7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
礼拝堂の扉に貼り付けられたリリーとウェールズからのメッセージを読んだワルドは、しばしの間顔を朱に染めて、身を震わせていたが。
やがてはっと我に返って踵を返すと、真っ直ぐにニューカッスルの地下にある鍾乳洞の港へ向かった。
「ええい、どけ!」
港にはニューカッスルから疎開する人々が『イーグル』号に乗り込むため、列をなして並んでいる。
ワルドはそれらの人々を乱暴に押しのけながら、ルイズの姿を探した。
その目は吊り上がり、いつもの如才のない表情がすっかり崩れて、冷血な爬虫類を思わせるようなものに変わっている。
「ルイズ! どこだ、ルイズ!」
強引に船に駆け込み、座り込む隙間もないほどに人が詰め込まれた難民船の間を搔き分けながらそう叫んで、目を皿のようにして彼女の姿を探し求めた。
だが、ルイズも、その同行者たちも、船のどこにも見当たらない。
『君も彼女らと共に、タバサ嬢の使い魔だというドラゴンに乗るつもりでいるのかい?』
しばらく無為に探し回った後で、ようやくワルドの血の上った頭に、昨夜ウェールズが言っていた言葉が思い起こされた。
「……くそっ!」
呻きながら、船の外へ飛び出す。
そのまま港の隅々まで飛び回って探したが、ドラゴンの姿などどこにもない。
(ええい! まさか、もう出立してしまったのではないだろうな……!?)
ワルドは鍾乳洞の片隅で落ち着きなくいらいらと靴底を鳴らしながら、次にどうするべきかを考えた。
この旅における自分の目的は、大きく分けて三つだ。
一つは、ルイズを手に入れること。
自分の最終的な目的を達成するためには、彼女はぜひともほしい人材だった。
もう一つは、ルイズがもっているアンリエッタの手紙を手に入れること。
それは今の自分が真に所属している組織、『レコン・キスタ』において、大きな手柄となるだろう。
そして最後の一つは、同じく大きな手柄となるであろう、ウェールズの首をとること……。
(そうだ、ウェールズだ)
彼なら、ルイズが今どこにいるかを知っているかもしれぬ。
連中の言い分では彼女の結婚を拒む意志は固いということだったが、自分が直接説得してやれば、あるいは考えを変えるかもしれぬ。
そうでなくとも、少なくとも彼女の持つ手紙だけは手に入れておかなくては。
ウェールズ自身のことにしても、そうだ。
人目のなくなる礼拝堂に媒酌を口実に呼び出して暗殺する当初の計画は潰えたが、状況次第では、まだ開戦前に彼の命をとれる可能性はあろう。
(ここまで順調に来ていたこの俺が、この土壇場にきて、すべて取り逃すなどということがあってたまるか!)
ワルドは急いであたりを探し、どうやら避難民ではなさそうな、人々の誘導などの作業に当たっている男に目をとめると、彼の腕をつかんで自分に注意を向けさせた。
ちなみにこの男は、今日まで反乱軍に下ったり逃亡したりすることもなく生き残った、王党派では数少ない平民の兵士の一人である。
魔法で船を守ることのできない平民には今日の決戦では出る幕がなく、かえってお荷物になってしまう。
そのため、彼らは昨夜のうちに国王および皇太子から直々にこれまでの忠義に対して厚く礼を述べられると共に、全員が騎士爵の叙勲を受け、避難民を守って先に地上へ降りるよう命じられたのだ。
「教えろ! ウェールズはどこにいる?」
その兵士は、彼の剣幕と、自国の王族を呼び捨てにする非礼な態度とに戸惑いながらも、質問に答えた。
「えー。ウェールズとは、殿下のことですか? さあ、正確なところまでは存じませんが。予定どおりなら、もう船に乗っておられるのではないかと……」
「船だと? ウェールズは避難民に混じって、地上へ逃亡する気だというのか?」
彼の言葉に兵士は軽く目を剥いて、顔をしかめる。
「……馬鹿なことを。船ってのは、この『イーグル』号のことじゃありませんよ。敵の陣中を突破しにかかるやつのほうに決まってるじゃありませんか」
「一体、なんの話をしている。陣中を突破?」
ワルドは苛立ちながらも、怪訝そうに問い返した。
応対している兵士も、同じように怪訝そうな面持ちになる。
「そうですよ、昨夜の決定どおりです。当初の籠城の予定を変更して総員で船に乗り込み、打って出る。反乱軍の攻撃がいつ始まるかもしれんのですから、今ごろは殿下も陛下も、他の士官たちも既に準備を済ませて、船で待機しておるはずでしょう?」
「なんだと……!?」
初めて聞く話に、ワルドは驚いた。
あの連中は、最後まで粘り抜いた果てにネズミのように狭苦しい穴倉に追い詰められて死ぬことに耐えかねて、突貫して死ぬことに決めたのか。
(……ええい、いまいましい! 死に際くらいは大人くしていればよいものを……!)
普段のワルドなら、負け犬どもが自己満足の死にざまなどをどう定めようが興味もないと鼻で笑うだけだろう。
だが今は、ウェールズという手柄首を自分の手でとれるかどうかと、ルイズや手紙の行方に関する手がかりとがかかっているのだ。
「その船は、今どこにあるのだ!」
今にもつかみかからんばかりのワルドの剣幕に兵士はたじろぎ、不審そうにしながらも、首を横に振った。
知らないことは教えようがない。
「先ほども言ったとおり、正確なところは存じません。私は船乗りじゃないんで、雲海の中の航路なぞには詳しくないのです」
「雲海だと?」
「今ごろはこの港の外に広がる雲海の中のどこかに待機して、敵軍の動向を見ながら機をうかがっておるはずですよ。敵軍の城への突入が始まって、誰もかれもが一番乗りだ、手柄首だと血気に逸り、注意がそちらに集中した隙こそが突破の好機でしょうからな」
「……ぐっ!」
ワルドの顔が、怒りでみるみる紅潮していく。
なんということだ。
皇太子は既に、この城を出てしまったというのか。
そればかりか国王も、他の貴族も全員が。
(それでは手柄首になりそうなものは、ここにはもう何も残っていないということではないか!)
実をいえば、彼が狙っていたターゲットのひとつであるアンリエッタの手紙は、まだここに残っている。
先ほど彼が駆け込んだ『イーグル』号に登場している貴婦人の一人が、懐に納めていたのだ。
ルイズらは、もちろんウェールズらを無事に地上に降りさせるつもりでいるし、自分たちも生還するつもりでいるのだが、とはいえ、絶対に成功するとまでは言い切れない。
万が一の場合に備えて、最低限、当初の目的である手紙だけは、アンリエッタの元に届くように手配しておかなければならない。
そのため、ウェールズとも相談の上で、先に地上に降りる避難民の中で身分が高く信用も厚い一人の貴婦人に手紙を託しておくことに決めたのだ。
自分たちが生還できなかった場合にもトリステインにとって重要な手紙を持参したという事実があれば、避難民の扱いがいくらかは良くなるだろうという計算もあってのことである。
とはいえ、そんなことはもちろん、ワルドには知る由もない。
(こんな平民の雑兵や避難民どもの首級など、あげたところで何の足しにもならん……!)
ワルドはそう歯噛みをしながらも、あまりに彼の顔がものすごい状態になっているので浮足立っている兵士に、さらに問いかけた。
「……では、ドラゴンはどこへ行った! 俺と一緒にここに来た連中が乗った、ドラゴンがいたはずだ!」
自国の皇太子の居場所ならともかく、昨日来たばかりの大使の使い魔の行方などを一回の兵士が知っているとも思えないが、それでももしかしたらという一縷の望みにかけて、そう尋ねてみる。
すると、今度はいいほうに予想が裏切られた。
「あ、ああ。リリーシャロン空賊団の方々の乗ったドラゴンですね。あの方々も、その、正確なところはもちろん存じませんが。既に配置について、出番を待っておられるのではないかと……」
兵士はワルドの機嫌をうかがいながら、おそるおそるそう返したのだ。
「出番……だと?」
「え、ええ。その、ほら。昨夜のお話のとおり、戦場での護衛役を……」
口ごもりながら、兵士は聞かれるままに答えを返す。
何度か質問を繰り返すうちに、ワルドはようやく、昨夜からの話の流れをある程度理解した。
(な……。こいつらが一縷の望みにかけて打って出るのはいいとしても、ルイズがそれに付き合って護衛をする、だと!?)
まさか成功するなどとは、さすがに思ってはいるまいし。
大方、いざとなれば風竜に乗っているのだから敵を振り切って逃げるくらいはできる、せめてウェールズの最後だけでも見届けてアンリエッタに伝えてやろう、とでも思っているのだろうが。
戦場を知らぬ女子供のすることとはいえ、無謀だとしか言いようがない。
(ええい! 大方、あの使い魔が自分の少しばかりの腕を過信して、主人に馬鹿げたことを吹き込みでもしたのだろうが!)
どこまでもいまいましい輩だと、ワルドは内心で吐き捨てた。
だが、嘆いていても仕方がない。
「……そうか、もういい!」
そう叫ぶと、不安そうな兵士を捨て置いて、港の出口へ駆け出していく。
急いで乗騎のグリフォンを呼び出して、それに飛び乗った。
(視界の効かぬ雲の中であっても、俺が感覚を研ぎ澄ませば動いていく船の起こす風の流れ程度は感じ取れるはずだ!)
それを頼りに、連中の居場所を見つけ出すしかない。
ウェールズが船の中で大勢の部下と共にいるとしても、隙を見て刺し殺す機会はあるかもしれない。
護衛役を務めるつもりだというのなら、ルイズらもその近くにいるはずだ。
まだまだ、掴んだ得物を取り逃してはいないのだと、ワルドは自分に言い聞かせた。
彼にはこの城を抜け出して、今掴んだばかりの王党派の最後の反撃、逃亡の試みに関する情報を手遅れにならないうちにレコン・キスタに持ち帰ることで、それを手柄にするという選択肢もあっただろう。
だが、当初の大手柄の予定に、未来の野望につながるルイズを手に入れることに固執している今のワルドには、そのような妥協策への切り替えは思いつかなかったし、受け入れられなかった。
たとえ誰かに提案されたとしても、拒否したに違いない。
「……い、一体なんだったんだ? あの人は?」
去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、兵士は困惑してそう呟いた……。