7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「みな、自分の持ち場についたか? 準備は万端か。なにか問題はないか?」
シャルト船長の快速船、『レゼール・ドゥラ・リベルテ(自由の翼)』号に乗り込んだウェールズは、今や遅しと敵陣突破の命が下るのを待つ部下たちに、最後の確認を呼び掛けた。
船は余分な積み荷や砲をすべて下ろすことで正しく大空を駆ける翼のごとく軽量化され、代わりに大志を抱くメイジたちを満載している。
「はっ、もちろんです!」
「問題など、なにもありはしません。あるとすれば、これ以上、あまり長くは待たされたくないということくらいですな」
「よし……」
すべて問題のないことを確かめると、ウェールズは甲板に上がり、戦場の様子を確認した。
反乱軍は既に戦端を開き、地上軍は城門を打ち破り手柄を勝ち取らんとして、城に大挙して押し寄せている。
上空からは船団が城に接近して砲撃を加えているが、城内に残したガーゴイルの守備隊が迎撃して、数隻に被害を与えたようだ。
(反撃を受けたことで、敵軍はさらなる戦力を城攻めに投入してくるだろう。一度動き出した大群は、すぐには矛先を転じることができなくなる)
この船は小型の快速船であり、しかも積み荷や砲を捨てて、限界まで船体の重量を減らしている。
対する敵側の船は、大型の軍艦ばかりだ。
城内のメイジを満載していてかなり定員オーバーだが、風メイジたちの後押しによる加速も考慮すれば、速度ではまず負ける気遣いはない。
つまり、敵側の航空戦力があらかた城の方に向かったのを見計らって出撃すれば、少なくとも船に追いつかれ進路を塞がれて包囲圧殺されるようなことはない。
後方から砲撃を加えることはできようが、大きく距離が開いていれば威力も精度も落ち、船の防衛にあたっているメイジたちの魔法で十分に防ぐことができる。
(地上からの砲撃は、適切な高度を保ってさえいれば届きはしない。メイジや飛行可能な幻獣類が地上から攻撃にきたとしても、速度はたかがしれているし、急な事態で部隊を編成している余裕もなく、少人数ずつでの散発的なものになるだろう。こちらはメイジの大部隊が迎撃にあたるのだから、問題にならない)
残る問題は、敵艦から発進して向かってくるであろうアルビオンの誇る精鋭部隊、竜騎兵隊だ。
彼らの速度は短距離ならば船のそれを圧倒的に上回っており、振り切ることは到底不可能。
とはいえ、戦場で鍛え抜かれた百を超える精鋭の軍人メイジが迎撃にあたるのだから、数騎、十数騎、あるいは数十騎が相手でも、迎え撃って倒せないことはないかもしれない。
だが、それは広く堅固な地面の上で戦うならの話だ。
ここは船上ゆえ自由に身動きは取れず、討ち漏らしたドラゴンの吐く炎のブレスを浴びれば船体は炎上して消火作業にも人手を割かねばならなくなり、大混戦に陥るのは必定。
竜騎兵隊の主力である火竜のブレスは、ドラゴンの喉元にある器官に蓄えられたある種の油を発火させて吐き掛けるもので、岩をも溶かす極めて大きな熱量をもつ。
多少の耐火処置程度では木造の船体の炎上を防ぐことはできず、消火も容易ではない。
船体へのダメージが重なって航行不能に陥ったり、船速を緩めざるを得なくなったその隙に敵の艦隊に間合いを大きく詰められたりでもすれば、万事休すだろう。
(……我々だけでは、やはり成功の望みは薄いだろうな)
だが、今の王党派には、心強い味方がいるのだ。
「頼んだぞ、他国からの友人たちよ……」
そして、『空賊リリーシャロン』よ、と。
ウェールズは遠く霞む雲海の彼方に目を向けながら、そうひとりごちた。
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ワルドは『マリー・ガラント』号の甲板に降り立つと、まずは身をひそめて周囲の様子をうかがった。
見たところ、甲板にはウェールズやルイズらの姿はないし、ごく少数の人員しかいないようだ。
先の情報によれば、王党派の生き残ったメイジのほぼ全員が船に乗っているはずだが。
(ふん。貴族派に見つからぬために、息を潜めているというわけか)
船内からは物音はほとんどしないが、貴族派に先に見つかってはおしまいなのだから、それはそうだろう。
甲板で物見や戦闘準備の作業に従事しているらしい少数の人員たちも、鎧を着込んでいるが、あまりやかましい音は立てていない。
ワルドはそれを確認した上で、さてどうするかと考えた。
(このまま身を隠して、船内に潜り込むか? ……いや、それは難しかろうな……)
甲板には大した人数はいないが、船全体では百人を優に超える数のメイジがいるはずなのだから、船内は相当な密集状態だろう。
その中を見つからずに動き回ること、誰にも気取られずにウェールズを暗殺することは、いかに自分といえども不可能に近い。
と、なれば。
「すまない。昨日、トリステインから大使として来た者だが」
ワルドは隠れるのをやめて堂々と姿をあらわし、甲板の上で作業をしている人員の一人に近付いて話しかけた。
その兵士は作業の手を止めると、ワルドの方に顔を向けた。
何用かと問いかけるようなその視線への返答として、ワルドが用件を伝える。
「ウェールズ殿下に至急お伝えせねばならぬことができたので、ここに呼んでもらいたい。忙しいだろうが、件の手紙に関わる話なのでどうしても来てほしいと伝えろ。それから、内密の話なので人払いをしてもらえるように、とな」
こう言えば、来ないわけにはいかないだろう。
こいつらは船上での見張りや砲の準備といった雑務に勤しんでおり、マントもつけていない。
明らかに平民の兵士であり、件の結婚式に関する話などまず知らないだろうし、仮に急に船上に姿をあらわした相手のことを不審に思ったとしても、貴族、それも他国からの大使に声を掛けられては、無碍にはできまい。
ワルドはそう計算したのだ。
(開戦の直前となれば、そちらのことに気を取られていて、かえって無警戒に応じるかもしれんからな……)
あるいは、そんな理由はどうせでっちあげで、先の結婚式の件に関して態々苦情を言いに来たのだろう、とでも思われるかもしれない。
屈辱的ではあるが、どうあれ来たものを無視しておくことはできないだろうし、どのみち公にするような話ではないことに変わりはないので、警戒さえされていなければやはり人払いはしてもらえるはずだ。
(この際だ、何でも利用してやるッ!)
上手くいけば、開戦の直前に暗殺が間に合う。
最悪、それが駄目でも、ルイズらの居場所くらいはどうにかして聞き出さなくてはならない。
手紙のことで彼女に伝えねばならぬことができた、先の結婚の話とは別件で本当に急を要するのだとか何とか、迫真の演技で信じさせ、呼び出させることができれば……。
「――――」
その兵士はしばしの沈黙の後で、感情の抑揚があまり感じられない声で返答した。
「――伝わるよう、取り計らいます」
そう言うと、踵を返して船内に向かっていく。
(よし……!)
ワルドはその兵士の後ろ姿を見送りながら、さあかかれ、のってこいと、心の中でウェールズに呼びかける。
だが、彼は考え違いをしていた。
ウェールズをはじめとする王党派の貴族たちが乗っている船とはシャルト船長の快速船のことであり、先日拿捕したこの船ではない。
この船のほうは、ウェールズらの脱出をサポートするための囮として使われる予定になっている(そのために『イーグル』号のほうは相当なすし詰め状態になるが、地上へ降りるまでのごく短時間のことなので、避難民には我慢をしてもらうことにした)のだ。
こちらの方が船体が大きいことや、囮役を務める関係から快速船よりも先に行動準備を開始して動き出していたことなどもあって、ワルドはそちらの風の流れを辿り、誤った方に着いてしまったのである。
甲板で動いている兵士たちはすべて、王党派の土メイジが作ったガーゴイルだ。
一見した程度では全身鎧を着込んだ人間と見分けがつかない外見であり、土系統の専門家でもないワルドは気が付かなかった。
彼らは戦場で的確に状況に応じた行動をできるように高い判断力を持たされており、当然、急に姿をあらわしたワルドや彼の要求に関しては不審だと認識している。
とはいえ、戦闘以外のことに対処するのは専門ではないため、責任者に報告して判断を仰ぐことにしたのだ。
「――指揮官殿」
「どうした、なにかあったのか?」
操舵室にいる指揮官は、昨晩リリーと決闘をしかけていた、ギルベール准将――の、『偏在』だった。
風系統の奥義とされるスクウェア・スペルによって生み出される、意思と力を持つ本体の分身体。
彼は現在の王党派で唯一生き残っている、ワルドと同じ風のスクウェア・メイジなのだ。
囮役として戦場で散る予定の艦に人間をのせるわけにはいかないので、彼の偏在が指揮にあたっている、というわけである。
准将と同等の判断力、統率力で命令を下せるから船の指揮も十分に務まるし、本体との情報共有もできるので、快速船側との連携という面でも理想的だ。
「――以上です。いかがいたしますか」
ガーゴイルの兵士は、事の次第を彼に報告すると、そう尋ねた。
(……トリステインからの大使であるワルド子爵が、突然この船の甲板に現れた……だと?)
ギルベールは、眉をひそめて考え込む。
(この船が港を出たときには、絶対に乗ってはいなかった。向こうの船でも姿は見ていない。となると、出港後に港から、雲海を搔き分けてまで乗り込んできたことになるが……)
その目的は、本当に、本人が申告したようなことなのだろうか。
あの男だけは、ドラゴンに乗って船の護衛にあたる任務に立候補していなかった。
昨夜は彼とヴァリエール嬢のため、出立前に少し時間を割いてやらねばならないと言っていたウェールズ皇太子は、今朝になってそれには及ばなくなったと言っていた。
なにがあったのか、詳しいことまでは尋ねなかったものの、どうも彼に対して呆れているような様子だった気がする。
「……うむ。わかった」
少考した後に、ギルベールは方針をまとめた……。
・
・
・
(! きたか!)
ウェールズが来たらどう話を持っていこうか、もし断られたらどうするか、など、この先の進め方を考えながらじりじりした気分で待っていたワルドは、船室への扉が開いてウェールズ皇太子が姿を現したのを見て、心の中で快哉を叫んだ。
こちらの希望した通り、供は連れてきていない。
さっきの兵士を伴っているだけだ。
(よし! これでもうこっちのものだッ!)
後は人気のない隅へでも移動し、ルイズの居場所を聞き出した後で刺し殺すだけだ。
仮に気取られても周囲にいるのは平民の兵ばかりで、目撃者を皆殺しにしてしまうのもごく容易い。
たとえ彼がルイズの居場所を教えることを拒んだとしても、何者かに皇太子が殺されたと騒ぎになれば、護衛役は何をしていたということで、連中もここへ呼ばれてくるはず。
その隙を見て、ルイズも手紙も奪ってしまえばいいのだ。
「用とはなにかな、子爵どの」
「は……。しかし、余人に聞かせるべき話ではございませぬゆえ……」
そう言って、彼が伴っている兵士にちらりと目を向ける。
平民の兵くらいはいてもどうとでもなるだろうが、不確定要素は少ないほうがいい。
ウェールズはわずかな沈黙の後で、その兵士に手を振って元の持ち場に戻らせると、ワルドを物陰に招いた。
ワルドは内心嬉々としてそれに続く。
「これでいいかな? 何分、私も忙しい身なので、早めに済ませてほしいのだが」
「そう長くはかかりませぬ」
ああ、もうすぐ終わらせてやるさと胸中で嘲りながら、ワルドはあらかじめ考えておいた設定を並べたてる。
「話というのは、ラ・ヴァリエール嬢のもつ手紙の処遇についてです。彼女は、此度の殿下の戦の顛末を見届けてから帰ると申しておりましたが、私はアンリエッタ姫殿下より、何があっても手紙だけは持ち帰らねばならぬと念をおされております」
ウェールズは片眉をあげたが、彼は構わずに言葉を続けた。
「万が一のことがあってもなりませぬゆえ、私のグリフォンに手紙を持たせて先に帰らせたいのです。ルイズには例の式の後にその旨を伝えようと考えていたのですが、恥ずかしながらご存じのように、彼女の変心により中止となりましたので、こうして追って参った次第。その旨を伝え、こちらに手紙を持参させていただければと……」
どうだ、この理屈ならば文句のつけようがあるまいと、ワルドは考える。
ウェールズは黙って、ただ彼の目を見た。
「……用件は、それだけかね?」
「はっ。既に城の方で戦端が開かれている様子ですので、事は急を要するかと」
ワルドがそう言ったのを受けて、彼も頷きを返す。
「そうか、ご苦労だった。何も気遣いは要らぬ。君はそのまま自分のグリフォンに乗って、地上へ帰りたまえ」
あまりにも素っ気ない、不躾とさえいえる態度に、ワルドの顔にさっと朱がさした。
「……どういうことです? この状況がわからないのですか! 私は姫殿下に手紙を!」
「だから、そんな心配はもう無用だと言っているのだ」
ウェールズは彼の気色ばんだ様子にもうろたえることなく、淡々とそう言った。
「そのくらいのことは、当然ラ・ヴァリエール嬢や他の大使の方々も考えている。無論、当方もだ。手紙は双方の合意の上で、昨夜のうちに地上へ届くよう手配してある」
「なっ……」
ワルドは、初めて聞く話に絶句した。
「したがって、彼女を呼んだところでもう手紙など持ってはいないのだから、呼ぶ意味はない。満足かね?」
「な、なぜ勝手に、そのようなことを!」
「勝手とは? ラ・ヴァリエール嬢がトリステインからの正式な大使として主務を帯びた方で、君はその護衛役の一人だと聞いている。主たる責任者からの合意を得た上でのことだ。手紙もアンリエッタ姫殿下の元に届くよう、間違いなく手配した。なにか問題があるのか?」
「ぐ……!」
ワルドは言葉に詰まり、顔を真っ赤にして、わなわなと身を震わせる。
その熱っぽいがどこか冷血な爬虫類じみた表情を見ても、ウェールズは少し顔をしかめただけだった。
ややあって、もう一度、言い聞かせるように繰り返す。
「……そのまま地上へ帰りたまえ、子爵。今の君は冷静さを欠いている。戦場に出られる状態ではない。このままここに留まれば、命取りになるだろう」
そう言われたワルドは顔をあげ、噛みつかんばかりに、ウェールズに尋ねる。
「ルイズはどこだ!」
「教えてどうなる? 聞いていなかったのか、手紙は既に」
「いいや、他にも用件があるのだ!」
彼の異常な剣幕にも、ウェールズは動じない。
「他にもだと? 君は先ほど、用件は手紙のことだけかと私が聞いた時に、そうだと答えたではないか」
そう指摘してから、窘めるように言葉を続けた。
「その用件とやらが未練がましく今朝の式の件を持ち出すことなら、取り次ぐことはできぬ。ラ・ヴァリエール嬢は今、そのようなことに心を砕いていられる状態ではないのだ。彼女への迷惑はすなわち、その護衛を受ける我々全体に対する迷惑ということでもある。状況を弁え、謹んでもらいたい」
「たかだか数人ばかりの小娘の護衛などが、何の違いになるというのだ! 死を目前に控えた身で!」
「それは、彼女らと我々に対する侮辱だな、ワルド子爵。だが、君は今、明らかに取り乱している。聞かなかったことにしよう」
気色ばみ、いきり立ち、外面も体裁もかなぐり捨てているワルドに対して、ウェールズの側はあくまでも冷静で落ち着いていた。
「案ぜずとも、ラ・ヴァリエール嬢には頼もしい供もいる。必ず生きて帰るだろう。君は地上で待ち、落ち着いてからゆっくりと話し合うことだ。先ほども言ったが、戦場に出れば命が危ぶまれるのはむしろ、今の君のほうだ」
「……ッ!」
ワルドは言葉を失い、屈辱に身を震わせていたが。
ややあって、急にその震えがぴたりと止まる。
そして、にわかに穏やかな表情に戻ると、顔をあげて天を仰ぎ、呟いた。
「なるほど……。こうなっては仕方がない。目的のうち一つの達成が不可能に、もう一つも困難になったのなら、残る一つだけでも確実に獲るしかなさそうだな……」
「目的とは?」
ウェールズの静かな問いかけに対して、ワルドは返答とも、独り言ともつかぬような調子で言葉を紡ぐ。
「一つは、ルイズ。もう一つは、アンリエッタの手紙。残る一つは……」
そこまで言ったところで、ワルドは突然バネのように素早く足の筋肉を弾けさせ、瞬時にウェールズの懐に飛び込んだ。
正しく二つ名である『閃光』のごとき速さで杖を引き抜き、瞬時に呪文の詠唱を完成させるや、ウェールズの胸を貫かんと青白く光るその杖で突きかかる。
だが、ウェールズは即座に後方に跳び退りながら負けず劣らずの素早さで杖を引き抜くと、その一撃をがっちりと受け止めた。
金属製の剣杖同士が打ち合い、甲高い金属音が響きわたる。
「ぬぅっ!?」
「……皇太子殿下のお命だ、というわけか」
確実に命を奪えると踏んでいた一撃を受け止められ、ワルドはウェールズが予想していた以上に腕の立つことに戸惑った。
ウェールズの姿をした男は、ぐっと腕に力を込めてワルドの一撃を払い退けると、距離を取って杖を構え直す。
「これでは、もはやなかったことにはできんようだな。子爵」
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「……殿下」
シャルト船長の快速船のほうで、ギルベール准将がウェールズに声をかけた。
「どうした、向こうで何かあったのか?」
「は。例の件ですが、ワルド子爵が会話の最中に激高し、私の偏在に襲い掛かりました。交戦中です」
そう、『マリー・ガラント』号の方でワルドの前に姿を現したウェールズは、『フェイス・チェンジ』の呪文で外見を装ったギルベールの偏在である。
ワルドがウェールズへの面会を希望していることを偏在を通して知ったギルベールは、直ちに彼に状況を報告し、ウェールズの口から今朝の式に関する一件についても詳しく知った。
当然、そんな男が急に不審なあらわれ方をし、不審な要求をしてきたのであれば、ウェールズ本人を会わせられようはずもない。
自分が代役として彼に会い、出方をうかがってみたところ、案の定問題が起こったというわけだ。
「なんと! あの男は無念のあまり、乱心でもしたのか!?」
「それもありえますな。そうでなければ、最初から裏切りを目的としていたのか。本人の口ぶりからは、そのようにも思えましたが……」
ギルベールはそう言って、肩をすくめた。
「いずれにせよ、早急に援護を出さねばなりますまい」
「うむ……、そうだな……」
とち狂っているにもせよ、相手がトリステインの誇る魔法衛士隊の隊長だとなれば、偏在一体では厳しいと言わざるを得ない。
船に乗っているガーゴイルらは操船用で直接戦闘には不向きだし、そもそも戦闘に参加させて破壊されるようなことになれば、この後の作戦行動に支障が出てしまう。
ましてや船を沈められるようなことにでもなれば、作戦の成否そのものに関わるような大被害になりかねない。
この土壇場になって、なんとも馬鹿馬鹿しいことだが、面倒な事態になったものだ。
「……仕方がない。何から何まで面倒をかけることになるが、上空で待機してくれている我らが『空賊団』に連絡を取り、協力を要請してくれ」
あちらの船まで最も早く向かえるのは、風竜に乗っている彼女らだから。
・
・
・
(ちぃいっ!)
ワルドは、目の前のウェールズの姿をした男に、剣杖による突きに呪文による風の刃を交えた息もつかせぬ連続攻撃を仕掛けていた。
甲板にいる兵どもは所詮は平民、自国の皇太子が襲われていても手を出してくる気概もないようだ(と、ワルドは思っているが、ガーゴイルらは本来の役目を優先するため、トラブルが発生したら距離を取って自分の身を守れと指示を受けているだけ)。
だが、船内には百を優に超える数の王党派のメイジがいる(と、ワルドは思っているが、もちろん船内作業担当のガーゴイル以外は誰もいない)。
そいつらに気取られては、さすがの自分も万事休すだ。
(船内に助けを求める余裕を与えぬよう攻め続け、早急に始末しなければ……!)
そう考えて全力を注いでいるのだが、相手は予想を遥かに超えて手強かった。
しかも、王族や指揮官だとも思えぬことには、部下どもに助けを求めに行こうとして逃げ腰になるどころか単身で積極的に打ち合いに応じ、隙あらば自分の方からも攻撃に出てくる。
「……デル・イル・ソル・ラ……」
「しッ!」
「ぐぅっ!?」
呪文で一気に片をつけるべく突きの中にやや長めの強力な呪文の詠唱を混ぜ込もうとした途端に、動きが単調化したのを即座に見咎められて厳しい打ち込みを受け、妨害された。
(……馬鹿な!)
戦場に身を置いているといっても、所詮は部下に守られて後方で指揮官として動いているだけのぬるい環境ではないか。
そんな温室育ちの王族などが、最精鋭の軍人メイジである自分と、対等に渡り合っている?
(そんなはずはないッ!)
ワルドは状況を打開するものを求め、周囲に視線を走らせた。
視界の隅に、物陰に身を隠すようにして戦況を見守っている兵士の姿を捉える。
(……! これだ!)
ワルドはこれまでは目の前の男を狙っていた風の刃を、不意にそいつに向かって飛ばした。
狙われた兵士型のガーゴイルはすぐに物陰に身を引いたが、咄嗟のことで避けきれず、胸部の甲冑に浅く裂傷を受ける。
乗員を狙われたことで、目の前の男の注意が一瞬、そちらに逸れた。
「今だッ!」
その隙を逃さず、ワルドは思い切り彼を蹴り飛ばすようにして間合いを離した。
同時に、詠唱を開始する。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
「むうっ!」
呪文を妨害するべくこちらも立て続けに攻撃を放つが、蹴り飛ばされて体勢が崩れた上に距離を離されたことで、ワルドの側には回避の余裕ができている。
軽業師のように跳ねて連撃を避けながら、ワルドは呪文を完成させた。
彼の体がぶれて分身し、本体と合わせて五体のワルドが出現する。
「……同時に四体の偏在か。愚か者とはいえ、腕はなかなかのようだな……」
ウェールズの顔をした男はそうひとりごちると、無駄な連撃をやめ、体勢を整えて杖を構え直した。
「同じ『風』の系統である貴様には、この呪文にこそ風の最強たる所以があることなどは、今さら講義する必要もあるまい」
ワルドは冷たい、あまり感情を感じさせない声でそう言うと、薄く笑った。
焦りは消え、余裕を取り戻している。
「よくがんばったものだ。だが、これで終わりだな、ウェールズよ」
四体の偏在を戦力に加えれば、もはや船内から少々の増援がやってきても問題ない。
ウェールズの命をとって脱出するだけの余裕は十分にある。
彼の死が伝わり、ルイズがやってくるようなら、それも悪くない。
女として自分になびく気がないというのなら、魔法を成功させたいという、力を求める心に訴えてやる。
世界を獲れることを伝えて、もう一度誘いをかけてやろう。
それでも応じぬような愚か者なら、仕方がない。
他の誰かの手にその力が渡る前に、首をひねるまでだ。
そんな算段を立てながら、五体のワルドは目の前の男に杖を向け、襲い掛かった。
男は防戦一方となり、全身にじりじりと傷を負っていく。
もはや勝ち目はなく、かといって背を向けて逃げようなどとすれば、その瞬間に蜂の巣になるだろう。
それでも、ウェールズの顔をした男はただひたすらに粘り続けた。
「往生際の悪いことだ。腐っても王族なら、最後は潔く覚悟を決めるがいい!」
「……そちらこそ、覚悟はできているのだろうな?」
「は? なんだと?」
「もう、時間切れのようだぞ」
怪訝そうにするワルドに、目の前の男が不敵に微笑む。
「なにを、……っ!?」
風の流れを感じ、はっとしたワルドが振り向くと、こちらに向かって上方から一抱えほどもある樽が飛んできていた。
(っ、こんなものなどッ!)
ワルドは瞬時に呪文を完成させ、風の槌を叩き込んでその樽を粉砕する。
だが、樽の中には液体が詰まっていた。
飛び散ったそれが、集まっていたワルドらに降りかかる。
「……ぐ!? ぐぉおぉおぉっ!?」
彼の偏在たちや目の前の男は何の影響も受けなかったようだが、露出した肌に液体を浴びたワルドはすさまじい熱と痛みに襲われてたじろいだ。
男はその隙を捉えてワルド本体を倒そうとしたが、それは彼の偏在たちによって妨げられる。
(なっ、なにが……!?)
ある種の酸を浴びせられて混乱したワルドは庇われながらよろよろと後退し、彼に代わってその偏在たちが視線を巡らせた。
偏在はその体が有機物ではなく風、魔力を帯びた空気によって構成されているために、酸の影響を受けなかったのだ。
下手人は、すぐに見つかった。
「ははは! 空賊流の戦いを見せてやるわ!」
「き、貴様……『ガンダールヴ』!」
船の上空にいつの間にか姿を現していた風竜の上に、女空賊長の扮装をしたリリーが立っている。
傍らには、他の少女たちの姿もあった。
「固体は砕けても液体は砕けぬ、これが空に生きる女の知恵よ!」
そんなことを言って、ビシッと決める。
「……なんなのよ、その芝居がかったセリフは……」
ルイズが戦場でも相変わらずな自分のパートナーの振る舞いに呆れたような目をして、そう突っ込んだ。
「あら、カッコいいじゃない?」
キュルケが少しばかり熱っぽい目でリリーの勇姿を眺めながら、楽しそうに笑う。
もっとも彼女としては、リリーには仮にも婚約者であった男の乱心にルイズが少しでも心を痛めなくて済むようにと、あえて冗談めかしてやや緊張感に欠けたような振る舞いをしている面もあるのだろう、と考えていたが。
「今のは『空賊リリーシャロン』シリーズの一つ『リリーシャロン修羅の国へ征く』で、彼女が大空賊『レッド・オルカ』と名乗り、通称『赤鯱戦法』で最強の敵である『海王』に一杯食わせたときのセリフ」
そんなマニアックな知識を披露してみせるタバサは、なるほどリリーは娯楽本のようなものからでも、積極的に戦術のヒントを探して取り入れているのだな、と感心していた。
彼女の使い魔であるシルフィードは特に何も言わなかったが、彼女ら風韻竜にとって第二の故郷とでもいうべきこの空の上に来たことで、活き活きとしているようだ。
「……さて、覚悟はいいかしら?」
リリーは少し厳しい顔つきになると、仲間たちと共に、シルフィードの上から甲板に降り立った。