かつての悪鬼による、退屈しのぎの鬼退治の話 作:ちなみ
「よッ! 炭治郎、ひさしぶり」
雪の山を下り、炭を売りに町まで一人やって来た炭治郎は呼び止められた声に振り返り、相手と同じ様に手を上げて名前を呼ぶ。
「黄川人! と、イツ花さんも!」
この寒空に随分と丈の短いズボン姿の洋装で明るい髪色の同い年位の少年と、その彼と並んで着物の裾も気にせず元気に手を振る眼鏡の少女。
「お久しぶりです炭治郎さん! これからお宅にお伺いする所だったんですけど……なーんとォ! カステラでーす! 皆さんへのお土産です」
「姉さん、煩い」
笑顔で駆け寄って来た炭治郎に負けない位に、屈託なく笑い、イツ花は大事に抱えて居た包みを示す。最後に会ったのが、年単位での過去だが相変わらず彼女は元気なようだった。
往来で明るい声に、大きな身振りで話すイツ花は見ている側も元気になって来るが、弟としては恥ずかしい様で、黄川人に小さく肘で小突かれた。
「そんな、お土産なんかいいのに! 二人が来てくれるだけで皆喜ぶよ」
「欲がないねぇ。まッ、そういうトコボクは嫌いじゃないぜ。姉さん先行っててよ。ボクは手伝って一緒に向かうから」
親し気に肩を組み、残りの炭の量を確認してイツ花へしっしっとでもいう様に手を振った。
炭治郎とイツ花、黄川人が出会ったのは、うんと昔だ。
当人も小さかったので、具体的な歳は覚えていない。次女の花子がまだ赤ん坊だったくらいだ、という漠然とした感覚だ。子供にとっては、一年がうんと長い。
ともかく、子供にとってのうんと昔、イツ花と黄川人の姉弟は今時の様な冬の山中で出会った。炭治郎と同い年位の黄川人と、いくつか上のイツ花が深い雪の中で防寒もなくぽつりと佇んで居た。
そんなものを放っておける訳もなく、二人は竈門家へ招かれ一年程過ごした。
何故冬の中の雪山に子供二人だけで居たのか、理由は決して語らなかった。妙に大人びた所もあり、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。
二人とも、炭治郎や他の弟妹達に混じりせっせと手伝いをしながら、炭焼きの仕事を何故か酷く嬉しそうに眺めていた。
そう言えば、黄川人は燃える炎のような香りを纏っていたしイツ花はもっと鮮烈な、まるで太陽の様な匂いがしていた。それは今でも変わらない。
二人の従姉妹を名乗る、翡翠の髪に流水の青を目に宿した女性が迎えに来る一年ほどを共に居た。
後から振り返り、竈門家では二人は火の神様だったのではないか、何て話すほどに、その一年は幸運が重なった。
それでも、それを否定して、実在する当たり前の人間なのだというように姉弟からは数か月に一度は手紙が届き、数度程土産を持って現れた。
炭治郎も、弟妹達も母も、亡き父も、イツ花と黄川人を好いて居た。
だから決して、彼を責める事は出来なかった。
「ごめんよ。ボクが道草食ったせいだ……」
姉の骸の前で項垂れる黄川人のせいだなんて言えるわけが無かった。
人懐っこい笑顔に、お喋りも聞くの上手な黄川人も加わり炭は予定より驚くほど早くに全てなくなった。
世話になってる人達の手伝いをこなしたってまだまだ想定よりも時間が有ったもので、黄川人が労う為に炭治郎を引っ張って、菓子を買って一息着いて、長めの休息を取らせた為に、結局一人で売って回った時間と同じ成った事など責められない。
日が暮れたら危ないから、と二人を止めた三郎爺を責めるなんて出来る訳もない。
誰も悪くなんか、ない筈だ。
どす黒い血が雪を染める中、倒れる大切な人や、立ち尽くす長男に弟。その場の誰にも落ち度なんて無かった。
絶望が来る前に、大きな衝撃に呆然とするしかない惨状。温かな幸福が、完膚なきまでに崩れた現状。
その中で、幽かに息のあった禰豆子は、小さな灯のようだった。
「炭治郎、早くいきなよ。おばさんや、チビ達はボクが見てるからサ。姉さんは、もう、駄目だから」
唯一、息の有った妹の止血をしながら、でも、と炭治郎は戸惑う。
倒れ伏して、冷たく成ったイツ花を見詰める黄川人の顔が、正しく『復讐鬼』のそれなのだ。そんな彼を一人、放り出す事なんか出来はしない。それでも、抱きしめた妹は……。
「ボクは君たちが大好きだったのサ。だから、頼むよ。これ以上大切な人間を減らさないでくれ」
その言葉に頷いて、何度も何度も頷いて、瀕死の妹を背負って駆けだした。
「姉さん。なぁにやってンだい?」
人間が誰一人いなくなり、屍ばかりが転がる中で、酷く不機嫌な顔をした黄川人がイツ花だったものを見下ろしてとげとげ強い声を出す。
「仕方ないじゃないですか。人としてのイツ花何て、抵抗出来っこないんですから」
響いた明るい声は倒れ伏した亡骸からではない。
ふわりと、黄川人の背後に形成された朧げな人型。酷く不安定な人型なのに真夏の日差しのように存在感のある姿。
確かに姿かたちは、竈門家の人々が見知ったイツ花に似て居るが、明らかに違うナニカ。
神々しく眩い、金色の瞳に荘厳な白の衣装を纏った女神がそこに居る。
「これを人間がやったって言うのかい? 鬼なんて呼ばれた頃のボクといい勝負な死臭じゃないか」
不鮮明な女神へ、人の肉を被った黄川人は鼻を鳴らし、皮肉気に肩眉を上げて見せる。
「間違いなく人間ですよ。ただちょーっと、おかしな人でしたね。神でも私達の言う『鬼』でもない、何とも憐れな人ですよ」
「ふーん。そう。で? そのカワイソウな人をどうするんだい?」
「どうしようかなんて、決まっているじゃありませんか」
くすり、とこの国の最高神は笑む。
自身を切り殺し、母を嬲った盗賊を天へ召し上げ利用し、泣きながらだって弟を封印し、放る子と罵られながらも天界の頂点に君臨した精神力を持った女神が笑む。
「そう来なくっちゃ! ボクはすっかり変化の無い永遠にウンザリしていたところなんだ」
天界序列二位の火の神は破顔する。
嘗て都を混沌へ導いた復習鬼、悪鬼の頭目だった少年も愉快そうに、この先に待つ愉しみへ胸躍らせて声を上げて嗤った。