かつての悪鬼による、退屈しのぎの鬼退治の話 作:ちなみ
勝手に殺しあって、じゃんじゃか発展して、人殺しの武器が生まれて、利己的な人殺し(鬼も含む)が増えて、もう疲れ切ってる神様と当主さま。
「初代ー、ちょっとボクに剣の扱いを教えてもらえる?」
「ぶっ殺すぞ貴様ぁ!」
こじんまりとした店内の疎らな客は、店主の唐突な暴言にも驚きはしない。この一見小娘にしか見えない、年若い女店主は基本的に粗雑で喧嘩っ早い。その豪胆さでも無ければ、若い女一人で飲み屋の酔いどれを相手にするのは難しいのだろう。それ位で丁度いいのかもしれない。
そもそも、突然に妙な事を言って入店してきた赤毛の少年とはしょっちゅう言い合いをしている。別段珍しい光景でもない。
そんな少年と彼の姉とが、時たま給仕の手伝いをしながら賑やかに軽口を叩き合う。常連には実に見慣れたいつもだ。
「申し訳ない。おれはちょっと急用だ……こっちので適当にやっていてくれ。ここの酒も好きに飲んでくれ」
疎らな客たちの前に手早く料理を出し、数本の酒を並べ拝む様にしながら少年の腕を引っ掴んで住居に成っている奧へ引っ込んでいく。
勝手知ったる他人の店と化した、既に出来上がってる常連共は陽気に頷き店主と少年へ、雑に手を振る。
見るからに不機嫌な、片羽ノお輪の娘とのほほんとミカンの白い筋を取る片羽ノお業の娘に、楽しそうににやにやとするお業の息子。
お輪とお業を、一柱と勘定するのならその場の一触即発な三人は同じ神から産まれた姉弟と表現できるが、あまりに因縁と確執と殺意を抱いてきているのでそれは難しい。
あまりにも怨嗟を積み上げて、殺しあって、人に疲れた永遠の時間の中で慣れ合っている。
「よし……まず何がどうなってんだか説明しろ」
真っ先に口を開いたのは、一等不機嫌だった初代。
自身の出自から既に仕組み利用したイツ花……昼子を指さす。
「二人で出かけたと思ったら、なんかコイツ死んでるし! イツ花死なせやがって!」
そしてもう片方の手で、両親の仇で自身にも呪いをかけた黄川人も指さす。
「このクソ野郎は突然剣の扱いを教えろとか言う! どういう状況だよ!? 剣士舐めてんのか!?」
まあまあ、と相変わらずのほほんとしながら昼子は綺麗な橙色になったミカンを割って従妹の口に放り込み、残りを弟の手に乗せる。
「それが突然やって来た不審者に殺されたんですよー。神としては人間に手を出さないと決めていたので、そりゃあもう、あっさりと。あ、でも大江山の時よりは体が大きいので、多少持ちましたよ」
「でもまた、自分含めて誰も助からなかった訳だ。学ばないねぇ」
けらけらからからと、表面上は酷く楽しそうに笑う姉弟に初代は顔を歪める。
「お前ら心臓に毛でも生えてんの?」
「いやサ、二年生きられるかどうかな命を子供や子孫に背負わせて、戦い続けさせる道を選んだ君も相当な神経してるぜ?」
「凄い執念ですよネ!」
「どの口が言ってんだ!? また5、6回ぶっ殺すぞ!? 天界の事知った後でも未だにお前らに蟠り有るんだからな!?」
凄い音で机を叩き、目を剥いて睨みつける初代に、黄川人がどうどうとと手で制する。
「そういう事だよ。君やボクはとっても復讐心が強くて、執念深い! 何が何でも、恨みを晴らしたい! そういう事で、姉さんの仇を討ちたいんだ。人間としての方法でね」
大仰な動作で歌う様に告げる黄川人を数秒見詰めて、ふぅ……と初代は息を吐き出す。
そう。自分もこの嘗ての悪鬼と同じくらいに執念深い。否定が出来ない。都とそこに住まう人々の安寧よりも、両親の仇を願って子供達にも呪いと過酷な運命を押し付けて、怨敵の討伐を願った。
身勝手な神に人に嫌気がさした、幼い黄川人は己の憤怒で都も天も無に帰そうとした。
昼子だけが、父母を奪い弟も自分も利用しようとした天で『神の勤め』として人間を救う事を選んだ。手段を選ばない感は酷かったが、確かに昼子だけは復讐という道を選ばなかった。
「……おれからしたら、お前らへの嫌悪感はどっこいだけどな。まぁ、確かに、イツ花を殺されたのは腹が立つ」
「初代さん! そんなに私の事を大切に思って居てくれたなんて……!」
弟そっくりな芝居染みた動作で、昼子がしな垂れかかって来るのを物凄く嫌そうな顔で初代は押し返す。
「お前じゃねーよ! イツ花部分だけだわ! というか、人間としてったって、敵討は禁止になただろ。あー40年位前……に?」
「それがですね、なぁんと! 合法……では無いみたいですが、事実上合法なんです!」
じゃーんと腕を広げる昼子にわーと盛り上げる黄川人が、もうどうせ人のガワが死んでるなら、昼子は一回くらい殺しても良いかなと睨みつける初代へ当世の『鬼』や『鬼殺隊』の話しをする。
「……経緯と理由は分かった。けどさ、お前が? 剣士? というかおれが教えた所で、成れないだろ? 馬鹿なの?」
朱点童子が武器を握っていた印象はない上に、黄川人はと言えば、なよっちい中性的な少年だ。どう考えても剣士は向かない。
「ああその辺は何とかするよ。それっぽく見えるようにしたいだけなんだ。それに君はそこまで強くないだろ?」
とうとう無言で立ち上がり握りこぶしを作り振りかぶる初代を、昼子が羽交い絞めにして宥める。
「お前は良いのか!? 害悪振りまいた自己中心的クソ餓鬼でも、一応弟だろ!? せっかく人らしく生きてたのに、死ぬぞ!?」
「いいんですよ」
羽交い絞めにしているせいか、静かな昼子の声が初代に届く。
「夕子様は『人々を愛しいと思えぬ』と言って、その位を私に譲りました。それが今はどうです?私も、貴女でさえ人への愛着が潰えかけている有様です」
人間味のない冷えた吐息が漏れる。
「数百年ぶりに、愛おしい、守りたい、平穏であって欲しいと願える人間達が居たのに、それが失われてしまったんです」
最高位の火の神から、凍てつくような言葉が吐かれた。
「そうすると、何だかもう、どーでもよくなっちゃいましたよネ!」
最後にとって付けた様な明るい声をだし、すっかり落ち着き、どころか淡々と表情の抜けた初代を放す。
「ボクは元々、あんまり興味無いしね。これで死んだら、ボクらも眠る心算なのさ。その最後に、人間らしい怨恨を片付けておこうかとおもってね」
鬼退治をしたいなどと宣う、嘗ての悪鬼の言葉に、その時代都の英雄であった鬼狩り一族の始祖は、そうか。とだけ頷いた。
でもどうせ、また鬼殺隊の人達に触れたら人間に甘くなるんでしょ?
(または鬼も含めて『人間』カウントしているので一層遣る瀬無く成って日本が焼ける)