7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「そうだな……何から話そうか」
会場が静まるのを待ってから、リリーはひとつ咳払いをして、話しだした。
「まず、お知り置きいただきたいのは。私は今日、トリステインからの大使、ルイズ・フランソワーズのパートナーとして、ここへ来たのだということだ」
先の演出や娯楽の提供で彼らの関心を惹き付けたのが功を奏したか、会場に集まった貴族たちはみな真剣に聞いてくれている。
「戦況を聞いたルイズ・フランソワーズは心を痛め、皇太子殿下に亡命をお勧めした。だが、殿下は謝意を示しながらも、最後まで戦い抜いて勇気を示すことが王族としての努めであるとして、誇りをもってそれを断られた」
おお、と、人々の間から感嘆の溜息が漏れた。
「誠に美事だ。明日の決戦ではあなた方はこの城に籠り、最後の一人まで戦われるのだろう。決死の覚悟を決めた勇士たちが、その数倍、ことによると十倍以上もの敵を討ち取って果てられるのであろうことを、私は疑わない」
リリーが彼らに敬意を示すように手近のグラスにワインを注いで軽く掲げると、喝采が起こった。
彼女はそうしながら、心の中で深呼吸をする。
(フ~~……)
さあ、ここからが問題だ。
普通ならリリーは、客の機嫌を損ねるようなことは言わないのだが、今回はそうもいかない。
ことによると、壊滅的な大失敗となるかもしれない。
だが、ここ一番という状況でノーリスクで確実なリターンをなどと考えていては、大商いはできないもの。
今こそ勝負の時である。
「……しかし、このリリーは非礼と身の程知らずを承知の上で、あえて異議を申し立てたいのだ」
そう言って、グラスを机に置いた。
会場の人々がそれを聞いて、戸惑ったようにざわめく。
「そもそも、あなた方のような古今稀にみる最強の勇士たちが。自由なる空の民ともあろうものが。敵方から明朝に総攻撃をすると宣言され、それを言われるままに受け入れて、狭苦しい城に閉じ籠って最期を迎えようというのか。それが、本当にあなた方に相応しい最後だと言えようか?」
「なっ……」
ざわめきが大きくなった。
人々が顔を見合わせる。
「……急に何を言いだすのかと思えば」
「ならば、貴殿は他にどんな最後があるというのだ?」
若い貴族らが、やや気色ばんでそう言った。
次々と、それに賛同する声が上がる。
「飛ぼうにも空を封鎖されており、すぐにでも撃墜される。打って出れば、大軍勢に呑み込まれる。それでも我らは最後まで籠城し、抗戦しようというのだ。なにを恥ずべきことがあろうか!」
「たとえ伝説に名高い美しき女空賊めに唆されようとも、我らは決して勇気を棄てて遁走する道などを選ぶことはないぞ!」
リリーは表向き、彼らの反応と反論に動じない、厳しい顔を装っていたが。
(……うう〜〜)
内心では、早くも胃が痛くなるような思いをしていた。
彼女は本来いわゆるエンターティナー気質で生産的な事が大好き、人が好きなので商売や映画も好き、みんなに好かれたいという性格である。
反感を買うに決まってるようなことをあえて言うのはそもそも性に合わないというか、結構キツい。
他人に指示はできるが、あれこれと命令をしたり人の世界に土足で踏み込んだりは、なるべくしたくない。
大勢の前で堂々と演じて称賛を受けるのは大好きだが、うまくいく、受けるという自信があるからこそやれるのであって、野次を受けても平気ってわけじゃない。
逆に嫌われたり敵意を向けられたりすると、体が竦むような思いがする。
いろいろな経験を積んで勇気とか覚悟とかも身につけはしたけれども、根は小心なのだ。
(ええい、ここはがんばるしかないッ!)
客たちの反応は想定の範囲内。
心の中で憧れの人であるマリネラの殿下を思い浮かべ、『あいつが繊細なら恐竜の絶滅の原因は神経衰弱だ』とまで言われるずぶとさの一億分の一ほどでいいから貸してくださいと願いながら、言葉を続ける。
「誤解のないように言っておくが。私は決してあなた方に名誉を捨てて逃げろなどと勧めているのではない。私はあなた方のその勇気に、志に、心から敬意を表する者である」
リリーは重々しくそう言った。
隠し小型マイクで声をよく響くようにしてあるから、反論する者がある程度いても話は聞いてもらえるだろう。
声の大きいものの意見は通りやすいともいうし。
「ただ、その戦い方に異議があるのだ。最後に狭い城に籠って、間違いなく死ぬ前提の戦いをするよりも。むしろ空の民らしく華々しく大空に打って出て、最後まで諦めずに万に一つの活路を見出さんとする姿勢を敵に示すことこそが、より勇士としての道に適うのではないかと言いたいのだ!」
少し強めの声でそう言うと、反論していた者たちが顔を見合わせて押し黙った。
どう反応していいものかわからず、困惑しているようだ。
「……リリーシャロン殿。それは、我らも大いに望むところなのだ」
ウェールズが進み出て、静かにそう言った。
「我らとて、空の民らしく大空の元で戦って最後を迎えたい。しかし、それには多くの無理がある。伝説に名高い女空賊殿に、今さら講釈するようなことでもないかもしれないが……」
微かに笑ってそう前置きをしてから、彼は打って出ることの非現実性を説明していく。
「我らは最後に、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家が弱敵ではないことを奴らに示さねばならない。しかるに、我らは数万という敵に完全に包囲され、制空権も奪われている。生身であれ船であれその只中に打って出れば、たちどころに包囲されて蜂の巣にされるだけだ。ある程度持ちこたえ、戦いらしい戦いをするには、籠城戦以外に手はない」
「そうだろうな。だからこそ打って出て、敵が万全と信じているその包囲を振り切ってみせれば、強くあなた方の力と存在を印象付けられるとは思われないか?」
「それは、できればの話だ。勇気をもつことと幻想に縋ることは違うのだよ」
皇太子の言葉に、またざわざわと賛同の声が上がる。
「では、どのようにやるか、私の案を言おう」
リリーはそう言って、周囲のざわめきを沈めた。
「大陸の下に通じる港はまだ敵に発見されておらず、非戦闘員は明朝、そこから船でアルビオンを離れる。だが、あなた方はそこから敵を避けて逃げる気はない。敵軍を避け、こそこそと地上へ落ち延びたのでは、敵は弱く臆病である、王権恐れるに足らずと反乱軍どもを勢いづかせてしまうことになり、それは王族としての義務に反する。そうだろう、ウェールズ殿?」
「あ、ああ。そうだな」
「だが! 同じその港を使うのでも、大陸の下から気付いていない敵軍の前に堂々と姿をあらわし、その上で彼らの上を悠々と通って去るのであれば、幾万の群で数百の敵を包囲しておきながら、それでもなお取り逃がした敵の側こそが笑いものとなり不名誉を被ることになる。うまくすれば籠城して数百か数千かの敵兵を道連れに死ぬ以上の精神的な打撃を、敵側に与えることになる。そうではないか?」
「……いや、それはそうだが。敵側の知らぬ港から不意に飛び出して一時的に敵の虚を突いても、その程度のことではとても……」
「通常なら、制空権を奪われた状態でたった一隻の船で打って出たところで、敵が態勢を整えれば四方八方からの砲撃を浴びてすぐに撃ち落とされる。その通りだ。それがわからぬ私ではない」
こちとら伝説の女空賊だぞ、という顔をして、堂々と話す。
実際はキャラバンAct2の店内で話し合った時にそういうことは可能かどうかタバサらに聞いて、彼女らからの意見や情報を元に検討し、それだけでは逃げ延びるのは無理と判断したわけだが。
「だが、この場合、女子供を昨日拿捕したという『マリー・ガラント』号とシャルト船長の船で逃がし、残る全員が『イーグル』号に乗って、打って出ることになる。船には通常ではありえぬほどの数、数百人を数えるメイジが乗り込むことになる。その全員が魔法を用いての迎撃に専念するなら、可能性はあるとは思われないか?」
周囲の人々にゆっくりと視線を巡らせながら、諭すように話を続ける。
「先ほど、国王陛下は主君としてあなた方に暇を与え、命を助けようとされた。一方あなた方は、臣下として最後まで陛下と共に戦おうとされた。私の提案は確かにバカげているかもしれないが、万が一うまくいけばその双方の願いを同時に尊重するものとなるという意味でも、最善だと信じる。いかがか!」
そう言うと、周囲の者たちは顔を見合わせ、小声で意見を交わし始めた。
ウェールズも顎に手を当てて考え込む。
とにかく、こちらの意見を真剣に検討しようという雰囲気になったことに、リリーはほっと胸をなでおろした。
とはいえ、まだまだこれからだ。
しばしの後に、ウェールズは渋い顔をして、首を横に振った。
「……いや。やはり無理だろうな」
「なぜ、そう思われる?」
リリーは特に焦らず、穏やかにそう尋ねた。
事前にタバサらと検討したときも、それだけでは到底無理という結論に達していたから、予想の範囲内だ。
「『イーグル』号は反乱軍どもが使っている他の艦船と比べて、特別足の速い船というわけではない。敵を船速で振り切ることが期待できない以上、いくらメイジが多くとも耐え続けるのには限界がある。地上からの砲撃は高度を上げれば問題ないとしても、敵側の艦船の弾薬が尽きるまでなどとても持たない」
別の年配の貴族が、口を挟んだ。
アルビオン艦隊所属の上級士官らしい。
「それだけではない。敵方には我が王国軍の旗艦である『ロイヤル・ソヴリン』号が、奴らが『レキシントン』号などと称している、最新鋭の強力な砲門が百門以上も備わっているあの船があるのだ。その砲撃は到底防ぎきれるものではない!」
「私も、容易くできることだなどとは、もちろん思ってはいない」
リリーは穏やかにそう言った。
「だが、ここにはこうして、希代の勇士が揃っている。始祖からの祝福もあると、先ほど陛下が言っておられた。ならば人事を尽くして、可能性に賭けてみようとは思わないのか」
「現状では可能性などないよ。薄氷を踏んで湖を渡るようなものですらない。その薄氷が、そもそも張っていない状態だ。水面を歩いて渡れるか試してみようなどというのは、可能性に賭けているとは言えないだろう」
「いいや、可能性はある!」
自嘲するように言ったウェールズに、リリーは力強く、そう言い切った。
そこへ若い貴族たちが、我慢しかねたように脇から声を上げる。
「……っ、先ほどから黙って聞いておれば! 今日この時になってはじめてここへやって来た者などが、これまで戦い抜いてきた我々に、なにをずけずけと厚かましい!」
「その上、殿下に向かってなんと無礼な物言いか!」
「なにがリリーシャロンだ、お前などおとぎ話の女空賊の名を騙るただの道化者ではないか、平民が!」
「嘘など言わん。私はリリーだ。それ以上でも、それ以下でもない」
リリーは、胃がキリキリしてきたのを我慢して、その者たちを見つめ、マイクの音量を上げて答えた。
「非礼の件は詫びよう。だが、新参者なればこそ場の空気に流されず、あなた方の諦観に気付く」
「諦観だと!」
「そうだ。捨て身になるのは、生きるためでならなければならない。十割の死ではなく、一厘の生を掴む可能性に賭けて、九割九分九厘の死に身を投げ出すのでなくてはならない。他の誰かのために。それが戦士の義務だと私は思っている。しかるに、この城に火の秘薬をもって籠城すれば、その先には十割の死しかないではないか」
この世界の貴族ってのは概して名誉や義務って言葉に弱くてロマンチストのようだから、なるべくそういう人の心に響きそうな言い回しを考えた。
漫画とかアニメとか小説とかを参考にして。
案の定、彼らはぐっと押し黙る。
(まー、私は普通に仕事をするとか子育てをするとかして、人殺しなんかとは無縁な一生を終えられれば、それで十分に名誉ある人生だと思うんだけどねえー)
空賊リリーシャロンは、いわゆる「普通」の生き方をする堅気の人々のことを、いつも尊敬していたという。
空に逃げた自分には、そんな地に足のついた暮らしができないということを自覚していたのだ。
まあ、夢のないことを言えば、平民の読者の人気を得るために、そういうキャラクター性にしたというだけの話かもしれないが。
リリーシャロンなる空賊はハルケギニアの歴史上実在はしたらしいが、実際にどんな人物だったのかは定かではないという。
妖精郷を旅しただとかバターのトラと戦っただとか、本当にあったとは思えないような話も混ざっているあたりからみて、後世の創作や脚色も多分に含まれているのだろう。
シャルト船長や彼の仲間たちは、そんなことはもちろん承知の上で「理想のリリーシャロン」を尊敬し、憧れを抱いているわけだ。
「都合よく奇跡など起こらぬと、あなた方は思っているな。だが、運命は待っていてもやってくるものではない。作るものだ。まずはこのリリーが、それができることを示そう!」
そう言うと、ウェールズの方を向く。
「さて、皇太子殿下。先ほど、湖に薄氷すら張っていないと、あなたは言われた」
「あ、ああ。確かに言ったが……」
「だが、物理的には不可能でない以上、可能性がゼロとまでは言えまい。実際にやったとすれば、成功する可能性はどの程度ならあると思われるか」
そう言われて、ウェールズは困惑したように視線を泳がせた。
「……現実的に、ほぼゼロだ。どの程度と言われても、考慮する必要すらないほど低い、としか言いようがない。一万分の一か、百万分の一か……」
「なるほど。では、百万分の一としよう」
リリーはにやっと笑って、左の袖からカットラスを抜いてみせた。
実際は、キャラバンが作ったのだが。
「なにをするつもりだ、宴の会場で武器などを……!」
「いみじくも先ほど指摘されたとおり、私はこれまで戦場で命を懸けて戦い抜いてきた方々に、あつかましく意見しようというのだ、私も命がけでなければ、話が通るとは思わん」
抗議しようとした貴族にそう言うと、今度はマスケット銃を右の袖から取り出し、彼らに不敵な目を向けた。
「このリリーは平民だ。平民が貴族に勝つ可能性は、それもあなた方のような希代の勇士に勝つ可能性は、ごく普通に考えれば、まず百分の一と見積もっても大きすぎるくらいだろうな?」
「なんだと? 君は、まさか……」
目を丸くしたウェールズに、にやっと笑って、大きく頷く。
「誰でもいい。お相手を願いたい。三人抜けば百分の一の三乗で、百万分の一になる計算だ。それができたら、私の意見を入れていただこう」
リリーは、内心では負けたらどうしよう、ほんとに勝てるかな、とか思いながらも、うわべだけは不敵に大物っぽく、そう言ってのけた。