ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん) 作:嫉妬憤怒強欲
マダオ、クビになる。
北セルフォード大陸の北西端に位置する、進んだ文明と優れた魔道技術・工業技術を国家の主幹とした帝政国家アルザーノ帝国。
その首都である帝都オルランドで悲劇が起きた。
数十名の一般市民風の人間が、信じられないほどの俊敏さで、黒い軍服を着た鉄色の髪の男へと襲い掛かる。
誰も彼もが、光灯らぬ虚ろな目、土気色の顔色をしており…包丁や鉈、麺棒、シャベルなどで武装し、病的で剣呑な雰囲気を放っていた。
その死人のような顔色の悪さとは裏腹に、野生の獣のように躍動するその圧倒的な俊敏さは、明らかに人の領分を超えたものだ。
彼らをこんな風にしたのは、錬金術の悪夢とも言われている最悪の魔薬『天使の塵』だ。
被投与者の思考と感情を完全に掌握し、筋力の自己制限機能を外し、ただ投与者の命令を忠実なまでにこなす無敵の兵士を作ることを目的として開発された魔薬。
一度この薬を投与された人間は確実に廃人と化し、もう二度と元には戻らない上、定期的に『天使の塵』を投与されなければ、たちどころに凄まじい禁断症状と共に肉体が崩壊し、死に至る。投与を続けてもいずれ末期中毒症状で死に至る。
たった一度の使用で、肉体的に生きてはいても、人としては死んだも同然となるのだ。
この魔薬の中毒者は、死霊術師が使役する屍人と似たような存在でありながら、生み出すのに、死霊術のような手間暇かけた儀式がまったく必要ない。
他者に投与するだけで、屍人同然の強力な下僕を、お手軽に量産できる凶悪極まりない魔薬であるがゆえに――皮肉をこめてこう呼ばれるのだ。
死者を迎えに来た天使の羽粉――すなわち、『天使の塵』、と。
そんな最悪な魔薬が一人の魔術師の手で、都市にいる数百名の住民達に投与された。
男は右手に握る反った片刃が特徴的な剣を猛進してくる天使の塵の中毒者達へと振るう。
狭い路地裏の壁に、真紅の血しぶきが飛び散った。
斬られた中毒者は、血飛沫を上げて倒れ、二度と動くことはなかった。
中毒者達に慈悲を与えた男は、返り血を浴びてしまい、鉄色の髪が一面真っ赤に染まっていた。
「はぁ…はぁ……ッ!」
自分以外、誰もいなくなった路地裏で、男は息を切らしながら、壁に寄りかかるように座り込む。
既に何人殺したかは分からない。だがいつまで経っても敵は湧いて出てくる。斬っても斬っても斬っても敵の数は一向に減ることは無い。
そんな中、がっ、と耳障りな雑音が宝石の形をした通信機に混じる。
『───クソッ! 誰でもいい! 誰か援護をッ!』
通信機から、今いる場所から数ブロック離れた場所にいる仲間の声が雑音混じりに聞こえてくる。通信機からの声を聴いて、誰かが早急に援護に行かねばならない状況なのは確かだが、援護の指示は一切出ていない。
しびれを切らした男はもう一つの通信機を取り出す。
「──室長。俺はグレンとセラの援護に行く」
『──ッ! 駄目よッ! 貴方はそこで敵を倒しなさい!』
「はぁ?なに寝言言ってやがる?このままだと二人共死ぬぞ」
『二人の援護に向かう事は……私が許さないわ』
「大局的に考えても、もう残り少ない戦力をこれ以上失うのは得策じゃないことぐらいお前ならわかるだろ。俺がいる区画の近くにはアルベルトが居る。あいつの腕前ならここはまだ何とか持ち堪えられる。だから──」
『駄目ったら駄目よッ!! 貴方はそこで敵を倒しな──』
「イヴ」
通信機の向こう側にいる相手の台詞を遮りこれまでとは打って変わった静かな落ち着いた声で男は彼女の名を呼んだ。
『何? やっと従う気になった? ならさっさと──』
「誰の指示だ?」
その言葉にイヴは動揺した。
『何を……言って……』
「ここで二人の援護に誰も向かわせないのがお前の作戦なのか?」
『……そ、そうよ! だから貴方はそこで──』
「……イグナイト卿の指示だな。そうだろ?」
『──いえ、私の判断よ』
「お前が仲間を見殺しにするような奴じゃないってことぐらいわかる。二人の援護を提案したがあのクソオヤジに却下された。違うか?」
『──ッ!し、知ったような口きかないで!』
その言葉にイヴは一瞬言葉を詰まらせた。その反応で男は確信を得る。
「今ならまだ間に合う」
『……駄目よ』
「手遅れになるぞ。それでも行くなと命令するか?」
『……駄目よ!軍のトップである父上の命令に逆らえばどうなるかわかるでしょ!』
「ああ、今度こそクビだろうな。だが、テメェが気にすることじゃねえよ」
『ちょっとレイ!待ちなさい!』
「なんか聞かれたら途中で道に迷ったとでも言い訳してくれ」
『ちょ――』
ブツン
レイと呼ばれた男は、イヴとの通信を一方的に切り、すぐさまアルベルトとの通信を開始する。
「アルベルト、俺は──」
『分かってる。早く行け』
「へっ……そうかい」
レイが用件を伝える前にアルベルトは答えた。どうやら言いたいことは分かっているらしい。
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
レイはその場をアルベルトに任せるとすぐにグレンとセラの元へと向かった。
♢♦♢
「――――で、無事二人とも助かったが、お前は結局クビになったのか?」
「まぁそんなところだ。ムカついてたから去り際にあの老害に中指立ててやったよ」
「ぶふぅっ!?それホントか!?…あっはははははは!!ホントお前度胸あるな!」
開店前のバーの、薄暗い店内の奥のカウンター席にて、一年前に帝国軍をクビになったレイモンド=バルフェルムは、隣に腰かける妙齢の女に当時の出来事を語っていた。精悍な長身に着崩した一般人の服装、天然パーマの鉄色の髪、けだるそうにも見える眠たげな目つき。
隣で腹を抱えながら大笑いしている女の外見は二十歳ほどだろうか。黄昏に燃える麦穂のように豪奢な金髪、鮮血を想起させる真紅の瞳。その相貌は間近からのぞき込めば、思わずぞっとするほど見目麗しく整っており、仄かに漂う妖しい色香が魔性を感じさせる。すらりと伸びる手足が艶めかしいその肢体は、まるで美術モデルのように、いかにも女性らしく過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。身にまとうは丈長の黒いドレス・ローブ。貞淑な雰囲気を漂わせながらも、開放された胸元や、ベルトで強調されたボディラインはそれを超えてなお、艶美。 なんとも派手で妖艶な出で立ちだが、それを着慣らす圧倒的な器量と華がある、どこか浮き世離れした雰囲気の娘だ。
妙齢の美女───セリカ=アルフォネアはレイの仲間だったグレンの育ての親で、魔術の師匠。見た目は20歳ほどの美女だが、真の永遠者(イモータリスト)と呼ばれる原因不明の不老不死体質。400年前に記憶喪失となり、それ以前の記憶を持たないらしい。更に200年前の戦争で外宇宙から召喚された邪神の眷属を殺害した伝説を持つ、人外と評される第七階梯に至った大陸最高峰の魔術師である。
「それでクビになった後はロクに職に就かずに今も無職とはねぇ……まさに”ま”るで”ダ”メな”お”っさん略してマダオじゃないか。あっはははははは! こんな……こんな面白い話があるんだなあ! あっはははははは!」
「誰がマダオだ!?勝手に不名誉な称号つけるな、セリカ!あと、俺はまだおっさんじゃねえし無職じゃねえ!ちゃんと事業を立ち上げてんぞ!」
「だがほとんど入ってくる仕事はペット探しやらばかりで、経営が危ういじゃないか」
「うるせえ!わずかでも収入が入るならまだ希望はある!だいたい、そう言うお前のところのグレンだって今じゃ立派なマダオルート確定じゃねえか!」
レイがクビになった数ヶ月後、ある任務でグレンの相方であるセラが重傷を負い、療養の為に軍を抜けることに、グレンもセラを守れなかった自分を攻め、軍を辞めた。
それ以来セリカの屋敷にずって引き籠って毎日毎日、食って寝て、食って寝て、何をするでもなくぼんやりとするばかりで時間を無駄にしている状態だ。
「……確かに、あの穀潰しには何度死ねと思ったか」
「おいやべえよ。義理とはいえ自分の息子に殺意抱いちゃってるよこのお母さん」
「正直今のアイツは見てられない。そんなわけで……そろそろグレンを働かせようと思ってな」
「働かせる?」
「ああ。実は今、アルザーノ帝国魔術学院の講師枠が、ちょうど一つ空いてしまってな。急な人事だったものだから、当分、代えの講師が用意できないんだ。で、だ。アイツにはしばらくの間、非常勤講師を務めてもらおうかと思っている」
「おいおい、あいつに学校の先生やらせて大丈夫なのかよ?一度ニートになった人間は働いたら負けだとか考えを捨てきれない。絶対自習とか言ってまともに授業やんねえな」
「さすが同じニートの言う言葉は説得力あるな」
「誰がニートだ。一緒にすんじゃねえよ」
グレンと同列扱いされることにレイは不満を漏らしながら、グラスに入っているブランデーを傾け――――
「まぁ、アイツが無事社会復帰できるよう、家でゴロゴロしながら応援してるよ。グレンくーんファイト~」
「腹の立つ応援の仕方だな。だけど残念ながらレイ、お前にも魔術学院で非常勤講師をやってもらうぞ」
「ぶふぅッ――!?」
思いっきり吹き出した。
「おい汚いぞ」
「ゲホッゲホッ、は、はぁ?お前は突然何言い出すんだ?なにをどうしたらそうなる」
「なにってグレンがさぼらないか傍で見張るために決まってるだろ」
「だったらお前がやればいいじゃねえか。保護者が最後まで責任持て」
「そうしたいのはやまやまだが、近々帝都で開催される帝国総合魔術学会への参加準備で皆忙しいんだ。教員免許を持ってないことなら安心しろ。学院内における私の地位と権限でどうにでもなる」
「……それ職権乱用だろ」
セリカの過保護っぷりにレイは呆れる。
「だいたいなんの罰ゲームだよそれ、やるわけねえだろ」
「ちなみに、お前に拒否権はないからな」
「ほう?嫌だと言ったら?」
「稲妻に撃たれるのが好みか?それとも炎でバーベキュー?あぁ、氷漬けも候補としてあげようか?」
すごご、と凄まじい魔力がセリカの掌に集まっていく。
「ちょいとアンタ!人の店ん中で揉め事起こすならただじゃおかないよ!」
そこへカウンターの奥に引っ込んでいた、東方の着物を着こなしてる50代ぐらいのバーのママが出てくる。その一喝で、セリカの掌に収束しきっていた魔力が砂埃のように霧散していった。
「いやあすまんすまんマダム。ちょっとばかし脅すだけだったんだ」
「ふん、アンタは相も変わらず言葉が通じなければ暴力で解決しようとする奴だね。コイツにそんなのが簡単に通じるタマかい」
「おいなんだよバーさん。まさかさっきの話聞いてたのか」
「店の中であんなデカい声で喋ってれば嫌でも聞こえるよ。馬鹿だね」
やれやれと言った風にマダムはマッチに火をつけ、口に咥えた煙管にうつす。
「ところで、非常勤でもそれなりに給料をもらえるのかい?」
「ああ、私の権限で特別に正式な講師並に出るよう計らえる」
「ならレイ、アンタその仕事引き受けな」
「おいバーさん!?」
「アンタ滞納してる家賃まだ払っちゃいないんだ。来月までに払えないなら腎臓なり売って金作ってもらわないとね」
「ちょっ、それキタねーぞ!」
「嫌なら駄々こねてないで引き受けな。頼まれた仕事はなんでも引き受けるのがアンタの会社方針なんだろ?」
「うぐっ……」
「それに一年ぶりに仲間と会うんだ。積もる話もあるんじゃないのかい?」
痛いところを突かれたレイはぐうの音も出ず、何かを堪えるように……何かを耐えるように……両手で頭を掻きむしること数秒……
「ちっ、わぁーたよ。やりゃあいいんだろやりゃあ」
断腸の思いで依頼を引き受けることとなった。
「じゃあ、赴任は一週間後な。学院長には話を通しておくから朝ちゃんと来いよ」
「へいへーい……ったく、まさかまたあいつと顔合わせることになるとはなぁ」
要件は終えたとばかりに、レイは愚痴りながらバーを出て行く。
バーの残ったのはカウンターにいるマダムとセリカの二人だけだ。
「すまないなマダム。代わりに説得してもらう形になってしまって」
「気にするんじゃないよ。こっちも貯まった家賃払ってもらわないと困るんでね……それにしても、アンタ不器用だね。魔術が原因で引き籠ってしまった自分の息子を立ち直らさせるために魔術学院の先生にさせるって、荒療治にもほどがあるよ」
「わかってる……だが、私にはこれしか思いつかなかったんだ」
「まったく呆れたね。アンタ何年生きてんだい?あたしがすっかりしわくちゃな婆さんになっちまってもアンタの方は外見同様中身はまったく成長してないね」
「あれ?マダムにしわくちゃな婆さんじゃなかった時期なんてあったっけ?」
「おい!そりゃいったいどういう意味だい。ちょいと表出ろやこらぁ!」
♢♦♢
アルザーノ帝国魔術学院。
およそ四百年前、アルザーノ帝国が時の女王アリシア三世の提唱により、巨額の国費を投じて設立した国営の魔術師育成専門学校。
常に最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎で、魔術を学ぶ者にとっては憧れの聖地とも呼ばれている名門校である。
アルザーノ帝国魔術学院二年次生二組の教室、今日から新たな講師が来ると聞き、周りはざわめき立っている。
その中で一組の女学生も同じく、新たな講師がどのような人なのかを思い馳せていた。
「ねえシスティ、どんな人がくるのかな?」
「どんな人でも私は構わないわ」
「また質問攻めして講師から嫌われないでね」
「ちょっとルミア!」
周りの生徒も同様の会話をする中、教室の扉が乱暴に開かれた。
「チーっす、ガキ共さっさとテメーの席に着きやがれ」
ドアを開けてけだるそうな口調で入って来た人物がやって来た途端、教室の空気がガラリと変わった。
外見は二十代の男だ。
スーツの上に白衣を着て、足元はサンダルというラフなスタイルで、ポリポリと鉄色の髪の天然パーマを掻きながら、教壇に立ち生徒達を死んだ魚の様な目を伊達眼鏡越しで見下ろす。
この学院の教鞭を執る姿とは正反対の存在に、全員の意思が瞬時に一致した。
"なんか変な人きたあ!!!"
「はい、どォも。今日から一ヶ月間、このクラスの副担任になったレイ=フェルムでーす」
レイがやる気なさげに自己紹介を終えると、壇上の丁度一番前の席に座っていた銀髪の女子生徒・システィーナが即座に手を挙げる。
「先生!」
「ん?どォしたあ?そこの白髪娘」
「これは白髪じゃなくて銀髪です!あと私にはシスティーナ=フィーベルと言う名前があります!っと、そんなことより!先程の発言といいその格好!貴方にアルザーノ帝国魔術学院の名誉ある教員としての自覚があるんですか!?」
「あ?これは非常勤に講師用のローブくれねえから、代わりにそれっぽく見えるよう、保健体育の先生に習って白衣を着てるだけだ。伊達眼鏡も知的っぽく見せるためのものだ。見ればわかるだろ?」
「いや、わからなかったから聞いたんでしょうが!ていうかなんでそこで保健体育の先生をチョイス!?」
「保健体育なんて思春期迎えたガキなら皆自動的に100点取れてこっちは楽できるから決まってるねえか」
「動機が最低ね!?」
「じゃあとりあえず朝のホームルーム始めんぞー……ていうかホームルームって何やんだっけ?あー…よくわかんねぇからとりあえずそこの銀髪娘、ギャーギャーやかましいから廊下に立っとけ」
「ええええ!?」
レイの物言いに突っ込み所が多過ぎて、システィーナは翻弄される。
周囲の反応も同様だった。
来て早々の無茶苦茶っぷりに、教室中の生徒達がざわめき立つ。
「あーあーもういいよ。前置き無しでお前らの担任紹介するから」
「え?貴方が担任じゃないんですか?」
「さっき副担任だって言っただろ。駄目だぞー先生の話ちゃんと聞かないと」
この瞬間、教室の空気を言葉で表すと『あんたの格好がパンチ強すぎて頭に入らなかったんだよ!』というカンジになっていたことだろう。
だが、レイはそれを華麗にスルーし、廊下の方へとドア越しに口を開いて
「おーいもう入っていいぞー」
やる気無さそうに彼がそう言い放つ。
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――――――――――――。
「あれ?おかしいな。おーいそろそろ入ってこーい」
どれだけ待っても廊下側に動きがないことにレイだけでなく生徒達も困惑する。
「まさかあいつ……悪いちょっと確認してくるわ」
ボソッと放たれた言葉と共に、扉を開けて廊下へと出るレイ。
『あっ、テメェやっぱ逃げようとしてたか!』
『ぎゃああああ!!ばれたぁ!?』
『待てやおらぁ!テメェが俺の追跡から逃れようなんて一万年と二千年早ェんだよ!』
『その数字意味わかんねえよ!』
ガシャン!バキッドゴッ、と言う物音が廊下から響き渡る。
廊下で一体何が起こってるのか気になるが、生徒たちは扉を開ける勇気が出ない。
それからしばらくして、教室の扉が開いてレイが顔を出した。
「待たせてすまねえ。改めてお前らの担任を紹介するぞ。おら、さっさと入れ」
「ちょっ、もう逃げねえからせめて自分で歩かせ…ぐぇ!?」
レイに投げ込まれる形で、担任講師が教室に入ってきた。
全身ずぶ濡れで皺だらけのシャツ、黒髪黒瞳で長身痩躯であり、目鼻立ちは整っているがそれを台無しにして余りある怠惰な目付き。一目見ただけで真面目とは縁遠いと思わせる空気を纏っている。左手に嵌めている手袋と抱えてる教本がなければこの男が講師であるとは思いもしないだろう。
「あ、あ、あああ───貴方は───ッ!?」
「あ?なんだグレン、お前そこの銀髪娘と知り合いか?」
「……違います、知りません人違いです」
男は自分に指を差してくるシスティーナの姿を認めると、抜け抜けとそんなことを言い放ってスルーの態勢に入った。
「人違いなわけないでしょ!?貴方みたいな男がそういてたまるものですかっ!」
他人を装う男にシスティーナが喚き立てる。
「俺はお前みたいな銀髪なんて知りません。『ゲイル・ブロウ』を撃ってきたなんて知りません」
「おもくそ知ってんじゃねえか。公園で居眠りしてるところを見つけた時からボロボロだったが、お前なにかやらかしたか?」
「ちょっ、なんで俺が加害者前提で聞いてくるんだ!?一年ぶりに再会した相手にそりゃねえだろ!」
「久しぶりだからって甘やかしてくれると思ったら大間違いなんだよ。んなことより、さっさと自己紹介しろ。今までのやり取りでもう10分も時間無駄にしてんぞ。俺の家賃のためにもしっかり働けヒキニート。じゃ、俺は適当にやっとくからあとよろしく」
それだけ言ったレイは隅に座って、いつの間にか取り出した分厚い本を読み始める。
「くっ……くっそーこのドS野郎が、後で覚えてろよ……えー、グレン=レーダスです。本日から一ヶ月という短い期間ですが、生徒諸君の勉学の手助けをするつもりです。短いですが――」
「挨拶はいいから、早く授業を始めてくれませんか?」
苛立ちを隠そうともせず、システィーナは冷ややかに言い放つ。
「あー、でも、まぁ、そりゃそうだよな……かったるいけど始めるか……仕事だしな……」
すると、先ほどまでの取り繕った口調はどこへやら。たちまち素が出てきた。
「よし、早速始めるぞ……一限目は魔術基礎理論IIだったな……あふ」
あくびをかみ殺してグレンは教科書を持ってページを開いたかと思えばすぐに閉じて、手に持ったチョークでスタイリッシュにかっこよくコントンコンっ!と、黒板に文字を書き記した。
“自習”と。
「「「 ………………… 」」」
クラス全員が我が目を疑い、こすったり瞬きをして眼球の機能を戻す努力をするが……どうにも黒板の文字は変わらない。
「えー、本日の授業は自習にしまーす……眠いから」
グレンは生徒達に向けてそう言った後、教卓に突っ伏してイビキをかきながら寝始めた。
誰もしゃべらない沈黙の数秒後。
「何なのよこの先生達はあああああああああああああああぁぁぁ━━━━━━っ!!」
この日、二組の教室からほぼずっとシスティーナの怒鳴り声が聞こえていたのは言うまでもない。
やっちまった……。