博麗の巫女が覚悟を一心に幻想郷の平和のためにその身を投じる小さなお話です。
――
それは未知の鉱物であり、誰の所有物でも無く、その存在すら殆どの者は知らない。
だが、伊弉諾物質という名前こそが彼女が存在するという存在証明になる。
―玉造魅須丸
神であり玉造と呼ばれる彼女は、途方に暮れるほどの時間を費やし、伊弉諾物質が眠る洞窟の中でただひたすら伊弉諾物質を守り続けてきた。
誰も居ないはずのこの洞窟で……
「――貴方がここの主か何かかしら?」
「……え?」
自分以外に誰も居ないはずの空間で唐突に声を掛けられたことに驚く。
「ん?聞こえなかったかしら?貴方がここの主かしら?」
「に、人間?!どうしてこんなところに人間が入ってきてるんですか!!」
「はぁ……いつになったら私の質問に答えてくれるのかしら?貴方は妖怪かしら?だったら退治するけど――そうじゃないことくらい私から見れば分かるわ」
「し、失礼しました。これは挨拶が遅れましたね。私の名前は――」
「――待ちなさい」
「え?」
自己紹介をしようとする彼女を制止する。
「名前を明かすということは貴方がどういう存在なのか全て曝け出すのと同じ行為。それはつまり……」
ふと、彼女の視線が周りで輝く鉱物に目がいく。
「なるほど――貴方は相当聡明な方なようですね。そうですね、失礼しました。訂正しましょう、私はここの洞窟でこの鉱物を管理している者です」
「そう……貴方がね」
「そういう貴方はお見受けするに――」
声をかけてきた主の格好は誰が見てもすぐ何をやっている者か分かる装いをしていた。
紅白の配色が目立つ巫女服。
「見ての通りよ、私は巫女。山の麓で巫女をしているわ」
「そうですか。貴方が例の……」
その巫女からは独特の空気が感じられる。
そこに人間臭さなんて微塵も感じられなかった。
殺気――
彼女からは、ただ命を奪い取ってきた者の鋭く冷たい空気しか感じられなかった。
「博麗の巫女様がただ、こんなところに何の御用件ですか?」
「大体察しはついているんじゃないかしら?」
「やはり、これが目的ですか……」
「そう、貴方が守っているそれ。もしかして、よっぽど妖怪に知られたくない秘密があるんじゃないかしら?」
「……貴方はどこまで知ってるんですか?」
「さぁね。全て知ってるかもしれないし、何も知らないかもしれないわね」
「そういう人に限って何も知らないんです。帰ってください、此処は貴方のような、ましてや人間が来ていい場所ではありません。こんな洞窟奥深く、酸素が無くなってしまって窒息してしまいますよ」
「っは!流石は――と言ったところかしらね。相当高貴な神様でしょ貴方? 貴方から発せられる言霊……それがこの空間を支配しているのね」
「っく……。貴方っ!!」
「通じないわよ、少なくとも私には。まぁそうね、その辺の天狗には通じるでしょうね、大天狗ですら通じるんじゃない?でもね――」
「――っ!!」
気付くと彼女に胸倉を掴まれ目と鼻の先まで顔を近づかせてきていた。
「私はね、この幻想郷から人間を守っているの。この程度のことで殺られていたら『博麗の巫女』なんて務まらないの」
その言葉は、この巫女が一体どれだけの修羅場を潜ってきたのかを察するには十分なものだった。
「貴方……本当に人間……?」
「…………」
悲しかった――
この幻想郷という世界がここまで人間を追い詰めていることに……
こんな
「ここまで……ここまで……この
いつの間にか怒りと悲しみが感情を支配していた。それはこの
何のために、私が此処を守ってきたのか。
何のために、私が生まれてきたのか。
「私が此処に来た理由……分かってもらえたかしら?」
「ええ……大体察しがつきました」
それを聞いてか、巫女は胸倉を掴んでいた手を離し、少し身を引いた。
「覚悟があってのことなんですね」
「無論よ。私はどこまでも人間の味方。そして幻想郷の味方よ」
「そう……一つ聞いても良いですか?」
「これらに希望を見出した理由かしら?」
「そうです。どうして伊弉諾物質に希望を見出したのか……」
「これよ――」
そう言うと、彼女は懐から勾玉を出した。
「これは……確かに伊弉諾物質……――っ!でもこれは?!」
「そう、これは現在の物でも過去の物でも無いわ。いや、正確に言えば過去の遺物だけど」
「でも、これは未来から来た物?!」
「そう、たまたまね、竹林で妖怪退治をしていた時に見つけたの。たまたま流れ着いた物なのか、誰かが落としたものなのかは分からないけど。これは、未来の外の世界から流れて来た物」
その勾玉は洞窟の薄い明りの元でも仄かに虹色の光を放っていた。
「貴方なら感じるでしょう?この勾玉は神代の物。そしてこれには魂が込めることができるだけの器としての価値がある」
「その力と似た物を辿ってここまでたどり着いたと?こんな妖怪の住まう山奥のこの洞窟に?」
「そうよ」
「よもや人間の中にこれだけの者がいるとは……いや、やはりそうさせたのはこの世界ですか……」
「この器に妖怪を封じる能力を付与することが貴方にはできるかしら?」
「出来る…と言えば出来る……だがそれは……」
「……大方予想はつくわ」
「確かに伊弉諾物質事態にその能力はあります。その力を引き出し操れる技法を貴方に伝授することも貴方次第ではありますが可能かと思います」
けれど、と今まで以上に真剣な表情で言葉を続ける。
「それは人間の手には余る力です。貴方の次の代へとこの技能を伝承させるということはつまり、『博麗の巫女』が代々に渡ってその力の縛りを受けることとなります。そして何より――貴方の魂がその力の要となって永遠と縛られることになるでしょう……」
「……覚悟の上よ」
その目に疑う余地なんて無かった。
「私はこの世界(幻想郷)が平和であってほしい。いつかきっと人間と妖怪が手を取り合って生きていく未来だってあるかもしれない。そのためならこの魂、いくらでも売ってやるわ」
その言葉に嘘偽りは感じられない。
この人間味を一切感じられない人間の巫女は平和のためにと、ただ一心にその身を投じ、数多の命を奪い、数多の命を救おうとしている。
この先の命ある者の達のために――
「分かりました。その覚悟しかと受け取りました。この私、玉造魅須丸の名をもって、貴方に――『博麗の巫女』に妖怪を封じるための技法をお伝えしましょう。それが平和のためなら私は私自身の存在、『玉造の神』としての存在を懸けましょう。この誓いは『博麗の巫女』に対する誓いとしてその縛りを課す物とします」
「……ありがとう。貴方には貴方の覚悟があってのことでしょうに……」
妖怪の魂を封印するための力――
つまり、それは妖怪に対して敵に回るということ。妖怪の山の洞窟に住まう彼女がこの先妖怪からどのような目で見られるのか想像に容易い。
「勘違いしてはいけませんよ。これは確かに妖怪を封じるための力かもしれません。けれど、貴方は言いました、いつかもしかしたら人間と妖怪が手を取り合う未来があるのかもしれないと――そうなればこの力は平和の象徴になる。そのために私も覚悟を決めたのですから」
――それが、この幻想郷のためなら。
目の前にいるこの世界の被害者がこれ以上でないために……
神として、玉造魅須丸としてそれは看過のできない事実なのだから……
この伊弉諾物質が遥か未来のこの世界の平和の象徴となるなら――
おはこんばんにちは、アイリスです。
こんなところまで読んで頂きありがとうございます。
新作でステージタイトルを見たときにはそれはもう。心臓を鷲掴みにされたぐらいに驚きを隠せませんでした。
旧作以来、陰陽玉関連には触れてこなかったのに突然の設定開示で、それはもう驚き桃の木山椒の木でナチュラルにネイチャーな気持ちで地球も海も真っ青な気分で嬉しかったです(´・ω・`)
そんなわけで、新作を見た瞬間からこの話が書きたくて書きたくてたまらなかったですが、色々とリアルが立て込んでしまって少々遅れながらも書かせていただきました。
少しでもスペルカードが制定される前の、まだ幻想郷内の人間と妖怪のパワーバランスと言いますか、平和とは程遠い、でも何だかそれはそれで幻想郷そのものを現しているような……そんな雰囲気が少しでも伝わったら何よりです。
感想を頂けると、狂喜乱舞して手に持っているペットボトルを冷蔵庫にしまうぐらい嬉しくなります。