千年前戦争アイギス 占星術師の昔話   作:青き男

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E18 断絶する世界

 

 「エターナルスター!!」

 

 今まで感じていた団長への壁が消えた事によるものか。

 ただ単にやけくそか。

 何にせよ、私の中で一つ壁を打ち破った気がする。

 

 星天召喚の儀を解いた後、徐々に星の力が落ちていく私の弱点を解消する。

 以前から考えだけは頭に浮かべていた技を、土壇場で実践してみせる。

 理由は一刻でも早く包囲網を突破して、団長と合流する為です。

 一回の戦闘ごとにいちいち星天召喚の儀をする間も惜しい。

 

 「弾けろ!」

 

 立ちふさがる魔神や魔物達へ、威力を落とすことなく。

 短時間に何度も星をぶつけて叩きつけて差し上げ。

 

 「包囲が薄くなってます。まもなく突破できるでしょう!」

 「本当ですか影の射手!?だったら、アトナテスやっちゃいなさい!アンブローズも出し惜しみ無しで!」

 「おうよ!」

 「はぁい!」

 「私も援護しますよ!」

 

 サナラの地脈の力を受けた。アトナテスの魔竜から放たれたダークブレスと、アンブローズのブルームペタルが周辺敵を一掃し。

 

 「はぁああっ!!」

 

 焼け焦げたフードを脱ぎ捨てた姿はさながら二足歩行する猿。

 魔神グシオンの猛攻を寸で回避し続けたトゥアンの戦斧が、魔神の肉体に食らいつく。グシオンはトゥアンの一撃に断末魔を上げるますが、例のごとく。ゲートを通して得た魔力で。グシオンは即座に復活しようとする。

 

 「封印もぉ手慣れてきましたねぇ!」

 

 そこをアンブローズが杖を魔神ごと地面に叩きつけながら封印を施し、復活の遅延をした後。

 団長と別れて半日。ようやく、私達は包囲網を突破に成功しました。

 そして生き残っていた別動隊と連絡を取り合い、拠点へ現状報告。そして駐屯地を設立してとドタバタと動き回り。

 

 「よし団長の所へ急ぐぞ!」

 「んっ……!」

 「私も行きます!」

 「おじさま私も!私も!」

 

 そして、気持ちは痛いほど分かりますが、逸る気持ちそのままに。

 飛び出そうとする人達を。アンブローズや影の射手と協力して、無理矢理休息を取らせる。回復魔法で怪我を治せても、体力や魔力はそう容易くはいかない。万全にするべきでしょう。

 

 「見殺しにする気か!?」

 「ソラスちゃん酷いです!!」

 「する訳がないでしょう!!私達が助けに行って全滅したら、何のために団長が残ったんですか!?」

 

 そんな口論が発生しながらも。

 私自身、行けるならすぐにでも行きたかったですが。

 半日。

 といっても、生存している別動隊への連絡やら駐屯地の設立。治癒と団長を助けに行くための準備をしなければならないので。それよりももっと短い休息を取った後。

 

 私達は救援隊を編成し、団長の捜索を始めました。

 団長と別れて、丸一日。

 万が一は、責任は負うつもりではありましたが。

 最悪は考えないようしておきました。

 

 「……これは、なんという」

 

 ヒュォオオウと、風が吹く。

 まるで、もうそれしかこの場には残されていないと、伝えるかのように。

 

 「周辺に注意しつつ、団長を探しましょう」

 

 再度包囲されても一点突破できるよう、散らばらず団体行動をします。

 けれども一時間、二時間と歩き続けてもまったく敵の姿が見当たらない。

 

 「本当に無限の軍隊はいない……ってことかな」

 「その無限みたいな軍隊ぶっ倒せたなら、そういうことだろうよユージェン」

 

 アトナテスがユージェンの頭をポンポンとしながら、アトナテスは少し寂し気に遠い目をしました。

 それにして団長が言った通り。

 無限を彷彿させる軍はいても。無限そのものな軍はいないということでしょう。

 でも、だとしても……。

 

 「一体どんな戦い方をしたらぁこうなるんでしょうねぇ……」

 

 アンブローズが紫色の土を拾いあげ、ぽつりと呟き。

 アンブローズが分からなかったら、もう誰にも分かりませんよ。私がそう返すと。

 

 「あらぁ、ソラスちゃんに褒められちゃいましたぁ」

 「そんなつもりはありません」

 

 唇を尖らせてながら、どうやったらこうなるのやらと改めて周囲を見渡す。

 私達が戦っている背で時折。轟音が鳴り響いていたことから、相当の激戦を繰り広げられていることは、想像に難くなかったのですが。

 地を抉り取ったような跡や、おそらく神獣のものであろう、牙やら羽根やら鱗といった残骸があちこちに散乱し。魔神も手当たり次第に止めを刺しては、緊急時ゆえに雑に封印を施したせいか、明確に魔神の魔力の影響を受け。土が紫色に変色した土地も箇所もあった。

 

 一切の遠慮なく、団長が全力出した結果でしょうか。

 本当に、凄まじいとしか表現することの出来ない。元々は青々としていた平原だったはずの荒野が広がっていた。

 

 そしてさらに奇怪なことに、道中魔物や天使達を見かけることがありましたが。

 残虐な性格を持つ魔物や、神にしか従わず。意思や心を持たないとされる天使達。

 それどころか、私達よりも遥かに巨躯な体を持つ神獣までもが。

 

 私達というよりも。例えるならば人という存在を見て。

 体をぶるぶると振る舞わせ、歯をガチガチと鳴らしながら。

 四肢を動かすには不十分なボロボロの体を無理やり動かしてでも、少しでも逃げ出そうというする姿がありました。

 

 こいつらは、団長を追い詰めた敵!

 

 そんな考えは、なくはなかった。

 けれど……追撃して止めを刺そうと思えなくなる有様に、私達は彼らを無視して団長探しを続けます。

 

 そして、先ほどから私達の足音と、風の音しか聞こえなくて。

 最悪なイメージがますます色濃くなっていく。

 これほどの戦いの跡を残しておきながら、嫌でも戦っていると言う轟音を散々鳴らしておきながら。さっきから戦闘音がまるでしない。

 つまり、私達が包囲を突破して。

 こうやって戻ってまでの間に、決着がついたということです。

 殲滅か、死によって。

 

 「団長どこですかぁ!?」

 

 周囲の戦場痕から考えるに。

 おそらく、最後まで団長が戦っていたであろう場所に私達はたどり着く。

 そして私達は声を張り上げて団長を探します。

 けれど……返事がない。

 

 「手分けして、探しましょう」

 

 遭遇戦になり。再び包囲されようものなら、各個撃破され今度こそ全滅するかもしれない。そんなリスクを承知してでも、私達は分散して捜索にあたる。

 団長が見つかるなら、見つかってもいい。

 けれども、団長は見つからない。

 まさかまさかと絶望が私達に這い寄ってくる。

 

 「団長は?団長はいましたか?」

 

 分散した人達が帰ってきては問いかけ。

 その度、ふるふると首を振って返ってくる返事に心が冷えていく。

 それが二度三度と繰り返し。

 

 「…………」

 

 影の射手が首を振る。

 影の射手ですら見つけられないとなると、いよいよ込み上げてくるものが抑えられなくなってくる。

 

 「…………」

 

 皆から私に視線が降り注ぐ。

 もっと早く救助に駆けつけるべきだ。みたいな非難する視線ではありません。むしろ、縋るような視線です。

 

 ……分かっています。私のするべきことが。

 ただ、確かめるのが怖かっただけです。

 

 「星よ……」

 

 天球儀を掲げ。空よりも高くにある星の位置、動きから尋ねる。

 団長、かの巨星はいったい何処に。

 

 「…………っ」

 

 星が何も囁かない。

 今までなら団長という存在の大きさ故に、目を瞑っても星が囁き、すぐにでも団長の居場所を星は導いてくれた。

 けれど、星は囁かない。

 焦りで何かを見落とした。それとも何か別の原因が。

 占星術師の基礎の基礎、星をよく見て観察する。

 ……そこまで遡っても分からない。

 巨星は見つからない。

 

 「あっ……あぁ……」

 

 膝からすとんと、力が抜け落ちる。

 両肩に一緒にいてあげるべきだったという後悔と、彼を失ったという絶望が重くのしかかり。そして、彼と過ごした日々が蘇る。

 

 何も実績のない私の言葉を信じてくれたあの瞬間。

 子供のようにはしゃいで笑い、誰よりも大人びた顔つきで戦う後ろ姿。

 二人でじっと、夜天に浮かぶ星々を眺めた時間を。

 

 そして私はふと思い出す。

 思えば彼は、占星術師としてよりも。

 |私<ソラス>が何を思い、考えて発した言の葉の方を重視する人だったな。

 

 そう思い至ったその時、崩れ落ちそうになった寸前の膝に力が戻り。

 

 「アトナテス!トゥアンでもアンブローズでもいいです!酒!お酒はありますか!?」

 

 私の発言に、一同目を丸くする。

 さっきの反応から一転して、何言ってんだこいつ。みたいな目です。

 何も事情が分からなかったら私もそうしていたでしょう。

 

 「あ?酒なら、どうせアンブローズが隠し持ってるだろ」

 「こいつは千年モノを体のどこかにしまい込んでるはずだ」

 「何で知ってるんですかぁ!?」

 

 アトナテスとトゥアンの証言を聞き。

 両腕を抱えながら後ずさるアンブローズを捕まえ。

 上中下。パンパンパンと探し求める物を手探りし、女体に相応しくないビンの感触を捉えそのままひったくる。

 

 「あーん。あたしの秘蔵のお酒がぁ……」

 

 後ろから嘆く声が聞こえましたが、知った事か。

 私が知っている彼なら。

 間違いなくそこにいて、待っているはずだから。

 

 タッタッタッと駆ける。鼓動がどんどん高鳴る。

 不安と期待がごちゃまぜになった感情が、吐息と共に零れ落ちる。

 

 記憶に間違いなければこの辺りのはず。

 きょろきょろと視線を動かし。

 魔物でも魔神でも、天使でも神獣でもない。

 

 長年愛用していた形見の剣は歪に折れ曲がり。鎧は修復不可の領域まで破損し。

 回復魔法はかけたのだろうけど、一度は開いたのだろう風穴から飛び出した血で、肌と服が赤く染まった。

 弱い。けれども……確かに呼吸により体を上下させながら、岩壁に背を預け座り込む。たった一人の、人の存在を見つけ。視界がにじみ出し、頬が高揚した。

 

 結局の所、彼は宣言通りうっかり全部の敵を倒しきって。

 皆を待つと言った。私達は別れた直後の場所まで戻ってきたようだ。

 

 「団長!」

 

 私の声に反応してくれた団長が、ゆっくりと顔を上げてふっと笑みを浮かべる。

 生きていた。生きていた!

 よし、いの一番に団長に抱き着いてやると決め。

 全力で足を動かして彼の胸に飛び込む。

 

 「……おっと」

 「あぁ団長!生きて……」

 

 昨日嗅いだ団長の香りが鼻孔をくすぐる。彼の胸元から感じる温もりが、彼の生を改めて伝えてくれる。

 ……あぁ生きていた。

 安堵と喜びが溢れ出す。本当に、今度こそはもう駄目だと思ったばかりだったから。

 しばらくこうして抱き着いていようと思っていたが。

 

 「「「団長!」」」

 「皆も、無事だったか……よかった」

 

 やれふにっとした感触やら、むちっとした感触。鎧の堅い感触まである。

 私の背中から追加で団長に抱き着く者達によって押しつぶされる。

 ついでに、私と団長の間にあった感動的な雰囲気まで押し流される。

 

 「ちょっと!どうしてこんなに追いつくのが早いんですか!?」

 

 抗議の声に、背に乗っかかっている者達は首を傾げて。

 その代表として、サナラが答える。

 

 「だって、ソラスちゃんが意味ありげに走り出したんですから。団長がいると思いますよ」

 

 あぁ、そういう。ゆ、優秀過ぎるのも考え物ですね。

 さて。

 

 「団長。お待たせしました。お酒です」

 

 団長はズタボロの怪我人だけど、一口だけならいいでしょう。

 団長立ってのお願いなのだから。

 手渡したお酒を団長は受け取ると、ぐいっと瓶を傾け滴り落ちるお酒を大口を広げて迎え。

 

 「美味い。けど、こんな美味い酒は皆で飲まないと勿体ないね」

 

 いつも通り、人を安堵させる魔法がかけられている笑みを浮かべた。

 

 

 

 その後、駐屯地に戻った私達は。その知らせを受けて安堵と困惑を浮かべる。

 

 「いきなり魔物達と天使達が各々のゲートを通って撤退した。ですか?」

 「はい、他の場所を守っていた団員達も同じ報告をしています」

 「一体どういう……」

 

 あの尽きぬと思わせるような軍勢は、誰もが物質界に止めを刺すべく投入した物だと思っていたのに。唐突に帰ったと聞けば、それはそれで不安にもなる。

 

 「団長に恐れをなしたんですよ!」

 

 サナラがそう調子のいいことを言う。と言いたいところですが。

 魔神と神獣相手に一人獅子奮迅の活躍をして、それらに畏怖させた姿を見た後とあってはそう思いたくもなる。そして、そういう英雄的な話は、誰が発信源だとか関係なく。例え言うなと命令を出したところで、伝え広がり。

 あっという間に。

 回復魔法をかけられながら、担架で運びこまれている重傷人の団長を見て。

 普通は怪我して大丈夫かと声をかけるような所を。

 

 「団長!」

 「団長!」

 「団長!」

 

 赤の団の団員のみならず。この災厄の被害者までもが団長と掛け声をしている。

 最後の最期まで抵抗を続け、赤の団の救援に間に合ったものの国が滅びた者達。

 王に、国に、あげくは神に裏切られ、命からがら助け出された者。

 何もかも分からずに、ただ恐怖から逃げ出した者。

 それらすべてが、物質界の未曾有の災厄に絶望し。

 その災厄をたった一人で払いのけてしまった。目で見る事が出来ない神や国でもない。目に見える形で、確かにそこにいる。団長に希望を見ている。

 

 いいえ、希望を渇望しているのでしょう。

 

 周囲の熱気に、どこか薄ら寒くなる物を感じる。この熱気、いわばエネルギーが団長に向けらているうちは、まだいい方かもしれない。もし他の人に敵意という形で向いたとしたら……。

 周囲から目を背ける様に、担架で運ばれている団長に目を向け。かの両軍団はなぜ引いたのかと問いかける。

 

 「赤の団と、中央の強国を殲滅出来るまでの戦力を出し尽くしてしまった。だといいが……他に意図があるかもしれない」

 

 あぁ……良かった。

 団長は熱気にあてられるようなこともなければ。大怪我してても冷静です。

 その冷たさは今は心地が良い。

 

 「他の意図というと、別の攻撃目標が出来たとかですかね」

 「…………」

 「団長?」

 「……もし私の考え通りなら。天使達を指揮していた神様か、魔物を指揮する魔王は……そうとう性格の悪い為人をしているのだろうね」

 

 話し終えるとクックックッと団長があまり見せる事のない類の笑み。

 嘲笑を団長は浮かべる。

 自分の考え通りなら、神か魔王は性格が悪い、ですか。

 ……この人はどこまで見えているのだろう。

 

 

 

 魔王軍と天界軍が一度各々のゲートへ撤退したこともあり、団長が大怪我していることもあり。

 駐屯地からすぐさま赤の団の拠点へと、団長を運び込みます。

 そして――。

 

 「絶対安静です!!」

 

 目立つのを避ける為か、普段は声量が小さい影の射手が大きく声を張り上げ。

 団長はビクリと肩を震わせます。

 そんな大声で言わなくてもいいじゃないかと、団長は目で影の射手に訴えますが、それ以上にキッと目を鋭くする影の射手に団長は項垂れます。

 こう牽制しないと、団長は仕事を始めてしまいそうでしたので、仕方ありませんね。今もベッドにはいるものの、上半身は起き上がっており、団長はすぐにでも立ち上がりそうです。

 

 「団長あなた少しは、死にかけのボロ雑巾だった自覚を持ってください!いいですね!」

 

 影の射手の物言いに……きっと団長に母親がいた頃もそうしてのだろうか。叱られてショボーンとした顔を浮かべる。まぁ無茶した代償なので、諦めてください。

 

 「団長が動けるようになるまでに、物質界中が落ち着いている今一度。各地の情報をかき集めてきますので静養なさるように」

 

 こうして、影の射手が寝室から退出していきました。

 

 「何を言ってるんだ団長!!」

 「安静にしろって言われたの知ってるんですよ団長!?このこの!」

 「あいたたた」

 

 ユージェンとサナラに団長が叩かれている。

 叩かれていると言っても、その可愛らしいお手手でポカポカと殴ると評するに相応しい物だが。サナラはもちろん。ユージェンも団長には、母である影の射手の盟友として敬意を払っているので。アトナテスとは違って、団長にこうして反抗するのは珍しい。けど理由が理由がだけに仕方ない。

 影の射手とアンブローズが出て行った直後。

 サナラとユージェンを団長は呼ぶと、二人に向かって。

 

 「二人で執務室にある書類を取ってきてくれないかな?」

 

 そうお使いを頼んだ。

 お使いそのものは頼まれた所で、二人が団長に怒るようなことはないが。お使いの内容が仕事がしたいから書類取ってきてとなったら、こうなるのは仕方ない。

 二人とも団長が心配で、ゆっくり休んでいて欲しいのです。

 

 「ごめんごめん。すまなかった」

 「反省して休んでくださいね!おやすみなさい団長!」

 「同じようなことでまた呼び出したら母様に言いつけるからな!失礼しました!」

 

 てててと早足で去っていく二人に。

 

 「サナラとユージェンに振られたよ……」

 

 割と本気で悲しそうな表情を浮かべながら言うから、この人は本当に面白い。

 次に来たのはあの二人組です。

 

 「おぉアトナテス、それにトゥアン。二人に頼みガハァ!?」

 

 怪我人相手に拳骨を喰らわすとはさすがはトゥアン容赦なし。

 ですが、今の団長にはいい薬でしょう。

 団長は理由をつけてベットから抜け出そうとしていましたが、もう二人に行動を予想されていると悟り。諦めて、もそもそとベットに潜りこむようにしたようです。

 

 「サナラとユージェンから話を聞いた。あたしらが聞くと思ったか?」

 「ま、今回は味方できねぇって事だ団長よ」

 

 ふんっと鼻を鳴らすトゥアンと、からからと笑うアトナテスに。

 やっぱり駄目か、と声を団長は漏らす。

 ……団長がこうも仕事をしたがるのは、やっぱり落ち着かないからでしょう。

 

 耳を外の喧騒に意識すると、聞こえてくる。

 

 「出てきてください団長様ぁ!」

 「お助けくださいぃぃ!」

 「団長ぉ!」

 

 そんな救いを求める声が。

 

 もし影の射手が、担架から抜け出した団長を見つけて捕まえなければ。団長はその声に応え。トレードマークでもある裏地が白の派手な赤いマントを、傷を隠すように纏いながら、避難民の前に出ようとしていた。

 影の射手の言葉を借りれば、少し前まで死にかけのボロ雑巾であったにも関わらずにです。

 こういう性質がから、団長は英雄だなんだと囃し立てられる原因なのでしょう。それに本人が気が付いていないみたいですが。

 

 「心配なのは分かるが。外の連中は俺達でなんとかするから。お前は休め団長」

 「それともあたしらだけじゃ不安か団長?」

 「……分かった。任せたよ二人とも。けど何かが起きる前には。必ず私に相談してくれ」

 

 頷く二人に、団長もまたこくりと頷き返す。

 今度こそ休む。とはいかなかった。

 

 「団長ちゃん。剣持ってきましたよぉ」

 

 ガチャガチャと音を鳴らしながらアンブローズがやってきた。

 魔法で浮かべている箱の中には、各地の滅びた国々から名目は保管という形で集めていた。神々が加護を与えたという武器がこれでもかと収納されていた。

 もはや一種の宝物庫です。宝の持ち主が、いつかは手放す気満々で使う気も見せびらかす気もまるでない欠点を除けば。

 

 「こらアンブローズ。団長は安静が必要ですよ」

 「いや、武器がないのは死活問題だ。手に持つくらいなら皆も許してくれるさ」

 「そうですそうですぅ」

 

 むぅ。そう言われた反論できない。

 武器がないと不安になるのは、剣士としては当然でしょう。納得はしましょう。

 けれど、それはそれとして。さりげなく団長にボディタッチしようと接近しているアンブローズを引き剥がす。させませんよ?

 

 「それにしても……代わりの剣か」

 「……団長」

 

 机の上に置いてある、折れ曲がった剣を団長は見つめる。その視線はやはり悲しげだ。

 今回の戦いで壊れた団長の武具は鎧と剣。

 鎧自体は団長がまだまだ背丈が伸びる年頃というのもあって、何度も新しい物を用意していましたが。

 剣。団長が使っていた剣は、魔剣だとか神剣とか言われるような特別な物ではありません。

 ごく普通に鍛造された。探せばほとんどそっくりな物が見つかりそうな、ありふれた剣ではありますが、団長にとって折れた剣はただの剣ではありません。

 その剣は、団長のお父様が使っていた剣です。そして団長が赤の団団長を名乗る以前から。今の今までずっと使ってきた大切な剣だったのです。

 その想いを継ぐにふさわしい剣となると。

 やはり相応の等級を持つ武器が相応しいでしょう。

 

 「これとかどうですぅ?あたし一番のおすすめ神剣エクスカリバー!」

 「うーん……私が使うには仰々しいのでは?」

 「団長がそれ言ったら誰も使えませんよ……ではこれ魔剣ティルフィング」

 「……合わないな」

 「いっそのこと武器を変えますか名槍ロン!」

 「扱えない訳ではないが、やっぱり剣が良いな」

 

 武器を手に取ってはこれじゃないと団長は首を振るう。

 普通。王家でもない人間が魔剣だ神剣だとか、神々から加護を受けた武具というものを握る機会はない。剣士なら目にするだけでも垂涎もの、自らの物に出来るなら喜んで罪を犯すなんて話もあるだとか。

 けれども、団長はそもそもそういった特別な武具の類に興味がないように見える。武器が必要で、質のいい武具がたまたまそこにあるからという理由だけで、こうして手に取っているだけで。うん。乗り気じゃないというのが一番しっくりきます。

 まぁでもそれは困るので、ふと以前団長が珍しく興味を示した魔剣の存在を、記憶の書庫から思い出す。

 確か答えを知るだとか、応えるだとか言う意味持つ剣だったはず。

 

 「団長、あの剣はどうですか?北方の姫様が持っていた」

 「……魔剣フラガラッハか」

 

 そうそうそんな名前でしたね。

 名前と同時に剣の姿を思い出し、箱の中身を見てみますが。箱の中にはフラガラッハはありませんでした。

 

 「あれは正当な保持者が持っている剣だからね。貸せと言って貸してくれるものじゃないだろう」

 「でもあの姫様は、今の今ままで魔剣を使ってないじゃないですか」

 「どうせ使わないのならぁ貸せって言ってみたらどうですか団長ちゃん?」

 「……それは最後の手段にしたいな」

 

 そんなやりとりをしつつ。最終的に団長の傍に置かれたのは、アンブローズが団長が根負けするまで推し続けた神剣エクスカリバーでした。

 

 一応は剣を選び終えて。団長はようやく、枕に頭を預ける気になったようで今は小さな寝息を立てています。それを私はベットの傍に置いた椅子に座って、特等席で眺めます。

 

 私が何をしているのかと聞かれた答えは単純で、彼が脱走しないようお目付け役です。こういったの役は、普段なら取り合いになるのが常ですが、何故か今回は誰が何と言うことなく。私がその役になりました。珍しいこともあるものだ。

 

 「ふふふっ……」

 

 さりげなく、彼の頭を撫でてみる。私やサナラの髪とは違って、少しごわごわした感触は星が教えてくれない未知の感覚です。

 彼の髪先を指でクルクルと弄ってみたり、頬を突いてみたりと好き勝手やってると。さすがに彼が身じろぎしたので、止めて。

 おっといけないと、あやす様に私は再び彼の頭を撫で。

 

 「ゆっくり……休んでくださいね団長」

 

 そう私は声をかけた。

 

 

 

 外の喧噪からも察することが出来ますが。

 ……物質界は今度こそ、終わりました。

 

 今回の物質界中に起きた大規模な侵略による被害は、今まで大概でしたがあまりにも大きすぎました。

 文化や歴史、物語。そして人が今まで蓄えてきた知識……文明そのものがこの侵略により破壊されつくされ。

 もう、魔王軍と天界軍に抵抗できるだけの国は、中央の強国しかない。

 物質界にはかつて、中央の強国以外にもいくつも大国があり。国力に差はあれども多くの国があった。あったのです。

 ですがもう一国しか。たった一国しか、戦える国がないのです。

 赤の団の共同戦線という同盟を結んでいるトゥアンが支配する国みたいな、まだ無事な国はあるにはありますが。それらの国には中央の強国のように、継続的に戦えるだけの力はありません。

 ましてや……物質界中からどんどん集まってくる。避難民達を抱え養う力はない。

 中央の強国ですらないでしょう。

 赤の団も……当然ありません。

 

 そして、時期も悪い。収穫は終え、これから寒さに震え耐え忍ぶ季節が来ます。

 生産することも難しく、物質界中が似たような状況です。どれだけ金銀財宝を積み上げた所で、売る人がいなければ補給することも難しいでしょう。

 

 今拠点にある食糧庫を全て解放して節制したところで、一週間も持つかどうか。

 そして一週間経ったら……?

 ……考えるだけで恐ろしい。

 

 けど、もう目を背けることが出来ない所まで問題は差し迫っている。

 彼がこの問題にどう対処するかは分からない。

 分からないが、どんな対処を彼が選ぶとしても、私は彼の決断を信じることに決めている。

 だから、今だけは外の喧噪なんて気にせず、彼がゆっくり休める様に願い続ける。

 英雄だって人です。休息が必要なのだから。

 

 「団長……悪い知らせです」

 

 ……もっとも、彼がゆっくりと休むことが出来たのはたった一日だけでした。

 翌日の早朝、影の射手が荘厳な箱を運ぶ中央の強国の将軍と、中央の強国の王の血筋を引くまだ男の子。私が団長と出会った頃の、団長と同じぐらいの年の子を引き連れ、団長の寝室にやってきました。

 

 「我が国の首都は魔王軍および天界軍により陥落。我が王は……魔神及び神獣相手に引くことなく。勇猛に指揮し、民を守り。戦場にて命数使い果てました」

 

 団長の目が見開き、一瞬黒い頭髪が白く染まったように見えた。

 この日、物質界に戦える国が消え失せた。

 

 

 

 どれだけ英雄王が華々しい戦果を挙げても、どれだけ英雄王が英雄譚の一節を増したとしても、物質界は一度滅びた。

 それは消すことの出来ない事実。

 

 その証左のように、千年戦争前後で人の歴史は分断されました。

 徹底的な破壊により。

 当時を生き延びることに必死だった私達には、千年戦争前の知識を残すことが出来なかったのです。

 そして、本当ならこの命までもが、想像しうる混乱の果て失うはずでした。

 ……あの人が立ち上がることを選ばなかったら。そうなっていたでしょう。

 

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