Kämpfe gegen die Erde   作:Kzhiro

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執筆者はクライス氏。


堕ちた魔術師とウェンリスタ達

同盟政府、あるいは地球教団にとり、ド・ヴィリエー派は不倶戴天の勢力であり、人類の平和を脅かす怨敵である。すべて等しく例外なく抹殺対象でしかないのであるが、それでもド・ヴィリエー派の中でも最も忌むべき相手を選べと問われたら、教団上層部から圧倒的多数票を得て選ばれるであろう人物がいる。

 

同盟の政治家であり自分たちの協力者であったヨブ・トリューニヒトであろうか。それとも旧フェザーン自治領の領主であるアドリアン・ルビンスキーであろうか。いや、そのそんな大幹部ではなく首領、かつては総大主教の懐刀であったにもかかわらず母なる地球の恩恵に背を向け、反体制派の最高指導者になりおおせた醜悪な裏切り者ド・ヴィリエであろうか。だが、その三人の内のいずれでもおそらくはないだろう。もちろん、彼らに対する拒絶感情は、地球教の開祖ジャムシードの広めた教義に基づく価値観に生きる地球教の高位聖職者たちにとって、強烈極まりないものであろうが、それ以上の存在がいるのである。

 

その者は軍人であり、戦争において多くの罪深い所業に手を染めたのみならず、地球教による全人類社会の平和が確立された今もなお、稀代のテロリストとして醜悪な罪業を積み重ね続けている悍ましい存在である。現在の同盟政府が、このトップクラスに罪深い男に最高額で懸賞金をかけるほどである。しかも「生死問わずに全額支払う」というのだから、地球教的価値観ではいかに嫌われているかが伺える。

かが伺える。

 

その者は、今現在は宇宙船の艦橋の船長席に座りながら紅茶をすすっていた。左頬から鼻先にかけて残っている目立つ傷跡は、戦いの中でついたものである。現代の医療技術をもってすれば、その傷跡を消すのはたやすく、それだけの設備をド・ヴィリエー派ならば用意できるのであるが、本人の強い希望により、あえて残しているのである。

 

この男こそはヤン・ウェンリー。元自由惑星同盟軍の将校にして、現在は多彩極まるテロ手法の多様さから『魔術師』の異名で呼ばれている、この時代最強のテロリストである。

 

「とてもじゃないが信じられませんな」

 

「ああ、俺も同感だ。地球教が『13日戦争』以前に人類が建設した自律思考の環境改善システムで、総大主教を傀儡として今もなお地球教を動かす真の支配者なんてな」

 

「立体TVの三流ドラマの脚本じゃあるまいし……まあ、今の立体TVじゃそんなの拝めやしないが。クソつまらん説教番組と政治報道しかしてないしな」

 

「いや、案外トリューニヒトが寄越した情報が正しいのかもしれないよ」

 

カチャリ、とコップを置いて喋り出した自分たちの冷徹な上司の声に、二人は反射的に背を正した。

 

「地球環境改善システム『リテラ』と、その導き出した結論について、若干の疑問はあるが、筋が通っているし、今の同盟政府、ひいては地球教上層部の行動と照らし合わせても筋が通っている。私としては、何百年も自意識を持つ“なにか”が地球教の真の支配者であり、だからこそ恐ろしく迂遠で壮大な陰謀を完遂させることができたのだと言われると、納得感がある」

 

むしろ人から人へとあの狂気に満ちた理念を全く歪めることなく継承しつづけてきたのだと考えるよりは、合理性があるとすらヤンには思えていた。

 

そう言われると二人の部下はやや深刻そうに考え込んだ。この二人にとって、自分たちの上司が絶対に間違えている考察をするなどありえないと考えているので、そう言われたらありうるかもしれないと思ってしまうのであった。

 

だが片方の彫りの深い顔をしたゲルマン系の男はふとあることに疑問を抱き、口を開いた。

 

「先ほど若干の疑問があると閣下は仰せになられましたが、なにに疑問を抱かれたので?」

 

「ああ、そうした物語だと自律思考の管理システムが出す結論って、もはやお約束地味ているものがあるんだけど、シェーンコップはわかるかい」

 

「……自分たちに全ての仕事を任せ、問題ばかりを起こす人類そのものが不要、ってやつですか」

 

「そう、それだよ」

 

ヤンは深く頷いた。

 

「本当にただただ地球の自然環境の改善・維持の為を目的にした心のないシステムの出した結論としては、あまりに非合理すぎるし、費用が膨大すぎやしないか。人類がまだ地球から抜け出せていなかった頃から、一部の人たちが主張していたことであるが、純粋に自然環境の改善のみを目的とするのであれば、人類を滅亡させるのが一番手っ取り早い。人類ほど広範囲の活動圏を持ち、大規模な自然破壊を行う生命など他に存在し得ないのだからと」

 

なのに『リテラ』とかいう自律人工知能が出した結論は、『全ての人類に地球を聖地として尊重させる事』『人類の知識層を支配者に限定する事』『地球以外の外部勢力からの攻撃を受けさせないこと』であり、そのための方法として選んだのが『全人類の再教育であり、思想の強制』であるというのだ。

 

ヤンからすると、それはあまりに人間中心の考え方すぎるように思われる。機械というのは、非人間的なまでに機能を全うすることのみに重点が置かれるものであり、機械に人間に対する配慮など存在せず、使う側の人間が危険性をわきまえた上で使うもの、それがヤンの機械に対する認識だ。

 

「だが、それはセーフティとして、あらかじめ人類が滅ぼさないという絶対条件を『リテラ』は植え付けられていたのではないか?」

 

「キャゼルヌ先輩の言う通りかもしれません。ですが、私は何か違和感を覚える。その違和感が何かとなると、ちょっと情報不足すぎて……。直接、情報源であるド・ヴィリエの野郎を尋問できればいいんですが」

 

サラリと自分たちの勢力の頂点に立っているド・ヴィリエを貶す発言をしたが、シェーンコップもキャゼルヌも何ら反応を見せない。ヤンがド・ヴィリエのことを嫌っているのは承知しているし、それは至極当然だと思っていた。

 

なにせ、同盟において地球教政党による一党独裁体制が確立された時、ド・ヴィリエは名実ともに地球教のナンバー・ツーであったのだ。ヤンにとって大切だった人たちが、宗教警察の手により粛清されたのはその頃であるのだから。

 

それでもヤンがド・ヴィリエの下に就くの許容してやっているのは、ただでさえ厳しい状況下であって反地球教勢力同士で対立するなど利敵行為という考えがあってのことである。いや、それでも色々と世話になっているトリューニヒトの必死の説得がなければ、許容できたか怪しいが。

 

とはいえ、現在人類社会を私物化しているともいえる地球教勢力を打倒した後も、ド・ヴィリエを指導者として認め続けるという思考はヤンにはない。状況が整えば、ド・ヴィリエのごとき輩は排除して、信頼するトリューニヒトを上に押し上げるつもりである。

 

「忌々しいことですが現状ではド・ヴィリエから直接情報を聞き出すのは難しいですね。『リテラ』とやらについて知っていそうな高位聖職者の身柄を確保して、情報を引き出した方がよいかもしれませんね。シェーンコップ、次の作戦は高位聖職者、できれば地球教の枢機局メンバーあたりを拉致する方向で作戦を練りましょう。トリューニヒトには情報の裏どりのためとでも説明しておきます」

 

「了解した」

 

「それとキャゼルヌ先輩、シャンプールの収容所から救出した囚人たちのことですが、調査は終わりましたか」

 

「ああ、これが憲兵たちによる調査報告書のリストだ」

 

キャゼルヌから手渡された分厚い紙の束を受け取ると、ヤンは紙面に視線を走らせ、一枚三秒程度のペースで紙をめくっていく。時折、ペンで資料に印をつけたりする作業を交えつつ、一〇分ほどかけてすべての資料をチェックした後、その資料の束をキャゼルヌに渡した。

 

「では、印をつけた者たちはいつも通り『処分』しておいてください」

 

「……毎度のこととはいえ、慣れないな」

 

「……私だってしたくてやってるわけじゃないですよ。ですがこんな状況です。地球教なんてものが自由惑星同盟を乗っ取らなければ、彼らも法や人権に庇護されて、相応の扱いをすることができたかもしれない。だが、神聖地球同盟なんてゲテモノが誕生し、人類社会から民主主義も人権思想も法治の概念も丸ごと消し去ったこの末世では、そんなこと気にしてる余裕が我々にはないんです。気にしていたら、その隙を連中は卑劣にもついてきて、我々が滅んでしまいます」

 

「まったくですな。地球教の連中に比べれば、帝国の連中はまだしも紳士的なものでしたからね」

 

「シェーンコップの言う通りさ」

 

それで話は終わりだと言うように船長席に座りなおし、足をコンソールの上に乗っけた行儀の悪い姿勢で紅茶を飲み直し始めたヤンを見ながら、キャゼルヌは寂寥の思いを禁じ得なかった。

 

 


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