ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん)   作:嫉妬憤怒強欲

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むしゃくしゃして後半ちょっと銀魂っぽく書いちゃいました。


崩壊する日常

 ダメ講師グレン、覚醒。

 その報せは学院を震撼させた。噂が噂を呼び、他所のクラスの生徒達も空いている時間に、グレンの授業に潜り込むようになり、そして皆、その授業の高さに驚嘆した。

専属講師としてグレンがあてがわれたシスティーナ達二年次二組のクラス以外にも日を追うごとに他のクラスからの飛び入り参加者で席は埋まり、さらに十日経つ頃には立ち見で授業を受ける者もいた。

 こうして数十日で地のどん底まで落ちていたグレンの評価が同じくらいの日時でそれこそ天に昇るような勢いで上昇していったが………

 

「…………遅い!」

 

 システィーナは懐中時計を握りしめる手をぷるぷる震わせながら唸っていた。現在十時五十五分。本日の授業開始予定時間は十時三十分。すでに二十五分が経過している。なのにグレンとレイが教室に姿を見せない。つまりは、遅刻だ。

 

「最近は良い授業をしてくれるようになったからほんの少しだけ見直してたのに…!」

「確かに最近遅刻とかも無かったのにどうしたんだろうね?」

「二人とも今日が補講日なのを忘れてるんじゃないのか?」

「そんな…………流石にそんなことは…………ない、よね?」

 

 アイザの一言にシスティーナとルミアは完全否定できない。

 本来この日から五日間ほどは学院の講師たちがある魔術学会に揃って顔を出すため休校になるはずだった。しかし、1ヶ月前に退職した前任のヒューイによって授業に遅れがでている2組はこの5日間も授業がある。そして2組以外が休校にも関わらず、教室は満席であり後ろには立っている生徒さえいる。

 

「あいつらが来たら今日こそガツンと言ってやらないと……」

「あはは。今日こそ、じゃなくて、今日も、じゃないかな?システィ」

「細かいことはいいの!」

 

 システィーナとルミアが会話していると、教室の扉が無造作に開かれ、新たな人の気配が現れた。

 

「あ、先生ったら、何考えてるんですか!?また遅刻ですよ!?もう…………え?」

 

 説教をくれてやろうと待ち構えていたシスティーナは、教室に入ってきた人物を見て言葉を失った。その人物は、グレンでもレイでもなかった。代わりに、教室に入ってきた見覚えのない二人の男がいた。

 

「あー、ここかー。いや、皆、勉強熱心ゴクローサマ!頑張れ若人!」

 

 突然、現れた謎の二人組に教室全体がざわめき始めた。

 

「あ、君達の先生はね。今、ちょっと取り込んでるのさ。だから、オレ達が代わりにやって来たっつーこと。よろしく!」

「ちょっと……貴方達、一体何者なんですか?」

 

 正義感の強いシスティーナが席を立ち、二人の前まで歩み寄ると臆せず言い放つ。

 

「ここはアルザーノ帝国魔術学院です。部外者は立ち入り禁止ですよ?そもそもどうやって学院に入ったんですか?」

「おいおい、質問は一つずつにしてくれよ?オレ、君達みたいに学がねーんだからさ!」

「……っ!」

 

 このチンピラ風の男はどうにも調子が狂う。システィーナは苦い顔で沈黙した。

 

「まず、オレ達の正体ね。テロリストってやつかな?要は女王陛下サマにケンカ売る怖ーいお兄サン達ってワケ。あ、あと前は連邦にもケンカ売ってたかなー?」

「は?」

「で、ココに入った方法。あの弱っちくて可哀想な守衛サンをブッ殺して、あの厄介な結界をブッ壊して、そんでお邪魔させていただいたのさ?どう?オーケイ?」

 

 クラス中のどよめきが強くなる。

 

「ふ、ふざけないで下さい!真面目に答えて!」

 

 肩を怒らせて、システィーナが叫んだ。

 

「大マジなんだけどなぁ~」

 

 チンピラ風の男はおどけて、大仰に両手を開いた。

 

「この学院で守衛を務めている方は戦闘訓練を受けた魔術師です!貴方達みたいな人にそう簡単にやられるわけないし、この学院の結界は超一流と呼ばれる魔術師にだって破ることはできないんですよ!?」

「あー、そうなの?天下に名高い魔術学院もたいしたことねーのな。がっかりだわー。」

「……あまりそのようなふざけた態度を取るようなら、こちらにも考えがありますよ?」

「え?何?何?どんな考え?教えて?教えて?」

「……っ!貴方達を気絶させて、警備官に引き渡します!それが嫌なら早くこの学院から出て行って…」

「きゃー、ボク達、捕まっちゃうの!?いやーん!」

「警告はしましたからね?」

 

 一向に出て行く気配を見せない男達に、システィーナは覚悟を決め、指先を男に向け――黒魔【ショック・ボルト】の呪文を唱えた。

 

「《雷精の──きゃっ!?」

「《ズドン》」

 

 途中でシスティーナが悲鳴を上げ、バランスを崩して尻餅をついた。アイザが足払いでシスティーナを転ばせたからだ。

 

「ちょ、アンタ何すんのよ!?」

「お前こそ相手をよく見ろ。バカが」

「な、あ……え?」

 

 周りがいきなり静まり返ってるのがおかしいと思ったのか、システィーナはクラスの皆の視線を追って顔を向ける。

 向いた先は壁。そこには小さな穴が空いていた。そこから外の景色がくっきりと見える。

 ちなみにこの学院の壁もそれなりの強度があり、術式を施されてるから容易に破壊できるはずがない。だが、バンダナの男の指先から放たれた閃光は容易く壁を貫通した。

 この恐るべき貫通力。システィーナはもちろん、その様子を見ていたクラスの全員が男の放った呪文の正体を悟った。

 

「そんな……まさか…【ライトニング・ピアス】!?」

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】。

 指さした相手を一閃の雷光で刺し穿つ、軍用の攻性呪文だ。見かけは【ショック・ボルト】とそう大差はない。だが、その威力、弾速、貫通力、射程距離は桁外れであり、分厚い板金鎧すら余裕で撃ち抜いてしまうほどだ。術に内包されている電流量も【ショック・ボルト】とは比較にすらならず、なんの魔術的防御も持たない普通の人間ならば、触れただけで感電死するだろう。そのシンプルな外見からは想像もつかない恐るべき殺戮の術。かつて、戦場から弓や銃はおろか鎧の存在価値すら奪った術だった。

 

「ど、どうして……そんな危険な術を……?まさか……貴方達、本当に…」

「だーから言ってるでしょ?テロリストだって。この学院はオレ達が占拠しましたー、君達は人質です、大人しくしててねー?あ、そうそう、逆らう奴は今のうちに逆らっておいてね?ブッ殺すから。」

 

 それから数秒……遅れて生徒達が悲鳴を上げて逃げ出そうと動くがいきなりのテロリストの存在。そして自分達との格の違いから来る恐怖の所為でまともな判断ができてないために動きが混乱している。

 

「あーあ、うるせえな。静かにしろよ……殺すぞ?」

 

 別にそこまで声を張り上げたわけじゃない。普段とあまり変わらない声量だったはずなのに、その言葉に込められた殺気と共に一気に教室内に波をたてるように響き渡り、恐怖で教室内が一気に静まり返った。

 

「そーそー子供は素直が一番だそんじゃ全員ちょっと集まりな」

 

 男はシスティーナ達、学院の生徒達を集めていると男はヘラヘラと学院の生徒達に質問していた。

 

「さて、この中にさ……ルミアちゃんって女の子いる?」

 

 すると学院の生徒達は何故『ルミア』がここで出てきたのか全く分からなかった。

 

「ルミア…?」

「何でルミアが?」

「んー……どれがルミアちゃんだ?」

 

 チンピラみたいな男は面白そうに笑いながら学院の生徒達を眺めていた。

 

「君かな?」

 

 男が声を掛けた生徒は、眼鏡を掛けた少女、リンだった。

 

「ち…違います…」

「あっそ、じゃどの子がルミアちゃんか知ってる?」

「…し…知りま…せん」

「ホント?俺 ウソつき嫌いだよ?」

 

 男はリンに顔を近づけながら威圧をかけていると

 

「貴方達…ルミアって子をどうするつもりなの?」

 

 システィーナは男達に質問していた。

 

「おお さっきの何?お前ルミアちゃんを知ってるの?」

「私の質問に答えなさい!!貴方達の目的は一体、何!?」

「ウゼェよ、お前」 

 

 今までのへらへらとした表情から一転、突如、男は蛇のような冷酷な顔になった。

 

「うん、お前からにすっか。」

「……え?」

 

 男はなんの迷いもなく、システィーナの頭に向けて―― 

 

「やめて下さい‼︎」

 

 集められた生徒達の中から大きな声が聞こえた。

 

「私がルミアです。他の生徒達に手を出すのはやめて下さい」

 

 ルミアの目に怯えはなかった。ただ、こんな自分自身が目当てにも関わらず、他の生徒が巻き込むのは許さないという怒気に燃えている。

 

「へぇ……」

 

 その姿に関心するように、チンピラ風の男は声を漏らした。

 

「君がルミアちゃんなんだ。うん、実は知ってた。君が名乗り出るか、我が身可愛さに教える奴が出るまで関係ない奴を1人ずつ殺していくゲームしてたんだよね」

 

 およそ、正常な人間の考える事ではない。間違いなくこの男は狂人と呼べる部類の人種なのだろう。

 ルミアの目で燃える怒りの炎がさらに強く燃えていることが見て取れた。

 

「遊びはその辺にしておけ、ジン」

 

 ここで初めて紳士然としたダークコートの男が口を開く。この男も雰囲気で分かりにくいが、狂人の類いだろう。今のチンピラ風のバンダナの男———ジンの凶行を遊びと言い切ったのだから。

 

「貴女は私と来てもらう。言うまでもないと思うが、是非はない」

「わかりました」

 

 紳士然としたその男の言うことに素直に従い、ルミアは席から移動した。

 そのルミアが、何故か遠くに行ってしまうような気がして……システィーナは声をかける。

 

「ダ……ダメよ……ルミア……行ったら殺されちゃう……」

「大丈夫だよ、システィ。きっとグレン先生がみんなを助けてくれるから……」

「あ、そのグレンって奴なら来ないぜ。もう俺らの仲間がブッ殺したからさぁ」

「っ!?せ…先生が…ウソ…そんな…」

 

 システィーナはジンのそんな絶望的な事実を告げられ絶望していた。

 生徒達の表情が絶望に染まる中、ルミアとダークコートの男は教室を出て行った。

 その後、ジンは教室に残された生徒達全員を【マジック・ローブ】で縛り上げ、呪文の起動を封じる【スペル・シール】の魔術をかけ、完全に無力化した。

 

「あーあー、退屈だーねー。兄貴当分戻ってこねえだろうし……こうなったらお楽しみといっちゃうか。てなわけでそこの嬢ちゃんこっちねー」

「え、ちょ……放しなさいよ!」

 

 一作業が終わった後、何を思ったかジンはロクに動けないシスティーナを強引に連れて教室を出ると、ロックの魔術で教室に鍵をかけ、生徒達を完全に閉じ込めた。

 

 

♢♦♢

 

 

 やれやれ、奇しくも動ける機会到来といったところか。

 魔術を発動したいものの、さっきあのバンダナ男がつけた呪符の所為でそれができない。

 普通に考えればここにいる普通の学院生にはお手上げなんだろうな。

 

「カッシュ、おいカッシュ」

「あ、なんだ……アイザ?」

「俺の机の上にペンナイフがある。それを取ってきてくれないか?」

「何でそんな……というか、何をするつもりなんだ?」

「いいから頼む」

「お、おう……」

 

 カッシュは怪訝な顔をしながら俺の机に向かい、ペンナイフを取ってくれた。

 あのバンダナ男は面倒くさがって俺たちの両手を背中の方で拘束しただけのおかげで移動には不自由はない。

 カッシュが俺の傍まで寄ってペンナイフを渡す。

 

「で、それどうするんだ?」

「これで拘束を切る」

「は?そんなんで外れるわけが―――」

「外れた」

「嘘っ!?」

 

 ナイフで黒魔【マジック・ローブ】によって生み出された魔力の紐を切る。

 このペンナイフについている刃は真銀(ミスリル)でできている。真銀とは、アルザーノ帝国で刀剣の素材として使われる最高級品、ウーツ鋼のさらに遥か格上の世界最高峰の魔法金属の1つ。剛性と靭性を兼ね備えている故に加工が非常に難しいが、一振りで魔力を遮断することが可能な物質である。

 

「あ、アイザ………お前、今なにやったんだ?」

「説明したいところだが、悪いが《とりあえず・皆と一緒・眠ってろ》」

 

 俺はそう言ってクラスの皆を【スリープ・サウンド】で眠らせる。

 

 これでいい。正直こいつらを守りながら戦うのは無理だ。軍用魔術――軍に所属する魔導士が使用する戦争用の魔術だ。軍用魔術には軍用魔術でしか対抗できない。生徒達の中に軍用魔術を使える者などいない。学士生に過ぎない生徒達に軍用魔術を教えることは許されていない

 仮に使える奴がいたとしても、本当の殺し合いを知らないこいつらのメンタルじゃ何の役にも立たない。

 

 俺はロックの魔術がかけられたドアからではなく、なんの魔術的付与がされてない窓から教室を出た。

 あいつらが結界を書き換えて学校に侵入したのならこのまま馬車でトンズラするのは考えにくい。あいつらはなんでもかんでも魔術に頼ろうとするタイプだと俺の直感がそう告げる。

………とゆうことは一番有力なのはあそこか。

 問題はシスティーナの方か。最優先はルミアの救出だが、だからってあっちを見捨てるわけにもいかない。あともう一人、誰かがいれば迷うことなく行動できるのだが。

 

 どうしようかと悩んでいるとふと遠見の魔術が一人の男を捉えた。

 

 

 まったく、来るのがいつも遅いんだよあのロクでなしは

 

♢♦♢

 

「ほら、こっちだ。早くしろよ」

「きゃあっ!?」

 

 突き飛ばされてシスティーナは硬く冷たい床に倒れ伏した。

 

「な、何するのよっ!?」

 

 システィーナの両手は背中で、【マジック・ローブ】によって縛り上げられている。そのため一度倒れてしまえば立つこともままならない。

 

 システィーナは床に寝そべったまま、顔だけ動かしてチンピラ風の男――ジンをにらみ上げる。ジンは芋虫のように床で悶えるシスティーナの姿を、舐めるような目で楽しげに見下ろしていた。

 ここは魔術実験室。昨日、この部屋でなんらかの結界構築実験が行われたらしい。床には鶏の血で描かれた五芒星がある。血の結界の中心に倒れ込んだシスティーナの姿はまるで悪魔崇拝の儀式に捧げられた生贄のようだった。 

 

「こんな所に私を連れてきて……一体、私をどうする気!?」

 

 内心の不安と恐怖をかみ殺すように、システィーナはジンへと食ってかかる。

 

「ん?決まってるだろ?ヒマだし、まだ時間あるし、お前使って一発抜いとこうかなと思って」

「な――」

「せっかく、なかなかの上玉見つけたんだ。暇な時間に喰っとかねーと勿体ないだろ?ククク……」

 

 まるで昼食の予定でも答えるかのような、あっさりした返答にシスティーナは一瞬、言葉を失った。下品極まりない言い回しだったが、その言葉の意味がわからないほど、システィーナは子供ではない。背筋を、怖気が駆け上がった。

 

「あ、貴方……何、言って……」

「いやー、オレってお前みたいな乳臭いガキ結構、好みなのよ?ロリコンって奴?ぎゃはは、捕まっちゃうなー。」

 

 青ざめるシスティーナをよそに、ジンは愉快に笑った。

 

「うーん、でも、お前くらいの女に欲情すんのって本当にロリコンって言うんかいな?一応、ケッコンとかできる年齢なんだろ?どう思う?」

「ふざけないでッ!わ、私はフィーベル家の娘よ!私に手を出したら……お父様が黙っていないんだから!」

「うわー、怖ーい。でも、関係ねーな。つーかフィーベル家って何?偉いの?」

「きゃ――」

 

 フィーベルのなをまったく意に介さず、ジンはシスティーナを組み敷いた。 

 身動きは封じられ、悔しいが何一つ抵抗できない。

 

 今のシスティーナはまさしく悪魔に捧げられた生贄そのものだ。

 

「……好きにすればいいわ。」

 

 システィーナが怒りの灯った声色で静かに言い、自分を組み敷くジンをにらみ上げた。

 

「お?」

「私を慰み者にしたいなら好きにすればいいわ。だけど、覚えておきなさい。貴方だけは……必ず殺してやる。今は無理でも…いずれ地の果てまで貴方を追いかけて殺してやるわ。この屈辱を晴らしてやる…フィーベルの名に懸けて」

「……」

 

 死神の鎌のように鋭い眼に、ジンはしばらくの間、射竦められたかのように沈黙して。

 

「ぎゃははははははははははは――ッ!」

 

 突然、爆発したように大笑いを始めた。

 

「な、何が、おかしいの!?」

「ひゃははははっ!いや、だってさ――」

 

 大笑いのあまり、目尻に浮かんだ涙を拭いながらジンは言った。

 

「実はオレ、ルミアちゃんみたいな奴は嬲っても面白く思わねーんだ。」

「は?」

 

 前後の噛み合わない言葉にシスティーナは困惑する。

 

「ルミアちゃんって一見か弱ーい女の子に見えるが、ありゃ、常時覚悟しているタイプの人間だ。そーゆー奴はどんな苦痛を与えられようが、辱めを受けようが、決して心は折らねえ。それこそくたばるまでな。オレにはわかる。」

 

 なぜ、そんなことがわかるのか。

 その理由を問えば、あまりにもおぞましい答えが返ってきそうで聞きたくない。

 

「だが、お前は別だ。」

「なんですって……!?」

「お前は一見強がって見せちゃいるが…脆いね。自分の弱さに必死に仮面つけて隠しているだけのお子様さ。オレはお前みたいなチョロい女を壊すのが一番楽しいんだ。だって、メッチャ美味い酒もフタが開かなきゃムカつくだけだろ?」

「――くッ!」

 

 あまりにも屈辱的な物言いに、システィーナの頭に血が上る。

 

「私が貴方に屈するとでも……?」

「ああ、屈するね。多分、割とあっさり」

「ふざけないで!私は誇り高きフィーベルの――」

「はいはい、じゃー、どこまで保つかなー?」

 

 ばり、と。ジンは何の迷いもなくシスティーナの着る制服の胸元に手をかけ、それを引き裂いた。白い下着に包まれた胸と肌が露になる。

 

「……え?……ぁ。」

 

 掠れた声がシスティーナの喉奥から絞り出される。肌がひやりとした外気にさらされ、いよいよこれから自分がどのような末路を辿ることになるのか、強く実感する。

 じわりと。だが、もう誤魔化し様もなく致命的な恐怖と嫌悪が心の中で醸造される。

 

「……ぅ、ぁ。」

「ひゅーッ!胸は謙虚だが綺麗な肌じゃん!うわ、やっべ勃ってきた……おや?どうしたのー?なんか急に押し黙っちゃってさー、元気ないよー?」

 

 負ける者か。屈するものか。私は誇り高きフィーベルの娘だ。魔術師にとって肉体などしょせん、ただの消耗品ではないか。唇を震わせながら自分自身に言い聞かせる。

 だが、そんなシスティーナの理性とは裏腹に、口は勝手に違う言葉を紡ぐ。

 

「……あ、あの……」

「ん?何?」

「……やめて……ください……」

 

 その一言が出てしまった瞬間、もうどうしようもなかった。これから我が身を汚されてしまうのだという悲嘆に、初めては本当に好きになった人に捧げたかったという密かな夢の理不尽な終焉に、システィーナは涙をぼろぼろと溢れさせ、身体を震わせていた。

 

「あ、あの……お願いします……それだけは……それだけはやめて…許して……」

「ぎゃははははは――ッ!落ちんの早過ぎだろ、お前!ひゃははははッ!」 

 

 ひとしきり笑ってから、冷酷な目でジンは泣きじゃくるシスティーナを見下ろした。

 

「悪いがそりゃできねえ相談だ…ここまで来ちゃ引っ込みつかねーよ。」

「……やだ……やだぁ…お父様ぁ…お母様ぁ…助けて…誰か助けて……」

「うけけ、お前、最っ高!てなわけでいただきまーす!」

「嫌……嫌ぁああああああ――ッ!」

 

 ジンの手が必死に身じろぎするシスティーナの肌に伸びて行った、その時だった。

 

「あ~もううるせーなー、あんまでけえ声出すなよ。頭にガンガン響くからよー」

「は?」

「……え?」

 

 実験室の床の隅に転がっていた袋がもぞりと蠢き始める。よく見てみるとそれは寝袋であり、中から人が出てきた。

 レイだった。なぜか顔色がすごく悪い。

 

「れ、レイ先生?」

「えーと?」

 

 レイは身体を重ね合っている二人を見て気まずそうに頬をかく。

 

「すまん。邪魔したな。ごゆっくり……」

 

 そう言って、寝袋の中にゆっくりと戻っていき………

 

「いや助けなさいよーッ⁉︎」

 

 システィーナの叫びに、レイは渋々といった表情で寝袋から出てくる。

 

「んだよ。セリカがしばらく戻ってこねえから教授室に隠してた酒飲んでて、酔いつぶれてそのままここに寝泊まりして目を覚ましたら生徒がチンピラに襲われそうになってるのに遭遇?マジでふざけんなよ」

「いやふざけてんのはアンタ!なに由緒正しい学院でこっそり酒飲んでるのよ!?」

「馬鹿野郎。大人ってのはな、飲めるときに飲まねえとやっていけねえんだよ。うぷっ……あ~、気持ちわりぃ~……吐きそう」

「しかも吐きそうになるまで飲んでる!?バカなの!?死ぬの!?」

 

 一方、レイの出現にあっけに取られていたジンだったが、すぐに我に返ってシスティーナから飛び退き、レイに向かって身構えた。

 

 

「何者だテメェはッ⁉︎」

「でけえ声出すんじゃねえよ。一応、この学院の講師をやってる者です。じゃなかった。講師をやる奴の監視役か。細けぇことはいーや。それより俺頭痛ぇから水くれねーか?」

「この状況で相手に助け求める!?助けてほしいのはこっちの方よ!」

 

 切羽詰まった状況だったため、ついレイに助けを求めてしまったが、このジンという男は強大な力を持つ魔術師だ。レイの方は力量は分からないが完全に二日酔い状態で勝てる見込みがなさそうだ。

 

「うるせぇ! 一体、どっから湧いて出てきやがったんだテメェッ⁉︎」

「だからでけえ声出すんじゃねえって、頭に響く」

 

 レイとジンが魔術で争えば……間違いなくレイは殺される。ジンのあの超高速一節詠唱に対抗できるはずもない。

 

「だ、だめ……ッ! 先生、逃げて!」

「お前、助けろっつたり、逃げろっつたり、一体どっちなんだよ?」

「いいから早く! 先生じゃそいつには敵わない!」

「もう遅ぇよッ!《ズド――」

「うるせえつってんだろ!!」

「がぼぉ!?」

 

 瞬時に呪文が完成するよりも前に、ジンの顔面に空になった酒瓶が直撃し、詠唱が強制的に中断された。

 

「さっきからギャーギャーギャーギャー、やかましんだよ。発情期ですかこの野郎。てめえの声が黒板に爪を立てた時の音みたいにガンガン響くんだよひっく」

「て、てめぇやってくたごふぉ!? って、だから瓶投げ、な!? グフォ!? いや、だから、止めろ!」

「てゆーかどんだけ飲んだのよ!?」

 

 寝袋の中から次から次へと空になった酒瓶を取り出して「こんにゃろ、こんにゃろ」とジンに投げつけるレイにシスティーナは啞然するしかない。

 このまま容赦なくレイの酒瓶攻撃が続くかと思われたが、それは直ぐに終わった。

 

「あっ、もう投げる瓶ねーや」

「ええ!?」

「いい加減にしろこの酔っ払いがッ!」

 

 顔が痣まみれになったジンが激情に任せてレイに指を向けた。

 

「《ズドン》ッ!」

 

 瞬時に呪文は完成し、ジンの指先から迸る雷光がレイに容赦なく―――

 

「…………は?」

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】は起動しなかった。完成と共に指先から飛ぶはずの雷光が一向に発生しない。

 

「ちょ、《ズドン》!《ズドン》!《ズドン》!」

 

 ジンは何度も試みるも、起動する気配はなかった。

 

「ど、どうなってやがる……?」

「お前はもう魔術は起動できねえよ」

 

 実験室の外からこの頃馴染んで来た声が聞こえた。

 

「お前はもう俺の領域内にいるんだからな」

「だ、誰だテメェ!?」

「グレン先生!?」

 

 なんと入ってきたのはジンから死んだと告げられていたグレンだった。

 

「ったく……いつもここぞというタイミングで出てきやがって。何お前?ひょっとして狙ってやってるのかグレン?ひっく」

「んなわけあるか。てゆーかレイ。お前ひょっとして酔ってるのか?」

「グレン……非常勤講師だと!? キャレルの奴はどうした!?」

「キャレル? ああ、あの毒霧使いね〜。ちょっと眠ってもらった。多分もうそろそろ憲兵に捕まる頃じゃね?」

「ふざけんな!《ズドン》! ……くそ、何でだ!?」

「だから〜……もう魔術は使えねえって言ってんだろ?こいつを使ってんだから」

「あ?愚者のアルカナ?」

 

 グレンが取り出したのは、総数二十二枚からなるアルカナのナンバー0、愚者のカードだ。

 

「てめぇ……なんだ、そりゃ?」

「これは俺特製の魔導器だ。この絵柄に変換した魔術式を読み取ることで、俺はとある魔術を起動できる。それは俺を中心とした一定領域内における魔術起動の封殺」

 

「な……」

「残念だった。お前の呪文詠唱速度がどれだけ速かろうが、もう関係ねーよ」

「魔術起動の……遠隔範囲封印だとぉ?」

 

 確かにシスティーナ達が受けたような、魔術の起動を封印する術式はある。黒魔【スペル・シール】と呼ばれる魔術だ。だがそれは付呪が前提であり、しかもこの魔術に限っては相手の身体に呪文を書き込み、 魔術効果付与するという特殊な手順を踏まなければならない。実戦でそんな手間のかかることを許す魔術師はいない。それに対し、グレンは紙切れ一枚をちらっと見るだけで広範囲にわたる魔術起動を完璧に封殺できると言うのだ。

 

「それが俺の固有魔術【愚者の世界】」

「ま…魔術の固有魔術!?まさか!テメェそんな域に至ってるってのか!?」

「す、すごい……魔術の遠距離封殺なんて。先生が三節しかできなくてもワンサイドゲームなんてものじゃないわ……」

 

 グレンの固有魔術の特性にシスティーナも驚嘆しているとレイがある爆弾発言をした。

 

「つってもそれを展開している本人も魔術使えねぇんじゃ世話ねーわな」

「「え?」」

「てへっ★」

「うわキモ………っうぷ、吐き気がしてきた」

「大げさすぎだろ!?」

 

 グレンがテヘペロと気持ち悪い笑顔を浮かべながら頷くと、システィーナとジンから間抜けな声が出た。レイの方は二日酔いの状態でグレンの気持ち悪い笑顔を見て吐き気を催していた。

 

「ま、マジかよ」

「だって、俺を中心にしてるんだし。俺もバリバリ範囲内にいるんだからさ」

「な、なーーなんの意味があるのよ、それ!?」

 

 システィーナもたまらず突っ込み入れてしまった。

 

「ギャハハハハハハ!バカかお前!魔術師が自分の魔術も封印してどうやって戦うってんだよ!?」

「そりゃあ、魔術使えなくたって……コレがあるだろ?」

 

 グレンは自分の拳を掌で叩きながら言う。

 

「はあ?拳だぁ?」

「うん……拳っ!」

 

 瞬間、グレンの姿がブレた。と思えば、その時にはもうジンの顔にグレンの拳が叩き込まれていた。

 

「え? 嘘……何、今の動き……」

 

 全然、見えなかった。システィーナは呆然とグレンを見つめる。それからグレンは間髪入れずに掴み、拳、蹴り、投げを見事な流れで見舞った。

 

「テ、テメェ……多少アレンジが加わってるが、それは帝国軍式格闘術だぞ。魔術師が肉弾戦なんとか、ふざけんじゃねえぞ!」

「はぁ、なんでそんな魔術以外で倒されるのが嫌なのかなお前らって……」

 

 グレンが呆れたように言うが、ジンはそれをほとんど聞くことなく、ただグレンを睨むだけだ。

 

「おいおい、俺を忘れちゃ困るぜバンダナのお兄さん?」

「あん?」

「ほあたァ!」

 

 ゴ チ ン !!!!

 

「!?!???!??!!!?!」

 

 瞬時にジンの背後に回っていたレイが今やったことにシスティーナは息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 かつて小さい頃、システィーナは自分の母親に聞いた。

 

『あのねお母様。昨日お父様に飛びつこうとしたら間違えてお股に頭突きしちゃって、そしたらお父様お股を抑えて泣いてたの。お股の衝撃ってそんなに痛いの?』

『………システィーナ。男にはね、女の子にはわからない痛みがあるの。そこはいわば急所みたいなところだから。もし、システィーナに変な事しようとした男が来たら、遠慮せず思いっきりお股を蹴ってやりなさい。そうすれば男は立ち上がる事は出来なくなるわ』

『はーい!変な事されそうになったらお股を蹴り上げるのね。わかった!』

 

 

 

 

 システィーナがかつてお母さんと会話したことの内容を思い出した時、レイの渾身の蹴りがジンの股間に、思いっきり炸裂していた。

 腐っても闘いの経験者であるジンも、男である限りソコだけは、鍛えられなかったようだ。直立不動のまま前のめりに倒れた。

 

「くっそ……このオレがぁ……ッ!こんな……ふざけた奴らに……ッ!」

 

 その言葉を最後に、ジンの意識は完全に暗闇へと落ちた。

 

「けっ、ガキは家に引きこもってママにでも甘えてな。うぷっ――オェぇええぇええぇぇ……ッ!!!」

 

 更にそのジンに追い打ちをかけるように、レイの口から茶色のモザイクが噴出した。ずっと吐き気を催しており、渾身の一撃を放ったことで我慢の限界が来てしまったのである。その結果、出来立てホヤホヤな吐しゃ物が噴水のように噴き出して、失神したジンへと降り注いだ。

 

「うわぁ汚な………」

「お前相変わらず容赦ねえなエンガチョ」

 

 あまりに衝撃的な瞬間にシスティーナもグレンもほんのちょっとだけ、モザイクまみれのジンに同情していた。

 

 




キャラ的にジンには酷い目(銀魂っぽく)にあってほしくて書きました。
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