千年前戦争アイギス 占星術師の昔話   作:青き男

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E26 悪夢の知らせ、ズレる心

 現実感のないふわふわとした感覚。

 

 「…………?」

 

 どこだろうここはと、きょろきょろと頭を回すと。

 周囲の風景は何かの力の影響を受けたのか、暗い紫に染まり。

 肌身に感じる重苦しい空気は、魔界のゲートから零れだす瘴気とまったく同じであることを私に理解させた。

 そんなところに唐突に一人放りだされたという状況に、否応にも私の心に不安と、寂しさを齎す。

 

 しかし、気が付くと、私は一人ではなかった。

 一人、一人と虚空から、見覚えのある武器を携えた戦士達が現れ。

 一点に向けて武器を向ける。まるで、強大な敵を待ち構える様に。

 

 「……誰?」

 

 何となく、仲間なのだろう。そんな気がして私も、彼、彼女らと同じように武器を構えようとして、ふと武器を持つ者達の顔を見ると。

 ハッと気が付く。

 見覚えのある武器を持つ者達は、私が知っているようで、知らない顔をしていた。

 少なくとも、面影のある別人だった。

 

 「…………」

 

 普通なら、人に化ける魔物の類と警戒するはずなのに。どうにも、敵対する気にはなれない。信頼と自信に満ちた表情浮かべるこの者達を見て。英雄王率いる王国軍で戦列を並べる者達の顔を思い出し。私の仲間だという。何かの確信が、私がこの者達に武器を向けるのを妨げた。

 なんでだろう?

 あれこれ考えていると、ザッザッと歩く音が聞こえ。

 聞き間違えることのない、彼の足リズム。

 

 パッと顔が明るくなったのが、自分の事ながら分かった。

 敵ではないにしろ、よく分からない人達に囲まれて不安を感じていた私の心に。

 差し込まれた陽光のように、影を取り払う。

 

 「英雄――」

 

 呼びかけて、止めた。

 違う。

 雰囲気は似ているけど違う。

 黒ではなく茶の髪色が理由だったのか、白裏地の赤マントではなく。赤裏地の白マントを羽織っていたからか。

 何かが、英雄王とは決定的に違った。

 

 だけど、頼もしい。

 

 英雄王に似た雰囲気の人物を見て、そんな印象を抱く。

 この人とならどんな敵にでも勝てる。そんな希望を抱ける。

 

 英雄王に似た人物が、これまたどういう訳か、アイギスの神剣を天高く掲げ、合図のように振り下ろすと。

 虚空から重苦しい深淵の瘴気を撒きながら、ゲートが現れ開かれた。

 一体どんな敵が来るのだろう。

 気が付けば私は、この英雄王に似た人の仲間の一人であるかのように。

 ゲートから現れるだろう魔神の類に、星天召喚の儀を行い。

 天球儀を構えて、今か今かとその時を待つ。

 

 そして、その敵を見た時。

 天球儀が私の手から零れ落ちた。

 

 「え……英雄王?」

 

 黒い髪に、黒い翼、黒い剣。

 ゲートから現れた敵より放たれる威圧感を前に、私はガリウスが現れたのだと思った。

 ですが、顔も体つきも、一挙手一投足を直に見て私が見間違えるはずがない。

 紛れもなく、ゲートから現れたのは英雄王だった。

 

 「ッ!!」

 

 威勢のいい誰かが、一番槍をと突撃する。

 

 「だめぇ!!」

 

 無意識に私はそう叫ぶ。

 それが英雄王を傷つけてほしくない一心の声か、誰かに待ち受ける末路が分かり切っていたのか。

 分からない……。けれど、非情なる現実がすぐさま訪れる。

 

 「…………」

 

 英雄王の剣が放つ一閃により、一番槍の胴が二つに斬り裂かれる。

 どさりと、聞き慣れてしまっている。人一人分の重さが地に落ちる音が鳴り響く。

 

 もう手遅れ……もう物になってしまったことを私は、どこか冷めた目で見ていたけれど、本当の仲間ならあぁそうですかと、放置する訳がない。

 治癒魔法をかけようと、ヒーラーらしき子やヒーラーを守る為に、重装の子が英雄王の足止めをしようとして。

 手に魔力を、火の魔法を発動させた英雄王はまとめて焼き払う。

 熱い熱いと言う悲鳴が、ジタバタと全身を焼かれる苦痛に悶える音が聞こえる。

 そして、そんな彼らを助けようとして、再び英雄王が放つ剣により次々と動かぬ物へと姿を変えていく。

 

 「あ……あぁ……」

 

 英雄王がこんなことをする訳がない。

 これは、夢。そうに違いない。

 覚めろ、嫌。覚めてお願い。

 そう思っているのに、目はありのまま起きていることを写し、耳は音を拾う。

 

 「…………ッ!」

 

 撤退を促そうとしている仲間の静止を振り払い、英雄王に似た人が英雄王へと斬りかかる。

 似たような顔をした両者の剣が、ぶつかり合い。英雄王の剣が止まる。

 一瞬、この人なら。そんな感情が沸き上がったが。

 英雄王の剣は瞬く間もなく押し返すと、体勢を崩したその人の……。

 

 首がはねた。

 

 「いやぁああああああ!!」

 

 大きくて、深い喪失感。

 絶望そのものを見て、くらりと視界が暗くなる。

 それは私だけではなかったでしょう。

 

 仇討の為か、無作為に飛び出した者は剣で殺され。

 恐れをなし逃げ出した者は、魔法で殺された。

 

 気が付けば、仲間は全員英雄王の手により殺されていた。

 仲間の地で出来上がる血の池に、現実感がないまま。

 ぺたりと坐りこむ私の前に近づく足音。

 

 分かっている。彼です。

 

 「…………」

 

 私は、どんな顔をしていたのでしょう。

 よもや彼が私を殺す訳がないという、媚びへつらうような顔か。

 絶対者を前にして、ただ死を待つだけのありしの日の私の顔か。

 分からない、顔はただ強張っていた。

 

 「…………」

 

 彼の剣が高く振り上がる。

 あぁこの人の剣で死ぬんだ。もはや他人事のような感想を抱きながら。

 せめて殺すなら、最期に私の名を呼んでほしい。

 そんな身勝手な願いを抱いていると、彼の目と視線が交わる。

 

 「英雄王……」

 

 いつだって前を見つめる真っすぐな瞳はそこにはなく。

 暗い暗い諦観を宿した虚無的な瞳をしていた。

 振り下ろされる剣が、私に迫る直前まで。

 

 (悲しい……)

 

 死への恐怖よりも。

 私の、私達の希望である彼がそんな目をしていることに。

 私はひどい悲しみを抱いた。

 

 

 

 ハッ意識が覚めて、起き上がり。

 無意識に両手が胴と首が繋がっているのを確認していた。

 

 「夢……」

 

 周囲を見て、見知った天井に見知った壁。

 というか自室であることに気が付き。

 あぁ夢か。そう思い、ホッと息を零す。

 

 けれども、夢で片づけるにはあまりにも現実味があったせいか。

 それとも内容が内容なだけに、嫌な汗でぐっしょりと体が湿っていた。

 

 「英雄王……」

 

 あの日。

 魔王が王城を襲撃した日より、一月程は時が流れた。

 

 あの日以降英雄王は……いい事なのか、悪い事なのかあまり変わらなかった。

 王妃が亡くなったことで、英傑達と過ごす時間が増えた。

 アトナテス達とお酒を飲みに行ったり、トラム達と模擬戦をしたりと、ある意味では以前の生活に戻ったと言うべきだろうか。

 

 そんな感じだからだろうか。心無い人達は英雄王は王妃に対する愛情はなかったと、私が現場にいたら引っ叩いていただろう流言の類が出たり。空けた王妃の座を狙ったのか、これ幸いにと美姫を差し出す輩もいましたが。

 以前なら積極的に寝室に通していたはずの影の射手が、全員叩き返し。

 英雄王も、そんな美姫達と交流をしようとはしなかった。

 王妃の座は今も空席のままだ。

 

 ただ英雄王に変わったことは二点ある。

 一つは、英雄王と王妃の間に生まれた御子を、英雄王は戦場と政務。

 どちらか一方でも、一切の手抜かず全うする合間。

 王妃の分まで愛情を注ぐように、子守をする時間が増えた。

 

 そしてもう一つは、ネックレスを身に着けるようになった。

 ……王妃と交換した結婚指輪を通したネックレスを。

 片時も離れる事がないように。

 

 水浴びでもしますか。

 

 まだ夜中、このまま眠ってもよかったけれど、寝汗の気味の悪さと一緒に、先ほどの悪夢もキレイさっぱりと流してしまいたかった。

 ささっと浴場へ赴き、冷水を浴びて体を拭う。

 不思議と誰ともすれ違う事なかったなーと思いながら。

 

 「今日はよく星が見えますね」

 

 見上げた夜空に瞬く星々が良く見える。

 せっかく目覚めたのだから占星術師として、星を眺めようと庭園へと足へ向け。

 見間違うはずのない、赤いマントを羽織る彼を見かけて足が止まる。

 

 庭園に咲き誇る物質界から、彼の為にと集められた花々。

 神が作り、人の手で整えられた精巧な彫像。

 二度同じ景色を見せる事のない、輝きを放つ夜空の背景。

 そしてどれもが主役足りえるそれらが、一心に盛り立てる。

 彼という芸術品。

 

 これを一つの劇場として見た時。

 いったい、先も後世も含めた物質界の芸術家達の中で何人が、これに匹敵する物を用意することが出来るのか。

 この劇場のただ一人の観客となれた身に余る幸運に、冷水で冷えたはずの体に熱が回り。

 美しい。

 

 私にはそんな感想を零すしかできない。

 そして、見ることでさえこの上ない喜びだというのに。

 

 「ソラスか」

 

 息を呑むような絶対の存在。劇場の主が私を呼びかける。

 どうしようもなく、胸がきゅうと締め付けられる。

 

 英雄王はキレイすぎる。

 

 ただ美醜を意味する言葉ではないと分かっているのに、夢で見た彼が重なってしまい。猶更今目の前にいる彼という存在が、私達とはかけ離れた存在ではないとか感じてしまう。

 あまりにも美しいから。

 

 「座るかい?」

 

 薦めなければ、私は立ち尽くしていたかもしれない。

 庭園の備え付けられた椅子に座り、ようやく私は言葉を発することが出来た。

 

 「こんなに夜遅くにどうしたのですか?」

 

 問いかける私に、彼はあぁうんと返すと。

 目を細めながら右手小指を見つめ。

 

 「モルドレッド(息子)がなかなか、離してくれなかったからね」

 

 握られていたのか、それともくわえられていたのか。

 穏やかな表情をしながら彼は言う。

 

 「父親していますね」

 「そうかな」

 「そうですよ」

 

 父親という単語に、彼が嬉しそうに微笑む。

 何でもできる彼であっても、父親が出来ているのか。

 そんな些細なことでも、不安に思っていたのだろうか。

 そんなところもまた愛おしく思う。気が付けば私は笑みを浮かべていた。

 

 「ところでソラスはこそ、こんな時間にどうしたんだい?」

 「えっ?あー……そのー……」

 

 あなたに殺される悪夢を見た、なんて言えず。言い淀んでいると。

 

 「怖い夢でも見たのかい?」

 「…………」

 

 私の事なら本当になんでもお見通しだなこの人、と思いながら頷く。

 すると、彼はよっと掛け声を出しながら椅子を私の隣に運び座り直すと。

 

 「あ……」

 

 彼は私の手を取ってくれた。

 繋がり感じる体温に、とくんと鼓動が早くなる。

 

 「大丈夫だよソラス」

 

 明日を見続ける真っ直ぐな瞳に、私が映る。

 

 「悪夢はもうじき終わる」

 

 力強い、人を安心させる魔法の言葉で私に聞かせ。

 

 「『私』が終わらせる。必ず」

 

 力強く手を握る。

 いつもの彼、いつもの英雄王。

 私達がもっとも信頼する、私の王。

 

 ……けれど。

 どうして……。

 どうして、致命的な。

 取り返しのつかないズレを、彼から感じずにいられないのか。

 

 「もう夜も遅い。送ろうか?」

 「いえ、大丈夫です」

 

 庭園から去っていく彼の背を見送りながら考える。

 あんなことがあったのに。

 王妃が亡くなって以降も、私も。誰もが英雄王は変わってない。

 そう、思っている。

 けれども本当は、英傑である私ですら気が付かない所が、何か変わっていて。

 その違いに、私はズレを感じているのだろうか。

 

 それとも……。

 それとも……彼は。

 

 それ以前から、何も変わっていないのでは?

 

 ぞわりと、身の毛がよだつ。

 夜風の、寒さのせいではない。

 気がついては、知ってはいけない英雄王の本質に。

 私は感付こうとしてしまったのではないのか?

 

 ……決戦は近い。

 

 

 

 今にして思えば、あの人。

 英雄王を本当の意味で理解していたと言える人は。

 王妃と、女神アイギス様……たぶん魔王ガリウスくらいではなかったのかと。

 私にはそう思えます。

 ガリウスの名が意外に思えますか?そうでしょうね。

 けれども、私は確信して言えます。

 あの人は……出会いが違えば、ガリウスと手を組んでいたと。

 

 ですがまぁ現実はそうはならず、決戦の時は訪れます。

 そこで私は……あの人を……。

 …………。

 いえ、大丈夫です。大丈夫ですよ、王子君。

 全部話すと言う約束ですからね。

 けど……泣いてしまうかもしれません。

 私。

 

 


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