アモン討伐から数日後経ち。戦いの傷を癒すべく各々自由に過ごしていました。
といっても、一番の多くの傷を受けたのは団長で、その団長は戦闘終了後すぐさまアンブローズと共に、今後の魔神に対する作戦を立て。生存した機械の大国の人々の処遇等々、休みなく赤の団の為に動いていましたので。
私は私で、占星術師としてさらなる力を身に着けるべく。
まずはアンブローズの下へその技術を吸収しに。
誰もが持っている魔法の才を開花させる。というアンブローズの持論の下、毎日開かれている講習に参加したり。直接占星術を披露して、さらなる改善点はないかと交流したり。ついでに酒飲みに付き合わされたりとしました。
そのおかげか、攻撃には使えても魔法に対する防御。つまりは魔法耐性を持っていなかった私に、僅かながら耐性を身に着けることができ。自らの体力を糧とすることで。星の威力を維持しつつ、短時間ながら攻撃速度を上げる術を発案したりと、ささやかながら収穫がありました。
……そして数日前から変わらず、団長とは幾度かすれ違うことはあっても。直接顔を見る事が出来ませんでした。
そんな日々を過ごしていたある日。
優秀さやら、愛らしさからか。アンブローズが大いに気に入られたサナラと一緒に、そのアンブローズを探していると。
アンブローズはトゥアンと駒を兵として遊ぶ、盤上遊戯をしていました。
「うふふぅ、トゥアンちゃん。降参することをお勧めしますよぉ?トゥアンちゃんも女王なら少しでも兵を残すことの意味が分かりますよねぇ?」
余裕のある笑みを浮かべるアンブローズと、セリフを聞く限り。ルールはよく分かってないので、盤上から状況を察することは出来ないですが、アンブローズの優位のようです。
トゥアンは顔を顰めながら頬をプクーと膨らませる。なんとも器用な怒り方をしたと思えば、ガタンと席を立ちどこかへ行ってしまいました。
それに対し、アンブローズは逃げたどうこう非難することなく。
湯気がまだ立つ紅茶を一口啜ると。
「ソラスちゃんも一局いかかですかぁ?」
そう誘われ、ルールが分かっていないのと勝てる気がしないので断ります。
ついでにサナラも誘われましたが、おそらく同様の理由で断りました。
アトナテスちゃんでも誘いますかぁ。アンブローズがもう一口紅茶を啜り始めた頃。
グエエエという潰れた声を上げながら、足音が響きます。
足音の主は、先ほど席を立ったトゥアンでした。そして潰れた声の主は、トゥアンに襟を掴まれたまま引きずられた団長でした。
「あ、団長だ」
「やぁソラス、サナラ」
パッ嬉しそうに顔を綻ばせるサナラとは対照的に。
私はいたたまれなくなり、この場を去ってしまいたい衝動に駆られましたが、なんとか足に根を張り堪えていると。
トゥアンは盤上が席を立つ前と一緒ということを確認すると。
「団長。何とかしろ」
そう言って団長を着席させました。
まったくトゥアンは強引だなぁ。と、団長は困り顔を浮かべるだけで、特に怒る様子はなく盤上を見て、少し考えた後。
「……これ詰みだね」
「なんだと?」
「だからぁあたしは降参を勧めたんですぅ。お相手してくれるなら最初からにしますか団長ちゃん?」
魔法の力で、駒を浮かせて盤上をやり直そうとするアンブローズに、団長は待ったをかけ。
「アンブローズ。この兵を一つだけ置いてやり直していいかな?」
団長が掴んだ駒は、例えるなら戦力となるまでに、時間がかかるが。
時満ちれば、長距離から一方的に、多くの敵を一撃で倒せる攻撃が出来る。そんなとても、癖の強い駒でした
「んー……?いいですけどぉ、それでも団長とっても不利ですよ?トゥアンちゃん無茶苦茶な動かし方してましたから」
「おい」
「まぁまぁトゥアン。大丈夫。詰みじゃなくなれば勝てるさ」
不敵に笑む団長に、アンブローズもまた不敵に笑います。
「どうせなら、賭けをしませんかぁ?勝ったら、相手を一日独占!」
「いいね。その方が面白そうだ」
一日独占とはどういう。などと思っているうちに、団長とアンブローズの盤上遊戯が始まりました。
最初は、団長とアンブローズが赤の団はどうだい。みたいな、軽い雑談を行いながら駒を動かし合い。サナラやトゥアン、時折訪れる見物人にもあれこれと戦況を解説したりと、お互い気楽に遊んでいるといった感じでしたが。
アンブローズの紅茶の湯気が立たなくなる頃には。
アンブローズは口を開く時間よりも、思考に費やす時間が長くなり。
一方で団長は思考よりも、駒を動かす時間の方が長いと感じる程、次から次へとアンブローズを追い詰める様に駒を指していき。
「王手だよ、アンブローズ」
「えっ?ちょっと待ってくださいね!」
その宣言に、アンブローズは忙しなく盤上を眺め。団長はふぅと、すでに決着を終えているからか息を一つ吐くと、体を伸ばしました。
そして、アンブローズは負けを認めたようにがっくりと項垂れ。
「あーん……あの状況から負けるなんてぇ……」
「だから言っただろう?詰みじゃければ勝てるさってね。トゥアン何とかしたよ」
「よくやった酒を奢ってやる」
トゥアンに二ッと微笑む団長に、スススとさりげなくアンブローズは近づいたと思えば、一瞬にして団長の腕に絡むように身を預け。
「あらあらぁ団長ちゃんが勝ったんですからぁ、団長ちゃんは一日あたしを独占しないといけませんよぉ」
甘えるとは言っても。団長を兄や父のように甘えるサナラとは違って、女が男に甘える。そんな色気が感じられる迫り方を、アンブローズは仕掛けました。
長身でスレンダーな妙齢美女に、こんな攻められたら。
殿方なら誰でも、意識しちゃいそうです。
団長も珍しく、目を丸くして。空いた片手を、どうするべきかと悩むように動かしていました。その手がどこへ行くか。少し前なら、そんなことさせる前にアンブローズを止め入っていた私は、今の私はただ見守るしか出来ませんでした。
もし、その手がアンブローズの背に回ったら……。この場に居続けられる自信がありませんでした。
「アンブローズさん!団長に近付き過ぎです!離れて!もう!」
ですが、団長があれこれする前に。
赤い顔をしながら怒るサナラは、アンブローズを引き剥がします。
はっきり言って、私はほっとしました。団長と特に特別な関係でない私に、そんなこと思う資格もないくせに。
「サナラちゃんに怒られちゃいましたぁ」
「一日独占はまた今度、考えておくよ」
「はぁい。いつでも待ってますよぉ?」
妨害を受けたのに、アンブローズは怒るようなことはなく、余裕のある笑みを崩そうともしません。
大人の余裕ってこういう感じなのでしょう。
「団長もちゃんと!色々と!はっきり!言わないと駄目ですよ!」
と言いながら、ちゃっかり団長の膝上に収まっているサナラに、団長は分かったよと言いながら、よしよしとその茶髪を撫でます。この二人は相変わらず実の兄妹か、親子のように仲が良いと思っていたら、アンブローズは再度団長に近づくと。
「まぁでも、夜のお相手ならいつでもお受けしますよ。団長ちゃん」
さらりと、それでいて引っかかる。蠱惑のように誘うアンブローズ。
それを聞きアンブローズを顔を見た時、サッと血の気が引く感覚がしました。
団長はモテます。何もアンブローズだけでなく、団長を寝室に誘う言葉をかける人は、今まで何人もいるにはいましたが。それでも彼女達はどこか、一歩引いている。本気でないという感じがどことなく伝わりましたが。
アンブローズの、彼女の瞳を見ると本気で、真剣に言っていることが伝わりました。
「…………」
そして、それは団長にも伝わったのでしょう。微かに頬を赤くして、口を開いては閉じてと、困惑しながら。なんと返事をするべきかと。団長は言い淀んでいました。少なくとも、団長の口から拒絶する単語は出ることはなく。
「どっちもあたしは待っていますよぉ」
キシャーと威嚇するサナラから逃げるように。
からかう笑みを浮かべながらアンブローズは、返事をまたずにそのまま優雅に立ち去っていきます。残された団長はガシガシと頭を掻き。
「……困ったなぁ」
そうポツリと言葉を零し。
「さぁトゥアン。酒を飲みに行こう。そうだ、アトナテスも誘おう」
「あぁ分かった」
「私も行きます!」
「サナラもか。いいけど、無茶して飲んじゃいけないよ」
「分かってます!」
頷き酒場へ向かう二人を団長は見送った後。
「ソラスはどうだい?」
「……いえ、私はやることがあるので遠慮します」
「……そうか」
せっかく、団長が誘ってくれたのに。特に用事がないのに何を断っているのだか。
自分で自分にそうツッコミ。
団長が寂しそうな顔をしたような気がして。戦場でもないのに、体が麻痺したような気がして罪悪感でますます嫌になる。
おかしいな。
私は、彼の傍で力になりたいと、支えたいと。
好きなのに。こんなにも彼が遠く感じてしまう。
……いえ、だからこそ。少しでも彼に近づく為の努力をしないと。
挫けてる場合ではありません。
もっと、もっと頑張らないと。
こればかりは、私の心の問題なのですから。
魔神降臨後。
赤の団の性質はまたも、変化しつつありました。
それはとても単純で、とても重く。
絶対でありました。
赤の団。その名を意味する物とは。
英雄、赤の団団長と彼が率いる仲間達により。物質界で唯一無二。魔神を撃退できる一団。
団長とアンブローズの予想通り、魔神はアモンだけではありませんでした。
鋭き雷撃を操るフールフール。
海の魔を統べる女帝ウェパル。
不死の共鳴者ビフロンス。
他にも様々な魔神が物質界に降臨し、物質界に住まう人々の国を、都市を、村を。徹底的に荒らして回りました。
そしてその魔神達はアモンと同じく。異常なまでの高い再生力を有していました。
赤の団ではなくとも、魔神を一度は倒すことは出来たみたいでしたが。
魔神の撃退とゲート破壊。それを同時に行うだけの戦闘力も、魔神を封印。ゲート破壊できるだけの才ある人も足らず。魔神達の高い再生力と、無限に思える程出現し続ける魔物の軍勢を前に、各国の軍は敗北を繰り返し。
結果。赤の団は、物質界のあちこちに降臨する魔神に対処することになりました。
というよりは、各国の王達はどれだけ。赤の団と過去の諍いがあっても、プライドがあったとしても、赤の団に縋るしか道はなかったでしょう。
今までの魔物の被害も酷かったのは違いないですが。魔神はそれ以上です。
一度降臨したら、撃退に成功するまで。一定の縄張りに無制限に魔物をゲートを通して生み出し続け。
文字通り。魔神達はそこにあった人も、技術も、文化も。
一切の慈悲無く更地へと変えてしまいます。復興などという単語が、思い浮かべる事が出来ないまでに。
だからでしょう。
じりじりと、物質界そのものが追い詰められ。大いなる存在が、私達物質界に生きる者達を嘲り笑い。私達人が必死に抵抗しても、意に介されず。首を絞め続けられるかのような感覚。
そんな感覚を、誰もがなんとなく感じていたかもしれません。
その焦燥感故に、この頃物質界のあちこちで略奪等が頻発し、治安が乱れているようです。
そんな物質界の中で、赤の団はというと。
相変わらず天賦の才持つ団長の手腕により、平穏そのものでした。
赤の団の拠点。その中心にある赤の団本部にて。
昨夜最後飲み続けた後、ごろりと床で、大の字になって眠るアトナテス。
そのアトナテスを腹枕にして、よだれを垂らしながら眠るユージェン。
部屋の片隅で、酒瓶を抱きかかえたまま、猫のように包まりながら眠るトゥアン。
何があっても動けるように全体を見渡せる位置で、立ったまま眠る影の射手。
ソファーでリラックスしながら眠るアンブローズ。
そしてそのアンブローズに、抱き締められながら眠るサナラ。
そんな彼らの為に、誰よりも早く起きて。酒飲み達の為に胃に優しい朝食を、楽しそうにウキウキしながら用意している団長。
……あなた団長なのですよ。赤の団で誰よりも偉いのですよ。わざわざ手作りまでして、何やってるのですか。
というかそれ以前に、ここにいる人達。こんなにもだらしない姿をさらけ出していますが、巷では英雄視されているの、知っていますよね?
少しくらいは、それらしい振る舞いをする気はないのでしょうか。
色々と言いたいことは思い浮かべど。
「おはようソラス。悪いけど少し手伝ってくれないかな」
「……分かりました」
団長にそう言われて、私は団長の手伝いをします。
といっても、お皿を芸術点高く、並べることくらいしか出来ませんですが。
「それにしても、幸せそうですね皆」
「いいことだと思うよ私は」
「まぁ、暗い顔してるよりはずっといいですけど……」
赤の団の拠点周辺では、治安が良いため人々の中にまだ余裕のようなものを感じられますが。最近どこの国に出兵しても、全体的に人々の顔が暗い感じが否めません。
そんな中。能天気と思われても、こうして馬鹿みたいに幸せそうに眠っている姿は。
とても、眩しく尊く私にも思えます。
「物質界のことを、魔物の災厄に巻き込まれた人達を思うと。本当はこんなことを言ってはいけない……不謹慎だろうけど、私はこの戦いの日々を本当に楽しく思ってるんだ」
「楽しいだなんて……」
楽しいなんて、言っちゃいけないでしょう。特に、魔物に故郷やら、肉親を奪われ憎しみを抱いてる人には。
彼らを思えば、私も彼らの立場になって、本当は団長に怒るべきなんでしょうけど。団長も団長で、両親を魔物に奪われているのを知っているので、怒れる訳がありませんでした。
というより、今でも団長を私は直視できません。真っすぐ見もしない人の話なんて、聞くに値しないでしょう。
「前にも言ったかもしれないが。こんな時世であっても、私は皆に出会えて良かった。もちろん君にもだ。ソラス」
今、なんと?
聞いて、理解して、理解したからこそ。
恥ずかしさやら、嬉しさやら。
急に湧き始める感情を制御できず、混乱し始める私を他所に、団長は言葉を続け。
「あの時、君を助けることが出来て良かった。赤の団に誘って良かった。色々と私を手伝ってくれて嬉しかった。私の傍に居ようとしてくれて嬉しかった」
えっ。ちょ。
たじろぎ、逃げに入りそうにな私を、団長は逃がさないとばかりに。
両肩に手を置き、私を真正面に捉えます。
こうなってしまっては、私も彼を団長の顔を真正面で見るしかありません。
「君と……ソラスと出会えて良かった」
久しぶりに、といっても二月ぐらいですが。
ちゃんと見た団長の顔は。
凛々しく、意志のある目は未来を見据え。
やっぱり、カッコよかった。
「あ、ありがとうございます……」
なんとか出せた私の言葉に、団長は頷くと。パッと私を解放して、そのまま。何事もなかったように、朝食を準備を続けます。
眠っている皆に聞かれるんじゃないのかと、心配になる程バクバクと鳴り続ける心臓の鼓動を抑えつつ。何で唐突に団長はこんなことを言い始めたんだろうと、しばらく寝る前にゴロゴロしないといけなさそうな、難題に頭を抱えそうになりながらも。
ソラスと出会えて良かった。
その甘美な響きに。
「……ふふふっ」
気分は良かったです。
その朝の出来事以降。
まだ戦場に立つと、事象による麻痺は起こりますが、起こるまでの時間ははるかに伸び。星も私も少しずつ力を取り戻していきました。
何より大きかったのは、団長を見れるようになった事でしょう。
「なんだ、副官は引退したのかと思ったぜ。ソラス」
「副官に任命された覚えはありませんが、引退した覚えもありませんよ。アトナテス」
少しずつですが、アンブローズが来てから離職状態だった副官業務に復職を始め。
「ふーん……無理しては駄目ですよぉソラスちゃん」
「無理はしてませんよアンブローズ。これは本来私の仕事です!」
任せっぱなしだったアンブローズから、書類を引ったくり。
執務室の椅子に座る。赤の団団長に私は語り掛けます。
「さぁ団長。今日のご指示をお願いします」
私の言葉に、団長はこくりと頷き。
今日も、赤の団の活動が始まります。
この時まではまだ。まだ、なんとかなりました。
この時に魔物を魔神を、魔王が撃退できたなら。
なんとか。なんとか千年戦争前の技術や歴史、紡がれてきた物語を、断絶させることなく。
復興することも不可能ではない。
そんなギリギリのラインが、その時でした。
しかし、そのギリギリのラインはついに超えられました。
それは魔の手によるものではありませんでした。
天が、人に牙を剥きました。