日本総大将のご入場です。
「はぁ・・・どうしよう・・・」
夏合宿も終わり、レース等の忙しくなる行事も終わってしばらくの平穏が訪れた頃。黒鹿毛で前髪にメッシュが入り、右耳に紫色のリボンをつけ、頭には三つ編み状の白い飾りを巻いて後ろを紫色の紐でくくっているウマ娘、名をスペシャルウィーク。学校へと登校中の彼女は、いつもの明るさをなくしたかのような大きな大きなため息をついていた。
「どうしたんですかスペちゃん。そんなにため息ついて」
「何か悩みでもあるんデスか?」
一緒に登校していた友人のグラスワンダーとエルコンドルパサーが心配そうに声をかける。スペシャルウィークは目に隈を作っており、明らかに寝ていないのが分かる。さらに頭には寝癖がピンと自己主張しており、大分独創的なヘアスタイルを確立していた。
「あはは・・・大丈夫、ちょっと考え事してたら寝るのが遅くなっちゃって」
「寝不足は体に悪いですよ?」
「お肌にも悪いデス!本当に悩みがあるなら、私たちで相談に乗るデスよ?」
「ありがとう・・・」
ふらふらと歩きだすスペシャルウィークを心配そうに見つつ、グラスワンダーとエルコンドルパサーはその後を追うのだった。
「ねぇスぺちゃん、本当に何があったの?」
その日のお昼。いつものように三人で昼食を食べることになった際、とうとうグラスワンダーは真剣な表情でスペシャルウィークに問いただした。
授業ではぼーっとしていて教師にあてられ、しかも間違えた教科書を開いていたために答えられず叱られる。
グラウンドでは何もないところで躓きエルコンドルパサーに激突してしまっていた。二人の額には絆創膏が何とも言えない絵面で引っ付けてある。
「ご、ごめんね・・・」
「謝るくらいなら、何を困っているのか教えてほしいデース!」
「うっ」
エルコンドルパサーのツッコミにしょんぼりとするスペシャルウィーク。そんな様子にあまり問い詰めることができなくなる二人は、あらためてそっと尋ねる。
「・・・本当にどうしたんデス?今日のスぺちゃんはすごく様子が変デス!」
「うん、私たちは友達ですよ?本当に悩んでいるなら、何があったのか教えてほしいです」
「エルちゃん・・・グラスちゃん・・・」
二人にそこまで迫られ、ついにスペシャルウィークは折れた。肩を落としつつも、今胸に秘めるこの悩みを、きっとこの3人でなら乗り越えられる・・・!
「あのね・・・実は・・・」
「うん」
「何デス?」
「実家からにんじんが届きすぎたの!」
「「・・・え?」」
「・・・つまりはこういうこと?スぺちゃんの実家のお母さまから定期的に届いていたにんじんの仕送りが、合宿中の留守と配達する人の手違いが重なって大量に来たと・・・」
「うん・・・」
「そして、それの処理に困った結果、夜なべして食べて減らそうと思ったけど案外減らなくて結果寝不足・・・デスか」
「うん・・・」
しょんぼり状態で説明するスペシャルウィークになんとも言えないまなざしを向ける二人。スペシャルウィークの食欲はよく知っているが、それでも夜中に大量に食べる事の負担は計り知れない。・・・というよりそもそも食べて消費しようというところが彼女らしい、と口には出さずとも二人の考えは一致していた。
「スぺちゃん、それ誰かにおすそ分けとかすればよかったんじゃないでしょうか・・・」
「・・・あっ」
「それすら思いつかないくらい追い込まれてたデスか・・・」
呆れ半分、同情半分の視線を受けて頭を抱えるスペシャルウィーク。そんな姿も彼女らしいと微笑むグラスワンダーに、やれやれと頭を振るエルコンドルパサー。
「そうと決まれば!早速にんじんを配ってくる!二人とも、ありがとう!」
「あっ、スぺちゃん!?」
憑き物が取れた顔で颯爽と走っていくスペシャルウィークに、思わず手を伸ばすグラスワンダー。そんな彼女の呼びかけにも答えることなく、その健脚を存分に振るい走り去っていった。
「スぺちゃん、大丈夫なのかしら」
「そもそもにんじんをそんなにたくさん欲しがる人がウチの寮にいるのかどうかも疑わしいデス!」
二人の心配もよそに、スペシャルウィークの姿は見えなくなるのだった。
「え、在庫が余ってるんですか?」
両手で抱えた段ボールにぎっしりのにんじんを抱えたスペシャルウィークは、そんな素っ頓狂な声をあげた。場所は変わって、寮の食堂。真っ先に食堂なら大量に食材を必要とするだろうと考えたスペシャルウィークだったが、担当の人は申し訳なさげに首を振る。
「いやー、いつもなら喜んでもらうんだがね。今日のメニューがちょうどにんじんハンバーグだから大量に在庫を用意しちゃったんだよ」
「えぇ・・・じゃあこれは」
「うーん、そんなにいらないかなぁ」
ごめんねぇ、今夜もハンバーグたくさん食べてね、と言われ耳を垂らしながら厨房を出る。扉が閉まると同時に重いため息がこぼれるが、目の前でこんもりと積まれたにんじんの山は消えない。一番の候補だと考えていた場所がダメだったとなり早くも途方に暮れるスペシャルウィーク。
「どうしよう・・・せっかくお母ちゃんが送ってくれたにんじんだし、腐らせるわけには・・・でもいくら何でもこんなに今から食べるのは難しいし」
どうしようどうしようと呟きながら段ボールを手に歩くスペシャルウィーク。すると目の前に突然柔らかな壁が立ちふさがる。ぶつかってしまってから、それがヒトだと分かりあわてたスペシャルウィークに、頭の上から声がかかる。
「よう、スぺじゃんか。どした?」
「ゴ、ゴールドシップさん!」
目の前に現れた壁は、セグウェイに乗ったゴールドシップだった。スペシャルウィークとの因縁、いや出会いは入学した際のことであり、右も左もわからなかったスペシャルウィークをゴールドシップが「びびっときた!」と言ってしつこく勧誘したことがあった。結局その勧誘は失敗に終わったが、その後もゴールドシップはスペシャルウィークに目をかけてくれており、たまにスペシャルウィークの所属するチームになぜかゴールドシップが練習参加することもある。なおスペシャルウィークのトレーナーは色々と諦めている。
「どした?にんじんめっちゃ持って」
「それが・・・」
グラスワンダーたちにも説明した話をゴールドシップにも教えるスペシャルウィーク。彼女が話し終えるまで黙って聞いていたゴールドシップは、少しの間腕を組んで考えた後、ニヤリと笑う。
「それならちょうどいいや、アタシのトレーナーにそれ渡そうぜ!」
「ゴールドシップさんのトレーナー・・・!あの人ですか!」
ゴールドシップの提案にスペシャルウィークの顔が晴れる。ゴールドシップのトレーナーと言えば、『立てば飯虐 座れば誘惑 歩く姿は飯テロ犯』との呼び声高い悪魔・・・もといトレーナーである。
「おうよ!トレーナーなら何とかしてくれる!アタシが話つけとくからさ、また放課後にこっちのチームの部室来いよ!」
「ありがとうございます!助かります!」
嬉しそうに頭を下げるスペシャルウィークへ、ゴールドシップは嗤いながら「いいってことよ!」と安請け合いするのだった。
「ところで、ゴールドシップさんは何を?」
「ああ、ウチのトレーナーに減量のためにランニングするよう言われてるからさー」
「・・・セグウェイに乗ってたら意味ないんじゃ・・・」
「・・・で、俺ににんじんを処分、じゃないや有効利用してほしいということか?」
「はい!」
ゴールドシップからの話を受け、放課後に部室へとやってきたスペシャルウィーク。書類片手に事務仕事をしていたトレーナーは首を傾げつつ尋ねる。
「つっても、にんじんってどのくらい・・・うわ、こんなにか。悪くならないように冷蔵庫に入れたりは?」
「してるんですけど、これは入りきらなかったものを持ってきました」
「・・・つまりこれ以上にあんのかよ」
そう呟きながら、部室の冷蔵庫を開けるトレーナー。中の様子を確認して若干のスペースを確認すると、よしと頷いた。
「とりあえず入れれるだけウチの冷蔵庫にも入れてしまおう。ほれ、入れとき」
「あ、ありがとうございます!」
「・・・うん、言ったのは俺だけどマジでギッチリいれたね」
中がにんじんでぎっしりと詰まった冷蔵庫の扉を無理やりに閉めようとしているスペシャルウィークを白目をむきながら眺めつつ、「まぁオグリのレース後に処分してもらおう」とウマ娘寮で涙を流しながら減量中のチーム一食べる娘へと思いをはせるトレーナー。
そんなこんなで、メキョッというちょっと聞きたくない音とともに冷蔵庫を閉じることに成功したスペシャルウィークが、いい仕事した風に笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございます!助かりました!」
「おう・・・でもまだ残っちまったな」
そう言ってトレーナーがスペシャルウィークの横に置かれた段ボール箱をのぞく。山のように積み上げられていたにんじんは量を減らしはしたものの、まだそれでもたくさん残っていた。
「他にあてはあるのか?」
「いえ・・・でも、これならがんばって食べればどうにかなりそうです!」
そう言って段ボール箱を抱えて出ていこうとするスペシャルウィークに、少し考えてトレーナーが待ったをかける。
「スペシャルウィーク、ちょっと待て。どうせなら美味しく食べれるようにしてやろうか?」
「え?」
「いや、どうせお前そのまんま丸かじりしてきたんだろ?」
うっ、と目を逸らすスペシャルウィークに苦笑しながら、トレーナーは箱からにんじんを一本取り、部室の机を指さす。
「まぁせっかくだしさ、ちょっと食って行けよ」
「よし、まずはこれだな」
「え、もうできたんですか?」
「おう、切っただけだしな」
スペシャルウィークが申し訳ないと遠慮しつつも席に座ってトレーナーの調理する姿を眺めていると、5分ほどで一品出てきたことに驚く。
目の前に置かれた皿の上には、四角い棒状に切られたにんじんが山になっておかれていた。
「これって、野菜スティックですか?」
「おう。つけるものとしては・・・マヨと、明太マヨと、後はそうだな・・・俺のおすすめはこの鮭フレークにゴマ油和えたやつだな」
そう言って追加で置かれていく小皿に乗ったトッピングに、無意識にお腹を押さえるスペシャルウィーク。オグリキャップと並ぶ健啖家として知られるスペシャルウィークにとって、ちょうど夕食前のこのタイミングでのこの光景は胃に堪えた。
「い、いただきます!」
「おう、召し上がれ。もう一品適当に作ってるから好きに食いな」
トレーナーは再びにんじんの箱へと向かう。スペシャルウィークはそれを横目ににんじんスティックへと手を伸ばす。
(うーん、最初はやっぱりマヨネーズからかな)
最初に寄せた小皿はマヨネーズ。乳白色の小山へとスティックを突き刺し、そのまま掬うようにして持ち上げる。トロリとスティックについたマヨネーズが垂れそうになるのを見て慌てて口の中へと放り込む。
カリッという食感と共にやってくる、にんじんの甘味を覆うようなマヨネーズの酸味が、また一口、もう一口と食べる手を止めることを許さない。
「ん~!やっぱり美味しい!」
ただでさえ好物のにんじんであるため、一口ごとに尻尾と耳を振りながら食べ進める。手に取った一本を食べ終えると、流れ作業のように追加の一本を取り再びマヨへと挿入。
幸せそうに食べるその姿を背中越しにちらりと確認して微笑むトレーナーは、このままだとあまり時間はなさそうだ、と忙しなく手を動かす。
一方のスペシャルウィーク、どうにか鋼()の精神でマヨのループを抜け出すと、二つ目の小皿、明太マヨへと手を伸ばす。マヨだけでなく明太子が混ざったことで乳白色の中に赤がほんのりと混ざったそれに、満を持してスティックを差し込む。
抜き取ったそれについた赤い粒の混じったマヨを見てゴクリと喉を鳴らし、大きく口を開けてパクリと食らう。
先ほどまでのマヨと同じ酸味の中にあるまろやかさとにんじんの甘味に、更に明太子の持つピリッとした辛みと旨味が合わさり、先ほど以上にスペシャルウィークの手を加速させる。
そうして食べていく中でふと我に返ると、残りのスティックの数はあと一本となっていた。
(そうだ、トレーナーさんがおすすめって言ってたのが残ってたんだった)
そうして明太マヨを名残惜しそうにしつつも最後のスティックを手に取ると、鮭フレークの小皿をそばに寄せる。若干浸るくらいにごま油へと沈んだにんじんよりやや淡い色の鮭フレークをスティックで器用に掬いながら、どんな味なんだろうというワクワク感と共に口へ運ぶ。
「・・・んん!?」
口に入れたとたん真っ先にやってきたのは、ゴマ油の香ばしい風味。そこから追いかけるように鮭フレークが塩気と共にやってきてにんじんの甘味を消し去る勢いで口内を蹂躙していく。しかし咀嚼を続けると、にんじんの持つ甘みが遅刻気味にやってきてスペシャルウィークの頭に混乱と幸福を呼び込む。
「ちょっと変わってますけど、これ美味しいですね!」
「だろ?まぁごま油めっちゃ使ってるから食べすぎ注意な・・・っと、もうないのか。ちょうどいいや、ほれ、最後の一品」
素直に感想を述べてくれるスペシャルウィークに嬉しそうに答えるトレーナー。完成した品を豪快にフライパンのまま目の前へとドンと置く。ジュウジュウと焼ける音を発しながら湯気をくゆらせるそれをスペシャルウィークがのぞき込む。
「これって・・・」
「そう、野菜炒め。超簡単に作れるし、しかも野菜オンリー」
目の前のフライパンの中には、その白く細い姿を躍らせるもやしと、緑のしんなりとしたニラ。さらにメイン故かこれでもかとぶち込まれたにんじんが野菜炒め自身を完全に朱色に染めあげている。
野菜の水分が出ているのか、辛うじて見える底の部分には大量の水がブクブクとはじけており、料理のにおいを周囲へと拡散している。
「こ、これは・・・ぜ、全部食べていいんですか!?」
「え!?い、いや全部食べれるならいいけど夕食までの時間近い「いただきます!」・・・あ、そう」
少々驚いた様子のトレーナーをよそに、必死の形相でパクつくスペシャルウィーク。渡された割りばしを割り、フライパンの中から直接ごっそりと野菜を掬いあげる。にんじんともやし、ニラをバランスよく取り、一気に口の中へと押し込む。
(こ、これは・・・!)
やってくるのは、もやしのシャキシャキとした食感とにんじんのしっとりとしてスティックの時とは違う絶妙な食感。噛み応えのある野菜により咀嚼回数が増え、噛むごとに感じたことのない旨味が広がっていく。
ニラの柔らかい食感も追加されにんじんスティック以上の食べ応えをぶつけてくる。そして最もスペシャルウィークを驚かせたのは、その味つけ。強い塩気を感じさせつつそれ以上に主張する香味が刺激され切っている食欲に限界突破した勢いを与える。
「これ、何で味付けしてるんでふか!?しゅごいおいひいでふ!」
「落ち着け。口の中パンパンにして喋ると喉詰まるぞ」
「はふはふ・・・んぐ!?んん~!」
「言わんこっちゃねぇ!ほら水!」
渡された水を飲み干し一息つく。しかしそれで止まってなるものかと再び箸を手にフライパンへと顔を突っ込まんばかりに身を乗り出しながら食べていく。アツアツのもやしとニラ、スライスされたにんじんを底にある味のしみ込んだ野菜の水分へと突っ込み丹念に味を付けなおしていく。そしてひたひたとなったそれを生唾と共に口に放り込む。その様はフードファイターも顔負けのすさまじい勢いであり、普段からオグリキャップを見慣れているトレーナーも若干驚いている。
「んで、味付けだったか。そりゃこれだけだよ」
そう言ってトレーナーが机の上に置いたのは、短く太い円柱状の調味料缶。見たことのないその調味料にようやく口の中の物を食べ切ったスペシャルウィークが尋ねる。
「それは?」
「創味シャ〇タン。中華料理用の調味料だな。これがまた野菜炒めのための調味料としてこれ一個で成り立つくらい合ってるんだよ」
なるほど、中華料理かと納得するスペシャルウィーク。味の濃い調味料に野菜の水分が合わさって野菜炒めなのに野菜の入ったスープを食べているかのような状態となった彼女は、もうそこから全く止まることなく食べ進めていき、結果もやし一本、ニラの一かけらすら残さずフライパンの中身を完食したのだった。
「まじか、フライパン丸々を食い尽くしやがった・・・」
「ありがとうございました!とってもおいしかったです!」
嬉しそうに礼を言うスペシャルウィークに、まぁいいかと呟きながらトレーナーも笑う。
「おう。またなんか処理に困ったら言ってくれれば多少は美味く食えるようにしてやるからな」
「はい!じゃあまた!」
そう言って制服からはみ出るほど膨らんだお腹を揺らしながら走っていくスペシャルウィークを見送るトレーナー。
「・・・今日は豚肉の野菜炒めにするかな」
そんなことをつぶやきながら、トレーナーは部室を閉め帰路につくのであった。
トレーナー:この後しばらくにんじん尽くしの生活に入り、げんなりしながらチームメンバーに押し付けた。オグリは泣いて喜んだ。スぺちゃんをスぺと呼ぶ許可を得てからは、某大和撫子型鎌倉武士の威圧に震える事となる。
スペシャルウィーク:日本総大将。オグリキャップと肩を並べる健啖家のためこの後しばらくの間トレーナーににんじん料理をふるまってもらい、無事届いたにんじんを全て無くすことに成功。その代償として体重計の上に乗れない体になってしまった。
スペシャルウィークのトレーナー:信じて送り出した担当ウマ娘がどこぞの飯テロ魔人に堕とされてレースに出られない()体にされた件。しかもそのチームのウマ娘が一人、トレーニングにしれっと混ざって掻き乱してくる件。この人は泣いていい。
グラスワンダー・エルコンドルパサー:スぺちゃんのフレンズ。スぺちゃん経由でトレーナーと親交を深め、グラスワンダーはスペちゃん関連でうさみちゃんと化しエルコンドルパサーは料理の流れでタバスコ愛好家同盟を結ぶこととなった。
書いているとお腹が減るけど減量中ゆえ食べ物を近くにおいてないので夜中に苦しむ今日このころ。
前回のクッキー
致命的失敗を作者が犯していたためここにのせることはしないです。
次回 奇行種×奇行種=混沌
続く(迫真)