Kämpfe gegen die Erde 作:Kzhiro
「しかし、あの強固な地球教をどうやって打ち崩す?」
乾杯を終えたグラスをテーブルに置くと、当然のようにトリューニヒトが質問する。
地球教…今や神聖地球同盟となり、盤石の体制となったその組織を打ち崩せるとは、到底思えない。
ここにいる三人は、間違いなくこの宇宙でも屈指の謀略者であることは疑いようがない。
だが、それも、相手に隙があればこそできる。だが現状ではそのような隙も、かの組織に見出すことはできない。
だが、その質問にド・ヴィリエは不敵な笑みを浮かべた。
「崩せないのなら、楔を打ち込むだけだ。」
「ほう…面白いネタを有しておられるようだ。」
ルビンスキーの太い眉毛が一瞬動く。
「地球教総大主教はロボットだ。」
トリューニヒトとルビンスキーは声を失った。動揺しないのはさすがであろう。
もっとも、ド・ヴィリエの口から出なかったのであれば、「総大主教はロボットである」などという言葉は戯言として一笑に付したことは間違いない。
それほど滑稽かつ現実味のない言葉である。
「悪魔と取引をした」と言われたほうがまだ信憑性があるだろう。
「それは比喩的表現ですかな?」
「そこは問題ではないな。」
ルビンスキーの言葉と意をはぐらかし、笑みを浮かべたド・ヴィリエは再びグラスを傾けた。
明らかに二人の反応を楽しんでいるようであった。
「素晴らしい。流石は我々『ド・ヴィリエ』派のリーダーだ。そのロボットであるという発言の真意をぜひともお聞きしたい。」
ド・ヴィリエの姿に不快感をおくびも出さずトリューニヒトは手を叩いて称賛した。
相手の望む反応をしつつ、情報を引き出すのも政治家というものだ。
「まったくトリューニヒト殿は人を乗せるのがうまい。良いでしょう。カードは共有したほうがやりやすい。」
ド・ヴィリエが語ったのは、忘れられた地球教の過去であった。
そもそも、ド・ヴィリエは最初から総大主教をロボットだと思っていたわけではない。
「世俗派」のリーダーとして、自分が地球教の頂点に立つための武器を得るべく、地球教の組織構造を調べているうちに発見したのだ。
それは総大主教が扱う『コンピュータ』であった。
そもそも、宇宙時代にあってコンピュータシステムに頼るのは別段不思議な話ではない。
この高度に複雑化した社会では、機械の計算なしでは何事もなしえない。
そういう意味では自分の判断を行う情報を得るために機械を頼るのは当たり前のことであり、総大主教が教団の演算システムを利用したところで、気にするものなどいないだろう。
だが、総大主教が情報を得るために使っていた機械は、明らかに「異質」であった。
地球教本部の奥深くに設置された
人工知能搭載のタワー型巨大コンピュータである。
元々、この「リテラ」は核戦争後の地球環境改善のために建造されたものであった。
構想自体は西暦1960年代のアメリカ合衆国の頃から存在していると言われており、核戦争後に起こりうるであろう放射能と核の冬を改善するために必要なモノであると考えられていた。
この「リテラ」の最大特徴は今までのコンピュータと違い、人工知能と疑似人格を搭載されていたことである。
当時から自我を持つ人工知能は危険性が叫ばれてはいたが、核戦争後、地球の人口は激減し研究者も少なくなるという状況下では、そのような問題は些事であった。
現実的に、地球環境を人工的に回復するための膨大な計算と、そのロジックの開発に、超AIを使用するという方向をとらざるを得なかったのである。
そして西暦2039年に現実に核攻撃が勃発、「13日戦争」が発生し、地球が汚染されつくされた。
西暦2129年、地球統一政府が樹立されると世界が破滅し、食料生産もままならない状況で『リテラ』は人類最後の希望として扱われるのである。
一刻も早く復興を!人類の再興を!それこそが重要であった。
この地球環境改善システムの運用により、地球環境は効率的かつ迅速に改善され、放射能と岩石に塗れた地表は、何年もしないうちに再び緑豊かな大地へと劇的に改変されていった。
このシステムは人格部分を排除され、後に宇宙開拓時代において各惑星の
地球統一政府が発足し、地球環境の改善も一区切りついた後、このシステムの大半はヒマラヤ山脈に設置された統一政府本部の核シェルター地価のさらに最奥部に移された。
この場所であれば、どのような状況になったとしても、地球環境を守り続けることが可能であるためだ。
そして、自我を持つ人工知能『リテラ』は特に人類に敵対することもなく、皆が危惧するような危険な状況には陥らなかった。
地球人類の良き隣人、良き友人、そして仲間として地球環境の安定化のために常に最高のパフォーマンスを発揮し続けたのである。
そう、あの時までは…
西暦2704年、シリウスを盟主とする反地球植民星連合軍。黒旗軍は、地球に対して無差別全面攻撃を行った。
地球統一政府司令本部の人々は悉く死に絶え、そしてこの際に『リテラ』も機能を停止したと言われている。
というのは、当時の資料が全くと言っていいほど存在しないためである。
だが、『リテラ』は機能を停止してはいなかった。
スリープモードに移行し、最小限の電力で活動し続けたのである。
地球環境を守るために外部システムが停止し、彼には考える時間が無限にあった。
地球は再び汚染された。
それも地球の外にいる人類の手によって。
リテラはその長い睡眠のさなかに「次に」どのようにすれば地球環境を守れるのか、新たなロジックを計算し始めた。
彼の導き出した答えは4つであった。
1、すべての人類に地球を、人類を生み出した聖地として尊重させること。
2、人類の知識を支配者に限定し、一般人の知恵を地球環境を汚させないレベルにまで落とすこと。
3、地球以外の外部勢力から攻撃を受けさせないこと。
4、そのためにも、地球以外に存在するすべての人類に地球尊重の考えを植え付けること。
そして地球統一政府が消滅して幾百年、地球教の開祖である聖ジャムシードが現れた。
彼は統一政府総司令部跡地に存在していたいくつかの機械を起動させた。
そしてその中に『リテラ』の存在があった…
全ての説明を聞いた後、ルビンスキーは眉を細める。
「つまり、地球教とは、『地球保全』を使命とする機械により生み出された、と。」
トリューニヒトも、渋い顔を隠さない。
「筋は通っている気もするが、しかし、これは…」
二人とも不快なのだ。機械によって生み出された狂気の思想が蔓延しているという話に。
仮にこれが現実だとしたらなんとも滑稽で哀れで救いようのない話ではないか。
人類は、自ら生み出した道具に支配されて、歴史を作ったなどと。
だが、その感情こそはド・ヴィリエの望む「楔」の一撃となる。
「そうだ。そして、今二人の気分を全宇宙の者たちが味わうことになる。」
ルビンスキーはグラスを傾ける。
「証拠はあるのか。」
「証拠も何も、別に隠してはいない。」
ルビンスキーとトリューニヒトの二人は驚く。
ド・ヴィリエはその姿に笑みを浮かべる。
そう、今の話は別に地球教団は隠しているわけではない。教団の図書館に足を向けて、その歴史が書かれている本を見れば別項に普通に書かれていることだ。
ただ、今まで誰も気にしなかっただけである。
多くの者たちは歴史を流し読みし、ジャムシードが再起動させた機械の一つとしか認識していない。
ド・ヴィリエも、このような事態に陥るまではそうであった。
こじつけといえば、こじつけである。
だが、小さい隙間であれば、そこの足先を入れて勝利へのドアを開くこともまた可能ではあるまいか。
「大事なのは、この話を総大主教、そして地球教団の創設と結びつけることだ。」
「なるほどな。」
ルビンスキーとトリューニヒトは納得したようにうなずく。
この話の肝は『リテラ』そのものにあるのではない。
『リテラ』に地球教総大主教が操られている、と繋げることが重要なのだ。
「地球教団はいくつかの思想をもとに作られた。その中にリテラのロジックもあった。」
のではなく
「リテラという巨大マザーシステムに洗脳された人間が作った組織であり、総大主教はその操り人形に過ぎない。」
というように解釈し、流布すればいい。
「我々は、帝国も同盟も『人間中心』という社会に固執している。」
それはルドルフ大帝の大いなる呪縛であったかもしれない。
健全なる人間こそが、社会の主足りえる。それを疑うこともしなかった。
ルドルフの直系の子孫である帝国のみならず自由惑星同盟もそうであった。
本来ならば、人的資源の損失を機械(例えば人工生命体)などで補填するやり方もあったはずである。
だが、彼らはそれを行わなかった。なぜなら、彼らもまた人間こそが社会の中心であるという考えが根底にあったからだ。
しかし、今や世界を支配する神聖地球同盟が人間ではなく『機械によって支配されている』と分かったら、帝国は元より同盟の人間たちもよしとしないだろう。
この二人――ルビンスキーやトリューニヒトのように、猛烈な不快感に支配されるはずだ。
トリューニヒトは、この場にいる三人のグラスに酒を注ぎこむ。
「なるほど、総大主教が機械に支配される傀儡(ロボット)であるかは確かに問題では無い。そうであると周囲に知らしめることによって、内紛を引き起こせるかもしれないということか」
「…ふむ」
トリューニヒトとド・ヴィリエは、その方向で納得していたが、ルビンスキー一人だけが、少し違う考えをしていた。
『もし、仮に本当にそのリテラが総大主教を操りに人形にしていたら』
『そのリテラと呼ばれる機械こそが、本当に地球教を支配していたら』
(…交渉が可能かもしれん)
かつて、ルビンスキーは地球教に対して、このような考えを持っていた。
――地球は聖地として宗教の中心地であり、巡礼が絶えない場所であるのは良い
しかし、権力と財政は別の誰かが持つべきである――
彼の失脚と共に消えた考えであったが、本当に『地球保全のみを優先する機械』によって運営されているのであれば交渉の余地がある。
すなわち
『権力闘争によって地球に危機が訪れる可能性がある』
という認識をもたらせば良い。
さすれば、権力を放棄し、権威だけを持つ存在として生き残るという考えに誘導することもできるだろう。
ローマ教皇のように。あるいはテンノーのように。
機械の目的が『地球環境の永続的な改善』であれば、権力の放棄も、また、容易であるはずだ。
なぜならば権力などは目的を実行するための、ツールでしかない。
ならば、目的のためにツールを捨てるのも合理的な判断として出来るはずだ。
そのためにも、まず今の地球教をひっかき回す必要がある。
交渉とは、すくなくとも対等な力関係でなければ成し得ないものなのだ。
「それでは、もう一度乾杯といきましょう」
トリューニヒトの音頭で三人は再びグラスを掲げた。
戦略は決まった。あとは実行あるのみである。