Kämpfe gegen die Erde   作:Kzhiro

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執筆者は私ことKzhiro。


黒薔薇の冷血姫、あるいは偉大なる新生の始まり

(よもや、ここまでとは。)

 

そう、目の前で青の目をらんらんと輝かせて何かを進言しようとする女性――見た目も『中身も』別人のような妹アグネスを見て男は思う。

 

この銀河で一番の権力を振り翳せる者、即ち銀河皇帝に即位したばかりの男、フリードリヒ4世は眼前の金髪の女性、即ち彼の妹にあたるアグネス・フォン・ゴールデンバウムが本当に本人であるかを一度疑ってしまった。

 

彼女はあまりにも変わりすぎたのだ。あの弱々しく、人形のようで、父オトフリート5世の独善的な、彼女のためなら他人を害することも厭わない深い深い溺愛の籠に囚われた妹。それがフリードリヒにとってのアグネス・フォン・ゴールデンバウムの印象であり、変えられない現実であった。

 

だが、今目の前にいる女、アグネス・フォン・ゴールデンバウムは明らかに違う印象を抱かせた。

 

青い目はらんらんと生の喜びと使命感で輝きを増し、所作の至る所から生き生きとした人間的な躍動感を感じ、一種の気迫さえ感じてしまうほどであった。

 

一体何が彼女を変えてしまったのだろう。前の彼女であれば、父の独善的な愛に囚われた彼女であれば、絶対にこの姿はありえないことであった。

 

「兄様。」

 

アグネスの凛とした声がフリードリヒとアグネスしかいない玉座の間に響く。この場には事前に人払いを済ませており、彼以外にその凛とした声を聞く者はいなかった。

 

「この国を根本から浄化してやりましょう。徹底的に、念入りに、抜かりなく。」

 

「ア、アグネス...」

 

フリードリヒはアグネスの言葉に一種の躊躇いを覚えた。彼の覚えているアグネスなら絶対に言わなかった、その言葉を耳にして。

 

「貴族の専横、割りを食う一部の臣民たち、汚職、腐敗、逸楽。この国は銀河全てを統べる国でありますのに、今や帝室はそれすら支障を来す始末。ならばいっそのこと全て浄化して、改めて帝国を立て直そうと言うのです。」

 

冷徹に、なおも言葉の一つ一つに情熱が篭った言葉をアグネスは兄に対して紡ぎあげるように進言した。兄は未だに驚愕の表情を見せるだけで何も言わなかった。

 

「帝国のどこに問題があるかはカール・ハンソンが指し示してくれました。その問題を解決するための叡智と権力はお父様から与えられました。ならばもはや私は帝国の未来のため、躊躇うべき理由などありません。」

 

カール・ハンソン。オリオン腕の全ての共産主義、組合主義運動会全ての父にして偉大なる革命家、帝室を脅かす大犯罪者の中の大犯罪者。

 

(まさか、彼が彼女をここまで変えたと言うのか?)

 

フリードリヒは驚愕した。彼女はハンソンと親交を持っていると思しきことは聞いたが、よもやここまでとは。

 

つくづく、人払いをして良かったと思った。こんなことをリヒテンラーデかそこらあたりが聞いていたら宮廷を揺るがす大騒動になっていたことは、誰でも予想がつくことであった。

「兄様。」

 

フリードリヒは妹の凛とした声で驚愕から現実に引き戻された。見ると、彼女の青い、らんらんと輝く目はじっとこちらを見つめていた。

 

「父上が崩御なされた今、これが私に出来ること....いえ、命にかけてやらねばならぬ事なのです。しかし私の力だけでは何処か必ずで躓きましょう。他ならぬ兄様の力が必要なのです。帝国を、再び美しき薔薇の如き帝国にするためには。」

 

ですから兄様、どうかご助力を、とアグネスは再びひざまづいた。

(...もしかしたら、もしかしたならば。)

 

フリードリヒは彼女の言葉を一通り聞いてある一つの結論に至ろうとしていた。

 

(これ以上の血が流れずに済む世の中を作り上げられるかもしれない。)

 

血の繋がり、縁の繋がりの複雑な絡まりからなる帝国を、一つの帝冠、一つの血筋、そして一つの皇帝の元に動かせる帝国に生まれ変わらせることができるかもしれない。それは無駄な政争を今よりも抑制出来ることにつながる。ロスジェーン公爵家の、リューデリッツ伯爵の、そしてアグネスの悲劇を。私の代で終わらせられるのかもしれない。

 

(ならば結論は一つだ。)

 

フリードリヒは今この瞬間、決心した。それは一つの歴史が変わる瞬間であったのかもしれない。

 

「アグネス。」

 

フリードリヒは口を開いた。

 

「お前の進言、受け入れようと思う。帝国の諸問題を須く浄化することによって帝室の権力が強くなるなら、そしてロスジェーン公爵家のような者が再び現れぬ世界を作れるのならば、私はいくらでもこの力を振おうではないか。」

 

アグネスはこの言葉を聞いて喜色満面の笑みをフリードリヒに向けた。到底、昔ならありえなかった光景である。

 

「兄様、私は信じておりました!兄様なら私の使命を理解してくださると。私は感無量でございます!」

 

彼女は元気はつらつとした声でそう言うと、再び頭を下げた。

 

これでいいのだろうか。フリードリヒは一瞬後悔に襲われたが振り払った。これでいいのだろう。1人の皇帝として、そして1人の兄として、妹がやりたいことを全力で支援してやろう。そして彼女を不快と思う輩から守ってやろう。1人の兄として、フリードリヒはそう思った。

 

後に「アウグスト帝以来の大虐殺者」「血によって帝国に安密をもたらした者、 「統覇帝」とも呼ばれるフリードリヒ4世の最初の事業である政治的大粛清、すなわち元帥5名のうちの3名、領地持ち貴族のうちの62%、将官級文武官406人中220人を殺害した【白薔薇の散る夜】が起こるのは、この4年後、帝国暦に換算して460年のことであった。

 

 

 


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