Kämpfe gegen die Erde   作:Kzhiro

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クライス氏の短編「地球教勝利END」と同じ内容です。
執筆者はクライス氏。


本編
ディストピア・ギャラクシア 上


 毎日朝六時にけたましいサイレンの音が鳴り響き、私をはじめとする恭順者たちの一日は始まる。一〇年ほど前から建設されはじめた集合団地『サーヴァント・エリア』は常に拡大を続けているが、すべて突貫工事で作成されていて、よくマンションが崩れたりするが修復されることは一切ない。ここの人間が住まいに不安を抱えていようと、向こうは知ったことではないのだろう。

 

 

 

 サイレンにたたき起こされると私は急いで身なりを整え、マンションの前に他の住人と一緒に整列し、宗教警察の点呼を受ける。そして点呼が終わると全員で一緒に省庁街へと向かう。われわれ恭順者はいついかなる時にでも勝手に移動することを赦されておらず、常に団体行動をすることが義務付けられていた。

 

 

 

 私の名はヴィルヘルム・ダトラー。一四年前まで帝国の学芸省で政権に都合の良い歴史解釈をすることを課せられた歴史研究家をやっていた。いや、本当に一四年前かどうかは自信がない。この地球で仕事をするようになってから毎日に彩りというものがなく、似たような仕事を延々と繰り返しているものだから時間の感覚というものが曖昧になり、ここで暮らすようになってから無限に等しい、あるいは一瞬しか過ごしてないように思えるのだ。

 

 

 

 だからカレンダーに書かれてある年と自分が帝国を退職した年を比べて一四年という答えを出しているだけなのだ。だからもしカレンダーのほうがどれほど現実と違うものであったとしても、それを元に計算して自分はここで暮らし始めてから一年とでも三〇年とでも答えることだろう。

 

 

 

 カレンダーに書かれている暦は慣れ親しんだ帝国暦でもなければ、大昔に銀河連邦が利用していた宇宙暦でもなく、それよりはるか昔に人類社会で利用されていた西暦という暦である。といってもどの暦を使おうが年度が変わるだけで月日の構成は変わらないから、相互の暦で今が何年か計算するのはすごく楽だが、そんな大昔の暦が再び人類社会でひろく使用されるようになったのは、地球教という宗教が政治に大きな影響を与えるようになってからだ。

 

 

 

 そう、地球教。あいつらは唐突に政治の世界に現れ、そして唐突に人類社会を征服してしまった。いや、征服したのは地球教ではない。形式上、銀河帝国を自由惑星同盟が征服したということになっているが、その頃には既に連中はすっかり地球教の操り人形と化していた。いや、自由惑星同盟だけのせいではない。銀河帝国とてそうだった。あれは本当に起こったことなのだろうか? あまりにも華麗かつ壮大で、演劇を見せられているような気分であった。

 

 

 

 ……決して口には出さないが、その変化に私たちが気づく前から、長い年月をかけて秘密裏に状況は変化していたのだと思う。実際、私も地球教徒とよく会うようになったことにひっかかりを覚えたこともあったが、永続化したように思えた同盟との戦争の被害者が宗教に救いを求めること自体は珍しくなかったので、地球教は人気のある宗教だ程度にしか思わなかった。だから、私を含めた多少は権力の側にいた者達が最初に気づいた明らかな変化は自由惑星同盟におけるある出来事であった。

 

 

 

 同盟の地球勢力が私欲にまみれた多党制の政治を声高に批判し、これを穢れなき信仰心により一掃して“聖地奪還”を成し遂げるとして地球愛党という新党を立ち上げ、選挙で圧勝して地球教政権を樹立させた。地球は帝国の辺境に位置していたから、当然帝国の首脳部は同盟の大侵攻を警戒した。地球教本部も「同盟が武力によって強引に聖地を奪わんと目論むなら、われわれは断固帝国を支持する」と宣言した。

 

 

 

 ところが政権を握った地球愛党は帝国に対して特にアクションを起こさず、国内の腐敗一掃と地球教の推奨活動に専念した。帝国側も国内の地球教徒の数の多さを鑑み、いらぬ反感を買うことを恐れて同盟側に攻撃することもなく、奇妙な平和が訪れた。

 

 

 

 そして二年後、地球愛党は地球教への信仰心に突き動かされた民衆の圧倒的支持の下、他政党をすべて地球愛党の支配下におく法案を議会と国民投票で通過させ、大昔の政治学者ジョヴァンニ・サルトーリが唱えた政党政治区分で言うところのヘゲモニー政党制へと移行。簡単に説明すると事実上の一党独裁の宗教一致体制の共和国へと変貌を遂げ、銀河帝国皇帝を超えるほどの支配力を手に入れた地球愛党主席兼最高評議会議長が全宇宙に向けて高らかにこう宣言した。

 

 

 

「母なる地球の教えの下、人類は皆兄弟である。よって帝国の兄弟たちよ、ともに手を携え、人類すべての魂を導く地球を中心とする平和で平等な社会を築こうではないか。それこそが人類の歩むべき道である」

 

 

 

 この珍妙な宣言に帝国首脳部は阿呆らしいと失笑したが、噂という形でそれを知った帝国の民衆は歓声をあげて賛意を示し、帝国政府に対して同盟側の提案に従うよう要求するデモが多発した。そうした危険な噂やデモを取り締まるべき社会秩序維持局をはじめとする内務省もまた、秘密裏に地球教の勢力が深く浸透していたので止めるどころかそのデモを煽るほどであった。

 

 

 

 事ここにいたり、帝国首脳部は放ってはおけないと判断し、内務省の親地球教勢力を大量処刑し、軍事力を用いてデモを弾圧する決定を下したが、それは裏目にでた。身の危険を感じた多くの官僚と一割近い帝国軍将兵が離反して多くのレジスタンスを結成。しかもそれらのレジスタンスが同盟や地球教本部と接触、地球教統一戦線を構築し、新しく地球愛党の主席に任じられた地球教総大主教は人類の聖戦を宣言し、地球教を否定するすべての勢力に対する宣戦布告を行ったのだ。

 

 

 

 そこからはもう一方的だった。帝国領土防衛の要であるイゼルローン要塞は要塞司令官が同盟側に裏切って駐留艦隊が同盟艦隊の迎撃に出たところをトール・ハンマーで薙ぎ払って壊滅させ、やってきた同盟軍を招き入れて陥落。その二時間後には第三勢力のフェザーンは自治領府が地球統一戦線への全面支持表明を行い、同盟軍に対してフェザーン回廊の自由な往来を全面的に認めた。

 

 

 

 両回廊から侵攻してくる同盟の大軍と国内で多発するレジスタンスのテロ行為。外側と内側両方からの圧力で帝国はろくな抵抗もできないまま多くの屍を積みあげることとなり、帝国の未来を見限った者達による離反者が相次いだ。自分、ダトラーもその一人である。

 

 

 

 やがて、帝国首脳部も勝算がないことを悟り、当時の皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の名の下、銀河帝国は自由惑星同盟に降伏。エルウィン・ヨーゼフは降伏を主導した功績に免じて同盟政府によって助命されたが、それ以外の帝国の文官や帝国軍の将兵は全員戦犯と背教の罪で裁判にかけられ、六割近くが死刑に処された。裁判すら行われることなく殺された捕虜の数も含めるとどれだけ膨大な数になるのか見当もつかないが、五〇〇万は下るまい。

 

 

 

 もっともこうした推測に意味があるかは不明だ。開廷された裁判の内、自分も元同僚や上司が被告の裁判に証人として出廷したが、それはおよそ裁判といえたものではなかった。被告には一切証言や反論をさせず、証人たちが徹底的に被告を罵倒し、地球教の主教でもある裁判長が何度も頷いて「死刑」と宣告する。毎回そのパターンだった。そのときに他の証人から聞いた話なのだが、すべての裁判が一時間もせぬうちに結果がでているそうで、これでは死刑宣告されたのが全体の六割であるという地球教の機関紙『母星新聞』の情報もどこまで信用できるか怪しい。

 

 

 

 こうして地球教を信じない、ないしは信じているフリをしなかった人間の屍を大量に積み上げた同盟政府は地球へ遷都することを表明。そして人類がここまで闘争的で道徳的に堕落した原因であるとしてシリウスと銀河連邦による脱地球的秩序を声高に批判し、誤った暦であるとして宇宙暦と帝国暦を廃し、西暦の復活が厳かに宣言され、国名も自由惑星同盟から神聖地球同盟へと改名された……。

 

 

 

 それ以来、地球的秩序の復活と人類社会全般への普及は神聖地球同盟の国是である。地方の役所で事務仕事をしていた自分をはじめとする、聖戦宣言以降に転向した学のある恭順者たちが大量に地球へと強制移住させられた。どうも聖戦以降に地球教を信じだした者達を地球教のお偉方は警戒しているようで、こちらの状況など一切斟酌せず命令してくるし、命令に背けば即刻処分してくるから拒否権はなかった。

 

 

 

 神聖地球同盟政府――地球教の神殿という側面も兼ね備えているので、やたらと巨大な石造の建築物で神聖さと威圧感を与える――の人類史編纂委員会歴史教化局軍事史担当第二一六班に所属している自分の今の立場である。およそ一般人にはまったく意味がわからない役職であろうが、やっていることは簡単に言うと歴史の改竄である。

 

 

 

 地球を全面的に正当化し、シリウス戦役において地球は一方的な被害者であった……。そうするために、ありとあらゆる記録を修正するのである。西暦二六〇〇年代から現代にいたるまで、およそ一〇〇〇年に渡る歴史を書き換えるのだ。項目も多岐にわたる。政治史、文学史、経済史、精神史、教育史、科学史、芸術史――その中の軍事史を担当する二一六番目に設立された班、それが人類史編纂委員会歴史教化部軍事史担当第二一六班だ。

 

 

 

 ひとつの担当に対し、何百何千個の班が設置されているのかはしらないが、マンションの住人との世間話で知ったことで確かめたことなのだが、ひとつの班に所属する人員は二〇人前後で、班長を除けば全員が恭順者である。そして班長も地球教内部であまり高い位置にいるというわけではないようだ。

 

 

 

 いつも上層部からその日に修正する分の記録が提示される。いくつか種類があるが、おおよそ三種類に分類できる。今日の分の仕事を例にだすと以下のようになる。

 

 

 

A.三二〇一年のヴェガ紛争記録に著しい偏見あり。修正。

 

B.シリウスの残虐なる虐殺事件の詳細とは、どういったものがあるか。

 

C.シリウス軍のD-一八型ミサイルの記録に矛盾発覚。B-六二ミサイルの記録と照らし合わせ、再修正。

 

 

 

 Aは非常にわかりやすい。ヴェガ紛争とは、ゴールデンバウム王朝時代にヴェガ星域で起きた貴族の私設軍と帝国正規軍の管轄争いから発生した軍事衝突事件の記録なのだが、この戦役の記録にはたいてい地球軍連携不足と練度不足でシリウス軍に大敗した第一次・第二次ヴェガ星域会戦のことを揶揄したり、比較したりして地球を嘲笑するがごとき記述が多いので、その点を改善せよという意味である。

 

 

 

 また逆に地球の不名誉な事件――一番象徴的なのは二六九一年のラグラン市事件――の記録に著しい偏見があるとして修正せよという場合もある。どちらの場合でも注意しなければならないのは地球は善であり被害者であるということを見る者に伝えることであり、かつ可能な限り自然な風を装い、露骨にしてはいけないということである。

 

 

 

 地球を美化する記述が露骨に過ぎれば、第三者がそれを見た時に逆に疑いを持つと地球教の上層部は思っているようだ。そしてそんな露骨な記述をする者は本心では地球教に反感を持っているに違いないと確信しているようで、以前、そんな記述をしたという罪で同僚だった恭順者の一人が宗教警察にしょっぴかれてしまい、それ以来見ていない。

 

 

 

 Bは歴史と矛盾しない形で事件をゼロから創造しろということである。どれだけ美化してみせようとも結果として滅んでしまっている以上、地球統一政府が傲慢だったのは糊塗しきれないと思っているようで、そこで当時敵対していたシリウスをはじめとする植民惑星の暗黒面を誇張することによって、相対的に地球は間違っていなかったが、やりすぎてしまったのであるという風に見せかけようという試みのようである。

 

 

 

 つまり当時の地球の悪業は反省すべき点が多々あるが、敵対していた星々も同等以上に悪業を犯していた。つまりそれは当時の時代全体が狂っていたというわけで、地球が一方的に悪いというわけではない。そのようないささか強引な論法を採用しているのである。

 

 

 

 だからシリウスには地球がラグラン市で大虐殺をやらかしていた頃から、同じくらいの悪業をやっていてもらわなくてはならない。というわけでそういった事件を想像して描けということである。もちろん歴史書を参考にして大きな矛盾が発生しないように調整しなきゃいけないので大事件は作れないが、小事件を乱発させ、その報復で地球軍がやりすぎて大虐殺をやらかした、という解釈である。

 

 

 

 CはAとBの作業で生じた記録同士の矛盾を整合せよというものだ。今回の場合、だれかが捏造した事件で現実に存在しなかったミサイルをシリウスが使用したという形で記述したのであろう。その結果、武器記録の修正が必要である、というわけだ。

 

 

 

 毎年神聖地球同盟公認の歴史書が発行されているが、その内容を決めている人類史編纂委員会がこのような作業をしているので、毎年内容に少なからぬ差がでているが、だれも大きく気にしていない。というのも、聖戦の頃から……同盟領ではそれ以前からそうだったようだが、狂信者たちで編成されたファイアマン部隊と呼ばれる同盟軍部隊が誤った歴史を正すという名目の下、占領地域で記録データや書物類を民衆が所有することを認めずに略奪してまわり、一部だけ本部に送りつけてそれ以外は全部燃やし尽くしてしまったからである。

 

 

 

 そうして集まった記録をすべて神聖地球同盟政府が一括的かつ包括的に考察し、疑いのない真実の記録を編纂して完璧な歴史書を編纂する。しかしあまりにも参考にすべき記録が膨大であるため、途中経過の歴史書を毎年発表するが、あくまで途中経過であるために修正されることがあるので、信頼度はいまのところ薄いという形をとっているのだ。ちなみに人類史編纂委員会の公式見解によると歴史書の完成版が発行されるのはおよそ六〇年後である。気の長すぎる話だ。

 

 

 

 また自分たちが恭順者がなかば囚人のような扱いを受けているのは、地球教が自覚的にこうした作業を行なっているということをまわりに漏らすまいという意図によるものなのだろう。実際、同盟政府の管理下から逃れようとしたサーヴァント・エリアの住民は、宗教警察によって容赦なく射殺され、交差点の中央などで吊り下げられるのが常態化している。おかげでサーヴァント・エリアの衛生環境も物凄く悪く、疫病にかかる者もいるのだが、働かないと殺されるので働くしかない。まるで消耗品のような扱いである。

 

 

 

 午前中の仕事を班長に報告すると、彼から今日の分の食券が与えられ、食堂で利用して昼食をとる。昼食のレパートリーは曜日ごとに決められており、全七種類である。もうすでに辟易しているが、それ以外のものを要求することなどできない。栄養バランスはちゃんと考えられたものであることが唯一の救いであるが、あまりにも刺激がなくて困っている。

 

 

 

 そうした刺激を期待するなら、夕食の時間ということになるだろうか。夕食は配給制でたまに嗜好品の類が支給されることもある。配給されるものは個人個人で違い、たしかなことはわからないが、マンションの隣人と確認しあったところ、どうも仕事での貢献具合で配給に差がでているらしい。現に熱を出して出勤しなかった者にはなにも配給されていなかったから、おそらく間違いはあるまい。

 

 

 

「今日の調子はどうだい?」

 

 

 

 自分と同じ席に座ったのは、どこか疲れ切った顔の中年男性で、頭部が禿げきっていた。彼の名はユーリィ・セレブリャコーフという名前のフェザーン人で、本人の言葉を信じるのであれば元々はやり手のビジネスマンであったらしいが、そのような才気は今ではまったく感じられない。むしろ凡庸といった印象すら他人にあたえるが、それは必ずしも彼のせいであるとはいえなかった。

 

 

 

 フェザーンは名目上は帝国の自治領であったが、帝国の干渉を受けることなく独立した主権を確保しており、帝国と同盟が延々と戦争を続けているのを横目に平和と繁栄を享受しており、フェザーン商人はすべからくそのことを誇りに思い、独立不羈の精神が非常に旺盛であった。だからフェザーン自治領主府が自由惑星同盟に完全に味方し、その精神を踏みにじったことに多くのフェザーン人が驚愕した。

 

 

 

 当然、そのような恥知らずな決定をしたことに対して多くのフェザーン人たちは反感を募らせ、いくつもの都市が抵抗運動に加担した。だが、それは悲劇のはじまりだった。抵抗運動に対するフェザーン自治領主府と同盟軍の対応は容赦という言葉が微塵もない悲惨なものだった。

 

 

 

 自治領主府によって作成された危険人物リストを参考に、同盟軍が反抗的と思わしきフェザーン人を拘束・殺戮してまわった。そして抵抗運動の根拠地となったメトロポリスをはじめとする五つの大都市には衛星軌道上から同盟軍艦艇によって熱核攻撃が加えられ、億単位の人間が殺戮された。長い平和にならされすぎていたこともあって残されたフェザーン人たちは恐怖ですくみあがり、生きたまま焼き殺されるかもしれないという圧倒的恐怖から多くの人間が保身に走って抵抗運動が内部崩壊し、唯々諾々と同盟軍の指示に従ったという。

 

 

 

 セレブリャコーフはその保身に走った人間の一人だ。抵抗運動に参加していたが、途中で離脱して同盟軍に協力した者は救済されたわけであるが、その過程で同盟軍がかつての仲間たちを地獄においやる片棒を担がされることになったのだ。だからまだ三〇代だというのに初老の気配を纏っているのは、そうした悲惨な経験によるものなのだろう。

 

 

 

「いつもどおりさ。そっちは?」

 

「最悪だよ。今日の母星新聞は読んだ?」

 

「いや、まだだね」

 

「じゃ、見てみろよ」

 

 

 

 そう言ってセレブリャコーフは脇に抱えていた母星新聞を机に置いた。その紙片に書かれている文字を読み上げ、何故彼の機嫌が悪いのかが理解できた。その新聞にはこう書かれていたのである。「シャンプールでテロ発生。ド・ヴィリエ一派の犯行」と。

 

 

 

 ド・ヴィリエ一派とは、全人類共通の敵であり、良き人間を堕落の道に引きずり込む悪魔のごとき異端者であると神聖地球同盟政府と地球教の影響下にあるすべての組織が盛んに喧伝しているテロ・グループである。その目的は一〇〇〇年の間に流された血と涙によって築かれた現在の平和を破壊し、信徒間の友愛関係を破壊し、不信感を蔓延させ扇動することによって、人類社会を再び永遠とも思える戦争が続く地獄へと戻そうとしている、ということになっている。

 

 

 

 盟主であるド・ヴィリエは地球教の大主教で、若くして地球愛党のナンバー・ツーの座を確保し、巧みな手腕で人類社会の平和的統一と地球への遷都に尽力したという。しかし、度し難い闘争心と人間の破滅を好む倒錯的趣向を有していたため、自ら築いた平和に満足できず、地球教を二分して再び戦乱を起こそうと目論んだところを総大主教に察知され、すべての公的な肩書を剥奪された上、地球教と地球愛党から永久除名処分を受け、神聖地球同盟政府から指名手配されている。

 

 

 

「本当に最悪だね」

 

 

 

 平静を装ってそう口には出したが、じつのところ、自分の気分は高揚していた。ここで働くようになってから、ド・ヴィリエ一派の活躍を新聞や立体TVで知ることが、ほとんど唯一の楽しみとなっている。こうした勢力が存在するということ自体が、自分にとっての喜びであり、その活動を知ることが地球教に対する鬱憤晴らしなのだ。

 

 

 

「だろう?」

 

 

 

 しずかな怒りを堪えるような態度でセレブリャコーフがそう言った。同盟軍による悲惨な殲滅作戦をその目で見てきた彼はすっかり反抗心というものが折られてしまい、地球教を否定するなんてことは考えるだけで身の毛がよだつ所業であるらしい。彼は身の安全が保障されるならどのような扱いを受けてもいいから、何も変わってほしくないと強く願っており、そういう考えを持つ恭順者は多い。

 

 

 

 しかし地球教に対する反発(面に出したら宗教警察に捕まってどんな目にあわされるかわからないので絶対にださないが)を抱えているにもかかわらず、自分は彼らに同情的である。納得できなくても感情的に彼らの思いに共感できてしまうのだ。あまりにも途方もなく完璧な方法で、一切の反撃を許さず。まるでこの世の真理を司る神や悪魔といった超常的存在が本当に地球教に偉大なる加護を与えているのでは、と、思わずにはいられないのである。

 

 

 

 だが、仮にそうだったのだとしても、人間は神や悪魔を轢殺し、人間の世界を作ることができるはずだ、と、自分は信じたいのだ。徹底的に管理され、同じ仕事を繰り返し、時間の感覚が曖昧となり、時として自分は生きているのか死んでいるのかといった疑問さえ抱くことがある状況が打破される日が遠からずくると信じたいのだ。

 

 

 

 銀河帝国の学芸省で権力者の都合の良い歴史家をやっていた頃、幸福であったとは言うまい。愚かしい貴族に媚を売り、あほらしい命令に忠実に従い、それでろくな成果をあげることができなかったら自分のせいにして激しく怒り狂う貴族どもに対して、ストレスを多く溜め込んでいた。しかしそれでも、自分というものを感じることができていたはずだ。自分は人間なのだと思うことができたはずだ。だが、今の自分は……!!

 

 

 

 自分は都合の良い道具ではないはずなのだ。いや、都合の良い道具であったとしても、自分は人間であるはずなのだ。生きているはずなのだ。休日に自由に街中を散歩し、すれ違った人間と挨拶を交わして世間話を興じ、馬があえば友誼を結び一緒に酒場で飲みあって連絡先を交換する。そんなありふれた日常は、学芸省の道具であっても享受することができたはずなのだ。

 

 

 

 だからこそ、ド・ヴィリエ一派にしずかな期待を寄せずにはいられない。おお、大神オーディンよ、どうか、彼の者達に地球教を打倒させたまえ。この牢獄のような世界を崩壊させたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗教警察は神聖地球同盟政府最高意思決定機関である最高評議会直属組織であり、絶大な権限が与えられている。背教者を捜索するあらゆる行為を正当化する権利から始まり、背教者と思わしき者を拘束する権利、背教者かどうか尋問する権利、背教者であることを確認したらその場で銃殺刑に処す権利――つまり、一組織で逮捕から処刑まで流れを完結させることができるという凄まじい権利である。

 

 

 

 彼らは非常に凶暴な猟犬であり、しかも最悪なことに優秀で、多くの背教者たちの屍を積み上げ、同盟軍と並んで地球教政権の恐怖政治を支える大きな柱となっていた。宗教警察の指揮官クラスは地球人や本部から認められた敬虔な信徒ばかりで、狂信的にもほどがある選民思想と信仰心を例外なく有しており、背教者に対する敵意を全身から漲らせていた。

 

 

 

「どこだ!!」

 

「こっちに逃げたはずだ! 急げ!!」

 

「向こう! 向こうにいます!!」

 

「そうか! 邪魔だ! 道を開けろ、貴様らぁあああああ!!」

 

 

 

 屈強な体をした地球人の宗教警察官が銃を乱射して道路を移動していた民間人を銃撃し、強引に道をつくって背教者を追跡する。背教者を追跡するさいに邪魔な民間人を排除することは、背教者を捜索するあらゆる行為を正当化する権利として最高評議会から認められており、彼らの蛮行は法律的には疑いの余地がないほど合法的であった。

 

 

 

 追跡の過程で約五〇人の民間人が銃撃されて傷を負ったが、宗教警察は追跡していた相手をとらえることができなかった。そのことに激怒した指揮官たちは部下の巡査たちを一列に整列させた。そして、大きく声をあげて追跡の先陣に立っていた若い巡査を名指して一歩前に立たせた。

 

 

 

「なんでしょうか……」

 

「ほう、わからんのか。本当に?」

 

 

 

 宗教警察警部が無表情でそう告げるが、若い巡査は青い顔をするばかりで、なにも言わない。

 

 

 

「おまえはこれまで多くの背教者を逮捕しているな。その功績はこの部署でもトップクラスだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「近々、巡査長に昇進するかもしれないと選考中とか。我らを想像してくださった母なる星への感謝を一〇〇〇年も忘れ、聖戦が始まってから逃げるように地球への愛を唱え始めた貴様ら恭順者にとっては、望外の出世だ。のう?」

 

「……この恩恵は決して忘れません。絶対に母なる惑星の恩に報いる働きをしてみせます」

 

「そうか、では、いますぐに恩恵に報いろ」

 

 

 

 そう言い捨てると警部はブラスターを抜き放って若い巡査の頭部を銃撃した。即死である。

 

 

 

「いいか、こいつはたしかに多くの背教者を逮捕してきた。しかしそいつらはどいつもこいつも小物ばかりで、肝心のド・ヴィリエ一派を追跡するときになるとまったく成果をあげない! おそらくこやつは唾棄すべき輩と通じていたのだろう。いいか、ド・ヴィリエ一派の甘言や誘惑には決して耳を傾けるな! ド・ヴィリエ一派のリストに載ってる奴は、一度見つけたら必ず拘束しろ! 拘束が難しいなら射殺したってかまわん! それさえできれば貴様らも新地球人としての権利を認めてやる! いいな!!」

 

 

 

 新地球人とは聖戦が宣言される以前から地球教に入信していた者達に与えられた権利である。少なくとも彼らには地球教のミサに参加し、政府の命令に忠実に従うのならば、人間として一定の権利が保障されていた。恭順者にとって、その立場になることは人間であることを取り戻すという意味で、悲願であった。

 

 

 

「散れ! 絶対このあたりに潜伏してるはずなんだからな!」

 

 

 

 警部の怒声で警官たちはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗教警察が執拗なまでに背教者狩りに精を出している惑星の地下で、ダトラーが将来に期待しているド・ヴィリエ一派の会合が開かれていた。

 

 

 

「まったく宗教警察の鼻は鋭すぎるな。昨日、こちらに協力していた巡査の一人が処分された」

 

 

 

 やれやれと言った調子で肩を竦めてそう言うのはヨブ・トリューニヒトである。かつては自由惑星同盟の最高評議会議長を務めたこともある政治家であるが、地球愛党が一党独裁体制を敷く過程で立場を失い、それ以来ド・ヴィリエを盟主とする地球教世俗派に匿われていた。しかしド・ヴィリエも地球教内で立場を失ったので、彼の暗躍に力を貸している。

 

 

 

「まったくだ。あれほどの権力を握っていながら、なぜ大して腐敗することもなく動けるのやら」

 

 

 

 トリューニヒトの言葉に同調するのはアドリアン・ルビンスキーであり、五代目にして最後のフェザーン自治領主であり、フェザーン回廊の通行を同盟に無制限に認め、フェザーンを亡国の道に歩ませた人物である。彼はその後も地球教世俗派に属して一定の権勢をふるっていたのだが、世俗派が粛清されてやはり立場を失っており、宗教警察から追われる身である。

 

 

 

「……原理派は教義に忠実だ。そして地球教の教義は勤勉と清貧を推奨している」

 

「地球教の理念がなせる技とでも言いたいのかね?」

 

 

 

 馬鹿にしたような口調でそう言うトリューニヒト。崇高な理念なんてもので人間の欲望が抑えられるようなものではあるまい。彼が自由惑星同盟は国父アーレ・ハイネセンから高尚な民主共和主義を唱え、それを実践しているとうそぶいていたが、トリューニヒトが政界で活躍していた当時、それは建前だけで実質は腐敗の限りを尽くしていた。だから人間の欲望の前にはそんなものは無力であると確信している。

 

 

 

 だが、そんなことはド・ヴィリエも弁えている。いかに自分達世俗派を蹴落とした原理派の連中が狂信的であるとはいえ、人間の醜悪な欲望と無縁であるような人間は絶対的少数派であろう。だが、地球教内部で人生のほとんどを費やしてきたド・ヴィリエには信仰心とは別のものが欲望を抑えていると考えることができた。

 

 

 

「理念だけなら欲望に屈するだろう。だが、それだけではない」

 

「ではなにがあるというんだね?」

 

「同調圧力、あるいは地球教団に蔓延している空気、とでもいうべきものだ。それがゆえに宗教警察の連中は腐敗しないのだ」

 

 

 

 地球教団は聖職者は清貧であるべき、あらねばらなぬというのが常識である。そしてその常識から外れることはまわりから信仰心が疑われることである。そしてそのような行為を見つければ異端であるから告発せよと地球人の聖職者たちは幼少期から教え込まれる。だから、同じ聖職者は信頼できない。できないから、清貧を装って欲望を抑え、勤勉に働いて周囲に信仰心をアピールし、おのれの身の安全を守らなくてはならない。

 

 

 

 そんな空気が蔓延していたから、ド・ヴィリエが出世の階段をのぼる過程で、世俗的欲望をある程度肯定する聖職者を集めて世俗派を形成するのは非常に神経を使う仕事だった。自分が地球教の頂点に立っても、地球教の偏狭な教義に縛られていては自分の俗なる欲望を満たすことなどできなかったからだ。まあ、それも原理派が支配的になってしまったせいで、何の価値もなくなってしまったが。

 

 

 

 だから彼らは必死で自分の欲望を抑えつづけねばならない。そのストレスが彼らの攻撃性を強めるが、信徒同士は固い信頼で結ばれているという前提があるから、その攻撃性は主に背教者狩りに熱意を燃やすことによって消化される。いわば連中の背教者へのヒステリックな敵意と憎悪は、普段のストレスの発散行為なのだ。

 

 

 

「泥水で穢れを洗い落とすような麗しい信仰の力だな。そこまで狂っているなら場当たり的な対処に終始してほしいものだ。憂国騎士団の馬鹿どもみたいに」

 

「狂っているからと言って知性が劣弱なわけではないのだ。それでなくては数世紀にわたって陰謀の糸を張り巡らし続け、地球による人類社会の支配を達成させるなどという大それたことができるわけがない」

 

「……それはわかっているつもりだがね」

 

 

 

 ルビンスキーの指摘に、トリューニヒトは不愉快そうに同意した。フェザーン成立時から続いていた地球教との公でない関係があったことを承知しており、ド・ヴィリエほどではないにしてもルビンスキーが地球教の内部事情に通じているのは当然であった。というよりこの三人の中ではトリューニヒトが一番、地球教のことを知らないのである。

 

 

 

「トリューニヒト。シャンプールの収容所の囚人たちを解放してくれたのはありがたい。不足がちだった人員がある程度補充できた。礼を言う」

 

「なに、私には心強い魔術師が部下にいるんでね」

 

「なるほど。今回もあやつの活躍か」

 

 

 

 ド・ヴィリエは納得したようにうなずくとルビンスキーに問うた。

 

 

 

「そちらの方はどうなっている?」

 

「うちの若いのが、新地球人が経営している企業から資金の融通をしてくれるように話をつけた。また、同盟軍にいる同志との連絡手段もある程度は安全な方法で確立できている」

 

「ほう、そいつはミューゼルというおぬしの懐刀か」

 

「ああ、あれに目をかけたのは正解だった」

 

 

 

 ルビンスキーはニヤリと笑みを浮かべた。これほど絶望的な状況でもゲームを楽しんでいるような感覚になれるのは彼の特筆すべき長所であるといえよう。

 

 

 

「同盟軍か。あそこには昔の空気がまだ色濃く残ってるし、ドーソン君をはじめ、私に近かった軍人が多く残ってるから、地球教の連中は軍を宗教警察ほど信頼していないし、警戒も厳しいはずなのだが、大丈夫なのか?」

 

「われわれフェザーンの暗躍能力を舐めないでもらおう」

 

「そこまで言い切れるのではあれば、不安はない。そうではないかトリューニヒトよ」

 

 

 

 彼ら三人は別に高尚な理念を共有しているわけではない。それどころか平時であれば危険人物として認識されることもありうる者達である。彼らを結び付けているのは、どうしようもなく人間的な低俗な理由であり、それが地球教が支配するこの世界では叶えられることはないから、この世界をぶっ壊そうという紐帯で結ばれているだけに過ぎないのだ。

 

 

 

 その低俗な理由は単純明快である。彼らは大きい権力を握り、恣意的にそれを行使して贅沢したい。

 

 

 

「「「地球教打倒を誓って!」」」

 

 

 

 議論も終わると、三人はそう唱和して高級ワインで乾杯した。地球教を打倒して新しい権力者になったら、とりあえず飽きるまで酒を浴びるように飲みたいなと、はからずも同じ思いを抱きながら……。




本作「Kämpfe gegen die Erde」はクライス氏作の短編「地球教勝利END」の続編として有志の皆様の協力のもと制作しました。
有志の皆様にあらためて感謝の言葉を捧げたいと思います。ありがとうございます。

https://togetter.com/li/1685095
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