7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
ロレーヌとリリーとの決闘が始まる、少し前のこと。
トリステイン魔法学院本塔の最上階にある学院長室では、コルベールと呼ばれる中年の教師がひどく興奮した様子で、学院長オールド・オスマンに自分の発見について熱っぽく説明していた。
彼らの目の前には、『始祖ブリミルの使い魔たち』という題のひどく古い本と、珍しい形状をしたルーンのスケッチとが置かれている。
スケッチは、リリーの左手に刻まれたものの写しだ。
このコルベールは昨日の使い魔召喚の儀式を監督し、ルイズが何度も何度も失敗した末にようやくのことで彼女を召喚して契約した、その場に立ち会っていたのである。
それは、ひどく奇妙な使い魔だった。
念のため『ディテクト・マジック』で調べてみたものの反応が無かったことから、平民であることだけは確かなのだが、人間が召喚されるなどということ自体まず前例がないものだし、その容姿や服装もひどく風変わりなものだった。
その上、左手に現れたルーンの形状もこれまでに見たことがない珍しい物だったので、気になったコルベールはそのスケッチをとり、今日の空き時間の間ずっと図書館にこもって、それについて調べていたのだ。
「……で。その結果、きみはこの本にある『始祖ブリミルの使い魔』に行き着いた、と?」
「そうです! ご覧ください、ここに書き写しておいたルーンの形状を。これは、こちらの本にある伝説の使い魔、『ガンダールヴ』に刻まれていたものとまったく同じでありますぞ!」
「なるほどのう。それで、きみはその少女がかの伝説の使い魔の再来だと、そう結論付けたというわけじゃな……」
禿げあがった頭に浮かんだ汗をハンカチで拭きながらそうまくし立てるコルベールとは対照的に、オスマンは落ち着いた態度で白い口髭を弄くりながら、思慮深そうに考え込んでいた。
「……しかし、ルーンが同じというだけでそう決めつけるのは、いささか早計かもしれん」
「ううむ。それは……確かに」
その時、二人の内密な話し合いのために席を外していたロングビルという名の秘書がドアをノックして、ヴェストリの広場で決闘騒ぎが起きていると知らせてきた。
「片方はヴィリエ・ド・ロレーヌという二年生の男子生徒。もう一方は……メイジではなく、ヴァリエール家の令嬢が召喚した使い魔の、水兵の少女だそうです」
それを聞いた二人は、折よく起こった奇妙な偶然に顔を見合わせる。
「決闘は少女の方から挑んだという話ですが、それはド・ロレーヌの側にミス・ヴァリエールに対して非常に無礼な言動があったためだとかで……。ともかく、数名の生徒が事態を知らせてまいりました。ですが、報告を受けて止めに向かった教師は、興奮した生徒らに邪魔をされて手が出せなかったようです」
「やれやれ。暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんな」
「それで、教師たちは決闘を止めるために、『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが……」
オスマンは少し考え込んだものの、首を横に振る。
「たかが子供の喧嘩を止めるために、学院の秘宝を使うわけにはいかんな。ひとまず放っておきなさい。万一の時は、私がなんとかしよう」
「かしこまりました」
ミス・ロングビルの足音が去っていくと、オスマンはさっそく杖を振って、壁にかかった『遠見の鏡』にヴェストリの広場の様子を映し出した。
二人は、そこに映った決闘の様子を、固唾をのんでじっと見守る……。
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そうして決闘の一部始終を見終えると、オスマンとコルベールはまた顔を見合わせた。
「オールド・オスマン。見ましたか? あの少女が勝ちましたぞ!」
「……うむ。私にも目はついておる、しかと見届けたわい」
「ド・ロレーヌはまだ学生とはいえ、ライン・クラスの風メイジです。それを平民の、しかも女性の身で、ああもあっさりと! やはり彼女は『ガンダールヴ』ですぞ! さあこの大発見を、早く王室に報告せねば!」
「いや、まあ……。落ち着きなさい」
興奮するコルベールに対して、オスマンは重々しく首を横に振った。
「いいかね、ミスタ・コルベール。まず第一に、あの娘が『ガンダールヴ』かどうかについて、私はまだそれほどまでに確信はもてておらん。確かに平民とは思えぬ強さではあったが、彼女は武器を使っておったか?」
「そ、そう言われてみますと……、確かに」
伝説によれば、『ガンダールヴ』はかの始祖ブリミル(六千年前にハルケギニアに現れて現在まで続くメイジ社会の礎を築いたとされ、神格化されて敬われている人物)の使役したとされる、四体の使い魔の内の一体である。
ブリミルが強大だが長時間の詠唱を要する『虚無』の呪文を用いる間、その身を守るために特化した存在だと言い伝えられている。
勇猛果敢な『神の盾』として、あらゆる武器を使いこなして襲い来る敵と対峙し、その強さは千人もの軍隊を一人で壊滅させたとも、並のメイジではまったく歯が立たなかったともいう。
しかし、先ほどの戦いであの少女は確かに強かったものの、武器を用いてはいなかった。
ゴーレムの攻撃を受け止めたり、蹴り砕いたりしたその力は異常なほどのものだったし、最後のあたりでワインを使って何かしたようにも見えたが、いずれにせよ武器と呼べるようなものを使って戦っていた様子はない。
それでは彼女が伝説の使い魔だという、十分な証拠を得たとは言えない。
ただ『強い』というだけならドラゴンの使い魔だって強いし、平民といえど、中には規格外な実力をもつ者もいよう。
「第二に、よしんばあの娘が本当に伝説の使い魔だったとしても、王室のボンクラどもに『ガンダールヴ』やその主人を渡すのがいいことだとは思えん。宮廷で暇をもてあましておる連中にそんなオモチャを与えた日には、何を始めるやらわかったものではないからな」
「ははあ。……学院長の深謀には、恐れ入ります」
コルベールは、神妙な面持ちで頷いた。
「ともかく。この件は当分の間、他言無用としておくのがよかろうて」
オスマンはそういうと、窓際へ向かって、遠い目をして空を眺めた。
そうして、空の果てよりもなお遠い、伝説の彼方の時代に思いを馳せている……。
と、いうわけではなく。
(いやー、女の子の水兵スタイルというのも。最初は奇妙だと思ったが、結構イケるもんじゃのおー。ミス・ロングビルほどの成熟した色香はないが、健康的でええわい)
考えていたのはつい先ほどの戦いにおける、リリーの姿だった。
(特に、あの最後の蹴りをかました、黒タイツに包まれたすらりとした脚が……)
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試合後、予想外の結末にざわめく生徒たちの間を抜けて駆け寄ってくるルイズの姿に気付いて、リリーは軽く手を振ってみせた。
「待たせたわね、終わったわよ」
「あ、あんた……、ミズル! 大丈夫なの?」
何気に初めて名前で呼ばれた気がするな、などと考えながら、ちょっと首を傾げる。
「大丈夫かって、なにが?」
「なにが、じゃなくて! さっき、ゴーレムに腕を殴られてたでしょう!」
「……ああー」
そう言えばそんなこともあったなと、リリーは軽く頷いた。
もちろん、言われるまで忘れていたくらいなのだから、問題などあろうはずもない。
最初からケガといえるほどのケガなど負っていないし、殴られた直後には傷や痛みが少しはあったにしても、波紋の呼吸によって既に完全になくなっていた。
ルイズの目には『パンチの威力で体が浮いて吹っ飛ばされた』ように見えていたので、使い魔の身を案ずるのも無理からぬことだったが。
「早く医務室へ行って、薬をもらわないと……」
「心配してくれてありがと。でもほら、ぜんぜんなんともないわよ?」
リリーは袖まくりをして殴られたあたりを晒し、腕をぷらぷらと振って、正真正銘傷ひとつないことを見せてやった。
ルイズは顔を近づけて念入りに確認し、ようやくのことで無傷だと納得すると、ほっとしたような顔になる。
が、すぐにむすっとしたしかめっ面を取り繕うと、腰に手を当てて胸を張ってみせた。
「いいこと? 今回は運がよかっただけよ。あんたが思ったより強かったのは認めてあげるけど、勝てたのはロレーヌが油断していたからだわ。下手をしたら、大怪我をしていたのよ?」
「……そうかもね」
リリーはちょっと肩をすくめたものの、そう言って素直に頷いた。
相手がこちらのことを見くびって油断していた、そのために全力を出し切らないうちに倒されたというのは、確かにその通りだろうし。
本気で来られても負けない自信はあるが、この世界のメイジの能力についてまだよくわかっていない以上は絶対の確証があるわけでもないので、強いて否定するほどのことはあるまい。
「そうよ! 今回のことは、使い魔としてわたしの代理を進んで引き受けたってことで、いちおう褒めておいてあげるけど。二度とこんなことはしないようになさい!」
「はいはい、わかったわよ」
ひらひらと手を振って、そう安請け合いする。
実際にはあまり固く守る気もなく、時と場合によりけりで『柔軟に対応』させてもらうことになるのだろうが。
「私も別に、喧嘩が好きってわけじゃないからね」
ルイズはそんな彼女の内心に気付いた様子もなく、よろしいといって頷いた。
「それじゃ、午後の授業に行くわよ」
そうして教室へ向かいながら、ルイズは使い魔との会話を続ける。
「そうそう。いい働きには、主人として報いるところがないといけないわね。あんた、なにかほしいものはある?」
「ほしいもの?」
リリーは口に指をあてて、ちょっとの間考え込んだ。
『じゃあ、現金で』
と、身も蓋もなく正直に言えば、ルイズはきっと機嫌を損ねるだろうし。
この世界のお金をまったく持っていないというのではいざという時に何かと不安だから、いくらか持たせておいてほしいというのは、結構切実な本音なのだが。
まあそれは、ご褒美云々とはまた別の話として、いずれ近いうちに切り出してみようか。
それ以外で、となると……。
「……そうね。じゃあ、着替えの服とかは?」
いい加減、水兵だ水兵だと言われ続けるのにはうんざりしているところだし、セーラー服以外の服も欲しい。
替えの下着はいくらかあるのだが、Act2の異世界では服装を気にする必要もないからと思って、衣服はほぼ高校時代のセーラー服だけしか持ってきていなかった。
今着ているやつと、何かあった時の着替え用に予備のがもう一着。
他にあるものといったら、就寝用のルームウェアとか、服の上から羽織るコート類とか、着衣の下に着込む特殊スーツ類とか。
あとは、とても日常的には着て歩けないような、『非常に特殊な服』しかない。
ともあれ、ルイズはそれを聞くと、心なしか嬉しそうに頷いた。
「服ね、いいわ。それじゃ、あさってが『虚無の曜日』で休日だから、その時に街へ買い物に行きましょうか」
使い魔に主人として世話を焼けることを喜んでいるのか、それとも単純に女の子らしく、街へショッピングに行くのが楽しみなのか。
なんにせよ、リリーとしても異存はない。
(ファンタジーやメルヘンな世界の町かあ~)
一体、どんなところなのだろう。
もしかすると、武器屋とか防具屋とか、道具屋とか魔法屋とかいった、RPGなんかでよく見かけるような店があったりするのだろうか。
あるいは、こういった世界ならではの新商品開発のヒントや、商売の好機もあるかもしれない。
想像しているだけでもわくわくしてきて、その日が楽しみになった。
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「まさか勝っちゃうなんてねぇ……。ちょっと驚いたわ」
他の生徒らに混じって試合を観戦していたキュルケは、解散後にぶらぶらと散歩しながら、傍らにいるタバサという名の小柄な青髪の少女(食堂から誘って連れてきた)にそう話を振ってみた。
返事はなかったが、この無口な親友にはよくあることなので、キュルケは構わず話し続ける。
「でもまあ、相手は所詮あのロレーヌだものね。平民とはいえ一流の軍人なら、ろくに戦いかたも知らないくせに増長して油断してるメイジに一泡吹かせるくらいは造作もない、ってことかしら?」
「……光った」
タバサが本を開いたまま、唐突にそう呟いた。
「え?」
「あの使い魔の体が、光った。戦っている間に、何回か」
たとえば、ゴーレムの腕の一部が突然吹き飛んだ時や、なぜかワインの栓が飛んでロレーヌの手を打った時などに。
あなたには見えなかったかと、問いかけるようにキュルケの顔を見上げる。
「あたしは気付かなかったけど……。目の錯覚じゃないの?」
「ただの軍人とは思えない」
キュルケは、ふうん、と首をかしげた。
「なにか、マジックアイテムでも使ったのかしらねえ。よく考えたら、いくらなんでも指だけでゴーレムの攻撃を止めるだなんておかしいし」
単に鍛えているとか、技量が優れているとかだけで説明がつくレベルではないだろう。
となると考えられるのは、魔法を使ったか、マジックアイテムを使ったかだが。
あの使い魔はどう見てもメイジとは思えないし、杖も持っている様子はなかったから、後者しかありえまい。
何かずいぶんと離れた異国の地から召喚された人間のようだし、その上まだ若い女性ながらに一流の軍人であるとなれば、戦いに役立つ風変わりなマジックアイテムの一つや二つ持っていてもおかしくはない、かもしれない。
「そうかも」
タバサはそう認めたものの、あまり納得はしていないような声だとキュルケは思った。
とはいえ、彼女がそれ以上話を続けようとはせずにまた本に視線を戻したので、その話題はこの場ではそれきりになった。
二人がそれについて再び思いを巡らせるのは、もう少し先のことになる。