Kämpfe gegen die Erde   作:Kzhiro

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執筆者はクライス氏。


地球教徒の枢機卿会議

神聖地球同盟の首都星は地球であるが、更にその中で宗教的、あるいは政治・軍事の中枢を擁している主要地はどこであるかというと、南半球オーストラリア大陸東岸地区に建設された、巨大な石造りの大聖堂、ブリスベーン大聖堂である。

 

地球教本部としての宗教組織としての機能のみならず、地球愛党本部の党施設、神聖地球同盟中央政府としての機能を兼ね備えており、その大聖堂の総面積は百キロ平方キロメートルにも及ぶとも言われ、つい先日に宗教警察軍の手によって灰燼と化した帝国宮廷のノイエ・サンスーシすらをも上回る巨大建造物なのである。

 

大聖堂の名称といい、その位置といい、明らかに地球統一政府の首都を連想させるものであり、事実、地球教の指導者たちはそれを意識していた。別に自らを地球統一政府の後継者であると定義しているわけではないが、統一政府が誕生した経緯と理念——十三日戦争以来続いた混迷の世に終止符を打ち、戦争のない平和的新秩序建設せん!――は、純粋に地球教徒たちが共感できるものであったからである。

 

これには地球教の開祖ジャムシードも触れており、故にこそ当初の理念をどこかに投げ捨てたとしか思えない中期以降の振る舞いは全否定の対象ですらあり、どのようにすれば「平和への信念」を代を継いで後世に継承していけるのかあれこれと考えるようになった。少なくとも、地球教の聖書にはそのように記されている。

 

そんな大聖堂の住民たちは、皆多くの仕事を抱えていて忙しい身であるが、全体的な傾向をあげるのであれば、顔色が明るい者が多いということであった。それもそうであろう。彼らの主観からすれば至極当然のことである。

 

四〇〇年前より始まった人類救済計画は成就し、人類全体が戦争という業悪に苦しみ続けた暗黒時代は終わりを告げ、母なる星への信仰を土台にした輝かしい平和の時代がやってきたのだ。七〇〇年も前からそうだった地球と比べると、ずいぶんと遅いなという気持ちもなくはないが、一人の人間として喜ばしいことであるに違いない。それが平均的な地球人の感想であった。

 

「いったいどういうことですか!?」

 

地球教団の頂点に位置するのは当然、最高位の聖職者である総大主教であるが、その諮問機関として枢機局という機構が存在し、実質的に地球教団の最高幹部たるを務めるのが聖ジャムシード以来の伝統である。現在においては、枢機局員と地球愛党の幹部たる中央委員会常務委員の顔ぶれは完璧に同一であり、また現在の同盟の国法では地球愛党の指導性が確立されており、枢機局員は皆国家においてそれぞれに重要な地位にあることから、人類社会の権力の中枢でもあった。

 

…もっとも、現在の体制下において、地球教団、地球愛党、神聖地球同盟を厳密に区別する必要が、はたしてあるのかは果てしなく謎であるが。

 

「いくらゼネスト弾圧のためとは言え、一億もの人間を殺したのですかッ!」

 

そんな枢機局の会議において、舌鋒鋭く声を張りあげるのは、まだ二〇代の、容姿にもどこか幼さが残る若い大主教、スピカ・エインスワースである。敬虔な信仰心と、莫大な実績と信徒を心酔させる聖職者にふさわしい自負心、そして総大主教からの高い評価によって、若くして枢機局の一員となった『現代の聖女』である。

 

しかし彼女に糾弾されているホンパンは、エインスワースの舌鋒になんら感心した風もなく、平然と嘯いた。

 

「なにを騒ぐことがあるのかしら。オーディンで平和を破壊せんと目論む愚者どもを徹底的に膺懲せよというのが、枢機局の総意ではなかったの。私はその時の会議は参加してないから詳細は知らないけども、宗教警察軍はその役目を完璧以上に果たしただけではなくて?」

 

事実として、ホンパンは神聖地球同盟が成立して以来、あまり政治的方針の決定には深く参与していなかった。地球教団総書記、地球愛党副主席、最高評議会副議長など、名実ともに総大主教に続く政権のナンバー・ツーの立ち位置にいる彼女であるが、彼女は宗教警察の指導者として反体制分子を弾圧するのに忙しく、それにかかわらない事柄の政策方針に興味が薄いようなのであった。

 

今日、こうして会議に顔を出しているのも、今回が総大主教直々の召集であったからで、普段の定例の枢機局会議には、宗教警察長官としての仕事の都合にあえば出席するが、基本的に欠席するのが常態化しているほどであった。

 

それでも他の枢機局員と駆け引きできるのは、ホンパンの並外れた優秀さもさることながら、宗教警察を介しての情報収集・分析を日々怠らず、また総大主教から深い信任を得ているためであった。

 

「しかしそれでも一億は殺しすぎではないか。此方としては二〇〇〇万程度で十分であったとも思うのだが」

 

「ええ、私も想像以上で少し驚いたわ。急造の新設部隊の実験運用という側面もあったのだけど、最高のパフォーマンスを発揮してて……あれなら三日も時間を与えずによかったかもしれないわね」

 

「たしか数時間程度で解放戦線の艦隊を一網打尽にしたのじゃったか? いや、よくもそんな練度の艦隊を短期間のうちに創出できたものじゃ」

 

そうしみじみと呟く老人はラヴァル大主教である。現在は同盟議会議長の地位にあり、各議員の陳情を受け付けてその代弁者たることが多い為、内外から穏健派とみなされる古参の大主教であるが、若い頃から地球教の秘密計画に参加し、多様な貢献をなしてきた古強者である。

 

高齢すぎるがために総大主教が、宗教警察の仕事優先のためにホンパンが、枢機局会議を欠席しがちである為、ナンバー・ワン、ナンバーツーに代わって枢機局会議の議事進行は彼の役目となりつつあり、ホンパンがたまに出席しても面倒だからとその役目を押し付けられていた。

 

「ホンパン大主教の手腕は羨ましいな。汝のところの艦隊を、そのまま軍の正規艦隊として欲しいくらいだよ」

 

「そんなこと言われてもあげないわよデグスビイ大主教。ゼロから艦隊を作るのに人材探しからなにからとっても苦労したんだから」

 

「......わかっている。冗談だ。だが、軍部の士官人材の不足は深刻でな。使える人材があるというのなら欲しくなってしまうのだ」

 

デグスビイの嘆息に、多くの枢機局員が共感した。同盟軍の質的な低下は慢性的な問題であった。原因は長きに渡る戦争による消耗――ではない。自由惑星同盟時代の気風がそれなりに残っている同盟軍将校に対し、地球教は度々大粛清の大鉈を振るってきた為、将校の質が低下しているのであった。

 

この欠点を補う為に、アーサー・リンチ中将を司令官とする地球教の価値観として論外な連中を集めた犯罪者艦隊である第一三艦隊を設置するなどの苦肉の策をとったりしているほどなのであった。

 

「デグスビイ大主教の懸念はもっともですけど、その悩みは数年もしない内に解消すると思いますよ?」

 

「どういう意味だ? 汝の律法局で進展でもあったのか?」

 

「詳細は言えません。秘密です」

 

人差し指を口元に立ててそう語るエインスワースは、どこか小悪魔的雰囲気があった。彼女は教団律法局の長官であり、各地に建設されている改宗のための強制収容施設すべての管理・運営を担当している。そのため、デグスビイとしては回収させた同盟軍や帝国軍の将校を融通してくれるのだろうかと期待したのだが、曖昧に濁されたので困惑した。

 

「話を戻すけど、オーディン・ゼネストを粉砕した宗教警察軍の行為については、私はなんとも思っていないわ。あんな用意周到に準備していたとしか思えないゼネストの参加者も、それを黙認した者たちも、その悪業に相応しい報いを受けた。ただそれだけのことよ。これをどのように公表するのか、あるいは秘匿するのかという話であればわかるけど」

 

「其方としてはどのように考えておるのだ?」

 

「そうね、解放戦線なんて一大戦争勢力が誕生して、どうも私たちが『聖戦』の頃に教敵をどのように扱ってきたのか忘れられつつあるみたいだし、包み隠さずに国営放送で人類社会全域に流せばいいのではなくて?もともと敵への威圧を目的としての容赦なき弾圧という方針だったのだし」

 

解放戦線の末端組織に浸透させている宗教警察のエージェントからの情報によると、半端な覚悟で反対勢力に与した物の数は意外に多いらしい。聖戦が終わってから、街ごと焼き尽くすような背教者弾圧政策は極力控えてきた方針が裏目に出て、舐められているといってもいいだろう。そうであるならば、連中に恐怖の味を思い出させてやるのも一案であろう。

 

それで正道へと戻ってきた者たちについては、慈悲深い扱いをしてやれば、それだけで解放戦線とかいう反動勢力の土台に釘を入れることも不可能ではないだろう。慈悲深い扱いの具体的な内容については、エインスワースに丸投げすればいい。彼女、人を優しく諭すのが得意な善性の塊のような聖職者だし。

 

「ってことは、俺の出番だな! 最近の重要案件といえば食料輸送問題くらいで、やや退屈していたんだ!! しかし映像はあるのか? 番組を作る上で実録映像が欲しいんだが!?」

 

「……私の部下たちが報告用に撮影したものでよければ提供するわ」

 

「おっしゃあ、腕がなる! 恐怖を煽るっていうのなら、いくらか数字を水増しした方が効果があるかな!?

 

『平和への叛逆勢力、解放戦線の抵抗運動に正義の鉄槌が下り、死者五億!』とか!!」

 

そのように嬉々として語るのは、現在の情報交通委員長であるダンドレジー大主教である。元々市井の立体TV局にいた人間であるが、どこか論理感が崩壊しているところがあり、とにかく人々の心を動かす報道をする魅力に取り憑かれており、地球愛党が同盟の独裁政党となるのに大いに貢献した人物の一人である。

 

ほとんど信仰心がないと他の者たちから見做されており、胡散臭く思われているのだが、芸術的・実務的才能は文句なしに高く、地球教全体に多大な貢献を成してきたのもたしかで、さらに地球教としてもメディアの重要性は理解していたから、仕方なく大主教・枢機局員に任じたという特殊な人物である。

 

「やめんかッ! いかに不信心者どもとはいえ、一億もの人間の死を嬉々として語るではない!」

 

「やっ、申し訳ない……言いすぎた」

 

あまりの不快さに激怒したデグスビイに一喝されて、ドンドレジーは気まずそうに黙り込んだ。

 

「ドンドレジーの言い草は不快であるが、私も概ねその方向では問題はないと感じる」

 

しわがれたかすれ声が部屋に響いた瞬間、枢機局の全員が弾かれたように直立し、声の主人の姿を確認すると即座に彼に向かって拝跪した。

 

「総大主教猊下ッ!」

 

入室したきたのは地球教総大主教であった。すでにいつ天寿を迎えてもおかしくないと思えるほどの老齢の身であるが、現人類社会の頂点に君臨している老人であり、この老人の聖断によって地球教は右にも左にも動くと言われるほど、全聖職者からの尊敬と忠誠を一身に集める偉大な老人であった。

 

「よい、席に戻れ」

その声を聞き、元々座っていた席へと戻る。総大主教は当たり前のように、議長席に座り、そこに座っていたラヴァルはその左隣へと席を移した。

 

総大主教がなにか喋ろうとしたかに見えたが、すぐに激しく咳き込んだので、枢機局員たちは顔色を変えたが、総大主教が手をあげて彼らの動揺をしずめた。

 

「かまわぬ。死病だ。あらゆる生命が死する運命にあると同じく、私にもその時が迫っていると言うだけのこと」 

 

「……滅多なことをおっしゃいなさいますな」

 

ラヴァルの震えるような声に、総大主教は穏やかに笑った。

「何を言うか。我らの偉大な開祖ジャムシードとて避けられなかった道理、どうして私だけが例外でいられようか。人はいつか死なねばならぬ。故にこそ、永遠の母なる地球を崇めながら、天寿を迎えるまで生を謳歌することは尊いのじゃ。このような教えの基礎の基礎を大主教が、それも枢機局の一員が弁えておらぬでどうするか」

 

「わかっておりますが、人情というものでございますれば」

 

「ふむ、それもまたそうよな」

 

総大主教は納得したように頷き、枢機局員の顔を見渡した。

 

「じゃが、その時を迎えるまでに解決しておきたい問題も多々ある。特に身内の恥であるド・ヴィリエのこと、そして例の詳細不明のままである大量破壊兵器、反物質弾道弾の件じゃ」

 

総大主教のその言葉を聞き、ホンパンが口を開いた。

 

「既にご存知のことと思いますが、かつての世俗派の残党、通称『ド・ヴィリエー派』についてですが、オリオン腕ではなく、主にサジタリウス腕にて活動しているものと推測されます。例の魔術師ヤン率いる部隊のテロによって、数多くの宗教、政府施設が破壊されており、宗教警察としても対策に乗り出しておりますが、成果は芳しくありません」

 

「ド・ヴィリエ率いていた世俗派は、概ね旧帝国側で活動していた者ばかりだから、いくらド・ヴィリエが地下活動の達人とはいえ、サジタリウス腕では勝手が違ってうまくいかないものだろうと思うておったが、どうしてああも縦横無尽に動けるのだ」

 

「トリューニヒトとルビンスキーが加わっているのだから、彼らがそのあたりのフォローをしているのでしょう。そして彼らを追い詰める上で、宗教警察の増派をしたいところですが、そうなるとオリオン腕全臣民解放戦線への対処が疎かになりかねません。

 

デグスビイ大主教の同盟軍が即座に連中の本部を壊滅させてくれれば話は別ですが…」

 

「無茶を言わないでくれ! こちらは航路図すらろくにないのだから、完全に地の理が取られた状況で戦わざるを得ないのだぞ!!討伐行為は慎重に進めるより他に良策がない!」

 

デグスビイの叫びに、ホンパンは内心同意した。オリオン腕全臣民解放戦線は、旧ブラウンシュヴァイク一門と旧カストロプー門の貴族たちの領地を根拠地として活動している勢力であるが、その区域の航路データが不足すること甚だしいのである。

 

これはゴールデンバウム朝銀河帝国が封建国家だったからであり、中央政府といえども貴族領の地理をしっかりと把握できていなかったのである。これで【統覇帝】 フリードリヒ四世と【魔女】 アグネスの兄妹が主導した改革によってかなり改善された方というのだから、それ以前はどんな惨状だったのかと同盟の指導者をしていたホンパンは思ったものである。

 

「サジタリウス聖務公院のエドワーズ総裁からの報告によると、既存の不満分子と結びついて、ド・ヴィリエー派は無視し難い勢力を築きつつあるとか。無論、こちら側の解放戦線ほどの規模はないようですが、十分な脅威と言えましょう。もしド・ヴィリエが反物質弾道弾の情報を秘匿していたと想定するなら、かなりの危険度になりますが……」

 

「ラヴァル大主教、さすがにそれは考えすぎではないでしょうか。皆さんもド・ヴィリエの性格はよくご存知だと思いますが、あいつが本当にそんなものを持っているのだとしたら、とっくの昔にハイネセンあたりで炸裂させてますよ」

 

エインスワースの発言には説得力が伴っていた。あのド・ヴィリエがここまで追い詰められてなお、切り札を温存しているとはとても思えないというのは枢機局員たちも共感するところであった。

 

「もともと反物質弾道弾は帝国側の技術であり、あの罪深い【血塗れ】のアグネスあたりが秘匿していると考えた方が自然だと私は考えます。だとするならば、ド・ヴィリエー派を追い詰める為に、解放戦線への圧力を弱めるのは危険です。熱核兵器やガス兵器の類であれば、多少の対策がこの大聖堂には施されていますが、反物質弾道弾は使用回数が少なすぎることもあって、ろくな対策がとれていません。連中が包囲網をくぐり抜け、地球に一発撃ち込んできたら、取り返しのつかないことになります」

 

「私もエインスワース大主教の意見に同意。現状況下でド・ヴィリエー派への対策のために、解放戦線への圧力を弱めるべきじゃないわ」

 

ホンパンはエインスワースの意見を支持したものの、内心疑問があった。解放戦線側とて、あれを使うのを躊躇うものだろうかと。それこそ、オーディン・ゼネストの時に持ち込んでいて、ゼネストが失敗した時のために宗教警察軍もろとも自滅をはかるために使っていても不思議はないではないか。

 

無論、解放戦線の視点では「取り戻すべき郷土」なのだから、軽々には使えないという理屈もわからなくはないが……どうにも違和感がある。だからこそ、自由に使える艦隊戦力が欲しいと思い、総大主教を説得して宗教警察内に軍事部門を新設したのだ。

 

これが要らぬ杞憂ですめばいいのだが……とホンパンは内心、母なる地球とリテラに祈った。

 

 


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