7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第七話 素直じゃない子

 

 しいん……と、あたりが静まり返った。

 

 誰もが予想だにしなかった、リリーの『決闘』宣言。

 それを周囲の者たちが理解するまでに、少し時間がかかったのだ。

 

「け……、決闘だ!」

「それもおかしな平民の女水兵が、貴族に対して仕掛けたぞ!」

「あのロレーヌと、ヴァリエールの使い魔とが勝負をするって!?」

 

 数人がようやくそう声を上げると、たちまち歓声が巻き起こった。

 

「ち、ちょっと。待ちなさい! そんなことは認めないわ、取り消しよ!」

 

 はっと我に返ったルイズはあわてて叫んだが、熱狂した周囲の群衆の耳には、既に彼女の言葉など届かない。

 

「け……『決闘』? 決闘だとッ!? 平民風情が、このぼくに対して……!!」

 

 ロレーヌは、しばし顔を真っ赤にして、怒りに歪んだ形相となっていたが。

 じきにそれが収まると、今度は一転して残忍な笑みを浮かべた。

 

(ハッ! まさかこのメイジの学び舎に、自分から貴族に挑もうだなんてバカな平民がいようとはな!)

 

 内心嬉々として、手を擦り合わせる。

 

 この女はとてつもなく思い上がっているのか、さもなければ相当な田舎者で無学なゆえに、メイジを知らないのか。

 いずれにせよ、正式な決闘である以上はこの無礼者をどれだけ嬲ろうが、もし仮に殺してしまったとしても、罪に問われる心配はない。

 この屈辱の返礼を存分にして余りある、いい気晴らしが飛び込んできたというものだ。

 

「いいだろう。そちらから挑むというのであれば、是非もない。平民ごときに挑まれてそれを避けたというのでは、ぼくの家名に傷がつく!」

 

 にやついた笑みを努めて抑え、精一杯の渋面を取り繕うと、重々しく頷いてみせる。

 

「だが、この貴族の食卓を穢れた平民の血で汚すわけにはいかぬ。覚悟が決まったら、『ヴェストリの広場』へ来るんだな」

 

 ロレーヌはそう言いながら、リリーと彼女の机にある食事に軽蔑したような一瞥を投げかけて、唇を歪めた。

 まあブタにも、屠殺前くらいは多少はいい餌を食わせてやってもいいか、などと考えながら。

 

「貴族に楯突いてまで意地汚く食おうとした餌だ、せいぜいゆっくりと楽しんでから来るがいいさ。そうすれば、思い残すこともあるまい!」

 

 そう吐き捨てると、自身は肉を一切れ口に放り込み、グラス一杯のワインで流し込んでから、身を翻して去っていった。

 おそらく、ヴェストリの広場とやらへ向かったのであろう。

 

「別に、どうしてもこれが食べたいから喧嘩売ったってわけじゃないんだけど……話聞いてた?」

 

 その後ろ姿を冷めた目で見送りながら、リリーはそう呟いて軽く溜息を吐いた。

 

 見れば、周りにいる生徒たちの多くが、いそいそと食事を口に運び始めている。

 せっかくの見世物を逃したくないから、早く食べ終えて広場のいい席に陣取ろうというのだろう。

 中には、ほとんど食べずに席を立って、早々にロレーヌの後を追っていく者もいた。

 

「ミ、ミズルさん……、なんてことを……」

「んっ?」

 

 振り返ってみると、先ほどのメイド(シエスタ)が青ざめて、かたかたと震えている。

 

「こ、殺されちゃうわ。貴族を、本気で怒らせたら……」

 

 そう言うと、耐えかねたかのようにきびすを返して、厨房の方へ走り去ってしまった。

 

「……私、あの子に名前教えたっけ?」

 

 ちょっと記憶を探るが、そうした覚えはない。

 となると、ルイズが話したのだろう。

 召喚されてからこっち、ずっと『あんた』とか『こいつ』とかしか呼ばれないから、一度自己紹介したきりの名前なぞ忘れられてるのかとも思ったが。

 

 まだ知り合い程度だし、姓の方で呼ばれるのは自然……、いや、欧米と同じだとすればこっちでは名の方が先に来るのだろうから、水流のほうがファーストネームだと勘違いされているのかもしれない。

 まあ、自分はどっちで呼ばれるのでも、別に構わないのだが。

 

(そういえば、こっちもあのメイドの子に名前を聞いてなかったわね)

 

 そんなことをぼんやりと考えていたところに、今度はルイズが詰め寄ってきた。

 

「ああ、あんた!? 何勝手に、決闘の約束なんてしてんのよ!」

「そりゃあ、私が言い出さなかったら、ルイズが何かしそうな感じだったし?」

 

 リリーはのんびりとそう答えながら、ここはせっかくだからあのロレーヌとかいうののお言葉に甘えておこうかと、おいしそうに食事を頬張り始める。

 

「主人を守るのが、使い魔の仕事なんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

 

 ルイズは、いささかバツが悪そうに視線を逸らしたものの。

 ややあって溜息をつくと、肩をすくめた。

 

「……とにかく、決闘は貴族同士がするものよ。ここはわたしが引き受けるから、あんたは残りなさい」

 

 正直、勝てるとは思っていないし、決闘は禁止されている行為でもある。

 だからといってあんな物言いを許しておくことはできないし、ましてや使い魔を身代わりにするなど問題外だ。

 相手は本気で腹を立てていたようだし、行かせれば本当に殺されてしまいかねないだろう。

 自分ならば少なくとも命まではとられまいし、失敗の爆発でもなんでも、うまく当てられれば勝機もある……かもしれない。

 

 しかし、リリーは首を横に振った。

 

「今さらそんなこと言っても、あいつは納得しないでしょ。私が好きで引き受けた喧嘩なんだから、ルイズは気にしなくていいわよ?」

「あんたねえ! 絶対に勝てないし、怪我じゃ済まないことになるわ。ロレーヌは、『風』のラインメイジなのよ!」

 

 あのヴィリエ・ド・ロレーヌは、代々『風』系統の高名なメイジを輩出してきた名家の出身だ。

 人格はともかく、実力は同級生の中でもかなり上位の部類に入るだろう。

 二年生の時点で既にライン・クラスに達している生徒の数は、そう多くはない。

 しかも『風』は『火』と並んで、戦場で特にその威を振るう戦闘向きの系統なのである。

 

 もっとも、間違いなく当代随一の、もしかすればハルケギニアの歴史上においても最強かもしれぬ『風』の使い手を身内にもつルイズとしては、ロレーヌなど所詮は井の中の蛙に過ぎないことも知ってはいるのだが。

 そうは言っても、平民の身では到底敵う相手ではないことは確かだろう。

 

 あまり強く訴えられたので、リリーももぐもぐと食事を咀嚼しながら、少し考え込んだ。

 

「そりゃあね……。私には『ライン』とか『風』とか言われても、どんなものなのかさっぱりわからないし。もしかしたら、勝てる相手じゃあないのかもしれないけど……」

「もしかしたら、じゃなくて。あんたはよく知らないみたいだけど、メイジに平民は絶対に勝てないのよ!」

「そう?」

 

 あのいけ好かない男子は、どう見ても戦闘のプロでも何でもなさそうだったし、凄みも何もなかったが。

 とはいえ、もしもメイジとやらがスタンド使いや波紋使いとは比較にもならないほどの力をもっているというのであれば、確かにその通りだろう。

 いくら鍛えてみても、蟻では象には勝てまい。

 

 その辺のことがまだよくわかってもいないのに、正直ちょっと早まったかな、という気もする。

 本来、自分はごく気の小さい性格であるのだ。

 

 だが、あの場面で声を上げずに無難にやりすごしていたなら、それはそれであの誇り高いエジプトツアーの仲間たちや、自分の家族たちに対して顔向けができないとも思う。

 

「……でも、今さらとやかく言っても手遅れよ。それよりも試合に備えて、あいつ……、ラインのメイジってのにどんなことができるのか、教えてくれない?」

 

 ルイズは、ますます苛立ちを募らせた。

 彼女にはそんな使い魔の態度が、どこまでも状況のわかっていない暢気なものとしか思えなかったのだ。

 

「だから! 備えるも何も……!」

「それはつまり、備えようがないほどとんでもない真似ができるってこと? たとえば、ちょっと呟いただけで人間を木っ端みじんに吹っ飛ばせるとか、考えただけで相手の脳をババロアに変えられるとか。指を弾いただけで、なんでも真っ二つにしちゃうとか?」

 

 もしそうなら、そりゃあ確かにお手上げだろう、どうしようもない。

 悔しいが、土下座でも何でもして事を収めるか、無理ならどこへなりと逃げ去るしかあるまい。

 

 そんなリリーの質問に、ルイズはきょとんとして、しばし毒気を抜かれたようになる。

 

「……はあ。あんたって、本当にものを知らないのね。いくらなんでも、そんなことはできないわよ。でもね……」

 

 溜息を吐きながら、かいつまんで説明をしてやった。

 メイジは杖を振って呪文を唱えることで、実にさまざまな魔法を使うことができるのだ、と。

 

「いいこと? ラインクラスのメイジが放つ風なら、人間の体なんて紙切れみたいに吹っ飛ばせるし、岩でも斬り裂くことができるわ。あんたはあいつに近づくことさえできずに、なます切りにされるのがおちよ!」

 

 それで恐れをなすかと思いきや、リリーは真面目な顔になって食器を置くと、メモ帳を片手にルイズにさらなる質問を浴びせ始めた。

 

 そういった魔法の射程距離はどのくらいか。

 放つのにかかる時間は。

 学院を歩いているとたまに空を飛んでいるメイジを見かけるが、どのくらいの速度や高度が出せるのか。

 飛行しながら魔法で攻撃もできるのか、……等々。

 

「あ、あのね。そんなことを聞いてみたって」

「いいから! 私に怪我させたくないっていうなら、質問に答えてちょうだい。それが現状でベストの選択よ?」

 

 ルイズにも、あれこれと尋ねてくる目の前の使い魔があくまでも戦うつもりであり、メイジの実力を踏まえた上で本気で勝つつもりでいるのだということはわかった。

 どうしてそんな考えに至るのかと困惑もしたし、人の気遣いも知らないでと憤慨もしたが……。

 説得が無理ならそれに手を貸すしかないと、しぶしぶ答えてやった。

 

「いい? どうしてもやる気みたいだから、これだけは言っとくわ。無理だと思ったら、早めに降参しなさい!」

 

 最後に、そう言い添える。

 

 あのロレーヌは性質の悪い男だが、とはいえ学生の身で、まさか本気の殺戮なんて望んではいるまい。

 手酷く痛めつけられた相手が無様に許しを請う姿を見られれば、それで気も済むだろう。

 なんなら、いくらか口添えしてやってもいいとも思っていた。

 自分だけのことなら死んでもあんな男に頭を下げたりはしないが、使い魔のためとあれば仕方がない。

 

 リリーは、にっこり笑って頷いた。

 

「ありがとう。ルイズはやさしいのね」

 

 ルイズの頬が、かーっと赤くなる。

 

「だだ、誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔がみすみす怪我するのを黙って見てるだなんて、メイジのすることじゃないってだけよ!」

「そう?」

 

 早口でまくし立てているのをスルーしながら食後の紅茶(戦う前にアルコールを摂取するような真似はしない)を飲み干すと、あわてることなく席を立った。

 

「でも、ご心配にはおよばないわよ。私、勝てると思うから」

 

 

 決闘の場である『ヴェストリの広場』は、魔法学院の敷地内において『風』と『火』の塔の間に位置する、いわゆる中庭だった。

 ここでは時折逢引をする男女の姿が見かけられるほか、決闘(本来は禁止されているが、まだ若く血気盛んな生徒同士の間ではしばしば起こる)の際に用いられる場所としても定番である。

 かなりの広さがある上に、西側に位置しているために昼でもあまり日が差さず、公平な条件での戦いが行いやすいからだ。

 

 普段は閑散としている広場は、既に噂を聞きつけた学院中の生徒たちで溢れかえっていた。

 リリーが姿をあらわすと、彼らの間からわっという歓声が巻き起こる。

 彼らの注ぐ視線には、熱狂、憐憫、嘲笑……さまざまな感情がこもっていた。

 

 杖を弄くりながら悠然と待ち構えていたロレーヌは、彼女の姿を認めると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「やっと来たか。怖気づいて逃げ出したかと思ったがね?」

「ゆっくり食べてこいって言ったのは、そっちでしょうが」

 

 リリーが呆れたようにそう言ったが、ロレーヌはその返答を無視して杖を掲げた。

 

「さて、諸君。決闘だ!」

 

 ひときわ大きな歓声が、周囲から巻き起こる。

 ロレーヌはにやりと唇の端を歪めながら杖を下ろすと、対戦相手の方を一瞥した。

 

「……もっとも、これがそんな大層な名で呼び得るような代物であればだがね」

 

 広場の中央で、おおよそ十歩分ほどの距離を置いて、リリーとロレーヌが向かい合う。

 

「賤しい水兵なぞに名乗るいわれはないのだが、これも作法だ。このヴィリエ・ド・ロレーヌが身の程を教えてやろう、平民」

「うるさいわよ、どいつもこいつも人のことをスイヘースイヘーって。周期表の丸暗記かっての」

 

 実際にはファンタジーやメルヘンな世界の学生は、そんなことしないのだろうけど。

 

「私にだって、水流リリーって名前があるのよ……」

 

 そんな呟きなど聞こえもしなかったのか、故意に無視したのか、ロレーヌが杖を構える。

 

「では、始めようか」

「オーケー」

 

 そう言うと、リリーはやや腰を落として身構えながら、まずは相手の出方を窺った。

 

 敵は杖を振って呪文を唱えようとしており、おそらくルイズから聞いた爆風なり、風の刃なりの魔法が飛んでくるだろう。

 それをかわすか耐えるかして、次弾が来る前に一気に間合いを詰めるつもりだった。

 懐に入り込んで、『波紋疾走』をお見舞いしてやる。

 

 しかし、ロレーヌが使った魔法は、リリーやルイズの予想とは大きく異なるものだった。

 呪文が完成すると、地面が盛り上がり、人間よりもやや大きい不格好な人型となって動き出したのだ。

 

「っ!? これは……」

「どうやら初めて見たか、平民は無学でいかんな。これがゴーレムというものだ、名前くらいは知っているのだろうな?」

 

 ロレーヌが嘲りながら、そう解説をする。

 

(あー、ゲームとかでよくあるやつね)

 

 この世界の魔法のことは知らないが、有名なモンスターで、いろいろなゲームで見た覚えがある。

 たとえば、城塞都市の番をしていて笛で寝るやつとか。

 石でできてるようにしか見えないのに、倒すとにくをおとすやつとか。

 

 に、しても……。

 

「……風の魔法を使うって聞いたんだけど?」

「ふん。賤民の兵ごときに、誇りある我がロレーヌ家の『風』を見せてやる必要などあるものか。そいつに勝てるかどうかも怪しいものだな!」

 

 風の魔法では、あっという間に片が付いてしまってつまらない。

 無粋な『土』系統の魔法ではあるが、ここはひとつゴーレムを使って、じっくりと嬲りものにしてやろうと考えたのだ。

 得手ではないが、それでも人間大の土ゴーレムくらいなら、どうにか作ることはできる。

 

 こいつの体は平民の兵が素手や剣などの武器で倒すには骨の折れる土でできており、拳などの要所には固い石も混ざっていて、打撃力もそれなりにはある。

 これに負けるようならそれでよし、もし向こうが健闘してどうにか倒したとしても、直後にもう一体作るなり、風の鎚で叩きのめすなりして、はかない勝利の希望を叩き潰して心をへし折ってやる算段だ。

 

(せいぜいがんばって、いい見世物になるんだな!)

 

 そんなロレーヌの思惑など知らず、リリーは軽く跳び退って距離を離すと、ポケットをまさぐった。

 

 少し予定が狂ったが、こんな土製の人形など、どう見てもそう大した相手ではあるまい。

 動きも鈍いようだし、エジプトツアーの最中に遭遇したあの変質者が使っていた『マーダードール』とかいう人形どもの方が、よっぽど強そうだ。

 

(こんなモノ、殴り倒してやるわッ!)

 

 そう考えながら『メリケンサック』を取り出すと、指にはめる。

 その途端に左手のルーンが光り始め、体に妙な、エネルギーが満ちてくるような感覚が走った。

 

「……!?」

 

 驚いて、すぐにメリケンを取り外す。

 すると、光も消えた。

 

(どうなって……?)

 

 思わず考え込んだところへ、ゴーレムが襲い掛かってくる――!

 


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