そうして雇われ提督と秘書官初霜は逃亡しました。 作:ぽかぽか
――――マルヨンサンマル。つまりは午前四時三十分。
深海淒艦が蔓延(はびこ)るある海域の近く、日が登り始め海を隠していた霧が徐々に晴れていく。
するとその霧の中から一隻の小さな漁船がゆっくりと姿を現した。
だが、奇妙な事にその漁船の操舵席には誰もいない。それどころか、乗組員の姿さえ見えない。あるのは船の中央に設置されている謎の黒いゴムボート。
「…………おい、初霜。大丈夫そうか?」
不意にそのゴムボートの下から若い男の声がした。
「…………分かりません。少し確認してきます」
その男の声に反応して、同じ場所から今度は幼い子供の声。するとゴムボートの下から何かが這い出てきた。
這い出てきた何かは長い黒髪を先端に縛り、桃色のくりくりとした瞳を持つ小さな女の子。服装は紺のブレザーにプリーツスカート、白のカッターシャツと赤いネクタイを着ており、足には黒いハイソックスを穿いていた。
彼女の名前は初春型四番艦、駆逐艦娘‘初霜’。深海淒艦を倒すために作られた艦娘という兵器である。だが、今の彼女は深海淒艦よりもっと怖いものから逃げていた。それゆえに艤装と呼ばれる対深海淒艦用の装備は持ってきてはいない。その怖いものには武器などは一切効かないからだ。
「……静かに……静かに……」
自分に暗示をかけるような言葉を呟きながら、ゆっくりと這い出た初霜はそのまま台所に潜む黒き悪魔のようなカサカサとした動きで船首にたどり着き、周りを見渡す。
いない。充分に見渡した初霜はほっと一安心した。そうして、ゴムボートの下に潜っているもう一人に声をかけた。
「霧がまだ少しありますが、見える範囲にはいませんよ、提督」
「よし、なら第三段階へ移行だ」
するとゴムボートがふわりと浮く。その下には黒いダイバースーツを着た長身の謎の男性がゴムボートを持ち上げていた。
端から見れば只の変質者にしか見えないが、初霜はそんな事を一切気にせずに周辺の監視を続けていた。
謎の人物はゴムボートを海面に浮かせて、その上に飛び乗る。それに続いて初霜も周りを気にしながらも、同じように乗る。
「さて、行くか」
「はい、提督」
ゴムボートの後方に搭載されていた大型の電気モーターを動かす。目指すは此処から少し遠く離れた小島。そこに着けば彼女ら二人の大脱出劇は成功に終わるのだ。
◆◇◆◇◆◇
だが、そう簡単には成功しないのがお約束なのである。
「…………くそっ予定してたより早いな」
漁船から離れて約一時間。後ろを警戒していたダイバースーツの男性が何かを感じ取ったのかそう呟いた。それを聞いた初霜の顔が青ざめる。
「だだだ、大丈夫なんでしょうか!?」
「分からん。でも海の感じからして追っては来ていない。ただ、あの漁船は見つかってるだろうな」
「ひ、ひぃぃぃ!」
怯える初霜。だが、男性はどこか傍観したような感じでただただ海を見つめていた。
「て、提督は怖くないんですか?私たち、もし見つかったら間違いなく戻されるんですよ?」
「分かってるし、俺も充分に怖い。だが、もうここまで来たんだ。もう自分の運にかけるしかない」
「うぅぅ……確かにそうですけど……っ!提督!」
初霜が前方の異変を感じとり男性に向かって叫ぶ。深海淒艦か!と言って慌ててモーターを止める男性。すると二人の位置より百メートル程離れた海面が、突如競り上がっていた。
「て、提督ぅ……」
深海淒艦と思っていた初霜は情けない声で嘆く。しかし男性はニヤリと笑った。
そんな二人が眺めている中、競りあがって来た何かがその姿を見せる。黒いメタリックなボディに魚雷のような形をした巨大な艦。深海淒艦ではなく、それは潜水艦と呼ばれる人類の兵器の一つであった。
「二人とも~、大丈夫でちか~?」
その潜水艦の先端に立って二人にそんな声をかけている一人の艦娘。
スクール水着の上にセーラー服の上着のみという服装、栗色のショートヘアーで頭に桜の花びらを模した飾りつきのカチューシャを着けていた。
巡潜乙型改二 三番艦 伊号第五八潜水艦娘 ‘伊58’。それが彼女と潜水艦の名前であり、二人の数少ない仲間であった。
「「た、助かった~」」
二人は緊張の糸が切れて安心したのか、そんな声を上げた。
「今からそっちいくでち~」
伊58はそう言って微速で二人の下へと近づく。こうして初霜と男性の鎮守府大脱出作戦はなんとか成功したのであった。
簡単な紹介
◇初霜
初春型四番艦の艦娘。練度はMAX。
とある新海域で、近くの鎮守府の艦娘を助けるために提督と共にその海域に向かい奮闘。
その勇気ある行動と、殆ど無傷でその海域の深海淒艦を壊滅に陥れた無類の強さを見せてしまった為に、近くの鎮守府に所属している多数の艦娘に惚れられてしまった。
しかし、彼女自身にそっちの趣味は無い。
毎日のように迫り来る過激なアプローチに心身ともに疲弊し、提督と共に逃亡を決意した。
「守るというのは……難しいです……」