エイプリルフール(本編)からして改めて千年前は巨大怪獣達が暴れまわる地獄だったんだろなって思いました。
英雄王の下、王国が始まりました。
城と家と食料はある。だけどそれしかない。
なら、作るしかない。
城下町開発、農地開拓に加え。それらを適切に運用、管理する者達の抜擢。
またしばらくは現物でのやりとりが必要ですが、いずれは貨幣が必要になります。貨幣に意味を持たせる為にも流通等々の整備も必要。
また国としての秩序を維持する為にも法が必要。
宗教もアイギス様による奇跡により、生き延びることが出来たことを忘れないよう。王国の国教として定め、神殿作りも必要。
外敵を討つための軍の再編成も急務です。
他にも……他にも……あああああああ!!!
今までに比べたら豪勢になった執務室に、一時的に増設した机の上にある書類の山を見て、私は思わず気が狂いそうになる。
「ソラスちゃん。占星術師止めてぇ、英雄王専属の政務官になりますかぁ?」
「冗談に口を動かす前に、手を動かしてくださいよアンブローズ」
「はぁい怖い怖い」
「……英雄王は、無理せず休んでくださいよ?」
「………………うん」
建国宣言してからこの一週間。ほぼ休むことなく王としての務めを果たす為に、目の下に隈を浮かべながら英雄王は頷きます。そんな英雄王を見て、とりあえず休めと無理矢理。寝室のベットに投げ込んで
英雄王が休まないと、こっちまで休めないんだぞ理論を掲げて休ませようとしても、結局英雄王は執務椅子に座る。なんなら縛ってみても、するりと抜け出して仕事する。
相変わらず、無茶する人です。
ですが、その無茶により。赤の団の運営をしていた経験があるとはいえ、それが国。いえ国=物質界と言って差し支えがない現状。世界規模の労働に変わっても、英雄王はすんなりと国造りを進めていく。
本人はアンブローズという偉大な教師がいるからと謙遜していますが、そのアンブローズさえもあっと驚くような改善策を次々と上げていく。
既存の国家達にはなかった。他種族までまるごと含めて公平公正な税制と裁判の導入。そしてそれらを民衆に納得までさせる形まで昇華させるのは、他種族と軍として抱え込み、今まで何度も関わってきた英雄王でしか不可能でしょう。
また王国にいる子供達を国家の子として扱い、一定の年齢まで教育を施す。そんな長期的な計画まで打ち立てているようです。
「私達が生き残るには結束し、繁栄するしかない」
勿論ただ賛同された訳ではなく、英雄王の考えが理解できない人達がいるにはいましたが。英雄王は大概そう言い彼らを諭し。
それどころか、物質界の絶対君主である英雄王に意見具申してきた人達の中から、気概と実力があると認め、臣下として抜擢するような器量も見せたりもしました。
「英雄王。北方の外壁より魔物と魔神を確認しました」
「ありがとう影の射手。ソラス、出兵の準備を」
「分かりました」
そしてどれだけ私達が今だ窮していても、敵はやってくる。アイギスの神器の身に纏う英雄王は王となっても陣頭に立ち、私達はその後に続く。
しかし英雄王になったことで。その権力を行使することで、戦場に変化がありました。
魔力を込められた斬撃が、デーモンを斬り裂く。
まるで敵を討つという主の求めに、応えるかのように。
「…………」
北方の姫様が初めて振るった。魔剣フラガラッハの威力を目にして、驚きの表情を浮かべています。
かねてから神々が生み出した武具は、あったが使ってこなかった。
歴史的な価値がある貴重品であり、国の象徴としての側面を持つから安直に使ってはいけないという風潮があったからです。
ですが英雄王は、それらをもはや悪しき風潮として断じ。
「一度だけ命ずる。二度目はない」
武具の正当な保持者達を集め、釘を射す様に言った後。
武具を持つ者達に、武具を戦場にて扱うよう命じました。
反応としてはやはり、反対する人達が多かったです。そうおいそれとしきたりを変えられる物かと、かつての王族達は英雄王に申し上げましたが。英雄王はこの件に関しては一切譲らず。そして容赦をしなかった。
英雄王はいつか復興した時の為と、彼らに預けると言ってきた武具を、使わぬのならばと接収しました。二度目はないと言う宣言通り、訂正を聞かず時には力づくでも。
そして、改めて王国。英雄王の管理下に置かれた武具達は英雄王の宝物庫へ。ということはなく。剣が上手い。それだけの理由で英雄王は宝剣を授け。銃が上手い。それだけの理由で、元海賊であっても英雄王は魔銃を授け。武具を戦士達にばらまきました。
そして先の事もあり、武具を授けた者に危害を与えよう者がいたら。
英雄王の影。
影の射手は事前に証拠を握り英雄王に報告すると、英雄王は相応の罰を与えた。
権力を持ったらさっそく横暴になった。そう捉えられない行動でしたが。
英雄王は全員に一度は機会を与えた。ということもあり、それが私腹を肥やす意図もないということもあり。何より勝利という結果の前には消し去られます。
『英雄王の威光』
いつの間にやら、英雄王が戦場に立つことによる事象はそう呼ばれるようになり。
英雄王曰く、実力は黒の輝きを持つという実力者たちが、強力な武具を扱うことによって。
英雄王の威光は受けてしまうが。英雄王が立たない戦場では、武具を授けられるに相応しい戦果を挙げられるようになり。神獣や魔神の侵攻に、英雄王抜きでは多くの死傷者を出して、耐えるのがやっとだったと言うのに。神器を持つ者達の協力で、ごく少数で撃退に成功できたという報告すら出てきました。
「もっと早く。この剣を私が振るっていたら、国も皆も失わずに済んだのかな……」
北方の姫が望郷の念に駆られ。
エメラルドグリーンの瞳を故郷があった方へ向けながら、英雄王にそう問いかけます。
さすがにここは励まして上げる所では?私ですらそう思ったのに、英雄王はというと。
「至高の武具と、至高の臣下を持ったとしても。必要な時。立ち上がるべき者が立ち上がらならければ。何も変わりはしない」
そう姫に言い捨て、英雄王はその場を後にしました。
フラガラッハの柄を強く握り、肩を震わせる姫に対して。
私もかける言葉が見つからず、静かに立ち去りました。
そして建国から一か月。瞬く間に王国は国としての基盤を固め。
英雄王率いる王国軍の反撃により、魔物達により陥落した地域を。人の生存圏を奪還していきます。先日の神々の武具を解禁したことにより、別動隊の戦力が大幅に増したこともありますがこちらも大きな理由の一つでしょう。
英雄王のアイギス神器が光を纏い、神獣を斬り裂く。そして神獣はその巨躯の形を保つことが出来なくなり。神獣の中枢、キラキラと輝く光の玉のような物となり、天界へと還ろうとしますが。英雄王はそのタイミングで魔術を発動させます。
空中に幾つもの魔導陣が現れ、そこから鎖が飛び出て光の玉を拘束します。
「封印完了だ」
今まで神獣と天使達は、封印できる魔神や魔物と違って、根本的に戦力を削る術が今までありませんでした。ですが、英雄王はアイギス様と一体化したことにより、神獣と天使を使役できる神の権能英雄王は体得したのか。神獣と天使達を封印する術を見つけ出しました。
「神獣達もこうして大人しくしてれば可愛いもんだな」
「可愛くないですよアトナテスおじさま」
怪我をしたユージェンを背負ったアトナテスが、斧槍で鎖で雁字搦めにされている神獣にツンツンしています。
「そんな風にツンツンしていいものじゃないでしょうアトナテス」
思わずそうツッコミをしましたが。
「アイギスの力の一端を使ってるから。そう容易く封印は解けないよソラス」
「アイギス様の力を……」
なら、大丈夫なんですかね?
「それよりこいつはどうする英雄王?」
トゥアンが女の子を抱えながらやってくる。
傍から見たら女の子にしか見えない。
「…………」
ジッと英雄王はその子を見ると、女の子はヒッと小さな悲鳴を上げて身を震わせています。
やっぱり普通の、怯えた女の子にしか見えません。ですが何を隠そう、その子はつい先ほどまで私達と敵対していた高位の天使です。英雄王の封印術により、天使としての力を封印され、封印直後。ここはどこですかと私達に問いかけるなど、記憶の混乱が見れましたが。物質界を侵略するためにやってきた天界軍の一人です。
……英雄王に、王国に、物質界にとっての敵です。
例えその本質が神の意志の代行者。神が使用する兵器だとしても、その実行者には恨みや罪があっても不思議ではありません。
そして罪には、しかるべき対処があります。
英雄王はどうするでしょう。
視線が集う中英雄王は溜息一つ出すと。
「……もう敵対はしないだろう。王国に受け入れよう」
「本気ですかぁ英雄王ちゃん?」
「私には彼女がもう天使ではなく、普通の女の子にしか見えなくてね。そんな子を手にかけろと言われても私は嫌だよアンブローズ」
「そう言われたらぁ、あたし悪役になっちゃうじゃないですかぁもうっ」
「サナラ、王国に戻ったらこの子の面倒を見てあげてくれ。今の難民区なら今更一人二人増えても変わらないだろうからね」
「はいっ!」
英雄王は敵だったとしても、無害であり窮しているなら平然と受け入れる。
甘いと言われるでしょう。けれどその誰であっても受け入れられる甘さが、何か問題があっても、英雄王がそう言うならと、誰でも矛を下ろす理由にもなったりします。何故なら彼らも元を辿れば、英雄王により受け入れられた存在であったからです。
建国から半年後、そろそろ芽吹きの時期に差し迫り。
アイギス様からの食糧も底が見えつつある。
けれど、日々を不安に思う人はなく、むしろ希望に満ちた表情で日々の務めをしています。
今や物質界唯一の大国である王国。
国外から出ると、今だ魔物達に蹂躙された大地が広がっています。
ですが裏を返せば、その大地全てが支配する者のいない白い地図なのです。
半年で、国としての体を整え未来へ続く道を拓き続ける。英雄王の才覚をもってすれば、その白を英雄王の色で染め上げることも不可能ではない。誰もがそう信じていました。
だからこそ人々は奮戦し今日も今日とて、生存圏の奪還。
敵襲に備え。各地に砦の建設を。
そして砦や孤立した村、街などの危機に一早く駆けつけられるよう、王国の首都含め各地を繋ぐ街道の敷設と保守。物質界存続をかけた千年戦争を勝利するための布陣。文化圏を着実に作り上げていく。
しかし、ある日私達普段から英雄王の傍にいる者達は、臣下の人にこう言われるようになってきました。
「それは越権行為では?」
その言葉に、失念と同時に相応のショックを受ける。
王国は赤の団でありません。かつてはなあなあでも良かったことが、今は通用しなくなる。特に王国の臣下として、英雄王より役割を与えられた人に。例え私が英雄王の為、王国の為と心から思ったとしても、ずけずけと自分の領分に。まったく立場も何も明確にされてない人が割り込んできて。好き放題しようとしてきたら、そりゃ面白くないに決まってます。
そして彼らは何も、保身から出た言葉ではなく。英雄王に託された役割を果たそうという使命感や誇りがあるからこそ出たのでしょう。だから反論できない。
「まぁ王になるってことはこういうことなんだろうよ」
遠回りに執務室から出ていくよう催促され、手持ち無沙汰に物思いにふけていると。
アトナテス、ユージェン、サナラ、トゥアンの四名がやってくる。アトナテスとトゥアン両名はこと戦時においては指揮官をしていますが、戦闘時でなければ、理由なく英雄王に会うには……という状況に今はなっており。
情報戦においては他の追従を許さない影の射手と、魔導だけでない幅広い知識を持ち。助言役であるアンブローズは例外で、私達は締め出しを受けていた。
「寂しくなりますね……」
サナラがそう呟き、私達は頷く。
もっとも、締め出しをくらった日から数日経たず。私達ユージェンを除いたいつもの六人が武器を持って、謁見の間へ来るよう英雄王に命令を受け。何だろうと思いながら謁見の間の扉を開くと。整列した臣下達。それと玉座にはアイギスの神器を纏った英雄王が座っていた。
「皆前へ」
英雄王の声音から厳かな雰囲気を悟り、緊張した面持ちで英雄王の前まで歩み跪く。
英雄王は何をする気なのでしょう。謁見の間に来てくれと、とても軽い調子で言われ。簡単な事だろうと思い込み、事前説明をまったく受けていないままだったので混乱していました。
「面を上げよ」
そして、そう言われ顔を上げてみると。英雄王は玉座から立ち上がり、わざわざ階段から降りて私達の目の前に立っていました。王が公の場で玉座から動くというのは、褒められていないと言うのに。臣下達も少し騒めいています。
「武器を」
その言葉に私達は自らの武具を英雄王に差し出し。英雄王は頷くと武具に手をかざします。
すると英雄王の背からアイギス様が現れる。
おぉ。そんな感嘆とした声が謁見の間に零れました。実に半年ぶりに顕現でした。
そして、アイギス様の手と英雄の手が重なり合い、武具に光が包まれていきます。
「この光は女神アイギスより賜りし加護の光」
何度か見かける機会があった、神々が送った武具と同じような力が。私が愛用している武器、天球儀に明確な力が宿るのを感じました。突然のことで驚きましたが、これは報酬という事でしょうか。
「アイギスの加護を受けし武具を持つ者達。かの者達を私は『英傑』と呼ぶ」
そして、英傑という称号を。
「今この瞬間をもって、英傑の称号を持つ者は。私の王国において、私に次ぐ位を持つ者と心得よ」
……は?
私達。英傑と呼ばれることになった六名と、臣下達は皆ぽかんと口をしていました。
案の定、意見具申を。せめて同じ臣下として扱うべきだという声もありましたが。
英雄王は決めた事だ。の一点張り。そのまま英傑以外は退出するよう命じる始末。
「あんなことを一方的に決めて良かったのですか英雄王!?」
優秀な英雄王とはいえども、王国の運営は臣下もいてこそです。その臣下達に顰蹙を買うしかない人事に抗議しますが。
公の場でなくなったとでもいいたげに、玉座から立ち上がって。やれやれのびのびとストレッチしています。
「散々君達に特に支えてきてもらったのに以前から、立場だなんだのを明確にしなかったのは私の落ち度だからね。いい機会だと思ったんだよ」
「だからっていくら何でも急すぎますよ!?」
「だろうね。人事は慎重にするべきだ」
「分かっているなら何でですか!?」
私の問い掛けに英雄王は。
「まぁ……その……」
言いにくそうに、頬をポリポリとかきながら。
「えこひいき?」
そう言うと、英雄王は顔を赤くする。
もうっ、そんな顔をされたら何も言い返すことが出来なくなるじゃないですか。
「英傑!いいですよ英雄王!」
「そうか!気に入ってくれたか。ありがとう」
笑顔を浮かべるサナラに、英雄王も笑みを浮かべる。
「今までと変わらないってことか。ならそれがいいな」
「英雄王もちょっと皆さんと会えなくなっただけで、寂しそうにしてましたからね」
トゥアンと影の射手がそう言い。
「それにしても神の加護に、王の次に偉い地位か。相棒に乗って武器振ってただけだが、俺も偉くなったもんだな」
「まぁアトナテスちゃんがわるぅいことしなければぁ自ずと、英雄王の判断が正しいと臣下の皆も分かってくれますよぉ」
「なんで俺だけ悪い事する前提何だよ!?」
アトナテスとアンブローズもそう言う。
「英傑」
私はそう言い、胸に刻む。
今までの功績が英雄王にとって大きい物だったんだという喜びと、その称号に相応しい働きをしようと決意を改める。少なくともアンブローズが言った通り。英雄王が私達をえこひいき。
英傑と定めたことを間違いでないと証明する程の活躍を。
「改めて、よろしく頼む英傑達よ」
私達は英傑となりました。
王国における立場が明確になり、権力も持ちました。
だからといって、英雄王がそうであったように私達も特に変わることなく。
強いて言うなら。私達は堂々と英雄王がいる執務室に、入り浸るようになったくらいです。
王国の基盤が盤石に整い。各地で開拓が進んでいく。
そして王国では戦場に立てない者達の為に、各地の開拓地へ疎開。移住計画が始まっていました。
王城から離れたら、危険ではないか?いいえ、そうではありません。
むしろ、魔神や神獣達は積極的に英雄王を狙い。ゲートから現れたら一直線に、王城へ進軍を始めますので。王城付近は物質界の中枢にして最前線。物質界でもっとも戦火が激しい激戦区なのです。
ですので、やってくるとしても大半は雑多な魔物であり。救援を出したら王国軍が即座に駆けつけられる街道が繋がっている。所謂穀倉地帯だとか、産業都市。
戦場で戦えない者達が、戦場とは違う戦いをする居場所が必要でした。
そして、さっそく移住の募集をかけてみたら私達を想定を軽く上回る人数が集まりました。
「やっぱり、人間以外の他種族の方が多いですね」
「仕方ないさ。半年もよく我慢してくれたよ」
一般的な市民から元王族、エルフドワーフ獣人などなど種族を問わず集団での移住を望んでいます。名前の中には、種族で地区ごとに分けているのにわざわざ干渉に向かい。差別や迫害を扇動するような言動をし、何度も諍いを起こした人物の名もあります。
「同じ国の一員として、同じ脅威に身を晒し、同じ食事をとっても全員が協調することはできないのですかね」
「いくら説得しても譲渡したとしても……どうやっても、折り合いがつかない。そういうこともある」
……英雄王の言葉に、亡くなったエルフの女王の言葉を思い出します。
「ほう、それは楽しみだ。同じ時を歩む人同士ですら、団結を維持し続けるなど不可能だと言うのにな」
今になって。もうちょっとエルフの女王とお話が出来たら、英雄王をもっと支えられるような多くの事を学べたかもしれないと後悔します。
けれど悲観ばかりしている訳ではありません。
少なくとも、王国に残って戦うことを選んでくれた人達は、種族の垣根を越えて共に戦ってくれるということなのですから。
移住計画が進んでいきます。
そろそろエルフ達の番といった所で、ちょっとした問題が起きました。
……ユージェンは賢い子です。
自分ではどうしようもない相手を敵対するときに、誰を頼ればいいのかということを熟知しています。
「いやだ……」
影の射手とアトナテスが険しい表情をしながら、英雄王は背にしがみついているユージェンに視線を送りながら、二人と向かい合ってます。
「何度も説明しましたよユージェン。今のあなたでは実力不足です」
影の射手の実力不足という言葉にユージェンは唇を噛みしめます。ユージェンは日々の鍛練を怠りませんですし、戦場に立てば英雄王の威光を受けないことにより、最後まで戦場に立ち続ける事もできます。
「……この前の魔神降臨でも危うい所があった。いつも俺達が助け出せるとは限らねぇ」
ただ今のユージェンの矢は魔神に届かない。そして影の射手曰く完全な影に至っていない為か被弾してしまい。そのたった一撃の被弾が即死にも繋がるのが魔神との戦いです。
だからこそ、母である影の射手も、アトナテスも機会があったらユージェンを戦場から遠ざけるつもりだったようです。
そしてその機会が今。
エルフとダークエルフは古くから遺恨があるとされていますが、今回の移住する妖精郷のエルフ達は。英傑影の射手の娘だからではなく。幾度も人々を救う為、戦場で矢を放ってきたユージェンならばと、ダークエルフであるユージェン共に、移住してくれることを快諾してくれたようです。
「いやだと言ったらいやだ!そんなことを言う母様もアトナテスおじさまも嫌いだ!」
ですが、そのユージェンが嫌だ嫌だと言って引こうとしません。
影の射手とアトナテスが目を合わせ、どうしようかとため息を吐き。英雄王を非難するような眼で訴えます。
普段の二人なら問答無用でユージェンをエルフ達の元へ送り出しそうですが、ここでユージェンを庇ったのが英雄王でした。そして、英雄王の立場はというとユージェンの移住を反対する訳ではなく。かといって、二人に命じてユージェンの移住を止めるようなこともしません。
まったくの中立。
ただ二人には実力行使ではなく、言葉によってユージェンを納得させなくてはいけないとユージェンの前に立ちました。
「平行線になりそうですね」
「そうだな」
状況を私と一緒に見守っていたトゥアンが頷きます。
私とトゥアンも、ユージェンの移住には賛成しています。理由も影の射手とアトナテスと同じです。ただ、やっぱりユージェンと離れるとなると……寂しいという気持ちは当然あります。
それが母親である影の射手も、影の射手を除けばもっともユージェンと親交があったアトナテスがそう思わいことはないでしょう。英雄王もきっと……。
「ただ今のユージェンは王国の民で。我儘で英雄王を巻き込んでいる。国の民同士が言い争いしてるのに、英雄王がいつまでも動くつもりがないなら。そろそろあたしはあいつをぶん殴る」
「……あの、殴るって英雄王を?」
「あいつは殴らんと分からんからな」
でも、殴ったら駄目でしょうという顔を浮かべつつ。
トゥアンと話をしていると、空気が張り付き始めているのがひしひしと感じ始め。ユージェンもさっきから泣きだしてしまってます。
「英雄王そろそろ……」
これ以上親子の問題で英雄王を束縛し、王国の政務に差し支えさせてはいけない。そんな考えをしたのか、折檻の一つでも飛びそうな所で。
英雄王は影の射手に手の平を前に出して、静止させます。
そして、ふぅと一息吐き。ユージェンの方へ振り替えると。英雄王は膝を曲げてユージェンに視線を合わせ、ポケットからハンカチを取り出し、涙に濡れたユージェンの顔を丁寧に拭いています。
「ユージェン。二人の言う通り君は移住して、戦場から離れるべきだ」
「ど、どうしてですか英雄王!?わ、私が英傑じゃないからですか!?」
「違うよ」
ユージェンの問い掛けに、英雄王は即座に違うと言います。
私達を英傑と定めた時。確かにユージェンはいませんでしたが、それが英雄王がユージェンだけをのけ者にしているということではありません。
「ユージェンは私達にとって、まだ守るべき存在だからだよ」
「それはっ英雄王も、母様と同じで私が実力不足だと言いたいんですか!?」
「そうだ」
短く冷淡にも思える程に、英雄王はユージェンに頷きます。
「今の君ではこの戦いを生き抜くことはできない。誰かを守ることもだ」
そして、ただただ事実をユージェンを突き付ける。
ですがそれは、心を突き刺す冷たいナイフ。ユージェンの顔がくしゃりと歪みます。
しかし、英雄王がそんなことが分からない程の情のない人ではありません。
さっとユージェンを英雄王は抱き締め、頭をぽんぽんと撫でてあげ。ユージェンが落ち着き言葉が届くと確信できるまで、しばらくそうしてから英雄王は言葉を紡ぎます。
「だからユージェンがいつか、戦いに生き抜く力を身に着け。誰かを守る力を身に着けるまでの間。私達はその時間稼ぎを。君がこれからも生きていく物質界を守ってみせる」
そして、ユージェンの小さな両肩に英雄王は手を置くと。
「ユージェン。強くなるんだ」
ユージェンの紫水晶をじっと捉えたままそう告げ。
こくりと僅かに動いたユージェンを見て、英雄王は小指を差し出し。
「それを約束してくれるなら、私も君と約束をしよう。私達は負けない。必ず物質界を魔王から守り抜き、そして君の母。影の射手を君の元へ必ず帰すと」
物質界を守り、母を返す。そうユージェンに宣言しました。
「…………」
涙ぐみながらもユージェンもまた、英雄王はじっと捉えます。
きっと考えているのでしょう。
ユージェンを快く受け入れてくれましたが、エルフ達との暮らしとの不安。
母と英雄王、そして英傑達という居心地の良い居場所。
破滅まで一歩手前までいった物質界。
何度も戦場で起きた危うい場面。
離れたくないという気持ち。
様々なことを、ユージェンなりに考えていたのでしょう。
沈黙の長さが私達にそのことを告げ、やがてユージェンは大粒の涙を流しながらも、英雄王の小指に、自らの小指を絡めました。
「本当……ですか英雄王?約束破りませんか?」
「勿論」
不安げに尋ねるユージェンに、英雄王はさっきのように即座に返します。
それは英雄王の自信の表れであり、決して破らないと言う英雄王の決意に感じます。
そして人を信じさせる力がありました。
「うぅっ……」
小指が解かれ、ユージェンは英雄王に飛びつきます。
例え周囲がそれがいいと思い、ユージェン自身が決めたとはいえ。これでユージェンの離脱が決まりました。これは英雄王とユージェンの別れを告げる抱擁です。
またしばらく、英雄王はユージェンを背中を撫でていましたが。
「さぁユージェン。影の射手とアトナテスに言うことがあるだろう?それとも君は本当に二人が嫌いかな?」
惜しむように別れたあと、背にいる二人に手のひらを向けてユージェンを勧めます。
ユージェンは賢い子です。
それで、何をするべきかを理解してユージェンは影の射手に飛びつきます。
「違います!大好きです母様!アトナテスおじさま!わぁああああん!」
影の射手は泣きじゃくるユージェンを抱き締めます。慣れたように、あの英雄王よりも様になって見えるような抱擁に。
影の射手とユージェンには血の繋がりはないけれど。そこにはたしかに、母と子という物を感じさせます。
私も昔はああしてお母様に抱き締め、抱き締められたのでしょうか。
ちらりと、英雄王を見てみると英雄王は私の傍に……。
ではなくアトナテスの肩を組みました。そっちじゃないでしょ英雄王。
「何だよ?」
じとっとした目で英雄王を見るアトナテスに、英雄王はカラッと笑みを浮かべ。
「ん?寂しそうに見えたからだが?」
「よせやい」
とはいうアトナテスですが、英雄王を突き放すことなく。抱擁する影の射手とユージェンを見守っていました。
その後、ユージェンがエルフ達と移住するまでの三日ほど間。英雄王は影の射手に休みを与えて、親子の時間を過ごした後。最終日は私達はささやかな送別会を開き。
いつかのようなバカ騒ぎをした後。
「ソラスお姉さまもお元気で」
「えぇ!ユージェンちゃんも」
二日酔いで頭を抱えたくなるのを、ぐっと堪えながら。正門より旅立つユージェンに別れを告げます。
「英雄王。私達の王様。どうかご武運を」
差し出されたユージェンの手に。
こくりと力強く英雄王は頷くと、その手を握り返します。
再びの再開を願って、そしてその時は平和であることを願って……。
余談ですが、ユージェンロスによってしばらくアトナテスはやけ酒していたので、英雄王とトゥアン、アンブローズ。それに影の射手まで巻き込んでの二日酔いの日々が続いたようです。
英傑。それは英雄王が定めた王国において、王の次に位を持つ者達。
ふふふ……つまり、私達英傑が束になれば王子君の意見すら無視して、王国内で暴挙を出来たり……なーんて。出来ませんよ。
確かに英傑は王国においてナンバー2……あれ?英傑人数の考えれば、ナンバー3がたくさんいるって言うんですかねこれ?
何にせよ。権力はあるんですね。それらしい書物をひっくり返せばおそらく出てきますよ。
あの人、そういう所きっちり残す人でしたから。
そして、その書物を見ればきっとこうも書かれているはずです。
王族は英傑より、政治や軍指揮権を剥奪する権利を持つ、と。
……何を隠そう、その英雄王により政治発言を剥奪された。たった二人しかいない英傑。
その一号が私であり、二号がサナラなのです。まぁずっと先の話なんですけどね。
おや、私が嬉しそうな顔をしてる?
うーん……気のせいですよ♪