後世の歴史家達は、この物質界存続を賭けた戦い。その敗因をどう評するでしょう。
相手が悪かった。
なるほど、言い得て妙です。
そも人の力で、魔神などと呼ばれる存在や。神が遣わせた神獣と相対すること自体が、間違っていたかもしれません。相手が強大過ぎました。
闘いから逃げ出した当時の王達が悪い。
それも事実でしょう。
滅びるにしても、人や資源といった物を多少でも残せた国と、そうでない国には決定的な違いがありました。
それは団長が率いる赤の団の救援を信じ。どれだけ絶望的な状況下であっても、徹底的な抗戦を選んだか否かです。
城は落ち、都市は焼かれ、国の滅亡は必定。あと残るは王族と僅かな軍勢と、彼らに守られる民達のみという状況で。
なんとか救援に間に合い、魔神と神獣を一時的に撃退する事もあれば。
到着した時には。国を捨てて逃げ出した王や貴族は、神獣と天使達に討たれ。王無き国を魔神と魔物達により、とっくに蹂躙され。目を瞑りたくなるほどの凄惨な情景にされた後だったりした事もありました。
当時まだ、王でなかった赤の団団長が。
物質界随一と呼べる武力を用いて、早急に物質界を統一し。
物質界の唯一王、『英雄王』として君臨し、魔と神の軍勢に抗わなかったせいである。
……否定はできません。
この連日特にそう思えてしまう。
各国へ救援に向かっては、その度に傷付いた人々を赤の団の拠点へと護送し。
怪我や、戦死。神の威光による戦闘中行方不明。救援ついでになし崩しとはいえども、次々と団に加入する団員達に、案の定例起きてしまう。団長が戦場に立つことによる事象。などなど様々な理由で、戦線を離脱する団員達の代わりとばかりに奮戦し。
戦闘開始後最前線にいつも真っ先に飛び出して戦うから、誰よりも魔物達とぶつかり、傷を負っては癒してを繰り返し。
それでも、決して魔と神の軍勢を相手に膝を屈することなく。
次の救うべき者達の元へ、その手を伸ばす為に駆ける団長。
その、あまりにも大きい背を見ていると、否応にもその説を否定できなくなってしまう。
団長がもっと早く王になっていれば。
今目の前に広がる凄惨な光景が広がり続ける物質界とは、もっと違う結果になったかもしれない。
被害を。失われていく生命をもっと減らせたかも。
いいえ、きっと団長なら減らせたはずです。
そんな考えが、自然と私の脳裏に過ります。
きっと団長と普段過ごすことが多い彼ら彼女らも、そうでない団員も。きっと、赤の団の名声を聞いた物質界の人々だって。
ですが、団長に近しい私達は、なおの事そんな事を容易くは口にはしません。
言った所で、ただ団長を追い込むだけなのは、目に見えていましたし。
……そもそも団長には王にならないといけない。
そんな責任も義務もない。
団長はあくまでも、赤の団の団長であって、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ人より力があって、その力を物質界に住まう人々を無差別に襲う敵から、助ける為に使っているだけ。
国取だとか、支配だとか。そんな野心らしい野心を見せたことは、団長は今まで一度もありませんでした。
もし誰かが。
力があるなら、責任もある。そう言うのならば。
今まさに滅ぶ数刻前といった物質界を、どうぞ背負ってください。
物質界が滅びに至った責任を、ただ力があるのからという理由だけで、団長に何もかも押し付けるのは。一個人としても、仲間としてあってはならないのです。
「……ふぅ」
重たい溜息がこぼれ出る。
団長の事象による体の麻痺、時折訪れる矢や魔法を幾度も身に受け。
その度撤退し、後方で休んで回復してはいますが。
回復魔法ではカバーできない。体力や精神の消耗による疲労はどうにもならない。
ベットに身を預け、そのまま二日くらい眠りこけたい気持ちに鞭を打ち。
団長から離れないよう。歯を食いしばりながら。私は団長の背を追っていく。
普通なら、静止されるような。結構な無茶をしている自覚はありますが。
私を静止する声はありませんでした。
たぶん、皆分かっていました。
目の前を歩き続ける団長の足が止まったその時、それは私達の終わりも意味をしていると。
いくら赤の団が戦っても。
物質界中に同時多発して起こる。魔物や天使達の襲来による被害があまりにも大きすぎた。
人や物は魔物達に。知識、文化はまるで、物質界に人がいたという証拠を消すかのように。天使達が徹底的に。いっそ感心する程に丁寧に破壊していきました。
復興。そんな単語はもう思い浮かぶことは出来ない程に。
そして何より問題なのは、相手の数に際限がないことでしょう。
どれだけ倒しても、魔物と天使はどこからか出現するゲートを通して物質界にやってくる。
今までは小休止のように、ぱたりと出現が止まりましたが、今回にはそれがありません。
一時は倒して撃退したとしても、再び敵はゲートを通してやってくる。
挟み撃ちを避ける為にも、定期的に足を止めては追い返しをやってはいますが。
おそらく、別の国を攻め滅ぼした軍勢が、どこからともなく現れ。敵を殲滅したとしても、再び追いかけっこが始まる。
この繰り返しが何日も何日も続きました。
進むも戻るも、留まっても敵は来る。
それならば進み続けるしかない道はありません。
……ですがいくら、団長率いる赤の団が強い強いと言っても。
それは、戦う準備が万全であってこそです。
無限を彷彿とさせる軍勢を、限りがある団で相手をするにも限界はありました。
「残ったのは中央の強国だけか」
「さすがは中央の強国……ですね!」
サナラがアトナテスの言葉に呼応して、無理に笑顔を浮かべ。
アトナテスは明るくでもなく、馬鹿にするでもない。かといってただ冷たいといったイメージでもない。
ただ無表情に無言で深く頷いて返し。サナラはハハハっと乾いた声を上げ顔を沈める。
普段明るいサナラも、今はその明るさが少し空回りしている。
無理もありません。つい数年前までは多くあったはずの国の大半は地図より消え。もう魔と神の軍勢に抗える国が、中央の強国しかなくなってしまったのですから。
「大丈夫ユージェン?」
「はい、母様」
影の射手が、怪我をしたユージェンを背負っている。
これは今までのことを思えば、異例な光景でした。
団長の事象によって、体の麻痺が起きた事のないユージェンが戦線離脱するといったら、単純に攻撃を受けて怪我した時しかありません。どれだけユージェンが戦えると主張しても。影の射手は断固として、継戦を認めたことがなく。
時には力技でユージェンを野営地まで送り返してきました。
ですが、今は背負っている。まるで、最期の迎える時傍にいる為のように。
「…………」
トゥアンは歯痒さを表情を浮かべたまま、無言でした。
戦いが始まった直後は。国を、民を見捨て逃げ出した王の胸倉を掴み。クソ野郎と怒鳴り、鉄拳を浴びせる元気はありましたが。
魔神と神獣を前に逃げ出す者達があまりにも多すぎて。
失望で、殴る気力すらなくなったように思えました。
普段はお喋りなアンブローズも、今日は無言でした。
先の一件もあり。今の物質界の現状を見て。だから早く英雄王になるべきだったと、団長を責め立てることなく。
戦場に立てば、変わらず力を振るってくれます。
ですが、どことなくその立ち振る舞いの根底には、諦観が滲み出ているように思えました。
と言ってしまったら、アンブローズには悪いですね。
その諦観は今や誰もが共有しており。
言葉にして、誰かが。特に団長が、その諦観を肯定でもしてしまったらと思うと。
……とても、怖くて言えなくて。
でも、表情には隠せなくて。誰もが浮かべるそんな表情を見たら、自然と空気がどんよりと重くなって。
この世界は終わった。
そんな認識を、否応にもしてしまう。
…………。
けれどもどこか。
まぁいいか。
そんな考えを持っている私もいました。
魔物に蹂躙された国を見て、戦死する仲間を見て。目の前から零れ落ちていく命を見て。
苦しくもあり、悲しくもなることがたくさんあった。
でも、それらを差し引いても。
今までの日々は、楽しかった。
戦場の高揚と勝利も、同じ釜の飯を食べて、酒を飲む戦友達。助ける事が出来た者達から向けられる感謝。
何者にも成れず、何も成すこともなく。
ただただ一方的に魔物に殺されて終わる。
あの日、そんな終わりにならなかったからこそ。
楽しいと感じる事が出来た。
それに何より。
好きな人の隣にいると、自然と高鳴る。
星が教えてくれることのない、素敵な鼓動の温かさを知ることが出来た。
……それが成就することはなかったが。
あの日、私に訪れるはずだった死が、数年延びただけでしたが。
この数年は、夜空に浮かぶ星々にも勝る、愛おしい輝き。
赤の団の占星術師ソラスとして。
背を預けられる戦友と、愛しい人の傍で朽ち果てる事が出来るなら。
この素晴らしい日々が終わってもいい。
……やっぱり、最期が一人なんて寂しいですからね。
そんなことを思っていると、団長の足が止めた。
ついに、団長の足が止まってしまった。
それについていく私達の足も止まる。
あぁ、この周囲を見渡す限り何もない平原が私達の終わりの地か。
ただそれに補足するなら、全方位敵に囲まれているというのを加えるべきでしょう。
この状況は必然でした。
魔と天の連合軍にとって、もはや敵と呼べるのは中央の強国と私達赤の団くらいです。
物質界中の国々を飲み込んでいった彼らが、残った敵に集まるとなれば、どう足掻いた所で囲まれるのは自然です。
補給も救援も期待できない状況での包囲戦。
逃走の為の突破も不可。
降伏を聞き入れてくれない相手である以上、全滅するのは必然でしょう。
団長が足を止め、周囲から聞こえる地鳴り。
見渡す限りの魔物達に私達は覚悟を決め。
各々武器を持ち上げ構える。
その心意気は全員共通していた。
ただ一方的にやられるのは、ここまで何度も戦ってきた私達らしくない、最後に一花くらい咲かせて見せましょう、だ。
そして最後に相応しく。団長が声高々に、突撃の命令を下すのを、今か今かと私達は待っていましたが。
「みんな聞いてくれ」
そう言い、最後まで離脱することなく付いてきた団員達一人一人に団長は一瞥しました。
たったそれだけの動作でしたが、私達は改めて団長という存在に、畏怖と畏敬を抱かずにいられません。
こんな状況でも、こんな目をすることが出来る彼こそが。
物質界の王に相応しいと、思わずにいられません。
「――まだ、諦めるわけにはいかない」
物質界は終わった。
あらゆる国々が蹂躙され、家々が焼かれ。
戦える者達も、今やほとんどいない。
それどころか、今まさに全滅必至という状況まで追い詰められている。
それでも、彼は諦めない。
彼の目は諦めを拒絶していた。
「団長……でも、もう全方位囲まれて打つ手が」
私の言葉に、団長は力強くふるふると首を振って否定する。
「打つ手はある。たった一つだけ」
こんな状況を打破する手段がまだあるとは。
目を見開く私達に、団長はその手を打ち明けた。
「皆、私をここに残し。全戦力を持って包囲を突破してくれ。
ここに来る敵は私一人で殲滅する」
私達の総大将が、たった一人で敵を迎え撃つ。
以前にもあった正気を疑うような手でした。
ただし今回は逃げることを前提とした殿ではない。全員が逃げる為ではなく、一人で迎え撃つと団長は言うのだ。
「てめぇ、ふざけてんのか!?」
「大真面目だよ」
アトナテスが怒声を上げながら団長に詰め寄り。
帰ってきた返答に、すかさずトゥアンの鉄拳が団長へと飛んだ。
団長なら、かわすなり受け止めるなり出来たはずなのに、トゥアンの拳を団長は甘んじて受け止めました。
だからでしょう、その悪いことをしてるから叱られて当然みたいな態度が、なおさらトゥアンには気にいらないのか、追撃が飛んできそうだったので。
「トゥアン!」
私は思わず、団長とアトナテス、トゥアンの間に割って入ります。
ですが、肩をグイッと団長に後ろに引かれ、団長は再び二人の前に立ちます。
「分かってくれ二人とも。これしかこの状況を突破できる方法はないんだ」
「だからって、あたしらにお前を置いて逃げろと?」
「そうだ」
短く、すっぱりと言い放つ団長に。
今度はアトナテスが我慢できず、拳を上げようとしましたが。
その拳を制するように薔薇意匠の、アンブローズの杖が置かれます。
「団長ちゃん。そこまで言うからにはぁ、ちゃんと理由はあるのでしょうねぇ」
理性的に問いかけているように見えるアンブローズですが。
団長の足元には、いつの間にやらアンブローズの魔導陣。
ブルームペタルが配置されています。
理由の内容次第では、力ずくで止めるということでしょう。
思わずごくりと喉が鳴る。
そんな私とは対照的に、威圧されているはずの団長は、冷静に理由を語り始めました。
魔神と魔物の魔王軍。神獣と天使の天界軍。
この両者は最終的な目的。物質界の人を滅ぼす。という目的こそ同じでも。
やはりというべきか、指揮系統は根本的に違う。
だから、彼らの戦場での細かな目標は異なっている。
そう団長は言い。さらに補足します。
魔王軍の基本方針は、無差別の襲撃。
身分や、非戦闘員関係なく襲う。
いくつか救援が間に合わず、滅んでしまった国に残った敵のほとんどが、魔物だったのはその為だ。
一方で天界軍はというと、真っ先に狙っているのは決まって王族。
どれだけ戦力が城や砦に残っていても、神獣や天使達は王達が国から逃げ出したら、そちらを追うことを優先している。
国だとか、組織とかの指導者を彼らは真っ先に狙う。
つまりは……。
そこまで聞き。自ずと団長が一人で残ると言った理由を、私は理解出来ました。
「天界に住まう者達も、どうやら私を王にしたいようだ」
自嘲気味な笑みを浮かべながら団長はそう言い。
「しかし、今は好都合だ。そうだろう皆?」
同意を求める団長の声に、私達は沈黙する。
理には適っていたからです。
確かに、確かに今の私達の戦力ならば。
例え団長がいなかったとしても。
魔神だけなら、なんとかなる。
神獣だけなら、なんとかなる。
なんとかなるのです。これらが単体だけ相手にするのならば。
しかし、それらが合わさると、私達が例え万全でも敗北する。包囲は突破できません。
何故なら、戦っている最中に神の威光を受けて、少ない戦力が分断されて。
続いて最初の神獣とは、別の神獣の神の威光によってさらに分断され。
ごくわずかな戦力で、待機していた魔神や神獣と戦わざる負えない戦況にされる。
神獣の神の威光の強制的な戦力分散を繰り返され、ついには軍としての機能不全を起こされ。
そこに魔神と言う強力な個の力で、各個撃破する。
それが、多くの国々が敗北した魔と神の軍勢の策です。
しかし、魔と神の軍勢を一時でも分断することが出来たのならば。
この単純にして強力な策は、無力化されます。
神の威光の影響を受けないので、一か所に留まることが出来て。
天界の勢力に狙われている団長が一人で、主に神獣と天使の相手をして。
神の威光の影響を受けるが。
天界の勢力から狙われていない私達が、主に魔神と魔物の相手をする。
簡単に言ってしまえば、それが団長の作戦でした。
改めて、これは正気で導き出した作戦にはとても思えなかった。
狙い通りに神獣と天使は団長に向かってくれるかもしれませんが、それでも多かれ少なかれ魔神とも相手にするはず。
残される一人の生存を考慮していない。としか思えなかった。
けれども、団長の策よりも良い策を考えている時間も残されていない。
神獣の神の威光の効果範囲内に、もう遠くないほど接近されてている。
団長を除いて、皆苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
……当然です。誰も団長には死んでほしくない。生きていてほしい。
一緒に戦って散るなら、まだ許容できます。
でもこれは……無謀が過ぎる戦いに団長だけ残すなんて嫌です。
刻一刻と少ない時間が無くなっていく。
打開策はないかと焦る私達と比べて、団長は穏やかな表情を浮かべで私達を見ていました。
ほとんどここで死ぬと言っているようなものなのに。どうして団長はその前にして、穏やかでいられるのか。本当に不思議でたまらなかった。
「相手は千体倒しても無限に出てくるんだぞ団長、一人残ったって無意味だ……」
「確かに相手は無限を彷彿させるね。ユージェン。けれど、いかに魔王でも神であっても。無限の軍隊なんてもの存在しない。必ず、戦力が尽きるときがくる。それまで、千体倒して尚尽きないのなら、私は万体倒してみせるさ」
「その自信があるのですか?」
「やらなきゃ死んじゃうからね。やってみせるよ影の射手」
団長はそう言い笑みを浮かべる。
「お前は馬鹿だ」
「そうかな?」
「あぁ大馬鹿だ。そして、馬鹿は殴って躾けないと分からない。けど、今は殴らないでやる。だから……必ず戻ってこい」
「勿論だトゥアン。けど、殴られるのは困るな。君の拳は痛いから」
団長はそう言い笑みを浮かべる。
「団長ちゃん」
「アンブローズ……すまない」
「どうして頭を下げるんですかぁ?」
「この期に及んで。私はまだ王になれと言われても、素直に頷くことは出来ない。覚悟も……出来てない。失望したかい?」
「まぁ言いたいことは分かりますよぉ?ぶっちゃけ色々詰んでますからねぇ」
二人は困った顔を浮かべながらクスリと笑い声を上げ。
アンブローズが団長に手を差し出し、団長はその手を握り返す。
別れの挨拶よりも、先日の件の仲直りの握手と、私は思うことにした。
「何にせよ団長ちゃんが生きて帰ってくれないとどうしようもありません。だから……」
「必ず生きて帰るよ」
団長はそう言い笑みを浮かべる。
「俺は納得してないからな」
「あぁ」
不満を隠すことなく。アトナテスは口をへの字に曲げながらそう言い、団長はそんなアトナテスに拳を突き付け。
「皆を頼む」
団長はただ、それだけ言うと。
アトナテスも数秒の沈黙の後、団長の拳に合わせるように拳を突き合わせた。
「まぁ、どいつもこいつも守られてばかり、なんて奴はいないけどな」
「そうだね。頼もしい仲間達だよ」
団長はそう言い笑みを浮かべる。
「団長本当に一人で……えぐっ」
泣いてるサナラに気が付いた、団長はサナラに目線を合わせるように腰を屈め。
橙色の髪に団長は手を置き、優しく撫で髪を梳かす。
「サナラ。私達が出会った頃にした約束を覚えているかい?」
俺が君と一緒にいよう。
団長とサナラが出会って間もない頃、団長がサナラにそう言った。
その後、今に至るまで。まるで本当の兄か父親のように、団長を慕うサナラが忘れている訳がない。
泣いたまま頷くサナラに、団長は真剣な表情を浮かべ。
「それを一度でも私が破った頃があったかい?」
そう、サナラに問いかけ。サナラは首を振る。
「これからも私は約束は守る。サナラを一人にはしない。だから戻ってきた時には、笑顔で迎えてくれ。私はサナラの笑顔を見るのが好きなんだ」
「うぐっ……うえ……絶対に……絶対に」
「あぁ絶対に戻る」
団長はそう言い笑みを浮かべる。
時間はもうない。他の団員達にも、二三言葉を交わしていき。
間違いでなければ、最後の話し相手として。団長は私の前に立ってくれました。
「ソラス……」
彼が私を呼び、私を見つめる。
そんな彼を私も見つめる。
相変わらず。優しい目をした人だ。
同時に、誰よりも強い意志を灯す目をしている人でもある。
これと決めたことを、やり通すことが出来る強い人だ。
敵わないと思う。彼という存在の前には、私や他の皆を含めても、隔絶した。どうしようもない壁があるように思える。
だから私に言える事はせいぜい。
「どうかご無事で……」
そんなありきたりな言葉だった。
「…………」
沈黙が私達に流れる。
もっと言いたいことはたくさんあるのに、言葉にできない。
時間がない。あれこれ言う資格も、はっきり言って私にあるかどうか。
色々と考えていると。
視界に映る彼が当然大きくなったと認識出来たのを最後に。
私はしばらく思考を取り戻すことが出来なくなった。
端的に何が起きかと言うと、私は彼に抱き締められていた。
何が起きたか理解できなくて呆然とし。
うわぁあああああ!と思いながら。手に触れる事は多々あったけど、背中越しに感じる彼の腕やら、彼の鎧の感触やら。鼻いっぱいに広がる彼の匂いに興奮して。
一瞬にして熱くなる頭に、理性的なソラスさんはどこかへと消え去り。
これ幸いにと、私も彼の背に腕を回したりして。
彼から伝わる振動に、ハッとして冷静さを取り戻す。
「団長……」
少し背を伸ばせば、唇に届きそうな距離にいる彼を見ると。
彼は他の人達にそうしてたように、笑みを浮かべている。
けど、全身に彼を感じることで分かることがあった。
……彼は震えていた。
恐怖を押し殺して、不安を悟られないように。
誰にでも安堵をさせてしまう笑みの裏側で。
彼は確かに、恐怖で体を震わせていた。
考えるまでもなく当然の事だった。
言い出しっぺだとしても、いくら強い強いと周囲が認めたって。
たった一人で戦場に残って、魔神や神獣と戦わないといけないのだから。怖いに決まっているんだ。
けれど、彼は誰一人として、その恐怖を打ち明けようとしなかった。
誰にも心配かけさせまいと、笑みを浮かべていた。
あぁ……なんだ。
魔神降臨して以降。彼とはやれ格だとか、壁だとかを感じて、一線引いていましたが。そんなことをしていた自分がなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきた。
彼は確かに凄い。彼以上の才覚を持った人間を、今まで見たことがない。
赤の団団長、人道の英雄。誰にでも手を差し伸べるお人好し。その他様々な、彼を讃える肩書きがあるが。それ以前に彼は人だ。
人並みに喜ぶし、人並みに恐怖する。
そこは、私と何も変わらない。変わるわけがない。
まったく……私は今まで何を勘違いしてきたのやら。
「ソラス。私が戻らなかったら。君が、次の赤の団団長として皆を導いてくれ」
普段よりもずっと、近くに聞こえる彼の声に。頬が高揚で赤くなっているのを、私は自覚しながら。今一度、浮ついた気持ちではなく。
心を落ち着かせ。
赤の団の占星術師。
団長を星と共に導く占星術師ソラスとして、彼を強くギュッと抱き締める。
「嫌ですよ」
「えっ?」
ショックを受けたような顔を浮かべる彼に、私はおかしいやら嬉しいやら。
自然に笑みを浮かべて見せ。
「団長は相手を全部ぶちのめすのでしょう?だったら、次の団長何て、気にする必要ないじゃないですか。でも安心してください!こっちはこっちで包囲を突破して、戦局が落ち着いたら、すぐに団長を助けに向かいますよ!」
そう、彼に宣言してやった。
「…………ふっ」
彼は沈黙の後に笑みを。たぶん私と同じく、おかしくて嬉して。そんな、とても自然な笑みを浮かべ。彼は私の背に回していた腕を放す。
あぁん。もうちょっとそのまま、抱き締めあったままでも良かったのに。
「あぁぜひとも私を助けてくれ。けど、うっかり全部倒してしまったら、無駄足になるかもしれないね」
本当にそうなるかどうかは……星に尋ねるまでもない。
団長ならやってのける。そうになるに決まっている。
「そうなったら……ふふっ、皆でお酒を飲みましょう!」
「それはいいアイデアだね。なら、ここで皆を待つとするよ」
最後に、私と彼は視線を躱す。
出会った時から変わらない。前髪に隠されているけれど。
優しい、そして強い意志を宿す目だ。
私が信頼する、大好きな目だ。
団長が剣を引き抜き。数歩歩いて剣を構える。
眼前には先行部隊であろう魔物達の姿が見えた。
その背後には、ロープを身に纏い、鋭い爪を生やした右手を伸ばす。そんな悪しき巨大な敵の存在がいる。
「戦闘開始!皆、必ず生きて再会を!」
引き留めたくなる足が、彼の号令で止まり。
尾を引くのを感じながらも、私達は団長を置いて、包囲網を突破を開始した。
破滅の力を巡って、魔王軍幹部達と物質界中で戦ったあの時。
私……羨ましいなぁとか思っちゃったりしました。
まだ千年戦争とすら名付けられていない。
物質界の命運を、一度は決定的に決した私達の戦いとは違って。
あの時は、魔王と戦うことを決めた皆が。
王子君と王国軍が絶対に来ると、信じて戦ってくれていましたからね。
ふと、私達もああいう風に戦えてたらなぁと思ったりしました。
……あの人が、英雄王がどういう気持ちで、滅びゆく物質界を見ていたのかは。私には分かりませんが。
きっと、あの時の決戦を英雄王が見ていたのなら。
私と同じように、羨ましく思ったかもしれません。
甘味神曰く。
技術や文明等々が進んでいた千年前の物質界滅ぼそうとしたら、本編で今だに実現していない。魔神と神獣同時侵略しかなかった。