本の魅力に囚われた少女、本居小鈴が見た蜃気楼とは……?
小さな彼女の小さなお話です。

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蛤が見せる正夢

本はとても良いものだ。

こうやって読むだけで知識が受け継がれていく。

私の知らない世界が広がっていく。

「アンタはいつも本を読んでばかりね、飽きないの?」

「ひどいことを言いますね霊夢さん。そんなことを言う人はもうオススメの推理小説本を教えませんよ」

「それは地味に困るわね」

鈴奈庵の一角、本に囲まれた小さな部屋の中に少女たちの何気ない日常会話が聞こえてくる。

「それにですよ、本を読むということはその人の世界のことを知ることができて―」

大正レトロで洒落た衣服に身を包み、ブーツを履く小鈴が説明口調で話を続ける。

「あぁ……良いわよ、良いわよ。私が悪かったわよ。でも、まぁあの時みたいに妖魔本とかそういうのには気をつけなさいよ、と言いたかっただけよ」

説明をし始めようとする小鈴を霊夢が止める。

「本当ですかぁ? そうやってまた話を逸らそうとして……まぁ、でも確かにあの時はお世話になりました」

 

―妖魔本

主に昔の妖怪が書いた本とされている。

中には、その本を読んだ主に危害を与えるものもある。

鈴奈庵には多数の妖魔本が所蔵されており、小鈴はあらゆる文字を読める程度の能力を使っていくつかの妖魔本を読解してきた。

「また変な妖魔本とかないでしょうねぇ?」

「そ、それはどうでしょうねぇ……」

「あぁ! その顔。絶対あるわね」

「うぅ、まぁそのうち相談しようと思ってましたが―」

一言二言で折れた小鈴が奥から一冊の本を取り出してきた。

「何これ?」

怪訝な顔で本を覗く霊夢だが、その本には読むことのできない文字と不可思議な絵が描かれていた。

「やっぱり読めないですよね。どうやら『()()()()』について書かれた本みたいなのですが」

()()()()って(シン)のことかしら?」

「霊夢さんは知ってるのですか?」

「そっか、幻想郷には海が無いから知らなくて当然ね」

「霊夢さんは海を見たことあるんですか?」

「無いわよ」

さも当然のようにきっぱりと否定する。

「まぁでもそうね、蛤ね……」

「私も調べてみたんですが、二枚貝で水の中に住んでいるぐらいしか分からなかったですね。あとは美味しいんだとか……」

「そうね、ただ蛤にはある言い伝えがあるのよ」

「言い伝え?」

「蜃気楼って知っているかしら? 広い水場の地平線上にあるはずのない景色が見える現象よ」

「それなら知ってます。でもその蛤と何の関係性があるんです?」

「一説にはね―」

 

ふと小鈴の視界が揺らぐ―

 

「……え?」

気付くとそこにいたはずの霊夢の姿が無くなっていた。

「霊夢さん、霊夢さん! どこに行ったんですか?」

本に囲まれた部屋の中に小鈴の声が響き渡るが、その声を聞くものは誰も居なかった。

小鈴が呼びかけるのをやめると、部屋の中は静まり返ってしまった。

「どこに行っちゃったんだろう? 霊夢さん……」

まさかと思い、手元の本のページをぱらぱらとめくるが特に変化を感じることはなかった。

「ううん……。確かに霊夢さんと話していたと思うんだけど……?」

急に一人になってしまった彼女は少し心細くなる。

しかし、鈴奈庵を空けるわけにもいかない彼女はとりあえず店番を続けることにした。

結局その日は日が暮れるまで客が訪れることはなかった。

 

―おかしい。

その日からというもの、鈴奈庵を訪れる人がぱったりと無くなってしまった。

静まり返った鈴奈庵にただ一人、小鈴は店番を続けた。

「どうして……?どうして誰も来ないの?」

―誰も来てくれない

絶対におかしい……。

誰一人と来てくれない……。

もう何日経ったのだろうか?

どうして誰も来てくれないの?

いつしか彼女は、人が来ないことへの疑問を捨て本を読むことに集中するようになった。

ただひたすら、本を読むことに集中した。

ただひたすら―。

彼女は本の世界の中に閉じこもってしまった。

人への関心を一切無くし、ただひたすら本の知識だけを信じることにした。

そうやって彼女は殻に閉じこもり―。

 

 

「―小鈴っ!」

ふと彼女に声がかかる。

「小鈴! 大丈夫? アンタさっきからぼーっとして話しかけても反応してくれないから心配になったんだけど……」

「あ……ぇ?」

困惑する小鈴。

「アンタ本当に大丈夫?」

困惑の表情を浮かべる小鈴に心配する霊夢。

「あ……霊夢……さん?」

「あぁ? そうよ。私だけど? アンタ一回休んだ方がいいわよ?」

「霊夢さん! 待ってくださいっ!」

「ちょっと? どうしたのよ!」

今にも泣き出しそうな表情をする小鈴。

「霊夢さん、私……私……悪い夢を見ていたみたいです」

「そう……小鈴。あなた、もしかしたらこの本の蜃(しん)にあてられていたのかもしれないわね」

蛤が魅せるという蜃は決して良い物とは限らない。

それは人の深層心理に眠る心理的外傷を魅せることもある。

「そう……ですね……。そうかもしれません……。霊夢さん、少しだけ一緒に居てもらってもいいですか? 今、霊夢さんが居なくなってしまうともう二度と合えないような気がして……」

「大丈夫よ、小鈴。私は何処にも行かないわ……。大丈夫…………」

或いは、その蜃気楼が魅せるものはその人が幸福と思えるものかもしれない。

そうでなくてはいけない……

そうでなければ……




初めましての人は初めまして。
Discord鯖にて東方ファン向けサーバー『水天一碧』の鯖主をやらせて頂いておりますアイリスです。
前回の博麗例大祭からサークル活動として東方関連のSSの執筆もさせて頂いております。
今回は、前回出させていただいた本の中から一作品を抜粋して載せさせていただきました。
読む人によって、また時間を置いて読んだ時に、何かしら新しい知識を付けてから読んだ時に印象や解釈が変わるーーそんな文章を書きたいというのが私の原動力であり目標です(出来るとは言っていない
こんなところまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
感想を書いてくださると狂喜乱舞して足の小指を豆腐の角にぶつけて生き返るかもしれません。
よろしくお願いします(´・ω・`)

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