ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん)   作:嫉妬憤怒強欲

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遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。


やる気なし

「うわー、見ろよ、ロッド、あの講師を……」

「あぁ、スゲェな……目が死んでる……」

「あんなに生き生きとしていない人を見るのは初めてだ……」

 

 教室のあちこちから、ひそひそと響く囁き声。

 

「で多分、こうだから~きっと、こんな感じで~で大体、こうで~」

 

 生徒達の蔑みきった視線の先では、脳天に盛大なタンコブを乗せた男……グレンがまるでゾンビのように緩慢な動作で教鞭を取っていた。

 グレンの授業は最低最悪という言葉が最も良く合うものだった。まず、聞いていて内容が理解できず、説明にすらなっていない。時々黒板に文字を書くが、どうやっても判読不能な文字ばかり。

 

「レイ先生、そこの変態の代わりに授業をしてください」

 

 このままじゃ授業にならないと判断したシスティーナがすぐにレイに声を掛ける。

 彼はやっとこ本からスッと目を離して顔を上げた。

 

「ったく、しゃーねーな。面倒くせえが俺が代わりに授業するか」

 

 頭をボリボリと掻きながら教壇の前に立つ。

 

「えー先生、教鞭を執るのは初めてなので一応本を読んで勉強しました」

 

 レイの言葉に少しはまともそうだとホッと安心する一同。だが………

 

「それではまず皆さんには――――ちょっと殺し合いをしてもらいます」

「「「ぶふぅっ!?」」」

(((何の本読んだんだ!?)))

「ふざけんなぁ!!」

「サイコパスぅ!?」

 

 気がつけば、レイのボケにぶちぎれたシスティーナが手に持っていた教科書の角をアホンダラの顔にお見舞いしたのであった。

 

 

 

 

 

 非常勤講師としてやってきたグレン=レーダスとレイ=フェルム。

 グレンは見事に適当な説明の授業と自習を繰り返し、死んだ魚のような瞳でやる気のない授業を始め、質問にも答えないという斬新な授業という何かで、加えて監視役でいる筈のレイはそれをただ口で軽く注意するだけで咎めもしないという怠慢を働いた。

 これには講師泣かせの悪い意味での称号を授けられているシスティーナの怒りを買ったのは言うまでもない。

 

 そして最初の授業が終わった直後。

 

「痛ぇ……マジで痛ぇ……こ、ここまでやるか?普通……」

「いやそれが普通の対応だからな」

 

 学園の廊下を、全身引っかき傷と痣だらけ、衣服ズタボロの姿となったグレンを、面倒くさそうに引き摺っていくレイ。

 

「まさか授業をやりたくないがために女子更衣室に堂々と飛び込むだとはな……いやー、お前の働きたくない精神にはまじ俺も脱帽だわ」

「だからあれは本当に事故なんだって」

「ハイハイ分かってるって、誰だってあんなミスあるわ。お前も男だから時には魔が差しちゃうことだってあるだろうよ」

「いや全然わかってねえだろ!?」

「とりあえずお前の部屋はいるときは必ずノックして、ごみ箱に大量のカピカピティッシュが入ってても気付いていない振りしといたほうがいいよな?」

「人の話聞けよ!なんなのその思春期真っ只中のガキへの気の使い方!?」

 

 何故グレンがボロ雑巾になっているのかというと、錬金術実験の準備で実験用のローブに着替えようと更衣室に向かった際、間違えて女子更衣室に入ってしまった。

 事故のようなものだが、グレンは自己弁護のためにラッキースケベに巻き込まれたのなら、どうせ殴られて怒られる事が決まっている。それなら見た男は罪悪感で眼を逸らす事なんてしないで自分の眼に焼き付けるという教師としても、成人男性としてもアウトな主張をした。

 その結果、女子生徒達による集団リンチにあったとのはほとんどグレンの自業自得である。

 

 ちなみにレイは入る前に更衣室の外のプレートに『女子更衣室』と書いてあるのに即座に気づいたために難を逃れたのであった。

 

「というかお前俺がひどい目に遭ってたのに助けるどころか更衣室の扉閉めて出られないようにするなんてどういうつもりだ!?」 

「あ?そんなのお前の苦しむ声が聞きたいからに決まってるだろ?」

「外道だ!仲間を仲間とも思っていない外道が目の前にいるぞ!」

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。それくらい元気ならこっからは自分で歩け。じゃねぇとボロ雑巾みてぇにゴミ箱にポイするぞ」

「わ、分かったって………」

 

 これ以上文句を言えば本当にやりかねないため、グレンは渋々立ち上がり歩き始める。

 

「ったく、一年経ってもお前相変わらずだな」

「けっ、俺にとっちゃまだ一年だよ………ところで、セラの様子はどうだ?」

「白犬か?この間セリカからもうそろそろしたら退院できるってよ」

「そうか………悪かったな。大変な時にいなくて」

「いや、レイが辞める事になったのは俺達を――――」

「あ?なに勘違いしてんだよ」

 

 グレンの言葉を最後まで聞かずレイは強く否定する。

 

「あの時はたまたま道に迷ってて、たまたまお前らのところに出くわしちまっただけだ」

「いや噓つけ。そんな言い訳上層部が信じるわけねぇだろ」

「嘘かどうかなんてもうどうでもいいだろ。どっちにしろ上の連中にとって命令違反が多かった俺を追い出すいい機会だったんだから。ま、クビ程度でお前らが助かったのなら安いものだったか」

 

 その言葉にグレンは黙るしかない。少し暗くなった雰囲気を変えるようにレイは明るい口調でグレンに声をかける。

 

「とにかく一か月またよろしく頼むぜグレン先生………俺の今月の家賃のために。ついでにお前が貰う分の給料も依頼料として寄越せ」

 

 右手で頭を掻きながら、もう片方の手で財布を逆さまにしてこれ以上お金が入ってないとアピールする天然パーマ。

 

「いいハナシ風にまとめて最後はそれかぁああああああ!!」

「ぶべらぁ!」

 

 グレンの渾身のツッコミと右ストレートが炸裂した。

 

「ざけんなぁああああ!!ただでさえもう魔術に関わりたくねぇのにその上まるでダメなおっさん略してマダオのテメェの分まで働かにゃいけねえんだよ!」

「テメェまで俺をマダオ呼ばわりか!言っとくがテメェの方が一番マダオに近いからな。どっかの年齢詐称女のところで穀潰しやってる底辺のグレン君は一つ上の存在である俺様の役に立て!」

「殆ど悪徳領主のセリフじゃねえか!」

 

 やんのかこらといった感じでメンチを切りあう二人。

 

「あの、すみません」

「「ああ゛?!」」

 

 剣吞とした雰囲気の中、一人の人物が話しかけてきた。

 二十代前半あたりの物静かそうな若い男性で、柔らかな鳶色の髪をカールにし、眼鏡をかけている。その長めの前髪と野暮ったい黒縁の眼鏡が青年の素顔を衆目から隠しているが、目鼻、顔立ちが整っているのが分かる。黒のスラックスと白のシャツに黒のベスト、黒の手袋……紳士が着るような服をきっちり着こなしていた。

 

「なんだアンタ?」

「自分は医務室担当教員のディー=フェルプスと申します。お邪魔して申し訳ありませんが、医務室の前ではお静かに願います」

「「………」」

 

 ディーと名乗った人物の横を見ると、『医務室』という表札がついた扉があった。

 

「「すみません」」

「そちらの黒髪の方は怪我してるようですが、なにか揉め事でも?」

「あーこいつ女子更衣室に乱入して女子共に返り討ちにあったんすよ」

「は?」

「ちょっ、レイ言い方!」

「ちょっと警備の人呼んできます」

「ちょっと待て!勘弁してください!そんな事したらマジでセリカに殺されちまう!!」

 

 レイの適当な説明で通報されそうになり、グレンは必死に事情を事細かに説明する。

 

「………はぁ、更衣室を男子のと間違えて」

「いやぁ、まさか昔と違って、男子更衣室と女子更衣室の場所が入れ替わってたなんて知らなかったっすよ。事故なんだから絶対俺悪くないっすよ」

「……」

 

 あまりにもしょうもない理由に、ディーは呆れて頭を抱えていた。

 

「………まぁ、怪我してるようなのでとりあえず治療しますね」

「あっ、すみません。どうせ治療するならコイツのは徹底的にやってください。特に腐った性根を」

「ああ”?腐ってんのはテメェの頭だろうが腐れ天パ」

「おん?」

「あん?」

「ここで喧嘩するなら本当に通報しますよ?」

 

 ディーから再び注意を受け、舌打ちしながら静かになる二人。

 

「………では湿布を取ってきますのでここでお待ちを」

「え?普通中で処置するもんじゃないんすか?」

「そうしたいのですが今少々散らかってましてね。転んだりしたら危ないので」

「おいおい。医務室はちゃんと清潔にしとかねえと駄目だろ」

「勿論掃除は毎日かかさずおこなっていますよ。ただ………」

 

 会話の途中でディーが医務室の扉を開けた瞬間、中の光景を見たグレンとレイは一気に血の気が引いた。

 床に広がる真っ赤な水溜り。

 真っ赤に染まった寝台。そしてその寝台に横たわる、口から血を流してピクリとも動かない金髪の美女。

 

「なにぶん。すぐに汚れてしまいますので」

((えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??))

 

 殆ど凄惨な殺害現場にしか見えない状況に、二人は目を思いきり見開いて心の中で思いきり叫ぶ。

 

(どういう事これぇぇぇぇぇ!?床とかベッドとかもう殆ど血塗れじゃねえか!?)

(もしかしてこれこいつがやったのか!?由緒ある学院でやったのか!?)

「本当はもう少し清潔なんですが、今日はかなり汚れてましてね」

(今日は!?じゃあほぼ毎日この部屋血塗れってことじゃねえか!)

 

「その程度の痣やひっかき傷なら塗り薬ですぐに治りますのでそれで構いませんか?」

「あっ、は、はい……お、お構いなく」

 

 恐怖のあまり思わず声が上ずったグレンはレイにアイコンタクトを送る。

 

「(おいやべえよ。とんでもねえマッドな奴と出くわしちまったよ!ど、どうする?今すぐここから逃げ出して通報するか?)」

「(馬鹿野郎。ンなことしようものなら口封じに二人共殺されちまうぞ)」

「(じゃあどうするんだよ!?これを見た時点でどっちみち殺されちまうだろ!)」

「(安心しろ。既に妙案を思いついた。まずグレン、お前が奴の注意を引いてろ。その間に俺はここを離脱する!)」 

「(安心できる要素が見当たらねえ!なにサラッと俺を囮にしようとしてるんだよ!?)」

「(おいコラ、人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。いついかなる戦いでも相手の不意を突くために注意を引いてもらう役は重要なんだぞ?それにお前が選ばれたのは寧ろ名誉なことなんだぞ。お前だってそう思うよなぁ?)」

「(ここ戦場じゃねぇし!つーか前に似たようなこと言って酷ぇ目に合わせたろ!もうそんな手には乗らねえぞ!)」

「(うるせえ!もとはと言えばテメェが更衣室間違えなければこんなことにならなかったんだ!ちゃんと責任取って尊い犠牲になれ!)」

 

 平然とかつての仲間を人身御供にしようとするレイとアイコンタクトでの睨み合いが続く中数秒で妥協案を出す。

 

「(じゃあいち、にのさんで二人であいつ取り押さえてから通報する、それで文句ねえだろ?)」

「(待てwait、”さ”で動くのか?”ん”で動くのか?)」

「(”ん”で動くに決まってるだろ!)」

「(”ん”って言った瞬間か?”ん”って言った後か?)」

「(え?え?あれ?どっちだったっけ?ええい!もう”ん”って言った瞬間に動くぞ!)」

「(絶対だからな。絶対裏切るなよな!)」

「(そっちこそ絶対だからな。んじゃいくぞ!)」

「「(いち、にのさ――)」」

 

「う~ん………」

 

「「え?」」

 

 さんを数えかけたところで、寝台の上で横たわっていた金髪の女性がむくりと起き上がった。

 

「起きられましたかセシリア先生。お体の具合はいかがでしょうか?」

「あっ、はい。少し休んだおかげで大分楽になりました。ありがとうございますディー先生。あら?そちらのお二方はどちら様でしょうか?」

 

 セシリアと呼ばれた女性はグレンとレイの存在に気づく。

 

「そういえばまだちゃんと名前窺ってませんでしたね」

「えっ!?あ、あー…本日から約一ヶ月間、二年二組の担任を勤めますグレン=レーダスと申します」

「そして俺はグレン君のサポートをしますレイ=フェルムです」

「ああ、アルフォネア教授の推薦で来た方たちですね。初めまして私はここの医務室に勤める法医師のセシリア=ヘステイアという者です」

「へ?医務室担当が二人?」

「彼女はかなり腕の立つ実力者ですが虚弱体質でしてね。仕事中に血を吐いて倒れることが多く、自分は補佐兼彼女の担当医としてここにいるのです」

「お、お恥ずかしい限りです………」

「………へ、へぇーそ、そうなんだ。じゃあこの部屋の床とかカーテンとかについてるこれも?」

「彼女が吐き出した血です」

「そ、そうなんだ」

「な、なんだよ。紛らわしいな~もう!あはは…」

 

 自分達の勘違いだったことに気付いた二人は「お邪魔しました」と言って静かに医務室から出る。

 

「……何かもう、色々と疲れたな」

「食堂行くか」

「そうだな」

 

 

♢♦♢

 

 

「はぁ……結局まともな授業がないまま午前が終わっちゃったじゃないの」

「もう機嫌直そうよ、システィ。せっかくの昼食の時間なんだしさ」

「別に機嫌悪くなんてないわよ」

 

 食堂内には白いクロスがかけられ、燭台で飾られた長大なテーブルが何列もあり、午前の授業を終えて食事を取りに来た生徒達で混雑していた。

 

 昼時から愚痴るシスティーナとルミアは厨房カウンターで出来上がった料理を受け取り、空いているテーブルを探す。食事をする生徒達で賑わい、ほとんどの席が埋まっていたが、向かって右端のテーブルの隅、隣り合う席が二つほど空いているのが見えた。

 

「あ、システィあそこ開いてるよ」

「じゃあ行きましょうか。げっ」

 

 席に向かうと、見慣れた顔が見えたシスティーナは嫌そうな顔をした。

 意志の強そうな金色の瞳。短く刈られた薄い蒼髪をツンツンと逆立たせ、細身ながら筋肉質な体躯の少年。

 同じ魔術学士二年次生二組の生徒であるアイザック=ソーントン通称アイザは一人、軽めのサラダとサンドイッチを口に運んでいた。

 

「もうシスティ、まだアイザ君が苦手なの?」

「だ、だって……」

 

 システィーナとアイザは馬が合わない。

 別にアイザが不真面目な不良生徒というわけではない。性格は冷静沈着で成績は非常に優秀。あらゆる科目で彼は首席から外れたことはないほどに優秀で、魔術師の階位は二年次で既に第三階梯までに至っている。優秀であるシスティーナでさえまだ第二階梯に昇格したばかりなのに魔術師として彼は自分よりも先にいる。妬みがないと言えば嘘になる。

 問題はただ単に性格の違いである。

 

 生真面目すぎる性格や魔術にかける熱意が人一倍大きいあまり、講師や同級生(主に男子)から「お付き合いしたくない美少女」「説教女神」「真銀(ミスリル)の妖精」と呼ばれてるシスティーナを『火』と例えるなら、アイザはその逆の『氷』である。

 以前授業中仕事の雑な講師に「待った!」と疑問やら要求やらを真っ向からぶつかった時は「授業が進まないからそういうのは後にしてくれ。それから教えてくれている立場の人間に対して少し敬意を払え」と正論を叩き付けて黙らせたり、別クラスの生徒達から第三階梯であることにいちゃもんをつけられたときは「相手が自分より先に一歩前に進んだ程度でつっかかるな。まるで自分は劣ってると認めてるみたいだぞ」と冷たい視線で睨んで『す、すみません……これから負けないよう頑張ります……』と一瞬で全員ヘコませたことがあった。

 

 というわけでシスティーナはアイザに苦手意識を持っているのである。

 

「でも馬が合わないからっていつまでもそんな態度はよくないよ?」

「わ、わかってるわよ」

 

 ルミアに注意され、システィーナは親に られた子供のようにシュンとしながらアイザのいるテーブルへと歩を進める。

 

「アイザ君私たちここで食べてもいいかな?他に空いてる席が無くてさ……」

「…構わない」

 

 アイザは特に嫌そうな顔をせずに淡々と答える。

 二人がありがとう、と言いながらの前のイスに着く。そして、各々の料理に手をつける。

 

 途中、システィーナのメルガリアントークが炸裂したりした。

 

「だからおかしいのよ、去年発表されたフォーゼル先生の魔導考古学論文の説は。ルミアもそう思わない?あの人の説だと、メルガリウスの天空城が建造されたのは、聖暦前4500年くらいになっちゃうの。確かに次元位相に関する術式が古代文明において本格的に確立したとされているのが古代中期なんだけど、フェジテ周辺で多々発見された古代遺跡の壁画や発掘された遺物からすると聖暦前5000年にはもうすでにメルガリウスの天空城らしきものが空に浮かんでいたってされてるの。この事実を無視して、魔導技術的に不可能だからってだけで、4500年説をごり押しするのはどうかと思うわけ。あの人が新しく考案した年代測定魔術は、どうもこの500年を誤魔化すために作られたこじつけのような気がしてならないわ!机の上の思考や文献調査を過剰に重視するあまり、フィールドワークをおろそかにしがちな現代の魔術師らしい説ね。そもそも、古代中期の次元位相術式で、本当に天空城が空に隠されているのだとしたら、もうとっくに時間切れになってるはずじゃない? だって当時の大気のマナ密度からして、エクステンション限界が――(略)――古代文明が滅ぶ切欠になった二度のマナの冬もあったし――(略)――マナ半減期の値だって矛盾――(略)――そもそも表意系古代語の経時進化過程に三つの素流分枝系統があるのは明らかで――(略)――要するに紋章象徴学的な意味合いとしての神と民間信仰の対立が――(略)――テレックスの神話分解論でも古代文明が単一文化じゃなくて――(略)――(略)――(略)――」

「そ、そうなんだ……」

「………」

 

 食事も忘れてひっきりなしにまくし立てるシスティーナに、聞き手に徹していたルミアと隣で話が耳に入っていたアイザも魔導考古学議論(やや一方的)で少し脂汗を垂らしていた。

 

「おっ、空いてる空いてる」

「ここ、座ってもいいか?」

「……聞く前にもう座ってるじゃないですか」

「一応聞いておくのがマナーだろ」

 

 三人がいるテーブルの空いた席に二人の男がどかっと腰を落ち着けた。それでシスティーナはようやく我に返り、二人の存在に気づいたらしい。

 

「あ…貴方…!!さっきの今でよくも私たちの前に顔を…」

「美味ぇ。なんつーか、この大雑把さが実に帝国式だなぁ……」

「露骨にムシしてんじゃないわよ!」

 

 勢いよく席を立ち上がったシスティーナがグレンに怒りの声を浴びせるが無視され、唸り声を上げる。

 

「おいうるせーぞ銀髪娘もっちゃもっちゃ食事中くらいもっちゃもっちゃ静かにできねーのかもっちゃもっちゃ」

「いやレイ先生のそのもっちゃもっちゃって音も五月蠅いからな」

 

 口に物入れて大きな咀嚼音を立てながらシスティーナを注意するレイにツッコミを入れたアイザの視線が、レイが今食べている物に向いた。

 レイだけでなくシスティーナやルミア、たまたま通りかかった生徒がそれを見て気分悪そうにしている。

 

「あの………レイ先生が食べてるのは一体なんなんですか?見てるだけで胸焼け起こしそうですが」

 

 東方の食物であるどんぶりサイズのご飯の上に東方の菓子である宇治金時を乗せた炭水化物に炭水化物をトッピングさせたとんでもない化け物だった。

 

「決まってんだろ、宇治金時丼だよ。欲しいって言ってもあげないからなー、ほれほれー」

「金を貰ってでも絶対にそんなの食べたくないし見せつけるように食べないでください、羨ましくもなんともない」

 

 こちらにドヤ顔を浮かべながら宇治金時丼などという奇怪な物を見せびらかすように食べるレイを一蹴するアイザ。

 会話がなくなり重苦しい空気のまま食事が続くかと思いきやとその空気を変えたのは以外にもルミアだった。

 

「グレン先生の方はずいぶん、たくさん食べるんですね?」

「ん?ああ、食事は俺の数少ない至福の時間だからな」

「痩せの大食いだしな」

「極度の甘党に言われたくねえよ」

「グレン先生とレイ先生って知り合いなんですか?」

「知り合いっていうか……腐れ縁だな」 

「そうなんですか…そういえばその豆いい匂いがしますね」

「おう、この豆は今が旬なんだ。食べてみるか?」

「ふふ、それじゃ間接キスになっちゃいますね」

「そんなん気にするかよ。ガキじゃあるまいし」

 

 呆れたように肩をすくめ、グレンが豆炒めの皿を差し出す。ルミアは嬉しそうに自分のスプーンで一杯それをすくって口に含んだ。

 

 そんなルミアの様子に口元に笑みを浮かべるグレン。ルミアの人当たりの良さと柔和な態度は、グレンのひねくれた心をも溶かしたようだ。

 

「ところで、そっちのお前、そんなんで足りるのか?」

 

 さきほどから刺々しい視線を向けているシスティーナに話しかけるグレン。

 ルミアのメニューはポリッジと呼ばれる麦粥と、香辛料の効いた鳩のシチュー、そしてサラダ…ルミアが比較的しっかり食べているのに対し、システィーナのメニューはレッドベリージャムを薄く塗ったスコーンが二つ、それだけである。

 グレンに問いかけられたシスティーナは一瞬動揺したが、すぐに平静を取り戻して、きつめな言葉で答えた。

 

「余計なお世話です。私は午後の授業が眠くなるから、昼はそんなに食べないだけです。真面目ですから。まぁ、グレン先生にはそんなこと関係なさそうですけどね」

「……回りくどいな。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

 

 システィーナの挑戦的な言葉に、グレンの声が少し低くなる。2人の間に流れる空気が重くなってきた。

 

「わかりました。この際だからはっきり言わせてもらいます」

 

 だが、システィーナは臆することなく目つきを鋭くしてグレンを射抜く。

 その様子に、宇治金時丼を平らげていたレイがハァとため息をついて口を挟む。

 

「グレン、お前いくらなんでも察しが悪いんじゃねぇか?」

「あ?どういう意味だよ」 

「さっきの自分の行動を顧みればわかるだろ。こいつが何を言いたいか」

「……なるほどな。あぁ、そうだな。確かにこれは俺が悪い」

 

 申し訳なさそうにグレンは目を伏せ、自分のお皿からキルア豆を一粒掬ってシスティーナのお皿に載せた。

 

「へ?」

「ほれ、お前も食いたいんだろ?そんなにたくさんあるんだから少しくらい分けろ、だろ?……まったく、いやしんぼめ」

「やっぱガキは飯を多く食ってなんぼだろ」

「ち、違います!私は……!」

「代わりに、そっちも一口寄越せ」

 

 思わぬ勘違いに顔を赤くして否定するとシスティーナ。しかし、そんなものは華麗に無視し、グレンはスコーンにフォークを刺すと、そのまま一口で丸々食べてしまった。

 

「あ!ちょっと何してるんですか!?」

「何って……まあ、等価交換?」

「ど・こ・が等価なんですか!」

「うわあああ!暴力反対!?レイ!助けてくれ!」

「お前ら血で床を汚すなよー」

「貴様ああああああ!」

 

 そのまま二人はフォークとナイフで、テーブル越しにチャンバラを始める。グレンの隣にいたレイはタイミングを見計らって「いやー食った食った」とその場から退散した。

 それに続いてアイザは食事を途中で切り上げて席を立った。

 

「あれ?アイザ君もういいの?」

「食欲失せた。俺はもう行くよ」

「あ、うん………」

 

 二人がいなくなり、周りの生徒の何事かという痛い視線の中、ルミアは一人ただ苦笑いだった。

 

♢♦♢

 

 グレンが来てから一週間が経った。初日と変わらずに授業に対するやる気はなく授業らしき授業といえば適当に黒板に文字を書き適当に教科書の文を読むといった感じだ。レイが真面目にやれと脅迫まがいの言葉をかけるが「お前の家賃のために働くなんざ真っ平ごめんだ」とグレンが返し、レイがキレて両者メンチを切りあう状態を繰り返してまったく授業にならなかった。システィーナも毎日、毎時間説教しているのだが一向に改善される兆しが見えない。

 

 そんなある日の最後の授業。ついにシスティーナの怒りが頂点に達した。

 

「いい加減にしてください!」

「いや、見てわからないのか?ちゃんといい加減にやってるだろ?」

「子どもみたいな屁理屈こねないで!」

 

 バンッ!と机を叩きつけ、立ち上がる。

 

「ほら見てみろ。おめぇがごねるからあの真面目ちゃん切れちゃっただろ。見てみろ。ストレスで白髪だらけじゃねぇか」

「本当だ。あの歳でもう………可哀想に」

「これは白髪じゃなくて銀髪です!二人共哀れむような顔で私を見ないで!」

「ま、髪の話はおいといて……グレン、そろそろ真面目にやったらどうだ?」

「う〜ん……イヤだ」

 

 俺は何も悪い事してないもん、と子どものようにそっぽを向くグレンにレイは呆れて溜息を吐く。

 

「こんなこと、言いたくありませんけど、私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門、フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、貴方の進退を決することもできるでしょう」

 

 教壇の前まで迫り、最後通告のようにシスティーナは言い放つ。

 

 だが、

 

「お父様に期待してますと、よろしくお伝えください!」

「なっ!?」

 

 グレンはそんなシスティーナの神経を逆撫でするように嬉しそうに手を握った。

 さすがの彼女もこれには絶句だ。

 

「いやーよかったよかった!これで辞められる!」

「ふざけんな。俺の家賃のために一か月経つまで働いてもらうぞ」」

「あ、あなた達って人は———ッ!」

 

 もうシスティーナの忍耐も限界だった。

 システィーナには、このグレンという男が本当に講師を辞めたくてそんなことを言ったのか、それともフィーベル家の力を侮っているだけなのかは判断がつかない。

 だが、どちらにせよシスティーナはもはや、このグレンという男の素行(ついでにそれにレイという男も家賃のためという不純な動機のためにしか動いていない)を看過することはできなかった。魔術の名門として誇り高きフィーベルの名において、魔道と家の誇りを汚す者を許しておくわけにはいかない。ゆえに決断は早かった。システィーナ自身の若さと未熟さもそれを後押しした。

 

 システィーナは左手に嵌めた手袋を外し、それをグレン達に向かって投げつけた。

 

「貴方にそれが受けられますか?」

「お前……マジか?」

「私は本気です」

 

 その光景を見たクラスにどよめきが渦巻き始める。

 今システィーナが起こした行動は“魔術決闘”を挑む儀礼だからだ。

 魔術師は呪文を唱えるだけで火球を放ち、山を吹き飛ばし、大地を割ることができる者たち。そんな魔術師が好き勝手に暴れ回れば、好き勝手に争えば国なんて簡単に滅ぶ。 

 そうならない為に昔、魔術師同士が争うためのルールが設けられた。それがこの“魔術決闘”の儀礼だ。

 この“魔術決闘”では勝者が敗者になんでも1つ要求ができるという破格の報酬があるが、ルールは受け手側が決められる。

 簡単に言ってしまえば、客観的に見て公平なルールならなんでもいいのだ。自分が絶対的に自信のある魔術以外の使用をお互いに禁止すれば、どう考えても受け手側が有利になる。

 

 だからこそ、強力な魔術師達の決闘が乱発しない為の抑止的な意味を持つのだ。

 

「し、システィ!だめ!早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!」

 

 グレンを険しくにらみつけるシスティーナの元へ、親友のルミアが駆け寄った。だが、システィーナは動かない。

 

「……お前、何が望みだ?」

「その野放図な態度を改め、真面目に授業を行ってください」

「……辞表を書け、じゃないのか?」

「もし、貴方が本当に講師を辞めたいなら、そんな要求に意味はありません」

「あっそ、そりゃ残念。だが、お前が俺に要求する以上、俺だってお前になんでも要求していいってこと、失念してねーか?」

「承知の上です」

 

 システィーナの意思の強い眼差しに見られ、グレンは生理的嫌悪感が浮かび上がるような笑みを浮かべる。そして、システィーナの体を値踏みするように見回す。

 

「じゃあお前、俺の女になれ。生意気だが、かなりの上玉だし――――」

「よし、さっそくセリカに『生徒に体目的で決闘に挑んだ』って報告だな」

 

 要求を口にした瞬間、なにやらヤバい独り言をつぶやいて廊下に続く扉に手をかけようとするレイを、グレンは足にしがみついて止めようとする。

 

「ちょっと待て!勘弁してください!冗談!冗談だって!そんな事したらマジでセリカに殺されちまう!!」

 

 いくら野放図なグレンでも要求を変えざるを得ない。

 そうでなくとも、元よりそんな要求をするつもりはなかった。ただ、ほんの少しこの生意気な娘を怖がらせてやろうという軽い気持ちだっただけで、そんな軽い気持ちで身内に殺されるなんてバカらしい。

 

「じゃ、じゃあ俺が勝ったらお前は説教禁止な。ほら、さっさと中庭行くぞ?」

「おい。なに俺の手を引いてんだ。俺に野郎と手をつなぐ趣味ねーぞホモン=レーダス」

「不名誉な名前つけるな!おめーがセリカにさっきのこと告げ口しねーか見張ってんだよ!」

 

 なんともグダグダな感じに教室を出て行く二人を一同は呆れ果てた様子で眺めながら、決闘が行われる中庭にぞろぞろと移動した。

 

 

 

 等間隔に植えられた針葉樹が囲み、敷き詰められた芝生が広がる学院中庭にて。グレンとシスティーナの二人は互いに十歩ほどの距離を空けて向かい合っていた。

 システィーナはグレンを油断無しに睨んでいる。相対するグレンは、変わらずやる気無さげに片手をポケットに突っ込んで、システィーナの出方を伺うと言ったところか。

 

「ねぇ、カッシュ。君はどっちが勝つと思う?」

「心情的にはシスティーナなんだけど……でも、相手はあのアルフォネア教授、イチ押しの奴だからな……うーん……セシルはどう思う?」

 

 クラスの生徒達の他にも、講師と生徒が決闘を行うという噂を聞きつけて集まった野次馬たちが二人を遠巻きに取り囲んでいた。

 

「…アイザ君はどう思う?」

  

 ルミアが不安そうな目でアイザにこれから始まる二人の決闘について聞いてきた。

 

「……普通ならグレン先生が勝つだろうな」

 

 アイザが見た感じでは、研究よりも実践———もしくは実戦向きの魔術師だ。

 もしそうだとしたらシスティーナの勝ち目はかなり薄い。実戦というのはどれだけ早く相手を無力化するかがミソなのだから、一節詠唱よりも呪文を切り詰めている可能性はかなり高い。

 

「おいおい、そんなに気負うなよ。いつでもかかってきな」

 

 なによりこの余裕。実戦向きの魔術師は相手を侮るようなことはしない。侮った結果足をすくわれて死ぬのは自分なのだから、一見どんなに相手が格下であっても迅速に無力化することを是としている。

 

 両者の向かい合うその中央付近、審判役のレイがだるそうに開始を告げる。

 

「えー、これから、社会不適合者でまるでダメなおっさん略してマダオ路線にまっしぐらなグレン=レーダスと口うるさい白髪頭の………えーっと、なんだっけ……生徒Aのキャットファイトを始めまーす」

「誰がマダオだこら!」

「生徒の名前くらい覚えときなさいよ!」

 

 なんていい加減な紹介。グレンとシスティーナがレイに唾が飛ぶほどに叫ぶがレイは聞く耳もたず「うるせーな。どうでもいいからさっさと始めろ」と促す。

 

 

 気を取り直し、静寂が中庭に流れやがてシスティーナが動く。覚悟を決めたシスティーナがグレンを指指して、呪文を唱えた。

 

「《雷清の紫電よ》――――ッ!」

 

 システィーナは一節詠唱で【ショック・ボルト】を放った。

 

「ぎゃああああああ―――――っ!?」

 

 それにグレンは直撃してあっさりと倒れ伏した。

 

「………………………あ、あれ?」

 

 あっけなさに、システィーナは声が溢れる。生徒もあり得ないものを見たと、彼女と同じく漏れた。

 

「はい、しょうしゃぁ~、白髪娘ぇ~」

「だから、私にはシスティーナ=フィーベルって名前があるのよ!!」

 

 システィーナの右手を掴み上げ、レイはテキトーに声を上げ、システィーナは変わらぬ渾名に声を張り上げる。喜びよりも驚き、驚きよりもレイに付けれれた渾名。上書きの連続で他のリアクションも取れない。

 

「……卑怯な…………」

「は?」

 

 よろよろと立ち上がりながら恨めしそうにシスティーナを睨むグレン。

 

「まだ準備ができてない内に不意打ちとは……お前、それでも誇り高き魔術師か!?」

「いや、いつでもかかってこいって……」

「まぁいい。この決闘は三本勝負だからね!一本くらいくれてやるよ!」

 

 いきなり出てくる後付けルールにポカーンと開いた口が塞がらない。

 その後グレンがあーだこーだ言い訳をしながらシスティーナの決闘を続けるが………

 

 

「すみません。無理です。許して下さい。もう立てません。ていうかこれ以上続けるとボク、何かに目覚めちゃいます」

 

 グレンの惨敗。それもそのはずグレンには【ショック・ボルト】の一説詠唱が出来ないのであった。

 

「うし、終わった終わった。じゃ俺帰るわ」

「え!?あ、ちょ――」

 

 システィーナが呼び止めるよりも先にレイは中庭から去っていた。

 

「と、とにかく決闘は私の勝ちです。先生は明日から──」

「え? なんのことでしたっけ?」

「あ、貴方……ッ!?」

「とりあえず今日は引き分けってことにしてやるよっ! ふはははははははははは──!」

 

 そのままグレンは高笑いをしながら走り去っていった。何度か転びながら。

 

「最低だわ」

 

 システィーナはまるで親の敵のようにうめいた。

 

 

 

 

 

(時間の無駄だったな…………………)

 

 誰もがグレンを酷評するなかで、アイザはグレンがわざと負けたことに落胆していた。

 そもそも学院を一刻でも早く辞めたいグレンが勝つ意味なんてない。そんなことをすれば最低一ヶ月は非常勤として働くことになる。逆に負けて態度を改めた授業をしたくないであろうグレンが自分にとって一番都合のいい手段は嫌われ者になることだ。嫌われ者を引き止める奴はいない。逆に留めておく必要性もない。一秒でも早く講師を辞められる手段をグレンは取っただけだ。

 だが、それでもあの講師がどんな戦い方をするのか多少なり興味があったが成果はゼロどころかマイナス。完全に無駄足だった。

 

(大人げなくアレを使うと思っていたが残念だな……)

 

 アイザは小さく溜息をつきながら校舎内へと戻っていった。

 

 

 

 

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