これで終わり。ぜんぶ終わり。それでいいんだ、きっと。糸杉の血の最後の一滴であり流れつく先、種族:シュラウドのおしまいの話。イデオル地下まで一緒ルート。絶滅危惧種×2のボドゲ部。※概ねいつもの人外シュラウド兄※イデオル&オクタ3P世界線※オクタ寮長子供いる※ツイステ受動喫煙
同一世界線:『泥血─Purity』 https://twitter.com/if0nh1esemu75vp/status/1384846645725179909?s=21
交流祭:『憎悪の向こう』https://syosetu.org/novel/230734/

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泥血─Extinction

 死人の方がマシな蒼白の肌、歪んだ骨格、内臓が欠けてるくらい薄っぺらい腹。物理的に青い血が全身に流れていて、唇もディープ・ブルー。口中には肉食の全身種人魚(メロウ)よろしくの鋭い牙が奥まで並んで、純人間には出ないことで有名な金眼に、その上とどめのダメ押しに髪は燃えている。

 

「本当に僕のこと人間だと思ってたの?ありがとうね」

 そう言って笑う男のことを、アズール・アーシェングロットは知らない。目の前に座る男はもっと、ありすぎるくらいに人間味に溢れていて、それからどうしようもなく臆病な人物のはずだった。間違ってもこんな風に支配者層の鷹揚さを滲ますような性格はしていない、はずだった。

 アズールの困惑に応えるように青が揺れる。あの青が地下の王に由来するものだと知ったのは、アズール・アーシェングロットが陸に上がってまだ一年が過ぎない、確か春先のことだった。もしこれが彼の本来ならきっと、この世は随分生きにくいことだろう。海と陸。地下と地上。神話の三権。擬態(変身薬)もなしにこんな敵地(アウェー)に暮らすなど、アズールなら絶対に御免だ。

 

───***───

 

「そう言えば入学前に協力した卵が幾らか稚魚になったらしく」

 毎週火曜の部活動、たっぷり頭を使うゲームを先程終わらせて、もう一回というには最終下校時刻まで間のない、日の落ちかけた夕刻だった。仕方がないので二年生になったばかりのアズール・アーシェングロットは部室に(勿論部費で)常備してあるティーバッグで紅茶を二人分淹れ、イデア・シュラウドは一パック16枚298マドルのチョコチップクッキーを開けた。

「なんて?」

 両手のカップを机に置くのと全く同じタイミングでアズールが口にした言葉に、イデアは目を丸くして聞き返した。特定の源系統を持つ全身種の人魚が概ね卵生であることは知っていたが、一つ年下のこの友人の(こども)というのは、イデアの想像の埒外だった。

 

「ですから、生物学上の子供ができたと。いえ、まあ生き延びられるかどうかはまだまだ予断を許さない段階ですが、一応人魚の人口に数えられるようにはなったらしいので」

 そう言うアズール・アーシェングロットが、仔魚の段階を抜けた自分の子供の存在を伝えられたのは、つい一昨日のことだった。数ヶ月前の岩場の影に張り付いた無数の、小指の爪の先より小さな卵から、体長三十センチの幼子にまで成長できたのはたったの二匹だったそうだ。その二匹だって、典型的な八脚人魚(オクトピット)同様泳ぐのは体躯に比してもなお遅く、今のアズールと同じ十七歳まで生き延びる可能性は決して高くない。

「アズール氏、まさか既婚者だったりするの?え、裏切り者??晒さなきゃ……」

 条件反射的なイデアのその言葉に、アズールは慌てて否定した。冗談交じりでもこの男はやると言ったらやるし、その場合ラウンジ利用者が減るだけでは済まない可能性だってある。電子の海ではおよそ他の誰より自在の鰭を持つのが、このイデア・シュラウドという男だった。

 

「違います!南や浅瀬は知りませんが北の深海(僕の故郷)は恋と繁殖は別物です。そもそも僕は精莢渡しただけですし、引取先も別の家なので正直実感もありません」

 人魚、と一口に言っても三種類ある。ヒトの上半身と種別の知れない魚類の下半身を持つ半身種(マーメイド)は卵胎生で、特定の源流種を持つ全身種(メロウ)は源流に左右される。もう一つ人魚精霊(セイレーン)は後天的に人類種の枠組みを超えてしまったものを指すので、大元の種族がどちらだったのかに因る。メロウ、セイレーンのいずれにせよ、同じ源流種族を持つ相手でなければ交配はできない。そのくらい別の生き物なのだ。卵生の種が多いのも相まって、彼らは恋と生殖を切り分けることにした。

 

 繁殖期に入った雌は役所に届出をして、そうすると魔法管理のデータベースから年頃と前回交配からの期間(相手が精霊種(セイレーン)の場合は魔力量も)の兼ね合いのいい雄が宛がわれる。雄の方は、蛸のような数の少ない人魚種は特に、よっぽどの都合*1がない限り拒否権はない。

 アズール・アーシェングロットは蛸の人魚(メロウ)なので卵生、雄なので役割はといえば数年越しの繁殖期に入った同族の雌の傍に数日滞在し、精莢を渡すこと、場合によっては産卵中の雌に近寄る外敵を追い払うこと、そのくらいだ。ちなみにアズールは今回近寄ってきた人魚以外のあらゆる生物を氷漬けにして大層怒られた。生態系が狂うと困るのは人魚も同じことだった。

 

「あ、そういう。人魚-全身種:蛸系(オクトピット)も絶滅危惧指定人類種だもんね。強制交配くらいあるか」

 多少の近縁種とは交配可能な例が多い獣人属や、人類種に限らず大概の相手と子供を作れる種の多い妖精種と違い、全身種人魚(メロウ)の繁殖条件は厳しい。さして動きの速くない蛸人魚(オクトピット)などは交配マッチングシステム整備前に減った数をなんとか回復しようとしている最中である。

「色々気に掛かる発言ですが、まあそうです。雌雄問わず四、五年経たないと次の繁殖はできませんからね、一年でも無駄にできないらしく」

 原種の蛸のように一度の交尾で死に至ることはないが、それでもかなりのエネルギーを消費する。受け渡した精莢が回復するまでには短くても三年かかるため、完全に性成熟する十五歳前後から始まって、現実味のあるチャレンジ回数は高々四、五回。その中で確実に二匹以上の子孫を残さねばならないと思うと、学校があるくらいで見送ることは許されなかった。

 

 ちなみにこのマッチングシステム、血の近さは一切考慮されない(幼生の管理がなされない以上、DNA解析を経なければ厳密には判断付かないことも一因)ため、拒否権の無さも合わせて一部陸の有識者からは蛇蝎の如く嫌われている。どちらかと言えば魚に近い種族にそういうことを求めないで欲しい、とアズールは思う。

 

「なるへそ。うちもそのくらいお手軽だったら良かったのに……」

 イデア・シュラウドはお見合いとかいう陸式マッチングシステムのことが心底嫌いだったが、それを彷彿とさせるからといって異種族の繁殖方法に文句を言うほど狭量ではなかった。興味がないだけとも言う。それよりは、準妖精*2に数えられているくせに人間の繁殖方法の悪いところ(単胎妊娠が基本なところとか、排卵日が分かりにくいところとか、一回の妊娠に九ヶ月もかかるところとか、そのくせ生まれた後まで何ヶ月も何年も面倒を見続けないとあっさり死んでしまうこととかその他諸々)ばかり踏襲している自分の一族も、いっそ卵生になってはくれないだろうかと夢想する方がまだ優先だった。

「どういうことです?」

 アズールは、意図的にシュラウド家の情報を探さないようにしてきた。魔道工学界の鬼才イデア・シュラウドとの仲を保つのには、どう考えても余計なものでしかなかったからだ。イデアが実家の話を好まない(弟のことは例外事項である)ことは誰の目にも明瞭で、だからアズールが知っているシュラウド家の知識は、死者の国の王の子孫として知られていることと、嘆きの島の行政執行者であることくらいだった。

 

「シュラウドもだいぶ前から絶滅危惧指定入ってるんだけど、もう限界でさあ。オルトがああ成らなかったらどっちか性転換薬飲んでワンチャンあったんだけどまあ、ね。拙者の代でおしまい、絶滅確定でござる」

 今、シュラウドの特徴である青く燃える魔力の髪を持つ生者はたったの三人だった。イデアと父と、父の妻と。性別を置いておくにしても、妊娠に耐えられる年頃なのはイデア一人きり。だから弟オルト・シュラウドの心臓が止まったあの日にはもう、イデアはシュラウドの最後の一人になることが決まっていた。

 

 イデア・シュラウドとオルト・シュラウドは、恋人どうしだ。少なくとも、アズール・アーシェングロットは「番」の他に良い表現を知らない。アズールと双子のウツボのような好奇心が先に立つ関係性(最近フロイド・リーチがセックスフレンドなる言葉を部活で仕入れてきた)ではなくて、もっと重苦しいものだ。

 

 イデアとオルトが、結婚さえ視野に入れている関係だと、この学校で他に知っているのはアズールくらいではなかろうか。けれどそのアズールでさえ、二人の関係が(少なくとも過去の一時期では)一族に祝福されたものだと知ったのは、この時が最初だった。

 

「……あの、オルトさんのことは」

 恐る恐る、という風なアズールの問いに、イデアは一瞬考え込んだ。交配対象になり得る相手が極端に少ない環境下に置かれた人類種(特に魔法を使えるもの)の間に、魅了・誘惑の魔法効果が()()()発生することは、少しでも精神干渉魔法を学んだ者には常識だった。

「んー、まあ婚約者カッコカリだったのも切っ掛けとしては無いじゃないけど……基本的には関係ないよ。例の閉鎖恋愛傾向はあるかもしれないけど結果は同じだし関係ないでしょ」

「それもそうですね」

 アズールは頷いたが、本心からの同意だとは到底言えなかった。アズールは、よりによって自分の心がアンコントローラブルであることに、我慢のならない性質だった。人魚、特に全身種(メロウ)は種族ごとに性質が大きく異なるのもあって、余程数の少ない種族(それこそ(アズール)のような)でなければ同種と結ばれる者が多い。交配のために宛がわれた相手に恋を、アズールだってするかもしれないのだ。今回は初めてのことで随分気が立ってしまってそれどころではなかったが、それだって、普段のアズールならあんな無様で非効率なことはしない。「人間性なんて所詮神経細胞と化学物質が反応する方式のことでしかないよ」とは目の前の男が言ったことだったが、アズールはそこまでは割り切れそうになかった。

 

「ところでシュラウド家があなたの代で終わりという話なのですが、遺産はどうするおつもりですか?いい弁護士紹介しますよ」

 二枚目のクッキーを食べようかどうしようかパッケージの成分表を睨みながらアズールがそう言うと、イデアは心底嫌そうに眉を顰めた。アズール・アーシェングロットの言う「いい弁護士」が言葉の通りである気が全くしなかったからだ。

「今からそんな話?拙者まだ十八なんだが」

「もう十八の間違いでしょう。種族平均寿命、馬鹿みたいに短い自覚あります?」

 妖精族(アールヴ)半身種人魚(マーメイド)が数百年の寿命を持つのと反対に、ヒトよりも短い寿命しか持たない人間種も少なくない。人間よりも平均寿命の長い獣人属は例外中の例外*3である。シュラウド一族の寿命は、たった今検索ページの一番最初に表示されたフリーWEB百科辞典を信じるのであれば、生後一年未満の夭逝者を除いてさえ30年を遙かに下回る。

 

 イデアは返答に随分困った。炎の遺児(ハーデス・エンバー)と呼ばれる特に血の濃い子供は、最高齢記録でさえ二十五やそこらなのは事実だった。だがそうではないシュラウドなら、百を超えるまで生きた者もいる。最も彼女は妖精族(ランパス)の血も濃い混血ではあるが。

「あれは夭逝が多いだけだから……。うーん、神殿の管理はしなきゃだし、養子……いやどこから?というか寿命、や、あー……」

 夭逝は多い。それは単なる事実だった。一年、三年、七年、十五年。それらの壁を越える前に大勢が死に、そこを生き残れば多くは五十を越える。だがそれでも、半妖精(ハーフ・アールヴ)でもなければ八十を越えられる者は殆どいない。嘆きの島の統治機構自体は形を整えられるとしても、死者たちの王(ハデス)の神殿まで公営化するのは難しい。信仰心の有無とは別にして、地下神(プルートーン)ではなく冥神(ハデス)として彼の神だけを祀っている神殿は世界中探してもあれ一つだ。管理者一族が全滅したのではいじゃあ潰します、とは行かないだろう。

 

「何かあるんですか?」

 繰り返して言い淀むイデアに、アズールは助け船のつもりでそう聞いた。イデアは何度か口を開閉させると、観念したように小声で言った。

「拙者精霊種指定受けてるんだよね。まともな意味で寿命があるのか怪しい」

 アズールは初め言葉の意味を掴み損ねて、二、三度瞬いた。精霊種、とは一言で言ってしまえば、後天的に妖精族に変じた存在を指す。かの《砂漠の魔術師》のように肉の殻を捨て魔力生命体に変じたものや、夕焼けの草原における祖霊信仰により《百獣の王》が変じたように他者からの信仰によって(主として死後に)神や聖霊に祭り上げられたもの。あるいは精霊人魚(セイレーン)の多くがそうであるように、強大な魔力と神秘を保有するが故にヒトの枠を外れたもの。魔力生命体には見えないこの先輩は、後者だろうか。

「精霊種指定って()()?」

「うん」

「うん、じゃないんですよめちゃくちゃ大事じゃないですか」

 当のイデアがあんまり何でもなさそうな顔をして頷くので、アズールは「推し」とやらのよさを捲し立てている時のイデアのような早口で言い募ったが、どうにもイデアの心には響いていないように見受けられた。

 

 イデアの方からすれば分かりきっている精霊化の原因を、アズールが知らないという可能性はその時に限って彼の頭からすっかり抜けていた。それから、嘆きの島と珊瑚の海の妖精種人口密度の違いも。嘆きの島は生きた人間よりもゴーストや妖精族の方が多い*4が、人魚精霊(セイレーン)を含む海棲の妖精族と狭義の人魚族(メロウ及びマーメイド)の比率は1:9よりもまだ人魚が優勢である*5。つまるところその生育環境から、イデアとアズールでは妖精種に対する心持ちが全く違っているのだった。

 

「え、でも僕混血(ミックスブリード)名乗っていいくらいには妖精の血入ってるし冥神の末裔(シュラウド)の最後の一人の時点で色々バフ乗るからそんなに不思議なことでもなくない?言うて後天妖精族ってだけぞ?」

 高祖母と曾祖母が同一人物で半妖精(ハーフ・アールヴ)。つまり単純計算でも3/64でざっくり5%弱が冥精(ランパス)の血ということになる。実際は従兄弟婚やら兄弟婚やらが混ざるのでもっと濃い。後天的な先祖返りで精霊化する可能性が否定しきれないくらいには、妖精の血はイデアにほど近かった。

 

 それに、このまま順当に行けばイデア・シュラウドは、糸杉の血脈(シュラウド)の最後の一個体になる。冥府なる方の解放を誓って託された血筋の、地下の玉座の襲名を願って呪われた一族の、最後の一人に。地下なる幽冥(エレボス)から万人迎える冥府(ハーデース)に受け渡された王権を継ぐものを、人は神々(永遠なるもの)と呼ぶ。

 

「だけとかいう次元じゃないんですよ。人魚由来精霊種(セイレーン)が発生する度に海がどれだけ大騒ぎになると思ってるんですか」

「いや知らんが……」

 アズールの言葉は、イデアの感情を一切揺らすことなく通り抜けてしまったようだった。アズール・アーシェングロットは、海で新たな妖精がどれほど盛大に祝福されるのかを知っている。海流を回し、水温を調整し、海底火山や間欠泉の振る舞いを制御する彼らの働きがなければ、人魚の多くはとっくに絶滅していただろう。

「この野郎。とにかく大事だと言うことは理解してください。さもないと」

「さもないと?」

「理解してくださるまで交代でウツボに解説させます」

「ハイ理解した!理解しました!だからそれは勘弁してクレメンス」

 

「まあいいでしょう。で、あなたの家の資産の話ですが」

 嘆きの島は、鉱物の産出地として有名な場所でもある。かつては鉄や銅、金銀と貴石宝石に始まり、現代では希土類金属(レアアース)や魔導鉱物・魔法石の一大産地として知られている。決して広くはないはずのかの地は、地質学的には明らかに異様なほど多種多様な資源を持ち、神代から続く採掘を前にしてなお枯渇の気配を見せていない。それを、最盛期にも千人を数える程度であったシュラウド一族はほとんど独占していた。イデアが受け継ぐ総資産が幾らになるのか、アズールは概算しようとも思わない。とにかく食糧生産に向かない土地柄と、そもそもの年間生産量が多くはないので、たとえばアジーム家などよりはずっと少ないのだろうが。

 

「ま、そうなったらたぶん地下に返すよ。個人資産の方はなんか適当に始末するんで安心して。あと弁護士は結構です」

 嘆きの島の特殊性は誰の目にも明らかだ。死者の国の王(島の本来の持ち主)の血を引くものがいなくなれば、幾らかを残して鉱山は閉鎖せざるを得ない。物質的な資産で危険なものは奉納用の大穴に投げ込んでもらうとして、金銭はそのまま嘆きの島の行政組織(これもイデアが生きている内に──できれば父が当主をしている内に──整えなければ)にでも寄付すれば一応は収まる、と、思う。工学者として稼いだあれやこれやと未発表技術は、特許管理や財務・法務のためイデアがすでに雇用している者達がどうにかするだろう。

「何も安心できませんが?……はあ、僕より先に死んだらなんとかして毟り取りますから、覚悟しておいてくださいね」

 アズールのそれはいつもの軽口ではあったが、紛れも無い本音でもあった。残りの余命分でイデアが生み出したはずの利益を思えば、それなりの額を貰わなければ。寂しい思いをさせる分だけの慰謝料をたっぷり。

「いやアズール氏、寿命何年?」

 人魚は三百年生きる、というのは有名な話だ。精霊種指定といってもイデアのはユニーク魔法の神秘強度由来で、実のところ寿命云々は半ば吹かしだった*6。それにオルトも連れていく以上、これ幸いと持って行かれる謂われはない。そんな風に警戒していたものだから、返ってきた答えには随分驚いた。

「長くても六十年くらいですかね」

「あれ、短い」

「三百年生きるのは半身種(マーメイド)の方ですよ」

 イデアのあまりにも率直な感想に、アズールはくすくす笑って言い添えた。アズールの源流である蛸など五年も生きれば相当に長生きなのだから、その人魚が数百年を数えるような生き物だと思う方がどうかしている。

「あー理解。スマソ」

「いえいえ。お互い様でしょう」

 海の人類種が互いに大きく混同されるように、冥王に連なる屍衣(シュラウド)の家系に関する記述には居住を同じくする妖精種との明白な混同が見られる。勘違いで寄せられる祈りと期待と、失望と嫌悪はイデアとアズールの双方に憶えのあるものだった。

 

 交流祭、とアズールが言った。二杯目の紅茶にスティックシュガーを開けるところだったイデアは、動揺で半分でやめにするはずの砂糖を丸一本入れてしまった。

 

 イデア・シュラウドは、そのまま何も言わずに紅茶に口を付けた。ナイトレイブン・カレッジとロイヤルソード・アカデミーの二校交流祭において、NRCの各寮とRSAの縦割りクラスはそれぞれ舞台の出し物が義務づけられている。今年のイグニハイド寮は例年のように《死者の国の王》の恋物語を、例年とは違って演劇の形で発表した。イデアは《死者の国の王》役をやらされ(断じてイデアが希望したのではない。こんな時ばかり結束する寮生と、それから弟の目があまりにきらきらしていた所為だった)、オルトはシュラウドの初代にあたるその子供を演じた。

 アズールは劇を終わりまできちんと見ていた。他ならぬハデスの末裔(イデア・シュラウド)が寮長なのだ。今年の劇の内容は、過去の事実から大きく外れてはいないだろう。あのオルト(ゲピュラ)の誓約も、それが今この時に至るまで叶っていないことも。

 

「ねえ、他に方法はないんですか?あなたの技術をもってして、なお?」

 ゲピュラの子孫(シュラウド)は、どこかで次代の冥王を輩出するのだという。最後の一人になろうというこの時にもその誓いが未だ果たされぬのならば、イデア・シュラウドは単なる妖精族(精霊種)では収まらない。このまま行けばイデアに残された道は二つだけだ。奈落の淵で地下の王権を継ぐか、さもなければ冥界というシステムごと、父祖なる主祭神を弑してのけるか。少なくとも後者よりは、妖精を娶るなりクローンを造るなりで未来に血を繋ぐ方が遙かに簡単だろう。

 

「……僕が、そこまでして子供が欲しいように見える?」

 そう言ったイデアの瞳は爛々と黄金色に輝いていた。青い唇の内側にはギザついた牙が並び、蒼白の肌は死人のそれにも等しい。冥府(ハデス)に始まり形態(イデア)に至る青血の最後の一滴にして流れ着く先。

 イデア・シュラウドは、自分と寸分違わぬ遺伝子の持ち主がきっと長くは生きないこと、自身のこの生命が魔力に支えられていることを、事実として知っていた。骨も、肉も、臓腑も、イデアのものは心と同じくらいに捻じ曲がった機能しかしないはずだった。

「……いいえ」

 肉持たぬゴーストが現世を漂うように、魂持たぬワイトが地上へ彷徨い出すように、イデア・シュラウドの肉体は神秘の力でもって動いている。

 

 人でなくなることは恐ろしくはなかった。親族以外と交配できない時点で、そもそもがヒトではないのだから。永遠の暗がりを寂しいとは思わなかった。例え奈落の奥底でも、オルト・シュラウドが隣りにいるのなら、イデアはそれだけで構わなかったから。

*1
陸に滞在しているため海の役所には登録していなかったが実は重病を患っている、とてつもなく嫉妬深い類の妖精族と番ったため相手の身体生命の保証ができない、等。

*2
人類種に認定されている重度魔力依存種のうち、異種交配が不可能な少数種族。

*3
象、コンドル、海亀(人魚(メロウ)とされることもあるが、専ら海棲獣人に分類される)など。

*4
元々、嘆きの島の民と言えば冥府の天界山系妖精族(ニュムペー)である冥精(ランパス)のことだった。《死者の国の王》が妃を迎え、シュラウド一族が成立すると、彼らが抱える人間種の奴隷を含めた生活基盤が発生した。その後冥界の運用方針が緩和されると、現在で言う死者の国の前身となるゴーストの共同体が結成され、嘆きの島に住まうゴーストは爆発的に増加した。流刑地として利用された一時期のように他の人類種が定住した歴史もあるが、人間種の島外流出が激しくなる現代に至るまで人間:妖精:ゴーストの比率はおおよそ2:3:6程度で推移していた。

*5
海棲獣人は人魚種の二割程度。

*6
なお妖精族・精霊種の寿命は寄せられる信仰にも大きく依存するため、魔導工学のプロメテウスだのと今でさえ語られるイデアの寿命が何百年と延びる公算はそれなりに高い。


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