ナユタとデンジはセックスしたいだけだった   作:シャブモルヒネ

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7日目・爆発する水曜日

 都内某所、早朝。公安が管理する極秘の地下室で爆発が起こった。

 

 振動がコンクリートの壁にヒビを走らせて、細かい破片がぱらぱらと飾り気のない床に落ちていく。しばらくは黒煙が充満していたが部屋の上部に備えつけられた換気口へと吸いこまれて空気は浄化されつつあった。微かに何かが振動するような音。換気口の奥でファンが回っているのだろう、と爆発地点の中心部で目を覚ました女は予測した。

「あ、あーあー。……んんっ、声は出るね」

 周囲を見渡す。

 狭い部屋、爆発のせいでところどころヒビが入ってしまってはいるが建築物としての機能に陰りはなさそうに見える。つまり頑丈。おそらく同規模の爆発を何度か起こしても壊れないと思われた。

 破壊による脱出は不可能と考えていいだろう。

「さーて、と?」

 辺りを見回しても誰もいなかった。死体すらない。なるほどなるほど、と女は状況を把握する。この自分を再起動した者は自分の特性をよく知っているようだ。ピンを抜けば爆発する、だから退避した。よってこれは間抜けが引き起こした偶発的な復活ではない。準備万端に待ち構えられている。

 煙はすっかり晴れた。狭い部屋。窓はない。ドアは1つだけでロケットランチャーを撃ち込まれても耐えられそうな程度には物々しい。

「……何の用ですかねー。平和が一番ですよー」

 呟いてみたものの、期待はしていなかった。女にとって人生とは利用されるためにあるものだったから。幼い頃は祖国から、最近の記憶では最悪の魔女からいいように扱われてきた。だから、煤に塗れたドアが開けられて、遠慮ない足どりで入室してきたのが予想外の男であろうとも、変な希望は抱かなかった。ただ利用する者が変わっただけだ。

「あなたは……、え~と、岸川サン?」

「岸辺だ」

「あ~ごめんなさい。日本人の名前、まだ慣れてなくて」

「嘘つけ。ソ連が手塩に掛けて送り込んできたエージェントがんな間抜けなわけあるか」

「ん~~……、じゃあまだ本調子じゃないのかな? 頭がぼんやりする気がしますよ。なんだろなー、分かんないなー」

「マキマの支配の後遺症だって言いたいのか?」

「マキマ……ああ、マキマ? そういや私はあの魔女に殺されたんでしたっけ?」

「妙な駆け引きは止めろ。俺は尋問しに来たんじゃない」

「へ」

 思わず目を瞬かせた。それもまた演技だった。少しでも会話を長引かせて情報を得、脱出の機会を増やす、そのための工作だったが、相手が悪かったらしい。岸辺はあっさりと手札を晒してみせた。

「用件は、ヘッドハンティングだ」

「……はあ、そうですか」

「これを見ろ」

 言いながら、懐に手を入れる。ぺらりと取り出したのはA4サイズの書類紙。見せようとして無造作に近づいてくる。

「――待って待って。いいの、そんなテキトーで? ドア、開けっぱなしだし」

「逃げられるもんなら逃げてみろ」

「え~~。でも用事が済んだら私のこと殺すんじゃないの? だったらダメ元で逃亡チャレンジしちゃうかも、って思わない?」

「だから、ヘッドハンティングって言ったぞ。お前は処分しない。大暴れでもしない限りはな」

「そんなの信じろっていうほうが無理だと思うなぁ。普通、よその国のエージェントを引き抜こうとはしないでしょ」

「お前、ソ連に思い入れあんのか?」

「我が故国は絶対ですよ」

 考える前に言葉がでた。耳が腐るほど刷り込まれた文言だ。忠誠心を疑われたモルモットに明日はない。そんなことも知らないのだろうか。

「嘘だな。本当のところは?」

「そんなの決まってますよ」

 状況を確認する。今、自分は日本国に囚われている。そして何らかの用件のために復活させられた。さて、ではこの状況から故国に引き渡される可能性はあるだろうか?

 ……まあ、ゼロとは言えない気がする。何らかの取引材料とされる事態もありえるだろう。なにせ自分はあの秘密の部屋のなかでは最も優秀だった。だから悪魔の心臓をもらえたし、たった1人で日本に送り込まれた。

 よってリスクに満ちた本音を零す意味はない。

「我が故国は絶対です」

 他の発言はありえなかった。

「……ふぅん」

 岸辺は手元の紙を1枚寄こしてきた。

「公安は人材不足でな、俺みたいな老人がまだ現場から離れられない。このままじゃいかんってことで外部の人間を使うことにした。それがお前だ」

「ちょっと待って。話聞いてた?」

「選択肢は2つ。1つ目は教官。うちのヒヨコどもをせめて跳ねるぐらいはできるニワトリにする仕事。2つ目は……」

「いやだから。やりませんってば」

「じゃあ一生ここで暮らしたいのか?」

「それは嫌だけど」

「それとも俺を殺して逃げるか? それができたとして、お前、逃げてどうするつもりだ?」

「え? そんなの……」

 決まっているではないか。

 任務を失敗した戦士は帰還するだけ。つまりソ連に帰るのだ。

 帰る? あそこに?

 ……まあ他に居場所もないし。

「日本のほうがマシだと思うがな。どうせ囲われるならヌルくて気温も暖かい方がいいだろ?」

「……信用と実力だけが財産なんですよ」

 岸辺。日本最強のデビルハンター。実力者とは聞いていたが想像力は足りないらしい。好条件を並べれば国家のために作られた戦士を裏切らせることができると思っている。そんな考えは甘すぎた。そうさせないために“教育”があったのだ。それに、女はこれまでの人生で何も手にする事はできなかった。その存在意義と価値を証明できるのは、本当に信用と実力だけなのだ。だからそのうちの半分をそう簡単に手放せるわけがない。いくら利益と安全をちらつかせようとしょせん絵に描いた餅でしかない。

「じゃ話の続きな。再就職先の2つ目の選択肢はこいつらの手綱役だ。ほら、お前も知ってる奴だ」

 ぴらり、と紙が突きつけられる。仕事内容が書かれているようだが溜め息しか出ない。

「あのですねぇ、岸辺さん?」

「こいつら、うちのヒヨコたちじゃ制御できない。かといっていつまでも俺がついてやるわけにもいかん。だから業腹ではあるがお前を推薦してみた。どうだ? やるか?」

 顔写真を見た。よぅーく見た。瞬きしてから、最後にもう一度だけ見た。

「やります」

「あ?」

「やりますよ。戸籍ください。あ、私の監視員は誰になるんです? 偉大なる同志・岸辺隊長サマですか?」

「お前、切り替え早いな」

「好機は逃さない。鉄則です」

「そいつは頼もしい。……だが、故国はいいのか?」

「いいんです。あの国、クソですから」

 

 

 

 

 

爆発する水曜日

 

 

 

 

 

 日記というものをつけることにした。

 そんなものが必要かと問われれば全く必要ではないと思うけど、それでもあった方がこれからの人生(悪魔生? 単語表現の正確性は今後気にしないことにする)がより豊かになると思う。人は忘れる生き物だ。それは悪魔でも変わらない。初志を振り返ることができる記録を作っておこうという話であり、そしてもう1つ、その日その日の思考を言語化することで自身の気持ちや願望をはっきり自覚するという目的もある。

 私は未熟だ。それは今回の事件で思い知らされた。こうやって日記をつけようと思った始めのきっかけもそこにある。あれは土曜日のデート(初デートがゴミ拾い……やり直したい)

 

 ※どうにも日記の記述が前後してしまう。やはり私の思考は構造的に整理されていない。文章化を続けることで訓練になるだろうか。読みにくい記述が続くだろうけど、未来の私はちょっと我慢してほしい。そして自分にもこんな時期があったと苦笑いできるような未来があることも望む。

 

 さて、ええと何の話だったか。ひとまず今は思いつくままに適当に書き綴るとする。

 デートの話だった。

 そう、デンジにこんなことを聞かれたのだ。

 

「夢ってあるか」

 

 あれはものすごい不意打ちだった。自分にこんな大きな隙があったのかと驚かされた。

 夢。そんなものは無かった。

 夢――というより目標か。人生の大目標。あるいは指針。それが無い。

 となると、私は、その日暮らしの原始人と同レベルだったということになりはしないだろうか。それまで偉そうに講釈を垂れていた『人間社会に適応するために必要なこと』とは、まさに生きるためだけの必須項目でしかない。

 お腹が減るまえにご飯を買っておく。

 すぐ眠れるように布団を敷いておく。

 私がしていたのはそのレベルの延長でしかなかった。いや、必要なことではあるけれど、問題はそれしかしていなかったという点だ。このままでは明るい未来は拓かれまい。だから考え直す必要があった。

 あの時の私はこんなふうに考えた。

 夢、といわれて、学生という立場に則って考えるなら、なりたい職業を考えるべきだ。でも私がなれる職業ってなんだろう? まず公務員にはなれない。では仮に支配パワーでブラック化させてしまってもぎりぎり許されるであろう民間企業への就職が許されるかというと、これもまたありえなかった。国は私を手元に置いておきたがるはず。だったら私は無職で生活資金だけを振り込まれる生活を送ることになるのだろうか? ……それは何だかつまらない、と思った。灰色の日々を送るぐらいならボランティアにでも参加していた方がましだろう。国に利用されるような仕事でもいいから何かないのか。

 私の特性と前世の前科からいって、ホワイトカラーには就けないと思う。となると指揮系統を混乱させる余地のない現場労働者が候補に挙がるわけだが……デビルハンターしか思いつかなかった。

 むしろそれしかないのでは?

 公安のデビルハンター。……夢がぜんぜんない。

 というか、いつの間にか発想が現実的か否かで固定されている。

 もう少し突飛でもいいから、期待に胸が高鳴るような仕事はないものか。

 と、ここまで考えて、ふと思った。

 デンジは?

 私が何かしらの将来像に辿りついたとき、デンジはどこにいるんだ?

 彼はチェンソーの心臓を持っている。私と同じく他国に狙われている。だから立場としては私と似たようなものだろう。……でも、ただ強いだけで人間社会を混乱させるような力は持っていないから、私とは違って管理部門には就けそうだ。

 ただ、デンジは頭が悪い。

 例えば公安の上位組織へ就けるかというと、殆どありえないだろう。猛勉強すれば可能性はゼロではないだろうけどそんなモチベーションもなさそうだ。彼には、偉くなりたい、より多くの人間を動かして社会に影響を与えたいといった欲望が無い。即物的な快楽を満たせる程度の稼ぎがあればよいのだろう。別にそれは間違ってはいないと思うけど……。

 とにかく。このあたりを考えると、デンジは選択肢はあれど、やはりデビルハンターが向いているのだと思う。

 単純に、2人で公安のデビルハンターになる未来が浮かんだ。順当にいけばそうなるはず。例えばデンジが隊長で、私が下につく。副隊長ぐらいなら許されるか。

 う~~ん。と思った。

 悪くはないけど、もうちょっと夢を見たい。

 具体的にいうと、国の管理下にあるという組織構造・体制が気に食わなかった。私がこう言うのも変かもしれないけど、自由が欲しい。正確にいうなら支配される側ではなく支配する側で居たい。

 マキマはよく耐えていたなと思った。けど、それもいつか下克上できるという見込みがあったからできたのだろう。組織の中から侵食していけたから。おかげで対策を立てられてしまい今の私は上の人間たちと顔を合わせられそうにないんだけど。

 閑話休題。

 私には普通の人間にはない力があり、デンジも戦闘にかけてはプロ級。だからデビルハンターになるという方向性は正鵠を射ていると思う。

 でも公安は気に食わない。

 だったら、民間はどうだろう?

 民間のデビルハンター。……現実性はあると思った。

 裏では公安と繋がっていてもいい。組織を丸ごと民間に切り離してもらうのだ。そうするメリットは国にとっては結構ある。法解釈に縛られてできない仕事でも民間としてなら請け負える。例えば、憲法何条がどうだとか、外国に関わるグレーゾーンに携わることができるから。何か不都合が起きたら「民間がやったことだから知りません、遺憾の意を表明します」で済ませられるのは大きい。

 これはかなりいいのではないか。

 名目上は公安の下部組織であっても、実質的には独立独歩の気風を保てる。ある程度の力をつければ嫌な仕事にもNOと言えるようになるだろう。被支配化にあるという屈辱感は薄めることができる。素晴らしい。

 だから、そのように提案した。

 

「会社を、作る。デビルハンターの民間会社。社長はデンジで、副社長は私。始めはどこかの別の会社で経験を積んで、コネと信用を作ったら独立する。どう?」

 

 社長は別に私でなくてもよい。むしろ警戒されてハードルが上がるだけだし、国から嫌なことを直接命じられる役目も負いたくない。デンジにやってもらおう。そう思い、思いつくままに穴を埋めていく。

 

「面倒な事務処理には人を雇う。役所への申請とか他所との交渉は私がやる。デンジは戦うひと。会社の看板、象徴、代表者。『あのチェンソーマンが率いるデビルハンターの会社』……話題性も抜群。どう?」

 

 自分で言いながらも、これはかなり見込みがある提案なのではないかと思った。

 その辺の零細デビルハンター会社よりも需要を得られそう。

 だからこれを夢にしようと思った。達成できるかは分からないが、それに向かって進む人生は今よりも面白そうだったから。

 が、デンジはあほだった。

 

「美人の秘書を雇ったり……?」

 

 はぁ? と思った。けどこの時はまず決意させることが最優先。仕方なく同意した。すると、

 

「社員は全員、女だけ……?」

 

 こんなことをぬかした。

 ぶっ飛ばしてやろうかな、と思った。

 苛々しながらも可能性はあることを教えると、デンジは鼻の下を伸ばして卑しい笑みを浮かべた。知性の欠片も見いだせない。

 まあよい。その時になったら現実というものを諭しながら押し切ればいい。流石に女だけの職場なんてありえないし、何より私が許さない。

 

 そんなわけで、私の夢は『デンジと2人で民間デビルハンターの会社を立ち上げる』となった。

 そのためには何をおいても国の信用を得なければならない。今まで以上に言動に気を配る。人間大好き。常識もあります。そんなふうに、昨日、事件が全て終わってからのこのこ遅れて現れた岸辺に対して可憐な笑みを浮かべながら情緒的な台詞を述べてみた。なのに、「変な精神攻撃でも受けたのか」と言われた。くそじじい。……訂正、認知症高齢者め。……じゃなくて、ええと、何て表現すればいいのかな。

 まあいいか。

 

――と、ここまでが初志。

 無駄に長くなってしまった気がするけど、ともかくこれで記録はつけたことになる。

 

 

 さて、ついでだから現状についても書いておく。

 

 昨日の0時に外国のエージェントから襲われた。どこの国からかは知らない。私の存在を察知している中国あたりが候補に挙がったが、日本はスパイ天国らしいから別の国の可能性も捨てきれない。つまり何も分からない。あの悪魔たちのどちらかでも生かしておけばよかっただろうか。1つ反省点。

 

 その戦闘の余波で家がぐちゃぐちゃになった。

 損害の半分以上はデンジのチェンソーによるものだったけど、全て襲撃者のせいで押し切った。なので賠償請求はない。それはいいのだけど……やはり当座の居住場所が問題だった。

 近場の公安関連の施設は……軒並み断られたらしい。

 岸辺の家は、と言うと、犬7匹は住まわせられないと返された。まあ嘘だな、と思う。あの地位で小さな家に住んでいるとは思えない。あるいは戦う者の矜持として清貧を旨としている可能性はあるけれど、それでも2部屋以下ということはないだろう。あれは単に犬が嫌いなだけだ。あるいは私か。それとも情が移らないようにしているか。

 しょうがないから、と紹介されたのが駅前の高層マンションだった。

 ワンルームなのは目を瞑るとして、気になることが2つある。

 1つ、微かに成人男性が住んでいた匂いがすること。たぶん2人。

 2つ、窓から前に住んでいたアパート、私たちの部屋の中身までが一直線に見えること。

 ……ひょっとするとこの部屋は公安の監視員が詰めていたのではないだろうか。

 だって男2人で同居するって普通はないと思うし。望遠鏡でも取りつけて覗き込んでいたのかもしれない。

 別にいいけど。

 ひとまず仮の住居ということで一ヶ月借り受けた。

 次の住まいを早急に探さなきゃ。

 

 冤罪の悪魔は公安特異6課所属となった。

 問題はそれより、やはり彼女の恋の行方だろう。

 あれはもうだめなんじゃないかと思う。

 喧嘩するほど仲が良い、という言葉はあるけれど、相手は明らかに草食系男子。彼女の気性に晒されてやっていけるとは思えない。相性が悪い。

 それでも冤罪は何とかしてくれと言うので、彼女に対して『貶めるような言動をしたら頭がバグる』ように支配をかけた。そもそもそういう言動ができないようにすることもできたけど、それは尊厳を侵すことになるのであくまでも自らの意志で制御するように。

 そうしてネズミを介して様子を見にいってみたら、会話の半分以上がバグっていた。

 

「はァァ!? この私が謝ってあげてるのに分からないなんて貴方は頭がおかしペペペペペペペ」

 

 それ見たことか。

 と合掌したけど、件の夫役は、呪いをかけられて悶えている哀れな冤罪に対して甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

 何なんだろう、あれは。

 ダメ男に惹かれる女、の逆バージョンなのだろうか?

 どんな心理が作用しているのか今の私にはよく分からない。けれど事実として在る以上、認めざるを得ないし、把握する必要もある。彼女たちは引き続きサンプルケースとして観察させてもらおう。

 

 岸辺は昨日はほんとに徹夜したらしい。表情から疲れを察せなかったのは流石だが、この私の鼻は誤魔化せない。ものすごい臭いがした。人は疲労が溜まるとあそこまで臭くなるのか。こちらも顔に出さないよう我慢するのが大変だった。

 あと、こんなことを言われた。

「お前らも公安で働かないか。対魔特異6課」

 珍しく命令口調ではなかった。

 聞いてみると、今すぐ学校を中退して就職するという提案だった。

 そんなのだめに決まっている。私は悪魔だからまだしも、デンジはどうなる? 履歴書の学歴欄を1行も埋められない落伍者中の落伍者になってしまうではないか。仮にも社長を目指すならせめて高卒ではいてほしい。あとついでに、私も中卒の資格ぐらいはもらっておきたい。私のほうは見栄のためではない。人間社会でもちゃんとやれました、という目に見える信用の証がほしいから。

 そう伝えると、岸辺はあっさりと引き下がった。

 本当に一言もそれ以上誘ってくることはなかった。

 ……あれは警告の一種だったのではないかと考えている。公安かその上の意向をそれとなく伝えてきた。今回の事件を受けて、学生なんて辞めさせてしっかり管理しろと声を挙げている派閥でもいるのだろう。

 岸辺は面倒見がいいところがあると思う。今度エナドリでもプレゼントしてあげよう。

 

 こんなものかな。

 以上が、昨日までの現状説明になる。

 今日はこれからデンジといっしょに勉強するためにファミレスに出かける。なぜファミレスかというと、家では集中できないと言うから。分からないでもない。環境を変えると集中力は増す。適度な雑音、似たような作業をしている他人の存在、そして時間的制約が作業効率を上昇させるのは科学的にも証明されている。

 私たちの夢への第一歩として、それぞれの学校を卒業することを目指していきたい。

 

 

「秘書が欲しいぃ……」

 今日も今日とて陽が落ちる。学校をサボり、公安からの取調べから解放されて、ファミレスのテーブルに顎を押しつけながら、デンジはぼんやりと呟いた。

 窓辺からはオレンジ色に輝く夕陽が差しこんでいる。

 1日が終わる。あとは夜が来るのを待つだけ。今日はもう何もできない――その事実に、デンジは死んだ魚のような目で繰り返すしかなかった。

「女だけの会社作ってぇ、たくさん付き合いてえ……」

 意味のない独り言は天井に吸いこまれて消えた。

 願望を垂れ流したからといって突然謎の美女が現れたりはしないし、ましてや「抱いて!」と肌を重ねてくれるわけがない。それぐらいは学のないデンジでも理解している。だがやるせなさとリビドーは理屈で昇華できるものではなかった。デンジの頭と股間のあたりには名状しがたい欲望が渦を巻いている。異性とイチャつきたい。柔らかな身体に抱きつきたい。そしておセッセをしたいと、心の底から思うのだ。

「胸のでかい女と、セックスがしたいぃ!」

「デンジ」

「……あん?」

「いい加減にして」

 地獄の底から飛来する刃のように鋭い声だった。

 ……というのは、あくまで印象にすぎない。実際の声は、少し舌足らずで幼ささえ漂っている。

 対面に座っている少女はナユタ。

 女子中学生。デンジの同居人であり、戸籍上は妹である少女。

 今ではカノジョのようなものである。

 すらりと伸びた発育不足の身体をセーラー服に包みこみ、デンジの正面、ファミレスのテーブルの向こう側で背筋を伸ばして、情緒の感じられない瞳で出来の悪いカレシを凝視している。

 すぅ――と指を斜め下にさした。

 その先にあったのは学習ノート。デンジの前には漢字ドリルが広げられている。ちなみに小学生用。他には食べかけのハンバーグと冷凍まるだしのピザが散らかっている。

 勉強を始めて30分。ナユタにとっては『まだ』の30分であり、デンジにとっては『もう』の30分。2人のモチベーションはそれなりに離れつつある。

「社長になるなら、漢字の読み書きくらいできないと」

 デンジだって簡単な漢字なら書ける。例えば苗字である『早川』とか。でも画数が多くなるとだめだった。

「……ああ、悪い悪い」

 緩慢な動作で身を起こす。少年は、広げられた漢字ドリルに向き直り、しかめ面で次の問題と対峙する。こう書いてあった――『新人』。

「お、おや……おやびと?」

「しんじん」

 ナユタの艶やかな唇から嘆息が漏れた。

「意味は分かる?」

「ああ、聞いたことある。新しく入ってくる奴のことだろ?」

「うん、正解。ね、やればできるでしょ。頑張ろう」

「う~ん、頑張る……。社長になるためだ……」

 デンジは記憶力との勝負を始めた。暗記用の赤シートを使いながら唸っている。

「……ふぅ」

 ナユタはドリンクバーのグラスを傾けて炭酸飲料を飲み干した。目線がデンジのグラスに落ちる。同じように空だった。

「飲み物、持ってこよっか?」

「おう……」

「何がいい?」

「一番……一番ウマいので……」

「分かった」

 ナユタは席を立つ。小さな足音が離れていきフリードリンクコーナーのある角を曲がった。

 デンジは次の問題に取り掛かっている。『転校』……赤シートをずらす。『てんこう』……なるほど、と頷く。次は『爆弾』。画数が多すぎて漢字字典で調べる気にもなれない。『ばくだん』……ふぅーんと唇を尖らせる。

 こうやって10問覚えては赤シートでチェックする、それを繰り返していた。

 と、安シートの隣がぼすんとたわむ。

 ほっそりとした腕が伸びてきて、ノートに文字を書き込んだ。

 

『金玉』

 

「――問題ジャジャン! これはなんと読むでしょう?」

 デンジは顔を上げて隣を確認する。

 ナユタではなかった。

 謎の美女――否、知っている美女だった。

「……うえっえええ!? レッ、レゼ!?」

「正解! でも不正解!」

 大げさに両腕を挙げ、と思ったら小さく拍手する。花が咲くような可憐な笑顔。えいっと腕にしなだれかかり、顔を寄せながら女は問いかけた。

「へいへいデンジ君、次の問題でーす。私はどうしてここに居るでしょう?」

「え、あ、え!?」

 近くで見るとよく分かる。うら若い女の肌は滑らかに輝く芸術品。押しつけられる膨らみにデンジはどうしようもなくなって頭が動かない。口から零れでたのは素直な気持ち。

「レゼ……生きてたんか、良かったなぁ……」

 女は一瞬きょとんと目を瞬かせ、にんまりと頬を赤らめる。

「……正~解! でも不正解でーす。問題にはちゃんと答えてくださーい」

「んんっ」

 密着しているせいですぐには分からなかったが、レゼは制服を着ているとデンジは気がついた。高校の制服だ。それもデンジが通う高校の。

「転校……してくんの……?」

「正解ー。けどやっぱり違いまーす。さぁデンジ君、ほんとの大正解はなんでしょう~?」

「ええ……? レゼがここに居る理由……?」

 柔らかさと彼女の心音を感じながらデンジは焦る。まずかった。頭の中が全部レゼでごちゃついていた。心はナユタのモノなのに身体が言う事を効かない。

「ぶっぶー、時間切れ! 答えはねぇ――」

 レゼの唇が近づいて、プルプルと揺れる。

「デンジ君に、会いに来たの」

 ふぅっ、と耳に息を吹きかけられた。

 デンジは欲情した。

 

 ごんっ

 

 テーブルにドリンクバーのコップが叩きつけられていた。周囲に緑色の液体が飛び散っている。

「……デンジ。そいつ、誰?」

 ナユタだった。

 血の気が引くとはまさにこの事でデンジの顔色は哀れなほどに青くなっていく。違うんだ、と答えようとしたが、レゼの方が早かった。

「デンジ君のカノジョでーす」

「………………」

 最も恐ろしい時間とは沈黙である。ナユタはじろりとレゼを睨みつけ、デンジを視線で射殺して、もう一度レゼに向き直ってから容赦のない敵意を浴びせた。

ここから失せろ

 が、初対面で年上の女には効かなかった。

「わっ、いきなり支配かけてくんの? こわ~っ。やっぱダメだなー、悪魔は。デンジ君もそう思わない?」

「えっ……え?」

 レゼは抱きついたまま、ちらりとテーブルに目を向けて、

「てか洋食にお茶って合わなくない? センスもよく分かんないなぁ~。飲むんならこっちでしょ」

 いつの間にかテーブルに乗っていたホットコーヒーを寄せてくる。睦言のように囁いた。「デンジ君はコーヒー、好きだもんね?」と。

 すると、

 ずい、と緑茶入りのコップが持ち上げられて、がつんとデンジの目の前に落とされた。

「デンジ……、コーヒーなんか飲まないよね?」

「飲みません!」

「え~! デンジ君、コーヒー飲まないのおお!?」

「飲みまァす!」

 修羅場だった。

 デンジは胸中で涙を流した。怖い。でも嬉しい。こんなに可愛くて美人な女たちに言い寄られている。本望というやつがあるならば今この時をおいて他はないと思った。いや嘘。ここで死んだら生殺し、せめてヤることはヤってからくたばりたい。

「俺え……ホントはぁあ、ホントはダメだけど! ひでえ事だけど……!」

 魂の叫びだった。

「どっちもカノジョにしたい……! たくさんセックスしたいい!!」

「っぷ、あははは! はああ~~あ! なんじゃそりゃ!」

「デンジぃ……っ!」

 レゼが笑い、ナユタが怒る。

 ファミレスの店内中から迷惑そうな視線を集めながら武器人間たちと悪魔が騒いでいた。これもまた岸辺の策だった。扱いの難しい女同士を1つのグループにまとめてしまって互いを抑え込ませる……しかしその目論見が上手くいくかは神のみが知るところ。

 もしかしたら一致団結してしまうかもしれない。

 そして、その仮定の先にはひょっとすると、デンジが社長で、ナユタが副社長、そしてレゼが秘書を務めるような民間のデビルハンター会社があるのかもしれない。

 

つづく




未来最高・イェイ・イェイ!
まずは何をおいても最後までお読みいただきありがとうございます。

え~。テーマは『男と女・ラブ・支配』って感じです。
色々と汚い・アウトな要素がでてきたのは作者の露悪趣味でしかありません。綺麗な面ばかり持て囃すんじゃねえっていうアンチ精神です。だから登場させて、やっつけたり対比させたりする。そんな感じの悪魔たちでした。

次にこのお話のタイトル『ナユタとデンジはセックスしたいだけだった』の内訳について。
『ナユタはデンジに押し倒されたかった。デンジは誰でもいいからセックスしたかった』
となります。
始めは違うタイトルでした。『ナユタとデンジの七日間戦争』。でもプロットを変えたら本編が六日間で終わってしまったので、こりゃ詐欺だな、と。それでコレになりました。

そもそも始めたときはこんなオチではなかった。
でも「デンジはこんなことしねえな……」とか「このナユタはこんなふうにならねえ……」と2回変えました。そして第一話を投稿し始めた時点ではクライマックスである第六話のことは「ナユタがなんかいい感じにコペルニクス的転回な発想(決めてない)を得てハッピーエンドで終わる」としか考えがなくて1文字も書いていませんでした。やばい! と思いましたね。なんとか連続投稿にしたいけど時間もないしオチも決めてない。この時のはっちゃけ感はまさにシャブでもキメてんじゃないかって勢いでした。キメたことないですけど。
そんなわけでとても楽しい経験ができました。あと新境地も見えた気がします。次作に活かしたいと思います。もし機会があればお読みいただければ幸いです。

モブの名前はぶっちゃけるとKEYキャラから取ってます。クロスオーバーのつもりはないので漢字は変えてますが、キャラ背景は二次創作のつもりです。これもう分かんねえな。
相澤くんは誰にフラれて、誰と付き合うことになったのか。
黒スーツ監視員の奥さんは誰なのか。
分かるおっさんとは良い酒が飲めそうです。

あと唐突に気付いたのですが、履歴書って中退でも書けたはずですよね? 学歴欄、埋められるじゃん! ……ま、まぁナユタさんが勘違いしていたということで許して!

ではまた。
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