7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第五十七話 でんせつははじまる

 

「アルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官、ウェールズ・テューダーだ」

 

 進み出たウェールズが、言わずもがなの名乗りを上げる。

 

「もしも、この私までもが敗れるようなことがあれば……、それが始祖の思し召しであることは、もはや疑う余地もないだろうな」

 

 観衆のざわめきの中、ウェールズがそう宣言して、リリーの前に進み出ようとした。

 侍従のバリーが、慌てて止めに入る。

 

「殿下、なりませぬ! 皇太子ともあろうものが、平民などを相手に直々に決闘をされるなどと!」

「バリー。私はこれから、明日のアルビオンの運命を背負う我が国の猛者たちを二人までも打ち破った伝説の空賊と立ち合おうというのだぞ。それが、王族として不名誉なことだというのか?」

「ですが、もしもあの者が、殿下のお命を狙う輩であったら!」

 

 ウェールズは、バリーのそんな懸念を笑い飛ばした。

 

「バリー、お前の考えでは、あの女性は黙っていても明日には死ぬ王族の首を取るためにまだ三百人からのメイジが残っている敵地へと飛び込み、こんな大立ち回りをやってのけているということか? そのうえ、ここにいる皆の目の前で、公然と私の命を奪うというのか?」

「……それは、しかし……」

「本当にそうだとすれば、敵ながら大した傑物ではないか! 私など、明日の戦いでどこの馬の骨に討ち取られるかもわからぬ身だ。それほどの相手になら、少々早く首をくれてやったところで構わんさ。明日の戦い、予定通り総員が死ぬまで戦うだけの戦になるのであれば、指揮官などもはやいてもいなくても変わらんだろう。諸君らは、指示がなければ玉砕もできぬというわけではあるまい」

 

 それで、バリーにはもう言えることがなくなったようだった。

 そんな彼に代わって、まだ若い貴族が進み出ると、ウェールズの前で膝をつく。

 

(なんか、イケメンで強そう……)

 

 その男を見て、リリーは素直にそう思った。

 年の頃は、おそらくワルド子爵と同じくらいだろうか。

 品の良い端正な風貌だが、男らしい凛々しさや逞しさも感じられる。

 強いて例えるなら、承太郎と花京院を足して二で割ったような雰囲気とでも言おうか。

 

(……ま、うちのお兄ちゃんには負けるだろーけど)

 

 別にそんなブラコンだとかいうわけじゃないが、彼女の兄はシーザー・ツェペリにそっくりなイタリア系クォーターであり、贔屓目なしに色男のイケメンで、波紋使いとしての力量も確かなのである。

 マンマ・ミーア、そいつはめでたい。

 

「殿下。何卒、進言をお許しくださいますよう」

「ギルベール伯か。許す、申してみよ」

「おそれながら、私は近衛連隊長として、また戦時における練兵隊長として、殿下も含め、この場に居並ぶ勇士たちの力量をよく存じております。その立場から具申いたします。どうか私めに、殿下の名代として戦う権利を」

「…………」

 

 ウェールズは困ったような顔をして黙り込む。

 ギルベールは面を上げて、そんな彼の顔を見つめた。

 

「それとも、一介の准将に過ぎぬ私の身では、殿下の名代など務まらぬのでしょうか?」

「まさか。君の腕前は、ここにいる誰もが認めるところだろう」

 

 苦笑したウェールズの言葉に、観衆たちもみな一様に頷いた。

 どうやら、相当な実力者であるらしい。

 

(……まだ若い腕利きの近衛連隊長で、伯爵で准将、って……)

 

 オスカルかあんたは。

 と、リリーはどっかの少女漫画を思い出しながら、内心でそう突っ込みを入れた。

 まあ、あっちは男じゃなくて、男装した女性だけど。

 

(ファンタジーやメルヘンな世界だとはいえ、世の中には本当に、そんなすごい人もいるもんなのねえ)

 

 ラストだからって、そんなのが大人気なく出てこなくてもいいのに。

 まあ、ウェールズもウェールズで、王族だからとはいえ仮にも軍の総大将なわけだし、もちろん弱いはずはないだろうけど。

 

「……しかし、ギルベール。ここは総大将として、私が出るべきだろう。私はもう、自分が戦うと名乗りを上げたのだよ」

 

 ウェールズとしては、この役目を譲りたくはなかった。

 それに、平民を相手にギルベールほどの使い手が出るのはいくらなんでもという気もしている。

 彼はアルビオン軍全体で見ても、間違いなくトップクラスの実力の持ち主なのだ。

 

「わかっております。それゆえに、殿下の名代として戦わせていただきたいと申しているのです。殿下には皆のためにも、明日の戦いに万全の備えをして望んでいただきたく」

 

 ギルベールもまた、そう言って食い下がった。

 はっきりそうと口にはしないが、彼はマティアスほどの勇士を倒した相手にウェールズでは、勝てるかどうかの確証が持てないと感じているのだろう。

 

「最後は皇太子殿か、あるいは近衛連隊長殿か。いずれにせよ、私のような者には願ってもない名誉だな」

 

 リリーはとりあえずそう言ってみた。

 ギルベールはじろりと、そんな彼女の方を睨む。

 

「貴殿の力量は認めよう。始まってしまった以上は仕方がない、相手にもなろう。だが、私は貴殿のことが気に入らん。殊に、遊び半分で我らの決断に割り込もうという、その態度がな!」

「これは心外な。遊び半分だなどとは。遊びで、こんな事ができると思うのか?」

「貴殿がどのようなつもりでいるのかは知らんが、私に言わせれば遊び以外の何物でもない。我らにとって、明日の戦いは命と名誉とを賭けた最後の真剣勝負なのだ」

 

 そう言って、美しい装飾の施されたスモール・ソード状の杖を突きつける。

 

「だが、貴殿は違う。この手合わせで貴殿が勝ったとして、それが何だというのだ? 余所者がどれだけ強かろうと、運が良かろうと、明日戦うのは貴殿ではなく我々だ。貴殿はこれまでの戦とも、明日の戦とも何の関係もない。そんな身で、いよいよという段になってしゃしゃり出て、図々しくも我々の戦い方に口を挟もうとしている。それも、勝った者の言うことを聞けなどという、子供か野蛮人のような論理でだ!」

「なるほど。すると私は、あなた方に明日の戦い方についての指図だけをしておいて、手合わせが終わり次第さっさとトリステインへ帰るつもりだと、そう思われていたのか?」

 

 リリーは、後でキャラバンに胃薬を作らせようと考えながらも、表向きは平然とした態度で言い返した。

 

「さて、リリーシャロンがそのようなことをする輩であるなどと書いたのは、一体どこの本なのか。後ほど出版元へ抗議をしておこうか」

「……何だと? それでは、まさか……」

 

 戸惑ったような顔になったギルベールに向けて、なんでもないことのように頷きを返す。

 

「もちろん、もし私の意見が通ったなら、明日の戦いにはその案を出した私も参加するに決まっているだろう。平民の私が船に乗っていても役には立つまいし、リリー空賊団の現メンバーと協力して、『イーグル』号に迫ろうとする敵の迎撃に打って出るつもりだよ」

「く、空賊団?」

 

 そんなものがどこに、という声がざわめく周囲の人々から上がるより先に、リリーは扉の方を指し示した。

 

「では、この機会にご紹介しよう。彼女らが、我が『リリー空賊団』の現団員たちだ」

 

 芝居がかった調子でそう言うと同時に、扉が開く。

 その向こうから、タバサと同じく空賊っぽい衣装に身を包んだキュルケと、ルイズとが姿をあらわした。

 あらかじめ登場のタイミングをうかがって待機していたわけだ。

 彼女らは歩み寄って、タバサと並んで立つと、周囲に向かって一礼する。

 ルイズはいささか緊張したり恥ずかしがったりした様子でややぎこちなく、キュルケは堂々として余裕たっぷりな様子で。

 タバサはいつもどおりに淡々としていた。

 

「……な、なにが空賊団だ。彼女らはトリステインから来られた、大使の方々ではないか!」

「そして、今はこちらのリリー団長率いる、空賊団の一員でもありますわ」

 

 リリーが答える前に、キュルケが進み出てそう言うと、優雅にもう一度会釈をしてみせる。

 

「ねえ、ミス・ヴァリエール?」

「そ……そうね」

 

 ルイズは緊張しているのか恥ずかしがっているのか不本意に思っているのかよくわからない、なんとも微妙な顔でぎこちなく頷くと、自分も前に出てお辞儀をする。

 タバサも彼女らの横に進み出ると、口を開いた。

 

「空賊長の意見が通るのなら、明日の戦いではわたしたちがドラゴンに乗って、あなたたちの船を護衛する」

 

 いわば、軍艦を守るための護衛機のような役目をしようというわけだ。

 それを聞いて、周囲からまたざわめきが起こった。

 

「……な、なにを馬鹿なことを。死にに行くようなものだぞ!」

「さよう。それに、遺憾ながら騎竜など、我らにはもう一騎も残ってはおらんのだ」

 

 そう言われても、タバサは動じない。

 

「最初から、そちらのドラゴンをあてにはしていない」

「彼女の使い魔は風竜ですわ。もう既に、こちらの港までやってきてくれていますから」

 

 シルフィードはあまり好戦的でも勇敢でもないので、戦場に来てくれなどという頼みには尻込みするのではないかとも思ったが、意外なことに快く承諾してくれた。

 空の上のアルビオンは、風竜である彼女にはぜひ行きたいと思うような、好ましい環境の場所であるらしい。

 敵に見つかって撃墜されたりしないよう、指示に従って普通の鳥(ハヤブサ)の姿に『変化』したうえで、雲海にまぎれながらこちらの港までやってきたのだ。

 

「む、無謀にもほどがある!」

「たった一騎で、そのうえ戦闘用でもない使い魔の竜などが、天下無双と謳われた我がアルビオンの竜騎士や戦艦を相手に何ができるというのだ?」

 

 その言葉を受けて、リリーがルイズらと並ぶ位置に進み出た。

 

「そう思われるのは当然だ。だからこそ、先ほどから空賊団の代表として私が、こうしてあなた方との手合わせをお願いしているのではないか」

 

 胸を張って、そう答える。

 

「そうすれば、力であれ運であれ、始祖の御加護であれ、私たちにも何かがあって明日の戦で何かができるのだということを、あなた方に信じていただけるだろうと思ってな。それに、そのくらいのことをせねば、今日まで戦い抜いてきた空の勇士たちと同じ戦場に立つなど、おこがましいというもの」

 

 彼女はそう説明して、ご理解をいただけただろうか、と、人々の顔を見渡す。

 大方の観衆は口をつぐみ、戸惑ったように顔を見合わせていた。

 それが事実だとすれば、彼女らは遊び半分どころか自分たちへの確かな敬意と覚悟をもってこの決闘に、そして明日の戦に臨もうとしているということになる。

 それでも、なおも反論を口にしようとする者たちはいた。

 

「……しかし……、ならば、貴殿らが反乱軍の間者ではないという、確かな証拠はあるか」

「そうだ。決戦の前夜になって、急にやってきた者たちが言い出したことだ!」

「玉砕の覚悟を固めて籠城する我らと正面からぶつかったのでは被害が大きくなると踏み、開城しての特攻などという無謀な案に誘導することで武功も残させず、楽に討ち取ろうという腹ではないのか?」

 

 少し眉をひそめたリリーがそれに答える前に、厳めしい顔をしたウェールズが進み出る。

 

「そこまでだ。他国よりの勇士の方々への、それ以上の非礼は許さぬ」

「ですが、殿下……」

「貴殿らは真の貴族であり勇士だが、だからと言って他者への礼を失してもよいということにはならん。貴殿らの先ほどの物言いは、ただの無粋な勘繰りというものだ。ヴァリエール嬢はトリステインに伝わる『水のルビー』を持っていた。かの国の王族から正式な承認を受けてやってきた大使であることに、何の疑いもない」

 

 そう、声を上げていた者たちを窘めたうえで、今度はルイズらの方に向き直った。

 

「だが、私にもわからないことがある。どうして、そこまでしようというのだ? 君たちは大使だ。アンリエッタの下に手紙を持ち帰ることこそが本分ではないか。戦場に出るような危険を冒してそれが成せなくなったのでは、本末転倒というものだろう」

「いえ、それは違います!」

 

 ルイズが顔を上げ、胸を張って、真っ直ぐにウェールズの顔を見た。

 

「わたくしは幼少のみぎり、恐れ多くもアンリエッタ姫殿下の遊び相手を務めさせていただきました。姫さまはこのお役目を、『懐かしいお友だちにしか頼めないこと』だと言われたのです。手紙を持って帰ることが本当の望みでないことくらい、わかっています!」

 

 彼女と並ぶキュルケ、タバサも、それに賛同するように頷いて、言葉を続ける。

 

「あたしはアンリエッタ姫殿下のことはよく存じませんけど、彼女がそう言うのならそうなんでしょうね。でも、ミス・ヴァリエールは最初にウェールズ殿下に謁見した際に亡命をお勧めしたとか。それについては、彼女の誤りでしたわね」

「一国の姫が、個人の都合だけで亡命の受け入れをしていいはずがない。ウェールズ殿下も、最後まで戦う臣下を置いて自分だけが亡命できるはずがない。つまり、問題外」

 

 リリーが後を引き取るように、進み出て口を開いた。

 内心、いい加減この芝居がかった口調を続けるのにちょっとうんざりしていたが、乗りかかった船なのでやむを得ない。

 

「しかるに、アンリエッタ姫殿下は情の深いお方ゆえ、ウェールズ殿下を救い出すことをお望みだ。ならば、我らがするべきことは一つしかあるまい」

「つまり、皆さま方に名誉を損なわせることも、殿下に臣下を見捨てるような真似をさせることもないように、堂々と敵軍の上空を突破し、全員で転進する。それによって、殿下をはじめ皆さま方には武名を成していただき、他国が受け入れるに足るだけの価値を作っていただく。そういうことですわね、空賊長?」

 

 横合いからのキュルケの言葉に、リリーが頷く。

 

「姫殿下の心からのお望みに応えるためには、それが我らの唯一、本当にするべきことだろうな」

「ええ。たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあれば!」

「あたくしはゲルマニアの生まれですから、姫殿下に対してミス・ヴァリエールのような忠義はありませんけど。その母国はトリステインと同盟を結んで反乱軍にあたるつもりのようですし、ゲルマニアの代表として参戦しますわ。同盟軍と友人の危機を前に何もせずに帰った、ゲルマニアの貴族はやはり名誉もない成り上がりだなんて陰口を叩かれてはかないませんものね」

「ガリア代表」

 

 そんな少女たちを前に、ウェールズは戸惑ったような、呆気にとられたような顔をしてたじろいだ。

 ほかの貴族たちも、概ね同じような様子だった。

 

「……そんな馬鹿な。いくらなんでもアンリエッタが、そんな途方も無いことを君たちに求めているはずがなかろう?」

「もちろん、そうだろう。しかし、言われた役目をただ言葉どおりに果たすだけでは子供のお使いだ。戦場に少々立ち寄って手紙をもらって帰ったというだけの話では、空賊団の新しい冒険譚にもならんよ」

 

 貴族たちがざわめいて、顔を見合わせる中。

 

「……すまんが、ちょっといいかね」

 

 横合いからむっつりした感じの、低い声があがった。

 人々をかきわけて前に進み出てきた声の主は、シャルト船長だった。

 リリーは、内心何の用件だろうかと戸惑いながらも、平然を装って彼の方に向き直る。

 

「なにかな、船長殿?」

「王族の皆さま方の事情がどうだかは知らん。そっちの娘さん方にも、貴族としての考え方や名誉ってものがあるんだろう。それはいいさ。だが、俺はいい加減に、あんたに正直なところを聞かせてもらいてえんだ」

 

 彼と、彼の部下の船員たちは、一様に厳しい感じの顔をして、近くに集まっている。

 リリーは、少し困ったような顔になった。

 

「正直なところ? 私は、何も嘘は言っていないつもりだが」

「あんたはさっきから、リリーシャロンとして話してる。だが結局のところ、あんたはただそう演じてるだけで、本物のリリーシャロンでも何でもないだろうが」

 

 船長は、ぴしゃりとそう言った。

 

(……そう来たか……)

 

 リリーシャロンの演説となれば誰よりも熱狂しそうな人だと思っていただけに、意外だったが。

 よく考えてみれば、それだからこそこだわりというものも強くあるのかもしれない。

 コスプレイヤーさんに「〇〇はそんなこと言わない!」「そんな顔しない!」「私の中のイメージと違う!」とダメ出しする熱狂的なファンみたいなものだろうか。

 ちょっと違うかもしれないが。

 

「トリステインの姫殿下とやらの望みだってのはいい。ここにいる、アルビオン貴族の名誉のためってのもいい。だが、あんた自身はどうなんだ?」

 

 船長はそう、厳しい顔をして問い詰めながら、真っ直ぐにリリーの目を見る。

 周りの船員たちもまた、口々に彼女に問いかけた。

 

「そうだ。あんた自身は、一体何の得があって、こんな無謀なことをしようってんだ」

「そっちの貴族の娘さん方はいざ知らず、あんたは俺らと同じただの平民だ。平民なりの期待しかされないし、義務もそれ相応で、名誉なぞ関係ない。そうだろうが?」

「リリーシャロンの冒険譚がどうのだなんて、いつまでも夢みたいなことばかり言って誤魔化すなよ。いい加減に、本当のことを言いな!」

「…………」

 

 リリーは困ったように顔をしかめて、しばらく押し黙っていたが。

 やがて、このままでは話がまとまらなくなると悟って観念したように溜息を吐くと、肩をすくめて口を開いた。

 

「……そう。私の動機なんて、別に大したことでもないのだけど。知りたいというのなら」

 

 全員の注目が彼女に集まり、場が静かになった。

 賭けにはなるが、もうこの際、正直にぶっちゃけてしまった方がいいのかもしれない。

 まあ、こちらとしてもいい加減に、この芝居がかった口調には疲れてきていたというのもあるし。

 

「姫殿下やルイズたちは、もちろん違うでしょうけどね。正直言って、私自身は別にこの戦争には何の思い入れもないし、どっちの陣営に肩入れしたいとかも特にないのよ。私はルイズに召喚されて遠くからこのハルケギニアに来たばっかりで、双方の事情だとか主張だとか、ろくに知りもしないしね」

 

 その率直な物言いに貴族たちからは少しざわめきが起こったが、リリーは構わず話を続ける。

 

「ただ、このまま放っておいたら、明日には一方が玉砕するまで戦って、両軍合わせて何百人か、何千人かの犠牲が出るのは間違いないんでしょう? 放っておいたら寝覚めが悪いから、ここの人たちにも納得してもらえるような脱出方法を考えて、実行しようとしてる。それだけよ」

 

 顔を見合わせる部下たちをよそに、船長は顔をしかめてじっとリリーのほうを見た。

 

「……本気か? あんたは本気でそんな自己満足のためだけに、今日初めて来たような場所で命を賭けようってのか?」

「人生の目的なんてのは、大方他人から見たら自己満足としか思えないようなものでしょ」

 

 リリーは肩をすくめると、懐から『ジャンクブレスレット』を取り出して、彼に見えるように差し出した。

 

「……なんだ、そいつは?」

「これは数年前に、私がちょっとした事情で当時の仲間たちと一緒に紛争地帯を旅してた時に、難民キャンプにいた女の子からもらったものよ」

 

 彼女はかいつまんで、これをもらうことになった経緯を説明していった。

 先を急ぐ旅の最中だったが、医薬品も足りずに苦しんでいる人たちを放っておくこともできなかったので、一日を費やして治療の手伝いをしたこと。

 戦争の悲惨な実態に触れて何度も吐きそうになったりしながらも、仲間たちに励まされてこの人たちにはいま自分が必要なんだと己に言い聞かせてがんばったこと。

 

「やっと一段落ついて出発しようってときに、そこにいた子がお礼だって言ってくれたのが、これ」

 

 明らかにそのあたりで拾い集めた廃材で作った子供の工作で、客観的に見れば一円の価値もないような代物かもしれないが、自分にとっては最も価値のある宝物の一つだ。

 自分は彼らを治療して当面の危機から救うことができたし、それだけではなく、その後に向かったサンダーバンズのラジオ局では紛争を起こす原因となったスタンド使いたちを発見し、彼らを倒すことで、争い自体を終息に向かわせることができた。

 だから、おそらくあの難民キャンプの人たちは、その多くが、今も無事に生きていることだろうと思う。

 自分は、これをくれた女の子の名前も知らない。

 なぜか聞こうとは思わなかったのだ。

 

「でも、自分なりにベストを尽くせたと思ってるから、時々これを取り出して眺めながら飲むお酒は美味しいの。もしも先を急ぐからって見捨てていたら、嫌な心残りができてお酒がまずくなってたでしょ。私は気が小さいほうだから、夢に出てきてうなされたりとかもするかもしれないし」

「…………」

「そういうのは嫌だから、心残りのないようにしたいってことよ。それが、ここに残る私個人としての理由ね」

「呆れたな。本当に、ただそれだけだってのか?」

「うーん、それだけかって言われると。ま、私は今は商人をやってるんで、うまくいったら後でお姫様とか皇太子殿下とか、コネやお得意様ができそうだから、ってのもあるかな」

 

 そのくらいは正当な見返りでしょうし、と言って、肩をすくめる。

 自分で命がけで頑張って得たと知っているものなら、それで利益を得ることを後ろめたく思う必要もない。

 

「……命あっての物種だろ。カネなんて、他にいくらでも稼ぎようはあるじゃないか」

「本当にそんな理由で、下手したらここで命を落とすようなことをしてもいいのかよ。あんたには、生きて帰って叶えたい夢とかはないんか?」

「帰りを待ってくれてる、身内とかは……」

「夢? ええ、この水流リリーには夢があるわ」

 

 リリーはそう言って不敵に微笑むと、ぐっと胸を張った。

 

「いろいろとね。たとえば、南の島で一人のんびりと太陽を浴びながら優雅に暮らすとか、世界各国で食べ歩きの旅をするとか、カジノで思いっきり豪遊するとか、タワマンの最上階で半裸の美少年を大勢侍らせながらワインを傾けるとか」

「ちょっ……ミズル!」

「そのためには、要するにお金があればいいわけよね。だから、私は必ず成功者になって、いずれはジョースター不動産やSPW財団にも負けないほどの富を築き上げてみせるってーのが当面の夢よ」

 

 俗な欲望の数々を堂々と語るパートナーにルイズが顔を赤くして文句を言おうとするが、それを軽く押さえて。

 

「で、そのためのお金は、真っ当なやり方で積み上げたものでなくっちゃあいけないわ。後ろめたいお金じゃあ、せっかくの豪遊を心からは楽しめなくなって、夢が台無しになるでしょ?」

 

 世の中には、過程や方法なぞはどうでもいい、人生に後味の良くないものや悔いを残したくないなどというこだわりは便所のネズミのクソにも匹敵するくだらない物の考え方だ、というものもいるだろうが。

 そういうナメクジのフンにも劣るようなゲロ以下の臭いがプンプンしそうな輩が何と言おうとも、リリーは結果だけを求めるような考え方はできないし、そんな生き方はしていないのだ。

 

「身内、ええ、身内もいるわ。両親と兄が。私がこの状況で自分だけ逃げ帰ったりして、それを知られたらどんな反応をされることか、そんな光景はあまり想像もしたくないような人たちがね」

 

 母は、養豚場のブタでもみるかのような冷たい目で見てくることだろう。

 父は、勇気を知らん者などノミと同類だと叱ることだろう。

 兄は……どうだろう、それこそ想像がつかないが。

 

「満足のいく仕事をして後ろめたくない稼ぎで美味しいお酒を飲みたいし、家族に軽蔑されたくもない。それが私の正直な理由で、そんな説明じゃ納得できないっていう人がいても、それ以上に説明できることはないわ。根本的に価値観が違うんだろうから、仕方がないでしょう」

 

 リリーはそういって肩をすくめ、大人しくなったルイズを放すと、船長のほうを見た。

 それから、他の船員たちや、周囲の人々の様子をちらちらと伺う。

 今は誰もがしいんと押し黙って、声も立てない。

 

(……うー……)

 

 今の話をどう思われたのだろう。

 あまり正直に話し過ぎただろうか、やっぱりもう少し飾るべきだったのでは、などと考えると、胃が痛い。

 

 やがて、彼女の顔を黙って見つめ返していた船長が、ふっと溜息を吐いた。

 

「……そうかい。わかったよ」

 

 それから、一転して笑顔を浮かべる。

 

「俺は、空賊リリーシャロンにあこがれてこの稼業を始めたんだが。しかし、彼女が実在するとは思ってなかったよ。今日までは。いや、つい今しがたまではな!」

 

 そういうと、彼は仲間たちのほうを振り返った。

 

「お前らはどう思う?」

 

 話を振られた船員たちは、一様に目を輝かせながら答える。

 

「どうもこうも、こいつはスゲーやッ!」

「本物だッ! こいつはまさしく本物のリリーシャロンだッ!」

「うおおお、俺の目の前に、生きて動いてる彼女が! 生きててよかったぜーッ!」

「……え? いや、えーと」

 

 どうやら結果オーライらしいとほっとしながらも、急にちらほやされてちょっとどぎまぎした様子のリリーと、そんな彼女を取り巻く屈強な空の男たち。

 その光景を見ながら、タバサは何となく、得心がいったような心持ちがした。

 

(空賊リリーシャロンというのは、きっとあの『勇者イーヴァルディ』のようなものなのだ)

 

 タバサは幼い頃、空賊リリーシャロンものと同じように平民の間で人気がある『イーヴァルディの勇者』と呼ばれる物語群が好きだった。

 まともな研究の対象になるような代物ではなく、読んでいて楽しい平民向けの御伽噺である。

 往々にして、いかにもなフィクションで、いい加減な構成の物語。

 イーヴァルディはいちおうは実在の人物が元になっているとされるリリーシャロン以上にいい加減な人物像で、話によっては男だったり女だったり、神の息子だったり妻だったり、ただの人間だったり、設定も背景もころころと変わる。

 貴族支配に不満を持つ平民が適当に生み出したものとされ、大人げなくも焚書の対象にされていた時代もあったという。

 

『イーヴァルディとは特定の誰かを指す言葉ではない。勇気をもってあらゆる残酷な運命から何かを守ろうとする者は、すべてイーヴァルディである。だからこそ「勇者イーヴァルディ」ではなく、「イーヴァルディの勇者」と呼ばれるのである。この場合の「勇者」とは、生贄の少女を救うためにドラゴンに挑んだ少年のように、神に審判を覆して人々を助けるよう懇願した老いたる聖女のように、老若男女の区別なく、抗い得ないように思える運命に立ち向かう勇気ある者すべてを指す言葉として用いられているのだ』

 

 そのうちに、タバサも別の本に興味を向けるようになり、イーヴァルディものを開くこともなくなったが。

 後年にふと目について懐かしさもあって開いてみたごく稀なイーヴァルディの研究書というか、私的な解釈を行った書物にそう書かれていたことを、いま思い出した。

 

(リリーシャロンは、確かに実在した。でも、イーヴァルディだって、最初は実在した誰かがモデルだったのかもしれない)

 

 そしてどちらも、胸を高鳴らせながらその物語を読んでいく人々の中で、既に実在した彼らからは離れた存在になっている。

 運命に立ち向かう勇気ある者がすべてイーヴァルディたり得るのなら、己の心の赴くままに自由に空を駆ける者にはすべからくリリーシャロンと呼ばれる資格があるのだろう。

 少なくとも、ずっと自由な女空賊の雄姿を胸に抱き続けてきた、あの船員たちにとってはそうなのだ。

 

 胸の中でそんな考察をしているタバサをよそに、シャルト船長は嬉しそうに盛り上がる船員たちに目くばせをし、互いに頷きあった。

 それから、揃ってウェールズのほうに向き直る。

 

「皇太子どの。これは、伝説の女空賊長どのと共に戦える、千載一遇の機会だ。となれば、我々も黙っているわけにはいかんぞ?」

「当然だ! 俺たちも参戦させてもらうぜーッ!」

「こっちにゃあ、あのリリーシャロンがいるッてんだ! 散歩に行くようなもんだな!」

 

 その申し出に、ウェールズをはじめ、周囲の人々がどよめいた。

 

「あんたたちの『イーグル号』はいい船だが、足はこっちの快速船のほうが速い。俺たちの船を使うといいぜ!」

「操縦はぜんぶ俺たちに任せときな! そうすりゃ、あんたたちメイジは敵の攻撃を防ぐのに専念できるってもんだろ?」

「三百人乗るにはちょいと小せえが、心配はいらねえ。ただまっすぐに敵中を突っ切って地上に凱旋するだけなら積み荷は必要ないからな。全部おろして使わん砲台なんかも外しちまえば、余裕で乗れるさ!」

 

 口々に言う部下たちに満足そうに頷いたシャルトが、今度は大胆にも国王であるジェームズ一世の方に歩み寄って、膝を折った。

 

「恐れながら、直訴をさせていただく。なあ、ここにいる方々は空の国でも最強の勇士だろう。それが、これだけ条件が整ってもなお、敵中を突破できねえってのか?」

「…………」

 

 国王は、黙って彼を睨み返す。

 その視線にも、シャルトは動じなかった。

 

「そんなはずはねえ。ここに籠って死ぬまで戦うか、自由な空に飛び出して新たな航路を求めるか、あとは陛下の号令次第ってことだ。で、さっき、忠実な諸君子が死ぬのを見るのは忍びねえと言われてたが。それなら、考えるまでもねえってことになるわな」

「き、貴様! 平民の分際で、なんたる無礼な……!」

「よい、バリー」

 

 気色ばんで杖を抜こうとするバリーに、国王は重々しくそう言って、首を横に振る。

 

「先王の代より三代にわたって仕えてくれたお前の、王室に対する忠義の気持ちはよくわかっておる。だが今は、控えてもらいたい」

「ですが、陛下……」

 

 異議を唱えようと国王の方に顔を向けたバリーが、はっとした。

 ジェームズ一世の頬を、涙が伝っている。

 

「余は、今日まで、始祖は常に天にあって我らを見守ってくださるが、それ以上のことはなさらぬと思っていた。戦場では御心に適おうが適うまいが、どちらの陣営にも味方はなさらぬ。泣くことしかできぬ無力な赤子の魂のみをお救いになるものだと、そう思っておった」

 

 国王は涙を拭うと、老身を玉座から起こし、立ち上がる。

 

「だが、今こそ我らは真の始祖の祝福の証を得た。始祖は決戦の場に向かう我らのために、諸国から、そして平民の中からも、伝説の中からも、万軍に勝る御使いを遣わされたのだ」

 

 人々はざわめいた。

 先ほどから沈黙を保っていたジェームズ一世が、彼らの主君が、提案を受け入れる意向を示したのだ。

 

「余は、これを始祖からの祝福であり、啓示であるものと信ずる。明日の戦で余は船に乗り、敵の陣中を突破するべく打って出る」

 

 国王は厳かにそう言って、臣下たちを見渡した。

 

「従えとは言わぬ。この期に及んで浅墓な夢を見る愚王に失望し、ここに残って籠城戦を行うのも、女子供と共に『イーグル』号で地上へ下るのも、諸君らの自由である。誰も咎めはするまい」

 

 彼らは顔を見合わせる。

 そんな周囲の様子を確かめたウェールズが進み出ると、父王の前に膝をついて頭を垂れた。

 

「……陛下。おそれながら、この期に及んで何を申されようとも、彼らの気持ちが変わることはありますまい」

 

 彼は不敵な笑みを浮かべた顔を上げると、真っ直ぐにジェームズ一世を見た。

 

「先ほども申した通りです。みな、最初から、ただ一つの命だけを待っております。『全軍前へ、この王に続け』と!」

 

 一瞬の沈黙があった。

 次いで、誰からともなく、まばらな拍手の音が起こる。

 それはすぐに万雷のごとくになり、嵐のような歓声がそれに続いた。

 みな口々に、陛下万歳、殿下万歳、アルビオン万歳と叫び、さらに始祖、ルイズらの母国である他の国々、船長や空賊長などを称える声が、それに加わる。

 

(……まとまった……みたいね……)

 

 リリーは気が抜けて膝から崩れ落ちそうになるのをどうにか堪えて、大きく息を吐いた。

 船長が横から口を挟んできたときには、なにもこんな肝心な時に邪魔をしなくてもいいだろうに、と思ったものだが。

 自分としてもどこかの段階で最終的な決定権のある国王陛下に話を持っていかなくてはと考えてはいたのだが、どうしたものかと悩んで踏ん切りをつけられずにいたところを、うまいことまとめてくれたわけだ。

 

(さすがに本物の船長さんだけあって人を動かし慣れてるみたいね、頼りになるわ……)

 

 そんな彼女の胸中など知る由もなく、ウェールズはにこやかな笑みを浮かべて彼女と、そしてギルベールの方に水を向けた。

 

「どうだろうか、ギルベール伯。そして、リリーシャロン殿。この上、三戦目などは、もはや必要ないのではないかな?」

「……御意」

 

 ギルベールは皇太子に深々と頭を垂れると、リリーのほうに向きなおって、それとほとんど同じくらい丁重に頭を下げた。

 

「誉なる女空賊どのに、先ほどは失礼なことを申しました。どうかお許しを」

「いえ、あなたにはあなたの信念があってのことでしょうし」

「しかし……」

 

 彼は顔を上げて、言葉を続けようとした。

 命を懸けて信条を通そうというリリーの志には敬意を表するが、しかし、平民がドラゴンに乗っていても迎撃の役には立たぬはず。

 もはや計画を止めるために戦おうなどとは言わないが、アルビオンからの代表としてあなたの代わりに、あるいはあなた方に加えて、私をそのドラゴンに乗らせてほしい。

 

 そう、言うつもりだったのだが。

 

「あなたへの敬意の印です。受け取っていただけませんか?」

「……っ!?」

 

 リリーに自分の胸元を示されてそちらに目をやったギルベールは、息を吞んだ。

 いつの間にかそこに、百合の花の押し花が挿されていたのだ。

 彼は愕然とした。

 

(この者は、いつの間に私の胸に花を……気付かせもせずに……っ!)

 

 それはすなわち、気付かれぬうちに胸元を貫くこともできたということではないか。

 ギルベールは先のエルマンやマティアスとの戦いを見て、リリーが並外れた技量を持つメイジ殺しだと認識していた。

 だが、それは彼女の手の内の、ほんの一端でしかなかったようだ。

 

(この女性は、なにか……こちらの理解の及ばない、並外れた力を持っている……らしいな)

 

 空の国でも屈指の強者である彼は、直ちにそれを悟った。

 ギルベールは己の力に自信を持っているが、それが決して通常の戦場において想定される強者の枠を超えるものではないことも知っている。

 幾万の敵軍の中を突破する船を護衛するという、此度の並外れた任務においては微力でしかあるまい。

 

「……もちろんだ。これほど有難いことはない」

 

 彼は俯いて悔しげに顔をゆがめたが、再びその顔を上げた時には、笑顔になっていた。

 

「どうやら此度の任務に真に必要なのは、私でなくあなた方だったようだ。よろしくお願いする」

 

 そう言って手を差し出し、しっかりと握手を交わす。

 

「光栄です」

 

 リリーはそれに応じながら、ほっと胸をなでおろした。

 どうやら、彼も納得してくれたようだ。

 

 とはいえ、話がまとまったということは明日には自分も戦場に出なくてはならないと決まったわけで、いつまでも気を抜いている場合ではない。

 口では絶対に成功すると確信しているみたいなことを言ったけれども、もちろん戦争なんて何が起こるかわからないもので、あっけなく死ぬ可能性は普通にある。

 自分もそうだし、ウェールズらも、もちろんルイズらもだ。

 

(明日までにもう一度、やり方をしっかり確認し直しておかないと……)

 

 そんなことを考えていたら、視界の隅にふと、ワルドの姿が見えた。

 

(……そういえば、あの人。さっきからぜんぜん口を挟んでこなかったわね?)

 

 普段なら、彼女はそういうことには割と目聡いほうなのだが。

 今回はさすがにアルビオンの人々を説き伏せることで頭が一杯で、彼がついさっきまでそもそもこの場にいなかったことには気付いていなかった。

 

 

「……くそっ。どこへ行った?」

 

 おそらくはいたたまれなくなって会場を出て行ったのであろう(実際にはリリーの演出に付き合う準備をするために一時的に席を外していただけなのだが)ルイズを慰め、明日に向けてもう一押し好感度を稼いでおこうと、ワルドは宴席を抜け出し、彼女の姿を求めて城のあちこちを探して回った。

 しかし、どこにも見当たらない。

 いかにも彼女が行きそうな場所(ワルドが知っていた幼少期の頃の彼女ならということだが)から、行きそうもない場所まで見て回ったものの、見つけることはできず。

 やむなく一旦会場付近に戻ってきたところ、先ほど以上に中のほうが盛り上がっている様子だった。

 

(負け犬どもが。明日の名誉ある玉砕とやらに、ずいぶんとまた幻想を抱いているらしいな?)

 

 そんな皮肉っぽい思いに口の端をゆがめながら扉を開けて中に入ると、何やら熱狂的に盛り上がっている人々の輪の中に、探していたルイズの姿があった。

 

(ふん。自分で気持ちの踏ん切りをつけて、戻ってきていたのか……)

 

 思ったよりは大人になっていたらしいな、などと考えながら、ワルドは軽く肩をすくめる。

 

(……まあ、いいさ)

 

 ちょっとした好機を逃しはしたが、大勢に影響はあるまい。

 彼女を慰めるついでに明日の結婚式のことを切り出して口説き落とそうかとも思ったが、よくよく考えてみれば先のラ・ロシェールでの反応からいっても、まだ子供で結婚までは思いきれずにいるようだし。

 

(下手に今の段階で話を振るよりも、明日の朝になってから式を挙げると宣言し、そのまま礼拝堂に連れて行って勢いのまま押し切ってしまうほうが話が早かろう)

 

 ワルドはそう結論し、これはうまい手だと自分の考えに満足してほくそ笑んだ。

 踏ん切りがつけられずにいるルイズも、その日の内にも王族としての誇りを全うして戦場で散っていく皇太子の執り行う最後のめでたい祝いの場という形でお膳立てをされては、拒むわけにはいくまい。

 一度始祖の名において誓いを立てさせてしまえば、後はどうとでもなる。

 そのうえ、明日の朝はみな最後の戦の支度で忙しく、おそらく式場にはウェールズだけか、せいぜいごくわずかな介添役が共に来るくらいだろう。

 隙を見て彼の命を奪い、王族の首を取ったという名誉と、トリステインとゲルマニアの同盟を白紙に戻させうる手紙という手柄とを同時に懐に収めることも容易いはず。

 

(俺はなんと幸運に恵まれているのだろう。これこそが『始祖の思し召し』というものではないか!)

 

 そうと決まれば、あとは当日の朝に間違いなく式が執り行われるよう、ウェールズに念を押しておくだけだ。

 ワルドは己の上に大いなる栄光がもたらされるであろう明日のことを思って、うきうきとそんな皮算用を立てながら、人々の輪に囲まれてもてはやされているらしいウェールズにどうにか近づいて声をかけた。

 

「なんとも盛大な宴ですな、ウェールズ殿下」

「おお、子爵! 君か!」

 

 ウェールズは満面の笑みを浮かべて、そんなワルドに応じた。

 これまでも明日死ぬ身だとは思えないほどに明るく振る舞っていたが、今はひときわ、心から喜んでいるように見える。

 周りの貴族たちも、おおむね彼と同じようだった。

 

(ふん。最後が近づいてきて、いよいよ虚しい空元気が高じたか)

 

 そんな彼の冷ややかな胸中などつゆ知らず、ウェールズはにこやかに話しかける。

 

「君は、なんとも幸運な男だな! あのような素晴らしい女性たちの一人を妻にできるとは!」

 

 くれぐれもあのヴァリエール嬢を大切にして、誰よりも幸せにしてやりたまえ、というウェールズの言葉に、ワルドは如才のない笑顔で頷いた。

 ちなみにルイズやその他の女性たちは、貴族や船員たちにわいわいともてはやされていて、彼らのやり取りには気付いていない。

 

「つきましては、殿下には明日の式の件を、くれぐれもよろしくお願いいたします。大切な日ゆえ、決して多くの列席者などは望んでおりませぬ。殿下だけに見届けていただければ、それでよいのです」

「もちろんだ。忙しくなるからといって、君との約束を反故にしたりはしないさ」

 

 ウェールズはそう言って頷きを返す。

 双方の親族の列席もなく式を挙げるのは貴族の婚姻としては極めて異例だが、今のような状況下ではそれもやむをえまい。

 無事にやり遂げて生きて帰るつもりだとはいっても、戦場では何が起こるかわからないのだ。

 ならば、せめて式だけは挙げてから決戦に臨みたいと思うのは無理もないこと。

 大いなる恩義を受けた身として、それに応えるのは当然のことだ。

 

「……しかし。式はよいとして、明日はそのあとに、君がどうするつもりなのかを聞いていないが」

 

 ウェールズは、トリステインからの大使一行の中で、彼だけがさっきのやり取りに加わっていなかったのを思い出した。

 

「どうするつもりなのか……と、いわれますと?」

「決まっているだろう。君も彼女らと共に、タバサ嬢の使い魔だというドラゴンに乗るつもりでいるのかい?」

 

 ああ、帰る手段のことを聞いているのかと、ワルドは納得した。

 確かに式を挙げるとなると、避難民たちが乗る船の出航時刻には間に合わなくなるかもしれない。

 

「いえ、私にも乗騎のグリフォンがおりますので。事が済んだ後はルイズと共にそちらに乗って帰りましょう」

「そうか……」

 

 ということは、彼女らとは別にグリフォンに乗って、船の護衛に出る気でいるのか。

 ドラゴンでも危険な任務だが、小回りが利くとはいえ速度の面でも戦力的にも大きく劣るグリフォンでは、なおのこと命がけの戦いになるはずだが。

 

「さすがは、トリステインの誇るグリフォン隊の隊長だな」

 

 そんな風に感心したウェールズと別れて、ワルドはさて、と考えを巡らせた。

 

(今のウェールズの話からすると、連中は避難民と同じ船ではなく、あの青髪の小娘の使い魔に乗って地上に戻るつもりでいるわけか)

 

 まあ、それならそれで何の問題もないだろう。

 手紙を持っているのはルイズなのだから、新婦をグリフォンに乗せて一緒に帰るといって彼女だけこっちに引きとってしまえば、あとは他の小娘どもがどうしようと関係ない。

 船に乗って帰ろうがドラゴンに乗って帰ろうが、そんなことはどうでもいい。

 

(とはいえ、『ガンダールヴ』には事前に話を通しておかんとな)

 

 使い魔である彼女は、何も言わなければ当然、ルイズと共に残るだろう。

 明日の式のことを伝えて残るか去るかを決めさせ、場合によっては始末しなくてはなるまい。

 

 ワルドはそう考えると、平民の割に妙に大勢に取り巻かれてちやほやされているリリーに声を掛けられる機会が来るのを待つことにした……。

 

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