跳べ、ウラヌス ~ウマ娘オリンピック物語~   作:空見ハル

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スペシャルウィークたちがターフを走るより少し前の話。イタリアにある小さなウマ娘の育成寮に、誰にも理解されず、孤独に走り続けるウマ娘がいた。そんなウマ娘の下に一人の東洋軍人が訪れる。男の名は「西 竹一」。ただ一人心を閉ざしていたウマ娘は、この奇妙な男に徐々に惹かれていく。そして2人は走り始めた。「世界」という、大きなステージを目指して。

これは、世界で"最強"だった、ウマ娘とトレーナーの物語。

※これは史実を基にしたオリジナルウマ娘、トレーナーのお話です。


#1 最強のふたり

私を理解してくれる人間なんて誰もいない。

 

 私は一番になりたかった。

 

 誰かのやり方じゃなくて、誰かの言いなりになるのではなくて……私の力で、誰よりも強いウマ娘に。

 

 でも、周りの人は誰も分かってくれなかった。

 

 最近”この国”が変わりはじめてからは特にそうだ。皆と同じにしろ、お前は良いところの生まれだから大人しくしていろとか、そんなことばっかり。皆と同じにしていたら、皆と同じくらいしか強くなれないじゃない。

 

 私と真剣に向かい合ってくれて、ましてや私の強くなりたい夢を応援してくれる人なんていなかった。

 

 だから私は今のように、いつも怯えながらも何かを言ってくる寮の口うるさい管理人か誰かを蹴とばしてトレーニングに明け暮れてた。

 私たちが住むこのイタリア陸軍の競技ウマ娘寮では、ただの競争だけではなくて障害飛越競技をするウマ娘たちも広く育てられていた。私もその一人。

 

 時には小さな、時には巨大な障害物を飛び越えてひたすら速く走り続ける競技。

 

 私はそんな競争を戦うウマ娘たちの中でもひと際大きい。それに自分で言うのも何だけど、力は強いし戦うのは好きだった。

 

 でも、だからかな。私はよく怖がられて、今や一人ぼっちだ。競争の障害に怯えるウマ娘も沢山いるくらいだ。そんな障害よりも大きなウマ娘の私が怖いんだろうか。

 

 私の周りには誰もいない。ウマ娘も、人間も。

 

 でも良い。

 

 例え私一人でも、誰よりも速く、誰よりも強く、

 

 ——誰よりも、高く跳ぶために。

 

 そんな私を理解してくれる人間なんてどこにもいない。ずっとそう思っていた。

 

 「褐色の髪に星の模様……君かあ。この国の人間でも手に負えない一番の豪傑と言うのは」

 

 だけどある日、いつも通り一人でトレーニングに明け暮れていた私に話しかけてくれた男の人がいた。

 襟を正してぴしりとした上着。軍服のようだけど、だぼっと広がったズボンに、更にその下に履いたきらきらした靴はフランスのエナメル製だろうか。帽子のデザインは軍隊っぽいけど、横に張り出したトップに短いひさしは軍人ぽくはなく、何だかへんてこにも見えた。

 しかも髪は七三分け。服を見る限り軍人だけど、まるでローマのナンパ師みたいな風貌だ。

 でもその歩き方や表情はまるで、絵本の中の王子様みたいとも言えるかも意外と格好良くて真面目そうな……

 

 "見ない顔ね。ここの国の人じゃない。"とりあえずそう声をかけてみた。

 

「ああ、お転婆で可愛らしいお嬢さんの顔を見るためなら、どんなところへでも」

 

 前言撤回。

 

 この顔は良い東洋人らしき胡散臭い軍人は、笑いながら私の横に座って勝手に話し始めた。

 自分が東洋の日本という国からこのイタリアに来た貴族で軍人だということ、共に世界一になれる最高のウマ娘を探していること、そして、その”最高のウマ娘”が私だということ。

 

「君のことを聞いてからすぐに分かった。君は世界で一番のウマ娘になれる」

 

 ……突然何?どうしてそんなことが分かるの?

 

「分かるさ」

 

 何が?

 

「健全なる精神は、健全な肉体に宿ると言うだろう。そう、君のこの脚! この脚には……」

 

 そう言って私の脚を触ろうとして来たこの変態貴族は、もちろん思いっきり蹴り飛ばしてやった。

 

「ああ、やっぱり思った通りだ」

「君となら世界一になれる」

 

 そう言いながら地面で大の字になっているこの東洋人のことを、この時はただの変人だとしか思わなかった。

 あれだけ強く言って蹴とばしたならもう来ないだろうと。

 

  しかし翌日、またこの貴族はまたわざわざ私に会いに来た。今度は私がランニング中に、クライスラーの良い車に乗って並走しながら。どうやら貴族と言うのは嘘じゃなかったらしい。

 

「私は昔から速さが好きだった。昔日本にいた時、オープンカーで帝都を爆走した時があってね、警察によく怒られたものだよ。あまりにも口うるさく言われるもんだから、警察に職員用の宿舎をまるまる一棟贈ってやったのさ。それからは何も言われなくなったよ」

 

 そんなどうでもいいような話をべらべらと喋りながら、どれだけスピードを上げてもあの貴族は追ってくる。

 というかあんた、そんなことして本当に貴族なの? そう言うと彼はにかっと笑って言った。

 

「ああ、貴族だよ。君ら西洋人が嫌う日本の、その中でもはみ出し者さ。君と同じ」

 

 息が上がって膝に手をつく私の隣に車を着け、貴族は笑みを崩さずに車から降りた。

 

 ……人種がどうとかは興味ないけど、あんたみたいな変態貴族とは一緒にしてほしくない。

 

「はは、良いね。より君が欲しくなった」

 

 やっぱり変態貴族。

 もうどこかへ行って。あんたと私は全く違うのよ。

 

「君と私はどうしたって似てしまうのさ。その眼、その志が」

 

 だから、なんで私とあんたが似ているって分かるのよ。

 もうお願いだから帰って。私は強いウマ娘になるために忙しいの。

 帰らないと、いい加減本当に殴るわよ?

 

「頼むから話だけでも聞いてほしい。君の”夢”の、目標のために」

 

 もういい加減にしてよ!

 さっきから、分かったような口を……!!

 

 ……私は笑みを崩さない貴族の顔面目掛けて拳を叩きつけた……つもりだった。

 

「……おっと、やっぱり噂通りのお転婆娘だ」

 

 私はいつの間にか貴族の体の上で浮いていた。

 

 ……え?

 

 投げ飛ばされていたのだ。

 ……でも、貴族はそのまま私を優しく柔らかい芝の上に着地させた。

 

「柔術だ。我々日本人みたいな身体の小さい者が、力の強い者に打ち勝つための武術だ。勝つためには身体の強さだけではない。強い心を持つ必要がある」

 

 それは私の心が弱いということ!? ……と叫びたかったが、私より小柄な変な貴族に投げ飛ばされた意味の分からない事実にどうでもよくなり、ただ芝の上で大の字になって眼を閉じた。

 

「君の心が弱いとは言わない。でも、今の君のままではその心の強さを、最大限引き出すことはできない。……私も、同じだった」

 

  もう良い。黙って聞くわ。

 

「ああ、私はな。生まれた時から貴族になることが定められていた。50の別荘に大量の株券、それに遺産。しかも中華のお偉いさんとの繋がりを持つ大層な家系と来た。小さいときから私は、そんな”家”に見合うような人間になれと強く言われてきた」

 

 な、何よ、私よりもよっぽど良い生活をしている坊ちゃんじゃない。

 

「そうだな、坊ちゃんだ。でも、私は”それだけ”の自分が好きではなかった。私はどこまでいっても”貴族の家の跡継ぎ”でしかない。ただの坊ちゃんでいるのは飽き飽きした。君だってそうだろうさ」

 

 わ、私は……!

 

「だから! 私はそれに反抗したかったのか、違う自分を見つけたかったのか。初等科の時はよくクラスの奴らと殴り合いをしたし、車を持ってからは帝都を走り回った。アメリカ製のボートに銀座の女給を乗せて海を走り回ったりもした。だけど、それでも気分は晴れなかった。結局私は、貴族としての”期待”を裏切って自分という存在から目をそらし続けているだけだった。それも、君と同じ」

 

 私が自分から目をそらしている? それは違う! 私には夢がある。あんたとは違う……!

 

「ではなぜこの小さな寮にずっと居続ける? 世界一の強いウマ娘になるという夢を持っていながら」

 

 そ、それは……!

 

「私もそうだ! 違う自分を見つけると言いながら、結局は”華族は軍人になるもの”と言われて結局そのまま軍人になって今だ。だけど、その中で私も夢を見つけた。ウマ娘だよ。自分だけじゃない。相棒であるウマ娘と共に高め合い、走り続ける。そして果てには、世界中に夢と希望を与えられる存在になれる」

 

 世界中に夢と、希望を?

 

「ああ。そうすればきっと”貴族としての私”だけじゃない。世のため、そして相棒のウマ娘のため、君の夢のために生きることができる。本当の意味で、”自分”としてだ」

 

 私のため……あなた、自分として?

 

「そうだ。だから、一緒に日本に来ないか。私に、世界で一番のウマ娘になることを手伝わせてくれ。そして、私の夢を叶えることを手伝ってくれ」

 

 私は……

 

「うん」

 

 私は、一番になりたい。世界で一番のウマ娘に。でも、ここの寮の人は、誰も分かってくれなくて……

 

「ああ、どうして世界一のウマ娘になりたい?」

 

 悔しいけど、あんたの言う通り、たぶん私も同じなんだよ。

 

 私も最初は期待されてきた。”お前は良い血を持った親に生まれた、体格も素晴らしいウマ娘だ”と言われて。……でも、私はその期待を裏切った。障害競走に出された私は小さな障害さえも足を引っかけて転んでしまって。

 

 それからは家の人も寮の人も、私のことを見てくれなくなった。私は期待に答えるために走ってきたのに。

 

 それからというもの、他のウマ娘たちにさえ、怖がられるだけじゃなくて、きっと私が"可哀そう"だと思われていた。そんな奴らのことが本当に嫌だった。だから、喧嘩ばかりして、それで、私の育成をしていたトレーナーの中尉にさえ、見放されて……

 

「だけど、まだ走り続けた」

 

 見返してやりたかったのもある。私のことを勝手に期待して、勝手に見放した奴らに。私に同情した奴らに。

 

 でもそれ以上に、私は”私”を証明したかった。誰の期待でもない、”私”自身の力で強いウマ娘になるんだと。例え一人でも、私は強く走れるんだと。世界一になれるんだと。

 

「……そうか。お互い孤独だな。私には相棒のウマ娘がまだいなくて、君にも共に一番を目指す仲間もライバルもいない。お互い孤独な者同士……それなら、一緒に夢を目指したほうが良い」

 

 でも私はさっき言った通り、簡単な障害でも跳び越えられないウマ娘だよ。あんたの期待通りの走りは、世界一の走りはできないかもしれない。

 

「そうか? そう思うなら実際に跳んでみるといい。このクライスラーを跳び越えてみなさい」

 

 この車、高そうだけど良いの? もしぶつけたりしたら……

 

「代わりならいくらでもあるさ。それに、君なら跳び越えられる」

 

 ……。

 

 私はこの東洋から来た貴族の言葉を、一度だけ信じてみようと気になった。

 

 でも、一つの低い障害でも跳び越えられないことがある私に、この大きな車を跳び越えられるのだろうか。そんな不安が頭をぐるぐるとする。

 

 ああ、世界一になると突っぱねたのに、なんて情けないんだろう。

 

 それでも一度だけだ。これで失敗しても、この知らない貴族に、他の人たちと同じように見放されるだけ。もう慣れたことだよ。

 

 そう言い聞かせて、私は後ろに下がり、貴族のクライスラーめがけて走った。

 

 大きな障害が迫ってくる。

 

 …………。

 

 やっぱり違う。

 

 怖い。

 

 怖い。怖い。

 

 慣れたなんて嘘なんだよ。本当は、もう誰にも見放されたくない。自分を信じてくれた人の期待を裏切るなんて、もう……

 

 この、この障害を、跳び越えられなければ、また……

 

「今だ、跳べっ!!」

 

 え、嘘、まだ跳ぶには早いじゃないっ……

 

 —―——!!!

 

 

 ……………………。

 

 

 ……気づけば私は、空を飛んでいた。

 

 下には黒いボディのクライスラー。後ろには、笑ったあの貴族の顔。

 

 そしてそれは一瞬のこと。

 

 着地。しっかりと脚を折り曲げて宙から帰還する。

 

 嘘、跳べた。

 

 飛べたっ!?

 

「言っただろう。君は跳べると」

 

 でも、どうして?

 

「先日トレーニングを見ていて気づいたが、君は踏み込みは素晴らしい。だが他のウマ娘なら障害物を跳び越えるときに脚を曲げて跳ぶところを、君は脚をまっすぐ伸ばして跳ぶ癖があった。それは障害を目前で跳ぶときには致命的な癖だが、踏み込みをしっかりすれば通常よりも高く、遠くまで跳べる天性の武器にもなり得る」

 

 私は、他よりも遠く、高く跳べる? だから、他のウマ娘よりも障害から遠いところから跳んだほうが良い?

 

「そうだ。やっぱり私が見込んだ通り、君は最高のウマ娘だ」

 

 あ、あんた……何者なのよ。

 

「こう見えても、”神様”の下でウマ娘について学んできたものでね。だから安心して背中を任せて良いぞ、”ウラヌス”」

 

 ウ、ウラヌ……何?

 

「君の、世界で戦うウマ娘としての名前だよ。君の前髪の星の模様を一目見てから、名前は決めていた」

 

 ”ウラヌス”って、どういう意味?

 

「天王星のことだよ。太陽系の中でも遠くにある星だ。君と私なら、そんな遠くの星にだって行ける走りができる。それに、名前の基になったギリシア神話のウーラノスは、天空神で天そのもの。空を飛ぶような君の走りにはぴったりだろう?」

 

 ウラヌス……。

 

 腰に手を当てて、私の名前を少し照れくさそうに、でも嬉しそうに話すその顔に、私はしばらく見とれてしまっていた。

 こいつは……ううん、この人は、私と同じだと言っていたけど違う。この人は夢を”見ている”んじゃない。きっと今も走って夢を”追いかけている”。きっと、まだ私はこの人と同じスタートラインにも立てていない。

 

 ……だけど。

 

 きっとこの人と一緒なら、きっと……

 

 世界で一番の、ウマ娘に……!

 

 

 ……分かったわ。”あなた”と一緒に走ってあげる。

 

「よろしくな、ウラヌス。君ら西洋で言えば、私は”トレーナー”というものになるのかな」

 

 ええ、そうよ。そんなあなたの名前は? いつまでも”貴族さん”じゃ嫌でしょう。

 

「私は……」

 

 教えてよ、私の相棒。私の、”トレーナー”さん。

 

「……"西"だ」

 

「"西 竹一"だよ」

 




 この作品を書くにあたり、実際に西竹一大佐やウラヌスについての資料を漁ってみました。史実とは異なる点もありますが、楽しんでいただけたら幸いです。

 出会った"最強のふたり"は、一体どこへ行くのか? 次回にご期待。
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