ロクでなし魔術講師とマダオ(まるでダメなおっさん) 作:嫉妬憤怒強欲
レイクを打倒したグレンとレイ。しかし、グレンの魔力は底を尽きかけていた。
「ク、クソッ……こんなときに」
「グレン先生!?」
「お、おいグレン!」
膝をついて息を荒げるグレンに駆け寄るレイとシスティーナ。
「早く……行かねぇといかねえのに」
「先生!」
グレンは無理やり起き上がろうとするが、すぐに倒れ込んでしまう。
「おいグレン。予備の魔晶石はあるか?」
「……ない…さっきので最後だった………こんなことになるって知ってたら………」
「だ、だったら私のを使って!このペンダントの魔晶石に普段から少しずつ蓄えてあった予備魔力がまだ残っているから」
そう言って、システィーナは手に握っていた結晶のペンダントをグレンに見せる。
「……馬鹿…ただでさえ…追撃が来るかもしれねえんだ…お前が使え」
「その前に貴方が死んじゃうわよ!」
「だ…が…」
「いいからはよ飲め」
「ぐぼっ!?」
しびれを切らしたレイがシスティーナから魔晶石を奪い、グレンの喉奥に突っ込んだ。魔晶石に込められた魔力が流れ込んできて、マナ欠乏症の苦痛が徐々に和らいでいく。
「ゲホッゲホッ……お前、一応病人だからもっと丁重に扱えよ」
「ただでさえクソ雑魚のくせに意地を張るなよ。クソ雑魚のくせに」
「二度も言うな……」
相変わらすのやりとりをしながら、グレンがよろよろと立ち上がる。
「……んじゃ、ルミアを助けに行くとするか」
「つっても、まだどこにいるのかわからねえぞ」
「とりあえずゴミ箱でのびてる変態から居場所を吐かせて―――」
その時ポケットに入れていた通信用魔導器が鳴る。
グレンはズボンから宝石の片割れにも見えるそれを取りだして、魔力を流した。
『グレンか!?今どうしている!?』
「あーセリカ、俺だ。ついさっき三人目をレイと俺で排除したところだ」
『……そうか』
消沈したような声が聞こえてくる。二人が何をしたのか察しがついているのだろう。
『それで、お前に頼まれた件だが、点呼を取ってみたものの不自然に姿を消したような者はひとりもいなかった。だが単純に結界の術式の情報を横流しして後は実行犯に任せるって手もある。まだ楽観視はできんな』
「………そうか」
『それと、まだ時間はかかるだろうが、軍の奴らがようやく腰を上げてくれたよ。今宮廷魔導師団のそちらの支部が対テロ用の部隊を編成して向かわせてる。私もそっちへ行ければよかったのだが、やはり学院の法陣は潰されてたよ。全く、あれ相当の金と時間と素材が必要なんだぞ……』
セリカが愚痴らしいことを言うが、テロリストに言っても無駄だとすぐに言葉を止める。
『ああ、それと妙なことがわかったんだが。帝都のモノリス型魔導演算機から魔力回線を通してそちらの結界を確認したんだが、外からは特別な術式を刻むなり呪文を唱えれば入れるが、内部から外には一切出られない仕様になっている』
「は?なんだそりゃ?…それってつまり、入る事は出来ても脱出は不可能ってことか?」
『そうだ。学院の結界を弄ったところから相当空間系魔術に通じている奴だというのに、この欠陥だ。一体何を考えてるのやら……』
「つまり、今回のこれは自爆テロか?」
『ゼロではないだろうが、それだったら人質を取る意味がない。内側から出られないのなら抵抗したところで無意味になるからな』
「だよな………」
セリカとの会話から、疑問がいくつも浮上する。
――――結界で外に出ることは出来ない。じゃあ奴らは一体どうやって出るつもりなのか?
――――学院の結界をいつ改変したのか?
――――敵は何故今攻撃を仕掛けてこない?
全くわからず途方に暮れようとしたその時。
「つーか、その転送方陣で逃げるんじゃね?」
ゴミ箱からのびているジンを引きずり出し、目を覚まさせようと頬を叩いていたレイが声を上げる。
『……今のはどういう意味だレイ?』
「いや、戦場じゃ使えるもんがあったら敵が持ってたもん奪い取って活用するのが常だからよ。一瞬で遠くに移動できる便利なもんがあるならそれで遠くに逃げることだってできるんじゃねえか?」
「っ!…そうか。コートの男の時はあれだけ素早かったのに、ここにきて敵の対応が遅いのは今も転送法陣の座標の書き換えをしている真っ最中だからか」
『それこそまさかだ。いかに結界の設定を変えた下手人がその手の天才だとしてもそれを実行するのにどんなに周到にモノを用意しても半日はかかるぞ』
「俺達が来る以前から進めてたんならもういつ半日経ったっておかしくないだろうが」
それだけ言ってグレンは通信を切る。
レイの一言から、相手のシナリオが浮かんできた。
さすがに具体的な犯人まではわからないが、あながち自分たちの考えも間違いではないだろう。
「転送搭……行ってみる価値は十分にあるな」
「まずはそこへ行ってみるか」
「そうだな―――」
方針を決め、行動しようとした矢先、
「その必要はありませんよ」
「「「ッ!?」」」
あさっての方角から、全く予想もしていなかった第三者の声が響き、三人して肩を跳ねさせる。
背後の廊下の先、遥か向こうに見覚えのある人影に三人は驚きを隠せない。
………遡ること数分前。
レイクによって連れ出されたルミアは校舎から中庭へ出ると、並木道を抜けて真っ直ぐ白亜の塔へと向かわされた。学院と帝都を繋ぐ転送法陣のある場所である転送塔だ。
「これは………」
普段は遠目から見るだけの転送塔の周囲に、本来あるべきではないものがあった。有事の際に自動で起動し、侵入者を迎撃するガーディアン・ゴーレムだ。それらが何故か塔を守護するように徘徊している。
侵入者を撃退するよう設定されているはずのゴーレムが、しかしレイクを認識しても動かない。学院内のセキュリティが完全に敵方の手に落ちていることを示していた。
ゴーレムの防衛網を素通りし、塔内に入ると螺旋階段を上っていく。長い長い石階段を上り終えるとルミアとレイクを最上階の大広間、転送法陣のある部屋が迎えた。
レイクが開き戸を開け視線で入れと促す。大人しく従って部屋に入るが、中は薄暗くよく見えない。背後でパタンと音を立てて開き戸が閉められた。どうやらレイクの役目はルミアをここまで案内することだったらしい。
監視の目がなくなりルミアが僅かに気を緩めた直後、薄暗闇の中からこつこつと硬い靴音が響いてきた。
「だ、誰ですか……?」
「僕ですよ、ルミアさん」
暗闇に慣れ始めたルミアの視界にぼんやりと男の姿が浮かび上がる。二十代半ばぐらいの優男。髪色は金で顔立ちは涼やかに整っている。暗碧の深い瞳を持つ青年であった。
「うそ……ヒューイ先生がどうして……!?」
暗がりから現れた青年をルミアはよく見知っていた。何を隠そうこの男、一ヶ月前まで二組の担当講師として教鞭を執っていたヒューイ=ルイセンその人である。
表向きには一身上の都合で退職、真実は突然の失踪からの行方不明となっていたが………
「すみませんがルミアさん、大人しく僕に従ってもらえますか。あまり手荒な真似はしたくありませんので」
「ヒューイ先生……」
悔恨を滲ませつつもヒューイはルミアを部屋の中央に設えられた転送法陣の上に立たせる。手早くルミアに魔術の封印を施し、そして目を瞠るほどの手並みで法陣の改変と構築を始めた。前もって用意しておいた高価な触媒や道具を用いて作業に没頭するヒューイ。ルミアは法陣の中心で蹲ってしばらくその様子を見守っていたが、やがて話を切り出す。
「どうしてなんですか、ヒューイ先生。生徒達からも慕われていた貴方がどうしてこんなことをするんですか?」
「……そうですね、ここまで来た時点でルミアさんにはもう何もできない。せめてもの誠意として話してもいいでしょう」
ルミアを一瞥し、作業を続行しながらヒューイは語る。
「我々の目的はただ一つ、ルミアさんを誘拐することです。そのために僕は今日まで講師として潜伏し、学院の結界とセキュリティを完璧に把握。転送法陣の書き換えに必要な素材や道具を密かに蓄え、講師と教授がいなくなる今日この時を狙って計画を実行したのです」
「私を誘拐……でも、それだとおかしいです。私が学院に来たのは一年前。ヒューイ先生は十年以上も前から学院に勤めているじゃないですか」
「ええ、そうですね。厳密には、僕の役目は将来的に入学するかもしれない王族、もしくは政府要人の身内を自爆テロで殺害するために用意されていた人間爆弾です」
「――!?」
明かされる衝撃の事実にルミアは言葉を失う。つい最近まで生徒達から慕われていた人気講師が、その実十年以上前から仕組まれていた人間爆弾だったなんて到底受け入れられないし、こんなことを考えつく人間の正気が疑われる。
「ですがルミアさんが入学したことで少々事情が変わりましてね………貴方は少々特殊な立場なので生け捕りになりました。ですので転送法陣の転送先を改変し――――」
「ルミアを奴らのところに転送した後、自分は魂を起爆剤にこの学院を生徒諸共自爆するってところか?」
ヒューイに割って入り声を発した人物がいた。
入り口にもたれかかっているその男を見た二人は驚きを隠せない。
「…アイザ君!?」
「……まさか貴方でしたか…」
しかしアイザの姿は二人が知っているアイザとは違っていた。
要所要所を金属板やリベット、護りの刻印ルーンなどで補強されており、明らかに魔術戦用のローブを羽織っており、普段より冷淡さを色濃く感じさせ、ナイフのように触れてはならない致命的な鋭さでヒューイの事を見据えていた。
「その黒いコート…なるほど。帝国宮廷魔導士でしたか…」
「正確には帝国保安局情報調査室の諜報員だ。俺はそこのルミアを護衛する任務を彼女の肉親から受けてる」
「えっ………?」
アイザの言葉を聞いて、ルミアは固まる。
追放された日、自分に冷たい目を向けた肉親が自分の為に護衛をつけていた───ルミアはその事実に驚きを隠せなかった。
「その話は後だ………一応警告しておくが、ヒューイ=ルイセン。無駄な抵抗は辞めて大人しく投降しろ」
「一応貴方の講師でもあったんですがもう呼び捨てですか………」
「テロリストに加担した時点であんたはもう俺たちの講師でもなんでない。もう一度言う。今すぐに投降しろ。あんたじゃ俺には勝てない」
「えぇ、私じゃあなたには傷1つつけられないでしょう。ただ……転送方陣の書き換えは終わっていなくても、この魔術は起動済みです」
そう言うとヒューイとルミアの周りに巨大な魔法陣が出現した
「白魔儀《サクリファイス》か…厄介だな」
「えぇ、貴方にこれを解除できますか?」
書き込まれた五層構造からなる白魔儀【サクリファイス】は通常なら一層ずつ解呪していくしかない。グレンが来ていれば魔力が足りなくても迷いなく自身の血を簡単な魔力触媒に黒魔【ブラッド・キャタライズ】で解呪術式を書き込み、黒魔儀【イレイズ】で儀式魔法陣を解呪するだろう。
「あぁ、もちろん僕を殺すのは無しですよ。すぐに魔術が発動してしまうので」
ヒューイは余裕そうにつぶやく。今から死のうとしているのに…
「そんな…逃げて…!アイザ君…貴方だけでも…!」
ルミアがヒューイの言葉を聞き、アイザに懇願するように叫ぶが、アイザは部屋から出ない。
「………だから最初に無駄な抵抗は辞めろと言ったんだ」
アイザは右手にペンナイフを握り、ルミアを囲う法陣に向かって大振りに振るう。すると銀色に輝く小さな刃先がバターをきるように易々と魔力でできた障壁を切り裂いた。
「え?」
「なっ!?」
一層目の障壁をあっさりと砕き、二層目、三層目、四層目と続けざまにペンナイフを振るい、硝子が砕け散るような音と共に障壁を突破していく。
そして、最後の障壁を切り裂き、呆けたルミアを囲んでいた魔法陣が消えていった。
「そんな馬鹿な………その法陣は転送用でもあると同時に強力な結界でもあるんです。無理矢理壊そうものならアルフォネア教授の神殺しの術でもない限り……」
「それは魔術に対して魔術で対抗するのが前提の話だ。相手が常に自分と同じ土俵で勝負を挑んでくると思ったら足元をすくわれるぞ」
いまだ目を丸くしているルミアの拘束を手早く解くアイザが手に持つペンナイフの刃を見て、ヒューイは気づいた。
「まさか………そのナイフの刃は真銀(ミスリル)製ですか?」
「ああ。混じりけなしの本物だ」
「………成程。真銀のような魔力遮断物質なら魔力でできた強力な結界も軽々と切り裂くことができるでしょう。それをペンナイフにしてしまうのはどうかと思いますが………」
「学院に刀剣で持ってきたら嫌でも目立ってしまうだろ?」
「まあ、確かにそうですが………」
ツッコミしなければならない部分が色々あるが………。
アイザはヒューイを拘束しようと【マジック・ロープ】で動きを封じ、【スペル・シール】で魔術を封じる。
その間ヒューイに抵抗の様子はない。ただ諦めたのだろう。
「…僕の負け…ですか……不思議ですね…計画は頓挫したと言うのに…生徒達が無事でほっとしている自分がいるんです………僕は、どうすれば良かったんでしょうか?」
「知るか」
ヒューイからの問いをアイザはバッサリと切り捨てた。
「同情はするが共感はしない。自分の生き死にを他人に委ねた上に、間違ってると思っても踏みとどまろうとしなかったのはあんた自身だ。自分の不幸ひきずって苦しむくらいなら、自分を変えることに苦しめ」
「手厳しいですね。でもそうですね。確かに、その通りだ。生徒に教わるなんて教師、失格ですね」
【スリープ・サウンド】でを発動させてヒューイの意識と動きを封じる。
「さて、戻るぞ」
「………あの、アイザ君」
捕えたヒューイをつれてグレンたちがいるところに戻ろうとするアイザに、ルミアは言葉を詰まらせる。
「さっきの話本当なの?あの人に私を守るように言われたって………」
「事実だ。あの方がお前の事を本当に愛していなかったら俺にこの仕事をやらせない」
「仕事……」
淡白な物言いにルミアは微かな寂寥を覚える。
「三年前のあの時も、仕事だから助けてくれたの?」
「いや、あの時は別の仕事でたまたまあの場に居合わせただけだ。あの時はお前がどこの誰かなんて知らなかった」
「…そうなんだ」
今から三年前、母親に捨てられフィーベル家に身を寄せ始めた頃に起きた事件。屋敷を飛び出し森で泣いていたところを励まされ、更にシスティーナと間違われて魔術師達の手で誘拐されかけたところを救い出してくれたのは他ならぬこの男とグレン=レーダスだ。命の恩人である二人を忘れたことなど片時もありはしない。
たとえ男にとって仕事の一環であったとしても、ルミアが救われたことに変わりはない。
「ずっとあの時のお礼が言いたかった。アイザ君の言葉があったから、私は今もこうして前を向いて歩けてるの」
訥々と紡がれるルミアの想い。今日この日まで胸の内に秘めていた感謝の言葉が自然と溢れ出す。
混じり気のない純粋な感謝の念を向けられ、アイザは動揺を誤魔化すように頭を掻く。
「……大袈裟すぎだ」
「あれ?アイザ君もしかして照れてる?」
「照れてない」
「照れてるでしょ?」
普段見れないアイザの反応に、ルミアは物珍しそうにする。
「それより、さっさとここを出るぞ」
先導して部屋を出るアイザの背中を、ルミアはにこやかな笑みを浮かべながらちょこちょこと子犬のようについていった。
そして時間は現在に戻る。
「ルミアぁ……私、わたし……!」
「よく頑張ったねシスティ。私のせいで、ごめんね」
「ううん、私こそあの時なにもできなくてごめん!」
泣き崩れる親友に寄り添い、ルミアは震える背中を優しく抱き締めた。
しばらく廊下に少女の嗚咽と慰める声が響く。
男どもはそんな二人の邪魔にならないよう脇にいた。
「しっかし、 お前…帝国保安局情報調査室の人間だったのかよ。にしちゃあ若過ぎだろ」
「特務分室にだって未成年の子供がいるのをご存知でしょ?元『愚者』のグレン=レーダス先生に元『悪魔』のレイモンド=バルフェルム先生」
「ちょっ!?なんで俺らの正体を!?」
「おい馬鹿グレン。その反応はイエスだって答えてるみてえなもんだぞ」
「あっ」
自分達が特務分室に所属していたことをアイザが知っていることに驚きを隠せないグレンとレイ。
「……どうして俺達のことを知ってる?俺達の特務分室時代の情報とかは全部消されてるはずなんだがな」
「あそこはなにかとメンバーの不祥事が多い部署なのでウチは警戒してるのですよ。特に去年の帝都であんなことがあれば」
「あー………まあ、そりゃそうなるわな」
一年前に帝都オルランドで起きた悲劇。
特務分室の1人の執行官による帝国政府の要人や軍の高位魔導士達の殺害。多くの一般市民たちが巻き込まれて犠牲になった。国に仕えるべき帝国軍の魔導士が引き起こしたこの凶行をきっかけに、一般市民の間で魔導士への信頼が揺らぎ、魔術に対する忌避感が増長し、「人間は人間に許された力だけで生きよう」と反魔術師主義を掲げる団体の政府に対する抗議活動が活発化することとなった。
それだけの影響を与えたとして、魔導省を含む反国軍省は帝国軍に監督責任を問い、国軍省や強硬派議員を筆頭とする『武断派』と、魔導省や穏健派議員を筆頭とする『文治派』との対立が深まった。さらに、他の特務分室の執行官が同じようなことをしでかさないかと国軍省以外のところが警戒するのも当然だ。
「まあとにかく、俺が諜報員であることは軍に知られるとなにかと面倒なので、俺がルミアを助けたこともくれぐれも内密に願います」
「内密にって……教室に残ってる連中はお前がいないの心配してるだろ?」
「心配には及びません。拘束を解いてすぐ全員眠らせたので」
「うわぁ…抜け目ねぇー」
感心したような、呆れたような顔でグレンは頬を引きつらせていた。
「というわけで皆が目覚める前に教室に戻りたいのでこれで」
「ちょっと待った」
教室に向かってその場を去ろうとするアイザの肩を、レイがガシッと掴む。
「………なにか?」
「確かに教室にいる連中も拘束されてたんだろ?なら目を覚ました時、お前だけ拘束がなかったら不自然だろうが」
「まあ確かにそうですが………」
なんだか嫌な予感がする。
「おいグレン。ちょっと手伝ってやれ」
「……ああ、合点承知ぐへへへ」
「あ、あのグレン先生?拘束は【マジック・ロープ】と【スペル・シール】だけでいいのになんで縄を出すのですか?」
「あ?安心しろ。別に他意はない」
絶対嘘だ。
「あの、結構なので………」
「遠慮するなってしっかりキツく縛ってやるからよ」
「今ならロウソクが五本つくからよ」
「どっちもいりません」
ジリジリとにじり寄ってくるグレンとレイに対して危機感を感じたアイザが、真顔で全速力で廊下を駆けだす。その後ろを縄とロウソクを持って2人が追いかけてくる。
その様子をようやく落ち着いたシスティーナとルミアが苦笑いしながら窺っていた。
「なにやってんのよアイツら………」
「あ、あはは……元気があっていいね」
ちなみに宮廷魔導師団がようやく結界を解呪したときもリアル鬼ごっこが続いており、グレンとレイを不審者として身柄を拘束しかけて二人は弁明するのに長い時間を費やした。
♢♦♢
呆気ない終息を迎えた、天の智慧研究会によるアルザーノ帝国魔術学院への襲撃事件。最悪の結末を迎えずに済み、全員の無事が確認されたのは不幸中の幸いだった。
実行犯グループはレイクを除いた全員が後から来た宮廷魔導師団に引き渡された。引き渡しの際、ジンとキャレルは終始レイとグレンに怯えながら小刻みに震えていた。担当者は二人に一体何をされたのか疑問だったが、知らぬが仏ということで特に追求しなかった。
とにかく二人の非常勤講師の活躍により未遂に終わったこの事件は、関わった組織や諸々の事情を考慮して内々に処理された。学院の破壊痕なども魔術実験の暴発として片をつけられ、公式にも事件の存在は隠蔽された。
さて、天の智慧研究会がルミアを誘拐しようとした件についてだが、事件から数週間が経ったあと、グレンとシスティーナとレイの三人は、事件の功労者として帝国政府上層部に密かに呼び出され、ルミアの素性を聞かされた。(アイザは関わっていないことにしているため呼び出されていない)
彼女は3年前に病死したと公表されていたエルミアナ王女本人であり、また“異能者”でもあった。
“異能者”とは、生まれながらにして魔術とは別の力を持った人間のこと。
それは魔術と違い原因が解明されておらず、アルザーノ帝国では悪魔の生まれ変わりとされて忌み嫌われきた。
そんな悪魔の生まれ変わりが王室に生まれてしまい、彼女は様々な政治的事情で放逐された。
そして、帝国上層部からの要請はそんなルミアの素性を帝国の未来の為に秘密にしておいてほしいとのことだった。
真しやかに囁かれていた出所不明な様々な噂で、世界を滅ぼす悪魔の生まれ変わりとして密かに存在を抹消されたはずの廃嫡王女が事件の裏に関わっていたという内容があった(ダメじゃん)。だが、人は飽きる生き物、一ヶ月も経てば誰の話題にも上がらなくなった。
学院には以前と変わらぬ穏やかな時間が流れ、全てが元通りに収束していく──
――わけではなかった。
ある晴れた日の朝。
久しぶりの平穏が帰ってきているが、平穏なのにも関わらず二年次生二組の教室はどこか暗い雰囲気だった。
そこにいつも通りガタンッと二年次二組の教室のドアが乱暴に開かれた。
「チーっす、おいガキ共さっさとテメーの席に着きやがれ」
ドアを開けてけだるそうな口調での人物が入って来た途端、ある知らせを聞いていたシスティーナとルミアが血相を変えてその人物に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと、レイ先生!どういうことなんですか!?」
「あ?なにが?」
「なにがって、グレン先生は正式に講師になったのに、どうしてレイ先生はやめることになってるんですか!?」
「なんでもなにも依頼の期間はもう終わったからに決まってるだろ?」
そう。グレンは正式に講師になったが、レイは依頼期間が終了したということで学院を去ることになっていた。
「そもそも俺はこの馬鹿グレンのお目付け役として来てたんだよ。ニートからティーチャーにジョブチェンジした今、もう俺にできることはねえよ」
「そんな、先生でもできることはきっと――――」
「魔術師じゃない人間がここで何ができるってんだ?」
「っ!そ、それは………」
グレンと違い、レイには魔術の行使ができない上に、魔術の知識も戦闘の中で見たもの以外皆無に等しい。そんな人間が魔術師育成機関であるこの学院で居場所があるのだろうか?
「わかっただろ?俺がいてもいなくても現状そんなに変わらねえ。グレンの負担が増えるだけだ」
「それはそれでどうかと………」
「それによ、なにもこれで今生の別れってわけじゃねえんだ。もしかしたら街でばったり会うかもしれねえし」
俯くシスティーナとルミア。席についている他の生徒達からも哀愁が漂う。そんな様子を見て、レイは気まずそうに頭をボリボリ掻く。
「はぁ…それじゃあ餞別にこれ渡しとくよ」
そう言ってレイはズボンの尻ポケットから小さな紙切れを出して二人に渡す。
「なにこれ?名刺?」
「『万事屋レイちゃん社長レイモンド=バルフェルム』?」
「浮気調査やペット捜索、頼まれればなんでもやる商売やっててな。この俺万事屋レイさんが何か困ったことがあったらなんでも解決してやる。あっでも学生価格のサービスや契約延長はなしで…面倒くさいから」
結局面倒くさいから辞めるんじゃ……。とクラス全員が内心思いながらも口にしない。
「それじゃあ、最後だからテメェらに言っておくことがある」
そう言うとレイは改まった様子でザッと教室にいる生徒達を見渡す。
「ここにいる奴なら知ってるだろうが、ここはテロリストの襲撃を受けた」
一か月前の恐怖を思い出したのか、顔を青ざめているのが何人かいるがレイは話を続ける。
「ここじゃ魔術は崇拝だ偉大だとか華々しく言われてるがな、それで簡単に人を殺せることがあるのは実際に体験したテメェらならもうわかっただろ?連中はその偉大なものの探究のためならガキを殺すのもモルモットにするのにも一切躊躇がねえ。どこかで道を踏み外してしまえばテメェらも連中みたいになることだってあり得る」
以前のシスティーナなら真向に嚙みつこうとするだろうが、実際に自分達には関係ないと思っていたことをその身で体感し、さらに前任のヒューイが人間爆弾として学院に潜伏していたことから何も言い返せない。
「確かに俺は魔術は使えねえが物事の良し悪しぐらいは大抵わかると自負してる。そこで俺からテメェらにもう一度アドバイスしてやる。ただ周りに流されるままなんとなく魔術を学ぼうなんてするな。危険な面があることを知ったうえで何のためにここで魔術を学ぶのかを自分に問え。それとどっかの馬鹿の言葉を借りるが、人生で突き詰めるもんがあるとすれば魔術じゃねぇ。テメーの魂だ。これからは魔術だけじゃなくテメー自身が強くなるよう心掛けろ。覚悟と信念がありゃあ、人間ってのは何処までも突き進む事が出来る単純な生き物なんだよ」
今の言葉がどれだけ伝わったのか。
両手を白衣のポケットに入れながらハッキリと言うレイに、しばし生徒達が真剣な表情でで沈黙していると………。
レイはいきなりポケットから両手を出して強くパンパンと叩き
「はーい、と言う事でそれじゃあ新しい副担任の講師を紹介しまーす」
「え!?この流れで!?」
唐突な話題の切り替え方に困惑するクラス、システィーナも慌てて席から立ち上がって声を上げる。
「ビシッと締めたと思ったのにここで!?」
「締めた後もグダグダ続くのがウチの業界の常識なんだよ、これもまた俺の教えの一つだ」
「そんな教えはいらないんですけど!?もっと役に立つ事教えて!」
「それは今から現れるやつが教えてくれるかもな」
「へ?」
気になる事を言いつつレイは廊下の方へとドア越しに口を開くと話し声が聞こえてくる。
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!何でお前がここにいんだよセラ!」
「教員採用試験受けたら受かっちゃった!そしたらセリカさんに誘われて入ったんだよ!よろしくね、グレン君!」
「そういうの聞いてるんじゃなくてだなぁぁぁぁぁぁ!」
何やらグレンが叫びながら女性と共に教室に入って来る。
「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!すげえ美人来たぁぁぁぁぁぁ?!」」」」」
「ありがとう。神様。ありがとう」
長く美しい銀髪と羽根の髪飾り、赤い紋様を顔料で刻み、教師服を着て入ってきた美女にクラスの男子どもは大興奮。そんな彼らを冷ややかな目で見つめる女子生徒。
「ねぇあの人システィに似てない?」
「あっホントですわ。髪の色や顔立ちとか似ているところがありますわ」
「実は生き別れの姉妹とか言われても信じてしまいそう」
「でもシスティーナよりも優しそうだな」
「ああ」
「確かに」
「そこ!今のどういう意味よ!」
案の定と言えば案の定だが、システィーナと瓜二つの容姿をしている女性を前に、教室内は男子生徒を中心に、ざわざわと騒がしくなりつつあった。
「こらこら私語は慎めーそれじゃ自己紹介頼むわ……」
「うん!みなさん、初めまして!今日からグレン先生の助手を務めさせていただきますセラ=シルヴァースです。長い付き合いになるだろうからどうぞよろしくね!」
セラ=シルヴァース。彼女は元帝国宮廷魔導師団執行官No.3《女帝》に位置していた人物で、グレンの相棒だった。
「えーセラ先生は以前の勤め先で大怪我をしてしまい、以来ずっと療養をしていましたが先月無事退院し、こちらに転職しました。皆仲良くしろよ~」
「おいレイ!お前セラがここに来ること知ってたな!!なんで黙ってた!?」
「そりゃその方が面白そうだから」
「こ、こいつ………!」
グレンからものすごく睨まれるが、レイは悪びれもせず話を進行させる。
「はい、それじゃあセラ先生への質問ターイム」
「「「「「セラ先生!質問です!!!」」」」」
「え、何お前ら俺の時と違うじゃん…」
これに関してはグレンが悪い。セラも生徒達からの質問を笑顔で答えておりグレンの時のような空気にはならなかった。
「あっ、そう言えば私もグレン君に聞きたいことあるんだった」
「あ?なんだ?」
「ねえグレン君………レイ君から聞いたんだけど、着替え中の女子更衣室に堂々と入ったり、決闘で未成年の女の子に身体を要求したり、その女の子にその後告白したって本当?」
「………え?」
セラの方を見ると、セラはグレンへと笑顔を向けていた。笑顔だがセラの目の奥は全く笑っていないのが分かった。
「そんじゃ、二人共積もる話があるだろうから俺退散するわ」
「おいこら待て!テメェなんつーことセラにチクってんだぁ―!?」
「へーということは本当だったんだ。もう詳しい話聞きたいなー」
「ぐえっ!?」
退散しようとするレイを止めようとグレンは手を伸ばすが、背後からセラに首根っこを掴まれた。
「ちょっ、落ち着けセラ!誤解だから!」
「五回?五回もそんなことしてたんだ。これはちょっときょせ……矯正しなきゃいけないかも」
「今去勢って言おうとしなかった!?ダメだ全然話が通じねえ!おい白猫!本人がちゃんと説明してくれ!」
「知りません!」
「なんで!?」
グレンがシスティーナに助けを求めるが、システィーナは何故か不機嫌になってふんっとそっぽを向いた。
「クソッおいレイ!逃げねえでちゃんと説明しろ!おい!聞こえてんだろ!こっち向けぇええええええ!!」
学院にグレンの断末魔の叫びが響いたが、レイは清々しい顔をしながら校門を抜けるのだった。
♢♦♢
一筋の光も差さない暗闇の中を一つのランプの灯が照らしていた。
ランプはオーク材の巨大な円卓の中央に置かれており、その円卓の周りを囲むように質素な椅子が複数均等に据え付けられている。
ただ空席が目立つ。
全員が揃っていない中、今席に座る影は四つだけだ。
「この前の帝国新聞見たかい?」
艶のある黒髪を腰まで伸ばした見目麗しい少年が片手に持ったアルザーノ帝国の新聞を見せびらかすように広げ、三人に問いかける。
「ああ。フェジテにある例の学院で実験失敗による爆発事故があったと書いてあったが、情報源の話によると天の智慧研究会があの少女を攫おうとしていたってハナシだ」
まるで影法師のように、頭の先から足の先まで赤で縁取りされた漆黒のローブに身を包んだ男性が飄々と答える。
「ということは、彼らは遂に動き始めたと捉えてよろしいのかな?傀儡師殿」
白いスーツを身に纏う、金髪金目で肥満体の男性がニタニタと笑いながら奥に座る人物に問いかける。
『ああ』
自身の背後に人型の金属製のゴーレムを一体控えさせ、奥の席に座る白い無貌の仮面をつけた人物がその問いに淡々と答えると、少年は薄笑いを浮かべる。
「そうか。もう始まったか」
「ああ、始まった。遂に始まった。今までのものでは済まない。死ぬよ。もっと死ぬよ。あの国の連中には流れを止めることはできない」
「それで傀儡師の旦那。連中が動いたとなると、此処にいないメンバーも含め俺達の方針はこれからどうするんだ?」
指示を仰ぐ黒いローブの男に答えようと、仮面の人物は口を開いた。
『既に終末時計の針は動き出した。針がゼロを指すまでのタイムリミットは残り僅か、それまでの間、お前たちはなにもせずただ眺めてるだけで満足か?』
「否!断じて否だ!」
「ないね。あの国の連中が何人死のうとどうでもいいけど、あいつの計画を台無しにするために色々準備してきたんだからね」
「はははっ、坊やは相変わらずの人間嫌いだな。ま、俺もここまで来てはいおしまいはさすがに面白くないってハナシだ。続けさせてもらうぜ」
『それは重畳。では諸君、来たる日に向けて我々の道が違えないことを祈る』
そう言うと、ランプの灯がふと消え、辺りは真っ暗な闇と静寂に包まれたのだった。
ちなみに隠れてセリカの酒飲んでたことが即バレて報酬がパーになった天然パーマのレイであった。