甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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睡眠
目を閉じ、休息のため眠ること。
そこで夢を見ることもあるだろう。
労りと平和のなかで。
静かな夢を。



寝る子

 

 ヤーナムの夜。学舎、ビルゲンワース。

 学徒が集う教室には長テーブルが置かれ、思い思いの食事を摂っていた。ほとんどの皿が空になった頃。

 ルーピンが語った少年から青年までの話を無我夢中になって聞いていた狩人は、最後まで聞き終わると顔を覆った。

 

「泣かせる話だ。人狼の自分のために苦労して『動物もどき』となってくれた友人……。裏切った男を罰するために脱獄してきた親友……。名付け親を救った子……。ううぅ……人間の善性ってやはり信じるに値するのでは……?」

 

 狩人は「感動した」と心から言っているようにクルックスには見えていたが、学徒は冷淡だった。

 

「──でも他人の秘密を暴こうとする奴は死んで当然だよね」

 

「それは墓暴きの系譜に存在する俺達を殺す言葉なのでやめてくれ、コッペリア。あと君も大きな声で言えない言葉だろう」

 

「──では他人の秘密を勝手に明かそうとする奴は殺されて当然よね」

 

「それは俺の動機全般に刺さる言葉なのでやめてくれ、ユリエ」

 

「──殺すのは私だったので、やはり当然とは言えませんね」

 

 ルーピンが、ごもっともなことを言った。

 彼が話したのは、ルーピンと学友がなぜスネイプと仲が悪いのかという理由だった。

 頭のなかで登場人物を整理しながら考える。

 まず始まりは学生時代のルーピンが月に一度、姿を消す秘密を探ろうとしたスネイプだ。彼をそそのかし、人狼の変身中という危険な状況に陥れたシリウス。スネイプを救うため駆けたハリーの父、ジェームズ。

 

 クルックスの心情としては、狩人の言う歴史的事情もあるためコッペリアほど同情心の無いことは──恥の概念があるため──口に出して言えないが、やはり他人の秘密を暴こうとする人が悪いと思う。しかし、同じくらい他人を危険な目に合わせるために扇動するのは悪いことだとも思う。そして、法を無視していることを知りながら『動物もどき』となったことも、知りながら見過ごしたことも、ダンブルドアに報告しなかったことも悪いことだろう。

 どれがどれくらい悪いかは、比べることができない。それぞれ別の問題だからだ。

 幸い、悩めるクルックスを気がかりにする人はいなかった。

 コッペリアが「そうねぇ」と笑った。

 

「『動物もどき』。望んで人間と獣を行き来するなんて信じられないなぁ。動物になることについて忌避感がないのだね。とても意外だ」

 

 クルックスは、コッペリアの言葉に頷きかけたが、狩人が力強く「いいや」と言った。

 

「目的のために何でも使うという姿勢は、よくあることだ。俺達でも。なぁ、クルックス?」

 

「はい。必要とあれば……そうですね、使うでしょう」

 

 答えながら彼は、ホグワーツでネフライトとテルミと争った時に『獣の咆哮』──使用者の周囲で人を吹き飛ばすヤーナム狩人の秘儀──を使っていれば、すこしは善戦できただろうか、と物思いに耽った。

 狩人とコッペリアは、まだ議論を交わしていたがユリエが「狩人君」と声を掛けた。狩人は懐中時計を開き、時刻を確認した。

 

「ああ、お話に聞き入ってしまったらこんな時間になってしまった。……さて。ルーピン先生、人狼病を患っていることで苦労がたくさんあったことだろう。ここでは出来る限り快適に過ごせるように努力する」

 

「……ええ。ありがとうございます」

 

 ルーピンはテルミの勧めるワイン──これは魔法界産のワイン──を固辞した。

 

「関連してクィレル先生にはネフと一緒にいくつかの仕事を頼むことになるだろう。クルックス、セラフィとテルミも薬問屋への用事を頼むことになる」

 

 ネフライトの隣に座っているクィレルは、了解を告げて小さく頷いた。

 それだけではなかった。

 クィレルが、飲みかけていたワインのグラスを置いた。

 

「あ、あの。か、狩人さん、私……お話したいことが……」

 

「何かな。そうそう他に足りない物があれば調達しよう。主にクルックスが──」

 

「私は、ホ、ホ、ホグワーツに行く必要が……あ、あります」

 

 沈黙が発生した。

 クルックスは、突然の要求に目を瞬かせてクィレルを見た。同時にテルミとネフライトが素早く互いに視線を交わし彼とは逆方向、狩人の様子をうかがった。セラフィはフォークでカボチャの塊を突いていた。

 

「……唐突だな、先生。何か急を要することが?」

 

 狩人の目が細められた。クルックスには彼がクィレルを見ているのか、ルーピンを見ているのか分からなかった。だがクルックスの勘は、彼がルーピンを見つめていると告げていた。

 

「よ、善きことを成すために」

 

「今さら?」

 

 狩人は問う。不思議な声音だった。テルミに似ている、人をくすぐって試すような話し方だ。クルックスは、狩人からこうして問いかけられた経験はない。

 

(こんな問いかけ方をされては、どんなに正しく善いことだと信じていてもくじけてしまいそうだな)

 

 クルックスの見るところクィレルは、心が強くない。人間として彼は標準か標準よりほんのすこし劣るだろう。それはヤーナムで生きていく中で大切だ。恐怖を恐怖のまま感じ続ける注意力はいくらあっても足りない。 狩人がテーブルに腕を置き、クィレルを見つめた。

 

「先生はヤーナムに十年いると俺と約束をした。五〇年を値切っただろう? 期間については『ご納得している』と思っていた。……履行を迫っておいて言いにくいことだが……俺はたまに意図せずうっかりと約束を破ってしまうことがある。俺との約束は、まぁいい。他方で、私と交わした約束は契約だ。お互い不幸にならないためにもそれは守られなければならない。契約は絶対だ」

 

 言葉は静かだったが、内容は穏やかではない。

 ネフライトは狩人と学徒を静観しているが、テルミはクィレルに話しかけたそうにテーブルに前のめりになっていた。

 

「契約は守った方がいいと思うな。脅したくないけれど反故されたら何が起きるか。僕らも未知数だ。……でも敢えて破るって考えもあるよね?」

 

「その危険を冒す必要はないでしょう、コッペリア。危険の度合いさえ分からないものをいたずらに試すのは善い行いではない。──クィレル先生、すこし気が急いた意見だと思います。考え直せとは言いません。けれど、他に手段がないか探してみましょう。何かの事実を伝えたいのなら手紙という方法も検討されるべきだと思います」

 

「……それは」

 

 クィレルが言いかける。

 

「そもそも、先生はどうして気が変わりましたの?」

 

 テルミが最も気がかりなことを、そしてヤーナムの人々にとってはわかりきっていることを質問した。

 回答を待つことを狩人は許さなかった。

 

「さぁ、こどもたち。これからは大人の時間だ。君達は休みたまえ」

 

「分かりました。それでは、先に休みます。おやすみなさい」

 

「はぁい。おやすみ~。皆、いい子で寝るんだよ」

 

 クルックスが立ち上がると他の三人の『きょうだい』も立ち上がり口々に挨拶を述べた。

 扉を閉める直前、彼は隙間からルーピンを振り返った。

 表情は食事を始める前より、わずかに柔らかい。

 

(善いこと……悪いこと……。俺にはまだどうしようもなく分からないのだ)

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 クルックスが狩人装束を脱ぎ、寝間着にしている古いシャツ──それは父たる狩人のお下がりだ──に袖を通す頃、自室の扉を叩く音があった。

 

「私だ」

 

「ネフ? ああ、入って構わないぞ」

 

 彼は、やや緊張した顔で部屋に入って来て、部屋の中をぐるりと見た。彼には壁に外套とトリコーンが吊され、小さな丸テーブルに手作りの写真立てが置かれているのが見えただろう。

 

「君の部屋は物が少ないな。書架も無いとは。本は置かないのか?」

 

「ああ、物陰を作りたくないからな。それに寝室は、ただ寝るための部屋にしておきたい」

 

「君にもこだわりがあるのだな」

 

「それは、そりゃ、君ほどではないがすこしは……」

 

 ネフライトの部屋は、他の誰の部屋よりも多くの物が収納されていた。

 本は勿論、クルックスには用途が分からない魔法道具や医療器具が所狭しと並んでいるのを彼は知っている。ネフライトは道具や機械を集めては分解して組み立て直すことを仕事の一部だと思っているようだった。

 そういう話をしたいのだろうか。そう思い彼に席を勧めたが、断られた。

 

「別件だ。今晩は、お父様からの命令で私達は一カ所で休むことになっている。着替えを持って昨年と同じ部屋に来てくれ」

 

「お父様が? 了解だ。ああ、二分待ってくれ。これからテルミとセラフィのところにも行くのだろう。俺も一緒に行く」

 

 ネフライトは怪訝な顔をした。

 

「私は一人でも構わない。先に行ってくれ」

 

「そうは言ってもセラフィと二人きりになりたくないだろう。」

 

 寝間着に着替えるとクルックスは、ネフライトと一緒に部屋を出た。

 

「まぁ、方向は途中まで一緒だからな」

 

「それからテルミにあまりクィレル先生を責めるなと言っておきたい。お父様に意見するのは、彼にとって勇気の要ることだっただろう」

 

「ルーピン先生が、そそのかしたのだろう。クィレル先生は穏やかな隠者生活をする予定だったのに」

 

「ヴォルデモートに与した罪を雪ぎたいのだろう。償う機会があれば、人はそうするべきではないだろうか」

 

「……ルーピン先生の肩を持つのだな、君は」

 

 ネフライトは、どこか咎めるような目をした。

 

「そういうワケではない。何が善いことか分からないが多い。だからせめて善いことだと信じて生きていたいだろう。クィレル先生は隠者になりきれるほど諦めていなかったようだ。善いことだと思いたい……」

 

「善悪という天秤は他人と違うことが明白に分からず、軽重が著しい。私を下した君とセラフィが、結局は道を違えたように。……そんな考えにいちいち囚われるな。君が辛いぞ。何が正しいかなんて本当は誰にも分からないんだ」

 

 テルミの部屋に着いた。

 ノックをしようとしたネフライトが扉で手を止めた。

 人の声が聞こえた。

 

 ──ここはどうか。

 ──ぁっ……ふっ……。

 ──ここは?

 ──んぐっ……ぐぐぐ……。

 ──ここは。

 ──う、ふふっ。く、くすぐったいっ。

 

 セラフィとテルミのひそひそとした声が聞こえた。

 ──何をしているのだろうか。

 クルックスが扉に寄ったところ、顔を真っ赤にしたネフライトが呟いた。

 

「これは悪。絶対的な間違い。邪悪」

 

「前言撤回が早いぞ」

 

「だが、こんな、こんなっ、ふ、ふしだらな……不道徳的イチャイチャ……」

 

 ──不道徳的イチャイチャとは何だ?

 よっぽど訊ねたかったがネフライトを追い込むと大変なことになるのは今回の一件で学習したので、やめた。

 

「──セラフィ、テルミ、入ってもいいか?」

 

 クルックスがノックすると部屋の中で息を呑む音が聞こえた。恐らくテルミだ。

 

「──構わないよ」

 

 セラフィの声を信じてクルックスはノブに手を掛けたが、ネフライトは腕を掴んだ。

 

「や、やめよう、クルックス、大人しく私と一緒に寝よう、そうしよう」

 

「命令は、四人一緒なのだろう。お父様に結果報告できないぞ」

 

「部屋にぬいぐるみを置いてきた。名前はテルミとセラフィだ」

 

「ネフ……。君の手先の器用さは他のところに使うべきだと思う」

 

 その時、ドアノブが動いた。

 

「──君達、入らないのか」

 

 扉を開くと誰かの古着のシャツ──恐らく彼女の先達だ──を来たセラフィが立っていた。

 

「今夜はお父様の命令で四人一緒に寝ることになっている。寝間着に着替えたようなので部屋を移動して欲しい」

 

「ああ、去年の夏休み最終日に使った部屋か。──テルミ、灯りを持って。移動しよう」

 

 クルックスが部屋の中を覗くとテルミがベッドの端に腰掛けていた。食事をしていた時と同じ服装だったが、顔は、すこしだけ紅い。

 

「テルミとは何を?」

 

「ああ、すこし。僕の興味関心に付き合ってもらっていた」

 

 セラフィの興味関心とは何だろうか。

 訊ねると彼女はクルックスの腕を取った。

 

「人の感覚は、個々によって異なるものらしい。僕とテルミではどれくらい違うのか気になっていて──」

 

「いつも自分が先達からされていることを試してみようと? そういうことは『きょうだい』にするものではないぞ。いくら親しい間柄でもな」

 

「──ネフ」

 

 事実かもしれないが、いま指摘することは好ましくなかった。

 二人の間で「まあまあ」となだめたが、セラフィは取り合わなかった。

 

「失礼なことを言うものではないよ」

 

 ランタンに炎を入れたテルミが現れた。

 

「……ふぅ。すこしビックリしましたが、たまにはいいでしょう」

 

「よくない。不道徳だ」

 

「極端ですね。……けれど、ええ、わかります。こういうことは小さく幼く生まれて、自分の力の限界と痛みのなかで知っていくものですが……わたし達は違いますから」

 

 テルミがブラウスの袖ボタンを外し、腕をめくって見せた。くっきりと浮かび上がった手の形が分かるほど赤くなっている。

 

「僕の先達は、ヤーナムのなかでも随一の素晴らしい肉体をお持ちだ。けれど、その基準はやや強すぎるのかもしれない。そう思ったんだ。『きょうだい』に対してだけでも……僕はクルックスみたいに……優しくなりたいと思っている」

 

「突然どうした? 君らしくないんじゃあないか」

 

 ネフライトが刺々しく訊ねた。クルックスは再び「ネフ」と制した。セラフィはやはり気にしていないようだった。

 

「自分でも変化に戸惑っている。ヤーナムの外から来た人が増えたから、だろうか。僕が招いたことなのに。不思議だ。……今日ばかりは、ひとりで眠るなんて考えられなかった」

 

 セラフィはテルミを抱き寄せると持ち上げて腕に抱えた。

 

「よく分からない。僕に恐怖は存在しないが……不安は感じる」

 

「はぁい、よしよし。今日は、もう寝るだけです。不安なことなどありませんよ、セラフィ。それにみんなで一緒に眠る夜なら、素晴らしい夢が見られるでしょう」

 

 テルミはセラフィをあやすように語りかけた。

 

「……貴女は、いつもと違うものがあると心を不調にし易いのでしょうね」

 

「それがどうして優しくすることに繋がるんだ?」

 

 質問したのはクルックスだ。テルミは歩き出したセラフィに抱かれ、お腹の上に置いたランタンの炎を見ていた。

 

「心許せる人と一緒にいると安心するでしょう? 優しい気持ちになれるでしょう? その結果、優しくなれるし、優しくしたくなるの」

 

 テルミの言葉は、いまいちクルックスにピンと閃かないものだったが、セラフィが平穏を求めていることは理解した。ネフライトを見ると言い争う気分ではなくなったのか、いつもの調子に戻っていた。

 

「あ、テルミは触り心地がいい」

 

「……セラフィ」

 

「すごく触り心地がいい」

 

 セラフィが思いついた言葉にネフライトが大きく舌打ちをした。彼は普段、こうした品の無いことはしないのだが。

 四人の寝室に到着するとセラフィがテルミを床に下ろした。

 

「一緒に寝るのは夏休み最終日だけだと思って素敵な下着を仕入れていないわ。ごめんねぇ、クルックス」

 

「えっお、俺?」

 

 クルックスは想定外の謝罪を受けてしまい「気にしていないぞ?」とよく分からない返答をした。

 

「そもそも下着で寝るな。何か着ろ。洗濯の手間があるんだ……。セラフィでさえシャツを着ているんだぞ」

 

「これは鴉羽の騎士様からもらったんだ。まだ仄かにあの御仁の匂いが──」

 

「洗え! ばかばか!」

 

 ネフライトがギョッとした顔でセラフィを見た。彼女はすぐに「冗談に決まっているだろう」と言ったが、彼は信用しなかったようだ。

 

「インモラル・ハザードの気配がする。一刻も早く脳を洗浄しないと……。けれど今日は後回しだな。諸賢、クジを引いてくれ」

 

「クジ? 何の?」

 

「ベッドに寝る順番だ」

 

 一足先に服を脱ぎ、下着姿でベッドに飛び込んだテルミが「えー!?」と声を上げた。

 

「わたし、クルックスとセラフィの間がいい!」

 

「僕はどこでもいいけれどクルックスの隣がいいな。『必要の部屋』で寝たときはグッスリ眠れたし」

 

「なにそれ」

 

 テルミがいつも浮かべているニコニコとした顔を不意に消した。

 

「宿題を片付けた後、帰るのが面倒だったのでそのまま寝ただけだ」

 

「朝帰りだったね。怪しまれなかった?」

 

「何も問題はない」

 

 テルミが「大いに問題あり!」と唱えようとしたところ、ネフライトが手を叩いて注意を引いた。

 

「話を聞け。──近年の主流は機会均等及び男女平等ということなのでクジを作成した。皆、引いてくれ」

 

 そうして彼が取り出したのは木製の筒だった。蓋を外すとポンと軽い音がして開くと木の棒が四本入っていた。クルックスとセラフィ、そしてテルミが引く間。ネフライトは背中を向けていた。

 

「俺は一だ。端だな」

 

「僕は四。端だね」

 

「わたしは三ね。ネフとセラフィの間!」

 

「分かった。それぞれ筒に木の棒を戻して閉じてくれ」

 

「君は引かないのか? 消去法で二ということは分かっているが」

 

「私がクジを見るとどの木の棒に何の数字が書いてあるか覚えてしまう。公平性を保つためにも私はクジを直視しないことにしている。このクジもクィレル先生に作ってもらったものだ」

 

 なるほど。

 クルックスは元通り木製の筒に戻し、振り返ったネフライトに渡した。

 

「──さて、公平なクジの結果、寝る場所が決まった。さあさあ、寝たまえ」

 

「ネフが楽しそう。寝るだけなのに」

 

 テルミが隣にセラフィを招きながら言った。

 

「そうとも。寝るのは私の数少ない楽しみだからな。残念ながら希望通りといかなかったテルミとセラフィには特別にこれを拝領してやろう」

 

 そう言って彼はテーブルの上に置いてあったぬいぐるみをセラフィとテルミに渡した。

 ぬいぐるみ。──それは。

 

「私が作製した『上位者ぬいぐるみ』の第一弾、『イカ君』だ」

 

「イカ君」

 

 長い胴体に細い足が五本くらい生えている。恐らく父たる狩人の上位者の姿を模したのだろう。抱きしめ心地の良さそうな生地が使われている。

 

「わぁ! お父様のぬいぐるみなのね! ありがとう、ネフ」

 

「もっと感謝しろ、と言いたいところだが、やめておこう。…………癖になりそうだ」

 

「僕、壊しそう」

 

「壊しても構わない。綿が出るだけだ。出たら直してやろう。テルミをつつき回すより、これから始めることだ」

 

「うーん。……いいのかもね」

 

 二人は、イカ君ぬいぐるみを傍らに置いてクスクスとした話をしている。

 その光景を見ているとクルックスは初めて眠気がやって来たことに気付いた。

 

 横たわるとすぐに眠ってしまいそうでベッドに腰掛けたまま、ネフライトが洋服箪笥に服を入れるのを見ていた。

 

「何だ、クルックスも欲しいのか?」

 

 視線に気付いたネフライトにそう問われた。欲しいかどうかは分からない。持っていたことがないからだ。

 

「期待してくれ。第二弾はスゴいぞ。『脳みそ君』とか『ほおずきちゃん』とか『六角柱檻君』とか」

 

「俺もイカ君ぬいぐるみがいい。お父様の姿だし……」

 

「そうか。無理強いはすまい」

 

 クルックスは、ネフライトが横になると一緒に横になった。

 深く呼吸をする。いよいよ抗い難い眠気がやって来た。

 しかし、眠ってしまう前に伝えるべきことがあった。

 

「今日はすまなかった。ルーピン先生のこと……疑ってしまって」

 

「構わない。逆の立場であれば私も君を問い詰めたことだろう。お互い立場が違っただけだ」

 

「すまなかった。許してくれて、ありがとう」

 

「……だから、君は、私にいちいちそんなことを言う必要は無いのだよ。これまでも、これからも」

 

「そうかもな。……でも、いつでも言いたい。言えなくなることが、あるかもしれない」

 

 ぼんやりした薄暗がりの視界のなかでネフライトが口を歪める様子が見えた。

 ──そんなこと、あるものか。

 きっとそんなことを言いたいのだろう。ヤーナムでは、たしかに彼の言いたいように言えなくなることは少ないだろう。自分たちは、最も死から遠ざけられている。けれど、ヤーナムの外では注意深く振る舞わなければならない。死とは一般的に覆らない現象であるようだから。

 そんな時に、言えなくなることもあるだろう。クルックスは、そう告げたかったが彼のことだ。きっと推測が及んでいるだろう。こういう時にこそ、彼の理知は頼もしいと思う。

 

「何度でも伝えたい。……俺は、君が大切に思うように家族を信じているからな」

 

「ね、寝てくれ、もう。私は寝るぞ」

 

 薄い毛布を掛けてネフライトが背中を向けた。間もなく、寝返りをうちクルックスと向き直った。

 

「う、ん……?」

 

「暗くて見えないが、何となく、テルミと目が合った気がした。腹が立つのであっちは見たくない」

 

 クルックスは、笑った。

 意識が眠りと覚醒の狭間を揺蕩う、わずかな時間ではあったが。

 

 

 市街では獣狩りと警戒の哨戒が今日も続けられているだろう。

 今日だけは彼らに任せ、彼も眠りたかった。

 平穏な眠りの価値を、そして『きょうだい』で過ごす時間の稀少さを再確認するために。

 




寝る子
 睡眠は、彼らがありのままの姿(こども)でいられる数少ない時間でもあります。


3年生まで章/3年生章が終了いたしました
 3年生に関わる全63話の投稿が完了し、執筆ストックは現在0となりました。
 たくさんのご感想、評価をいただき恐縮です。内容は全て目を通させていただいております。今後、ご感想の返信を行っていく予定です。
 また、誤字脱字の訂正をはじめ、誤っている知識の訂正、ご指摘ありがとうございました。
 資料確認のため一部まだ修正できていないところがありますが、確認次第、修正していきたいと思います。
 長らくお付き合いいただき、ありがとうございます。


次回予告(1)
 現時点で(ほぼ)決まっていることについてお知らせします。
●これまで主舞台がヤーナムと魔法界。あるいは時系列に則り学校開始で章を分けていましたが、4年生は「4年生まで(ヤーナム)章」、「4年生まで(魔法界)章」、「4年生章」の3部での構成となります。※言葉は少々変更になるかもしれません。
●4年生まで(ヤーナム)章は、最短か長い話にならないと思います。3年生まで章並の長さにはならない予定です。なぜかというと夏休みにヤーナムから出て活動することが多くなるからです。そのため「4年生まで(魔法界)章」のウェイトが大きくなる予定です。
●書きためる作業に戻るため、しばらく投稿できなくなる予定です。最新情報は、
 筆者のTwitter(ノノギギ騎士団@活動中):https://twitter.com/NONOGIGInights
 上記を追っていただくのが最も楽だと思います。作品に関わる事柄、小説執筆全体に関わるあれこれをコメントしています。また進捗がまとめて確認できるように進捗ノート(https://shinchoku.net/users/NONOGIGInights)の利用をはじめました。ほとんど毎日進捗状況が分かるように通知しております。※同様の内容をTwitterでも報告しています。
●3年生まで章/3年生章ではしばしば進捗伺いいただきありがとうございます。


次回予告(2)
 3年生において、ほとんど出番のなかったシリウスは4年生まで章で登場する予定です。
(彼の動向について気がかりなコメントがいくつか見受けられましたので念のため)
●4年生まで(ヤーナム)章

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●4年生まで(魔法界)章

【挿絵表示】

●4年生章

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本作の今後の展開について(1)
Q アズカバンで1年以上投稿なかったじゃん? これから大丈夫なの?
A 最終話付近(大きな山場を迎える最終盤内の数話)の構想が固まっているので筆者の体感的には「まぁ大丈夫かな、たぶん」と思っております。最大の問題はその最終展開に辿り着くまでにこの調子だとリアル時間4年~6年くらい。話数にして恐らく+100話~300話(ガバ計算)かかってしまうことです。まあ、ELDENRINGのDLC(きっと来るハズ)とかAC6に心奪われつつコツコツ書いていくだけなのですが……。上記の進捗ノートなどで筆者のケツをR1とかR2とかで叩いていただければ幸いです。


本作の今後の展開について(2)
●ファンタスティック・ビースト(映画)の進捗により今後の物語が変化することを予定してプロットを作成しております。しかし、グリンデルバルドとダンブルドアの完全決着までは映像化され……され……もごもご……ですが、ひとまず現在出ている三作品を題材にした物語展開を目指しています。そのため、今後、タグが追加される予定です。
●特にヤーナム側なのですが登場人物が多くなっております。今後「お楽しみいただく際の補助になれば幸い」の思いから、後ほど紹介ページを作成する予定です。Privatterの全体公開になると思います。そのリンクを作品内のあとがき等に張る予定です。


ご感想お待ちしています!
 恐らくまた1年以上更新することができない状態になると思います。
 キリのいいところです。ぜひ、ご感想をお待ちしております(交信ポーズ)
 匿名の感想、マシュマロもあるよ!「見せられないよぉ!」な感想はこっちでよろしくお願いします↓
 https://marshmallow-qa.com/nonogiginights?utm_medium=url_text&utm_source=promotion



ファンアートをいただきました!
3年生の制服姿の四仔イラストです! 感謝!

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