「ハリー…君って本当、そういう所だよ…」
夕食の宴が終わった後、グリフィンドールの談話室。暖炉の前の共有スペースでロン・ウィーズリーが顔を顰めている。不満げで、うんざりしたような顔だった。
「だってさ、君の手紙だろう。僕なんて、ママがちゃんと勉強してるの?だとかパーシーの言うことを聞くのよってのと、ハリーは元気?って寄越すくらいさ。他は、ママの手紙の端っこにジニーが書き添えてくれるだけだよ」
「一人じゃ運びきれなかったんだ。ロンのお陰で助かったよ」
親友であるハリーと共に運び終えたのは『ハリー・ポッター様』と書かれた手紙の数々だった。優秀な兄、有名な友人。ホグワーツに入学し、一年が経った。ロンのコンプレックスは大いに刺激されていた。
「見ろよ、愛しのハリー様だってさ。たまに君を見てるレイブンクローとか…ハッフルパフの一年生からだと思うぜ、きっと」
「でも、僕に好意的な手紙ばかりじゃないみたい」
そう言ってハリーが顎でしゃくる。薄汚れたボロの封筒に、何かの血でハリーの名前が書かれていた。血は先程塗ったばかりかと思う程に濡れて、滴りそうな程に赤かった。
「うぇーっ…君さ、例のあの人をやっつけちゃった以外に何かしたの?」
「おじさんの家で生きてただけだよ。他には、何も」
例のあの人に打ち勝った。選ばれた男の子。
最後の得点を巻き返した一年生。スリザリンの連続優勝を阻止した。ファンレターや流行り好きのついでに、あのハリー・ポッターとホグワーツで学ぶ事が出来たのだと記念ついでに手紙を送って来る生徒が増えたのだ。
しかし、その知名度や名声を上回る程にハリーの幼少期は仄暗いものだった。
それを思い出し、ロンは咳払いをした。
「取り敢えずさ、手紙は全部仕舞っちゃおうぜ。宿題もあるし…書き取りは君もしたくないだろう?」
「あら、それは駄目よ」
割り込んできたのはハーマイオニーだった。手紙の束の中から一枚、二枚、そして先程の血で書かれた手紙を手に取り上げてハリーに押し付ける。
「私が見た限り、危ないものが三枚もあったわ。こんなにある手紙が安全かの確認もしないままだなんて…有り得ないわよ」
「闇払いの真似がしたいなら、君がやれば良いだろう」
ロンが唇を尖らせて抗議する。予習の鬼であるハーマイオニーは、昨年クィレルが教え損ねた範囲に留まらずに多くの事を学習し吸収していた。ハリーやロンに限らず、多くの生徒が宿題に追いつくのがやっとであった。ロンは、喜んで課題を済ませ予習まで取り組む変わり者はハーマイオニーとロンの兄であるパーシー位だと思っていたし、グリフィンドール生の共通認識であり、事実だった。
「本当、嫌になっちゃうよな。スネイプなんか羊皮紙の長さまで測って文句を言うだろうしさ。それで、スリザリンの誰かを褒めるんだ…」
ぶつぶつと言いながら、ロンは雑に手紙を纏め始めた。ハリーはまだ奇妙な感覚に襲われていた。
自分が魔法使いの世界で有名であること。
ダーズリーの家から出て、従兄弟に追い回されたり叔父達の顔色を伺わなくていいこと。
食事が美味しく、不思議な授業が沢山あること。
入学してからの一年で、随分と体に馴染んだ生活となった。しかし、気付いたら弾けて消えるようにダーズリー家の階段下の物置で目を覚ますんじゃないかと不安になる日もある。その不安が少しだけ大きくなり鎌首をもたげた。
「たまに心配になるんだ。君に出会ったのも、ホグワーツに来たのも…本当は全部、物置小屋で見てる夢なんじゃないかって」
「スネイプの課題だけは夢であって欲しいよ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑いあう。穏やかな時間だった。
「よーしっ、さっさと宿題を片付けて寝ようよ」
ハリーが麻紐で手紙を括る。
混ざっていた吠えメールが爆発した。
「だから、ちゃんと教えてあげたのに」
女子寮に続く登り階段の上でハーマイオニーだけが驚きや興味でなく白けた視線を二人に向けていた。
監督生が走り、炸裂音に驚いた生徒達が集まる。
「驚いたなぁ、フレッド。俺達以外でこんなに人生楽しんでる奴が居るなんてなぁ」
「そうだとも。我が弟が外で車を飛ばすだけで収まらず…今度は室内で花火なんてイカした事をおっ始めるなんてな。俺達は勿論パーシーだって思ってもみなかっただろうぜ。明日はお祝いにケーキでも食べなきゃな」
原因を知っていながらも場を和ませようと双子の揶揄う声が響く。
黒焦げの羊皮紙には、まだ一文字も書き込まれていない事だけが幸いした。