千年前戦争アイギス 占星術師の昔話   作:青き男

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E24 生れ落ちる希望の子

 王妃様がどんな人物であるか。

 そう問われたら、多くの臣下達が返答に困りました。

 

 王妃は、英雄王を超える程の剣術を持っている訳でも。

 天才的な弓術の使い手でもありませんでした。

 なにせ今まで一度として、戦場に立ったことがない人でしたから。

 

 ならばアンブローズのように、秀でた魔術的才を持っているのかと問われても、そういった力もなく。

 トラムのように純粋な戦士だけでなく。為政者として、一目置かれるような政治センスを持ち合わせてる訳でもなく。

 地脈を操るサナラのように、本人しか使えないような特別な才を持っていう訳でもありませんでした。

 

 ならば、英雄王に見初められるほどの、物質界一の美女である。

 という訳でもありませんでした。

 うら若き乙女ではありましたが。所謂砂漠の薔薇だとか、東の至宝だとか。美を讃えるような女性達が持つ様な、桁外れな美貌やカリスマを。王妃は持ち合わせていませんでした。

 

 本当に普通。

 ごくごく普通の平民が王妃でした。

 そんな王妃を、英雄王は妃に迎えました。

 

 私達英傑達ですら。アトナテス以外まったく把握してなかった女性が。王国。ひいては誇張なく物質界のナンバー2になる予定の女性だと、英雄王より紹介された時。王国の臣下達も豆鉄砲を喰らったような顔をしましたが。すぐさま冷静さを取り戻し。二人が正式に婚姻し。物質界中に知れ渡る前に。

 

 英雄王から始まる。新しい物質界の歴史に相応しい女性を。

 とどのつまり平民の娘はいくらなんでも駄目だ。

 英雄王に再考してもらい。英雄王に別の女性をという意見が、あるにはありましたが。

 

 ……ただでさえ英雄王は物質界を背負う身。

 そんな英雄王に、自由恋愛すら許す気はないのかと。

 アトナテスや影の射手、アンブローズといった英傑含め。意外なことに、北方の姫を含めた高貴な出も多い女性陣達までもが反対する者達に激怒し。

 英雄王自身も一切、反対意見には耳を貸す気はなかったので。

 

 豪勢を好まない傾向にある英雄王らしい。完成したばかりのアイギス神殿にて、英傑達だけで参加者が過半数になるような。物質界の王という肩書に似つかない。

 本当にささやかな式を挙げ。英雄王は妃を迎え入れたことを、物質界に向け宣言しました。

 

 それからというもの。英雄王と英傑達の関係は……あんまり変わりませんでした。

 

 さすがの英傑達も、英雄王と王妃と過ごす時間を邪魔しない。程度の遠慮くらいはまぁ覚えましたが。

 相も変わらず。王妃の前であろうと、サナラとアージェは英雄王を取り合いを始めてしまう。旗から見たら夫が若い女に言い寄られてるような、私だったら文句の一つや二つ言いたくなるような光景でしたが、王妃はそんな光景を楽しそうに微笑み。

 アトナテスやトゥアンが英雄王に夜通しで酒を飲もうと誘っても、王妃は止める所か快く英雄王を見送り。

 英雄王を過度なボディタッチをしながらからかうアンブローズを見ても、眉一つ動かさず。

 トラムと一緒にお菓子作りをしている英雄王を、離れた場所で見守り。

 影の射手が齎した情報を整理し、玉座から臣下達へ勅命を下す英雄王を。ただ隣でじっとしていました。

 

 王妃はこれといった才はない。だから王妃は何もしない。

 英雄王の補助をしなければ、かといって英雄王に逆らうこともしない。

 王妃を知る多くの者は、心中そんな風に思っていたかもしれません。

 

 立場を笠に着て、英雄王という圧倒的な才を邪魔をしないというのは。ある意味では好意的に受け止められたものの、英雄王の妃という肩書の大きさ故に。臣下の中には、王妃は何もしないのかという。相反する感情の渦に、王妃は常にいました。

 ですが王妃は終始徹底して、自分から何もしようとはしませんでした。

 

 一方で……私はというと。

 

 ……怒りなのか、嫉妬なのか、憎しみなのか、悲しみなのか。

 英雄王に対して溢れ出る感情の奔流に、思考が完全に停止してしまい。

 現実味のないまま式を見守り、なすがままを受け入れ。

 そして、以前とあんまり変わらない英雄王を見て。

 

 王妃とは英雄王にとって、どういう存在なのか。

 あの夜、私にキスしようとしたのはなんだったのか。

 英雄王が私が好きだと思ってたのは、私のただの思い上がりか。

 

 それだけが私の頭の中でぐるぐるしていました。

 

 

 

 「ようやくソラスさんとお話す機会が出来ましたね」

 「そうですね王妃様」

 

 庭園にて用意された椅子に座る私に、王妃は紅茶をカップに注ぎ差し出してくれました。

 そんな王妃に、自分の事ながらぎこちない返事をして。誤魔化す様に私は紅茶を啜る。

 彼女が王妃となって一月。

 諸々の出来事が落ち着いた頃、私は王妃にお茶に誘われました。

 誘われた瞬間。……何が目的?穿ったような考え方を持ちそうになりましたが。

 一月もあれば、それとなく王妃の為人が見えてきます。

 

 王妃は本当に普通の人です。

 変わらず英傑達と過ごすことが多い英雄王に対して過度な干渉もしなければ、英雄王の知らぬところで暴君をしたりもしていない。

 穏やかで静かな人。

 私の個人的な感情面を抜きにしたら。特別嫌いになるような要素を王妃は持ち合わせていなかった。

 そしてどうにも、王妃は英傑の中でも私に対する好感度が、最初からやけに高かった。

 それに関しては私も少し気になってました。

 

 「実は以前。ソラスさんと一度お話ししたことがあるのですが、憶えていますか?」

 「そう、なのですか?」

 

 おや、これは意外な接点が。

 記憶の中から王妃の姿を思い出そうとしますが……。

 うーむ分かりません。

 

 悩んでいると、その時の事を王妃は教えてくれました。

 

 ……なんとまぁ、その以前というのは。

 英雄王がまだ、団長と呼ばれていた時期。

 そして、私が実質的な王国の前身、赤の団に加入したばかりの時。

 私にとって、私という存在が始まったような大切な日。

 

 今は英雄王と呼ばれる彼に、星の導きを示し。

 英雄王が私を信じ、救う事の出来た村。その村の生き残りが王妃だという。

 そして、その後の酒宴の場で何度か言葉を交わしていたみたいです。

 

 それで、あぁあの時の、と思い出せればよかったのですが。

 当時の私は自分の事でいっぱいいっぱいでしたし、他に意識を向けることが出来たのはせいぜい英雄王くらい。

 そして……言っては何ですが、今まで助けてきた人が多すぎて。似たようなことが何度かあったように、助けられた側が覚えていても、助けた側が覚えていませんでした。

 不敬を承知で、素直に覚えていないことを王妃に伝えると。

 

 王妃はくすりと小さく笑うと。

 

 「アルトさんと、同じことを仰いますね」

 「…………」

 

 王妃は良くも悪くも何もしない人でした。

 ですが、そんな王妃にも一つだけこだわりありました。

 

 しかし、そのこだわりは私的な場でも、公の場であっても関係なかった為。

 人によっては悪癖だと断じ、幾度か矯正するよう王妃に直接進言しましたが。

 ほとんどのことは何でも聞き入れる王妃でしたが。

 この、ただ一点のこだわりだけは決して、変えようとしませんでした。

 

 それは……英雄王をアルト。と名で呼ぶ事。

 

 数千という臣下。数万という民。それを超える無数の敵。

 私達英傑でさえも。彼を英雄王と呼び讃え、或いは恐れすら抱く中で。

 王妃ただ一人だけが、英雄王をアルトと呼び続けました。

 

 

 

 いつだかのように、私は英雄王へ報告しに向かう。

 至急に知らせるような内容ではなかったのですが、どちらかといえば。ふと、英雄王の顔が見たいなぁなんて。軽い気持ちのまま英雄王の寝室へと向かいます。

 その道中。

 

 「おやトラム」

 「あらソラス」

 

 夜遅くにこっそりと甘味を作り。

 それを英雄王にお裾分けしようとしたらしい、トラムに会いました。

 ついでなので私もトラムの甘味をご賞味しようと思い、二人で寝室の前に来ましたが。

 

 「お二人とも、夜遅くに何をしているのですか?」

 

 扉の前で影の射手が、私達を遮るように立っていました。

 

 「影の射手も英雄王に用事が?」

 「英雄王には用事はありませんが……」

 

 問いかける私に、ちらりと影の射手は私達の様子を見ると。

 

 「率直に申し上げるなら。二人とも今すぐにお引き取りを」

 

 一方的に、帰れと言ってきました。

 何ですか藪から棒にまったく。

 不満でむっと頬を膨らませていると、代わりにトラムが影の射手に聞く。

 

 「英雄王は多忙なのかしら?」

 「そうですね。今取り込み中です」

 

 取り込み中と聞き、私の頭の中でピンと結びつく。

 ……あぁ、英雄王はまた寝室にまで書類を持ち込んで仕事しているのですね。

 私達が無理するなと怒るから、英雄王は影の射手に頼んで。私達を寝室に入れさせないようにしているのでしょう。

 

 「取り込むほど政務が忙しいなら、私達も手伝いますよ」

 「そうね。ちょうど甘味を作ってきたから、英雄王も休憩をさせましょう」

 

 思わぬ所で仕事が出来てしまいましたが。

 英雄王が頑張っているなら、私達英傑も頑張らない訳にはいかない。

 いやはや、人をやる気にさせてしまう英雄王の人徳は恐ろしいですね。そう思いながらトラムと寝室に入ろうとしましたが。

 

 「お引き取りください」

 

 影の射手は、今度は有無言わさないという雰囲気を漂わせながら。

 私達の前に立ち塞がります。

 

 「今日の影の射手は意地悪ですね」

 「変よ変」

 

 その言い様に、私とトラムは眉を顰めます。

 普段なら手伝ってやれと、喜んで通してくれているので猶更。

 なんですか急に。冷たいですねと、思ってしまいまうじゃないですか。

 

 すると、影の射手は言葉を選ぶように押し黙った後。

 

 「……ただいま英雄王は王妃と共に。王国の最重要国事を執り行っている所です。貴方達。特に英傑を寝室に入れる訳にはいきませんので、どうかお引き取りを」

 

 そう言い、改めて私達に帰れと促します。

 あぁ王妃もいるんですね。と思いはしましたが。

 

 「影の射手が王国の最重要国事と言うくらい重要なことなら、猶更私達英傑も一丸となって解決すべきじゃないですか!」

 「そうよ、私達仲間じゃない!」

 

 本当に、今日の影の射手はらしくないです。

 影の射手なら重要だと分かっているなら、寧ろ英傑達を集めてきそうなものですのに。

 それなのに、特に英傑を入れる訳にはいかないとは、どういうことですか。

 トラムの仲間だと言う発言に、殊更同調するように首を縦に振るうと。

 

 「はぁーーーーー……」

 

 今まで、私達を圧するかのような、重い雰囲気を漂わせていた影の射手が。急にゆるゆるとし始め。私達をまるで、聞き分けのない子供を見るかのように、いえそのままの目で見ると。

 

 「散散お引き取りするよう言いましたからね」

 

 急に変わった影の射手の態度に、頭に疑問符を浮かべたままの私とトラムに。

 影の射手はためらいがちに、指をサッと動かすような合図をしました。

 

 それは以前、英雄王も披露した隠密の魔法に酷似した所作。

 隠密。一言でそう言い現わすことができても、多種多様と英雄王は言っていました。

 そして今回の隠密は、音を無くすという魔法でした。

 

 「「…………」」

 

 その音を聞いた時、トラムは顔を赤く。

 そして……私は血の気が引いたようにきっと青くなった。

 

 英雄王の寝室、扉で隔たれたその先で鳴る音は。

 どういう訳か。

 例え経験がなくとも。何をしているのかというのを、女として嫌という程理解させる。

 そういう音でした。

 

 「…………」

 

 あぁなるほど、これは確かに王国の最重要国事ですね。

 そんな、考えを思い浮かべる中、私は一歩、一歩と英雄王の寝室へと足を動かす。

 

 きっと、直視する勇気もない現実を消し飛ばす為に。

 

 「ソラス、トラム。飲みに行きましょう。いかに英雄王と言えども、私達が傍にいると気が散る事でしょうし」

 

 アイギス様の加護を受けた黒弓を引く。力強い手で影の射手は私の手首を掴むと。

 そう言い。問答無用とばかりに、私達を引きずりながら歩き始めました。

 

 

 

 酒場に付くなり私とトラムはカウンターに座らせられ、影の射手が注文してきたお酒を私達の前に出すと。

 

 「さぁ飲みなさい」

 

 そう促し、私とトラムは言われるがままにそのお酒に呷る。

 口の中が爆発したみたいに、カッと熱くなる。

 戻してしまいたくなる酒の苦みに堪えながら、なんとか飲み込んで。

 お酒は私の喉を燃やしながら、体の奥へ奥へと入っていく。

 やがてそれも収まると。じわじわと熱が体の中心から広がり始め、熱が頭まで届いた頃。私とトラムは同時にほぅと、酒交じりの息を吐く。

 普段なら絶対に飲まないような、強いお酒。

 でも今は……これが飲みたい。全部忘れてしまいたい。

 

 「そ、そうよね。夫婦ですものね!そういうこともするわよね!」

 

 トラムが、あの部屋で行われていたことを端的に表すと。

 

 「夫婦かぁ……」

 

 そう言い、トラムはカウンターに突っ伏しました。

 

 「おや。トラムはアージェもいることですし。神話にもある通り、永劫夫を持つ気はないかと思いましたが」

 「そんなことないわよ影の射手。私だっていつか……」

 「それなら、英雄王はいかがですか?」

 「えっ。だ、駄目よ!英雄王の事は嫌いではないけれど、私そういう目的で物質界に来た訳じゃないから!」

 

 駄目駄目言う割には、嫌とは言ってない辺り……。

 いえ。でもトラムの反応からして、私程先ほどのことを深刻に思ってないように見えました。それは英雄王への思いの差というよりは、単純に英雄王と王妃が夫婦であるという認識を、トラムはちゃんとしていたからでしょう。

 夫婦ならばしていて何も不思議でない行為を、あの二人がしていると微塵に思っていなかった……私とは違って。

 

 「この先どうなるかは分かりませんが。もし英雄王のお相手をする時は、そうですね。覚悟してくださいね」

 「覚悟って何かしら?」

 

 意味が分かっているのに、頬を赤くしてごくりと唾を飲みながら、若干興奮気味に問い掛けるトラムに影の射手は意地の悪そうな笑みを浮かべると。

 

 「英雄王は夜も英雄王ということですよ」

 「わぁ……」

 

 一体トラムは英雄王の何を想像したのか。

 トラムはお酒の酔いとは別種の赤みを増した顔をしたまま、再び突っ伏す。

 けれども、すぐにその姿勢のまま理性的に告げる。

 

 「まぁでもいかに英雄王であっても。新婚の男女の間に、すぐに他の女の子が入るわけにはいかないわ」

 「そうですね。時期が時期なので新たに妃を迎えるにしても、もう少し落ち着いてからしてほしいです」

 「新たに妃と言いますが……王妃は嫌がらないのでしょうか」

 

 思わず零してしまった言葉に、聞かなきゃよかったと後悔する。

 逆の立場だったらと考えると、嫌に決まっている。

 

 この一月、思考を止める事で無視できていた。

 英雄王が王妃を迎えたからといって、普段と大して変わらなかったから。

 どこか心の隅に、なんだ結局変わらないじゃないかと高を括っていた。

 

 でも、英雄王の寝室で行われていることを考えて。

 改めて、英雄王と王妃は夫婦であると言う事実を突きつけられ、私は……嫉妬した。

 嫌だ。と思ってしまった。

 何もかも壊して、消してしまいたいと思う程に。

 影の射手や、トラムがいなかったら……私は取り返しのつかないことを、しようとしたのではないか。

 もう一度今度は戒める様に、お酒を呷る。巡る熱に頭が少しふわふわしてくる。

 

 「おや、ソラスは後宮建築の話を聞いてなかったのですか?」

 「後宮」

 

 なんというか王様が美女を侍らせているイメージしか沸かない単語。英雄王にはあまり直結しない、無縁そうな単語でしたが。

 そうですか。英雄王も男の子ですからね。そういうものを作っても何も……。

 

 「英雄王の子は一人でも多い方がいいと王妃が提案して、少しずつですが計画を立てているのですよ。ですので英雄王の方が寧ろ困惑しているのですよ」

 「…………」

 

 ……なんだ。王妃の方が、自身が妬んでいることすら気が付かず。周囲の評価そのままに。何もしないお飾りの王妃と決めつけていた私よりも、ずっと王妃に相応しいではないですか。

 どうしようもない敗北感とぐっさりと傷が入る心。私はこの時初めて、英雄王は王妃と結婚したのだと認識できたような気がした。

 

 

 

 その後も、トラムの作った甘味をつまみに、三人で飲み続けていましたが。

 飲み慣れない強いお酒にトラムが先に酔い潰れました。

 影の射手は、深く酔わないようにする為にか私とトラムとは違い、弱めのお酒を飲んでいたのでほんのり頬が赤いだけ。

 一方で私は暗い感情のままにちびちびと飲んでいると。

 

 「何にせよ、私も肩の荷が下りた気分ですよ」

 「どういうことです?」

 「ソラスは以前、英雄王の寝室前で北方の姫に会ったでしょう」

 「あぁありましたね」

 

 そういえばそんなこともあったなと思いながら、それと影の射手の肩の荷と何の関係が思っていると。

 

 「北方の姫を英雄王の寝室に差し向けたの私なんですよ」

 「…………」

 

 とんでもないことを言うなこの人。

 と思いながら、影の射手の彼女なりの苦労話に耳を傾ける事にしました。

 

 「あの人、英雄王になる前から女っ気がなかったでしょう?」

 「そう……ですね」

 

 英雄王は王になる前から。性別問わず人にその存在を惹き付けるカリスマを持ち合わせていましたが。一方で男女間の仲になったという話は、聞いたことがなかった。私達英傑も二名を除けば恋愛対象になりうるはずなのに。男と女という間柄よりも。仲間と言い現わした方が相応しいと言われたら、否定できない。

 

 そう、私達は仲間であって、恋人のような甘い関係ではなかった。

 はぁ……悲しい。

 

 「ですので英雄王となり。王国も少し落ち着いた辺りから、臣下達と策を講じつつ。高貴な生まれの方を英雄王の下へと差し向けてみたのですが……人によっては英雄王に簀巻きにされていましたね」

 「簀巻き」

 

 殺しはしてないんですけどね。と影の射手は言うものの。

 殿方に迫って、拒絶された挙句縛られて放置とは、なかなかの仕打ちである。

 結構なトラウマものになりそうです。

 

 「北方の姫は差し向けた娘達の中では、英雄王と一番いい所までいったんですけどねぇ。これでも、周囲の反発が少ないよう生まれも考慮しつつ。英雄王をちゃんと愛してくれそうな人で、英雄王の好みの方を……英雄王に私達の企てに気付かれて嫌がられながらも、それでも選出してきたんですよ。結局英雄王がちゃんと決めたので全部杞憂に終わりましたが」

 

 影の射手はグラスのお酒を一息に飲み。

 

 「何にせよ、英雄王の動向に気がつけないようでは、影はそろそろ引退ですかね」

 「それは……困りますよ」

 「分かってますよ。ちゃんと引継ぎはしてから引退しますよ」

 

 くすりと顔の皺の増やしながら、影の射手は笑う。

 その雰囲気は、普段真面目で張り詰めた表情をしている姿とは異なり。縁側で日向ぼっこして過ごす。穏やかな初老の女性特有の温かさでした。

 

 「それでソラスはどうしますこれから?」

 「これからとは?」

 「決まってるじゃないですか。次の妃候補に立候補するか、別の男性を追うかですよ」

 

 影の射手の問い掛けに、私もまた一息でお酒を飲み干しながら。

 さて、なんと言葉を紡ごうとか思案する。

 

 ……酒に酔いに酔って吐くもの吐いて、失恋だぁなんて喚いて泣いて。

 さぁ、あの男を忘れて次の恋だ。

 そんな風に簡単に割り切れるような出会いを、私は彼としていない。

 

 今でも私ははっきりと思い出せる。

 

 絶体絶命。ただ震えて。

 死そのものが形にしたデーモンを、私とはそう変わらぬ背丈でありながら。

 伝説が残されれているような神剣や聖剣の類ではなく、ただの無骨な剣で斬り裂く彼。

 周囲が誰も私の占星術を信じようとしない中で、ただ一人だけ信じてくれた彼。

 人々を助ける為に、戦場以外の場でも目の下に隈を作りながらも苦労を重ねる彼。

 ……少しずつ近づく唇。

 そして王となり。常に最前に立ち巨星の輝きを放ち続ける彼。

 

 私はずっと彼を見てきた。

 だから運命だって、思った。

 いつかは、彼となんて思った。

 時が経つにつれその気持ちは大きくなり。彼と過ごす時間の中で、彼もきっとそう思っていると思い込んでいた。

 王妃を決める。そんな話が出てきた時に選ばれるなら、私だと思っていた。

 だから裏切られたと思い至るよりも先に、どうしてという困惑の方が私の中で強かった。

 ですのでやっぱり……。

 

 「……そう簡単に、諦めれませんよ」

 「そうですか」

 

 やっとのこと出した言葉に、影の射手はさらりと返す。

 

 「でも、しばらくはその気持ち抑えて貰いますよ」

 「…………」

 

 どうしてと、問い返す前に影の射手は拳を上げ。

 

 「英雄王は秀でた才を持つといえども、まだまだ生まれたばかりの王国」

 

 ピンと指を一本立てる。

 

 「滅亡したとはいえ王家。いつ不満が爆発するかも分からない。多種族からなる連合軍。それに加え一癖も二癖もある亜神達」

 

 二。

 

 「精強連勝の軍とはいえ、未だやまぬ魔物と天使達の襲撃」

 

 三。

 

 「姿を現さず、未だ沈黙を保ち続ける『魔王』という存在」

 

 四。

 

 「これに複数の王妃、複数の王位継承者。

 例え当人らに争う気がなくとも、どちらに与するかで分裂する臣下達。そして始まる王国内での派閥争い。なんて起きた日には……分かりますよね」

 「…………」

 「何も、気持ちを捨てなさいと、言ってる訳ではありません。ただしばらくは抑えておいて欲しいだけです。理解できますねソラス」

 

 それでも英雄王ならなんとかしそうとは思いますが。

 起きないに越したことはないのは確かであり。影の射手の心配はもっともであります。

 それに、私が追い縋る真似をして英雄王に、負担をかけたくはない。

 ……王妃と過ごす時に見せる。私達英傑達はまた違った穏やかな笑みを浮かべる英雄王を、曇らせたくはない。

 影の射手に頷き返すと、影の射手はまぁと言葉を続ける。

 

 「英雄王が魔王を討伐された後。物質界に平和が戻り、始まる再生の日々の中で。余裕が生まれてきたら、英雄王も。せっかくある後宮を見て、もう一人妃が欲しくなる。そんな時も来るでしょう。その時は……相手から動くのを待つのではなく、自分から動いてみたらどうですかソラス?」

 「…………」

 

 あぁ、これは待つばかりで。

 自分から彼に迫ろうとしなかった私への説教も兼ねてるんですね。

 

 「……そうしてみます」

 「えぇ、そうしてください」

 

 この夜、私と影の射手は珍しく朝日が差し込むまで飲み続け。

 酔いつぶれたトラムをアージェに託して、自室に転がり込む。

 

 そう、いつか。

 いつか、魔王を討伐し、平和を取り戻したその時に。

 あの夜の続きを、今度は私から……いいですよね英雄王?

 

 誰も返してくれない問。

 けれど、それを支えに私は今を受け入れた。

 失恋じゃあない。

 ただ他の女性が、私より一歩先に進んだだけ。

 あとでいくらでも追い返してやる、そう気持ちを切り替えた。

 

 

 

 やることをやれば、授かるものである。

 結婚から三か月余り。王妃の懐妊に王国は歓声に包まれ。

 そして日が経ち、生まれた赤子。

 魔物が復活して以降、奪われ壊され。一度は絶望の淵にまで追い込まれた物質界。

 神の奇跡と、絶望の中で立ち上がった英雄王によって再生し。

 そこに生まれた、希望の子。

 

 男児の名を、英雄王は大げさかなという笑みを零しつつ。

 古い物語に出てくる英雄の名を借りて、モルドレッドと名付けた。

 

 その子にとって、英雄王という親は幸福であったか不幸であったか。

 それは誰にも分からない。

 

 私達英傑達は代わりばんこに、英雄王の息子を抱き上げ。

 生まれたばかりの温もりを肌で感じとる。

 

 脂汗を流す王妃を優しく労わる英雄王、穏やかで幸せそうな表情。

 そしてこの男女の幸せの象徴する赤子。

 

 どうしようもなく、私の中で黒い感情は沸き上がる。

 けれども私は、笑みを浮かべながら抑えてみせて。

 この赤子が、これから進むであろう旅路と紡ぐ物語に、あらん限りの星の祝福を祈った。

 

 

 

 王国には様々な予知者がいますね。

 風水師、幻獣使いそして……占星術師。

 

 彼女達の予知は時に頼もしく、そして時には恐ろしくなる時もあるでしょう。

 ですが、忘れないでください。

 決してそれらは、万能の存在ではありません。

 

 ……悲劇は唐突に訪れます。

 今日挨拶を交わした人が、明日も挨拶を交わせるとは限りません。

 千年続いた封印が、明日も絶対破られないと誰が保証するのです?

 千年続いた王国が、明日も平穏であると誰が約束しましたか?

 

 悲劇は唐突に訪れます。

 あの人が愛した女性が奪われたのも、そうでした。

 誰も予想していなかった、出来なかった……。

 

 王子君、後悔しないよう憶えておいてください。

 決して同じ今日が来ない事。

 今日という、今という瞬間がどれだけ愛おしく、尊いものであるかということを。

 

 悲劇とは、いつその幕を開こうかとほくそ笑む。意志を持つ狡知そのものなのだから。

 

 

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