悪役令嬢(笑)へ転生した俺!ぶっちゃけ商人上がりの偽貴族でほぼ詰み何ですけど!?   作:N2

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個室、年頃の男女(見た目的には)、何も起きないわけがなく……


第6話 仲良く? なりました。

 レストランの個室に移動した俺達は、エーリッヒさんが頼んだ食事がくるまでの間に先程の話の続きを再開しだす。

 エーリッヒさんが少し考えだした後、俺が貸したノートを見ながらおもむろに口を開いた。

 

 「ちょっと書いてもいいかな? せめて2σ(シグマ)までは書き込まないとね。手書きならそれとは別に…… こんな感じか」

 

 俺はコクリと頷いてノートを覗き見る。

 

 「それって何です?」

 

 「エンベロープ。まぁ、取り敢えずは視覚的感覚で書いているから、乖離率は深くは気にしないでいいよ」

 

 正直、線が多くて俺にはよくわからなくなってしまったが、でも確かに先程よりも線の枠内に収まる率がより高い。でもそれだと逆に幅がありすぎて判断が難しい。反転しそうだ。

 

 「あぁ! だからそのエンベロープ、任意の乖離率で利確と損切りを?」

 

 「個人の好みや得意不得意があるからね…… 上昇にしろ下降にしろセオリー通りの順張りに僕は使ってたよ。オフリーさんのように手計算で書き込みが出来ない僕には無理。そんな時間もないしね」

 

 気の抜けた様子でエーリッヒさんは、お手上げといった感じに両手を肩付近にまで上げて降参の意を示していた。

 そんな様子に俺も気が抜けて軽く微笑みながら追随してしまった。

 

 「まぁ、システム売買できないですもんね。といっても損切りがなかなか出来なくて…… 前世では塩漬けしちゃってましたよ」

 

 「ははは、損切りもきっちり事前指定して、ある意味ゲーム感覚でやるような割り切りが無いとね。僕ら素人には難しい。……しかしやはりか。前世持ち……」

 

 うぐっ、油断した。

 いや、俺自身もそうは感じていたから、今までの会話は引き出すまでのクッション言葉だろう。

 

 「はい。エーリッヒさんもですよね? ちなみに私は【日本人】でしたが……」

 

 日本人というところだけ、この世界にきて初めて日本語を他人に聞かせてみる。

 

 「まさか同郷か! 僕も【日本人】だよ。妙な偶然もあるものだ」

 

 目を見開くエーリッヒさんだが、ドアがノックされてからは表情を普段の温和な様子に戻して、給仕に入る許可を与えた。

 

 「料理が運ばれてきたし、食事しながら話の続きでもしようか」

 

 「そうですね」

 

 料理に口を運びながら、お互いの前世の話よりも先に取引所関連や商会の話に移っていった。俺としてもオフリー伯爵家と縁切りしたいため、そっち方面の話も有難いのだ。

 

 「前世の感覚を引き摺っているなら投資は止めた方がいい。あれは大体が大手商会と貴族家で、ある程度の弾力性を含んで価格を動かしている。それにそもそも取引参加資格がなければ売買を行えないからね」

 

 肉を一口放り込み、その後にパンを一欠けらに千切って食べたら、ソースが仄かに絡まり予想以上の味をもたらしてくれた。

 

 「シンジケート団を組んでいるって事ですか。事業社株は? エーリッヒさんは参加資格があるんですか?」

 

 エーリッヒさんは優雅に野菜を煮込んだブイヤベースのスープを掬って口に含み、流麗な仕草で飲んだ後に口を開くが、この人見た目だけではなくて作法もかなりしっかりしているんだな。

 ズズッ、しまった!

 

 「あんなのは中堅商会以上や大身の貴族家が絡んでいてまず手を出せないよ。株価が公開されていても財務は開示されていないんだ。ただの資金調達だったり、赤字でも商会が投資して事業社を乗っ取り、その後は株を売り捌いて今までの投資分をある程度回収。その後は事業立て直しで儲けると。そんなスパイラルでいきなり乱高下したりする。現状は株ほど摩訶不思議で手を出してはいけない代物になっているよ…… それでも中小レベルの商会や金貸しなんかは、一日中取引所に張り付いて値動きから売買を行う専門人がいる。僕は一応零細の個人商会を持っていて、取引参加資格はあるけどね。とてもじゃないが参加する気は起きないよ。まぁ、通常は」

 

 「通常? それにしても学生なのに個人商会まで持っているんですか。商用作物やそれに関する加工品関連の輸出、ヘルツォークの輸入も取り仕切っていますよね。それ関係ですか?」

 

 「いや、あくまで資産管理が名目だよ。ちょっと僕の事情は特殊でね。それにしてもよく知っている」

 

 エーリッヒさんが剣呑な目付きをし出した。

 

 「マルティ―ナさんが女子会の時に言っていましたから軽くですが」

 

 この人は今は温和だけど、戦争を最前線で経験している。ヘルツォークを貶さない事は前提としてもどこに逆鱗があるのか、それともないのかが怖い。

 

 「先程の話に少し戻るけど、そもそもが需要と供給が起こる前提が僕たちの感覚とは異なる。その両者を決めているのは、端的に言うと貴族家なんだ」

 

 「需要に供給、どちらもですか?」

 

 「貴族家から各資源が供給され、貴族家の需要によって取引されるからね。領民の需要があっても領の統治状況から絞る場合もあり得る。中間の商人や商会がその辺りを埋めたりもするから、一概に言い切ることは出来ないけど、前提としてはそう言ってもいいだろう。君の実家のオフリー伯爵家は、そういう意味では価格を動かせる貴族家だ。さぞや儲けているだろうね」

 

 うちの実家が手広い、広過ぎる事をやっているのはわかるけど、まだこの世界で、意識が今の俺に切り替わってから約七ヶ月。

 まだこの世界の事も実家の事もよく理解出来ていないのが現状なんだよなぁ。旧オフリー嬢の知識を引っ張ってきて何とかって感じか。

 

 「確か、王宮の価格統制品目もそれなりにありましたよね?」

 

 「あぁ、価格統制といいながら流通の増減で値動きはするけどね。商会や王宮と伝手があると、これの方が読みやすい。未だに商人がお金を稼いでそれを使うのが貴族、なんて言う古いベクトルの貴族も多い。まともな貴族は、御用商人を馬鹿にせず重宝するわけだ」

 

 うちの実家は、派閥のお偉いさんの御用商人みたいなものかな。

 

 「先程は通常と言ってましたけど、エーリッヒさんは価格を左右出来る物があるんですか?」

 

 「僕というよりヘルツォーク子爵領かな。輸出入取引許可証を大臣経由で得たからね」

 

 そういえば、王国貴族なのに王国本土や浮島の貴族家との直接取引が不可能な状態になってたんだっけか? あのゲームの設定は鬼だな。

 

 「魔石や各種鉱物、鉄鉱石にミスリルや金属加工物がかなりダブついてるんでしたっけ?」

 

 エーリッヒさんの目が険しさを湛えてくる。

 しまった!? 喋り過ぎたか!

 

 「本当によく知っている。学生の身で…… 流石にオフリー伯爵家の娘、いや、社会経験十分な人間の情報収集力だろうか? ヘルツォークは領として、少々注目も浴びたという事か」

 

 「いやぁ、王都での新聞と父の書類を盗み見たときに少し…… あはははは」

 

 本来なら聞き取ることが困難な程に音が抑えられている、ナイフとフォークのカチャ、カチャリとした響きが心臓に悪い。

 そうだ、この人はその気になったら簡単に人を殺せる人物だ。序盤のゲーム知識しか無い俺は、既にヤバいかもしれない。

 いや、正規のアルトリーベなら終盤までは王太子殿下ルートの知識は残っている。しかし、この人が出てくると意味が無さそうなんだけど。

 

 「……金属加工に関してはうちの品質はいいからね。そちらは商会仲介による直接取引だよ。各種鉱石の供給を調整しつつ、先物で僕の個人商会で儲けを出している。結局は全員が仕手筋のようなもんさ。ヘルツォークの資源関係は、便宜上弟と呼ぶが、弟のエルンストが責任者だ。まだまだエルザリオ子爵と僕の目が届く範囲でやらせているよ。そちらの方が商用作物関連より遥かに大きい額になるからね――」

 

 仕手筋って、エーリッヒさんはいつの人なんだろうか? 

 俺の社会人時代には、ニュースや新聞にすら出ない単語だよ。

 

 「――さて、オフリーさんがこんな所で何故、直接君が値動きを追うに至っているのかを教えてもらえるかな? 常識的に考えて学生の上級貴族家の女の子がやろうとする事じゃない。互いの前世を深く話し込んでしまうと情が湧いてしまいそうだから、先ずはその理由を聞いておきたいね」

 

 (マルティーナと多少関りがある女の子、僕とは関りすらない。まだたかがその程度の人物だ。同郷とはいえ深入りするべきか否か…… 多少はこちらの話をしてみたが反応は薄い。出来れば敵対するような間柄じゃなければ嬉しいが)

 

 こ、ここは重要な分水嶺な気がする。セーブしたい!

 同郷なんだからもっと優しくしてくれてもいいんじゃない? 押し黙った雰囲気と目つきが怖すぎる。

 

 「あの、さっき大臣って言ってましたけど、誰なのでしょう? エーリッヒさんは繋がりが強いんですか?」

 

 その大臣がうちの派閥だったらアウトだ。オフリー伯爵家から逃れる算段で、悪事を売ることになるわけだから、下手な相手に話したら死に直結しそうだ。

 それにこの時点で王宮内の大臣と繋がりが出来ているなんて俺は知らない。あの外伝のゲーム知識からは、この現実は既に逸脱していると考えた方がよさそうな気がする。

 

 「それは、教えないと…… 成る程、かなりの訳有りか」

 

 俺はコクりと首を縦に振り、真剣な表情を崩さないようにする。

 

 「バーナード大臣だよ。宮廷貴族にも王宮内の役人にも知られているから、隠すまでもないんだけどね。どうも君の切羽詰まった様子が気になった」

 

 バーナード大臣! 詳しくは知らないが、うちの派閥じゃない、中立派の大物だ。

 この辺りは、俺になる前のオフリー嬢の知識に助けられた。

 

 「実は――」

 

 俺はオフリー伯爵家の現状、王国法を逸脱している悪事に関わっていることを伝え、実家と縁切りしたいという希望を伝えた。

 

 「そうか…… それで自立するために貯蓄を運用しようと。君はフィールド辺境伯の嫡子、ブラッドと婚約していた筈だ。そっちを頼ろうとは思わなかったのかい?」

 

 「フィールド辺境伯は派閥が異なります。こんな話したら婚約も解消、家も徹底的にやられて最悪、私も運命を共にしてしまいますよ」

 

 そもそもアルトリーベでは、公国と繋がっていたのがオフリー伯爵家だ。

 最前線で敵対するフィールド辺境伯との婚約はカモフラージュなのだろうが、もしかしてうちの派閥って相当危ない橋を渡っているのか?

 オフリー伯爵家が生き残るためのブラッドとの婚約なのだろうか? 俺にはそれぞれの思惑が全くわからない。

 

 (バーナード大臣への手土産には、いい話かもしれないな。僕自身バーナード大臣とは懇意にしていきたいから渡りに船といったところかな)

 

 「一度、僕の方でバーナード大臣に話を通してみるよ。君は証拠書類を無理しない範囲で集めてくれればいい。そうだな、違法薬物の二次加工場所と捌いているマフィア辺りを確定させたいね」

 

 王都で特定出来そうな範囲なら俺でもいけるか。

 ゲームでは空賊の手引き等担っていたオフリー嬢だが、学園入学前のオフリー嬢の記憶では、そういった部分に伝手や手掛かりはなかった。

 あれらはもしかしたら実家の指示だったのだろうか?

 

 「やってみます。何とか私や取り巻きの子達の口添えはお願いします」

 

 オフリー伯爵家の寄子やナルニアの実家、ドレスデン男爵も何処まで関わっているか不明だから、彼女達の助かる道も残したい。

 

 「わかったよ。じゃぁ、お互いの前世の話でもしようか? やっぱり気にな――」

 

 エーリッヒさんの言葉を遮るようにノックが響いた。

 

 「お連れ様がお見えです。いつもの方とそのお友達の方々ですが、お通しして宜しいでしょうか?」

 

 あれ? エーリッヒさんは待ち合わせでもしていたのだろうか?

 エーリッヒさんを見ても俺と同様に首を捻っている。

 

 「気になるね。オフリーさん、構わないかな?」

 

 「私は別に。お任せしますよ」

 

 やっと打ち解けてきたところだったので、この中断には少々不満がある。ここで一気に前世の話をして距離を詰めたかった。そうしたら一先ずは安心して謎の冒険者のバルトファルト卿とラーファン子爵家の娘、マリエを調べることにシフト出来るのに。

 給仕がエーリッヒさんのいつもの連れの方とやらを伴って扉を開けた。

 

 「デートだったんですねお兄様…… しかも仲睦まじげなご様子で」

 

 ヒェ!? 名前呼びじゃなくお兄様になっている! 感情が高ぶっている証拠だ。

 仲睦まじい? 違う違う! そうじゃない。

 

 「ティナか! あぁ、そうか。そういえば夕食をミリーさんやジェシカさんと取ってくるって言ってたね。ここだったのか」

 

 マルティーナさんの肩口から名前を呼ばれた二人は、コクコクと慌てて肯定するように首を縦に振っている。

 

 「お邪魔でしたか?」

 

 ぐぅぅ、ギリギリと胃を締め付けられるような圧力を感じる。まさかここに来て学園外だというのにこんな罠が存在するとは……

 

 「そんな事はないよ。話の続きは次回にしようか。いいかな? オフリーさん」

 

 俺に振らないで!

 ふぉぁっ!? マルティーナさんの極限にまで湛えられた殺気の瞳の奥に、鬼が宿っているんですけど!

 この人何でこんな冷静なの?

 

 「か、構いませんよ。仕事的な話はある程度終わりましたしね。あは、あははは……」

 

 では失礼しますと言って、マルティーナさんは自然とエーリッヒさんの隣に腰掛ける。ミリーさんとジェシカさんは俺の側に来たので、少し端っこに詰める。

 ミリーさんとジェシカさんも申し訳なさそうにしており、更には緊張しながらマルティーナさんの様子を注意深く観察しているように見えた。

 何だろうか?

 取り敢えず、帰りに胃薬でも買って帰ろう。




伝説を見よ。

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