跳べ、ウラヌス ~ウマ娘オリンピック物語~   作:空見ハル

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大賞典障害飛越競技(グランプリ・デ・ナシオン)で出番を迎えたウラヌスと西は、10万人の観客の下、様々な想いを抱えて競技場を駆け抜ける。その一方で、ウラヌスに”必ず勝つ”と約束された日系ウマ娘のイノウエは、五輪マークが輝くオリンピックスタジアムのゲート前に立つ。様々な形で戦う彼女たち。彼女たちの行く末は、ウラヌスと西の最後の飛越に託された——

※これは史実を基にしたオリジナルウマ娘、トレーナーのお話です。
 当作品はフィクションであり、版権元や実在の人物とは一切関係はありません。


#8 We Won.-後編-

 1932年8月14日。ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム。

 イタリアでトレーナーと出会ってからの憧れの舞台だったはずなのに、トレーナーとの心の距離は今までよりも遠く感じる。

 

 そんな中でもオリンピックは動きに動いていた。

 

 スウェーデンのローゼンとエンパイアは初めてゴールして会場が沸いた後も、次々とトレーナーとウマ娘たちが障害に挑んて行く。

 5番目、メキシコのカルロス・メヒア少佐とカングロは第2障害に阻まれて失権。

 6番目、アメリカのウィリアム・ブラッドフォード大尉とジョー・エルシャーは6個の障害を落下させて24点もの減点になりつつも走破。もはやこの困難なコースでは、走り切っただけでも10万人の万雷の拍手が鳴り響く。

 トレーナーの負傷により棄権のための7番飛んで8番のスウェーデン、アルケ・フランケとウルファ。このコンビはローゼン&エンパイアと並んでスウェーデン選手の優勝候補と灘高かったけど、鬼門の第10障害に阻まれて失権。

 この時点で全ての参加国各一人は失権になるという普通なら考えられない事態に陥った。この障害飛越競技は各国3人の記録を合計して団体の優勝が決められるけど、もう3人走り切れる国はないから団体優勝国はなし。

 そして9番、メキシコ最後のプロコピオ・オルチッツ大尉とピネロ。こちらも障害に阻まれて失権。なんとメキシコのチームに至っては一組も完走することすら叶わなかった。

 しかし……

 

『10番、ショーガール、トレーナー・ハリー・チェンバリン! 減点12! 暫定一位だ!!』

 

 開催国・アメリカの星、ショーガールとそのトレーナー・チェンバリンがなんと減点12という好成績で完走。会場の真ん中で、溢れんばかりの喝采を受けていた。

 私とトレーナーは11番目。この喝采の後に跳ぶのはやや気が引けてしまう。

 

「ヘイ、ウラヌス」

「どうも、ショーガール」

 

 12点減点というこのコースとしては驚異的な結果をたたき出したショーガールが帰ってくる。正にやり切ったと言わんばかりの清々とした顔をしていた。

 

「良い走りだったわ。暫定一位おめでとう」

「ええ。次はアナタよ、ウラヌス」

 

 ショーガールとは練習していたポログラウンドで何度か話したことがある。彼女は開催国・アメリカ選手の中でも特に注目を集めていたウマ娘で、毎日のように新聞記者が詰めかけていたのを覚えている。

 ”期待”。アメリカで一番の”期待”を、彼女は背負っていた。

 

「最近浮かない顔をしていたけど大丈夫? ファイト、ファイトよ、ウラヌス」

「うん……」

「そうか、ウラヌス殿はまだ悩んでいましたか」

 

 ショーガールと話していると、スウェーデンのエンパイアも駆け寄ってくる。どうやら前にポログラウンドで話していたことを少し気にしてくれていたみたいだった。

 

「ひとまずおめでとう、ショーガール殿。貴公の走り、本当に素晴らしかったです。悔しいですが」

「ええ、エンパイア。あなたには負けていられませんもの。……しかし」

「……うむ。次は貴公ですが、ウラヌス殿はトレーナーとまだちゃんと話していないのですか」

「話したけど、よく分らなかった。トレーナーも何を考えているのか」

「フゥン、なるほど、ウラヌスはトレーナーと痴話喧嘩でもしているのね」

 

 痴話喧嘩ならどれほど良かったことか……。

 トレーナーの真意が掴めない。このまま走っても、私は勝てるのだろうか。

 

「まあでも、それなら丁度良いのではないですか」

「ええ、ウマ娘が何の壁もなく語り合えるのは一つだけ」

「……一つ、だけ?」

 

 ショーガールとエンパイアは顔を合わせて笑う。

 

「「走っているとき」」

 

 そして10万人が見つめるスタジアムの中心を見た。

 

「我々ウマ娘は、走り跳ぶために生まれてきたんです」

「次はウラヌスと、あなたのトレーナー……ニシの出番よ」

「言ってきてください、ウラヌス殿。同じ世界で戦うウマ娘として、応援していますよ」

 

 ショーガールとエンパイアに背中を押される。

 

 そうだ、私は日本の、陸軍の、オリンピックの以前に、”ウマ娘”。

 走り、跳び、競い合うのが生きがいのウマ娘。その真剣勝負の中では、下手な小手先も、嘘も通用しない。そんな中だからこそ語り合えるものがある。

 

「うん、ありがとう2人とも。言ってくるわね」

 

 ”頑張って”と背中を押してくれるライバルたち。それだけでも、このオリンピックに出場した価値があるのではないかと思う。

 

「トレーナー!!」

 

 もうすぐに出番。11番目のコールを前に、トレーナーはまだどこか不安そうに立ち上がって待っていた。

 

「ウラヌス、来たか」

「ええ、トレーナー。行きましょう」

 

『11番、ウラヌス、トレーナー・タケイチ・ニシ!!!』

 

 日本から来た貴公子と欧州で経験を重ねたウマ娘のコンビに、会場は沸き立つ。

 けれど私は、エンパイアやショーガールほどそこまで期待されているわけではない。トレーナーは若手、ヨーロッパでもヨランダ王女杯で優勝したイマムラとソンネボーイのほうが話題になっていたほどだ。まあでも良い。逆に気が楽だ。

 それでも、負けないように戦うと決めた。

 

「ねえトレーナー。トレーナーはさ、ちょっと前に自分のことを”お情けでオリンピックに選ばれた”と言っていたけどさ」

 

 トレーナーと並んでコースにつき、位置につく。

 

「私は、トレーナーとここまで来れて良かったと思っている」

「……ウラヌス」

「どんなことがあっても、私は帰る場所はない。前に見たあの映画と一緒。それでもトレーナーと一緒にここまで来れて、後悔したことは一度もない。だから教えてよ。トレーナーの考えていること、その不安を。走りながらでも良いからさ」

 

 私はまだ浮かないような顔をしているトレーナーを見て笑う。ああ、”逆”だなと思いながら。

 

 競技開始の笛が鳴り響く。

 

 

 私とトレーナーは、大地を蹴って走り始めた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 ”勝ってやる。日系人だとか白人だとか関係ない”

 

 ”だからあんたも見に来なさい。オリンピックの最終日、大賞典障害跳越(グランプリ・デ・ナシオン)。必ずそこで勝ってやるわ”

 

 私、日系ウマ娘の”イノウエ”は、とある日本のウマ娘にそう言われた。

 

 日本のウマ娘と言っても、明らかに最近日本に来たばかりと言っていいほどのフランス系の娘だった。それでも、誰よりも日系のウマ娘である私に正面向き合って話してくれたウマ娘。日本人として、同じウマ娘として。

 

 有色人種のウマ娘は、白人のウマ娘とは走ることができない。

 自由の国・アメリカとは言うが、それは差別を受けている有色人種ではないことが前提のお話。

 

 そう思っていたけど、あのリビエラカントリークラブのポログラウンドで見た景色はそれとは違っていた。あいつ……ウラヌスは知らないかもしれないけど、私は最初にグラウンドから去ってからもしばらくは木の陰からあいつの練習を見ていた。

 

 今までなら考えられない光景。

 

 アメリカ、スウェーデン、メキシコに混じってウラヌスと……そのトレーナーが走っていた。トレーナーは日本人で、やけに洒落た伊達男だった。

 それでもそのトレーナー……バロン・ニシというらしい男は、笑いながら他の白人のトレーナーとも交流し、お互いをライバルとして見ていた。そしてリビエラカントリークラブの門番をしている黒人の男ともよく談笑していた。

 ただ同じくバ術で戦う人々と正々堂々と戦う。そこには国境も、人種差別もない。”オリンピック”の世界だった。私はそんな光景に、少しだけ惹かれたのかもしれない。

 

 ……だから、こんなところに来てしまったのだろう。

 

「はぁ、本当に、来るつもりはなかったんだけどな」

 

 ロサンゼルス・メモリアル・コロシアムの大きな正門。でかでかと五輪マークがつけられている、厳かな雰囲気のゲート。

 

 普段は避けているロスの街を走り、わざわざ来てしまった。

 こうして来て入ろうか迷ってうろうろしている今も、10万人の観客の歓声がたまに聞こえてくる。正門前には、満員の観客席からあぶれたのであろう人々が見たい見たいと詰めかけていた。

 

 ”オリンピックの華”、障害飛越。あいつはそう言っていた。

 

「……あれ」

 

 でも自分は日系ウマ娘。私はどうせ入れないと、帰ろうかと迷っていると、正門前で何やら騒いでいる男がいた。

 

「ええい、いいから通せば良いじゃんねえ! これはオリンピックだよ!? 何をそんな小さいことを言っているんだ」

「ええ、あの、ですからこのスタジアムには決められた人しか入れないんです。お引き取りを」

「もうその言葉は百万回は聞いたよ。良いから通してくれんかね」

 

 何やら日の丸が縫われたスーツのような服を着て、眼鏡をかけている男が大柄な門番相手に、日本語の大声で騒いでいた。そしてその後ろには、何人かの日系人や黒人の人が困惑した顔で立ち尽くしていた。あ、中にリビエリカントリークラブの門番さんや、ロスの料理店に前からいる奥さんもいる。

 

「……どうしたんだよ日本のおっさん。そんな大声出して」

「お? 日系のウマ娘とは珍しいね。あー、ワッツスピークイングリッシュ?」

「日本語なら分かるから。それで、どうしたの?」

「おー、そうかい。あ、君もオリンピックを見に来たのかね? じゃあ俺のことももしかして知っている?」

「おっさん、誰」

「失礼な娘だなあ。マイネームイズ・タバタ! 日本の水泳選手団代表の田畑! 知らない?」

「知らね。別に、オリンピック見に来たわけでもないし。水泳もよく知らないし」

「何だそうかい……じゃなくて聞いてほしんだけどね、俺がオリンピックスタジアムに来たら、バ術を見たいらしいこの人らがスタジアムに入れてもらえてなかったらしいからね、この門番に入れてやれって言ってやっているんだよ。……なあ、おい!」

 

 そう言ってすぐに、ヘタクソな英語と日本語が入り混じった大声で、門番に訴えかけていた。

 

「ですから、その、特定の人たちを入れるわけにはいきません。それに、席はもういっぱいですし……」

「席がいっぱいでも、中で立って見ている奴らがいるのは知っているんだぞ!? それにこれはオリンピック。平和の、世界の祭典っ! なら別に入れてやっても良いじゃんねえ」

 

 そう行っては止められてを繰り返している。

 全く、あのウラヌスといい、オリンピックでアメリカに来る日本人は、何でこうも暑苦しくて、お人よしな人ばっかりなんだろうか。

 はあ、なんだか疲れる。

 

「ねえ、あのゴルフ場の近くに住んでいるウマ娘のイノウエちゃんよね」

 

 ”入れろ””入れない”の問答を繰り返している男二人を横目に、後ろにいた日系の奥さんを見る。ロスの料理店で働いているおばちゃんで、私もよく会う馴染みの人だった。

 

「あ、うん。おばちゃん、どうしてここに」

「たぶんイノウエちゃんは知っていると思うけど、実はね、日本のウラヌスちゃんが言っていたの。”私が勝って、少しでも私たちを喜ばせてあげたい”って。日系人とか人種とか以前に、私たちを喜ばせてあげたいって、言ってくれたの。だからね、少しでもウラヌスちゃんのことを見れたらと思って来たらね」

 

 この男がいたわけか。

 

「きっとね、嬉しかったんだねえ、わたし。このアメリカに住んでからは白人とか日系人とか、そういうことばかり考えていたけど、久しぶりだった。人種も何も関係なく、真っすぐに笑ってくれる娘は。だから、少しでもウラヌスちゃんに会えたらと思ったんだけどねえ……」

 

 どこか諦めたかのような顔をして下を向くおばちゃん。

 

 ……なんでだよ。なんでだよ、あいつ。ウラヌス。

 私にも言った。”必ず勝ってやる”、”日系人も白人も関係ない”って。

 勝つ勝つ言ってるけど、相手は世界で戦うオリンピック選手。しかも自分はバ術新参者の日本選手で、相手はアメリカやスウェーデンみたいな強い国の選手。

 何の根拠があって言っているんだよ。勝つって。何でそんな、バ術の選手でも、ましてや差別の中でうずくまっているような私たちに、真っすぐに、笑って言えるんだよ。

 

 ああ……。

 

 なんか、情けなくて涙が出てきた。

 

 走ったことを、跳ぶことを諦めてきた私が。真っすぐに笑って跳ぼうとしているウラヌスを見ていると……。

 ああ、畜生。こんなつもりじゃなかったのにな。このままで良いと思っていた。どうしようもないと、変えることなんかできないんだと。日系だから。差別されるような人種だから。でもそう思って卑屈になって、いつの間にか自分で自分のことを蔑んでいたのかもしれない。

 でも、あいつは言ってくれた。”関係ない”。私はウマ娘。走り、跳ぶのが生きがいの、どこまでいっても大好きな、ウマ娘。人種も何もない。なら、なぜ今立ち止まっている? 誰かに邪魔をされている?

 

 そう思うと、何だか腹が立ってきた。

 

 走り跳ぶことさえも奪われて、その上あいつの走りを見せてもらうことさえもできないのか。日系人以前に、一人のウマ娘として。

 

「……おい、門番」

 

 私は、もう立ち止まりたくない。

 

「通せよ。あいつの走りをちょっと見るくらい、それくらいの権利はあるはずだ」

「ダメです、お引き取りください」

「この……なめやがって。ウマ娘、なめんなよ!!」

 

 そう言って強行突破しようと走ろうとする。

 そうだ。私はウマ娘。走るのが大好きな、ウマ娘。ライバルと競い合い、走る。そのための……!

 

「捕まえたぞ! これ以上暴れるようなら、警察を呼ぶぞ!!」

 

 でもダメだ。門番に取り押さえられ、転ぶ。

 

 ああ、クソ。

 これはツケだろうか。今まで諦めて、立ち止まって、あいつとは違って。そんな風に生きてきたから。

 あのオリンピックマークの門を通れないのは、あいつと違って、私が、弱かったから……。

 

「おいおい、嬢ちゃん泣くなよ。……おい、放してやりなさいよ。ウマの子にそんな……」

 

 あのわけわからん日本人にまで心配される始末。

 ああ、というかそうか。泣いてるのか、私。まあそうだよな、情けない、私だから……。

 

 地面に伏して、あまりの自分の情けなさに涙を流していた。

 

 ……そんな時だった。

 

「まあまあ、放しなさい。彼女については私が面倒を見るから」

 

 オリンピックマークの門の下から現われたのは、日本の軍服を着たおじさん。ウラヌスのトレーナーに似た服装。……というかよく見たら、ポログラウンドの端っこで別のウマ娘とトレーニングしていた男だ。

 

「ですが、このウマ娘は……」

「私はバ術競技に出ている軍人だ」

「ええ、たしか……イマムラさんでしたよね。何か要件が?」

「うん、この門の前にいる皆を競技観戦に招待しに来た。通してあげてほしい」

 

 そう言って丁寧に門番の男を諭す、紳士風の日本人、イマムラ。ウラヌスのトレーナーよりも物腰が柔らかそうに見える。

 

「ただ、しかし、普通なら日系の者をこのような施設に入れるなど……」

「ほう、それならオリンピック委員会に報告しようか。アメリカは人種を理由に競技場への入場を制限するような、オリンピックに相応しくない国だと」

「そ、それはっ……」

「競技場に有色人種を入れるのは問題ないと既に確認済みだ。他のプールなどの施設は知らないがここはオリンピック・スタジアム。ああ、別にさっきのように報告しても構いませんぞ。ちょうどバ術の審査員には私の上司の遊佐大佐もいる。オリンピックの役員として顔が利くはずなんだが……」

 

 そう言って表情を変えて門番を睨みつける。

 そう、確かに変だと思っていたけど、オリンピックスタジアムに人種制限はないはず。ただ、アメリカ社会の一般的な風潮もあり、門番とかがきっと私たちのような人種の人間を入れないようにしているんだ。

 

「……わ、分かりました、分かりました。どうぞお通りください」

「うん、ありがとう。失礼したね。あなたも、良ければ私の部下のバ術を見に来ると良いよ」

「え?」

「ウラヌスと、彼を見るとね、きっと人種だとか何だとかを忘れて、見入ってしまうはずだよ」

 

 そう言って笑い、私たちに”どうぞこちらへ”と、オリンピックマークの門の下から手招きするイマムラ。私やおばちゃんは、ひとまずその通りにどこかぽかんとしながら歩いていった。”簡単に通れちゃった”と唖然としながら。

 

「あー、ありがとうね、今村さん」

「田畑さんはそもそもバ術が始まる前に入っておいてください。そりゃあ手続きしなければ入れませんよ」

「あー、うん。そうだね。次は気を付ける……って、ロスの次はないか。それじゃあ、また」

 

 と言って、自分だけ駆け足でスタジアムに入っていくタバタという変な男。あの男は手続き不足で入れなかっただけだったのかい。

 

 ひとまず、とウラヌスの走りを見るために、私たちはオリンピックの門をくぐる。

 平和の祭典、スポーツの祭典、オリンピック。今まで私たちは諦めて、締め出されて、この大会を見ることができないとずっと思い込んでいた。でもこの門をくぐった瞬間、そんなのは思い込みに過ぎなかったのだと、しっかりと実感した。

 

「……あなたがイノウエですか」

 

 そして門をくぐると、今度はウラヌスに似た格好良い日本の勝負服を着たウマ娘が一人、立っていた。あの娘は、ポログラウンドの端っこでトレーニングしていたウマ娘だ。

 

「ボクはソンネボーイ。同僚のウラヌスから、あなたがたを通すようにと再三お願いされたので、トレーナーと一緒に競技場を一寸抜け出して来ました。一緒に特等席で、ウラヌスたちを見ましょう」

 

 そう言って、”ウラヌスに説得されて大変だった”と言わんばかりに笑うソンネボーイというウマ娘。それに”まあ、私たちは失権だから良いけどね”と笑うトレーナーのイマムラ。

 

「はぁ……。本当なら慰められても良いくらいなのですが、その”失権”の直後にあなたに伝言を頼まれました」

「ウラヌスから? 」

「ええ、あなたに」

 

 そして、ソンネボーイは言った。

 

 

「遅れないで来なさい。ちゃんと見ているのよ、”私たち”が勝つところを……と」

 

 

 ……何だ、それ。

 

 伝言で伝えるほどでもないだろう。

 

 そう思いつつも、それを聞いて今まで流していた涙が引っ込んだように思えた。

 

 ”私たち”は、勝つ……か。

 

 ……ふっ。

 

 分っているよ、これでもちょっとは信じてるんだからな。ウラヌス。

 

 そう思いながら、私たちはオリンピックマークの下、大きな大きなスタジアムに堂々と入っていった。

 

 

・・・・・・

 

 

 ……。

 

 障害飛越前の一周走を終え、まずは第一障害を越える。

 

 競技開始の笛が鳴ってから、ゆっくりと、正確に障害を見据えて跳ぶ。障害を見ながらしっかりと、自然に跳ぶ。トレーナーたちとイタリアで学んだ自然バ術の鉄則だ。

 

 私とトレーナーは11番目。12人走る中では最後の2番目。12番目に走るウマ娘は強豪国スウェーデンのコルネットとハルベルグ大尉。高得点で完走しても不思議ではない。それでもここで一番になれば、最低でもメダルは保証されている。

 

 そして、できるだけ速く、けれど長くこのコースに残って完走したい。トレーナーと、話し合うためにも。バ術は走ると言ってもレースのように全力疾走はしない。トレーナーと話し合いながらも進められる競技だ。

 

「……っ! っねえ、トレーナーは、さ、どうしてオリンピックに出ようと思ったの?」

「なんだ、突然、競技中に」

「障害くらい、トレーナーの合図があれば簡単に跳べるわよ。……っ! ほら」

 

 そう言いながらすいっと第2障害を越える。

 優勝するにはショーガールの減点12よりも少ない減点で完走しなければならない。障害落下や4点減点。障害のポールを3つ落とした時点でアウト。一応油断は禁物だ。

 

「ねえ、話してよ。そうじゃないと私、不安なの。トレーナーのことを知らないまま、このままオリンピックを終えるなんて嫌だ」

 

 あくまで前を見て、競技の障害飛越に集中する。

 それでもトレーナーへの真っすぐとぶつけた言葉が通じたのか、トレーナーも駆けながらゆっくりと口を開いた。

 

「……私が昔から名家の生まれだったのは、会った時に話したかな」

「ええ」

 

 莫大な財産を持つ名家、華族は軍人になる者と言われ軍人になった暴れん坊、その中の唯一の光と見たバ術に価値を見出しトレーナーをしている。それがバロン・西。トレーナーは出会ったときにそう話してくれていた。

 

「華族としてだけの自分が嫌だった。昔から喧嘩ばかりして親を困らせたものだった。そしてそれだけじゃない。私には兄がいた。二人な」

「お兄さん? でも、そんな人は一度も見たことは……」

「死んだ、らしい。病に侵されてね。だから私は三男。にも関わらず西家の後を継ぐことになった」

「そうなんだ、知らなかった……」

「とは言っても、兄の顔も知らない。私が生まれる前か、小さいときだったから。でも、だからか私は多くの人からより”期待”を持たれるようになった。だから本当は、このオリンピックも、本当なら私のような若造が出る幕ではないのかもしれない」

「……だから、”お情けで選ばれた”って?」

「……そうだな。でも私はそれ以前に君のトレーナーだ。君を行くべき場所に導くのが仕事だ」

 

 あの映画館でどこか俯きながら言っていたトレーナーの言葉。

 トレーナーは私のためにどこまでもついてきてくれている。ヨーロッパ、日本、アメリカ。でも、トレーナーは……?

 

 第3障害の水濠通過。序盤は疲れも出ていないからまだ大丈夫。メキシコのウマ娘の中にはこの障害で詰まった娘もいる。噂通り、険しいコースだ。

 

「……変な話をしても良いか」

「トレーナーの話なら何でも、良いよ。聞かせてよ」

「毎日、夢を見るんだ。ウラヌスと……もう一人のウマ娘の夢」

「私と、もう一人?」

「そう、”アイルランド”、知らないか?」

「ううん、聞いたことない」

「そうだな、私もだ」

 

 そう言って笑うトレーナー。トレーナーは私と会う前からバ術家だし、私の他にもウマ娘のトレーニングを担当したことはあるだろう。だけど私と会ってからは、トレーナーはずっとつきっきりでトレーニングをしてくれていた。

 ましてやトレーナー含め”アイルランド”なんてウマ娘は、日本軍の他のウマ娘でも聞いたことはないはずだ。

 

 ……第4、第5障害。今のところは順調だ。10万人の観衆が見守る中、すいすいと駆けまわっていく。だけどそんな中でもこんな話をしながら跳んでいるのも、ある意味私たちらしいと言えるのだろうか。

 

「夢の中の私は、ウラヌスと、あともう一人の別のウマ娘の担当でね。もう一人のウマ娘とオリンピックに出ようとしていた」

「なるほど。それがアイルランド。ふーん、私以外のウマ娘とオリンピックに?」

「はは、浮気者だと罵るなよ? あくまで夢だ。……でも、アイルランドは脚を故障する。もう走れなくなって、バ術ウマ娘としていられなくなった。だから私は、君と一緒に走ることになった」

 

 トレーナーとしては分からないけど、ウマ娘として脚が使えなくなる苦しみは想像に難くない。ウマ娘の生きがいは、走り、跳ぶこと。ウマ娘の命。そしてトレーナーにとっての脚が担当ウマ娘なのだから、それは絶望と言っていいほどの悲しみだろう。

 

 しかし、最近の練習でやけに脚の怪我を気にしていたのもそれが理由か。

 

「そんな中で私は君に酷いことを言った。私はウラヌスのことを誰よりも信頼している。所詮夢だ。それは分かって……ウラヌス、危ないっ!」

 

 第6障害。幅5mの水濠障害。水濠を越えなければいけないはずが、左脚が水に浸かる。これでも障害を越えられなかったから減点4。あとワンミスしか許されない。……でも、不思議と何のプレッシャーも感じない。

 

「……っ! それで?」

「っ、ああ、でも、それがきっかけで偶に思うようになった。私は、本当に君のためになれているのか? そして、もう一つ……」

 

 第7障害。

 

「私はウラヌスとここまで来た。このオリンピックで勝つのも夢ではない。そのためにここまで来たのだから。……しかし私とウラヌスは、本当にこのままで幸せになれるだろうか。私はただの貴族から、ウラヌスはイタリアにいた一ウマ娘から抜け出せた。今や世界で戦うトレーナーとバ術ウマ娘。しかし、それで私たちは、日本の私の邸宅で約束したように一緒に良い道を歩んでいけるのか?」

「……何が、そんなに、不安なのよっ! 私とあなたは人バ一体! イタリアで、日本で、そしてこのアメリカで! そんな下らない心配は吹き飛ばしたんじゃなかったの!?」

 

 第8障害。

 さすがに息が切れてきた。確かに言われていた通り、この障害は今までの比ではないほどにきつい。ヨーロッパのウマ娘が毛嫌いするのも分かる。

 

「予感がするんだ。毎朝、夢から覚めて時計を握るたびに! 分からないが、このままでは私は君をとんでもないところまで連れて行ってしまう気がして……私はトレーナーとして君をここまで連れてきてしまった責任がある! そもそもこのオリンピックまでの道筋に、意味はあったのか……」

「……っ! はぁ、バカ。本当にバカね、トレーナーはっ!!」

「……え?」

 

 第9障害。

 ……本当にバカ。トレーナーはバカだ。私は、こうして一つ一つの障害を跳んでいる間にも出会ったときのことを思い出している。あのクライスラーの車を跳び越えたときの感動を。

 

「私はトレーナー、あんたについていった記憶なんて一度もない! 私は、トレーナーの隣でいつも走っていたつもりなの。私は、トレーナーと一緒に歩みたいからここまで来た。ヨーロッパを巡って! 日本で汗と涙を流して! そしてこのロスで、一緒に勝ちたいからここまで来た! それに……!!」

「ウラヌス、止まれっ……!」

 

 第10障害。エルアス、ベイブ・ウォーサム、ウルファ、そしてソンネボーイ……歴戦のウマ娘たちがここで膝をついた、ユーカリの木の障害だ。

 その障害は、欧州の障害を跳んできたバ術ウマ娘からしてみれば異様とも言える。私もトレーナーの掛け声で立ち止まった。

 

 ……拒止1。減点4。今ので合計8。ショーガールの減点は12。……もう二度とミスは許されない。

 

 でも、大丈夫だ。関係ない。

 

 トレーナーと話し合って、私は絶対に決めた。

 

 こんな障害、軽々と跳び越えて勝つんだ。一位に、なるんだ。

 

 世界で、一番の、ウマ娘に。

 

 だって、ねえ、トレーナーは今までの道筋に意味はあったのかって言ったけどさ。

 

「トレーナー、そんな塞いでないでさ、耳を澄ましてみなよ」

 

 聞こえるでしょう?

 

 

「——頑張れっ!! ウラヌスーー!!」

 

 

 今までの道筋に意味は求めない。そんなことを考えて進んできた覚えはないし、私たちらしくないから。でも一つ言えるのは、決して無駄ではなかった。今までも、これからも。

 

 だって、ほら。

 

 

「負けんじゃねえぞっ! 絶対に勝つって、約束したんだろうがあああぁぁ!!」

 

 アメリカで出会った、苦しみ諦めかけていたウマ娘。

 

「ウラヌスちゃん、頑張ってーーー!!」

 

 ロサンゼルスの港まで駆けつけてくれて、私とトレーナーのことを毎日応援してくれていた沢山の人たち。

 

「西君、負けるな! 私とソンネのぶんまでっ!」

 

 私を見つけ出して、トレーナーと出会わせてくれたイマムラ。

 

「ウラヌスっ、約束は、守ってくださいよー!」

 

 私といつも競い合い、勝利を託してくれたソンネボーイ。

 

「ウラヌス殿、調子よさそうですね」

「うん、ライバルとして応援するわ。頑張れー、ウラヌスー!」

 

 今まで世界中で真剣勝負をしてくれた、沢山のウマ娘たち。

 

「おい、ウマの嬢ちゃんと軍人さんよ、負けんじゃないぞー!」

 

 あと、あー……オリンピックのために激励してくれた沢山の人たち。

 

 きっとオリンピックの大切なことを伝えてくれたイヌカイのお爺さんや、競馬場で会ったレースで走るウマ娘だって。

 

 こんなにも私とトレーナーのことを応援してくれている。きっと、今世界で一番の声援を、私は受け止めて走っている。10万人の観客、仲間たち、それ以上に多くの人たちからの声援を。

 

 これからのことは分からない。トレーナーの言うように、これから取り返しのつかないようなことが起きるのかもしれない。

 

 でも、トレーナーの隣で走って跳んで、こんなに幸せな私が、そしてトレーナーが、道を誤ってきた? 何か間違えていた? ……そんなことは、絶対にない。

 

 だから、これからも突き進むんだ。トレーナーと一緒に。

 

「私はどんなことがあっても、絶対に負けない。私は幸せだよ。例え向かう先が地獄だったとしても、私はトレーナーと一生走り続ける」

 

 私は立ち止まった第10障害に向き直り、一気に駆けだす。

 

 ”そう思うなら実際に跳んでみるといい。このクライスラーを跳び越えて見なさい”

 

 だって、ねえ、知っているよね、トレーナー。

 

 ウマ娘は、走り、跳ぶのが生きがい。最後まで障害を跳び越えて、一歩一歩大地を踏みしめて、完走するのがウマ娘。

 

 ”君なら跳び越えられる”

 

 その言葉で私は、初めて走り出せたの。スタートダッシュを切れて、最初の生涯を跳び越えられたの。

 

「だってトレーナー。私と、トレーナーはさ」

 

 だから今更止まれない。止まらない。

 

 もしこれからも、私とトレーナーの前に障害が立ちはだかったとしても……

 

「宇宙の遥か先の——」

 

「う、ウラヌスっ!?」

 

 

 高く高く、跳び越えてやるっ!!

 

 

 

「惑星(Uranus)までも跳んでいけるコンビなんだから!!」

 

 

 

 私は腰を捻りながら、強く地面を蹴って跳んだ。

 

 ああ、高い! あのクライスラーのときの比じゃない。

 

 まるでこのまま、地球の外側へも行けそうなジャンプ。

 

「行くよ、トレーナー!」

「あ、ああ!」

 

 そして地面に着地し、再び走り出した。

 

 第11障害。

 

 ここまで来れば、私とトレーナーはもう負けない。

 

「ねえトレーナー、勝つよ、一緒に!!」

「……ああ、すまなかった、ウラヌス。

「謝罪なら後で聞くわ」

「ああ、行こう。行くぞ、ウラヌス!」

 

 これは報いるためなんだ。

 

 第12障害。

 

 私とトレーナーの旅路は、私たちだけで作り上げてきたものではない。沢山のライバルたち、沢山の応援。過去じゃなくて、”今”、そして”未来”のために。

 

 第13障害。

 

 この勝利は、私だけじゃない、私と、トレーナーと——

 

 最後の、第14障害。

 

 私は上を向き、人差し指を高々と上げた。

 

 見よ、世界よ。

 

 これが私と、トレーナー。私がバ術の、世界一の……

 

 

 ……最後の、第14障害っ!

 

 

 

「私たちの、勝ちだっ(We Won)!!!」

 

 

 

 世界最強の、ウマ娘とトレーナーだ!!

 

 

 

『……11番、ウラヌス、トレーナー・タケイチ・ニシ! 減点8!! 暫定一位!!』

 

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