かつての悪鬼による、退屈しのぎの鬼退治の話 作:ちなみ
白衣に白袴。
一見神職のような恰好の翡翠髪の女と、赤毛の中性的な美少年が連れ立って歩く姿は人目を引く。
「へー随分と変わったもんだ」
明治二年に首都機能が東京府へ移るまでの千年程を、この国の中心として在ったかつての都へ訪れ、その件の都を荒し回った当人がぐるりと辺りを見渡し、感嘆を装った無関心に霞む言葉を吐く。
「頼むから余計な事言うなよ」
ただでさえ遺恨を抱えた者と二人きりで、不機嫌そうだったものが一層眉間に皺を寄せる。そんな初代がやって来たのは大昔の我が家、三人の我が子とたった一年ほどだけ居た屋敷。
現在は神社だが。
「
鳥居をくぐり数歩も歩かない内に参道を掃き掃除していた白作務衣姿の十歳程度の少女が、握っていた箒を投げ捨てその場に膝を着く。
「良心が痛むからやめろ……。手紙書いた通りだけど、当主いる? 随分美人さんになったなあ」
僅かに緑を帯びた黒髪の少女はぴょこりと頭を上げて破顔し、初代の手を握って勢いよく引っ張る。まるで良く遊んでくれる親戚のおばさんへの懐き方だ。
実際、この少女は初代の子孫だ。
「おーい、天界序列二位もいるんだけど?」
完全に無視された形の黄川人へ視線を向けた少女は、チッ、と憚る事無く舌打ちをする。あまりにも隠す素振りの無さに、いっそ気分良さそうに笑い、少女の頭をわしわしと撫でる。
「申し訳ありません。朱星ノ皇子様。私の血統的な物が貴方に対して死ね糞野郎が、とおもうので、触んな」
わしゃわしゃと撫でまわす手を、少女は遠慮容赦無く叩き落しながら、初代の腕のみを引いて社殿からそれ、幾度も修繕がさたとは言え随分と古い屋敷へ案内する。
初代の父源太は時の帝さえも名を覚えている程の武士であり、三人の子供達から連なった短命な一族は鬼狩りの武家として在り、朱点童子討伐の後も、今度は御所番として仕えていた。
そんな、ごりごりの武官一族だったのに、いつの間にか神職にになっていた。
確かに神との繋がりは深かった。呪いが解けた後、普通に人と交わる事ができるようになっても重ね続けた神の血は遺っていた。
そもそもの『朱点童子』がそうであるように、人と神が交わって出来た子供は稀に神さえも凌ぐ力を持ち、朱点を倒し(ついでに昼子にお礼参りとばかりに殴り込みを行っ)た時点では最早人とは言い難い者達になっていた。
大方、そんな者共が人を名乗り傍に居る事を恐れた連中に、内裏から追い出されでもしたのだろう。それでも、濡れ衣着せられて、一族悉く抹消されるよりは随分と平和的に違いない。
そして神官と言うのは、存外重ねた血に合ったのだろう。気付けば千年も続く由緒正しい、神の血を引いた神職になっていたようだ。
視界の端で『じゃれる』を通り越して、全力で黄川人に殴り掛かる少女が映る。血気盛んな部分も健在のようだが……。
「当代の『
「急に悪いな」
通された座敷の隅でじゃれてる少年少女を無視して、当主、というよりも今は宮司なのであろう『
髪や肌からは既に神気の色は抜けて居るが、瞳はまだほんのりと火の色があった。
「……あの子の子孫か。最近はどうだ? 皆元気? ごはんは美味しく食ってるか?」
「お陰様で、皆恙無く。寿命も漸く人と変わらない程になりました」
永遠を抱えた神と交わり続けて、短命の呪いが解けて見れば、人生五十年などと言われる時代に悠々と百を超え、その上でまだ剣を振るえては気味も悪いだろう。
都の英雄としての功績と、万一敵対した際の恐ろしさに表立って迫害はされなかったが、それななりに周囲の人間からは浮いて居た。
それが真っ当に人との婚姻を結び、胎で子を育て産み、血を繋げて来た現在やっと穏やかに人としての安定した『一生』を手に入れられた。
剣士と当主を継がせた末娘の子孫の頭を無意識に撫でている初代の横で、黄川人に適当にあしらわれた少女が、とうとう癇癪を起して床の間に飾られた刀を引き抜居ている。が、
「あの、はい、ご飯も美味しいです……ええっと、それで、お手紙にあった当世の鬼狩りの話ですが」
既にいい歳なのに、見た目だけでは年下の女に撫でられるのに何ともいえない気恥ずかしさから逃れる様に、当主は口を開く。
語れる事の大体は天橋立から見下ろして居た昼子の話しと大差はない。
「産屋敷の方々とは……朱点討伐から数えた方が近い位の世代に、こちらに嫁いで来られた方が居る位で……」
当主は何か言いずらそうにし、視線を彷徨わせる。
「当時の当主は『呪いの上、更に業まで子孫に背負わせるのは止めろ』と、おしゃったそうでこちらから嫁がせる事はしなかったそうです」
「……すまん」
始祖の初代は両手で顔面を覆い、突っ伏した。
己が選んだ(それしか無かった)道はやはり子孫達に『業』と受け取られたようだ。改めて突き付けられた事実に胸が痛む。
「やっぱり君も相当な狂人だったみたいだ」
暴れる少女をひっくり返し、くすぐり転がしながら黄川人はケラケラ笑う。
「黙れ元凶」
「あんなの、ほぼ夕子のせいだろう? それに、種絶の呪いを掛けたのはあいつ等だぜ? しれっとボクのせいにされてるけどサ。それに、当時の一族だって本音は我が身可愛くて、ってやつだぜ! 漸く因果が絶てたってのに新たな厄介ごとなんか、嫌に決まってるさ」
だから気にすんなよ、と言うがどう考えてもその言葉は慰めなどではない。
擽られひぃひぃ笑い疲れた少女を放してやりながら、よっこいしょ、と黄川人はわざとらしい掛け声と共に、当主の前に立ちはだかり、見下ろす。
「つまんない話はいいからさ、結論だけ言ってよ。君らは今の『鬼』狩の一族に話をつけられるのかい?」
神でも鬼でもない、ただの人を繕っている筈の少年から何とも言えない圧が有った。
それもその筈、『朱点童子』は神でも人でもない。
幼い頃に神と人とに別れてしまったイツ花や、特出した力を持てなかった
呑気に出された煎餅を齧りながら、少女に背中をげしげしと蹴られながらも相変わらず適当に構い返している黄川人を遠目に、初代は暗い表情の当主の横へそっと座る。
「おれは初めから自分勝手だったが……おれはまた自分勝手にお前らだけは守るからな」
今度は意図して現当主の背を労わるように撫でる。
「神でも当世の鬼でも、人でも。何が敵に成ってもおれは、お前ら一族が平穏に生きられる事だけを願うからな。おれの母さんが敵でも。お前らの安寧を選ぶ。きっと清明もな」
今回の事に巻き込んでしまった己の子孫達の平穏だけは、何を、誰を犠牲にしてだって死守するという気迫が、既に異質だった。
この件で地上と人間に、完全に愛想を尽かした天界序列上位に君臨するいとこ共が、何かやらかすのだとしても、と。
それでも、確かにこの始祖からの血脈を受け継いでいるせいか、安堵を覚える。
幼子にとって絶対的な、それこそ神様のような『母』に対する信頼感。
当主は始祖の『朱点童子』の言葉にこくりと頷いた。