますよ」
「ルイズ! 召喚できないからって、おかしな平民を雇って運れてくるなよ!」
小太りな少年がそう嘲ると、ルイズは立ちあがって、そちらをきっと睨んだ。
「違うわ! きちんと召喚したもの! 来たのがこいつだっただけよ!」
「人をはずれくじみたいに言わないでくれる?」
やれやれだわ、と溜息を吐いた。
「嘘つけ、『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろ! 『ゼロ』にできるわけがないさ!」
またしても教室中から、げらげらと品のない笑い声が上がる。
(……ふーん?)
リリーは、どうやらルイズは落ちこぼれの類で、常日頃から『ゼロ』なる蔑称で呼ばれているらしい、と察した。
能力的に劣等でも愛嬌があって皆から愛されるようなタイプの子はよくいるが、ルイズはどう考えてもそんな感じの性格ではなさそうだし。
やたら気位が高いのにそれに見合うだけの実力はないとなれば、まあそうもなるだろうか。
そんなことを考えている間に、ぎゃあぎゃあと中傷し合っていた二人をシュヴルーズが杖を振って強制的に席に座らせ、見苦しい口論はやめるようにと諭した。
ルイズとやり合っていた少年(マリコルヌという名前らしい)はなおも本当のことを言っただけだと抗議し、それに同調して忍び笑いを漏らす生徒もちらほらとみられたが、教師が再度杖を振って彼らの口に赤土の粘土の塊を押し付けると、さすがに静かになる。
(おお、あれが魔法!)
リリーはこの世界へ来て初めて、実際にメイジの手で魔法らしい魔法が使われたところを見た。
さすがはファンタジーやメルヘンの世界だと感心して、きらきらと目を輝かせる。
金色の髪に、緑色の瞳。
クォーターであるリリーの髪や瞳の色は、母方の大叔父と同じものだ。
(杖の一振りで人の体を操ったり、どこからともなく土の塊を出してみたり。スタンドと違って、いろいろできるみたいね)
シュヴルーズはこほんと咳ばらいをすると、授業を始めた。
もう一度杖を振って、今度は教卓の上に石ころをいくつか出現させる。
「では、授業を始めます。私の二つ名は『赤土』、赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年間、皆さんに講義していきますよ」
彼女はそれから、時折生徒への質問などを交えながら、講義を進めていった。
この世界の魔法の系統は『火』『水』『土』『風』の四つで、それに今では失われた系統である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統がある。
その中でも万物の組成を司る『土』は、もっとも重要なポジションを占めているといってよい。
この系統の魔法がなければ、重要な金属を作り出すことも加工することもできず、石を切り出して建物を建てることもできないし、農作物の収穫にも非常に手間がかかる。
生活に密接に関連した系統であり、ゆえに最重要なのである――と。
「なるほど……」
新学期最初の授業ということもあって、おそらくは非常に基本的な、この世界では常識といってよいレベルの話をしているのであろう。
生徒らは、だれも書き取りなどしていない。
しかしリリーにとっては実に興味深い話であり、熱心にノートにメモを取っていった。
察するに『土』が最重要だとかいうのは、それを専門にしているあの教師の身びいきも入っているのだろうが、それでも確かにこの世界ではなくてはならないものであるということはわかった。
ここでは、地球では科学技術でやっているようなことを魔法で行うことで、人々の暮らしを支えているらしい。
「そこで、今日は『土』系統の魔法の基本にして奥義ともいえる、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生のときに既にできるようになった人も多いでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
シュヴルーズはそう言って、手にした小振りな杖を振り上げながら、短くルーンを唱える。
それに応じて、机の上にある小石のひとつが輝き始め、やがてそれが収まると、石ころはぴかぴかと黄金色に輝く金属に変わっていた。
おおっ、と声を漏らして、リリーが身を乗り出す。
少し離れた席に座っているキュルケも、同じようにしていた。
「ゴ、ゴールドですか?」
目の色を変えてそう尋ねるキュルケに、シュヴルーズは首を横に振る。
「いえ、これは真鍮です。ゴールドの錬金は、『スクウェア』クラスのメイジでなければできません。私は……、ただの、『トライアングル』ですので……」
言葉の上では謙遜しているようだが、彼女の声にはもったいぶって誇らしげな響きがあった。
スクウェアだのトライアングルだのというのは、察するにメイジの格のようなものか。
先ほどの、スクウェア『だけ』がゴールドを錬金できるという言葉からすると、それが最高位のランクなのであろう。
地球の言葉と同じ意味ならスクウェアは四角で、トライアングルは三角だから、トライアングル・クラスというのは最高のひとつ下ということなのかもしれない。
リリーは隣のルイズに小声でそれについて質問し、自分の考えが正しかったことを確認した。
さらに、クラスは系統を足せる数をあらわし、同じ系統を二つ以上足したり他の系統と組み合わせたりすることでより強力な魔法になるのだ……というような説明を受けていたあたりで。
「ミス・ヴァリエール、私語は慎みなさい!」
目敏くそれを見とがめた教師から、叱責が飛んできた。
おそらく、授業の最初に同級生と言い争いをしていたこともあって、目を光らせていたのであろう。
「授業中は集中するように」
「す、すみません」
ルイズが素直に謝って頭を下げたので、シュヴルーズもすぐに態度を軟化させた。
「いえ、召喚したばかりの使い魔が気になるのはわかりますよ。では、名誉挽回の意味でも、実習はあなたにやってもらいましょうか」
「……え?」
途端に、教室の空気が凍り付いた感じがした。
シュヴルーズはそれに気付かず、話を続ける。
「前に来て、ここにある石ころを望む金属に変えてごらんなさい」
しかし、ルイズは席を立たずに、困ったようにもじもじしている。
キュルケをはじめ、教室のほとんどの生徒らが怯えたような様子で止めておいたほうがいい、危険だと進言したが、この教師はそうした不穏な場の空気に対しては鈍感なのか、聞く耳をもたない。
「なぜですか。彼女が努力家ということは聞いていますし、『錬金』に危険などありません。さあ、ミス・ヴァリエール、気にしないでやってごらんなさい? 失敗を恐れていては何もできません。たとえうまくいかなくても、私は咎めたりしませんよ。失敗するのは、挑戦した証ですからね」
そこまで言われては、ルイズも退くわけにはいかず……あるいは、普段から自分のことを嘲っている周囲の生徒らが揃ってやめろやめろと言ったせいで、なおさら意固地になったのかもしれないが……、緊張した面持ちで席を立った。
「……誰かに代わってもらったら?」
リリーは一応そう進言してみたが、ルイズはじろっと彼女を睨みつけただけで、返事もせずにつかつかと歩いていく。
(やれやれだわ……)
一体何が起こるのかは知らないが、周囲の反応からすると、とにかく大変なことになるのだろう。
多少強引な手段を使って無理にでも引き留めようかとか、おしゃべりの責任は自分にもあるのだから代わりにやると言ってみようか(キャラバンの能力なら石を金属にすることは簡単だ)とか、いろいろ考えてはみたものの、どうにもいい結果になりそうな気がしなかった。
強硬手段などを取れば、後々ルイズとの仲がまずくなる可能性が高いし。
自分がやるといっても、『錬金』とかいう魔法じゃないのはすぐわかるだろうし、異国の魔法使いだとか変に誤解されても後々面倒なことになりそうだし。
ここは大人しく、成り行きを見守るしかないだろう。
ルイズがいよいよ実技の体勢に入ると、前の方の席の生徒たちは椅子の陰に隠れ始めた。
まるで、戦場で爆撃を避けようとする兵士みたいな反応である。
リリーは実際に、それを見たことがあった。
(まさか。魔法が暴走して、爆発でも起こるとか?)
不穏な想像が頭に浮かび、念のために身構えながら、真剣な面持ちで魔法を唱えようと集中しているルイズの姿を見守る。
彼女がルーンを唱え、杖を振り下ろす。
案の定、爆発が起こった。
規模自体はさほどでもなかったものの、間近にいたルイズとシュヴルーズは爆風で黒板に叩きつけられ、爆音と衝撃で驚いた使い魔たちが、教室のそこかしこで暴れ出した。
居眠りをしていたサラマンダーはいきなり叩き起こされたことに腹を立てて炎を吐き散らし、マンティコアは窓ガラスを叩き割って外に飛び出していき、大蛇はカラスを呑み込んでしまう。
教室中が、阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。
「だから言ったのよ、あいつにやらせるなって」
「いい加減、ヴァリエールは退学にしてくれよな!」
キュルケをはじめ、生徒らがルイズを糾弾する声を上げているが。
「ちょっと! あんたたち、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!」
リリーは机を飛び越えると、真っ先に倒れている二人の元へ駆け寄った。
「キャラバン、医薬品!」
『あいよ!』
とにかく、すぐに手当てをしなくては……。