ACE WITCHES -Count of the Cranes- 作:Theine137
06:07 22.Jun.1944
501JFW Base : Cafeteria
ドアを開けると、スープからだろうかふんわりとした香りが鼻孔をくすぐる。料理が乗ったトレーが所狭しと置かれているカウンターの方を見渡すと、奥にはあの2人が楽しそうに笑いながら後片付けをしているのと、朝の挨拶を済ませながらトレーを持ち上げる少女たちの姿があった。
好奇や懐疑なんかが入り混じった視線を感じながらカウンターへと向かい、適当にトレーを取って机に向かう。席の端の方には“アイツ”が座っていて、その隣の席は俺に遠慮したのか、誰も関わりを持ちたくないのかぽっかりと空いていた。ヤツの飯の減り具合から結構前に来ていたようだが、誰かと会話していたようには見えない。
俺はアイツの席の隣に座って、周りの目を一度無視して料理に臨む。胡椒と玉ねぎが混ざっている、地味に手が込んだハッシュドポテトに野菜や豆の入った琥珀のように輝くスープ。簡素なサラダ。小鉢に盛られた副菜。ひときわ目につくのが発酵した豆らしきものだ。味は悪くはないのだろうが、食う気にはならない。
とりあえずスープを飲みながら、この物体Xをどうしたものかと考えていると、天津爛漫な大声でおかわりを頼むのが聞こえた。ふと顔を上げ、声の元であるルッキーニとやらに小言の一つぐらい言ってやろうとそっちを向くと、ミヤフジがボウルを持ってきていて、ルッキーニの反対にいたバルクホルンに急に口に合わなかったかどうか尋ねていた。そしたら、バルクホルンは席を殆ど手をつけていない料理とともに立ち上がり何も言わずに立ち去った。そんな一連の流れに、喉から出かけていた皮肉は行き場を完全に失い、引っかかったままだ。
中途半端な結果にヤキモキしつつ、まだおかわりを餌を求める雛鳥のように求めるルッキーニを傍目に料理に手をつけようとしたら、今度はペリーヌが口を開く。
「バルクホルン大尉じゃなくてもこんな腐った豆なんてとても食べられたものじゃありませんわ」
「納豆は体にいいし、坂本さんも好きだって言って……」
「坂本さんですって! 少佐とお呼びなさい! 私だって……」
ものすごい剣幕のペリーヌとおかわりを要求し続けるルッキーニの板挟みになるミヤフジ。初めの方は茶々を入れようと思ったが、ここまで加熱しているところに火傷しに行くほど馬鹿じゃない。触らぬ神になんとやらってやつだ。
1944年6月22日08時17分
第501統合戦闘航空団基地 中庭
青々とした芝生が広がる中庭から望む空は、雲一つなく晴れ晴れとしている。
「大変だったね。芳佳ちゃん」
シーツを広げながらそういうリーネちゃんに大丈夫だと返事を返し、私シーツをかける。今日は風が強く手を離したらどこへでも飛んでいきそうだ。シーツを何枚か会話を楽しみながらかけていくと、どこからか音が聞こえてくる。その音はだんだんと大きくなっていき、ついに極値へと高まった時、これまでに肌で感じてきた風とは大きく異なる突風が吹く。思わず目を隠した腕をゆっくりと目から離すと、空には地上から伸びる二本の曲線が伸びる。リーネちゃんが言うにバルクホルン大尉とハルトマン中尉らしい。その綺麗な軌跡に見惚れていると、空の上から響く音に混じって、背中からドアの閉まる音が聞こえた。
「こりゃまた派手なもんだな」
入ってきた金髪の彼女はそう言って、いつの間にか出したタバコに火をつける。
「カウントさんはどう思いますか?」
「別に呼び捨てで構いやしねぇよ」
「じゃあ、カウントちゃ……」
「それならさん付けの方がマシだ」
カウントさんはそう吐き捨て、大空に白い線が引かれていく様をじっと見つめる。しばらくの沈黙の後、タバコを徐に口から離し、肺に溜め込んでいた煙を吐き出して一言言い放った。
「フォーメーションは完璧じゃねぇな。バルクホルンだったか? そいつが遅れてる」
「そうなの? あんなに綺麗に飛んでるのに」
「朝もあんまり食べてなかったし、今日は元気がないんじゃない?」
「元気ねぇ……」
短く、そして小さな声で言葉を漏らしたカウントさんは、私たちが談笑を続ける中、もう一度タバコを咥える。風に煽られ点滅する赤色はゆっくりとカウントの口元へと近づいていく。そして、先端から灰がポロリと落ちるとともにタバコを手に取り、近場の机に置かれたクリスタルガラスの灰皿に押し付けた。
「カウントちゃ……」
「それ以上は言うなよ。……それでどうしたんだ?」
「えーと……カウント……さんはどう思うのかなぁって」
「食堂の時の顔は真っ黒なシーツで厳重に隠してた酷い何かをついうっかり見ちまったって顔だった」
「それってどういう意味?」
「ある日を思い出したんだろうさ。人生をねじ曲げたある日を」
「ある日って……ねぇ、リーネちゃん、カールスラントって……」
「陥落してる。それもこっ酷く。もしかしてそれを気にしてるのかも。バルクホルン大尉って真面目な方だし」
「国が落ちた責任なんぞガキが背負う分には重すぎる。だが、なまじっか力を持ってるもんだから背負っちまうんだろうな」
「どうにかできないのかな……」
「そいつは本人次第さ」
「けど……仲間でしょう?」
私の言葉を最後に人の声はなくなり、ただ吊るされたシーツがバタバタと音を立てるだけだった。
08:21 22.Jun.1944
501JFW Base : Court
あの後、サカモトたちが例のカールスラントの2人を見にきた。二人が来るや否や、ミヤフジたちはサカモトに基地内の掃除をするように言われ、大慌てで準備をして行ってしまった。さっきの話で後味の悪さが残るのをタバコで誤魔化そうと箱を出した時、サカモトは俺に聞いてきた。
「もう気付いているだろう?」
「アイツの調子が悪いってことか?」
そう空を指差しながらいうと、坂本はうなづいた。
「カールスラントで何があったんだ?」
「あら? 本人次第じゃなかったの?」
「盗み聞きするとは趣味が悪いな」
「監視をつけるとは言ったでしょう?」
そう言ってミーナはにこりと笑う。どうやらプライバシーとやらはなさそうだ。
「……別に知ってた方が徳だからな」
「そうね……じゃあ、あなたの三十数年の人生経験を頼ってみようかしら」
「アラサーだがそこまで行っちゃいねぇよ。というか28って言っただろう」
「そこは……まぁ……置いておいて、とりあえず話しましょうか」
そう言ってミーナはゆっくりとこの世界の戦争を話し始めた。侵略するネウロイは遅滞戦術で侵攻は遅らせることはできても止めることはできない。国土は蹂躙され、ついにはベルリンまで奴らは迫った。奴らの圧倒的火力に火の海と化した街。多くの人は疎開することができたものの、バルクホルンの妹は運がなかったらしく、巻き込まれて今も意識不明の重体だと言う。
この話は年端も行かない少女にはあまりにも重いものだ。魔力があるばかりに空を飛ばねばならず、その小さな背中には国の命運を背負うことはとてもできないのに、それしか国を守る方法はない。華の10代の明るい生活をすり潰し、その生き血を持ってネウロイと戦うこの世界にはあまりにも辟易する。
だが、俺たちの世界だって一個の災厄を火種に、あっちこっちで戦火が上がる世界だ。クリーンな戦争だって、その奥にある醜い混沌だってアイツの隣で見てきた。俺があのクソッタレな世界から別のクソッタレな世界に送られた理由は……
「……おーい、おーい、おーい!」
俺を呼ぶ声ではっと五感が戻り、今までの思考が中断される。目の前ではサカモトの手が上下に動いており2人が心配そうに見ていた。
「気がついたみたいね。そこまで真剣に考えてくれたのかしら?」
「おうよ。元々舌は回る方だ。大船に乗った気で待ってな。……いやちょっと待ってくれ」
「どうしたんだ? もう切符は買ったぞ?」
「俺はあんまりにも警戒されて話しかけづらいって言うか……年頃の女の子になんて話しかけたらいいんだ?」
「……ところどころメッキが剥がれてきたわね」
「まぁ、次の訓練で組ませてみるか」
「また、模擬戦か? 随分と雑だな」
「模擬戦とは言っていないが、まぁそこはいいとしてだ。実際に実績があるだろう?」
「まぁ、あるっちゃあるが……」
「私もミーナも全く違う視点の人生に期待しているんだ」
「えぇ、トゥルーデにいつか安息の時が来るのをね。もう、苦しむあの子を見たくないの」
そう言って、ミーナは目を逸らす。短く肯定の返事を返し手に持ちっぱなしだった箱から一本取り出して、火をつける。訓練はとうに終わったらしく、空の上に人は見えない。風もしばらく落ち着いて、前まではやかましく鳴いていた洗濯物たちも静まりかえっていた。中庭を出ていく2人を見つめながら、タバコに火をつけると、細く薄い線が大空へと伸びて消えてしまった。
1944年6月24日11時00分
第501統合戦闘航空団基地 ハンガー
「今日は編隊飛行の訓練を行う」
ハンガー内に坂本さんの透き通るような声が響く。そしていつもの訓練とは違う面子が二人、バルクホルンさんとカウントさんだ。
「トリガーさんはどうしたんですか?」
「アイツはなぁ……」
カウントさんの顔がひきつり、きまりの悪い顔で言葉を濁す。私とリーネちゃんが顔を見合わせていると、坂本さんが理由を話してくれた。
「この前に模擬戦をやってもらっただろう。その時の動きはどうだった?」
「こっちがどんなふうに動かしても後ろに着いてきました」
「私は完璧に置いてけぼりにされちゃって……。遠目から見てたんですけど、完璧な軌道ってのはああいうもんなんだなぁって思うくらいの動きでした」
「その通りだ。審判をしていた私が見ていても惚れ惚れするような動きだったがあれには代償があってだな……」
「魔力の出し入れが激し過ぎて、エンジンをぶっ壊したんだとよ」
「というわけで、代わりにバルクホルンに来てもらった」
訓練では私がバルクホルンさんの2番機で追う役を、リーネちゃんがカウントさんの2番機で逃げる役となる。坂本さんはまた審判をするみたいだ。
私たちが空へ上がるや否や、向こうはこちらのから高度を上げながら離れていく。
それを見たバルクホルンさんは硬い表情で私に短く開始の命令を出した。
あっちのほうがかなり緩やかなシャンデルを描くのを、内側から上方に宙返りする。こっちがループの頂点に達すると、急降下してくると踏んだのだろうかシザースで左右にぶれながら降下し距離を保とうとする。ここまでの流れにおいて、中々上手く背中についていけていた。あの恐怖の対トリガー戦のお陰か、せめて後ろに着いていけるぐらいの技能は身につけたようだ。まぁ、まだ若干旋回が膨らむようなことがあるけれど。
しばらくの間、私たちは向こうの尻尾を追いかけていたが一向に掴ませてくれない。トリガーさんは比べ物にならないけれど、カウントさんの飛び方はとても上品で丁寧だ。だが、それと相対する時間は急に終わりを告げる。基地に鳴り響くサイレンと太鼓を思い切り叩くような破裂音。
坂本さんはそれを聞き、敵襲と大声を張り上げた。塔からは文字の書かれた黒板が置かれ、そこにはグリッド東07地区高度15000に侵入とある。緊急スクランブルのため、ブリーフィングもなく、地上から上がってきた他の人と合流するとすぐに現場へと向かった。
トリガーが強すぎて扱いに困っていたりして。