英 雄 君。
ひ で お。
英雄王はいつも、一人で駆け出し始める人だった。
魔物がいるなら、誰かが困っているなら。
誰にも相談することなく、一人で駆け出し始める。そんな人だった。
きっとの英雄王の持つ才が。そうやって飛び出しても、最後には一人でなんとかなるという、絶対的自身を齎していたのかもしれません。
実際、今までなんとかしてきました。
けれども英雄王は、誰もが自分のように何でも出来る訳ではない。というごく普通な当然を理解し、そんな人達に寄り添える人柄もありました。
勝手に飛び出しておきながら。最後尾に追いかける人達を気にかけ、英雄王はいつも、そんな人達が追いつけるギリギリの速さで走る。そんな人でした。
ガリウス。最初は、きっと心の内で。
ガリウス。二度目は、すぐ近くにいた私が辛うじて聞き取れるような声で。
ガリウス。三度目は、誰もが聞いた。
「ガリウスゥウウウウウウ!!!」
激しい怒号と共に、英雄王は魔王ガリウスが去っていく深淵のゲートに追った。
その先がどうなっているか、分からない。
行って、帰ってこれるかも分からない深淵の先へ。
英雄王は、行ってしまった。
瞬間、私には分かった。
彼は、帰ってくる気はない。
「英雄王!!」
私も後先考えずに追った。
誰もが怒号の声の主を探すかのように、呆けた表情を浮かべる中、私は追えた。
別に他の英傑達が鈍感という訳ではない。別に私が、誰よりも英雄王の傍にいたからという訳でもない。
ただ、私には確信があった。
英雄王がガリウスを消滅できなかった時。
英雄王なら、やる。
そんな確信がどこかあった。
人類の救世主、英雄王という称号。
唯一国。王国の王という立場。
英傑をそして、私を。
すべて捨ててでも、彼はガリウスを討ちに飛び出すだろうと。
「ガリウス!貴様は!貴様だけは私がぁ!!」
「ハハッ。ハハハハハハッ!良い憎悪だ英雄王!予を追ってくるがいい!お前の憎悪のままに!!」
逃げるガリウスは今までの冷たい態度はどこへやら。英雄王から放つ殺気を受け、寧ろ歓喜するような声を上げ。
追う英雄王はガリウスへ向け、鈍足を齎す氷の魔法を放つも。
キン!という音と共に、ガリウスの障壁の前に霧散する。
すでに肉体を失ってはいても、魔王ガリウスとして持つ障壁そのものは健在。
それに対する攻撃手は、一つ。
英雄王は神剣を振るい、斬撃を飛ばす、しかし。
「魔王様!!」
魔界とは魔王ガリウスの本拠地。魔王にして神であるガリウスを信奉する者が。ガリウスには致命傷になるうる斬撃を、我が身を盾にしてでも防ぎ止める。
これでは……ガリウスにダメージを与える事はできない。
英雄王が神の障壁をも拒絶する。
強力で尚且つ一度に五体もの魔物を引き裂く。
天才ゆえの、理外の剣術を持っていたとしても。
その攻撃は、一度に五体しか当たらない。
飛翔するガリウスの足元から、次から次へと肉盾となる魔物達が、地上から五体以上現れたのなら。その斬撃を全て防がれてしまう。
いけない……。今のガリウスが真っ当に英雄王戦う気がないのは明白。
それなのに、こんなことを永延と繰り返していたら、どんどん魔界の深淵へ。
ゲートが閉じてしまったら。本当に、帰ってこれなくなってしまうかもしれない!
「英雄王待って!待ってください!」
私は声を上げ、あらん限りの体力を搾り走る。
そうでもしないと、とてもじゃないが追えない。
そして例えそうまでしても、英雄王は私の元からどんどん離れていく。
英雄王が残す魔物達の血の道を、私はひたすらに走る。
「英雄王よ!その怒りと憎しみのまま、予を討つがいい!ともすれば……次なる魔王は、お前かも知れぬな!!」
「黙れぇ!!」
あぁ最後尾を気に掛けることのできるいつもの優しさが、今の英雄王にはない。
離れて行ってしまう。
暗い暗い魔界の深淵のさらに奥へ……。
「ソラス!」
「ア、アトナテス!」
走ってる最中に、私の体が宙に浮く。
相棒さんに騎乗したアトナテスが、私を掴み乗せてくれた。
「サナラとトゥアン。トゥアンの国の兵士達が退路を確保してる。ゲートはアンブローズが持たせる。閉じる前に英雄王を回収するぞ!」
「えぇ……!」
「にしても、速いな英雄王は……相棒が全力で走ってるってんのに」
苦々し気にアトナテスは声を落とす。相棒さんは私よりもずっと速く走れる。
それでも英雄王には追い付けない。少しは見えたと思った背がまた、離れていく。
どうしたら……。
「おいソラス」
「……何ですか?」
「お前の星、英雄王に当てれるか?」
「なっ!?英雄王に攻撃しろと言うんですか?」
「そうでもしないと、英雄王は止まらねぇ。それに……お前がやって駄目だったらもう、誰にも英雄王を止められねぇよ」
アトナテスの提案に、私は頷き構える。
確かに、もうどうこう言ってる間は、確かにありません。
不思議なことに今は影響はありませんが。漂う瘴気により、いつ体に異常をきたすか。
魔王の気まぐれでゲートが閉じて、帰還不可になるかもしれない。
時は刻一刻を争う。
「…………」
英雄王に攻撃する。それに対する忌避感はある。
けれども。
もし。私がここで何もしなければ彼は、あのまま魔界の深淵に向かい、消える。
そんな確信が……。
いいえ違う。理屈がどうこうじゃない。
彼が私の元から消えるのが、嫌だった。
彼の望みが、自らの滅びを厭わない魔王の消滅だとしても、私が嫌だった。
天球儀に私の祈りを込めて。放つ。
どうか、どうか戻ってきて……!
「お願い、アストロバースト!」
私の魔力で招来した星が英雄王の背に向かう。
「……っ!」
飛来する星を英雄王は、見るまでもなく振り返ると同時に、星を両断し。
英雄王と視線が交差する。
攻撃を加えた人物を見た時、英雄王は一瞬驚愕で目を丸くしたが。
すぐに……あぁなんて、なんて目をしているのですか。
あなたの目はいつだって、未来を見据えた優しい目をしていたのに。
魔王のような、そんな冷たい目をしないでください。
「何のつもりだ!?ソラス、アトナテス!返答次第では君達であっても許さない!!」
私達には今まで浴びせる事のなかった類の怒号を聞き、全身に痺れが走り、竦みそうになる。ですが、これで英雄王の足が止まった。
追い付いて説得……とはいかない。
英雄王の気が逸れた。その隙を好機とばかりに、魔力の刃を振るうガリウス。
いくつも放たれた刃の一つ一つ。どれもが、私とアトナテスを葬るには十分すぎる威力を持っていることは、見ただけで分かった。
無駄と分かっていても、本能的に腕を交差して身を守る。
「ぐっ……」
衝撃はこない。
すぐさまを目を開け状況を確認すると。英雄王が。神器アイギスの盾で、私達を守ってくれていることが分かった。
加勢なんて甘い考えは、ガリウスが畳みかける様に魔力の刃を放ち続け、私達を盾で守り続けてくれていた英雄王もろとも、私達は衝撃波に飛ばされた。
「この……」
「畜生……!」
魔王の攻撃の余波か。まるで言う事を聞かない体を起き上がらせようともがく私。
相棒さんを支えに、なんとか立ち上がろうとするアトナテス。
それに比べて。
「ガリウスゥ……!!」
その根底にある感情は、怒りと憎しみか。
傷口から夥しい血を流す体で、英雄王はすでに立ち上がり。
震える腕でガリウスに剣を向け、立ち塞がる魔物を斬り伏せ歩き続ける。
悲しく思えてしまうほど、真っ直ぐに。
「……ふん」
ガリウスはそんな英雄王から視線を逸らし……。
一瞬、今まで一度として合わなかったガリウスと目が合った。
――まずい。直感がそう告げる。
ガリウスは手のひらを私達に向けると同時に、膨大な魔力の塊が集束していく。
あぁ当たったら死ぬ奴だ、これ。
周囲の空間が悲鳴を上げながら、力が徐々に膨れ上がる光景を、私はただ見るしか出来ない。
蛇に睨まれた蛙。無様にペタリと座り込む、今の私を表現するなら他にない。
慈悲もなく、力がガリウスから射出される。
空間を引き裂き、地を抉り、死体となった魔物達の血肉を喰らい。
ゆったりと、今からお前はこれで死ぬんだぞ?
私にそう伝えるように、私の感じる時が遅くなる。
「ソラス!」
だが、視界の隅からバッと飛び出す人影。
誰かなんて分かり切っている。
当たろうものなら死ぬような力を前にして、誰かを守る為に飛び込む人なんて、一人しかない。
英雄王がガリウスから踵を返し、力の前に座り込む私の前に。
そして身を盾にして英雄王は力を受け止めた。
凄まじい爆音が鳴り響き、黒煙が巻き上がる。
そして、ドサリと倒れ――!
「英雄王!英雄王!」
「嘘だろ!?おい!」
倒れる英雄王に近付き、そして。
そして私とアトナテスも背筋に悪寒が走り、ゾッとした。
傷だらけで、精魂は使い果たし。
限界もとっくに超えているはず。
そんな状態で、私のせいで、ガリウスの一撃をまともに受けた。
それでも英雄王は。
「ガリ……ウゥスゥウウ!」
剣を固く握りしめ、空いた手で地面を抉り。
這いずりながらも前へ。
ガリウスの元へと向かおうとしている。
なんという……なんという執念。
もはやかける言葉を無くした私達の代わりのように。
ただでさえ薄い幽体のような体を、さらに薄くさせた。
消えかけのガリウスは口を開く。
目に見えて先ほどの高揚は消え、鋭利な氷を思わせる冷たさを持って。
「所詮。それがお前の底だ英雄王よ」
英雄王はガリウスに応えない。
地を這いガリウスの元へ。
「興が冷めた」
しかし、ガリウスはそう呟くと
深淵よりもさらに深い場所へと向かう為か、ゲートを開く。
「魔と神の軍勢を押し返し、混迷の物質界を束ね。予の肉体を滅ぼした。千年戦争の勝者。人の子の王、英雄王よ。予はお前は決して忘れぬ……もっとも、もう会うことはないだろう……」
そう言い終えると、ガリウスはゲートの向こうへ消えた。
同時に、ぱたりと英雄王の手が地に落ちる。
ようやく、英雄王はその歩みを止めた。
――――――――――
ガリウスは魔界のどこかへと去った。
けれど、まだここは魔物達の本拠地魔界。
襲ってくる魔物達の迎撃をアトナテスに任せ。英雄王に肩を貸して、入ってきたゲートに向かっていると。
「え、英雄王!」
「無事か!?」
私達を追ってきたらしいサナラとトゥアン。そして退路を確保し続けてくれたトゥアンの国の兵士達と合流できた。
「お前ら急げ!長くはもたない!」
「何があった?」
問いかけるアトナテスに、トゥアンはチラリと兵の一人を見る。
その視線に気が付いた兵の子は質問に答える。
見るからに顔を青ざめ、玉のような汗を噴き出し。荒い息を零しながら。
「さっ、さすがは英傑の皆さんですね。私達は魔界に入ってからというものどうにも体の調子が……ははっ……」
「もういい……分かった。急いで撤退するぞ」
そういえば、英雄王を追うことに必死になっていて、気が付いていなかった。
魔界に適応できていない者の力を奪うという、魔界に漂う瘴気。
それも、その瘴気がより濃いとされる深淵。
私は今の今まで問題なく動けていたので、文献に記載されてるだけで、無い物だと思っていましたが。
見る限り、その瘴気を受けているのは英傑以外の全員……。
神の加護を受けた武具のおかげだろうか……?
何故、という疑問あるけれど今は撤退が優先。
「私も支えます!」
少しバランスが悪くなるけれど、サナラも英雄王に肩を貸して二人で運ぶ。
ただ、そう易々撤退とはいかない。
「英雄王と人間共を逃がすな!」
ガリウスが撤退しても、士気は未だ高い高位のデーモン達が追撃にやってくる。咄嗟が生じた追撃隊にしては連携が取れている。魔王を討伐した英雄王への恨み故か。
「うわぁああ!」
魔界の瘴気で、万全ではない体で戦う兵士達。
一人、また一人と魔物達の軍勢に追い付かれ呑まれていく。
「トゥアン様!ここは私達がしんがりを引き受けます!英雄王を連れて早く物質界へ!」
「お前達っ!」
「堪えろトゥアン!あいつらの覚悟を無駄にするな!」
「……っ!」
「お優しい我らの女王。どうか行ってください……」
満足に回復も出来ない戦況。片腕がすでに使い物にならない体で、どうやって追撃を防ぐというのか。
それでも兵士達は物質界へ向かう足を反転させ、魔物達へ突撃する。
一歩でも時間を稼ぐために。
「うっ……うぅうう」
隣で涙を流すサナラを見て思う。
私達は勝った。
魔王ガリウスも敗北を認めていた。
……それなのに、どうしてこうなった。
行きも帰りも、血に濡れた道を私は歩け続け。
物質界の風景が広がるゲートが見えてきた。
「奴らを逃がすな!」
同時に、追撃の手はさらに過激さを増した。
「英雄王!ガリウス様に代わり、その命頂くぞ!」
あっと思った時には遅かった。大砲を持ったフライデーモンの大群が私達に迫る。
ボンという発射音と共に、大量の砲弾が飛来する。
しかし、その砲弾の雨を覆い隠す程の大きな火球により消し飛ばされた。
「英雄王!」
「…………」
サナラの声に、英雄王の反応がまだ鈍い。
はっきりしていない意識のまま、私達を守る為に魔法を放ったのでしょ。
「ここは……?」
問いかける英雄王の声が聞こえたという訳ではないでしょうが、代わりにゲートの向こう側にいるアンブローズの声が響く。
「早くこっちに来てください!長くは持ちませんん!」
地鳴りのような声を上げながら、今にも閉じようとしているゲートを。幾重にも重ねた魔法陣でこじ開けているアンブローズ。
言葉通り、魔法陣はすでにひび割れ、今にも砕けてしまいそうだった。
「さぁ英雄王帰りましょう」
先ほどの涙を隠す様に、無理にでも笑顔を浮かべるサナラに、英雄王はポンと手を置くと。肩の英雄王の重みが消え。
「すまないサナラ。私はガリウスを消滅させる」
え。と言ったまま固まるサナラを脇目も振らず。神剣片手に、歩き出そうとする英雄王に、トゥアンとアトナテスが立ち塞がり。
「今、何て言った?」
「ガリウスを消滅――ぐっ!」
アトナテスは容赦なく英雄王のみぞおちに拳を放った。
「……おい」
「悪いなトゥアン。けど、今はこの一発で許してやってくれ。ソラス以外の俺達英傑の誰もが、英雄王はここまではしないだろうって、高を括って。こいつの気持ちを分かってやれなかった。恨んで当然だよな。親と故郷、嫁さんまでガリウスに奪われたんだから」
口をへの字に曲げながらも、トゥアンは矛先を治めると。
アトナテスはいつだか、英雄王がアトナテスにそうしていたように。英雄王の頭を不慣れな手つきで撫で。
相棒さんと共に前へ出て、斧槍を担ぐ。
その姿に、否応にも私達に覚悟を感じさせる。
「ま、まさかアトナテス?」
サナラも私と同じように感じ取ったらしい。
アトナテスはここで……。
「俺はここであいつらの侵攻を食い止める。だから、お前らはさっさと帰れ」
「駄目ですよアトナテス!皆で一緒に!」
「ゲートだとか、瘴気だとかは詳しいことは俺には分からねぇが。狭い出口にあの大勢が押し寄せたらどうなるかくらい……分かるだろ?サナラ」
でもぉでもぉと、アトナテスを引き留めようとするサナラ。けれどサナラだって分かっているはず。物質界と魔界は断絶されているとはいえ、近しい。
ゲートによって繋がった空間が。もしこじ開けられようものなら、その空間は未来永劫、魔界と繋がったままになるかもしれない。
しかも繋がった先は魔界の深層。物質界にどんな影響を及ぼすか、それどころか魔界の深層に住まう。ゲートを開く力がないだけで、力だけはある魔物が。壊れたゲートを利用し、物質界に侵略する足掛かりになりかねない。
せっかく、魔物達にゲートを開く力を与える。
そんな権能を持つ魔王を討伐したというのに。これではまた物質界は魔物に怯えなくてはいけなくなる。
「トゥアン、サナラ連れて行ってくれ」
酒場に紛れたサナラを摘まみ出せ。そんな軽さでアトナテスは言い放つと。トゥアンはアトナテスをジッと、その顔を強く刻むように見てから、アトナテス。アトナテスと、幾度も叫ぶサナラを連れて行く。
「何だ、俺意外とあいつに好かれてたんだな」
「死んでほしくない程度には、私も思ってますよ」
そうか。とアトナテスは適当な返事をすると。
私を真剣な面持ちで見て。
「ソラス。
「……言われなくても」
ニッと笑い、背を向けるアトナテス。
英雄王の次に付き合いが長く濃い。英雄王の隣で、涼やかに笑みを浮かべる姿が好きだった人物の背を目に焼き付け。
私は英雄王を支え直して歩き出す。
これが、千年前のアトナテスを見た最後だった。
結果的に、英雄王は友を魔界に残してしまった。
あの日。
私達の千年戦争が終わった日を、英雄王は生涯後悔し続けていました。
そして私はあの人を……あの人が最も大切にしてる事を知っている私が。
彼を傷つけた。
本作品においてのゲートとは魔王、魔神のみ開くことが出来る魔界と物質界を繋ぐ門である。
ただし、魔王のみ。対象が持つ力によって大きさは異なるも。ゲート生成能力を魔物達に与える権能を持つ。
これにより、魔王討伐意味する物は。魔王の力を衰えさせることで、魔物達は自由にゲート生成。物質界への侵攻が出来なくなる事と同義となる。
よって千年間。物質界において魔物は存在が忘れさられる程。一般的には認識されない存在となった。
ということにしておいてください。