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私、シンボリルドルフの半生は、期待と共にあった。
メジロに匹敵するとも言われる――自分で言うのは、少し気恥ずかしい所もあるが――名門シンボリの出身として、幼い頃から帝王学を仕込まれて育ったし、トレセン学園で結果を出し、やがてはウマ娘達の幸福のため、さらなる高みに至ることを当然と受け止めていた。
恵まれているという自覚はある。素晴らしい環境で育ってきた自負がある。
それについて嫉妬されたことも、能力を嫉まれたことも一度や二度ではない。それは「不敗」のアンタレスに属するウマ娘として、「皇帝」と呼ばれる競技者として、いわば強者の義務のようなものだと受け止めてきた。
『勝利より、たった三度の敗北を語りたくなるウマ娘』。
二人目の担当にして史上初の無敗三冠バを輩出、マルゼンスキーの成績をまぐれではないと認めさせたトレーナー君は、この頃はまだ諸手を挙げて賞賛されていた。
長らくリギル一強体制だった業界は、「双璧」となった二つのチームに熱狂。我々アンタレスが「常勝」リギルにあやかって「不敗」と呼ばれ出したのもこのころだ。
敗者からの賞賛とそれに倍する反感に、私は常に一番近くで触れていた。しかし同時に、あの頃の私はまた、勝利という栄光を他ならぬトレーナー君と無邪気に分かち合っていられた。
順風満帆。私の現役時代は、まさしく絶頂にあったと言えるだろう。「降り始めるまで、どこが頂上だったかは分からない」との言葉通り、すべては失ってから分かったことだ。
『"不敗"アンタレスの落日』
『牙城崩れる』
『"勝利至上主義"過酷なトレーニングの実態』
『新世代の王者は誰か』
『チーム・アンタレスにドーピング疑惑 捜査開始』
これは……何だ?
痛ましい事故だった。一人の競技人生を終わらせてしまうほどの、悲劇だった。
そう、悲劇の筈だ。
観客の目には、記者たちの目には、そうは映っていないのか。
何故彼らは、こんなにも楽しそうで、嬉しそうに報道する。鬼の首でも取ったように笑って我々を責め立てる。
サイレンススズカは、彼女はただ、強かっただけじゃないか。
勝つことは、正々堂々と戦うことは、悪事だとでも言うつもりか。
「――~ッ!!」
叫び出しそうになるのを堪えて、生徒会室で一人頭を抱える。
スポーツ新聞の号外。URAを取材する週刊誌。夕方のニュース。
学園に押し寄せる報道陣。それらの影響でまともにお見舞いにも行けない我々。日に日に追い込まれ、ついには引退を決めたトレーナー君。
私の夢は……結局、夢でしかなかった。
「訪問。シンボリルドルフ君はいるかね」
「理事長……」
そうして悲嘆に暮れた私だが、秋川理事長の決意に満ちた顔を一目見て、背筋にゾクリと何かが走ったのを覚えている。
「こんな時に……否。こんな時だからこそ。君にしか頼めないことがある」
そう語る理事長からは、これまでにない気迫を感じた。普段の幼いながらに豪放磊落な所が鳴りを潜め、滔々と語る彼女からは、静かな、しかし底知れぬ怒りだけが感じられた。
「君たちのトレーナーが引退を決めた」
「存じております。こちらにも挨拶がありました」
別人のよう、という訳ではない。「全てのウマ娘を輝かせる舞台であり続ける」、在りし日にそう言った理事長は、今も確かに眼前にいた。
「私は、止められなんだ」
「私もです」
臥薪嘗胆。文字通りのそれをやってみせようという、強靭な意志だけが、彼女を突き動かしているようだった。
「これから"戦争"をする」
だからこの発言に、驚きはなかった。
「という事は、相手方が分かっているんですね?」
私の視線に射抜かれて、理事長は「意を得たり」と獰猛に笑う。
「警告。聞けば、君もこの渦に飛び込むことになるぞ」
「何を今更。分かっていて聞きに来たのでしょう?」
その誘いは、まさしく悪魔的なタイミングで。
「――私は、何をすればよろしいですか?」
降りるなどという選択肢は、ハナから存在しなかった。
そうだ、まだ終わっていない。いや少し違う。私と違って、この人は
見ていなくてもいい、トレーナー君。これは私の自己満足だ。せめて私が、私に誇れるようにしたい。
そう、決意を固めようとした時だ。
理事長を挟んでドアの向こう。無人の筈の廊下から、あり得ない筈の声がした。
「おいおい。俺は愛想を尽かしてなんかいないぞ」
息が止まるかと思った。いや、本当に止まっていたかもしれない。
彼は今頃、秘密裏にトレセン学園を去り、恐らく足がつかないよう新幹線で遠方まで移動するはず。そうでなくとも、つい先日に挨拶をされたばかり。何故彼が――トレーナー君が、ここにいる?
「トレ――」
「ストップ。おれは一応、居ないことになってるからな」
がたん、と音を立てて机から立ち上がる。理事長の横に並んだ彼を見て、思わず声を上げそうになったのを制止される。
「まあ、なんだ。全部投げ出してはいサヨナラ、っていうのも、恰好付かないから……んぐ、肘はやめてくださいよ肘は、分かりました、分かりましたから」
――おれは自分が思ってたより、この仕事が、ルドルフ達が好きだったんだ。おれが起こした騒動なら、自分だけ逃げる前に、少なくともケジメを付けていきたい。
そう語るトレーナー君の目は、紛れもなく本気で。
「おれは幸い、
気づいたら、トレーナー君の胸倉を掴んで引き寄せていた。
「何故ッ! 何故出て行くと言った! 私が、どれだけ……!」
「……ごめん」
額と額をぶつけ合うような距離感。自覚はなかったが、恐らく私は泣いていた。
理屈ではなかった。恨み言も文句も言い尽くすまで怒鳴り散らして、そして……そして、トレーナー君に縋りつき、泣いた。それしか出来なかった。結局、込める思いが大きいほど言葉にはならないものだ。
「君は、本当に、最後の最後まで……私の心をかき乱す……!」
「最後じゃなくしたくてこうしてるんだ」
「そういう所だ!! 本当に、うぅ、ぐっ……」
私の慟哭がひとしきり落ち着き、傍で想定外の激しい反応に固まった理事長に気づくまでおよそ10分。恥ずかしくてたまらなかったが、それ以上に嬉しかった。
私はまだ、一人ではない。
◆◆◆
「本日は皆様に、残念なお知らせをしなければなりません」
URAの緑のロゴと協賛企業の白いロゴが格子状に並んだ壁を背に、私は滔々と語る。その眼前では、これまで嬉々としてあることないことを書きたててきた記者たちがメモを取ったり、撮影したりせわしなく動いている。
記者会見に出ること自体は初めてではないが、記者たちの視線とは、こんなにも鋭く、粘りつくように重たいものだっただろうか。あるいは、これから行うことに、私が今更臆しているのか。
「我々、チームアンタレスは、昨日付けで解散することとなりました」
どよめく取材陣に構わず、同席しているトレーナー君が話を引き継ぐ。彼の"表舞台における"最後の仕事は、この会見ということになった。
「それと同時に、私は前日付けでトレーナー資格を返上。URAは依願退職するという形になりました」
「っ……」
ウマ娘は耳に感情が出る。今の私は、さぞ情けない顔をしているだろう。……何度聞いても、実際にはトレーナー君が離れていくことはないと分かっていても、ただ聞くだけで心が張り裂けそうになる。
そんな私を理事長がチラリと見る。いけない、心配そうだ。この場には我が家の総帥は勿論、メジロの"大婆様"まで同席している大所帯。その威を借りた以上、せめて堂々としていなければ、これからの"計画"にも支障が出る。
それら二人の大御所は小動もしていない。流石はスピ……総帥と、メジロの実質的トップだ。ゴールドシップがいきなり彼女を連れて現れた時は何事かと思ったが、結果として我々は心強い味方を得た。彼女も彼女なりに動いていたのだ。
私が思考を飛ばして平静を装っている間、お決まりの詫びの言葉を後ろにつけて、深々と頭を下げるトレーナー君。それと同時、シャッター音とフラッシュの嵐に晒される。
フラッシュの眩しさから目を背けると、重鎮たちも露骨に嫌そうな顔をしているのが見えた。ウマ娘は突然の大きな音や強い閃光に人間ほど強くないのだが、中々規制が難しいのが現状だった。
しかし、予想していたほど負の感情は感じられない。というより、「先手を打たれて謝られてしまったので戸惑っている」という感情がありありと見えた。
無理もない。
「……解散する、アンタレスの元チームリーダーとして、最後に言わせてほしいことがある」
敬語を取り払い、マイクを手に立ち上がる。
これは決別の言葉だ。きっと彼が居てくれなかったら、私はこの騒動を収めようと奔走しただろう。そしてきっと……全てが終わってから、闇に潜ってこの業界を修正しようとしていた。何故だか、確信にも似た推測があった。
『……ターフには、夢があると信じて走ってきた。"それ"をつかみ取り、そして見ていた皆に、ウマ娘たちに、夢を与えるためだ』
この記者会見の目的は、トレーナー君の引退報告ではない。宣戦布告だ。
『それが、どうだ。勝って勝って、我々がその先で得たものは"
記者たちがどよめいている。最早賽は投げられ、止める訳にはいかない。口を挟む隙を与えてはいけない。既に私は、リアルタイムで全国に中継されているのだから。
『そこまではまだいい! だが現在の、サイレンススズカとトレーナー君の扱いには我慢ならない!! 悲劇を悲しむのなら、それを防げなかったことに怒りを表すのなら当然だ! それだけの事故だった! だがお前たちの表したものはどちらでもない"喜び"だ!!』
私の杖を、私の影を、私の支えを……私のトレーナー君をこんなにも追い詰めたお前たちを、私は決して許さない。
『絶対王者という厄介者を叩ける口実を見つけたのがそんなにも嬉しいのか!? 虐待疑惑をでっち上げてまで、我々がトレーナーに不満があると言うことにしたかったのか……?』
『お願いだ……私から、トレーナーまで奪わないでくれ……っ』
――実を言うと、最後の方に私が何を言っていたか、最早記憶が定かではない。喋っているうちにぐちゃぐちゃになった感情が溢れて、最早冷静さのかけらも残ってはいなかった。
「わ、私からも証言させてください!!
だがそれからのことは、きっと一生忘れないだろう。
「ここに音声データがあり、この内容はたった今から全世界に公開されています! 我々、そう我々記者クラブは、この件に対してアンタレス側に有利な情報を報道しないよう、ある勢力の影響によって取り決められている!! このデータはその証拠です!!」
理事長の手引きにより大手テレビ局や新聞社の仲間を引き連れ記者団に潜伏していた彼女が、一斉に反旗を翻す。
「……ウマッターとウマスタでの世論操作を目的に、大手広告代理店を介してネット上での工作を専門とする企業へ大口の依頼があったそうですね」
メジロの"大婆様"が、ぴしゃりと言い切る。
「どこぞの民放がやってた街頭アンケート、"アンタレスはよくやっていたと思う"が7割くらいだったから"プロデューサーの判断"で急遽放送取りやめになったそうだね」
女性にも拘わらず"老雄"と恐れられるシンボリの当主がそれに続く。
「下手人について、敢えてこの場では実名を避けますが。メジロ家はこのやり方に賛同できかねます」
「シンボリも同意見さ。この際だからハッキリ言うよ、この二家はアンタレス側に付く。あたし達はね、ただ走りたいだけなのさ。こんな七面倒臭いことされちゃあかなわない」
謝罪会見のはずが一転、全国中継での断罪大会の様相を呈していた。
「それに、だ」
シンボリの当主が、私をちらりと見て、その顔をさらに険しくする。
「ウチの若いのと有望なトレーナーを引き裂いて、こんなにしちまって、黙ってるほどあたしゃ優しくないんだよ」
私。トレーナー君。理事長。ゴールドシップと、乙名史記者。両名家の当主。
バラバラに、しかし確かに存在していた抵抗の目が、トレーナーの存在によって一つ所に纏まった。
ウマ娘を中心とした大連合……後に"アンタレス派"と呼ばれる人々による組織的な反抗が、この日を境に始まったのだ。
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――――
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俺がトレーナーを辞め、極秘裏に闇に潜ったあの日から、気づけば1年が過ぎようとしている。
あの日を境に、世論は一斉に靡き始めた。攻撃の矛先は変わり、そしてURAは内部分裂した。
新団体設立という事態にこそ陥らなかったが、業界を二つに割って争う俺達を前に、人々の目線は冷たい。レース人気は急速に冷え込み、今や全盛期の1/3も集客できれば上々といった所。
日本のレースは終わったと、この国を離れたウマ娘もいる。
争いごとなんかやってられないと、レースの道を敬遠したウマ娘もいる。
あんな協会は信用ならないと、野良レースに精を出すウマ娘もいる。
それでも俺は、このURAを守るために戦い続けている。
あれ以来、表向きの攻撃は止まり、水面下の攻防が主体になった。表向き引退後の消息は不明という事になっている俺にとって、そちらでの工作は本領だった。
勢力は面白いように拡大していき、理事長をはじめとするアンタレス派の勢力が、URA全体を掌握する日も近い。
かつての同僚の実家を手にかけることに抵抗がなかったとは言わないが、しかし同時に、全てを丸く収める方法がもうないことも、俺には分かっていた。
だから桐生院からの電話を受けたあの時に、俺は決めたんだ。
選べるものが1つしかないと言うなら。俺が動くことで、1つだけ選んで救う余地が残っていると言うなら。
俺は、このURAを選ぶと。
「――どうした、トレーナー君。手が止まっているぞ」
郊外の料亭。話の分かるそこの個室で、わざわざ隣に座った
彼女はあの記者会見の数か月後に学園を卒業。現在は大学に通う傍ら、URAのインターン生という名目で実質的に組織運営を牛耳り始めている。
「いや、ちょっと考え事してた。俺達もずいぶん遠くまで来たよな……」
その間俺がやっていたことと言えば、地道な根回しと仲間づくりが殆どだった。
関係各所に詫びを入れ、説教され、何とか許してもらい、或いは絶交され、時に新たな支持者を取り込み……そういう果てしなく地味な作業の中で、説得のために投入される錦の御旗。あるいは秘密兵器。
彼女の秘書としての仕事を除けば、俺の価値は専ら「存在すること」そのものにある。世論工作合戦に逆転勝利を収めたことで、俺の立場は「被害者」であり、事実上の「死人」になった。これを秘密裏に共有される神輿に仕立て上げ、俺達の派閥は瞬く間に影響力を増して行った。
「ああ、そうだな。我ながら、まだ表舞台に居られるのが不思議だよ」
「やめてくれ縁起でもない。ルナまで消えてたらあと10年くらいかかってたんじゃないか? これ」
俺というワイルドカードが通用するのは、最初の1年が限度。それ以降は存在が露見して優位性が失われる。その間、ほとんど不眠不休で駆けずり回り、長いようで短い一年間を俺たちは駆け抜けた。
公的に存在していない俺だが、密会に密会を重ねた関係上、URAの影響範囲内ではもはや公然の秘密と化している。
中でも元師匠……東条ハナさんの力を借りることが出来たのは大きい。彼女は年が明けるや否や、スズカの残した6つのレコード……俗に「アンタレスの置き土産」あるいは「宿題」と呼ばれるそれを、全て塗り替えると宣言した。
スター不在になりかけていたURAは、その行動でどれだけ救われたことか。きっとあれがなければ、今頃どこかの野良レース組織がこちらを飲み込んでいたかも知れなかった。
「そうかもしれないな。けれど、卒業後に君が復帰できる目途も立ったじゃないか」
俺達の立ち上げたプランでは、これから約5年、ルナが大学院を修了するまでに①URA内部の掌握と②大掃除、③最低限の復興を達成し、卒業と同時に樫本理事長代理から正式に理事長の座を継承。そのタイミングでURA新生を宣言する……という手筈。
この一年はほぼ、①と②に専念し、それらをほぼ完遂した。表に立ったルナと、裏で手を汚した俺と、そしてもっと深いどこかで今も戦い続けている理事長で。
『間違っていると思うものを見つけたら、それをやっているのが誰であろうともあげつらって喧嘩を売るのが"ジャーナリズム"というものです。直属の上司だって例外じゃありません!』
そう言って味方してくれた記者たちも。
『へへーん、超豪華ゲストのサプライズ出演だ! 驚いたろ! 何せアタシが一番驚いてっからな!! ……少しは、役に立てたか?』
知らぬ間に巡らされた陰謀に気づき、独自に動いていたゴールドシップも。
ことの全貌を伝えられないままターフを去っていったチームメンバーも。
あまりにも多くの協力と、献身と、犠牲の上で、俺達はURAを生かしている。
「ああ……今だから言うけどな。俺は最初、復帰するつもりなんかなかったんだ」
聞くや否や、ルナの身体が硬直した。耳がヘタれて、眼に見えてションボリしている。
「復帰したくなかった訳じゃない。出来ないだろうと覚悟してたんだ」
「……っ、そうか……そうか、良かった。本当に良かった……!」
優しく頭を撫でてやると、露骨に耳が復活する。昔と比べて、本当に素直になった。
「わたしのしたことは、意味があったんだな……よかった」
辞めると言った日、彼女が泣きわめいて止めたから俺がここにいるんだと思っているのかもしれないが、残念ながら原因ははっきりしている。ストレスだ。
この1年。内憂外患を地で行く状況が続くにつれて、全方位で威厳を保たねばならず彼女にかかる重圧は加速度的に増して行った。
それに比例して、彼女が
影であることを決意した俺もまた、ルナ以外とは迂闊に話せない状態。将来設計を変更してまで加勢に来た女が弱っていて、俺に向けた甘えというSOSを受け入れてやれないほど、俺は狭量じゃなかった。
「ふふ……君に触れている今だけは。この瞬間だけは、わたしは君だけのルナでいられる。だからわたしは頑張れるんだ」
俺にしなだれかかり、胸板を撫でながらこちらを見上げて口を開くルナは、大学生になって増した色香と絶妙なか弱さ、そしてこの側面は俺にしか見せないのだという危険な優越感を感じさせてくれる。
だから俺も、こんな無茶が続けられているのだろう。
「あと5年か……」
「そう、だな」
遂に遠くまで来たなとしみじみとかみしめる俺だったが、ルナは何か違うものを読み取ったらしかった。俺のワイシャツを掴んだ手が、小刻みに震えている。
俺が自由になるまで、あと5年。今の俺達は、互いのストレス発散のために時折会う機会を設けるだけの関係だ。これだって、週刊誌やらにすっぱ抜かれないように細心の注意を払っている。これ以上にはなれない。
そしてトレーナーと担当という繋がりは既になく、URAに縛られているルナと違って、俺はその気になれば一般人になることが可能だ。
『……わたしは、こわい』
以前、消え入るような声でそう言われたことがある。寂しいでも、辛いでもなく、怖いだった。
あと5年、関係は前進せず、一方で俺から断ち切ることはできるからだ。
「なあ、ルナ。折り入って話があるんだ」
「っ!!」
彼女の、身長の割に華奢になった体が殊更びくり、と震えた。今日もまたルナを不安にさせた。だが、それもこれで終いだ。
「5年後、まだ具体的な話はできないけど。約束はできる。これ、持っててくれないか」
彼女に、せめてこれ以上俺のことを心配しないで欲しかった。
「ありがとうルナ。これからも一生、ルナの傍にいさせて欲しい」
俺達の仕事はまだ終わっちゃいない。けれど、俺はルナのお陰で、URAの再建どころか、もう一度大手を振ってトレーナーをやれる可能性を貰った。諦めていた夢さえ、もういちど叶うかも知れなくなった。
今でこそ俺の我儘に付き合ってもらっているが、俺は本来、彼女の覇道が見たくてここに居るはず。どのみちこれは言うまでもないことで、ただ言葉にしただけ。
この時の、指輪を渡されたルナの顔は――俺の脳裏にだけ、独占させてもらおう。
もうちょっとだけ続くんじゃ。