7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
皇太子らの乗り込んだ『イーグル』号が雲の中を先導し、そのイーグル号がつい先ほど空賊行為で拿捕したという『マリー・ガラント』号、そしてシャルト船長の快速船がその後に続く。
そうしてしばらく進んでいくと、先ほどの鍾乳洞の入口と同じような、しかしもっと大きな穴がぽっかりと開いている場所に出た。
直径は、軽く三百メイルほどもあろうか。
その中を三隻の船がゆっくりと上昇していくと、大きな明るい鍾乳洞の中に出る。
岸壁には大勢の人が待機していて、やってきた船にもやいの縄を投げ、引き寄せてタラップを取り付けた。
一行が船から降りると、岸壁で兵士たちを指揮していた背の高い年取ったメイジが、ウェールズに近付いてきた。
おそらく、彼の侍従かなにかなのだろう。
「ほほ、船が増えておりますな。これはまた、大した戦果のようではありませんか、殿下」
「船だけではないぞ。喜べバリー、硫黄だ。硫黄が手に入ったのだ!」
ウェールズのその言葉を聞いて、周囲からわっと歓声が上がった。
バリーと呼ばれた老メイジなどは、おいおいと嬉し泣きまでしている。
「おお、始祖のおぼしめしか! 決戦を前にして、輸送船一隻分もの火の秘薬が手に入るとは!」
「王家の誇りと名誉とを叛徒どもに示し、名誉ある敗北を迎えることができよう!」
「叛徒どもは先ほど、明日の正午に攻城を開始するとの旨を伝えて参りました。まったく、間一髪でしたな!」
彼らは心底楽しそうに笑い合っているが、その姿にルイズは心を痛め、青ざめた顔になった。
キュルケは少し眉をひそめ、肩をすくめる。
タバサは本から顔を上げているが、何を考えているのか表情からは読めない。
シャルト船長は後ろの方で、むっつりと顔をしかめている。
ワルドは落ち着いた様子で、彼らの姿や周囲の様子を眺めていた。
(名誉ある敗北、ねえ)
リリーは心の中でそう呟いて、溜息を吐いた。
「それだけではない。もはや敵方からの使者くらいしか来るまいと思っていたこの城に、多くの客人を迎えることができた。光栄の至りだ」
ウェールズはそう言って順に一行を紹介すると、城内の居室へトリステインからの使者たちを案内することにした。
キュルケとタバサ、それにシャルト船長と船員たちは、本来はこの任務には関係ない立場なので、さすがに遠慮して後に残る。
城内で最も高い天守の一角にある彼の私室は、皇太子のそれとは思えないような質素な部屋だった。
粗末なベッドに、椅子とテーブルが一組。
装飾品といっては、壁に戦の様子を描いたタペストリーが飾られているだけだ。
「いや、見苦しい部屋で申し訳ない」
王子は椅子に腰掛けると、机の引き出しを開き、宝石が散りばめられた小箱を取り出す。
首からネックレスを外し、その先ある小さい鍵を小箱の鍵穴にそれを差し込むと、箱を開いた。
蓋の内側には、一目でアンリエッタのものとわかる肖像が描かれている。
「宝箱だよ」
ウェールズは、ルイズらの視線に気づくと、はにかんでそう言った。
(わかりやすいわね)
リリーは胸中でそう呟いた。
個人的な宝箱に従妹の肖像を飾ったりしないだろう、普通は。
つまりウェールズにとってアンリエッタはただの従妹ではないということは、誰の目にも明らかだ。
しかも箱の中には、ろくに何も入っていない。
もしかしたら以前にはもっと様々な宝物が入っていて、戦費などのためにあらかた放出してしまったのかもしれない。
今も残っているのは、おそらく本人にとっては大切なのだろうが金銭的な価値は大してなさそうな、個人的な品と思しきものばかりだ。
その中に、件の手紙が含まれていた。
ウェールズはそれを取り出し、愛おしげに口づけたあと、最後にもう一度、ゆっくりと読み始めた。
何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロになっている。
これだけ大事にしているのなら失念することもなさそうだし、敵方の手に渡ってはまずいものであるのなら、回収に来なくてもどのみち最後の決戦の前に自分の手で処分したかもしれない。
まあ、結果論だが。
ややあって、彼は再びその手紙を丁寧に畳み直して封筒に入れ、ルイズに手渡した。
「姫からいただいた手紙は、これに間違いない。こうして、確かに返却したよ」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げて、手紙を受け取った。
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号、および拿捕した『マリー・ガラント』号が、ここを出港することになるだろう。できればシャルト船長にも残って手伝ってもらえればありがたいが、それは彼次第で、無理にとは言えないな」
それらの船に乗ってトリステインへ帰還するようにという彼に対して、ルイズは躊躇いながらも口を開く。
「あの、殿下……。先ほどは栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍には、勝ち目はないのですか?」
「ないな。我が軍に残る兵力は三百。そのすべてが最後まで戦い抜く覚悟を決めた勇士たちだが、敵軍は五万。万に一つも勝機はない。ただ、勇気と気概とを証明する機会が残されているばかりといったところだよ」
それを聞いて、後ろの方に控えていたリリーは軽く眉をひそめた。
ルイズは深々と頭を下げると、非礼を承知でお聞きしたいのだと前置きしたうえで、先の手紙や彼とアンリエッタとの関係について尋ねる。
ウェールズは少し考えたが、頷いて答えた。
「いかにも、ラ・ヴァリエール嬢。君の察したとおり、あの手紙は恋文だよ。私とアンリエッタとは、昔の話だが、まあ、そういう仲だったわけだ」
彼は、手紙の中でアンリエッタが、始祖ブリミルの名において永遠の愛を誓っていることを伝えた。
始祖の名において愛を誓うということは、すなわち婚姻の誓いを意味する。
その手紙が白日の下に晒されれば、当然ゲルマニア皇帝との婚姻は重婚になってしまうため破談となり、同盟の話は白紙に戻されるだろう。
そうなればトリステインは、独力でアルビオンの貴族派による侵攻に立ち向かわねばならなくなるわけだ。
「もちろん私も、明日の決戦に臨む前に、手紙を処分するつもりではいたのだがね」
ただ焼き捨てるよりもアンリエッタの手元に返すことができるのなら、それに越したことはない。
ウェールズはそう言って、自嘲気味に笑った。
「ならば殿下、トリステインに亡命なされませ! 姫さまもきっと、先ほどお渡しした手紙の中で、そう勧めておられるはずです!」
ワルドが途中ですっとルイズの肩に手をおいたが、彼女は言葉を止めなかった。
一心に、彼をかき口説こうとする。
「それはできんよ。それに、姫は私に亡命を勧めたりはしていない」
「そんなはずがありません! わたくしは幼少のみぎり、恐れ多くも姫さまの遊び相手を務めさせていただきましたゆえ、ご気性は大変よく存じております。あの姫さまが、ご自分の愛した人を見捨てるものですか!」
ウェールズは苦しげな顔をしながらも、首を横に振った。
「君の言うとおり、アンリエッタは情の深い女性だ。それは間違いない。だが、アンリエッタは王族でもあるのだ。自分の都合を、国の大事に優先させるはずがあるまい」
ルイズは、ウェールズの意思が固いこと、彼がアンリエッタを庇おうとしていることを見て取って、苦しげな顔をして俯く。
代わりに、リリーが口を開いた。
「すみません。横からで大変失礼なのですけど、質問をしてもよろしいでしょうか?」
ウェールズは、目を瞬かせて首を傾げた。
「構わぬよ。しかし、君は何者かな? トリステインの貴族には見えないが……」
「私はリリーです。今は、ルイズの使い魔をやっています」
そう言って、ルイズがしたのの見様見真似で一礼をする。
「本当にリリーシャロンだというのか? 王権を嫌ったというかの伝説の女空賊が、滅びゆこうかとするアルビオンの王族を訪ねてくれるとは。いや、これは大変な名誉だ!」
ウェールズはそう言って、朗らかに笑った。
「ラ・ヴァリエール嬢はまたとない使い魔をもったものだ。しかし、人が使い魔とはまた珍しい。たとえ伝説でないにしてもね。トリステインは変わった国だな」
ルイズは恥ずかしげに身動ぎをし、ワルドは一体何をするつもりかと怪訝そうにしている。
「して、質問とは?」
「はい。殿下もご承知のとおり、私は貴族でも王族でもないので、そういった話には疎くて。亡命ができないというのは、なぜですか?」
戦っても勝ち目がないのなら、ここは退いて無駄死にを避け、返り咲きの機会を伺うべきなのではないか。
そう尋ねるリリーに、ウェールズは気分を害した様子もなく頷いた。
「無駄死に、か。率直な物言いだね。さすがは伝説の女空賊だ」
それから、説明をしていく。
「我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』はハルケギニアを統一し、『聖地』を取り戻すという理想を掲げているが、そのために流されるであろう民草の血や、荒廃するであろう国土のことは考えていない。我らは勝てずとも勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ」
「そうすれば、貴族派も『統一』だの『聖地』だのは夢物語だと諦める、と考えているんですか?」
「いや……。そう簡単に諦めるとは思えぬが。だが、他の王家も奮起して我らに続いてくれるのならば、いつかは。そのための嚆矢となるのが、内憂を払えなかった王家に最後に課せられた義務なのだ」
「……差し出がましいようですが、逃げ延びて他国に『レコン・キスタ』の脅威を訴えるとかの、別の方法もあるでしょうし。王族には、生き残った臣下の面倒を見るとか、王家の血筋を残すとかの義務もあるのでは?」
普段なら、お客さまになってくださるかもしれない相手の事情にずけずけと踏み込んだり、不快にさせかねないような物言いをしたりは、商売人として避けたいところなのだが。
この人たちはほっとけば明日には死んでしまうわけで、そうなればお客さまもくそもなくなるのだ。
うまくいけばアルビオンの王族がお得意さまになってくれるかもしれないし、アンリエッタも感謝してくれるに違いなく、失敗してもそれでもともと。
となれば、説得してみない手はないだろう。
それよりなにより、人が明日には大勢死ぬことになるのがわかりきっているのに何もせずにそのまま見過ごすというのは、寝覚めが良くない。
具体的に何ができるのか、あるいは何もできないのかは、まだわからないが。
「そ、そうですわ、殿下! ミズルの……いえ、リリーの申すとおりかと!」
普段なら、横合いからしゃしゃり出て王族相手にずけずけと物を言うなどすれば咎めるところだが、今回はアンリエッタのためにもウェールズをなんとしても説き伏せたい場面。
ルイズもそれに便乗して、熱心にかき口説こうとする。
「……君たちは、実に正直だな。ラ・ヴァリエール嬢、それに、『リリーシャロン』殿。正直すぎて大使らしくはないが、実に真っ直ぐな、いい目をしている……」
ウェールズはしばし押し黙った後、大きな溜息を吐いて、少し寂しげな微笑みを浮かべながらそう言った。
「……だが、やはり行くわけにはゆかぬ」
「なぜですか! 姫さまは殿下を愛しておられるのに!」
「愛するゆえに、身を引かねばならぬときもあるだろう。私がトリステインへ亡命したならば、貴族派が攻め入る格好の口実を与えるだけだ。もはや何も残っていない身ひとつの王族など、迷惑にしかならんよ」
リリーは、彼が亡命しなくても、攻め入るつもりならどの道口実などどうとでも見つけるなりでっちあげるなりするだろうから、いずれにせよ時間の問題なのではないか、と思ったが。
まあ、自分には政治のことは、ましてや異世界のそれのことなどはよくわからないし。
せいぜいが世界史の授業とか、ベルばらとかなんかそーゆー系の漫画や小説を読んだり聞きかじったりした知識から判断しているだけだから、案外まるで的外れな考えなのかもしれない。
(……まあ、理由はそれだけでもないんだろうけど)
ルイズの言うように、アンリエッタが王族としての義務よりも私情を優先して、愛する男に亡命を勧めるような性格なのであれば。
彼女が、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ身でありながらウェールズと……とか、そういう後の禍根につながりかねないようなことをしてしまうおそれも、もし彼が生き残ってトリステインに身を寄せたなら、ないとはいえない。
それにウェールズ自身も、いくら王族の義務を重んじる性格だとはいえ、私情がないわけでもあるまいし。
生き延びたところで愛する女性が他の男に嫁いでいくのを見守るしかないとなれば、生きたい気持ちも薄れるというものか。
なんにせよ、これ以上この場で食い下がっても、相手が意固地になるだけだろう。
商品をお客さまに勧めるには、むやみやたらに押し売りするのではなく、相手のニーズに答えなくては。
「さあ、話はもういいだろう。あと少しで、宴が始まる。君たちは我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してもらいたい」
机上にある、水盆に針を浮かべた時計を見ながら、ウェールズは言った。
そうして話を打ち切ろうとした彼に、ルイズはなおも食って掛かろうとしたが、リリーがその口を押さえて押しとどめる。
「そちらのご事情はわかりました。宴の席では、私も何か、皆さまに贈物をご用意させていただきますね」
「おや、伝説の女空賊からの贈り物か。この期に及んで必要なものもないが、それは楽しみだな」
ウェールズとにこやかに微笑みを交わすリリーを、ルイズは真っ赤な顔をして睨んだ。
(なによ、諦めるつもりッ!?)
だが、彼女の目を見て、ルイズははっとする。
「それでは、失礼します」
リリーはそう言って、大人しくなったルイズと共に丁重にお辞儀をすると、部屋を辞した。
だが、ワルドは先に行っていてくれと言って、その場に残る。
「どうされた、子爵殿。まだなにか、御用がおありなのか?」
説得の類ならこれ以上はもう無用だという顔をしたウェールズに、ワルドは一礼した。
(まったくもって、万事こちらに好都合に、話が進むものだな)
世間知らずのルイズはウェールズの説得を試み、あの小賢しい使い魔までが、それを後押ししてくれた。
そんな話が通らないのは、最初からわかり切ったことだろうに。
(今頃ルイズは、自分の無力さを噛み締めているだろう。『もっと力があれば』と)
今なら、その力を自分が与えられると言って誘えば、一もにもなく飛びついてくるに違いない。
いずれにせよ時間の問題だとは思っていたが、絶好の機会が来たというもの。
あとは、それに相応しい場を整えてやるだけだ。
「恐れながら、殿下に是非とも、お願いしたい議がございます」
「亡命の勧めなどでないなら、なんなりとうかがおう」
そう言って頷いたウェールズに、ワルドはほくそ笑みながら、自分の願いを語った……。
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「さあ、ミズル。あんたの計画を教えて」
ウェールズの私室から十分離れると、ルイズはリリーの方を向いて、そう要求する。
「計画、って?」
「とぼけるのはなしよ。あんたのさっきの目は、説得を諦めたって目じゃないでしょ。あれは『意思』のある目、それか、何かを企んでる目ね」
これまでに何度も見てきて、ルイズにもそれがわかるようになっていた。
「勿体ぶらないで、言いなさいよ。お金目当てだろうがなんだろうが、今回は乗ってあげるから。姫さまのためにも、どうしても殿下を連れ帰らなきゃ」
「そりゃあ、何とかしなきゃとは、私も思ってるけどね」
リリーは肩をすくめて苦笑した。
「ちょっと買い被り過ぎよ。まだ全然計画なんてまとまってないし、一人でどうにかできることとも思えない」
だから、この後みんなに相談しようと思っていたのだと、リリーは説明した。
「方針はまとまってないけど、この城の人たちを説得するには、今夜のパーティーの席が最初で最後のチャンスだと思うわ。そこでうまく話をもっていくために、みんなの知恵を借りたいの」
ルイズはとにかくウェールズを救うことばかりを考えていたが、リリーはそうではない。
お客さまと人命に貴賤の差はないのだ。
できることなら、この城の全員を救いたかった。
もっというなら、彼女にとっては王党派だの貴族派だのの主張のどっちが正しいとかは知らないし、どちらかに思い入れがあるわけでもないのだから、敵軍の命もである。
明日が決戦の日で、王党派が玉砕覚悟で戦う、大量の硫黄もある、というのなら、両軍合わせて何百人、何千人の死者が出るかしれない。
それを避けたいと思うのは、修学旅行で平和学習を受ける国の民としてはごく当たり前のことだろう。
「相談って。パーティーは、もうすぐ始まっちゃうわ」
「大丈夫よ。『時間の経たない相談場所』に、心当たりがあるから」
ついに、ルイズらにもAct2の異次元を紹介する時が来た。
そこで十分に計画を練り上げて、この城の全員が揃い雰囲気も高まるであろうパーティーの会場で勝負をかけるつもりでいる。
まだぼんやりした案があるだけだし、一人でできることでもないので、みんなの協力が必要だ。
相談した結果、この世界に詳しいルイズらがそれは明らかに無理だというようなら計画を修正するか、もしくは諦めるしかないだろう。
「とにかく、キュルケとタバサを呼んできましょう。詳しいことは、それからみんなに説明するわ」