7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第五十六話 戦闘気流

 

「宴の会場で申し訳ないが、ここは予定通りにいけば明日には戦場となる場所なのだろう。なら、多少の荒事に使わせていただいても構うまい」

 

 リリーはそう言って、わずかに口元を吊り上げた。

 

「さあ。どなたか、私の申し出を受けて、自分が相手をと言ってくださる方はおられないのかな?」

 

 その言葉に、周囲の人々は一様に困惑し、ざわめいた。

 抱いている思いは、さまざまだろうが。

 ややあって、先ほど立腹していた一人がやや引きつったような声で笑った。

 

「……は、ははは。なるほど。そういう趣向であったのか? 宴の余興か。ちと、度の過ぎた冗談のようだが……」

 

 それに同調するような笑い声がいくつかあがる。

 

「残念なお言葉だ。私がどれほど本気なのかを、古今稀にみる勇士の方々にこの期に及んでまだお分かりいただけていなかったとは」

 

 リリーは首を振ると、少しマイクの音量を上げてそう話した。

 ぴたりと笑い声が止んで、暫時の後に、気色ばんだような声が続いた。

 

「では、貴様は本気で、そんな馬鹿馬鹿しい勝負を我々にふっかけようというのか。それも平民の身で? 侮辱だ、侮辱以外の何物でもない!」

「侮辱する気などない。あなた方が類稀なる勇士だからこそ、それでもなお私が勝ったとすればそれは始祖の御意思であり、明日の戦で奇跡が起こるという証に他ならないだろうと申し上げているのだ。それを馬鹿馬鹿しいことだと思われるのなら、あなたが私の申し出を受けて、速やかに舞台から追い払えばよい」

 

 リリーは内心胃が痛い思いをしているのを努めて押し隠しつつそう言うと、声を上げた男の方に向き直ってにやりとした笑みを装う。

 

「それとも、こんなことで消耗して明日の戦に差し障るのはお嫌かな。考えてみれば、それももっともなことだ。咎めることはできないが……」

「たかが一人のどこの馬の骨とも知れぬ平民を相手に、誰が消耗などするものか! 明日の戦では、死ぬまでの間に十人、二十人の敵を討ち取ってやろうというものを!」

 

 そのまだ若い貴族はきっとリリーを睨み返すと、杖を抜いてつかつかと前に進み出る。

 

「よかろう! それほどまでに言うのなら、このエルマン・デュジャルダンがその戯言を終わらせてくれる!」

「おお、ありがたい。誉なる空の国の勇士にお相手をいただけるとは、光栄の極みだ」

 

 そう言って、リリーが大仰に一礼した。

 それを待っていたかのように、物陰からタバサが姿を表して、とことこと近づいてくる。

 

「立ち会い」

 

 彼女は、何やらリリーとお揃いと見えないこともない海兵か空賊のような衣装を着込んでいて、軽く会釈をするとそう申し出た。

 

「む、むう……」

 

 ウェールズは止めようかと迷った様子を見せていたが、事前に準備していたらしい立ち会いまでが手際よく出てきたので、肩をすくめて見守ることにする。

 エルマンはまだ若く、貴族軍人としての地位はごく下位だが、今日まで生き延びて実戦経験を積んできたこともあって、腕前はそれなりだ。

 今はいささか頭に血が上り酒も入っているようだが、分別のない男というわけでもないし、やりすぎたりはしないだろう。

 

(立ち会いもいるんだ。万が一の時には、すぐに割って入ればいいさ)

 

 ウェールズも、エルマンの勝ちを疑ってはいなかった。

 始祖の加護だの奇跡が起こればだのと言っても、現実的に考えて平民がメイジ相手に三人抜きなど、到底できるものではない。

 あの女性が仮にメイジ殺しの類だとしても、そこらの魔法が使えるだけの素人を相手にするのならいざ知らず、こちらも戦慣れした軍人メイジばかりなのだ。

 それでもなお、本当に奇跡のような出来事が起こりはしないか、起きてくれれば、という思いが、まったくないというわけでもなかった。

 

(こんな馬鹿げた提案を出したことには、何かまだ明らかにしていない狙いがあるのか。現実もわからずに無謀な夢を見るだけの愚か者ということはあるまい……と思いたいが……)

 

 そう考えながら、ウェールズは試合の行方を見守る。

 両者は会場の空きスペースで、ある程度の距離を開けて向かい合った。

 

「多少は痛い目に遭っても恨まぬことだな。レディーとはいえ、我らに向かって散々に妄言を吐いてくれた報いだと思え」

 

 エルマンはそう前置きをして、杖を構える。

 彼の杖は、ワルドが使っているのと同じような細剣状だ。

 伝統的なメイジは剣を『平民の牙』であるとして軽んじているので、荒事に縁のないメイジにはこのような形状の杖はまず見られない。

 だが、接近戦も想定しなくてはならない軍人メイジが使うものとしては合理的で、一般的な様式のひとつである。

 

「もちろんです。では、お互いに遺恨はなしということで」

 

 リリーはにっこりと唇の端を持ち上げてそう言うと、相手に合わせるように、右手のカットラスを構えた。

 マスケット銃を持った左手は、まだ無造作に垂れ下がったままだ。

 

「はじめ」

 

 タバサが杖を持ち上げて、開始を宣言する。

 血気にはやったエルマンはいきなり突っ込んでいくのかと思いきや、意外と冷静に身構えたまま距離を保って、まずはリリーの動向をうかがった。

 多少頭に血が上ろうと酔いが回ろうと彼は戦い慣れした軍人メイジ、戦場では平民に殺されるメイジなど珍しくもないのだということはよく理解している。

 

(油断や不用意な行動は禁物だ。愚か者とはいえ、メイジを相手にしようというからには飛び道具が勝負の鍵だと考えているだろう。あの銃は当然、事前に装填済みのはずだ)

 

 それを踏まえたうえで、彼には必勝の算段があった。

 経験則からいって、こういう状況で平民が用いてくる戦法は、概ね次の二つだ。

 一つは、とにかく魔法を使われる前に仕掛けよう、先手必勝だと考えて、即座に発砲してくる。

 もう一つは、正面から普通に撃ったのではまず当たらないと判断し、銃弾をこちらの呪文に合わせて同時に撃つことで、相打ちの形で先に倒すことを狙う。

 だが、これだけ距離が離れていれば、片手持ちの小型マスケット銃ではまずまともに当てること自体が難しい。

 それに、仮に狙いが正確だったとしても、こちらには先手で仕掛けてこようと相打ち狙いだろうと安全な対処策がある。

 広範囲に拡がる水膜弾、『ウォーター・グラップル』を放ってやれば、相打ちを狙おうにも射線はすべてそれに遮られ、銃弾は通らなくなるのだ。

 あまり強力だったり大きすぎたりするものは捕らえられないごく低位の呪文だが、人間一人捕らえるのには十分だし、詠唱に要する時間も短くて済む。

 一度水の中に取り込んでしまえば平民にはもはや抵抗のしようがなくなり、降伏するしかなくなるだろう。

 

(身の程と、現実というものを思い知らせてやる)

 

 狙いは、向こうが痺れを切らせて発砲してくるタイミングだ。

 それに合わせて水膜を放ち、銃弾を防いでしまえば、勝ち筋を失った相手は諦めて降伏するだろう。

 そうすればわざわざ苦しませる必要もなく、スマートな勝ち方というものだ。

 

(……すぐには仕掛けて来ない、か。カウンター狙いかな?)

 

 リリーもまた、まずは向こうの出方を見て、それに対処する形で動こうと考えていたのだが。

 エルマンが即座に仕掛けては来ない様子なのを確認すると、ならばこちらからと、相手に向かって駆け出した。

 

「ほう?」

 

 エルマンは、なるほどそう来たか、と頷いた。

 駆け寄りながら撃てば当然狙いはぶれて正確に照準を合わせるのは難しくなるが、相手側にも距離的な余裕がなくなり、対処が困難になる。

 たとえ銃弾が当たらずとも、それで相手が受けに回れば、その隙に間合いを詰めて斬りかかることもできるかもしれない。

 射撃の腕前に自信があるのならば、そして先に仕掛けられる銃器を手にしていながらあえてその表面的な優位を手放してメイジに接近を試みるだけの勇気があるのならば、それも悪い選択ではないだろう。

 

(だが。その程度のことで私は倒せんッ!)

 

 エルマンは背後に軽く跳び退りながら素早く呪文を詠唱して杖を振るい、突進してくるリリーと自分との間に予定していた広範囲の水膜弾を放った。

 防壁としてその場に留まる『ウォーター・シールド』の攻撃性を高めた派生呪文、『ウォーター・グラップル』だ。

 厚い膜のような水壁が敵に向かっていき、触れれば包み込むように内部に取り込んで捕獲する。

 

 立ち会いのタバサは、横から彼らの立ち会いを分析していた。

 呪文のキレから見て、あのエルマンという男は、おそらくラインクラスのメイジ。

 軍人として、それなりに経験も積んでいるだろう。

 メイジとしてのクラスは同等でも、ロレーヌなどとは比較になるまい。

 

(ミズルの体には勢いがついている。普通に考えれば、このまま止まり切れずに『ウォーター・グラップル』に突っ込んでしまう確率が九十パーセント。残るは、右か左に身をかわす確率が、五パーセントずつといったところ)

 

 そのいずれであっても、間違いなくエルマンの策の範疇であろう。

 人間が勢いをつけて突っ込んだくらいのことではあの水膜は突破できず、水中に捕らえられて万事休すとなる。

 また左右にかわしたとしても、無理のある急な方向転換によって体勢が崩れたところに、追撃をかけられることになるのは必定。

 実際、エルマンは既に、左右どちらかにリリーが回避した場合に備え、次に放つ呪文の詠唱に入っている。

 相手が平民だからといって油断してはいない。

 とはいえタバサとしては、だからリリーが負けるだろう、などとは一ミリも思ってはいないのだが。

 

(彼女はどう対応するか)

 

 タバサは、実際にリリーが行動に移るまでの数瞬の間に、それを予想しようとしてみた。

 自分なら風で吹き飛ばすだけだが、人一人くらいなら呑み込めるだけの厚みと大きさを持った水の膜は拳銃弾など通しはしないし、もちろんジャンプして跳び越えようなどとすれば、左右にかわした時以上にいい的になるだけだ。

 

(そうなると……波紋?)

 

 タバサは、先だっての吸血鬼との戦いの折に、リリーが口から噴き出した水のカッターで岩を斬り裂く技を披露したのを思い出した。

 あんなことができるなら、水の膜くらいなんとかなりそうな気がする。

 

(水の壁ね、それならッ)

 

 リリーは左手に持った銃を捨てると、水膜を押し退けようとするかのようにその手を前に向けて突き出し、止まらずに真正面から突っ込んでいこうとした。

 

(馬鹿なことを!)

 

 内心、あるいは大口を叩くだけの何かを見せてくれるのではと思っていたウェールズも、対戦相手であるエルマンも、そのあまりに期待外れな無知さ加減に失望する。

 あの水膜は外から中には簡単に入れるが、一旦入ってしまえば境界面は非常に弾性のある分厚いゴムのように作用し、中のものを捕獲して逃さない。

 人間が少々勢いをつけて腕を突き出して体当たりをしたくらいのことでは、到底突破できるものではないのだ。

 その上、銃を捨てるとは。

 もしまだ勝ちへの道筋があるとすれば、左右どちらかに跳んで水膜を避けると同時に、敵側の追撃より早く正確に発砲することだけだろうに。

 

(所詮はただの愚か者か。用心してかかるまでもなかったな)

 

 リリーの左手が水膜に突っ込んでいくのを確認し、エルマンは軽く嘆息して杖を下ろした。

 が、しかし。

 彼女の手が水に突っ込んだと思った次の瞬間、水中に一瞬奇妙な閃光のようなものが走って、水膜はパァンと音を立てて弾け飛んだのである。

 

「なっ!?」

 

 予想だにしなかった光景に目を剥いたエルマンに、飛散した水塊が降り注ぐ。

 

 もちろん、なんの不思議もないことだ。

 波紋を流すことで液体を激しく急激に振動させれば、コーラ瓶の栓を人の指をへし折るほどの勢いで射出したり、サボテンを破裂させたりすることもできる。

 液体との間に反発力を生じさせ、自分自身の体重を支えて液面に立つことだってできる。

 よって、接触の瞬間に強力な波紋疾走を流し込めば、水膜を弾けさせて突破することくらいなんでもない。

 

(……く、くそッ!)

 

 あの程度の衝撃で弾けるとは、自分で思っていたよりも酔いが回っていて、呪文の集中が不十分だったのか。

 エルマンは焦りながらも、とにかく杖を構え直して敵を迎え撃とうとした。

 幸い、先ほど詠唱を終えておいた『エア・ハンマー』の呪文はまだ、杖に残っている。

 突っ込んでこられる前にこれを放つことくらいはできる、避けられた場合に備えて背後に飛びながら、放つと同時に次弾の詠唱を……。

 

 しかし、エルマンが頭で考えた行動を実行に移すよりも早く、リリーは彼の懐に踏み込んできた。

 まだ波紋を滞留している水塊の飛散を受けたために、エルマンの体は数瞬程度の間、思ったように動かなくなっていたのである。

 

「しッ!」

「がふっ!?」

 

 みぞおちにカットラスの柄(と、多少の波紋)を叩き込まれて、エルマンはたまらず崩れ落ちた。

 

「勝負あり」

 

 タバサがそう宣言し、リリーは軽く腕を持ち上げると、元の場所に戻る。

 人々の間から本当に勝った、馬鹿な、あのエルマンが……といったようなざわめきが起こり、数人が彼を介抱するために駆け寄った。

 

「……ぅ、うぐぐ、ぐ……」

 

 暫時気絶していたエルマンはじきに意識を取り戻すと、屈辱に顔を赤らめる。

 

「お手合わせをいただいて、ありがとうございました」

 

 リリーは剣道の試合後のような感じで、丁重に一礼した。

 もちろん、すぐに彼の意識が戻ったのは、リリーが叩き込む波紋の量を加減していたおかげだ。

 

「さて。ご覧のように、一度めの奇跡は起きた。『二度続く奇跡は、始祖の思し召し』という諺があるそうだが……」

 

 この間のカジノで耳にした言葉を引用しつつ、次はどなたにお相手をいただけるのだろうか、と不敵な笑みを浮かべると、人々が顔を見合わせる。

 

「な、ならばもう一度、自分が!」

「下がっておれ、准尉」

 

 そう言って立ち上がろうとするエルマンを制したのは、いかめしい顔つきをした壮年のメイジだった。

 

「ち、中隊長どの……」

「気持ちはわかるが、泣きの一戦などは見苦しいだけだぞ。明日のこともあるのだ、余力は残しておけ」

 

 そう言われて、エルマンはがっくりと項垂れる。

 彼に代わってリリーの方を向いた、いかにも歴戦の勇士といった風格がある壮年のメイジは、家名ではなく軍での階級をもって、マティアス大尉と名乗った。

 

「部下の失態の責任は、直属の上官にある。ゆえに、私がお相手をいたそう」

 

 重々しくそう言った彼の目には、油断したり、こちらを見下したりしているといった感じはない。

 

「中隊長どのか。それほどの方にお相手をいただけるとは、これは私のような者には、またとない名誉だ」

 

 そう言って大仰にお辞儀しながらも、内心では『中隊長って。そんな大人気ないことしないで、三等兵とかを出しなさいよ』とぼやいていた。

 

「中隊と言っても、生き残りはそこのエルマンも含めて、残り数名しかおらんがね」

 

 マティアスはそんなリリーに肩をすくめると、エルマンに視線を向け直す。

 

「准尉」

「は、はっ!」

「報告しろ。先ほどのお前の『ウォーター・グラップル』はなぜ突破されたのか。既に次の詠唱を済ませていたにも関わらず、なぜ追撃が間に合わなかったのかを」

「それは……」

 

 エルマンが視線を泳がせると、マティアスの顔が厳しくなった。

 

「報告に虚偽は許されんぞ。なぜだ? 手心を加えようとした結果か?」

「……いえ。恥ずかしながら、戦い方は選びましたが、手加減などはしておりません。自分で思うよりも酔っていて集中の乱れや反応の遅れを生じたのだろう、としか……」

「そうか。わかった、よろしい」

 

 マティアスは特にエルマンを咎めるでもなく、軽く頷いてリリーに向き直る。

 しかし、その表情は厳しいままだ。

 

「空賊リリーシャロン、だったな」

「今は商売人の、ただのリリーですよ」

 

 元からそうだけど、嘘は言ってない。

 

「私は、始祖の思し召しなどという戯言は信じぬ。信じるのは、油断であれ偶然であれエルマンに勝ったという事実だけだ。したがって、貴殿は強敵だと見なければならぬ」

 

 少なくとも、ただの道化者ではないということは受け入れてもらえたらしい。

 そのおかげで、勝つのもさっきよりしんどくなりそうではあるが。

 

「ゆえに、杖を抜き合わせる前に、あらかじめ断っておきたい」

「なんだろうか?」

「私は捕縛して穏便に終わらせようなどとは考えん。既に一敗している以上は、明日に備えて温存しようなどという欲目ももたん。まず、目の前の戦に勝つことが肝要だ。そのために、私は全力を尽くす。明日の戦は我ら全員の名誉をかけた戦いだ、私が十分に戦えずとも、他の者たちが名誉を示してくれよう」

 

 マティアスは杖を抜いて、目の前に立てるように構えた。

 エルマンのものとは違って剣状にはなっていないが、より太く頑丈そうな鉄杖だ。

 

「死んでも恨まぬことだ。その覚悟があるなら、そちらも構えるがいい」

「では、私は先ほどの准尉どのとの戦いでは、まだその覚悟を持っていなかったと思われているのか。それは残念だな」

 

 リリーは肩をすくめて不敵な笑みを浮かべながら、先ほど投げ捨てた銃を拾い直した。

 

「覚悟がないなら、こんな勝負を言い出すはずもないだろうに」

 

 内心では、『いや勘弁してよ。もうちょっと油断したり明日のために温存しようとしたりしてくれてていいから』と思っていたが、もちろんそれはおくびにも出さない。

 距離を取り直すと、武器を構える。

 

「はじめ」

「参る!」

 

 タバサが宣言すると同時に、マティアスが仕掛けた。

 斜め後方に跳びながら杖を振るうと、数発の火球が放たれ、リリーに向かって襲いかかる。

 観客たちがどよめいた。

 短詠唱で連発できるドット・スペルの火球だが、ある程度以上の実力のあるメイジなら、当たりどころにもよるが普通の人間くらいは十分に一発で殺傷しうる。

 そんな攻撃を、それも宴の会場内で、いきなり放つとは。

 中隊長まで務めた歴戦のトライアングル・メイジが、平民相手の決闘に、本当に手加減も温存もせずにいくつもりらしい。

 なにもそこまで、と思う者もいれば、あのマティアスがそこまでするほどの相手なのだろうか、と思う者もいた。

 

「とと……」

 

 リリーはとんとんと横に跳んで、火球の連射を避ける。

 弾速はそこそこだが、風の刃のように不可視ではないので比較的かわしやすい。

 しかし、これはあくまでも牽制だろう。

 

(距離を離させて詠唱の余裕ができたところで、もっと強力でかわしようのない呪文を撃ち込んでくる気ね)

 

 リリーは何発目かの火球をかわしたところで、相手の杖を狙って左手のマスケット銃を発砲した。

 相手を一度受けに回らせれば、その隙に間合いを詰めやすくなる。

 もちろん片手持ちのマスケット銃のような代物で杖のような小さい的を正確に狙うことは困難だが、なにせ今の彼女は『ガンダールヴ』なのだ。

 

「甘いわ!」

 

 しかし、相手もそのくらいのことは予期していたようで、即座に火球で迎撃した。

 鉛弾はたちまち溶かされ、彼まで届くことなく床に散る。

 逆にリリーのほうが、銃弾を吞み込んで飛来したその火球をかわすために飛び退かねばならなかった。

 リリーは続けて撃ち終わったマスケット銃自体を投げつけたが、彼はそれも読んでいたようで、焦ることなく身をかわす。

 かわすと同時に火球を放つことで相手を牽制し、隙を生じさせない。

 

(できる)

 

 銃弾に用いられる鉛は融点のごく低い金属だが、それでもドット・レベルの火球で確実に空中で溶かしきり迎撃するにはかなりの腕前と、扱い慣れた自分の『火』に対する自信が必要だ。

 タバサは彼の呪文の腕前を、親友のキュルケと同程度だと判断した。

 それに、戦い方も実戦慣れしている。

 

「真正面からくる単騎の銃兵など、恐るるに足らん!」

 

 立て続けの攻撃によって、両者の間の距離はじりじりと離れていく。

 フライやレビテーションなどの呪文を用いればもっと手っ取り早く距離を取れるのだが、空中にいるところを飛び道具で狙われると別の呪文を同時には使えず危険なので、マティアスは堅実な方法を取っていた。

 

(銃はなくなったが、まだ投げナイフなどを隠し持っていないとも限らんからな)

 

 あと少し距離が離れれば、そういった投擲武器も呪文なしでも確実に避けられるだけの余裕ができる。

 そうしたら、あとは魔法を使えぬ平民ではどうあがいても回避のしようがないような広範囲攻撃呪文や追尾性能をもつ攻撃呪文を唱えれば、勝利は容易い。

 無論、その前に降伏勧告くらいはしてやるつもりだが。

 

「もう勝ったつもりとは、気がお早いな」

 

 何度目かの火球攻撃をかわしたリリーは、右の袖口から(実際にはキャラバンの袋から)左手の中に、何かを滑り込ませた。

 

「むっ……?」

 

 さては投擲武器の類かと目敏く見咎めて注意を向けたマティアスは、はっとした。

 それは先ほどのものとは別の、新しい拳銃だったのだ。

 リリーはマティアスの方に、素早くその銃口を向ける。

 

(なんと。装弾済みの銃を、まだ隠し持っていたというのか!)

 

 追加の飛び道具に警戒してはいたが、よもや投げナイフどころか、二丁めの銃が出てくるとは。

 つくづく油断のならぬ女だと、マティアスは舌を巻いた。

 だが、彼女にとってもじりじりと追い込まれていく中でのぎりぎりの判断だったのだろうが、結果的には切り札を切るのが少々早すぎたようだ。

 これがエルマンならば最初の銃を処分した時点で気を緩めていて気付くのが遅れ、不覚を取ったかもしれないが、自分は多少は面食らったものの、火球による迎撃が間に合わないほどには不意を打たれてはいない。

 

(二丁めがあるとわかった以上は、私は三丁め、四丁めの銃に対しても、警戒を緩めたりはせんからな)

 

 マティアスは焦ることなく、先ほどと同様リリーの発砲と同時に火球を放ち、銃弾を迎撃しにかかった。

 が、しかし。

 

「な!?」

 

 瞬く間に溶けて散るはずの銃弾は、赤熱しながらも形と勢いを保ったまま火球を突き抜け、彼の杖を撃って弾き飛ばした。

 

(ば、馬鹿な。そんなはずは……)

 

 そんなはずはない、この自分の『火』が、たかが鉛玉を溶かし損ねるなどとは。

 決して焦ってはいなかった、余裕は十分にあった。

 ならば、何故。

 

「……くっ!」

 

 混乱して頭の中が真っ白になっていたのは、ほんの一瞬のこと。

 我に返ったマティアスは、突っ込んできたリリーを迎え撃つため、飛び退いて弾き落とされた杖を拾い上げる。

 だが、向き直ったときには既に、彼女は予想以上の速さで目前に迫ってきていた。

 

「おおぉぉっ!!」

 

 もはや、呪文の詠唱は間に合わない。

 リリーのカットラスが横薙ぎに振るわれるのと、鉄杖が武器として振り上げられるのと、ほとんど同時だった。

 がきぃぃぃん、という激しい金属音が鳴り響き、弾き飛ばされてからんからんと床に転がったのは、マティアスの鉄杖の方だった。

 彼の鼻先に、リリーのカットラスが突きつけられる。

 

「そこまで。勝負あった」

 

 タバサの声が上がると、リリーはすぐにカットラスを下ろして、愕然とした面持ちのマティアスに一礼する。

 周囲から起こったどよめきは、エルマンが負けたときよりも更に大きかった。

 それはそうだろう、平民が貴族に二度までも勝ち抜き、しかも今度倒されたのはアルビオン王党派の生き残りの中でも間違いなく上位の部類に入る使い手、中隊長まで務めた歴戦の勇士なのだ。

 

「どうやら、本当に始祖の思し召しがあったようだ」

 

 リリーはそう言ったが、もちろん偶然の勝利などではない。

 彼女は最初の銃撃で、マティアスが炎によって銃弾を溶かして防ぐ手法を取っていることを知り、一計を案じた。

 続く二丁めの拳銃はキャラバン特製のオリジナル品、外見こそ最初のものとそっくりな片手持ちマスケット銃だが中身はより現代的で高性能な銃器になっており、鉛玉ではなく、それよりも遥かに熱耐性の高いタングステン含有の非殺傷性特殊銃弾を装填してあったのだ。

 いくら彼が油断をしていなくても、そんなことを見抜けようはずもない。

 

「さて。万が一、私が三人勝ち抜けるようならその時は、というお約束だったが……」

 

 次はどなたが、と、リリーが問いかける前に。

 

「私だよ」

 

 厳しい顔をしたウェールズ皇太子がすっと杖を掲げると、人々が驚く中、彼女の前へ進み出た。

 

「この一戦が明日の我らの戦いを左右するものであるのなら、全軍を率いる責任者として、当然、最後の相手はこの私が務めねばならない」

 

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