怪しく光る、不吉な星が見えた。
そんな夜。
「嗚呼、なんということ。大いなる魔の星が世界に」
お母様が嘆き、私に抱き着く。
嗅ぎ慣れた安心する香りに。私はどうしたのお母様と、腕を背に回して尋ねる。
するとお母様がギュッと抱き締め返す。普段よりも少し痛い。けど怖くはない。
大切にされている、愛されている。そんな気持ちが伝わっているから。
「ソラス。よくお聞き」
はい。私はそう頷くと、お母様は、いつになく真剣な顔をしていた。
これは、怖い。何か嫌な予感がする。
「貴方は、私達が受け継いできた星詠みの力で、二つの巨星を導くことになるでしょう。一つは、近くにいます。七度夜を越した朝、巨星に会いに旅立ちなさい」
お母様は、お父様は、それに他の皆は。
どうして、私だけ。
湧いた疑問をお母様に聞いてみるが、お母様は首を振り。
「大丈夫です。貴方を守ってくれるよう、お守りを作りましょう」
答えになっていない、答えを返し。
私は寝かされる。眠れなかった。
不安が胸の中で、グルグルしている。しているまま、眠る。
翌日、いつも通りの朝、昼、夜が流れた。
だから、私はいつも通り。星を詠む力の鍛練をする。
朝でも、昼でも、夜でも。星は常に天にある。
だから私は、星を見て。天気を読み、少し先を読み。魔術による詠唱をすれば、狙い定めて星を落とす。
些細なことを含めれば、星詠みが上手くいかないことはある。
ただ星が奇麗だなー、なんて思いながら見上げることもある。
占星術師としては、私もまだまだだ。
そしてそのまま一日が終わる。
明後日、いつも通りの、朝、昼、夜が流れる。
お母様がお守りを作っている。あれが出来たら、私は何故か、巨星を導く為に、旅立たないといけないらしい。
青やら銀色やら、色々と奇麗な色を使ったお守り。きっと奇麗なお守りが出来るだろうな。
でも、出来なければいいな。そしたら、お母様やお父様達と一緒に居られる。
そう思いながら、また鍛練をして一日が終わり。
明々後日、いつも通りの、朝、昼が流れ。
いつも通りじゃない夜が来た。
ゴロゴロガタガタと、何だか騒がしい音がした。
何か起きただろうか。
眠る前のぼやけた意識の中で、私は音の方へと向かい。
家の中にいる異質な存在に、唖然とした。
デーモン。
物質界とは違う、魔界の住人。
人を襲う悪魔。
「そんな!?早すぎる!」
占星術師として、常に落ち着いているお母様が動揺している。
そんなお母様を見て、お父様が決死の表情で、デーモンに素手で立ち向かう。
けど、お父様がデーモンに触れる前に、デーモンが持つ鎌が振り下ろされ、お父様が二つに分かれる。
赤い。血が広がる。とても嫌な臭いが充満する。
何で。
「ソラス逃げて!」
突き飛ばされた。そう気が付いた次の瞬間。
悲鳴が私の耳に鳴り響き、赤い血がさらに広がり、いくつかは私の頬に辺り。
微かな温もりを持つ血が、ぬるりと肌を舐める。
「……ぁ、うぁ」
死。それが具現化したような存在を前に、私は畏縮していた。
手が足が、動かせない。
逃げなければ死ぬ。そう頭が思っていても、体が言うことを聞かず、震えている。
ギシギシと床を歩く音を立てながら、歩くデーモン。そんな中私はふと、お母様の手に握られている物に気が付く。
作りかけのお守りだ。
青と銀色の、奇麗な。
私は作りかけのお守りに、手を伸ばす。
それを手にして、何か変わるわけでもないのに。
だけど、それは私の物だ。私に残された唯一の。
しかし、その思いを嘲るように、デーモンはお守りを踏みにじった。
「うわぁあああああ!」
その行動で。私は突き動かされる。
デーモンに挑む、ではなく逃げた。
家の出入り口にデーモンがいるから、逃げ場は窓しかない。
無我夢中で、窓を突き破る。
パリンと音鳴り、割れた窓ガラスがあちこち体が切れて、すごく痛い。
裸足で外を歩く、なんてことを一度もしてなかった。一歩一歩と足を動かすたびに、砂利や小石が足裏に刺さり痛い。
とても痛い、全身が痛い、心が痛い。
「だ、誰か!」
助けを求めてみるが、すぐに無駄だと悟らざる負えなかった。
右も左も、私と同じだ。
家屋にデーモンや魔物が侵入し、大人を殺す。
そして、私のように逃げられなかった子供の末路は、大人と同じ死だ。
頭が白くなる。
何で、何で。
数日前までは、数時間前までは、いつもの日々が流れていたのに。
どうしてこうなった。
星に問いかけるが、何も答えは返ってこない。私がちゃんと星を見てないからだろう。
とにかく村の外へ。
そうすれば、生き残れる。
誰がそう保証した訳ではないが、私は走り続ける。
助けてくれ、という声が聞こえた。
お母さん、お母さん。という声が聞こえた。
神様、という声が聞こえた。
私は全て、無視した。
私では、無力な私では、彼らを救うことなんてできはしない。
私は何度も躓きそうになりながら、吐き出しそうになりながらも走り続け。
そして、絶望した。
家屋にデーモンが入ってきてる時点で、気が付くべきだった。
とうの昔に、魔物に包囲されていることに。
出入口である門の周囲には、多数の魔物が待ち構えていた。
ギャッギャッと声を上げるゴブリンに、残念だったなと言いたげな、下卑た笑みを浮かべるデーモン。
他に逃げ道はない、突破するのは不可能だ。
全身から力が抜け、座り込んでしまう。
「やっ、いやぁ……」
近づいてくる魔物達に、私は無様に後ずさりする。
怖い、死にたくない。
涙が止まらない。
デーモンが鎌を振り上げる。
お父様にそうしたように、お母様にそうしたように、私を殺すのか。
私は目をギュッと瞑る。受け入れたのではなく、ただ怖かったからだ。
(もっと色んなことをしたかったな)
占星術師として活躍したり、美味しい物を食べたり、恋したり。
なんてことを考えながら、私は最期を待った。
もう死んだのか。
思いの外、死の瞬間は痛くないのか。
待っても待っても、最後らしい衝撃はやってこない。
肌に纏わりつく気配が、生を実感させる。
恐る恐る目を開け。私は、私が見たその光景を疑った。
少年がいた。髪が黒く、前髪がやや長い。年は私より一つ、二つ上程度。
必要最低限の防具と、俺はここにいると主張するような、目立つ裏地が白の赤いマント
まだ、少年が子供であると証明するかのような。
少年の左手にはやや大きい、無骨な剣を握っている。
だが、少年は大人を軽々と裂くデーモンの鎌に、拮抗していた。
そして、その見た目にどこにしまい込んでいるのかと、不思議に思うほどの、純粋な力でデーモンを押し返すと。
そのままデーモンの心臓を剣で一突きして、苦悶の声を上げながら、デーモンが塵となった。
突然の来訪者に、魔物達が混乱しているが、すぐに冷静さを取り戻したゴブリン達が、少年を襲う。
ゴブリン一体一体の力は、そこまで高くはないが、数が多い。数の利をいかそうと、密集しながら接近するゴブリン達。
しかし、ゴブリンが少年に触れることはなかった。少年の手に、熱を感じる。魔力を収束していることが、占星術を通して、そこそこ魔法を嗜む私には分かった。
そして、少年は手に集められた火のエネルギー、魔法によって生み出された火球を放ち、着弾と同時に起きた爆発によってゴブリン達が、断末魔を上げて崩れ落ちる。
次に動いたのはデーモンで。そのデーモンと、視線が合う。
狙われている。そう気が付き、背筋が凍った気分になったが、実際に凍ったのはデーモンだった。
少年はデーモンの狙いが、私だと気が付くと、氷の魔法をデーモンの足元に放ち、着弾した氷柱がデーモンの足の自由を奪う。
そして少年は、剣を振るうと、その剣は飛ぶ斬撃となり、デーモンを切り裂く。
ゴブリンとデーモンを一通り倒した少年の前に、ガチャガチャと音を立てて鎧が出現する。
中身は当然ない。それはリビングアーマーと呼ばれる魔物で、見た目通り鎧を纏っているので、物理的な攻撃には強い。
少年は再び火か、氷の魔法を使うのかと思ったが、少年は剣のツバに手をかざすと、そのまま剣を振るう。
飛ぶ斬撃かと、思ったが明らかに先ほどのモノとは別物の、魔法の力が宿っていた。
魔法の力が宿った飛ぶ斬撃は、リビングアーマーの堅い鎧を、軽々と両断し。
残された魔物の群れは、少年一人の手により消え去った。
夢か現か。
もう死しか待ってないと思っていた私は、そんな気分だった。
少年が近づいてくる。やはり、まだ小さい。私とそう大差ない身長差だった。
しかし、私よりも強い。魔物を前にして、振るえているしかなかった私と違い。少年は魔物とたった一人で戦った。
「大丈夫かい?」
そう、手を伸ばしながら。声をかける少年の声は優しく。
私は縋るように、その手を握ると、涙が出そうになるほど暖かい。
「回復魔法をかけるよ。じっとして」
少年が私に手をかざすと、少年の魔力が私に伝わり。窓ガラスで傷付いた体を治していく。
「俺はアルト。君達を助けに来た」
物魔の切り替えが可能な、斬撃を飛ばす程の剣技を持ちながら、火と氷と治癒の魔術を扱う使う少年。
後に、物質界の王、英雄王となる。
今は少年。
微笑む、その少年に、私は巨星を見た。