ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん)   作:嫉妬憤怒強欲

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ダメ(変態)講師、やる気だし

 二組の決闘騒動の三日後。

 グレンはあの後もやる気のない授業を結局続け、グレンの地に落ちた評判が少しでも回復することは無かった。

 

「はーい、授業始めまーす」

 

 その日も大幅に遅刻してきたグレンがだらしない授業開始の宣言をする。

 それを皮切りにクラス中が自分の思い思いの教科書を広げ、勝手に自習を始めた。グレンの授業を受けても何も得られないと、自分自身で勉強してた方が有益だという判断だった。

 あの決闘以前には、小言ばかり言っていたシスティーナやレイもグレンの相手をするのが面倒くさくなって本の黙読をしていた。

 もう誰もが自習をするが当たり前になっているなか、それでも何かを学ぼうと健気で真面目な生徒がいた。初日の時に、グレンに質問をしてあっさりあしらわれていた、女子生徒のリンだった。

 

「あ、あの……先生。少し質問があるんですけど……」

「んー?なんだー?」

「え、えっと……その……先生が触れた呪文の訳がよく分からなくて……」

 

 そんな生徒相手でもグレンはただ辞書を渡して辞書の引き方を解説するだけであって、無関心を決め込むつもりだったシスティーナも流石に黙っていられなくなった。

 

「無駄よ、リン。その男に何を聞いたって無駄だわ」

「あ、システィ」

「その男は魔術の崇高さを何一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしている。そんな男に教えてもらうことなんてないわ」

「で、でも………………」

「大丈夫よ、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう? あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 

 システィーナがうろたえているリンを安心させるように、笑いかけたその時だ。

一体、何がその男の気に障ったのか。

 

「魔術って…………………そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 ぼそり、とグレンが誰ともなくこぼした。

 

「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」

 

 鼻で笑い、刺々しい物言いでばっさりとシスティーナは切り捨てた。

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

「…………………え?」

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ?それを聞いている」

「そ、それは……」

「ほら。知ってるなら教えてくれ」

 

 即答できない自分にシスティーナは苛立った。確かに魔術は偉大だ崇高だとは周りを取り巻く人間がそう連呼するから、そういうものだと認識していた節もある。

 だが、決してそれだけでもない。呼吸を置いて言葉をまとめ、自信をもって返答する。

 

「魔術は―――」

「長くなりそうだからやっぱいいや」

「聞いたんだから最後まで言わせなさいよ!」

「お前どうせあれだろ?魔術とは世界の真理を探究し人をより高次元の存在に近づけるとか、神に近づく尊い学問なのよとか言うんだろ?」

「え、ええ……そうよ」

「…で?それが何の役に立つんだ?人をより高次元の存在に近づける?そんな事して一体どうするんだ?」

「…え?」

「例えば医術は人を病から救うよな?農耕技術、建築術… 人の為に役立つ技術は多い。だが魔術は?まともに生きてれば、一般人には見ることさえない代物だ」

「魔術は……人の役に立つとか、立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ。人と世界の本当の意味を探し求める……」

「でも、なんの役にも立たないなら実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元できない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。 違うか?」

 

 グレンの言うことはある意味真実だ。

 魔術を使うことができ、魔術の恩恵を受けられるのは魔術師だけだ。魔術師でない者は魔術を使えないし、魔術の恩恵は受けられない。まるで当たり前のことだが、魔術が人の役に立てない最大の理由だ。

 魔術は冶金技術や農耕技術のように、その行使が直接的に広く人の益となる性質の技術ではないのである。そもそも、魔術は秘匿されるべきものだという思想が、大多数の魔術師達の共通認識であり、魔術の研究成果が一般人に還元されることを頑として妨げている。ゆえに今でも魔術は多くの人々にとっては不気味で恐ろしい悪魔の力であり、普通に生きていく分には見ることも触れることもない代物だ。そう、事実として魔術は人々に直接役に立っているとは言えない。魔術を一般人の俗物極まりない視点で切り捨てた意見ではあるが、それは厳然たる事実だった。

 

 システィーナは歯噛みするしかなかった。どうしてこの程度の俗物的な意見すら切り返せないのか。あっさりと圧倒的に言い負かされてしまっているのか。

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

「……え?」

「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ………人殺しにな」

 

 その瞬間、教室全体に緊張が走る。酷薄に細められたその暗い瞳、薄ら寒く歪められた口から紡がれたその言葉は、クラス中の生徒達を心胆から凍てつかせた。

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないんだぜ? 剣術が人を一人殺している間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立つだろ?」

「ふざけないでッ!」

 

 流石に看過できなかった。魔術を無価値と断じられるならまだしも、外道におとしめられるのは我慢ならない。

 

「魔術はそんなんじゃない! 魔術は――」

「お前、この国の現状を見ろよ。魔導大国なんて呼ばれちゃいるが、他国から見てそれはどういう意味だ?帝国宮廷魔導士団なんていう物騒な連中に毎年、莫大な国家予算が突っ込まれているのはなぜだ?」

「そ、それは――」

「お前の大好きな決闘にルールができたのはなんのためだ? お前らが手習う汎用の初等魔術の多くがなぜか攻性系の魔術だった意味はなんだ?」

「――それは」

「お前らの大好きな魔術が、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体、何をやらかした? 近年、この帝国で外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞましい内容を知ってるか?」

「――っ!」

「ほら、見ろ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって? 他でもない魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!まったく俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外、何の役にも立たん術にせこせこと勉強するなんてな。こんな下らないことに人生費やすなら他にもっとマシな――」

「ふん!」

「がっ!?」

 

 そこまで言いかけたグレンの頬にレイの右ストレートが炸裂して豪快に彼を吹っ飛ばした。

 

「ったく、黙って聞いてりゃギャーギャーやかましいんだよ。発情期かこの野郎」

「いっ・・・・・・なにすんだレイ!」

「言いたいことは分かるが、ガキ相手に噛みついて大人げねえぞ。ちゃんとこいつの顔見てみろ」

「あ?」

 

 システィーナの方を向いてグレンは言葉をすぐに言葉を失った。

 彼女の眼は涙で溢れ、表情は悲痛に満ちていた。

 

「なんで……そんなに………ひどいことばっかり言うの……?大嫌い、貴方なんか」

 

 そう言い捨てると、彼女はとめどなく溢れる涙を袖で拭いながら荒々しく教室を出ていった。

 教室を圧倒的な沈黙が支配した。

 

「グレン……お前少し頭冷やせ」

「……………悪い。レイ、後は任せた」

 

 そう言って教室から出ていくグレン。

 

「今日の授業はもう終わりだ。残りたい奴は残っていいし、帰りたい奴は帰っていいぞ」

「あ、あのレイ先生!」

「あ?」

 

 適当に締めくくって教室から出ようとするレイをルミアが呼び止める。

 

「なんだ?」

「レイ先生もグレン先生と同じ考えなんですか?」

「あの馬鹿と白髪娘の主張なんてどっちも極論だ極論」

「じゃあ、レイ先生はどう考えてるんですか?」

「俺か?あー……どうせなら温室育ちのテメェらにゃ物で説明した方が簡単か。こいつ見てみな」

 

 ルミアの問いに対して、レイが見せるのは先端の鋭いペンナイフ。

 クラス中の視線が集まっているのを知ってか知らずか、分かりやすいように振ってみせた。

 

「例えばこのペンナイフ、お前らも持ってるだろ?普段羽ペンの先を削るのに使う単なる筆記用具も使い方を変えれば――――」

 

 レイが軽く振った瞬間、グレンによって黒板に釘で打ち付けられた教科書にザクッとペンナイフの刃先が深く食い込んでいた。

 

「こんな風に危ない凶器にもなる。だがこれはどこまでいってもペンナイフはペンナイフ、要は使い方次第だ。あの白いのは知識の探求に魔術を使う。バカは殺しの魔術が使われてると言った。いろんな連中がいろんなことに好き勝手に使ってるから表裏の側面ができちまったってだけの話だ。まあ、何だ……別にただ魔術はあくまで一つの力、手段と言いたいのさ。そこに善悪や意志などないただの”もの”。肝心なのは力を振るう本人ってことだ」

 

 真面目さ皆無の男の言葉ではあったが、淡々とした語り口が寧ろ逆に真実味を増していた。

 日常生活でも使うペンナイフを例として挙げてみせたが、結局のところは使いて次第という話。

 魔術にしたって、人を殺すためのみならず人を癒すために用いられる法医呪文というものも存在する。誰でも受けられるかという点は置いておいて。

 結局のところ、担い手次第。

 

「テメェ等の人生だ。勉強やこの学院を卒業してからのことにとやかく言うつもりはねえがこれだけは心掛けろ。本気で魔術を学ぶんなら良い面ばかりに目を向けるな。良い面悪い面全部理解したうえでどう使うかテメェ等自身で決めろ。もし俺やグレン、それからそんじゃそこらのクズよりもちったぁマシな奴になりてえなら、魔術の研鑽を深める前にまずテメェの魂を研ぎ澄ませな」

 

 レイはそう締めくくって教室を出ていったのだった。

 

 

♢♦♢

 

 あたりの景色が赤く染まり始めた頃。

 グレンが教室に帰ってくることもなく一日の授業時間が全て終了し、アイザはすぐに荷物を片付け帰路に着こうとしたときルミアに引き留められた。

 

「ねえアイザ君、このあと時間あるかな?ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」

「俺に?」

「うん、アイザ君がいいんだ」

 

 こんなことを言われては断ることなど出来はしない。了承の意を返し、ルミアの後を着いていくと、西館にある魔術実験室の前に着いた。そのすぐ目の前では、ルミアが扉の鍵を開けて、中に入ろうとしている最中だ。

 

「実験室?」

「実は法陣の授業に最近ついていけなくてね、システィは今いないし、だけどどうしても復習しておきたかったから…」

「それでか……ところでその鍵どこから持ってきた?」

「え、えへへ……じつはちょっと事務室に忍び込んで……」

 

 ぺろっと小さく舌を出しながら、鍵を見せてくるルミア。

 この瞬間、アイザは少しだけ安請け合いしたことを後悔していたが顔に出さない。

 

「あ、大丈夫。もしバレた時は責任は全部私が負うから……」

「そこまでする必要はない。さっさと終わらせれば問題ないだろ」

「そ、そうかな……じゃあ、早速始めようか」

 

 ルミアは教科書を開き、それを見ながら水銀で床に円を描き、五芒星を描いた。さらにルーン文字を五芒星の内外に書き連ね、霊点に魔晶石などの触媒を配置していく。

 

「流転の五芒……魔力円環陣か?」

「うん、最近法陣の授業についていけてなくって。復習したいなって思ってたんだ」

「だったら別に手伝いなんていらないだろ?」

「あはは……ごめんね、聞きたいことがあって。教室じゃ聞きにくかったし、法陣の復習がしたいってのも本当だったから」

「……そうか、それで聞きたいことは?」

「うん、昼間の事なんだけど……」

 

 昼間のこととはグレンが魔術は人殺しの道具だと言い放ったことだとすぐにわかった。

 

「アイザ君、凄く落ち着いていたから。なんていうか……魔術の事をどう思ってるのかなって……」

「それならレイ先生と同意見だ。学問でも殺人でも魔術はそういう風に使えるというだけだ。ルミアは誰かに魔術を向けようと考えたことあるか?」

「それはないけど………」

「クラスどころか、学院に居る人間の大半は魔術を他人を傷つける為に使う事には抵抗がある。そういうものだ。結局のところどう使うかは使い手である俺たち次第だということだ。だからこそ、魔術を使う人間は自分が何をしてるのかハッキリと理解しておかなきゃならない」

「………アイザ君も色々考えてるんだね」

「そうでもしないといつかとんでもない間違いを犯してしまいそうだからな………それよりもここが綻びてるぞ」

「あ、本当だ」

 

 教科書を見ながら法陣の構築をしていくルミアに時々助言をしながら完成させていく。

 

「それじゃ……《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」

 

 出来上がった方陣を前にして、ルミアが方陣起動の呪文を唱える。

 ―――しかし、方陣は起動しない。何の変化も見られなかった。

 

「おっかしいなあ…なんで上手くいかないんだろう?」

「ルミア、それ水銀が…」

 

 アイザがルミアに話しかけようとした瞬間──

 

 ばんっ!

 

 突然魔術実験室の扉が乱暴に開かれ、ルミアとアイザが一瞬ビクッとしながら、その方向を振り返る。

 

「ぐ、ぐ、グレン先生!?」

 

 開かれた扉の向こうには、グレンが仏頂面で突っ立っている。

 

「どうしてここに……」

「そりゃこっちのセリフだ、生徒による魔術実験室の個人使用は原則禁止のはずだろう?」

「実は私、法陣が苦手で最近授業についていけなくて……でも、今日はいつも教えてくれるシスティが居ないし……どうしてもこの法陣を復習しておきたくて……その……ごめんなさい、すぐに片付けます!後でどんなお叱りでもお受けしますから!」

「いーよ。最後までやっちまいな。もうほとんど完成してんじゃねーか。崩すのはもったいねーだろ」

 

 しょんぼりしながら答えるティンジェルさんに対しグレンは

 

「バーカ、水銀が足りてねえだけだ」

 

 グレンは床の法陣のかたわらに歩み寄り、水銀の入っている壷をつかみ上げ、酌をするかのように片手で眼前に構える。目を細めて法陣を凝視し、じわりと手に持った壷を傾ける。その手には震え一つなく、やがて壷の口から水銀が糸のように法陣へと零れ落ちる。不意にグレンが壷を持つ腕を素早く動かした。機械のような正確さで、水銀の糸が法陣を構築する各ラインをなぞっていく。そこになんの迷いも淀みもない。

 

「……凄い」

「それだけ丁寧に描けるのなら、やはり授業で黒板に字を書く時はわざと汚く書いてたんですね」

「さてなんのことやら……」

「そんなことで仕事を早くやめれると考えるなんて浅はかですね?」

「うっ……」

 

 アイザからの指摘にぐうの音も出ないグレンは聞こえないふりをしつつ要所の綻びを修繕し終える。

 

「もう一回、起動してみな。教科書の通り五節だ。横着して省略すんなよ?」

「は、はい」

 

 ルミアは再び法陣の前に立つ。深呼吸をして、詠うように涼やかな声で呪文を唱えた。

 

「《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」

 

 その瞬間、法陣が白熱し、視界を白一色に染め上げた。 

 やがて光が収まれば、鈴鳴りのような高音を立てて駆動する法陣が視界に現れる。この法陣は特に何か起こるものではない。法陣上を流れる魔力の流れを視覚的に理解するための、言わば学習用の魔術だ。

 魔力が通っているのだろう。法陣のラインを七色の光が縦横無尽に走っていた。七つの光と輝く銀が織り成す幻想光景。

 その、光景は美しく、神秘的なものであった。

 

「綺麗…」

 

 その単純に幻想的で美しい光景にルミアが思わず声を出す。アイザもその様子を一歩退いた位置から黙って見ていた。何度か見たことのある光景のはずなのに、今回のはまた一段と綺麗なような気がしたからだ。

 グレンはそれを冷めた目一瞥する。アイザからしたら実にグレンらしい興味のなさだと思った。

 

 

 

 

 その後ルミアの提案により三人で一緒に帰ることになった。

 

「先生って……本当は魔術がお好きなんですよね?」

「ははっ……ねーよ。もうわかっちゃいるとは思うが俺は魔術が大嫌いなんだ。楽しいだなんて、ありえん」

 

「そうですか……でも、先生が本当に魔術が嫌いだとしても、今日のはちょっぴりひどいですよ?システィ……システィーナ、泣いていましたし」

 

 ルミアはシスティーナが何故、魔術に励んでいるのかを話す。

 システィーナにとって、魔術は大好きだった祖父との絆の証であり、いつか祖父に負けない魔術師になる、と祖父と約束した。そのため、日々魔術の研鑽を積んでいる。

 

「初めて知った」

「……そうか。それは流石に悪い事をしたな」

 

 自分の尊敬している人を間接的にとは言え、無価値で下らない物におとしめられたら、誰だって怒るだろう。

 

「それは置いといて、なんだ?お前は俺に説教するために誘ったのか?」

「あ、いえ……それもありますけど、そうじゃなくて……ええと……この学院の講師になる前はグレン先生って何をされてたんですか?」

「引きこもりの穀潰しをやってました」

「え?引きこもり?穀潰し?」

「学院にセリカって言う偉そうな女が幅をきかせてるだろ?ガキの頃、そいつにはお袋代わりに世話になってたんだけど、そのよしみで今までずっとそいつに養ってもらってたんだ。ふっ、凄いだろ?」

「あ、あはは……なんでそんなに得意げなんだろう……?」

「……それって駄目人間の発想じゃないですか?」

「おい蒼髪!お前やっぱり俺をかなり下に見てるだろ!?」

「何を今更?それと俺の名前はアイザック=ソーントンです。非常勤とはいえ生徒の名前くらいちゃんと覚えておいてください」

「うぐっ………」

「あははは……」

 

 ルミアは苦笑いをするしかない。

 

「でも、それ嘘ですよね?」

 

 どうしてそんなに自信を持って断言するのか、グレンは戸惑いを隠せない。

 

「嘘じゃねーよ。この俺がマトモに働くような殊勝な人間に見えるか?この一年はセリカのスネを齧りまくりだったんだぞ?」

「屑の鏡ですね……」

「うるせぇ!やっぱりテメェ泣かす!今、ここで、公衆の人前で!」

「それなら正当防衛で魔術行使しますよ。先生略式詠唱苦手ですよね?」

「ぐっ……おのれ卑怯な!」

「あ、あの……一年……それよりも前は?」

「……あー、悪ぃ、カッコつけ過ぎた。あの学院を卒業して以来ずっと、だ。どうも働くってのが性に合わなくてなー、本当の自分探しをしてたっつーか……」

 

 どうにも納得いかなそうにルミアはグレンを見つめている。

 

「あー、俺の黒歴史を掘り返すのは終わりだ、終わり!今度は俺が聞くぞ!」

 

 この話は蒸し返されたくないので、グレンは強引に話題を変えた。

 

「お前らってさ。なんでそんなに魔術に必死なの? システィーナって奴と言い、お前と言い、魔術ごときにマジになり過ぎだろ?」

「それは……」

「今日、話したがな。魔術って本当にロクでもない術なんだぞ? 別になくても困らないし、あればあったでロクなことにならん。何を好き好んでこんなもんやってんだ?」

「俺は特にこれといったものはないですね。ここの魔術学院をいい成績で卒業できれば収入が安定した職に就けるからです」

「ふーん……そうかよ。んでお前は?」

「私は魔術を真の意味で人の力にしたいと考えています。そのために今は魔術を深く知りたい」

 

 グレンはその言葉を自分の魔術否定に対する遠回しな批判と受け止めた。

 

「やれやれ、力は使う人次第ってありきたりな理屈か?剣が人を殺すんじゃない、人が人を殺すんだってか?」

「はい。でも……私はもう少し違うことも考えています」

「?」

「今日、先生が仰ったとおり、人を傷つける可能性を大いに秘めた魔術なんて、きっとない方がいいんです。なければ少なくとも魔術で 傷つけられる人はいなくなるから。でも、現実として魔術はすでに在るんです」

「……まぁな」

「それがすでに在る以上、それが無いことを願うのは現実的ではありません。なら、私達は考えないといけないんです。どうしたら魔術が人に害を与えないようにするか。でも、魔術のことをよく知らなければ、それを考えることなんて到底できません。知らなければ魔術はどこまでも ただの得体の知れない悪魔の妖術で、人殺しの道具で、法も道もない外法なんです」

「要するに……盲目のままに魔術を忌避するより、知性をもって正しく魔術を制する、と?全ての魔術師がそうなるように働きかける、と?」

「はい。私みたいな凡才にそれができるかどうかわかりませんが……」

「お前、魔導省の官僚……魔導保安官にでもなる気か?」

「ふふ、そうですね。それが私の目指す道に通じるなら……それが今の私の目標です」

 

 グレンは能天気な少女に深くため息をつきながら諭す。

 

「言っておくが徒労に終るぞ? いや、努力すりゃ官僚くらいにはなれるかもしれん。だが、お前の目指している物はあまりにも高過ぎる。お前一人がどうこうできるほど、魔術の闇は浅くない」

「わかってます。それでも……です」

「なんでだよ? なんでそんな報われない道をあえて行くんだ?」

 

 すると、ルミアはなぜかグレンに優しく微笑みかけ、それから何かを懐かしむように遠くを見た。

 

「恩返ししたい人たちがいるんです………」

「私……恩返ししたい人達がいるんです」

「恩返し? なんなんだそりゃ?」

「あれは今から三年くらい前の話です。私が家の都合で追放されて、システィの家に居候し始めた頃。私、家を飛び出したところで悪い魔術師達に襲われて殺されそうになってしまったことがあって……」

「見かけによらず、なかなかハードな人生送ってんだな。てか、家の都合で追放って……お前って、ひょっとして、どっかの有力貴族かなんかの生まれ?」

「あ、いえいえ!そんな大層な家じゃないです!ホント!貧乏でした!貧乏!」

「いやそこまで強調する必要ないだろ………」

「待てよ……ていうか、お前……」

 

 ふと、何を思ったのか。グレンが不意にルミアの顔をのぞき込んだ。目を細め、遠くを透かし見るかのような表情だ。

 

「……先生?どうかしましたか?」

 

 するとルミアは、何かに期待するような表情で、グレンを見つめ返す。だが。

 

「うんにゃ、なんでもない……で?話の続きは?」

 

 ありえん、とでも言いたげにグレンが頭を振って、ルミアに話の続きを促す。ほんの少し残念そうにルミアは息をつくと、話の続きを始めた。

 

「私がシスティの家に居候し始めたばかりの時、どうして私がって塞ぎ込んでたんです」

 

 システィともほぼ毎日喧嘩してたんですよ、と笑いながら言うその顔は、とても懐かしんでいた。

 

「それである日、私家を飛び出したんです。それでずっと泣いてた私に声をかけてきた人がいたんです」

「おいおい、泣いてる女の子に声をかけるなんて、危ないヤツじゃないのか?」

「いえ、同年代の男の子だったんです」

 

 そのままルミアは続ける。 

 

「顔はよく覚えていないんですが、なんていうかどこか大人びていてすごく安心できたんです。だからか私、ほとんどぶちまけちゃったんです、イライラとか不満とかを言葉にして」

 

 何故自分がこんな目にあうのか、自分には居場所がない、誰も味方なんていない等々、出会ってすぐの男の子に愚痴を吐いたと言う。

 

「その人は最後まで聞いてくれた後、私に言ってくれたんです。”本当に親に愛想をつかされたのならなんでその辺の森に捨てずに他の家に預けられてる?誰も味方がいないならなんでその家の人たちは悲しみに暮れるお前を根気強く向き合おうとしてくれる?自分は要らない子ならなんでその人たちは引き取った?本当に味方がいないのかよく考えろ”、と。それを聞いて、少し冷静になれた私は言われた通りに考えてみたんです。そしたらすぐにわかったんです。システィやシスティの両親はずっと私のそばに居ようとしてくれていたことが」

「ふーん、そんな奴がいたんだな」

「……その直後ですかね。悪い魔術師達が現れて襲おうとしてきたのは。けど、その男の子が私を守るために悪い魔術師達をためらいなく殺害していきました」

「なんだそりゃ。そのガキただ者じゃねえな」

「途中でどこからともなく現れたも別の魔術師も加わって悪い魔術師たちは全員死にました。その人達がとても恐ろしかった。あの人達も悪い魔術師を殺すことが自分達の仕事だって言ってました。でも、あの人達は人を殺めるたびに凄く辛そうな顔をしていて……それでも私を守るために最後まで戦ってくれて。なのに、あの時の私は怖くてその人達にお礼すら言えなくて……あの人達と過ごした時間はほんのわずかでしたけど……あの人達は本当に優しい人達だったんだと思います。だから自分の心を痛めながら、自分以外の誰かを守るために戦っていた。あんな風に道を外してしまった悪い魔術師達さえいなければ……あの人達は、私のためにあんなに悲しい顔をしないで済んだはずなのに……」

「ふーん」

「…………」

「私はあの人達に命を救われました。あの事件の後、今度は私があの人達を助ける番だと思いました。人が魔術で道を踏み外したりしないように導いて行ける立場になろうって。そのために魔術のことをよく知ろうって。そんな道を歩んでいけば……いつかあの人達に、あの時のお礼が言える日が来るんじゃないかって。 暗闇の中、ただ一人きりで泣いていた幼い頃の私に光をくれた……あの人達に」

 

 ルミアはそう言いながら、アイザの方を見て穏やかに笑っている。

 

「何故俺を見る?」

「ふふ、別に〜?何でもないよ」

 

 それからは特に会話もなく歩いて行き、十字路に着いたところで三人は別れることとなった

 

 

♢♦♢

 

 次の日、授業の予鈴前。

 

「昨日はスマンかった」

 

 グレンはシスティーナに頭を下げて謝った。その光景に誰もが、システィーナさえも硬直し困惑を隠せずにいた。

 

「まあ、その、なんだ……大事なものは人それぞれっていうか……俺が魔術が大嫌いだっていうのは変わらんが……それでお前のことをどうこう言うのは、筋違いっつーか、大人気なかったとは思う。まあ、とにかく……悪かった」

 

 マジで誰だこいつ状態だ。

 挙句の果てには―――

 

「授業を始める」

「ちょっと待てや、誰だ。テメェ!」

 

 昨日と今日で別人な様子にレイにも疑いを向けられていた。

 

「グレン=レーダス大先生だよ。なんだ、レイ、トイレか? 全く、そういうのは授業開始前に済ませておけって。まぁ、行っていいぞ、早くしろよ」

「テメェこそ熱があんのか、どうした?クソ雑魚ニートのお前が授業なんてらしくねえぞ!?」

「誰がクソ雑魚ニートだ腐れテンパ!」

「よし本物だな」

 

 罵倒の言葉で本物かどうか判別できるなんてどういうこと?といった感じで一同にはグレンとレイの関係が分からなかった。

 

「授業してもしなくても文句言われるとか魔術講師ブラックすぎない?とにかく、遊びは終わりだ。授業を始める……最初に言っておくが、お前らバカだよな」

 

 グレンのとんでもない暴言にクラス中のこめかみに青筋が立つ。

 

「いやいやだってそうだろ? この十一日間お前らの授業態度見てたら分かったわ。魔術の事なんにも分かってねーんだな。やれ呪文の共通語約を教えろだの術式の書き取りだのお前ら魔術を舐めてんのか?」

「テメェに言われたくねえよ!」

「そもそも、【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないね」

 

 誰が言ったか。しん、と教室が静まり返る。そして、あちらこちらからクスクスと押し殺すような侮蔑の笑いが上がった。

 

「まあ確かにそれを言われると耳が痛い」

「つーか真面目に授業をやらずにそうやってガキみたいにアホな事をするから馬鹿にされてんだろ?」

「ぐっ!た、確かに…残念ながら、俺は男に生まれたわりには略式詠唱だとか魔力操作のセンスが致命的に欠けてるからな。学生時代は大分苦労したぜ」

 

 レイからの指摘に、ふて腐れたようにグレンはそっぽを向きながら小指で耳をほじる。

 

「だが【ショック・ボルト】程度だって? いやーほんとお前らバカだわ。ははっ、自分で証明してやんの」

 

 グレンの煽りに一部を除くクラスのメンバーは苛立っていく。

 

「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について話そうか。お前らのレベルならこれでちょうど良いだろ」

 

 あまりにもひどい侮辱にクラスが騒然となった。

 

「今さら【ショック・ボルト】なんて初等魔術を説明されても……」

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に極めているんですが?」

 

 生徒達の不平不満を完全無視してグレンは本を掲げて話し始める。

 

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。ご覧下さい、なんか思春期の恥ずかしい詩みたいな文章や、数式や幾何学図形がルーン語でみっしり書いてありますねー、これ魔術式って言います。お前ら、コイツの一節詠唱ができるくらいだから、基礎的な魔力操作や発声術、呼吸法、マナ・バイオリズム調節に精神制御、記憶術……魔術の基本技能は一通りできると前提するぞ? 魔力容量(キャパシティ)も意識容量(メモリ)も魔術師として問題ない水準にあると仮定する。てなわけで、この術式を完璧に暗記して、そして設定された呪文を唱えれば、あら不思議。魔術が発動しちゃいまーす。これが、あれです。俗に言う『呪文を覚えた』っていう奴でーす」

 

 そして、グレンは壁を向いて左指を指し、呪文を唱えた。

 

《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》

 

 グレンの指先から紫電が迸り、壁を叩いた。

 

「やっぱり三節詠唱……」

「とっくに究めたっての、【ショック・ボルト】なんて」

 

 相変わらずの三節詠唱に軽蔑の視線が集まるが、グレンは気にする素振りを見せない。たった今、自分が唱えた呪文をルーン語で黒板に書き表していく。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。魔力を操るセンスに長けた奴なら《雷精の紫電よ》の一節でも詠唱可能なのは……まぁ、ご存知の通り。じゃ、問題な」

 

 グレンは黒板に書かれた呪文、《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》を《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》と四節に区切った。

 

「さて、これを唱えると何が起こる?当ててみな」

「その呪文はまともに起動しません。必ず何らかの形で失敗しますよ」

 

 メガネを掛けた少年———ギイブルが即座に答える。

 クラスではシスティーナに次ぐ成績の持ち主で言うまでもなく優秀な生徒だ。

 しかし、こんなことはギイブルやシスティーナじゃなくても分かる。クラスメイトの全員がギイブルの言葉に頷いているのが良い証拠だろう。

 

「んな事分かったんだよバカ。その失敗がどういう形で現れるのか聞いてんだ」

「何が起こるかなんて分かる訳ありませんわ!!結果はランダムです!!」

 

 クラスの生徒の一人、ツインテールの少女――ウェンディがたまらず声を張り上げ、机を叩いて立ち上がる。

 

「ブフーッ!?ランダム!?マジで言ってんの!?お前らこの呪文究めたんだろ?」

 

 ウェンディの反論にグレンは教壇の上だと言うのに腹を抱えて大笑いしている。

 この態度に、生徒は更に苛立ちを募らせる――。

 

「なんだぁ?全滅かぁ〜?それじゃあ、答えは――――」

「右に曲がる」

 

 たった一人、アイザだけが無愛想に答えた。その瞬間、視線が一斉に移り変わる。

 

「へぇ、わかる奴もいるじゃねえか。なら、えっと………………………」

「アイザック。アイザック=ソーントン。昨日名乗ったのにもう忘れましたか」

「うるせえ。アイザック、実演してもらおうか」

「………《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 アイザが呪文を唱え【ショック・ボルト】が起動すると、宣言通り狙った場所へ直進するはずの力線は大きく弧を描くように右に曲がって壁へと着弾した。

 

「バ、バカな……」

「ありえませんわ!」

 

 クラス一同も信じられないと言うような表情だった。

 

「ちなみに序盤を割って五節にすると?」

「射程が三分の一」

「真ん中を消すと?」

「威力大幅低下」

「大正解。まぁ、究めたっつーなら、これぐらいできないとなー?一人はできてるようだが」

 

 淡々と答えていくアイザに対し誰もが驚きを隠せないでいた。

 

「そもそもさ。お前ら、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議な現象が起こるかわかってんの?だって、常識で考えておかしいだろ?」

 

「そ、それは、術式が世界の法則に干渉して────」

 

 ほぼ脊髄反射で出たギイブルの発言を、グレンは即座に拾う。

 

「とか言うんだろ?わかってる。じゃ、魔術式ってなんだ?式ってのら人が理解できる、人が作った言葉や数式の羅列なんだぜ?魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、なんでそんなもの、が世界の法則に干渉できるんだ?おまけになんでそれを覚えなきゃいけないんだ?で、魔術式みたいな一見なんの関係もない呪文を唱えただけで魔術が起動するのはなんでだ?おかしいと思ったことはねーのか?ま、ねーんだろうな。それがこの世界の当たり前だからな」

 

 グレンの言う通り、生徒達は魔術式を覚え習得した呪文の数を競い、誇ってきた。根本的な事を突き詰め考える余裕は今まで無かった。

 

「つーわけで、今日、俺はお前らに、【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味ない奴は寝てな」

「あ、あのグレン先生、レイ先生はもうとっくに寝てますが………」

「は?」

 

 ルミアからの指摘にグレンがレイの方へ振り返ると

 

「ZZZZ……」

「おいこら!さっから静かだと思ってたらなに空気読まずに寝てんだぁ!」

 

 目をつぶって鼻からちょうちん膨らまし、開いた口からよだれをたらしながらも立っているという奇妙な寝方をしているレイにグレンが一喝する。

 

 するとレイはパチッと目を覚まし

 

「ああ悪ぃ悪ぃ、つい寝ちまった、でなんだっけ?シャツについたシミは大根の皮で拭くと良く落ちるって所まで覚えてんだけど」

「そんな話1ミリもしてねーよ!なんだその豆知識。それで本当に汚れが落ちるのか!?」

「結構落ちるぜ。仕事で急いでるとき水洗いするよりも大根の断面をシミに叩きつける方が速く済むぜ。まあ仕事中に大根の匂いが気になるかもしれねえが(笑)」

 

 首をコキコキ鳴らしながらめんどくさそうに返事するレイの豆知識を聞いて席の方から「まじで!?」「そんな裏技が……」とか聞こえてきた。

 

「あの、そういうのいいんではやく本題始めてください」

「そうだぞグレン。勝手に話逸らしてんじゃねえよ」

「いや話逸らしたのお前!」

 

 

 その後グレンはまず、魔術の大原則『等価対応の法則』の復習を始めた。

 大宇宙すなわち世界は、小宇宙すなわち人と等価に対応しているというもので、お互いに影響しあっているということだ。つまり、魔術式とは世界に影響を与えるものではない。人に影響を与えるものだ。人の深層意識を変え、世界の法則を変える。

 

「要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーことだ。だから、お前らが魔術は世界の真理を求めて〜なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃ間違いだ。魔術は人の心を突き詰めるもんなんだよ」

「ふー!言う事かっけー見た目滑稽ー」

「やかましいわ!………つまり、ルーン語は自身の深層意識を効率よく改変するための言語なわけだ。なに?たかが言葉ごときに人の深層意識を変えるほどの力があるのが信じられないだって?ったく、あー言えばこう言う奴らだな……そんならアイザック!ルミアがお前のこと好きだって言ってたぞ」

「せ、せせせせ先生!な、何を言ってるんですか!」

「はい注目!ルミアの顔が真っ赤になりましたねぇ〜見事言葉ごときがルミアの意識に影響を与えました〜比較的簡単に制御できる表層意識でもこうなんだ。制御できない深層意識に影響を与えるなんて簡単だろ?他にも…白猫!」

 

 グレンはシスティーナに近付きながら変なあだ名を付けて近づいていく。

 

「白猫って私のこと!?私にはシスティーナって名前が────」

「愛してる。一目見た時からお前に惚れていた」

「ふえっ!?」

「ほら!簡単に引っかかるだろ?今言ったばっかなのに」

 

 グレンはしれっとした顔で講義の続きを行う。残ったのは哀れにも真っ赤になったルミアとシスティーナだけ。アイザの方はグレンがふざけてやると予想していた為特に反応なし。

 

「まぁ、このように言葉で世界に影響を与える。これが魔術の……うがっ!?」

 

 直後、グレンを教科書の雨が襲った。もちろん犯人はシスティーナ。

 

「おい馬鹿!教科書投げんな!」

「馬鹿はあんたよ!この馬鹿馬鹿馬鹿ー!!」

「最後のは流石にないな。おふざけでも公衆の面前とかでそういうのやめといた方がいいと思うよ。だってお前二十歳手前じゃん。もうとっくに青春終わってるじゃん。しかも相手が未成年で生徒じゃん。青春どころか犯罪臭しかしねえよ。なにお前?知らない間に縛り方だけじゃなくそっちにも目覚めてたの?」

「え?縛り方?」

「先生にそんな趣味が…」

「……不潔ね」

「おいこらレイ!!今すぐその周りに誤解を招くような発言をやめろ!俺は断じて変態じゃねえ!」

 

 レイの言葉に劣勢に追い込まれたグレンは、女子生徒達から送られてくる軽蔑の視線に焦りながら術式と呪文の関係について話し始める。

 

「と、とにかく…核心を先に言っちまえば、やっぱ文法と公式みたいなのがあるんだよ。深層意識を自分が望む形に変革させるためのな。

 

 そして、グレンは呪文とは深層意識に覚え込ませた術式を有効にするキーワードと説明する。このキーワードを唱えることで、術式が深層意識を変革させる。

 

「ま、要は連想ゲームだわな。例えば、そこの白猫娘と聞けば白髪、と誰もが連想するように呪文と術式の関係も同じだ。ルーンで呪文を括ることで相互――痛ぇッ!? ちょ、頼むから教科書投げないでぉおぶはぁッ!?」

「プククク…愉悦」

(((コイツ最低だ!?)))

 

 下種な笑みを浮かべてグレンがボロボロになっていく様にレイが満足してる中、グレンの顔にさらに本の痕がつく。

 

「要するに、呪文と術式に関する魔術則……文法の理解と公式の算出方法こそが魔術師にとっては最重要なわけだ。なのにお前らと来たら、この部分を平気ですっとばして書き取りだの翻訳だの、覚えることばっか優先しやがって。教科書も『細かいことはいいんだよ、とにかく覚えろ』と言わんばかりの論調だしな」

 

 生徒達も今度こそ、ぐうの音も出ない。

 

「要するに、だ。呪文や術式を分かりやすく翻訳して覚えやすくすること、これがお前らの受けてきた『分かりやすい授業』であり、ガリガリ書き取りして覚えること、これがお前らの『お勉強』だったんだろ?もうね、アホかと」

 

 グレンは肩をすくめて、呆れ返ったように鼻を鳴らした。

 

「で、その問題の魔術文法と魔術公式なんだが……実は全部理解しようとしたら、寿命が足らん……いや、怒るな。こればっかりはマジだ。いや、本当に」

「おいおいここまで持ち上げて説明しないのかよ。マジ引くわー」

「だーかーら!ド基礎を教えるんだよ。これを知らなきゃ上位の文法公式は理解不可能、なんていう骨子みたいなもんがやっぱあるんだよ。ま、これから俺が説明することが理解できれば……んーと」

 

 そう言って少しの間考え込み、

 

「《まあ・とにかく・痺れろ》」

 

 三節のルーンで変な呪文をゆっくり唱える。すると、驚くことに【ショック・ボルト】の魔術が起動した。

 ザワザワと教室にざわめきが広がりだした。今までの自分たちの常識では、決められた呪文を唱えなければ魔術は起動しないとされていたのだから当然だ。しかし、グレンが唱えたのは誰がどう聞いてもテキトーな呪文。

 

「うーん、範囲がちょっと狭いか?まぁいい、こんな風に即興でこの程度の呪文なら改変することくらいはできるようになる」

 

 ここに来て、ようやく生徒達のグレンを見る目が変わってくる。

 

「……じゃこれからいよいよ基本的な文法と公式を解説すんぞ。ま、興味ないヤツは寝てな。正直マジで退屈な授業だから」

「そうか。んじゃ俺寝てるわ。結局のところ一節詠唱出来ないグレン、あとは任せた」

「お前は黒板に文字を書くんだよ!!てゆーか人が気にしてることハッキリ言うな!」

 

 

(((気にしてたんだな)))

 

 この時、クラス全員の思いが一致したのだった。

 

 

 

 

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