ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん) 作:嫉妬憤怒強欲
「んだよ、ここ酒おいてねえのかよ」
「学び舎でそんなの売るわけないでしょうが!」
真昼間に酒が飲みたくなったアル中のレイが競技場外に配置された露店にないことを知り、「けっ、品揃え悪いな」とご機嫌斜めでその場から離れる。
「あ~やっぱダメだな。アルコールと糖分とらねーとなんかイライラする」
「相変わらず自堕落な生活を送ってるようだなレイモンド」
「あ?」
ぼやきながら競技場へ戻ろうとしたその時、聞き覚えのある声が聞こえたと同時に、背中を久しぶりに感じる殺気が駆け巡る。
この場に似つかわしくないその気配を感じ取り、すぐさま腰に差していた木刀に手を伸ばし、殺気を感じた方向を見るレイ。
すると見覚えのある二人組が通りの向こうに立っていた。
一人は二十歳ほどの青年だった。藍色がかった長い黒髪の奥から、鷹のように鋭い双眸が覗いている。すらりとした長身で痩せ肉だが骨太。その物腰は、落ち着いていると称するよりはむしろ冷淡さを色濃く感じさせ、ナイフのように触れてはならない致命的な鋭さをどこかに隠している――そんな雰囲気の男である。
もう一人はまだ十代半ばの少女だった。ろくに櫛も通されてない伸び放題の青髪を後ろ髪だけうなじの辺りで雑に括り、印象的な瑠璃色の瞳は常に眠たげに細められている。華奢で小柄なその肢体や、精巧に整ったその細面はアンティーク・ドールを想起させる。笑えばさぞかし魅力的に映るのだろうが、その相貌には表情という表情が死滅しており、いかなる感情の欠片すらも読み取れない。
二人共黒を基調としたスーツと外套に身を包んでおり、外套には要所要所に金属板やリベット、護りの刻印ルーンで補強されている。
一年前までレイとグレン、セラが羽織っていたものと同じ物だった。
「アルベルトにリィエルじゃねえか。テメエらなんでこんなとこに――――」
レイが二人の存在を認知した瞬間。
小柄な少女────リィエルが何事かを口走りながら両手を地面につく。
すると魔力が紫電となって爆ぜると共に、リィエルの手には十字型の大剣が瞬時に生み出され、代わりにその場にあった石畳がごっそりと消えた。
石畳を鋼の大剣に作り変えたリィエルは、そのまま剣を担ぐように構え、レイに向かって弾丸のように突進してくる。
「いいいいやぁああああ———ッ!」
少女らしい高い裂帛と共にレイへ向けて跳躍。稲妻の如く鋭い一撃が振り下ろされる。
「ったく、ちったぁ学習しろ脳筋が」
レイは左脚を軸に、身体を時計回りに360度回転させることで大剣の軌道上から避ける。
一撃を紙一重でひらりと躱した後、回転の勢いに任せて、がら空きになっているリィエルの後頭部へと木刀を振り下ろした。
「きゃん!?」
もろにレイのカウンターを食らったリィエルはどさりと倒れ伏し、地面でびくびくと痙攣し始める。
「相変わらずカウンターに弱ぇな」
「一年経っても腕は鈍ってないようだな」
「おいアルベルト、リィエル係ならちゃんと手綱を握ってろ」
リィエルの無効化を確認したレイは傍観に徹していた青年、アルベルトに文句を言う。
「そんな係を請け負った覚えはない。それに今までその女の手綱を握れた奴なんていたか?」
淡々と放たれるアルベルトの言葉の端々には、どこか確実に棘があった。
「あー……うん。そうだったわ。悪いな」
帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー7『戦車』のリィエルを一言で例えるならアホの子だ。高速錬成と近接戦闘能力は高いが知能が低い。
暴走脳筋イノシシ娘、ナチュラルボーン破壊神、がっかり斬殺天使、一緒に任務に就きたくない同僚ランキング万年ぶっちぎりナンバーワン、連携作戦を台無しにすることに定評があり、作戦なんて立てる意味ないだろう、だってリィエルがいるから、と各軍閥から太鼓判が押されている。彼女と組んだ相棒には「リィエル係」という不名誉な称号が与えられるとか。
レイがその欠点を改善しようと調きょ―――教育を試みたことがあったが、まったく成果が出ず「アホに何を言っても無駄だ」とすぐ諦めたほどのアホさだ。
アルベルトの苦労をなんとなく察したレイは珍しく同情的だった。
「つーか、なんでテメェらがここにいんだよ。競技祭の観戦に来た……ってわけじゃねえわな」
「お察しの通り任務だ」
「そっか。俺クビになった身だし、邪魔しちゃ悪いな」
「俺達に与えられた任務は女王陛下の護衛を務める王室親衛隊の監視だ」
「え?なに普通に任務内容言っちゃってんの?俺もう部外者なんだよ」
「俺達は一枚岩では無い。王室直系派、王室傍系派、反王室派、過激極右派、保守的封建主義者、マクベス的革新主義左派、帝国教会右派…アルザーノ帝国は様々な思想主義と派閥が渦巻く混沌の魔窟だ」
「あの、もしもしアルベルト君や?聞いてる?俺部外――――」
「右派の筆頭、王室親衛隊に最近不穏な動きがあるとの情報が入った」
「おい、いい加減にしろ。わかってて言ってんだろ?俺を巻き込むつもりで――――」
レイの額に血管が浮き上がるがアルベルトはお構いなしに話を続ける。
「異能者差別に対する新しい法案が円卓会で閣議されるようになって特に顕著になったとの事だ」
「いやだから――」
「異能者を女王の名の下に法的に保護する事は神聖なる王室の威光に傷がつく、と考えてるのだろう」
「聞けやあああぁぁぁぁ!今すぐその口閉じろ!それ以上俺にヤバそうな情報聞かせるんじゃねええええ!」
帝国宮廷魔導士団の中でも精鋭中の精鋭である特務分室の任務内容を既に一般人であるレイに話すという事は、帝国軍法第六章、緊急特例四号条項に基づいて無理矢理協力させる腹積もりだ。
帝国軍がよくやる常套句を見てきたレイはすぐにそれを察し、アルベルトの両肩を掴んでグワングワンとシェイクするが――――
「よって、俺達は王室親衛隊を監視していた」
手遅れだった。
「テメェまじでふざけんなよ!遠慮なしにベラベラ喋りやがって!聞いてない!俺は何も聞いてないからな!だからヤバそうなことに巻き込もうとするな!」
「俺だって最初は巻き込むつもりはなかった。だが事態が急転したからにはそういうわけにもいかなくなった」
「あ?いい加減にしろよ。適当なことを言って俺を丸め込もうとしても――――」
「王室親衛隊がお前たちの生徒、ルミア=ティンジェル……エルミアナ元王女を殺そうと動いている」
「――は?」
♢♦♢
止めようとしたグレンは殴り倒され、ルミアは人気のない中庭の街路樹の下に王室親衛隊に連れて行かれた。後ろ手に縄をかけられ、四方から首筋に剣を突きつけられ、もはや身じろぎすることすらままならない。
「体の力を抜いて、動かぬことだ。急所を外せば長く苦しむことになる」
隊長格の衛士が剣を握りしめルミアの前に立つ。
「………はい」
ルミアは一つ深呼吸をして目を瞑った。
ルミアはいつかこのような日が来るのではないか───そう覚悟していた。
元々、自分は三年前に死ぬはずだった。自分という存在は公になれば国内外に要らぬ混乱をもたらす猛毒だ。それゆえに国を守るために人知れずに殺されるはずだった。
だが、生かされた。
自分を哀れんだアリシアが、無理をして自分を生かしてくれたのだ。
ルミアはそれがやはり単なる幸運に過ぎないことも痛いほどに理解していた。
こんな日が、いつかやって来るかもしれない……常日頃そう思っていた。
市井の赤き血の一人に落ちたとはいえ、ルミアという存在はアルザーノ帝国が抱えた爆弾のようなものだ。国を支える王女たる母が、いつかなんらかの事情で、止むを得ず自分を処分することを決意する日が来る……いつも心のどこかそんな覚悟をしていた。
このあまりにも突然な処刑宣告は、つまりそういうことなのだろう。
(…ああ、きっと最後だから会いに来てくれたんだ)
元々自分は三年前に死ぬはずだった。そんな自分は無理をして生かされていたのだ。
いつ殺されたっておかしくない。死んだって構わない。
だが、それでも――
(……怖い、な)
こんな自分に本当の姉妹のように接してくれたシスティーナ、本当の両親のように愛してくれたシスティーナの父母、仲の良かった学院の学友達やグレンとセラとレイ、そして――アイザ。皆とこんな形で別れなければならないことがどうしようもなく悲しかった。
誰か助けて、まだ死にたくない、と。
頭を抱えて泣き叫びたかった。
(やっぱり……死ぬのは嫌だな……)
つ、と。ルミアの目尻からこぼれた涙が頬を伝い落ちた――その時、ルミアの耳元に声が聞こえた。
「そのまま、目を瞑ってろ───」
「……えっ?」
しゅぱっ、と。
頭上で何かが爆ぜるような音が鳴り響いた。
「「「「「うぎゃぁあああああああああ――ッ!?」」」」」
死に至る灼熱の苦痛の代わりに、ルミアを襲ったのは耳を刺すような悲鳴だった。
「……ッ!?」
ルミアが驚いて、思わず目を見開く。
「うぁ、ああぁ……ッ!?目が、目がぁ~ッ!」
「うう……み、見えない……何も見えない……ッ!」
ルミアが見たのは、剣を取り落として目を押さえて悶え苦しむ衛士達の姿だった。
「ただの【フラッシュ・ライト】だ。死にはしない」
「あ、アイザ君!?どうして!?」
いつの間にか右横に競技場にいる筈のアイザがおり、ルミアを縛っていた縄を解いていた。
「ぷぷーっ!『対魔術装備に身を包んでるから三属呪文も精神汚染呪文も効かん』だなんて言ってたのは何処のどなたでしたっけ〜!?初級呪文が滅茶苦茶効いてるじゃないっすか!」
「グレン先生…!」
気絶していた筈のグレンが二人の元へと近づいてきていた。
「き、貴様は魔術講師……何故、さっき……」
「ああ、俺こう見えて拳闘の方が得意でね……あんな程度の打撃ならいくらでも外せるんだよ」
「ぐっ……貴様、我々に仇なすとはすなわち女王へい──ぐふっ!」
「ああ、いちいち話を聞くつもりないんで。せっかくのチャンス潰されたくないし」
衛士の一人が最後まで言い切るのを待たず、グレンがあっと言う間に全員手刀で沈めた。
「せ、先生……それにアイザ君も、王室親衛隊に手をあげるなんて……」
「ああ、うん……かなりヤバイことしちゃったかも……」
「俺はたまたま近くで競技の練習してたら、たまたま【フラッシュ・ライト】の光が連中のところにいっただけだ。だから実際に手を出したのはグレン先生だ」
「あっテメ、ナニ1人だけ助かろうとしてるんだよ!?被害を与えたお前も同罪じゃ!」
グレンがアイザに掴み掛る。
「それより急いで離れないと!こんなところ誰かに見られたら!」
「おおおお、落ち着け。と、ととととにかくどこかにあるタイムマシンに乗って――――」
「落ち着くのはあんただ」
「そ、そうだ!王室親衛隊にも話の通じる奴がいる。まずはそいつらと話し合って──」
「いたぞ――ッ!?あそこだ――ッ!?」
見れば向こうから、新手の衛士達がこちらに向かって駆け寄って来ていた。
「み、見ろ!同士達が殺られているぞ!?」
「おのれ、大罪人に与する不届き者め!我らが剣の錆にしてくれるッ!」
「志半ばで倒れた同胞の無念、必ず晴らしてみせる!」
「いや、死んでねえっつの」
良い感じに勘違いされてしまったらしく、衛士達は妙に殺気立ち、もはやどうすることもできなさそうだった。
「先生、話の通じる奴なんています?」
「うん、俺も自信なくなってきたわ……ていうか、キミ達、人の話は最後まで聞きましょうって、お母さんに習わなかった!?」
迫り来る衛士達が一斉に抜剣する姿に、グレンが頬を引きつらせつて青ざめ、アイザはため息をついた。
「ど、どうするんですか!?このままじゃ先生達が――」
「落ち着けルミア、取り敢えず足止めする」
落ち着いた様子のアイザが指パッチンする。
すると、
「な、なんだ!?」
「か、身体が重い…!」
グレンたちに迫って来ていた衛士たちが突然、その両肩に重荷でも乗せられたかのように、くず折れて、その場に倒れる。
「えっ、お前なにしたの?」
「暴徒鎮圧用の重力結界です。予め魔術罠として仕掛けておきました」
「用意周到だな」
「とはいえ長くは持ちません。一旦ここを離れますよ」
「きゃっ!?あ、アイザ君!?」
アイザはルミアを横抱きに抱えると、一節のルーンを唱え跳躍する。
すると人の脚力ではありえない高さまで、二人の体が空へと舞い上がった。
黒魔【グラビティ・コントロール】。重力操作の呪文である。
グレンもアイザに遅れながら三節詠唱で二人を追いかけ学院を囲む鉄柵を大きく飛び越え、学院のその外へと出た。
呪文を解除すると二人は猛然と駆け出した。
「に、逃げたぞ!」
「追え!逆族を逃がすな―――――ッ!」
「く、くそ動けん」
「ああ、もう畜生!何でこう次から次へと!だから俺は働くなんて嫌だったんだよおおおおぉぉぉぉ!ええい、引きこもりバンザ──イッ!」
グレンの悲痛で切実な叫びがフェジテの街に響いた。
同時刻、グレン達の逃亡劇を遠見の魔術で眺めている男がいた。
「あらら、連中元お姫様を仕留め損ねちゃったか。やっぱり実戦経験のない素人連中は役に立たないな」
誰に聞かせるでもなく独り呟くその男の声色に落胆はない。それどころか口元に薄く、冷たい微笑を浮かべていた。
「でも、あっさり終わってしまうのも面白くない――――もっとひりひりしないと」
想定外のことが起こって、とても面白い、そんな響きだ。
「おや?」
男の視界に、王室親衛隊とは別にグレン達を追いかけている人影が複数確認された。
「くくく。『星』に『戦車』に元『悪魔』か。かつての同僚達を交えて同窓会といったところかな?」
それから数分後。住宅街がある西地区の人気のない路地裏で、アイザは追っ手を完全に撒いたことを確信し、抱えていたルミアを下ろす。
「アイザ君…それに先生もどうして……?」
ルミアの顔は苦渋の色に満ちていた。
「わかってるんですか?このままじゃ、アイザ君も先生も……」
「いや、だって、お前見捨てたら白猫に叱られちゃうだろ?あいつの説教は耳にキンキンうるさいから嫌なんだよ」
「それいつものことでしょ」
「ふざけてる場合じゃありません!……なぜ、私を助けたんですか?今、先生も、アイザ君も、本当に危うい立場なんですよ?いつ殺されてもおかしくないんです。どうして二人とも、私のために、こんな無茶を……!」
「は?講師が自分の生徒を守るのは当然だろ?」
「俺は陛下からお前を守るよう命令を受けている。真偽がはっきりするまでこの命令は生きたままだ」
「お前そこは大好きなルミアを助けたからって言えよこのツンデレぐぼお!?」
からかい口調のグレンの腹部にアイザの肘打ちがヒットする。
「お、お前…今のモロ入ったぞ」
「うちの業界じゃ冗談も言うのも命懸けなんですよ。巫山戯てる暇があるならアルフォネア教授に話を聞いてください」
「あ?なんでセリカに?」
「あの人女王陛下と一緒に闘技場の貴賓席に座ってたでしょうが」
「あっそうだった」
身体をくの字に曲げたままのグレンはポケットから取り出した遠隔通信の魔導器を起動して通信に入る。
「アイザ君………」
暗澹とした空気が場を支配する中、ルミアが切り出した。
「任務だから……助けたの?でも、いくら任務の為だからっていってもこのままじゃアイザ君まで……」
「それはお前が気にすることじゃない」
「気にするよ!このままじゃ私だけじゃなくアイザ君まで……ッ!」
「状況を冷静に考えろ。本当に陛下がお前を殺すのなら他にやりようがあるだろう」
「え?」
「仮にも俺はお前の護衛を任されている。仮にお前を殺すのなら下手な衝突を避ける意味も込めてお前を殺す前に俺に一言あるか、護衛の命を解くかするぐらいはする」
「あ……」
「まず話が急すぎると思わないのか?何故魔術競技祭の日にお前を殺す必要がある?世間の体裁を保つ為にも罪状とその証拠のでっちあげは事前に用意するだろ」
冷静に語るアイザの言葉に、ルミアもようやく冷静さを取り戻し始めてきた。
言われてみれば確かに話が急すぎる。
本当に殺す必要性があるのなら三年前に殺しているはずだ。
「諜報員としての経験上、物事は常に額面通りのものとは限らない。大抵は裏があることを隠すために噓で塗り固めたものだ。今起こっていることもそれなんだろう。最悪自分が死ねば、全部解決できると思ってるなら大間違いだぞ」
「…………っ」
心の内を見透かされたかのような言葉にルミアは押し黙ってしまう。
「おい、何言ってんだ? ふざけんな! 今俺は真面目に……っ!?」
セリカと連絡してるグレンの様子がおかしい。神妙な顔つきでいくつか質問を重ねるがその表情は渋くなる一方だった。
「あ?それってどういう…………て、おい!?あの女……変なこと言うだけ言って切りやがった。くそ……俺ひとりでどうしろってんだ」
「どうでした?」
セリカとの連絡を終え、近づいてきたグレンにアイザはその結果を問い質す。
「ダメだった。なんでか分からんが、セリカは動けないらしい」
「歴代最強の魔術師が?なぜ?」
「聞いても言わねえんだよ」
「彼女でも手に負えない事態が発生したということでしょうか?」
「そういうことなんだろうな。だが、俺が女王陛下の元に来れれば事態は解決できるらしい。俺だけがこの状況を打破できると言っていた」
「どういう意味かわかりますか?」
「いや、全然思いつかねえ」
「…つかえませんね」
「文句ならセリカに言え!」
とりあえず、アリシアの元へどうやって辿り着くかその方法を考えようとした矢先―――強烈な殺気が襲いかかった。
「「―――ッ!?」」
グレンとアイザは殺気がした方向へと急いで顔を向けると、通りの向こうの建物の屋根の上に、三人の人影があった。
「リィエルにアルベルト!?どうしてここに――まさか、王室親衛隊だけじゃなく、宮廷魔導士団も動いていたのか!?ってあれ?なんでレイもあっち側にいんだ?」
グレンが三人の存在を認識した瞬間。リィエルが弾かれたように屋根を蹴り、建物の壁を駆け下りた。
「いけリィエル!思いっきりブチのめしてやれ!」
「え?」
「ん、グレン覚悟」
レイの指示に従ってリィエルが大剣を携えてグレンに斬りかかる。
「いや、ちょ――」
「やめんか」
「ぎゃんッ!?」
だがアルベルトの放った威力低めのライトニングピアスが彼女の後頭部に直撃して阻止された。
(((え?なにこれ?)))
まったく状況が掴めない三人の前にアルベルトが降り立つ。
「久しぶりだな、グレン」
「あ、あぁ……」
どこか咎めるように冷たい声色で挨拶してくる元同僚に、グレンは戸惑う。
「場所を変える。俺についてこい」
レイとアルベルトはリィエルを引きずりながら路地裏の奥へと歩いていく。
「───どうします?グレン先生」
「行くしかないだろ」
「一応言っておきますけど、俺のことは話さないでくださいよ」
「わーってるって。行くぞ」
ため息をつき、グレンは二人についていく。
「ルミア、行くぞ」
「う、うん」
そんなグレンに、アイザとルミアも急いでついていった。
「このお馬鹿!お前、一体、何考えてるんだ!?」
フェジテの路地裏、その更に奥まった場所。
リィエルの襲撃の理由が『現役時代の時にお預けになった勝負の決着をつけたかった』だったと聞き、グレンが叫んだ。
「時と場合と状況を考えろ、このアホ!脳筋!おかげで死ぬトコだったわ!」
「……むぅ」
「てかなんでレイはこいつを煽るようなことしてんだ!?」
「あ?俺がこいつ襲われたのにお前だけ襲われないってのが不公平だと思ったからに決まってるだろ?」
「目茶苦茶最低な理由だな!」
「ちなみに俺は返り討ちにしてやったぞ」
「だろうな!お前くらいしかこいつ相手にそんなことできねえよ!」
「…………そろそろ話を進めるぞ。状況はとても深刻なんだがな」
「す、すまん。頼む」
アルベルトの態度は久方ぶりに再会した仲間へ向けられるものとしては、どこか冷ややかだ。グレンは気まずさを覚えながらそれに応じた。
アルベルトが調べた限りでは王室親衛隊の総隊長ゼーロスの主導の元、女王陛下を監視下におき、元王女であるルミアを抹殺しようと動いている。その理由としてルミアが魔術とは異なる力―――『異能者』である事が挙げられるが、不敬罪を犯してまで敢行する事なのかという疑問が上がる。
「セリカはどうしたんだ?ほら、元・特務分室のナンバー21」
「女王陛下の傍らに居る。だが、何も行動を起こす心算はないように見える」
「わっかんねーなぁ。セリカなら、いくらでも女王陛下を守って切り抜けられるはずなんだけどなぁ…」
「もういい。考えても仕方ないことがある」
思索の膠着状態にしびれを切らしたようにリィエルが割って入る。
「……いや、お前はもう少し考えような?」
「だから、わたしは状況を打破する作戦を考えた。グレンとレイがいるなら、もう少し高度な作戦が可能」
「ほう?言ってみろ」
「まず、わたしが敵に正面から突っ込む。次にグレンが敵に正面から突っ込む。そしてレイが敵に正面から突っ込む。最後にアルベルトが敵に正面から突っ込めばいい。…どう?」
「お前はいい加減、その脳筋思考をどうにかしろっての!?」
「痛い」
呆れたグレンはリィエルの脳天を鷲掴みし、ぎりぎりと万力のように力を込めた。
(…情報通り戦車は馬鹿だな)
ルミアの側に立つアイザは内心呆れてしまう。
「馬鹿の考えた作戦なんてこんなもんか。ここは俺が考えた作戦でやるぞ」
「いや、お前もこいつ以上の馬鹿なんだけど」
リィエルの馬鹿さに呆れるレイが提示した作戦は―――
「まず、グレンリィエルとアルベルトとアイザが女王様のところに突撃する。それを俺が連中に告げ口する。後は俺が褒美を貰って全部解決だ」
「さっきのよりも最低な作戦じゃねえかぁああああ!!!」
「ぶべらぁあああ!?」
グレンの渾身のツッコミと右ストレートが炸裂した。
「なに仲間を差し出して一人だけいい思いしようとしてんだよ!?そんなんで解決すんのはテメエの懐事情だけじゃねえか!」
「さらっと俺まで差し出そうとしてるんですか?」
「巫山戯るのも大概にしろ。息の根を止めるぞ」
「ん、よくわからないけど取り敢えずレイをボコる」
生贄作戦を考えついたレイをグレンとアイザ、アルベルトとリィエルがゲシゲシと蹴る様子に、ルミアは苦笑いを浮かべながら見守っていた。
「もう馬鹿はあてにしねえ………とにかく女王陛下に直接面会すれば、この状況を打破できる」ゲシゲシ
「その根拠はなんだ?グレン」ゲシゲシ
「さあな?セリカがそうしろって言ったんだ。知ってるだろ?元帝国宮廷魔導師団、執行者ナンバー21『世界』のセリカ=アルフォネアは、ケチで意地悪だが、意味のないことを言うやつじゃない。どの道このままじゃ物量差でジリ貧、それに賭ける。それに心強い味方がもう一人いる」ゲシゲシ
「そいつは信じていいのか?」ゲシゲシ
「少なくとも、俺は信じられるね」ゲシゲシ
「……わかった。お前がそう言うのなら、俺も信じよう」ゲシゲシ
「それで、お前達を女王陛下の前に立たせるとして……俺達は何をすればいいんだ?」ゲシゲシ
「そうだな――」ゲシゲシ
「あの、せめて蹴るのやめてから説明してくんね!?」
♢♦♢
「はぁ…遅いなぁアイザと先生…」
競技祭の指揮をセラと一緒にとっているシスティーナはボソッとそう呟く。レイのことは頭から抜け落ちている。
「そうだねぇ…何かあったのかな?」
「あの二人ならルミアをすぐに見つけると思うんだけど…」
アイザ達がどうなっているかシスティーナ達は知らない。まだルミアを探しているのかルミアと何かをしているのか分からないのだ。それに、システィーナとセラで頑張ってはいるが競技祭の布陣を決めて総指揮をとっていたグレンがいないことで二組は徐々に士気が落ちかけてきていた。
「やっぱグレン君がいないと厳しそうだなぁ…」
そうセラがボソッと呟いた時、システィーナとセラの背後から覚えのある気配を感じ振り向く。
「もう、遅いわよ三人とも!って…あれ?」
「アルベルト君にリィエルちゃん?」
そう、二人が振り向いた先にいたのは、アイザとレイ、そしてアルベルトとリィエルだった。
「セラ先生、お知り合いですか?」
「うん、前の仕事で同僚だったの」
「いやあさっき偶然会ってな」
「レイ君はなんでボロボロなの?」
「ちょっと転んだんだよ」
「グレンの昔の友人のアルベルトだ。この隣の女はリィエル。魔術競技祭の後、旧交を温めようとグレンに招待されたのだが…奴は突然の用事が入ってしまい立て込んでいる」
その言葉を聞いて二組の生徒達は顔を見合わせる。動揺の色が隠せないでいる。しかし、アルベルトは淡々と生徒達に告げる。
「グレンの奴からこのクラスのことを任された。今から俺が奴の代わりに指揮をとる。そして、奴にお願いもされた、優勝してくれとな」
それを聞いた二組の生徒達、そしてシスティーナやセラも驚く。突然現れて指揮をとるから優勝しろ?グレンとセラ、あとレイの知り合いで許可証も持っている以上、信頼はできるのだろうがどう判断すれば良いのか分からず全員が困っているとリィエルがシスティーナの前までやってくる。
「お願い…信じて」
リィエルはシスティーナの手をとり真剣な眼差しでシスティーナを見つめながらそう言った。
「───貴女達は……」
システィーナはしばらく黙り、そして頷いた。
「……わかったわ。うちのクラスの指揮監督をお願いするわ、アルベルトさん」
そんなシスティーナに、困惑の視線が集まる。
「大丈夫よ。この人達はきっと信頼できる。それに誰が指揮を取ろうと、私達のやることは変わらない。皆で優勝するんでしょ?」
「そ、そうは言ってもさ…」
「先生がいないと俺たち…」
しかし、生徒達は不安そうな表情をする。
「おいおい、あいつがいなくなっただけでここまで弱腰になるとはな。けどテメエらが勝手に負けたらアイツ、『ぎゃははは!お前らって俺がついてないと全っ然ダメなんだなぁ!あっ、ごめんねぇ、キミ達ぃ、途中でボク抜けちゃって〜、てへぺろっ!』って言うぞ、絶対」
というレイの一言に全員が想像する。
いつもの通り憎たらしい表情で、いつものように皮肉たっぷりの口調で、レイの言った通りのセリフを言うグレンを。
むかっ!いらっ!かちん!
あまりにも有り得るその状況に、二組の生徒達は全員がむかっとした表情をする。
「言いそう……」
「ウザいですわ、それはとてつもなくウザいですわ……っ!」
「あのバカ講師に言われるのだけは我慢ならんな」
「ああ、もう、くそ!考えただけで腹立つ!わかったよ、やってやるよ!」
冷えかけていた熱気が戻ってきた。
「よし、こんなもんだな」
生徒達を焚きつけることに成功し、レイがうんうんと頷く。
「……レイが言うと凄く説得力があるな」
「褒めんなよ。照れるじゃねえか」
「褒めてねえよ」
アルベルトはしかめっ面をしながら髪をかいた。
次回
「闇より出でて闇より黒くその汚れを禊ぎ祓え」