ACE WITCHES -Count of the Cranes- 作:Theine137
22:28 24.Jun.1944
501JFW Base : Commander‘s office
俺たちが無事に基地に帰ってしばらくした後、俺とアイツはミーナに後でくるようにと言われていた。重厚でいかにも高級そうな木の扉を開けると、黒い闇のみを映す窓を背に、広い部屋にポツンとある執務机の所に彼女はいた。ちょっと前まではあったはずの柔らかで暖かい微笑みはなく、その表情はひどく神妙なもので笑った事など生まれてこの方ないと言わんばかりだ。ミーナは俺たちを一瞥すると、徐に机の引き出しから出てきた封筒から書類を取り出して話し始めた。
「トリガー……いえ、公的な話なのでこちらで呼びましょう。エマ・スミス軍曹、ジェーン・ドゥ軍曹、あなた方はこの基地に赴任した僅か4日でネウロイ二体の撃破し、その練度は極めて熟練したものといえます。それを考慮したゆえ、あなたたちを連合国によるガリア奪還の為の各作戦への編入を命じます。何か質問は?」
「部隊は変わんのか?」
「別にココから離れるって訳ではないのだけれど、あなた達には連合軍第501統合戦闘航空団の一員という立場の他に、原隊としてガリア外人部隊に所属していたわ。これはガリア外人部隊が兵籍を手に入れるのに打って付けだったという訳だったのだけど、あなたたちの話を持って行った時にブリタニア政府直々に命令が下ったの」
「エイリアンをガリアだけに任すなんぞ許せないってか」
「まぁ、その通りね。あなたたちの装備は世界をひっくり返すぐらいのものなのよ。そんな人類の切り札をたった一国、それもすぐ白旗をあげる国なんかに預ける形になるなんてっていうのが彼らの話ね。他の国からも小言が飛んできたわ」
皮肉って言う俺に神妙な面持ちのまま、ミーナは少しの沈黙の後に話を続けた。お上直々の御達しだ。人間たるもの、おんなじ船には乗ったはいいが、部屋の割り振りには転覆しかけだろうが敏感らしい。実際、こんなお宝をどっかに任せるなんぞ簡単に決められる訳ではない。結局のところどうなったのか、そんな素朴な疑問を投げかける。
「だからって、どうなるんだ?」
「あなた達は原隊に戻るのよ」
「原隊って? ガリアなんたらは使えないんだろ?」
首を傾げてそう尋ねる俺を見て、ミーナは初めて神妙な顔をやめてニッと笑みを浮かべると小馬鹿にするように言った。
「あら? あなた達はオーシア国防空軍長距離戦略打撃群第124戦術戦闘飛行隊の所属でしょ?」
「……おい、まさか」
「えぇ、あなた達はこの星でたった二人のオーシア人よ。まぁ、とどのつまりは人類全体で切れるカードになるってことで妥協した訳ね」
原隊復帰。表情を露骨に変えることこそなかったものの、嬉しくないといったら嘘になる。突然、此処に引っ張られて、俺だったという印は今着ているフライトジャケットだけだった。それが、渡り鳥は二羽だけで、それがどんな思惑でできたものだとしても、古巣が戻ってくる、居場所が帰ってくるのは嬉しいものだ。だが、それ以上に気がかりがあった。
「俺たちの元の装備ってのはどうなってんだ?」
「その件において何だけど、上はそれを解析するらしいわ」
「解析だって? 俺たちの装備はキャンディーのおまけじゃねぇんだ。遊び倒そうだなんて御免被りたいもんだな」
「技術屋の人にとっちゃ喉から手どころか肩まで見えそうなくらい欲しいものなんでしょうね。はるか未来のジェットストライカーに自律制御するミサイルなんてものは。今のところ、かろうじて構造が分かりそうなのは銃ぐらいらしいわ。少なからずとも戻ってくるのは、しばらく先ね」
どことなく申し訳なさそうに話すミーナに、気にすることはないと返す。だが、そういってもミサイルなしの戦闘ってのは意外ときつい。早めに返してもらえないものかというのが本音だが、どうにもならないものらしいということで、ただため息を吐くことしかできなかった。
ほんの少し時間をおいた後、今後の予定を話し始めた。本来は明日にでも参加して欲しかったらしいが、無理しすぎてストライカーユニットから黒煙をわき散らした大馬鹿野郎のために、一ヶ月のお暇が貰えるらしい。その後は、上陸作戦の為の偵察作戦に参加するために一度、ブリタニアの南西端コーンウォールのセント・モーガン空軍基地に行くらしい。ふと、ミーナの後ろの窓の様子が気になって、チラリと見てみたが、未だに窓には星空は映らず黒い闇と反射するランプの光のみが映っていた。
1944年6月24日21時37分
第501統合戦闘航空団基地 浴場
湯煙の立つ湯舟に身を委ね、中央に据えられた天使の像が湯気以外のためにぼやけるほどに溶け切った状態の私。その隣にスッとシャーリーさんが入ってくる。どことなく胸へと視線が移ろうとした時、シャーリーさんが話しかけてきた。
「トリガーって奴について教えてくれないか?」
思いがけない内容に惚けた頭が急に元の状態まで引き戻される。確かにカウントさん達は目立つ存在だけれど、シャーリーさんが気になるようなことなんてないと思っていたが、興味津々だと目をきらつかせながら私を見る。
「一回、アイツが整備士から搾られているのを見たんだよ。話を聞くに、ほんの数日でストライカーユニットをぶっ壊したっていうらしいんだ」
「あぁ、坂本少佐達も言ってましたね。カウントさんもアイツは無茶ばっかするがここまでとはなって」
シャーリーさんはそれを聞いてニッと笑うと、周りをチラチラと確認した後、そっと耳打ちして、あることを教えてくれた。
「それでこっそりと見たんだ。ハンガーに転がってたアイツの機体を」
「どうだったんですか?」
「ひどい有様さ。エンジンが悲鳴どころか喉が掠れて何も出ないところまで痛めつけられてるんだ。ありゃ、並大抵の使い方で出来るやつじゃない。実際飛んでみてそうだったんだろ?」
そう言われて、数日前のあの模擬戦のことを思い出す。私はカウントさんについて行くのに必死だったけど、カウントさんがあらゆる手を打っても完璧で綺麗を通り越して恐ろしいまでいく軌道で私たちを狙ってくる彼女の様子を確かに見ていたし、それがもしかしたらできる人がトリガーさん以外にいないかもしれないとも感じていた。それを肯定の返事とともに伝えると、シャーリーさんは少し驚いたものの挑戦的な笑顔をにんまりと浮かべる。
「ありゃ、ただ単に魔力でぶん回してる訳じゃなさそうだからな。完璧な軌道の遂行ってののために速度を急激に上げたり下げたり……。エンジンをしっちゃかめっちゃかに扱ったっていうもんだろうな。そんなヤツが思いっきりダンスと洒落込んだらどうなるのかってのが気になってね」
「そうなんですか……。それでどうして私なんかに?」
「あの新入りコンビの相方とは結構面識があるみたいだからな。ちょいと顔利きしてもらおうかってね」
「まぁ、カウントさんとは結構話せますけど……。取り敢えず、今度にカウントさんの方へ一緒に行ってみます?」
「それでいいよ。明日にまたよろしくな」
1944年6月25日8時23分
第501統合戦闘航空団基地 テラス
「……っていうことがあって」
「それで俺のところに来たってわけか?」
カウントさんは、タバコを中指と人差し指で挟み、嗜好の喫煙タイムを邪魔されたからか不機嫌そうな顔でタバコの先をクルクルと回しながら昨日の話を聞いていた。ほとんど吸っていないのに少し減ってしまったタバコのことを少しジッと見た後、それを咥えて思いっきり吸い込み、ため息混じりに吐き出すと、煙混じりの声で返事を聞かせてくれた。
「そいつは殊勝な心構えだ。出来ないってことを除けばな」
「できないってどういうことですか?」
「大体、ないじゃないか。あの飛ぶヤツ」
カウントさんはそう話すと、シャーリーさんはバツが悪そうに笑う。よくよく考えたら、それもそうだ。壊してたった数日で直せるものじゃないだろう。それなのにどうしてだろうと思っていた矢先に、シャーリーさんが流し目で少し頭を掻きながら話し始めた。
「いや〜それは知ってるんだがね」
「知ってるのに来るとはな。冷やかしも大概にして欲しいもんだ」
「機体はあるんだ。……宮藤のが」
余りにも急な話に思わず声にもならないような素っ頓狂な音が漏れる。私の機体をトリガーさんが? 冗談じゃない。あの人と一緒に飛んだのは一回だけだけれど、見らずともわかる。九割九分九厘無事で帰ってくる訳がない。良くてエンジンが焦げ臭くなるぐらいだけれど、悪ければ余裕で中身はボロボロになるだろう。
「シャーリーさん! 流石にそれは……」
「いやいや。流石に人の機体を無下に扱うなんて……あるのか?」
あまりにも真剣な表情、というか今にも泣きそうになっている私に気後れして、自信が尻すぼみになったらしく、声の大きさが若干小さくはなった。しかし、諦めてはいないらしく、まだまだ彼女にゾッコンのままみたいだ。
「……それなら仕方ないな。だけど、直ってからならいけるだろ?」
「いや、その事なんだが。直ったら一旦、別の基地に移動なんだ。その後もちょくちょく作戦に出ないといけないらしい」
タバコを灰皿に押し付けながら、あっけらかんと衝撃の事実を暴露して、ジャケットのポケットからタバコの箱を出そうとするカウントさん。それにシャーリーさんは慌てて待ったをかける。
「今からは?」
「普通に無理だな」
「届いてからは?」
「時間がないな」
「帰ってきてからは?」
「微妙なとこだな」
「じゃあ、いつできるんだ!」
そう頭を抱えるシャーリーさんを見て、カウントさんはタバコのことを忘れて、捨て犬を見ているかのような哀れみの視線を向けていたが、何かをピンと思いついたらしくニッと笑って一つ提案をした。
「じゃあ、来てみるか? 俺たちと一緒に」
「行くったって……もしかして!」
「どうせ、小隊規模で行くらしいんだ。ピクニックと洒落込むのは俺たち2人だけじゃない。そういう訳でだ。俺たちが推薦すれば、もしかしたらいけるかもしれない」
「けど、大丈夫なんですか? そんなことしちゃって?」
「まぁ、それは神のみぞ知るってことで」
「そんな! 私は知りませんよ!」
そう言ってプイと私が顔を背けると、シャーリーさんが肩を組んで、あからさまに胸を押し付けながら私には話しかけてくる。
「いいじゃんか〜。共犯してくれよ〜」
「そんなことをやったら、またミーナさんに怒られますよ!」
「夢のヒントがあるかもしれないんだ。追わなきゃもったいないじゃん」
「だからって……」
「胸貸してやるから……な?」
「……今回だけですよ」
渋々私が乗ってくれたのを聞くやいなや、シャーリーさんは目をキラつせて、カウントさんの方を振り向くと清々しい声で、
「私と宮藤の2人で頼んでおいてくれ!」
と言うので、私は今回のことを黙っておくだけだと思っていたものだから、また呆然としてしまった。驚きのあまりにぼーっと突っ立っていると、シャーリーさんは一言だけ挨拶をして脱兎のように逃げていってしまった。はっとしてそれに気づいて追いかける私。結局のところ、私もついて行くことになるのだが、それを私が知るのは先の話だった。