7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
(……あ)
はっと我に返ったときには、既にゴーレムの腕は目前に迫っていた。
あちゃあ、と自分の油断を反省しつつ。
既に完全にかわすだけの余裕はないと判断し、とりあえず殴りかかってくる敵に対して、左手を持ち上げることで攻撃をガードする。
受けたら、無理に力比べに持ち込もうとはせず、腕に衝撃が伝わると同時に、威力を殺すために自ら後方に跳んだ。
「いつー」
攻撃を受けた手をぷらぷらと振りながら敵から距離を取り直しつつ、リリーは軽くぼやいた。
ゴーレムのパワーは常人と大差なく、エジプトツアーで相手をした屍生人などと比べれば足元にも及ばない程度であったし、日頃から波紋を練っていることで身体能力も回復力も高まっているから、実際にはほとんど効いてはいないのだが。
それでもまあ、痛いことは痛い。
『ご主人、大丈夫でっか?』
「心配するなら、守ってくれるとかしてよね」
『そんなこというたかて、うちは戦士やのうて商売人ですがな。あんなん、咄嗟に割って入れませんわー』
「あーもう、まったく……」
あまり大きな声を出すとスタンドが見えない周りの人間に変な目で見られるので、ごく小さな音量で自分のスタンドと会話しながら、リリーはぶつぶつと文句を言った。
これが承太郎やポルナレフあたりなら、即座にスタンドを出して難なく防げたのだろうが。
自分のスタンドは自立型な上に自ら進んでは戦いたがらないときているので、こういうときに不便だ。
「……さて」
このまま嵩にかかって攻め立てて来るかと思ったが、敵はこちらを完全に舐めていてじわじわ嬲ろうとでも考えているのか、追撃をかけてくる様子はない。
気を取り直すと、それならば不確定要素を取り除くためにも、今のうちに先ほどの奇妙な現象について検討しておこうと考えた。
まず、使用したものに原因があるという線はないだろう。
あれはエジプトツアーで手に入れた土産のひとつでこれまでにも何度か使ったことはあるが、正真正銘ただのメリケンサックで、今回のような現象が起こったことは一度もなかった。
目の前にいるあのロレーヌとかいうのが何かしたのかとも考えたが、そんな気配もまったくない。
してみると、これはもしや、ルイズと使い魔の契約とやらをしたためだろうか。
(この『ルーン』とかいうやつが光ってたしね)
ルイズはそんなことを何も言ってはいなかったが、あるいは彼女自身も知らなかったのかもしれない。
自分の望む使い魔を呼べるというわけでもないようだし、未知の部分が多い魔法なのか。
とはいえ、それはあくまでも自分の推測でしかないわけだし。
なんにせよ、もう少し色々と試してみたいところだ。
(じゃあ、これは?)
ポケットに手を突っ込んで、今度は『ナイフ』をつかんでみた。
これもまた、エジプトツアーの折に購入したものだ。
日本で持ち歩くのは厳密に言えば法に反しているのかもしれないが、銃器と違ってあまり厳しく見咎められるものでもないし、戦闘以外でも何かと便利だということが旅先でわかったので、常日頃から携帯している。
指先で鞘を外そうすると、先ほどと同じように体に力がみなぎるような感覚がして、左手のルーンが光り始めた。
黙ってナイフを鞘に戻すとその感覚はすうっと失せ、光も消える。
さらに続けてポケットをまさぐり、お菓子とか医薬品とか、アクセサリーなども手に取ってみたが、それらには反応しないようだ。
(……もしかして、武器になるようなものに反応してるってことかしら?)
体が軽くなって力がみなぎり、手にした武器を巧みに使いこなせそうな感覚がするから、これは使い魔とやらに与えられた恩恵なのかもしれない。
そんなことをしていると、ロレーヌが勝ち誇ったように高笑いした。
「ははは、どうした? 何とかしてみろよ、平民」
彼の目には、リリーの体が最初の挨拶代わりのパンチ一発で宙に浮いて吹っ飛ばされたように見えたのである。
その後も反撃しようとするでもなく足を止めてあれこれ考えをめぐらせている姿を見て、彼女はゴーレムの力に一瞬で怖気づいてしまい、なすすべもなく手をこまねいていると考えたのだ。
「あー、ちょっとタイム。……っていっても、ダメなんでしょうね?」
リリーは軽く肩をすくめると、ポケットから手を抜いて、ロレーヌの方に向き直った。
その手には、特に何も持ってはいない。
仮にこの左手のルーンが有益なものなのだとしても、使用することでなにか副作用などが起こるかもしれないし、まだ十分に調べていない現状では安易に用いるべきではない、という判断である。
武器の使用を控えるとなると、『キャラバン』にもあまり頼れないことになるが……。
もともとそれ自体の戦力はあまりあてにできないスタンドであるし、だからこそ自分の体を使って戦うことには慣れている。
もちろん、いよいよとなれば武器やスタンドも使わざるを得ないだろうが。
「ふん、憐れなものだな。いまさら手心など加えんよ。後悔しても、もう遅い!」
ロレーヌがそう宣言して杖を振ると、ゴーレムがまた腕を振り上げて猛然と(というにはやや鈍重だったが)リリーに襲い掛かる。
今度は、避ける余裕は十分にあった。
だがリリーは、身構えたままその場を動かない。
ただ静かな音を立てて、一定のリズムを保った深く穏やかな呼吸を整えているばかりだ。
『……コォォォォォ……』
離れた位置からはらはらしながら自分の使い魔を見守っていたルイズが、悲鳴のような声を上げる。
「ち、ちょっと!? 何やってるの、早くかわしなさいよ!!」
だが、リリーはその言葉に従うどころか、なんとフルスイングで襲い掛かってくるゴーレムの拳に向かって、右手の人差し指だけをぴんと立てた状態で突き出した!
ルイズならずとも、正気の沙汰とは思えない行動であろう。
普通ならばひとたまりもなく指はへし折られ、まったく勢いの衰えない拳が、そのまま体にめり込むことになる。
――だが。
「……なっ! なにィイーー!?」
勝利を確信して残忍な光をたたえていたロレーヌの目が、驚愕に見開かれる。
なんと、身の丈二メイル近くはあろうかという自分のゴーレムが全力を込めて振り下ろした拳が、百七十サントにも満たないであろう目の前の細身の女に、指一本で受け止められているではないか。
しかも、女はなんでもないような涼しい顔をしていて、微動だにしない。
周囲の観客たちも、その異様な光景を目の当たりにして、みな一様にざわめいていた。
「いわゆる、『一度見せた攻撃は二度も通用しない』……ってやつよ」
リリーはそう言って、不敵に笑ってみせる。
彼女は体内で練った波紋を指先に集中させ、密度を高めた『はじく波紋』を用いることで、ゴーレムの攻撃を受け止めたのだ。
これは波紋を用いた、ごく基本的な防御法のひとつである。
にもかかわらず、最初のゴーレムの攻撃に対して使わなかったのは、自分の腕前にそこまで自信がなく、咄嗟の事態に対して十分な波紋が練れるか不安だったからだ。
自分が長年に渡って過酷な修行を積んだ真に一流の波紋戦士とは違うことは、リリーもよくわかっている。
フルスイングの拳に対して不用意に指を突き出したりして、もしも波紋の練りが不十分だったなら、余計にひどいことになるだろう。
「ふ、ふん! 馬鹿力が自慢か。たかがちょいと受け止めたってだけのことで、何をいい気になっているんだ?」
いくら怪力だろうと人間が指一本でゴーレムの攻撃を受け止められるはずもないのだが、ロレーヌはそう言って無理矢理自分自身を納得させた。
それから、最後杖を振ってゴーレムにさらなる力を加えるよう命令を下し、強引に押し切らせようとする。
自前の『風』の魔法で攻撃してやりたいのは山々なれど、それでは自分の作ったゴーレムが平民相手に歯が立たなかったと認めるようで、プライドに障るためだ。
それに第一、ゴーレムの体が邪魔になってしまっていて、その向こうにいる相手は狙いにくい。
しかし、押せども押せども、リリーの体はまるで地面に根を張った大木のようにびくともしなかった。
波紋法は、呼吸のリズムにそのすべてがある。
呼吸を鍛えることで体によく練られた強い生命エネルギーを巡らせることになり、筋肉もパワーも自然に鍛えられていくのだ。
非常に強力な波紋のエネルギーをもってすれば、首の骨が折れるなどの致命的な負傷でさえ瞬く間に癒すほどの回復力や、鋼鉄の枷をも力任せに引き千切るほどの身体能力を得ることさえ可能になるという。
リリーは到底そんなレベルには達していないが、それでも外見からは想像も出来ないほどの身体能力を秘めている。
とはいえ、現在彼女の体が微動だにしないのは、そうした波紋によって鍛えられた身体能力云々というよりは、波紋そのものをもっと直接的に使っているおかげだったが。
リリーが普段から履いている黒いローファーは、一部分が金属で、大部分が波紋をよく伝導・滞留する有機素材でできている。
彼女は指先に『はじく波紋』を集中させてゴーレムの攻撃を受け止めると同時に、この靴を通して足から地面に『くっつく波紋』を流して体を固定しているから、微動だにしないでいられるのだ。
(く、くそっ!)
焦れてきたロレーヌが、もうこうなったら『ウィンド・ブレイク』を叩きつけて、ゴーレムごと巻き込むようにしてあの得体のしれない平民を吹き飛ばしてしまおうかと考えて杖を持ち上げた、ちょうどその時。
リリーの体を押し込もうとし続けていたゴーレムの腕の肘から先が、彼女は相変わらず指一本でおさえているだけで一見何もしていないのに、突然ボカンと派手な音を立てて吹っ飛んだ!
「……え?」
またしても予想外の事態が起こったことで、ロレーヌの動きと思考が一瞬止まる。
種を明かせば、リリーは指先に集中させた波紋の出力をさらに上げて、『波紋疾走』をゴーレムの腕に流し込んだのだ。
波紋疾走は殴りつけるなどの打撃と同時に使用されることが多いが、別に必ずしも物理的な打撃が伴わねばならないということはなく、手や足といった体の末端部分が接してさえいれば放つことはできる。
波紋法は本来破壊を目的としたものではなく、基本的に波紋を流しただけでは、物体が破壊されることはない。
だが、波紋疾走のように強力な波紋を流すことで、物体内に含まれる水分などの波紋を伝導しやすい成分に振動や衝撃を与え、その結果として破壊現象を発生させることは可能だ。
分厚い鋼鉄板などはともかく、岩やレンガくらいならば、それによって十分に砕くことができる。
土からできたゴーレムは生物ほどではないにせよ、体内にそれなりの水分を含んでおり、その上しっかりと結びついていない粒子からできているために、内部からの振動や衝撃によって崩れやすい。
波紋によって破壊するには、格好のターゲットだといえよう。
「しッ!」
リリーは間髪入れず、突然腕を失って体勢を崩したゴーレムの胴体に向けて思い切り回し蹴りを叩き込むと、そこからもう一発『波紋疾走』を食らわせてやった。
分厚い鉄の扉に流れ弾の当たったような大きく特徴的な音を響かせて、ゴーレムの体に波紋が流れていく。
エネルギーが走って全身がひび割れ、崩れ落ちる。
特に直接蹴りを叩き込まれた胴体は、大きな破裂音を立てて吹き飛んだ。
そうして、散弾のように勢いよく飛び散ったゴーレムの破片が、背後にいたロレーヌに襲い掛かる!
「う、うわッ!?」
はっと我に返ったロレーヌがあわてて杖を振ると、上昇気流のような突風の壁が彼の前に生じて、向かってきた土塊はすべてあらぬ方向へ逸らされていった。
それでかろうじて難を逃れはしたものの、敵への攻撃用に準備していた呪文を、自分の身を守るために使ってしまったことになる。
その様子を確認したリリーは好機とみて駆け出し、ロレーヌに向かっていく。
「……こ、こいつッ!」
彼女が突進してくるのに気付いたロレーヌは、怒りに顔を歪ませながらもそちらへ向けて杖を突き出して、『エア・カッター』を放とうとした。
エア・カッターはドットスペルとはいえ、使い手の腕前次第ではかなりの殺傷力をもつ呪文である。
ラインクラスのメイジが放ったそれであれば、鎧も何も身につけていない人間の体には深い切創を負わせ、あたりどころが悪ければ即死させてしまうこともあり得る。
しかも風の刃は高速かつ不可視であるために、回避や防御も難しいのだ。
(殺してやるッ! 平民の分際でこんな真似をしてくれたからには殺してやるぞッ、このクソ女がッ!!)
すっかり頭に血を上らせてはいるが、それでも、ロレーヌの詠唱速度はなかなかのものだった。
まだこの世界の魔法についてよくわかっていないために慎重になっていたのもあって、リリーの行動するタイミングが遅かった(敵が呪文を撃ったのを目視で確認してから接近を始めた)というのもあろうが。
このペースなら、彼女がロレーヌに直接波紋疾走を叩き込める距離まで辿り着く数瞬前には呪文が完成して、鋭く疾い風の刃が至近距離からその体を斬り裂くことだろう。
しかし、そこでリリーは、いつのまにやら背後に隠すようにしていた左手をさっと突き出した。
その手には、未開栓のワインの瓶が握られている。
「私をゴーレムで殴ろうとしたからには、逆に殴られる覚悟もあるはず……。そして今度は、魔法とやらで私を撃つ気?」
走りながら右手を添えるようにして、ワインの口をロレーヌの杖を握った手に向ける。
「……なら、逆に撃たれる覚悟もできてるんでしょうねッ!」
次の瞬間、瓶全体にリリーの手から波紋が流し込まれた。
波紋のエネルギーが密閉された瓶内部の圧力を急激に高め、それによってコルク栓が弾丸のように射出される!
「デッ!?」
今まさに呪文を完成させようとしていたロレーヌの杖に添えられた指を、発射された波紋ワイン弾が直撃した。
コルクそれ自体は弾力に富む比較的柔らかな素材だとはいえ、勢いはすさまじい。
暴徒鎮圧用のゴム弾を、近距離から打ち込まれたようなものである。
しかも、生物由来の素材であるために栓は短時間ながら流し込んだ波紋を滞留しており、命中した指から掌全体に一瞬、電流のような強烈な刺激が走った!
ロレーヌはひとたまりもなく、杖を取り落とす。
「あ……?」
一体何が起こったのかを正確に理解するだけの時間はおろか、杖を拾おうと思い至るだけの余裕さえも、ロレーヌにはもはや与えられなかった。
「食らえ、『波紋疾走』ッ!」
次の瞬間には、走り寄ってきたリリーが軽く跳躍し、その勢いのまま顔面に靴底と波紋を叩き込んだからである。
「ブギャス!!」
物理的な打撃に加えて全身に電気を流されたような強烈な衝撃を受け、情けない悲鳴を上げながら派手に地面を転がったロレーヌは、あっけなく意識を手放してしまう。
予想外の結末にざわざわとどよめくギャラリーを尻目に、リリーは完全にのびた対戦相手を見下ろしながら、栓を抜いたばかりの『波紋ワイン』を彼の上にどぼどぼと注いでやった。
これで、液体に込められた波紋の効果で、指や顔の傷は概ね癒えることだろう。
相手は貴族ということだし、あまり手酷く痛めつけたまま終わっても、自分やルイズの立場がまずくなるかもしれない。
もっとも、それとは別に(ある程度手加減したとはいえ)体に流した波紋疾走によるショックがあるから、もうしばらくの間は昏睡が続くだろうが。
ついでに、適当に決め台詞でも言っておく。
「ボナ・ノッテ、ラガッツォ(おやすみなさい、ぼうや)。……寝酒の代金は、ツケにしといてあげるわ」
はじく波紋/くっつく波紋:
ゲーム内では特に使用される描写はないが、原作第二部のジョセフはごく基本的な波紋の技術として頻繁に活用しており、ナイフを指先で止めたり滑らかな柱にくっついて登ったりしている。
本作では、同じ波紋使いであり、彼と数十日に渡って旅を共にした主人公にも技術が伝授されているものとする。
ゲーム的には持続力(防御力)の高さや、『吹っ飛び』などの状態異常への耐性として表現されているものと解釈している。
ちなみにキャラバンの本体は、7人目の中でも比較的持続力が高いほうで、さまざまな状態異常への耐性もある。
波紋ワイン弾:
ゲーム内での波紋ワインは、味方全体に波紋を帯びたワインを浴びせて傷を癒す、回復アイテム扱いになっている。
本話で主人公が披露した攻撃技はそれとは別物で、原作でジョセフが使用した、波紋を流してコーラ瓶やテキーラ瓶の栓を弾丸のように飛ばす技である。
これもゲーム内では未登場で習得しているかどうか確認できないが、ごく単純な技であるらしくジョセフは正式な波紋の修行を受ける前から使っていたので、『はじく波紋』や『くっつく波紋』と同じく、基本的な『波紋疾走』が使えて本人からコツを教わってさえいれば使用できる(が、せいぜい数メートル程度の距離から人間の指を折ったりヤシの実を落としたりする程度で威力も射程も大したことないし、大抵はあと数歩踏み込んで直接波紋を叩き込む方がよほど強いので技としては表示されない)だろうと判断している。