ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん)   作:嫉妬憤怒強欲

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バトル回(笑)です。


ドS=サディスト

「これでよしと」

 

 グレンは手にレイの吐しゃ物がつかないよう細心の注意を払いながら、気絶したジンに全裸にひん剥いて、さらに亀甲縛りに縛り上げ、全身に見るにも無惨な落書きを書き込んで、最後に股間へ『不能』と書いた紙を貼った。

 

「ふぅ、これで完全無力化だ。やれやれ魔術師の捕虜の扱いはこれだから厄介なんだ」

「馬鹿野郎。グレンふざけてんのか?亀甲縛りやんならデルタホースに乗せてやんのが礼儀だろ」

「成程盲点だった。ちょうどこの実験室に木の椅子がそれで………」

「ついでにロウソクも用意しとくか」

「あんたら学院の備品なんに使うつもりよ!?」

 

 健全な少年少女が聞いちゃいけないような談義をするグレンとレイにツッコミを入れるシスティーナであった。

 

 

 数分後。システィーナの拘束を解き、テロリストのうちの1人のジンを捕らえてからグレンと情報を共有すること数分。

 

「ルミアが連れて行かれた?」

「……はい」

 

 システィーナは悔しそうに、哀しそうに目を伏せる。

 

「なんでアイツが?」

「わかりません」

「そうか……となるとやっぱ早まったか?」

「先生?」

「あー、いや、すまん。独り言だ。お前がこうして無事だったんだ。判断は正しかったとしよう」

 

 と、その時だった。

 

 辺りに金属を打ち鳴らしたような甲高い共鳴音が響き渡る。

 何事かとシスティーナが身を固くしていると、眉間にしわを寄せたグレンがポケットから半割の宝石を取り出して耳に当てた。

 

「てめぇ、セリカ!?遅ぇぞ!一体、何やってたんだ、この馬鹿!」

『すまんな。ちょうど講演中で着信は切ってた』

 

 宝石から、今はフェジテから遥か遠き帝都にいるはずのセリカの声が聞こえてくる。

 

「こっちはそれどころじゃねーぞ!?」

『……何かあったのか?』

 

 宝石から聞こえてくる声が硬くなった。

 

「ああ、実はな……」

 

 今学院で起こっていることをセリカに伝えるグレン。

 下手人の正体は有史以前から存在し、現在も政府と敵対するアルザーノ帝国最古の魔術結社『天の智慧研究会』。魔術を極めるためならば何でもするような外道魔術師の集まりで、組織に所属する優れた人間こそが世界を導くべきでそれ以外の人間は家畜にすぎないという考えを持つ、魔術師の醜い面を形にしたかのような狂った至上主義の温床。

 その構成員二人に結界を掌握され、学院は完全に封鎖された。もう、入ることもできない。

 教室には五十人前後いるが、その内システィーナは保護、ルミアはどこかに連れて行かれた。

 敵戦力は確認できたのが三人、まだ未確認なのが一人以上。確認できた敵の内、二人は無力化したが、諸状況から察するに先の二人と比較して残りが格下なんてことは恐らくありえない。

 

「で、最後にこれが重要なんだが……俺もこの学院の魔導セキュリティのレベルの高さは知ってる。だが、ここまで鮮やかにセキュリティを掌握されて所から察するに……いるぞ、学院内に裏切り者がな」

『あぁ、私もそれを考えていた』

「なぁ、セリカ。そっちにいるはずの教授や講師達の中で不自然に姿が見えない奴っているか?特に教授格かそれに準ずる能力を持つ講師だ」

『わからん。会場では団体行動じゃない。すぐに確認するのは不可能だ』

「ち……事情を説明してさっさと確認しろ!それから早く帝国宮廷魔導士団を回すように手配してくれ!」

『無理だ。お前も知っているとおり、魔術学院はとにかく各政府機関の面子や縄張り争いがうるさい魔窟なんだ。呼ぶとしても迅速に…というワケにはいかない』

「アホか、ふざけんな!?生徒達の命がかかってんだぞ!?お前の権限でなんとかしろよ!?」

『今の私は市井の一魔術師に過ぎないんだ。人が過去の役職の権限を振りかざしていいなら、国が滅茶苦茶になるぞ』

「じゃあ、お前が早く帰ってこい!学院内に転送法陣があるだろ!?」

「落ち着け。てめえがあつくなってどうするんだ」

『レイの言う通りだ。だいたいそこまで周到に結界を掌握した連中が学院内の転送法陣を有効にしたままにしておくか?私なら最初に壊すぞ?ま、試してはみるがね。期待はするな』

「く……」

 

 確かにそうだ。転送法陣は長距離転送魔術において入り口であり、出口でもある。帝都と学院を繋ぐ転送法陣が生きていたら、帝都から学院内に侵入される。先に拠点の転送法陣を破壊するのは立てこもりテロの定石だ。

 グレンはばつが悪そうに頭を押さえてため息をつく。

 

「悪い…冷静じゃなかった」

『人の本質はやっぱ変わらないな。お前はお前のままだよ。とにかく、こっちは対応を急ぐ、お前は無理をせず、保護した生徒と一緒にどこか安全な場所で隠れていろ。レイもいるんだからなんとかなるだろ』

「ああ、わかった」

「ったく、仕事先で面倒ごとに巻き込まれるなんてついてねえぜ」

『じゃあ、いったん切るぞ……死ぬなよ?』

「……こんな所で死んでたまるか」

「当たり前だ。まだ依頼料たんまり貰ってねえからな」

 

 通信魔術を解除し、グレンは宝石をポケットに押し込んだ。

 

「……ん?どうした?」

 

 視線に気づいてグレンはシスティーナに声をかける。

 

「いえ…その……意外で…」

「はぁ?」

「グレン先生ってその…もっと冷めた人なんだって思ってたから……」

 

 どうでもいい、とばかりにグレンは目を背けた。

 

「そんなことより、これからだ。セリカには一応ここの状況は説明したが、救援はまず呼べそうにないそうだ。呼ぶにしても時間はかなりかかるだろうな」

 

 それを聞いて、システィーナは消沈したように肩を落としてうつむいた。

 やがて、何かを決心したようかのように顔を上げ、部屋を出て行こうと踵を返した。

 

「どこへ行く気だ?白猫」

 

 グレンはとっさに腕をつかんで引き止める。

 

「ルミアを助けに行きます」

「よせ、無駄死にする気か?」

「だって、……だって、ルミアが…ルミアは私を庇って……」

「お前一人に何ができんだよ?お前自身分かってんだろ?大人しくしてろ」

「でも…でも……ッ!」

「大人しくしてろ」

 

 有無を言わさない、突き放すようなグレンの言葉。

 次第にシスティーナの肩が小刻みに震えていく。水滴が床を叩く音が小さく響いた。

 

「でも……私、悔しくて……だって……」

「お、おい…白猫…?」

「だって…うぅ…ひっく…うわぁあああん…」

 

 今まで色々こらえていた感情が、一時の安堵が引き金となって暴発したのだろう。言葉を失うグレンの前で、システィーナは目を腫らして子供のように泣きじゃくっていた。

 

「あーあ、グレンがまた女の子泣かせた」

「またとか言うなレイ!」

「グレン先生の言う通りだった!魔術なんて、ロクな物じゃなかった!こんな物が…こんな物があるからルミアが……ルミアが…ひっく…う、うぅ…」

「……泣くな、馬鹿」

 

 ぽん、と。グレンはシスティーナの頭に優しく手を乗せた。

 

「グレン先生……?」

「魔術が現実に存在する以上、存在しないことを望むのは現実的じゃない。大切なのはどうすればいいのか考えること……なのだそうだ。お前の親友の受け売りだけどな」

「あの子が……そんなことを」

「大層な夢だよなアホだろ?けど立派だ。そんな奴を死なせるわけにはいかねーよな」

「なら、とっとと動くぞ。連中もそんなに悠長にしているような奴じゃねえ」

「…あぁ、そうだな」

 

 グレンは決意を瞳に宿し、そして言った。

 

「俺とコイツが動く。敵の残りは二人だと決めつけて暗殺する。もう、それしかない。協力してもらうぞレイ」

「……ああ」

 

 暗殺。その時、システィーナはそんなことをあっさりと言ってのけたグレンに背筋が凍えるような恐怖を覚えた。だが、それ以上にやるせなさも感じた。グレンは人殺しを覚悟した冷徹な瞳をしていたが……どこかでとても辛そうだったからだ。

 

「くは、くはははは……」

 

 突然その場に乾いた笑い声が響き渡った。

 

「…暗殺、か。けっけっけ、まさかそんな言葉があっさりと出るとはな…なんだ、お前もその酔っ払いもコッチ側の人間かよ…クハハ…」

 

 見れば、転がされていたジンが意識を取り戻していた。

 

「否定はしねーよ。しょせんは俺も下種だ」

「ほう?じゃ、オレは殺さねーのか?それとも可愛い生徒の前じゃ殺せねーか?」

「先生達と貴方達を一緒にしないで!」

 

 ジンの不愉快な言を聞いていられず、システィーナが肩を怒らせて叫んだ。

 

「先生達は貴方とは違うわ!なんのためらいもなくゴミみたいに人を殺せる貴方達とは――」

「くはは、お前、そいつの何を知っているんだ?そいつらは最近やって来たばかりの非常勤講師なんだろ?」

「そ、それは――」

 

 思わず言葉に詰まった。確かにシスティーナはこの約二十日間ばかりの二人しか知らない。セリカが連れて来た謎の講師達。グレンとレイが過去に何をやっていたかなんて何一つ知らない。

 

「断言してやる。そいつらは絶対、ロクな奴じゃねえ。もう何人も殺ってきた…オレらと――――」

「オボロゲシャァァァァァァァ!!!」

「ぎゃああああ!!?」

 

 ジンの言葉を遮るように、レイの口からモザイクが噴水のように噴き出して、目の前のジンへと降り注いだ。

 

「あー…吐いたらスッキリした」

「てめえふざけんなよ!人の大事なところ蹴るわ、ゲロをかけるわ!この拘束が解けたらぜってーぶっ殺してや…がぼぉっ!?」

「誰が喋っていいって言った?」

 

 モザイクまみれにされ、ビキビキとこめかみに青筋を浮かべながらギャンギャン吼えるジンの口に太いロウソクを突っ込むレイ。

 

「お前俺達相手に文字通り手も足も出ねえってのに、よくもまあそんな舐めた口聞けるな?」

 

 ぐりぐりとロウソクを押し込まれそうになるが、身動きが取れないジンは苦しそうにもがくだけで何もできない。

 その光景を数十秒ほど眺めて、ロウソクを口から抜いてやる。

 

「ゴホゲホゲホっ……てめぇ……」

「何か勘違いしてると思うから言っとくな?とりあえずお前なんか有力そうな情報持ってそうだからな、いろいろ話訊かせてもらおうじゃねーか」

 

 そう言ってレイはニヤりと黒いニヒルな笑みを浮かべる。それを見てグレンが「うわー、スイッチ入っちゃったよ」と呟いた。

 

「わりィが、こっちには話すことなんざなにもねーぞ」

 

 ジンはわずかな抵抗を見せるが、レイは冷血動物さながらの冷たい視線を向ける。

 

「安心しな。俺は開かない口を開かせんのは得意だ。とりあえずその口がよく開くように、天井につるした状態で後ろの穴からロウソクをじゃんじゃん突っこんで塞いでいくところから始めようか」

「どこに安心できる要素があるんだよ!?」

「ささ、あんま時間ないだろうからとっとと始めようぜ。最初は思いきって5本いくか」

「えっ、ちょっ、まっ!」

 

 ジンは顔を青ざめさせる。喧嘩を売る相手を間違えたと悟るには遅すぎた。

 

 と、その時。突然、場に魔力の共鳴音が響き渡ったかと思うと、グレン達を取り囲む空間が波紋のように揺らいだ。

 

「何――ッ!?」

 

 空間の揺らぎから何かが無数に出現する。

 それらは骸骨だ。二本の足で立ち、剣や盾などで武装している。その数、十数体。いや、今もなお、その数はどんどん増え続けている――

 

 グレンとシスティーナとレイはあっと言う間に、大量の骸骨達に包囲されていた。

 

「ハッハー!ナイスだレイクの兄貴!これでお前ら終いだなぁ!」

 

 さきほどまでの様子はどこへやら。ジンが威勢を取り戻し、歓声をあげる。

 

「せ、先生…これは――」

「くそ、ボーン・ゴーレムかよ!?しかも、こいつら、竜の牙を素材に錬金術で錬成された代物じゃねえか!?ずいぶんと大盤振る舞いだな、おい!?」

 

 召喚【コール・ファミリア】。本来は、小動物のようなちょっとした使い魔を呼んで使役する召喚魔術の基本術だが、この術者は自己作成したゴーレムを使い魔として、しかも遠隔連続召喚するなどという、恐ろしく高度なことをやっている。しかもグレン達の前にゴーレムは竜の牙製。それゆえに驚異的な膂力、運動能力、頑強さ、三属耐性を持っている。並みの戦士や魔術師では対処できない危険な相手だ。

 

「てか、なんだこのふざけた数の多重起動は!?人間業じゃねーぞ!?」

「口を動かす暇があるならまず手を動かせ!」

「わかってるよこんちきしょう!」

 

 グレンが全身のバネと共に渾身の右ストレートを近くにいたボーン・ゴーレムの頭部に叩き込む――が。

 

「ち、硬ぇ!?」

 

 多少、のけぞらせたが、それだけだ。ひびの一つも入っていない。

 

「こいつら牛乳飲み過ぎだろコンチクショウ!?炭酸水でも飲んどけ!」

「馬鹿野郎!ゴーレム相手にテメェのパンチじゃ太刀打ちできるわけねえだろうが!こういう時は身の回りにあるものを武器にして使え!」

 

 そう言ってレイは近くにいたジンの両脚を掴み――――

 

「えっ、ちょ、テメェなにし――」

「食らえぇぇぇぇぇっ!!ロリコンストラッシュ!!」

「ぷぎゃあっ!?」

 

 適当な名前を叫びながらゴーレムの一体に向けて横なぎに振るった。グレンの時と同様にひびをいれることは叶わなかったが、衝撃で後方に大きく吹き飛んだ。

 

「オィイイイイイイイ!!お前は何を武器にしてんだ!?」

「戦場ではその場にあるすべてのものが武器。こいつらクズを叩き潰す鈍器になるんだよ!」

「人間鈍器呼ばわりするお前の方がよっぽどクズ!!」

 

 全裸で亀甲縛りされた捕虜を武器にして振り回すというとんどもない絵面を意に返さず、体勢を立て直したボーン・ゴーレムが、再び剣で斬りかかって来る。

 

 竜の牙製のゴーレムに物理的な干渉はほとんど損害にならない。拳打や銃撃のような攻撃はもちろん、攻性呪文の基本三属と呼ばれる、炎熱、冷気、電撃も通用しない。

 このゴーレムを打ち倒すならば、もっと直接的な魔力干渉をしなければならない。

 

「白猫!俺に【ウェポン・エンチャント】を!」

「わ、わかりました!≪その剣に光在れ≫ッ!」

 

 システィーナが一節詠唱で唱えた、黒魔【ウェポン・エンチャント】が完成する。

 グレンの両拳が一瞬白く輝き、その拳に魔力が符呪された。

 

「すまん、助かった!」

 

 礼を言いながら、グレンは素早くステップを踏んた。

 兼三閃。正面と左右から襲いかかってきたゴーレムの頭蓋が今度こそ粉砕される。

 

「≪大いなる風よ≫!」

 

 続いてシスティーナが黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱える。

 猛烈な突風が吹き荒れ、出入り口の扉を塞いでいたゴーレム達を扉ごと吹き飛ばした。

 ダメージは無いに等しいだろうが、これで外までの道が開けた。

 

「ナイスだ白猫!俺が先頭を行く!着いて来い!」

「は、はい!」

「急がねえとまた囲まれるぞ!」

 

 グレンが先頭でゴーレムたちを仰け反らせてシスティーナが真ん中を走り、レイが後ろで迫ってくるゴーレムをゲロまみれロリコンストラッシュ(笑)で押し退ける。

 

「ぶほぁぁ!な、なんで俺がこんな目に……ぐぼぉぁぁぁ!!」

「あ、あのグレン先生………あれはあのままでいいんですか?」

「…助ける義理はないし、余裕もない」

「そうですね」

「誰でもいいから助けてくれェェェェェ!!」

 

 捕虜の悲鳴が聞こえても休む暇もなく、三人は廊下を駆けて行った。

 

 

「こっちだ!」

「はい!」

 

 廊下の端に到達し、続く階段を駆け上がる。

 

 ボーン・ゴーレムの群れがしつこく三人(ついでに白目を向いているジン)の後を追う。

 

「くそ、ジリ貧だな…」

 

 魔力強化されたグレンの拳闘とレイの白兵戦で対応するには敵の数が多すぎる。システィーナの知る魔術では時間稼ぎにはなるが決定打は与えられない。

 

「先生!ゴーレムはカテゴリー的には魔法生物ですよね!?」

 

 グレンの後ろに続くシスティーナが息も絶え絶え言った。

 

「先生のあの固有魔術でなんとかならないんですか!?」

「ならん!」

 

 グレンは即答した。

 

「俺の【愚者の世界】は魔術の起動そのものをシャットアウトするだけだ!すでに起動して現象として成り立っている魔術には意味がない!例えば、あいつらみたいにな!」

「つっかえねぇな」

「悪かったな!………それであいつらをなんとかしたかったら、むしろ【ディスペル・フォース】――魔力相殺の術だ」

「それなら私が使えます!やってみましょうか!?」

「ちょ!?できるのか!?かなりの高等呪文だぞ!?」

「はい。学院じゃなくて、お父様から手習った術ですけど…」

「マジか……」

「いや、この数でそれやってもすぐにマナが枯渇するだけだろ!」

「だよな!思わず感心しちゃったわ!」

 

 それに、ディスペルしていった所で素材に戻るだけだ。更に再び術者が魔術を吹き込めばゴーレムとなってまた襲いかかって来る。要するに魔力無駄遣いだ。

 

「こうなったら手はひとつしかねえ!」

 

 それからグレンは廊下の階段を駆け上る。そして登り切ると、また廊下を駆ける。

 

「先生!この先は行き止まり!」

「ああ、このまま走っても体力が消耗して全員御陀仏だ。だったらここでこいつらを掃除するしかねえ。俺が…いや、俺達がここで食い止める。つうわけだから白猫、お前は先に奥まで行って即興で呪文を改変だ」

「ええ!?」

「改変する魔術はお前の得意な【ゲイル・ブロウ】だ。威力を落として、広範囲に、そして持続時間を長くなるように改変しろ。節構成はなるべく三節以内だ。完成したら俺達に合図しろ。後は俺がなんとかしてやる」

「で、でも……」

 

 不安げにシスティーナが隣を走るグレンの横顔を見上げる。

 

「わ、私にそんな高度なことができるかどうか……」

「大丈夫だ」 

 

 返って来るグレンの言葉はどこか自信に満ちた物だった。

 

「お前は生意気だが、確かに優秀だ。生意気だがな」

「生意気を強調しないでください!」

「俺がここ最近で教えたことを理解しているなら、それくらいできるはずだ。てか、できれ。できないなら単位落としてやる」

「り、理不尽だ……」

「安心しろ。できなかったらどっちみち俺達がくたばるだけだから単位なんて気にするな」

「レイ先生はレイ先生で身も蓋もないこと言わないでください!」

 

だが、こんな状況でもいつも変わらない調子のグレンに、システィーナの緊張は、幾ばくか解れた。それをグレンが狙ってやっているのか本気なのかは、甚だ不明だが。

 

「……わかりました。やってみます」

「よし、じゃあ、先に行け!」

「はい!」

 

 グレンとレイは足を止めて踵を返し、向かってくるボーン・ゴーレムの群れに向き直る。システィーナはそのまま二人を置いて先行する。

 

「これで目の前の骸骨共に集中出来るな。そう言えばグレン、お前この一年引きこもってばっかで身体鈍ってんだろ?本当に大丈夫か?」

「そういうレイこそ俺より先にクビになってからマダオになったじゃねえか」

「誰がマダオだ。テメェと一緒にするな」

 

 互いに軽口をたたきつつ、グレンとレイが肩を並べて構える。

 

「それはそうとレイ」

「なんだ?」

「お前ちゃんと白猫に【ウェポン・エンチャント】かけてもらったか?」

「………あっ」

 

 両者に数秒だけ沈黙が流れた。

 

「………………俺用事を思い出したわ。じゃ、これで」

「待たんかい!」

 

 ぐわし、とグレンが逃げようとしているレイの肩を掴む。

 

「用事ってなんだ!?エスケープか!ずらかるつもりなんだな!」

「馬鹿ちげーよ!あれだよあれ。白髪娘に符呪してもらいに行くんだよ!」

「その間俺一人にあの大群相手させる気か!数秒ももたないわ!」

「安心しろ。たとえテメェの身が滅びようと俺たちの中で永遠に生き続ける!」

「俺が死ぬ前提にすんな!」

「あーもうわかったわかった。そんなに一人が嫌ならほら、俺のロリコンスラッシュやるからもうそれで勘弁しろ」

「いるかそんなわいせつ物の塊みてぇな奴!お前が最初に手にしたんだからもうそれはお前のモンだ!最後まで大事に持っとけ!」

「俺だっていらねえよこんなゲロ臭い奴!だいたいこんな卑猥な縛り方したのテメェじゃねえか!こういうのは創作者が大事にするものなんだよ!」

「オィイイイイイイイ!あんたら仲間割れしてる場合じゃないわよ!後ろ後ろ!」

 

 レイを逃がすまいとグレンが羽交い絞めしてる合間にボーン・ゴーレムの大群が怒涛の勢いで迫ってきており、奥でスタンバってるシスティーナが二人に呼びかけるが、声が届いてる様子はない。

 

「離せよこの腐れニート!ロリコンはロリコンと運命ともにしろや!」

「だぁかぁらぁぁ――」

「お、おい!?何してんだテメェおい――――」

 

 グレンはレイの背後から両腕を回して腰をクラッチし、そのまま後方へと反り投げた。

 

「俺はロリコンじゃねえぇぇぇ!」

「ぐはあ!」

 

 レイはちょうどそこまで来ていたボーン・ゴーレムの一体を下敷きにして投げ落とされた。

 

「ちょっとおぉぉぉ!!?なにやってるんですかグレン先生!?」

「安心しろ白猫。あの馬鹿なら大丈夫だからお前は呪文改変に集中して――――」

「てんめぇぇぇなにしやがんだァァ!」

「どわああぁ!?」

 

 起き上がったレイが怒りの形相で、廊下に転がったボーン・ゴーレムの一体を掴み上げ、グレンに向けて投げつけた。それに即座に反応したグレンが、驚きながらも魔力が符呪された拳を突き出したことで、激突したボーン・ゴーレムの身体は粉砕された。

 

「てめぇなにしやがるレイ!危ねぇだろうが!」

「危ねぇのはテメェだこの野郎!なに人を敵のど真ん中に投げ込んでんだ!それでも仲間か!」

 

 横から襲いかかってきたボーン・ゴーレムの斬撃をひらりと躱し、カウンターでロリコンスラッシュをお見舞いして、怯んだところを頭を掴み上げてグレンに投げつけるレイ。

 

「仲間一人置いて敵前逃亡する奴が言うな!」

 

 飛んできたそれをグレンはもう一度拳で粉砕。

 

「そういえば前にお前俺の足引っ掛けて囮にしたこともあったよな?転ばされたから逃げるのマジでギリギリだったんだぞ!」

「てめぇだって俺を路地裏に突き飛ばして逃げたことがあんだろうが!狭くて囲まれはしねぇが、逃げ場もねぇってんで全員相手させられたんだぞ!」

 

 迫ってくるゴーレム達の無数の剣をなんなく躱しながら、レイが掴んで投げつけたボーン・ゴーレムをグレンが粉砕。

 近くにいたのを掴んで投げては粉砕。斬撃を避けて、掴んで、投げて、粉砕。

 

 投げて、投げて、投げて、粉砕、粉砕、粉砕。

 

 二人は互いに罵詈雑言を交わしながらの喧嘩に巻き込まれるような形でボーン・ゴーレムの数が減っていく。

 

(す、すごい……かなり荒っぽいけど二人共息ピッタリに対応してる。ひょっとしてこのやり取りは敵の注意をそらすための陽動なんじゃ……)

 

 そんな感じでシスティーナが予想していたが………

 

「……なんか思い出すだけでイライラしてきた」

「……奇遇だな。俺も無性に腹が立ってきたところだ」

「「ちょっと表出ろやコラ。あの時の落とし前着けんぞ」」

(もう馬鹿どもはほっとこ)

 

 廊下の最奥に到達したシスティーナは息を整えながら、早速、黒魔【ゲイル・ブロウ】の魔術式と呪文を頭に思い浮かべ、呪文の改変に取りかかった。

 遥か廊下の先での二人のアホなやり取り見てからなのか、システィーナは焦燥と恐怖でパニック寸前だった自身の脆い心を意外と簡単に御すことができた。

 

「先生、できた!」

 

 システィーナが叫んだ瞬間、グレンとレイは待っていましたと言わんばかりに喧嘩を中断して踵を返し、システィーナの方に駆け出していた。

 当然、ボーン・ゴーレムの群れがその後を追って来る。

 

「何節詠唱だ!?」

「三節です!」

「よし、俺の合図に合わせて唱え始めろ!奴らめがけてぶちかませ!」

 

 グレン達が駆ける。駆ける。

 ゴーレム達が迫る。迫る。

 

「今だ、やれ!」

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》!」

 

 グレン達が跳躍する。システィーナのかたわらを転がりながら通り過ぎる(その際レイは邪魔になったロリコンスラッシュを近くにあったごみ箱にシュート)。

 その瞬間、呪文が完成。システィーナの両手から爆発的な風が生まれた。

 それは【ゲイル・ブロウ】のような局所に集中する突風ではない。廊下全体を埋め尽くすような、広範囲にわたって吹き抜ける指向性の嵐だった。

 命名するならば、黒魔改【ストーム・ウォール】。システィーナから遥か廊下の彼方に向かって駆け流れる風の壁は迫り来るゴーレム達の速度を劇的に落とした。

 

 だが――

 

「だ、だめ……完全には足止めできない…ごめんなさい、先生……ッ!」

 

 即興ゆえ威力が足りなかったのか。ゴーレム達は気流に逆らって少しずつにじり寄ってくる。連中がここまで辿り着くのは時間の問題だ。システィーナは脂汗を垂らした。

 

「いいや、上出来だ。助かる」

 

 だが、荒い息をつきながらグレンが立ち上がった。

 ぴん、と親指で小さな結晶のようなものを頭上に弾き飛ばし、落ちてくるそれを横に薙いだ左手で掴み取る。

 そして、グレンはその結晶を握り込んだ左拳に右掌を、ぱん、と合わせた。

 

「俺が今からやる魔術は何かの片手間に唱えるのは無理なんでね……しばらくそのまま耐えてろ」

 

 一呼吸置いて、グレンは目を閉じ、呪文を唱え始めた。

 

「《我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・──……」

「……え? 嘘……? その呪文は……」

 

 グレンは魔力を高めながら、意識を集中させ、一句一句呪文を紡いでいく。

 唱えた呪文に応じて、グレンの左拳を中心に、リング状の円法陣が三つ、縦、横、水平に噛み合うように形成され、それぞれが徐々に速度を上げながら回転を始めた。

 

「≪其は摂理の円環へと帰還せよ・五素よりなりし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに≫――ッ!」

 

 都合七節にも渡って紡がれた、渾身の大呪文が完成する。

 

「ええい!ぶっ飛べ、有象無象!黒魔改【イクスティンクション・レイ】――ッ!」

 

 グレンが前方に左掌を開いて突き出す。

 左掌を中心に高速回転していたリング状の円法陣が前方に拡大拡散しながら展開。

 次の瞬間、その三つ並んだリングの中心を貫くように発生した巨大な光の衝撃波が、前方に突き出されたグレンの左掌から放たれ、廊下の遥か向こうまで一直線に駆け抜けた。

 そして――殲滅。その射線状にあった物…ボーン・ゴーレムの群れはおろか、天井や壁まで、光の波動は抉り取るように全てを呑み込み、一瞬で粉みじんに消滅させていた。

 やがて、視界を白熱させていた眩い光が、ゆっくり収まっていく。

 

「……え?」

 

 あっけない幕切れにシスティーナが忘我する。天井は完全になくなり上階の天井が見える。右手の壁も消滅し、外の風景が丸見えだ。まるで長大な円柱を廊下から切り出したかのようなその光景。ただ、吹きさらしになった廊下に風が吹いていた。

 黒魔改【イクスティンクション・レイ】。対象を問答無用で根源素にまで分解消滅させる術である。個人で詠唱する術の中では最高峰の威力を誇る呪文であり――二百年前の『魔導大戦』で、セリカ=アルフォネアが邪神の眷属を殺すために編み出した、限りなく固有魔術に近い神殺しの術だ。

 グレンはこの呪文を詠唱する際、何らかの魔術触媒を使ったようだが……それでも詠唱できるだけで掛け値なしの賞賛と驚愕に値することである。

 

「す、凄い…こんな、高等呪文を……」

「あーあ、こりゃ修繕費かなりかかるぞ」

 

 廊下の有様を一望しながら、レイは床に転がっていたボーン・ゴーレムの剣を拾い上げる。

 

「い、いささかオーバーキルだが、俺にゃこれしかねーんだよな……ご、ほ……っ!」

 

 その時、グレンが血を吐いて頽れた。

 

「先生!?」

 

 グレンの異変に、システィーナは慌ててグレンの元へ駆け寄り、その身体に触れる。全身に浮かぶ冷や汗、触って思わずぞっとするほどグレンの身体は冷たかった。

 

「マナ欠乏症ってやつか…それしかないからって無茶したな」

 

 マナ欠乏症とは極端に魔力を消耗した時に起こるショック症状だ。魔力の源は肉体に内包するマナ。マナの本質とはすなわち生命力だ。これを急激に消耗すれば当然、命に関わる。魔術とは自らの命と引き換えに振るう諸刃の剣なのである。

 

「まぁ…分不相応な術を、裏技で無理矢理使っちまったからな…」

 

 いつもの軽口はどこへやら。グレンは苦しそうに顔を歪めていた。

 マナ欠乏症を差し引いてもグレンの状態はひどい。全身、傷だらけの血まみれだった。致命傷はないが、傷の数はかなり多い。このまま血を流し続けるのは――まずい。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

「これが大丈夫に見えたら病院に行け……」

 

 減らず口にもキレがない。

 グレンの容体を見てシスティーナは白魔【ライフ・アップ】で回復を図るが、ルミアと違って肉体と精神を扱う白魔術はそれほど得意ではないので回復が思うようにいかない。

 

「バカ。やってる場合か……急いでここを離れないと……」

「……つっても、もう遅いみたいだぜ」

 

 かつん、と。

 破壊の傷痕が刻まれた廊下に靴音が響いた。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

 

 廊下の向こう側から姿を現したのは――

 ダークコートの男――レイクと呼ばれていた男だった。

 その背後には五本の剣が浮いている。

 

「あー、もう、浮いている剣ってだけで嫌な予感がするよなぁ…」

「グレン=レーダス。前調査では第三階梯にしか過ぎない三流魔術師と聞いていたが……いや、一番の誤算は貴様か」

 

 レイクはレイを一瞥する。

 

「レイ=フェルム。どれだけ調査してもその名に該当する魔術師の情報は何一つ手に入らなかった。巧妙に情報を隠してるのだと最初は思っていたが、先程までの戦いでまったく魔術を使ってる様子はなかった………いや、使わないんじゃなくて使えないが正しいか」 

「……え?」

 

 レイクの言葉を聞いて、システィーナの動きが固まった。

 

「ふーん……鋭いな」

 

 当の本人は何の動揺もせず吞気に自らのお腹をボリボリとかいていた。

 

「え、どういう事?レイ先生、魔術が使えない……………わ、わけが分からないわ!」

「そのまんまの意味だ。俺は魔術師じゃねぇよ」

「ええぇぇぇ――!?」

 

 このタイミングで明かされた衝撃的な事実に、システィーナは思わず驚愕の声を上げる。

 そう言えばこのレイという男が魔術を使う瞬間を一度も見たことがなかった。

 

「ぐ、グレン先生は知ってたんですか!?」

「ああ、こいつとは腐れ縁みてぇなもんだからな」

「つーかなんだ白髪娘。ひょっとしてお前も魔術が使えない人間を見下すタイプの奴か?」

「ち、違います!魔術を学ぶ学院に魔術師じゃない人が講師として来てたなんて予想外で――――」

「俺だってこんなとこ来るつもりなんかなかったんだよ。けどな、このニートを見張るようにって依頼を受ける羽目になっちまったんだからしょうがないって………まあこの話はあとでするか」

 

 システィーナにそう言うと、レイはレイクに向き直る。

 

「…で、テメェらクソ蟲どもが家畜以下と見下している一般人にてこずらされて腹が立ったか?」

「私は他の連中とは違う。魔術を使えない者たちの中にも魔導大戦の剣姫や帝国軍の亡き東方剣士といった相当な手練れたちがいたことを知っている。彼らは敬意を表するに値する。最も、貴様はそれほどの実力があるのかは知らんがな」

「あっそ―――で?しゃれこうべ共の次はなんだ?」

「しれたこと。貴様らを私自身の手で始末する」

 

 レイとレイクが会話してる隙に、グレンはシスティーナに耳打ちする。

 

「おい、白猫。魔力に余裕は?お前はあの剣をディスペルできそうか?」

 

 システィーナはレイクの背後に浮かぶ剣を見る。見ただけで大量の魔力が漲っているのがわかる。当然のように魔力増幅回路が組み込まれているのだろう。

 

「私が残りの魔力全部使っても多分少し足りない…と思う。そもそも【ディスペル・フォース】を唱えさせてくれる隙がなさそう……」

「そうか。ならレイが持ってる剣に【ウェポン・エンチャント】かけてやってくれ」

「え!?戦わせる気なんですか!?」

「お前の言いたいことは分かる。だがあいつはそんじゃそこらのやつと一緒と考えるな」

「わ、わかりました」

 

 グレンに言われた通り、システィーナはレイが手にしているボーン・ゴーレムの剣に【ウェポン・エンチャント】を符呪する。

 

「これでよし。あとは――――」

 

 とん、と、グレンがシスティーナを壁に向かって突き飛ばす。正確には、つい先ほどまで壁があったところに向けて。

 グレンの【イクスティンクション・レイ】で吹きさらしになった壁の外は、当然。

 

「え? ……わ、きゃああぁぁぁぁぁ!?」

 

 四階もの高さから突然突き落とされたシスティーナが悲鳴を上げる。

 なんだか呪文と草木を掠める音に混じって恨み言が聞こえた気がするが、気がするだけだとグレンはすっぱりさっぱり聞こえなかったことにした。

 

「……逃がしたか」

「さすがに、お前相手じゃ庇いながらはキツそうなんでね。で、なんだ?その露骨な剣の魔導器は俺対策か?」

「知れたこと。貴様は魔術の起動を封殺できる――そんな術があるのだろう?」

「あら…やっぱりバレてます?」

 

 どこで見ていた?などと野暮なことは聞かない。遠見の魔術、使い魔との視覚同調、残留思念の読み取り……魔術師にとって情報を収集する手段など、いくらでもある。

 

「あのジンが何もできずに一方的にやられるなどそれしか考えられん。加えてボーン・ゴーレム達に対して貴様はその妙な術を使わなかった。つまりは魔術起動のみを封じる特殊な術、ということだ。ならば、最初から術を起動しておけば問題はない」

「ジン?ウォッカかテキーラの親戚か?」

「誰が酒の話をした。命令違反した上に今もごみ箱でのびてるやつのことだ…………とにかく、行くぞ」

 

 レイクが指を打ち鳴らすと、背後に浮かぶ剣が一斉に二人に切っ先をむけた。

 そして、二人目掛けて飛来し、真っ直ぐ踊りかかる。

 

 グレンの前に素早く割って入ったレイが三本の剣を剣で受け止め防ぐ。

 残りの二本はレイを避けグレンに襲い掛かる。

 

「ちっ…こっちは手動式か」

 

 グレンがシスティーナの黒魔【ウェポン・エンチャント】で強化された拳でその剣を受け止め、違和感に気づく。

 

 レイが相手している三本の剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さがあるが、その動きは単調で無機的。

 それに対しグレンが受け止めた二本の剣は、技の鋭さそのものは三本の剣にやや劣るも、まるで意思を持ったように違った動きを見せていた。

 

「なるほどな…両方か?」

 

 そう。レイクの操る五本の剣は、術者の自由意志で自在に動かせる二本の剣と、手練れの剣士の技が記録され自動で敵を仕留める三本の剣で成り立っている。

 

「ご名答だ。しょせん手練れの剣士の技を模した所で自動化された剣技は死んでいる。五本揃えた所で真の達人には通用せん。かと言って五本全てを私が操作すれば、しょせん私は、魔術師、やはり真の達人には通用せん。私はこれまで何十人もの騎士や魔術師を暗殺し、三本の自動剣と二本の手動剣の組み合わせが最も強い、と結論した」

「そォゆうことかよ!」

 

 三本の剣を弾き飛ばしたレイはレイクへと駆け出していき、猛獣の突進の如き勢いと共に突きを放つ。しかしレイクは数々の修羅場をくぐり抜けた魔術師でありその攻撃に対する反応は早かった。

 

「《光の障壁よ》」

 

 レイクは冷や汗一つかくことなく冷静に対抗呪文を唱え、魔力障壁で突きを防ぐ。

 僅かにピシッと障壁にひびが入ったことに驚くレイクだったが、すかさず指を打ち鳴らして五本の剣を操作する。

 頭上から飛来する五本の剣が次々と床に突き立っていく。レイは跳び下がり、剣の追撃から逃れる。

 

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに──……」

「《霧散せよ》」 

 

 グレンが隙を見て黒魔【ブレイズ・バースト】を唱えようとするがグレンは三節詠唱までしか出来ない。レイクの一節詠唱で紡がれる対抗呪文【トライ・バニッシュ】に打ち消される。

 

「く、そ」

「遅いぞ、グレン=レーダス。呪文の撃ち合いにおいて三節詠唱が一節詠唱に勝てるわけあるまい。【ブレイズ・バースト】とはこう唱えるのだ」

 

 冷酷な目で歯噛みするグレンの姿を捉え、レイクが呪文を唱える。

 

「≪炎獅子――」

 

 一節詠唱による黒魔【ブレイズ・バースト】の超高速起動。これができれば、たった一人で一軍とも渡り合えるるとされる高等技術である。

 この魔術師が三節でしか魔術を起動できないことを早々に看破していたレイクは、この一手で勝負を決めてしまい、あとはレイを倒そうと考えていた――が。

 

「どこを向いてんだおらぁ!」

「!」

 

 横っ跳びに五本の剣の包囲網から抜け出したレイは槍を投擲するかのように、レイクの心臓めがけて剣を一直線に投げた。

 レイクは起動しかけていた【ブレイズ・バースト】の魔術を解除し、跳び下がる。グレンはその隙を逃さず、レイクに向かって突進し、三節詠唱を開始した。

 

「≪猛き雷帝よ・極光の閃槍以て――」

「ち――」

 

 レイクの掃除屋としての鋭敏な判断力は瞬時に二人の狙いを看破した。

 

「・刺し穿て≫――ッ!」

 

 跳び下がった隙を狙い打つかのように、グレンの呪文が完成する。

 黒魔【ライトニング・ピアス】。グレンの指先から一条の電光が迸り、レイクの身体の中心目掛けて真っ直ぐ突き進む。

 

 が――レイクがとっさに操作した二本の手動剣が辛うじて間に合い、レイクの眼前で交差し、それを弾いた。

 

「ち――通らねえか」

 

 舌打ちするグレンは、壁に突き刺さった剣を抜いてレイに投げ渡す。

 

「なにやってんだよグレン。お前の雷槍全然貫通してねえじゃねえか」

「あの剣に【トライ・レジスト】まで符呪されてたみてぇだぞ。やーれやれ、周到なこった。最悪一本は取れると思ったんだがな」

「……貴様ら」

 

 三本の自動剣も呼び戻しながらレイクは内心、今の二人の立ち回りに舌を巻いていた。

 もしあのまま【ブレイズ・バースト】を撃てばグレンを消滅させることはできても、自分は心臓を剣で貫かれて死ぬ。

 かと言って、レイが投擲した剣を避け、剣の魔導器でグレンを迎え撃とうとすれば、今度はグレンの【ライトニング・ピアス】にレイクが撃たれる。

 今思えば、最初にグレンが唱えた無様な三節【ブレイズ・バースト】も、恐らくこの『誘い』のための布石だろう。

 あの一瞬で咄嗟にレイクに突きつけた死の二択。

 少しでもタイミングを過てば、絶体絶命の不利に追い込まれるというのに、それをやってしまえる胆力と判断力と連携力。

 

「貴様ら、一体何者だ?」 

 

 片方はマナ欠乏症で死にかけているのを除いても、魔力容量平凡、最速詠唱節数三節の三流魔術師。もう片方は魔術の才がないどころか行使もできないただの人間。

 どちらも取るに足らない者たちの筈だったのだが――下手をすれば逆に狩られかねない『強敵』だ。

 

「お前に言う義理はないね」

「…………まぁ、いい。貴様らの実力は認めるが、二度目は通用せんぞ?」

 

 レイクは五本の剣を浮かせ態勢を立て直すと、身構える。

 

 

「……おい、グレン」

「ん?」

 

 再び場に沈黙が降りた時、レイが隣のグレンにしか聞こえない声で話しかける。

 

「このままじゃジリ貧だ。今はどうにかなってるが、決定打に欠ける。早いとこケリをつけるぞ」

「つっても、どうするんだよ」

「決まってんだろ。いつものやつだ」

「―――ああ、いつものやつか」

「それじゃ、終わりにしようぜ」

 

 先にレイは重心を低くし、剣を腰に溜めて駆け出した。

 

「馬鹿め、血迷ったか!」

 

 勝利を確信したレイクが、レイに刃を向ける。

 

「────死ねッ!」

「悪いが、死ぬのはテメェの方だ」

 

 正面、左右、上下から飛来する剣がレイの一振りで一斉に弾かれた。

 

「なにっ――!?」

「テメェの剣は軽すぎる。重みがまったくねェ。そんな空っぽの太刀筋じゃあ効かねェよ」

「何を訳の分からないことを。いいだろう、まずは貴様から血祭りにあげてやる――!」

 

 レイクが腕を振った。それに応じ、今度は二本の手動剣が先に体勢を立て直し、肉薄してくる。

 手動剣の動きは素人のものではない。超、とまではいかないだろうが一流の剣技だ。遠隔操作でこの動きができるということは、レイク自身も相当の剣の使い手のはずだ。レイクに剣を持たせれば、並みの剣士ならば瞬殺されるだろう。

 

 だが――――

 

「もう当たらねェよ。空っぽの剣技なんぞに負ける気はしねェ」

 

 レイは背後から二本の斬撃を背後を見ずに躱し、左、右、正面からの新たな三閃を受け、回避し、弾き、流す。まるで自動剣に記録されている剣技の持ち主であった虚像を相手にしているようだ。

 

「馬鹿な!」

 

 レイクはレイの動きに驚かされていた。レイと切り結ぶ三本の剣は腐っても達人の剣術だ。それを、当たり前のように避けていく。型がなく、荒々しいが洗練された無駄のない動き。流派はないが完成されていた。

 そして、僅か一分でこの勝負は決された。

 

「――獲ったァッ!!」

 

 パキィンッ!!という激しい破砕音がする。レイは雄たけびを上げて横なぎを放つと、数秒遅れて見事な太刀筋で切り裂かれた自動剣三本が廊下へと落下した。

 

 既にレイはレイクの元へ駆け出している。

 

「後ろががら空きだぞ!」

 

 背後から二本の手動剣がレイを襲うが、レイはそれを気にも止めない。

 

「───均衡保ちて・零に帰せ》───!!」

「なにっ!?」

 

 グレンから放たれた淡い魔力の輝きが、魔術によって駆動する魔剣とぶつかって白熱する。レイが戦っているこの隙にグレンが完成させたグレンの【ディスペル・フォース】によってレイクの剣はただの剣となりその場に静かな音を立て落ちた。

 

「ぉおおおおおお――ッ!」

 

 レイが剣を大上段に構えながら迫ってくる。

 

「くッ·····《光の障壁――」

「遅ぇッ!」

 

 レイクが身を守るために咄嗟に【フォース・シールド】を目の前に張ろうとするも、グレンの持つ愚者のアルカナ―――広範囲の魔術起動を完全封殺する固有魔術【愚者の世界】によって不発に終わってしまう。

 

「…これで!終ェだ!!!」

 

 レイは袈裟斬りに渾身の力で振り切った。

 

 

 

 

 ぴしゃ、と滴る緋色が床を叩いた。

 

「……ふん、見事だ」

 

 レイクは微動だにしない。直立不動のまま、自分を斬った者に賞賛を送った。

 不意打ちが卑怯だとかそんなことを言うはずもない。魔術師は騎士じゃない。魔術師の戦いは一対二だろうが一対三だろうが、あらゆる手段と策謀を尽くして相手を陥れ、出し抜き、そして最後に立っていた者こそ正義で強者なのだから。

 

「そうか……思い出したぞ」

 

 レイクは何かを納得したようにつぶやいた。

 

「つい最近まで帝国宮廷魔導士団に二人、凄腕の魔術師殺しがいたそうだ。いかなる術理を用いたのか与り知らぬが、魔術を封殺する魔術をもって、反社会的な外道魔術師達を一方的に殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

「…」

「活動期間はおよそ三年。その間に始末した達人級の外道魔術師の数は明らかになっているだけでも合わせて百人。その誰もが敗れる姿など想像もつかなかった凄腕ばかり。裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは――『愚者』と『悪魔』。ペアネームは確か・・・・・・『ドS=サディスト』」

「「いや違うし」」

 

 グレンとレイの容赦ない蹴りが炸裂し、レイクは今度こそ息を引き取った。

 

「なんだよドS=サディストって?つか誰だそんな不名誉なネームつけたのは?第一こいつとペアにされるなんざ真っ平御免被るぜ」

「俺も御免だぜ」

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?もう終わったの?」

 

 せっかく背後の廊下の先、遥か向こうに辿り着いたところ悪いが、システィーナは少々遅かったようだった。

 

 




レイク⇒グレンとレイに止めを刺され死亡。
キャレル⇒グレンにボコられデコレートの刑

キャンティ?コルン?ベルモット?バーボン?なんか酒っぽい名前のチンピラは亀甲縛りされた上ゲロまみれ、さらに顔が真っ青に腫れた状態でゴミ箱にシュートの刑。

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