かつての悪鬼による、退屈しのぎの鬼退治の話 作:ちなみ
最終選別は通過しているが、育手の元を通過せずに鬼殺隊へ入った少年。
赤い髪に、金色の瞳。左の目元に痣があるが、そんな物では霞もしない、中性的な美貌の少年。
鬼の爪や牙さえ通さない、特別な繊維で作られた隊服の下を極端に短くし、白く細い足を剥き出しにしてその恩恵を無にしている。
それでも傷一つ負っていない。いつまでも白く細やかな皮膚で、ほっそりとした指先は到底剣を握る者とは思えない程に滑らかだった。
佩いた日輪刀は、脇差とも呼べない一尺未満の刃渡り。装飾もなく、揃えこそは実用的な物でしかないが、まるで神事の際に使う様な両刃の剣を下げ、妙に流暢に話す随分と大柄な鎹烏を連れている。他の鎹烏はその大鴉を避ける……というよりも恐れている素振りを示す。
いい意味ではなく、目立っていた。
合同任務を嫌がり、彼の戦う姿を見た者は殆ど居ないのもその一因だろうが、確かに鬼を殺し、勤めは果たしているのは確かだ。
そんな彼は入隊して早々に、炎柱、煉獄杏寿郎に預けられた。
しかしそれは彼の血縁者、件の平安の時代から続く『神職』の家系、当主の『初代』の指名で有るらしい。戦い方以前に、太刀筋などと言う物もなく、適性を示す呼吸もない。
だが炎柱が名指されたのだという。
武の心得など無い筈のその宮司の当主がわざわざ、炎柱、煉獄杏寿郎を選び、願い出たというのだ。
一体どんなやり取りが有ったのかは定かではない。
当然柱は多忙だ。何やら訳ありでは有るのだろうが、特出すべき物もないいち隊士をわざわざ柱に預けるというのは中々奇妙な話だ。
奇妙ではあるが、それは鬼殺隊を束ねる産屋敷耀哉直々に口添えがあったのならば、そこには確かな理由が有るのだろう。
だが別段、黄川人へ教えを授けろということでも無い。ただ『見て居ろ』と。
その言葉には確かに、親類縁者を心配する色もあったがそれ以上に懐疑があった。黄川人という少年への不信感が滲んでいた。
なんとも、表現しがたい感情を抱いて居るのが見て取れた。
「ああ、本当だ。魂に火の気配がある。これなら、万一が有っても大丈夫そうだ。多少気に当っても、平気だろう。悪いな。あのクソガキを見て居てやってくれ」
簡素に過ぎる白の着物を纏った、翠髪の女がじっと青い目で杏寿郎を見詰めて頷いた。彼女が件の宮司の当主だろうか。
それにしては、どことなく佇まいに剣士に近い物を感じたのが記憶に残っていた。
そんな女が不可解な事を言い残していった。
「呼んだかい?」
一年前初めて引き合わされた時と同じように、黄川人は気負う風も、敬う素振りも無く軽い調子で現れた。
一年経っても、成長期である筈の彼の身長はちっとも変って居ない。それなりに鬼を殺している筈なのに、体格がしっかりしてくることも無い。
日々成長している弟を見て居る分、杏寿郎にとって黄川人は一層奇妙に見えたいた。
「ああ! これから任務だ」
知古が最終選別を越えたので、会って来ると言ってふらりと出て行った筈が任務とだと呼び付けられれば、すっとそこへ現れる。それも不自然で奇異な事だが一度もそれを追求した事はない。
奇妙な事があろうが、鬼殺の隊士としてやることはやって居るのだ。間違いなく黄川人の働きで鬼の被害に遭う人間は減っている。
全ての任務を同行した訳ではないが、共に戦った場は決して少なくはない。柱の地位にいる杏寿郎が繰り返して見ても、何故彼が鬼に打ち勝てるのか、理解出来なかった。
姉を手に掛けた張本人以外はどうでもいいとの、自己申告の通りに彼の態度にはやる気がない。命がけで鬼と太刀合う隊士達を馬鹿にしたように、一切の覇気も闘志もなく、殺せと指示されて、殺せるので殺している。正にそんな有様。
人とは思えぬ奇異な存在。しかし鬼とも違う。
「……まったく、よっぽどボクが信用ならないらしい」
改め今回の任務の内容と各々の役割を語る杏寿郎の視線に、何かを拾いあげたのか本当に嫌そうに、重々しい息を吐く。上官を敬うような態度はあいも変わらず存在しない。
一度会ったきりのあの翠髪の女の言葉が思い起こされる。
見てやってくれと言った。
アレが、祟り神に……
ああ確かにこれは、見て居なければならない。そう何度目になるのか、心中でのみ大きく頷いた。
「この世に神や仏は居るのだろうか」
短命の呪いにより、余命幾ばくもない男が問うた。
「居る」
短命の呪いにより、二年生きる事無く死んだ女が断言する。
「だが奴らは人間なんぞを救いはしない」
まるで神と呼ばれる者共を知っている口ぶりで、吐き捨てるように言い切った。
そこにどんな意味が込められたのか、定かではないが代々当主は男も女も『
白衣白袴の簡素に過ぎる出で立ちで現れた、『当主』の『初代』は深々と耀哉の前に手をついて頭を下げた。
束ねる事なく自然なままに流された翠の髪が、その動きにそって流れて小さく床を撫でる音がした。
「最初に謝罪を。おれ達はあんたらに、勝手な理由で、身勝手なあれらの様に関わろうとしている」
固い声は謝罪を、との言葉とは裏腹に情動は殆ど読み取れない。諦観と、罪悪感に近しいものが混じっている。しかしそれはこちらには向いていない。その罪の意識は、はるか遠くへ向かっている。
「だが確実に、あんたらは強力な力を手に入れられる。探し当てられさえすれば、もしかしたらあんたらの仇を仕留める事があるかもしれない」
僅かに女の声が震える。
いい辛そうな言葉を無意識に先送りにする様に、とつとつと語る。
耀哉は女が核心に触れるのを静かに待つ。
「……なあ一つ聞かせてくれ。97代目の当主様。あんた、こんな事を始めた初代を恨んだ事はないか? 何故悲痛な別れと重い責務が確約された、辛い生を我が子に課さなきゃならない血を継いだんだと、呪った事はないか……?」